メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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再会編
01 プロローグ


 

「え……? う、そ……ローレンス?」

 

 ……しくじった。

 あまりにも聞き覚えのありすぎるその声に、ぞわりと背筋が震える。

 この道を通る時は、なるべく迅速に、かつ目立たないよう細心の注意を払っていたはずなのに。

 誤魔化すことも諦めた俺は、手にした荷物も投げ捨てて、一目散にその場から逃げ出した。

 

「あ、っ……ま、待って、っ……!!」

 

 荷物を放棄した俺は、おそらく上司に半殺しにされるだろう。

 しかし、あの女に捕まるくらいなら、その方がよっぽどマシに思えた。

 昼前までに届けろという話だったが、それも無理になった。

 午前中のまばらな人込みをかき分けながら、表の通りを抜けて裏路地へ入っていく。

 そのまま入り組んだ曲がり角を何度も曲がったところで、体力が底を突いた。

 ……これだけ複雑に逃げてやれば、さすがにあいつも追っては来れないはずだ。

 つかの間の安堵感を覚えた俺は、その場にずるずると崩れ落ちる。

 声が聞こえたのは、頭上からだった。

 

「みいつけた……っ♪」

 

 まさか、と思って見上げた視線の先には、建物と建物の間に浮かぶあの女の姿があった。

 肩のあたりまで伸ばされた銀色の髪に、見慣れた深い青色の瞳。

 深く被っている白いフードには、第四階梯魔術師の文様が記されていた。

 そうして空から舞い降りてきた彼女が、俺の両頬にその柔らかな手を添える。

 

「ろ、ローレンス……や、やっと会えた……!」

 

 手のひらから伝わってくる体温と感触。ふわりと香る故郷の花の匂い。

 草笛のように透き通る高い声色に、あの頃と変わらないままの、幼さが残るあどけない顔。

 その全てを認識した脳髄が、今すぐこの手を振り払えと最大級の警鐘を鳴らす。しかし、彼女の浮かべるぎこちない笑顔に見惚れてしまった俺は、ただ茫然としたまま、その抱擁を受け入れることしかできなかった。

 

「もう、逃がさない、から……、ふふ……!」

 

 こうして俺の二年間に渡る幼馴染からの逃亡は、あっけなく終わりを迎えた。

 

 

「許してくれ、イスカ」

「い、いや……!」

 

 かなり遠慮なく力を入れてイスカを引き剥がそうとするが、彼女は俺の胸板に頭を埋めたまま動こうとしなかった。どうやら身体性能を調整する魔術まで使っているらしく、これ以上の足掻きは無駄だと思い知らされた。

 観念した俺は、彼女の頭を軽く撫でてやりながら、できるだけ刺激しない言葉を選んだ。

 

「わかったから。どこにも行かない」

「ほ、んと……?」

「ああ。もう降参だ、降参。好きにしろ」

「……ほ、ほんとに? ウソじゃない、よね?」

「あんまりしつこいとまた逃げるぞ」

「あ、ちが、ご、ごめんなさい……っ! も、もう聞かないっ! 聞かないから!」

 

 声を震わせながら、イスカが俺を強く抱きしめた。

 こちらとしても抵抗するつもりはなかったので、そのまま彼女を受け入れることにする。

 身体中からぎしぎしと骨の軋む音が鳴っているが、まだ意識が無事なだけマシだと割り切った。

 

「とりあえず、場所を移したい」

 

 こんな人通りの少ない裏路地に、見た目はほとんど子供と変わらない美人を連れ込んで、かつ抱擁を交わしていたと分かれば、下手をすると騎士団連中の世話になりかねない。それにそうなったらまたイスカが面倒なことになることは分かり切っていたので、できればそれは避けたいところだった。

 

「そ、それなら、あたしの研究所に連れてく……ここから、すぐ、だから」

「そうだったな」

 

 だから見つからないよう万全の策を講じていたのに、こうして簡単に捕まってしまった。

 これはもう、運命だと考えてしまった方が楽になれるのだろう。

 そうして思考することを諦めた俺は、彼女にされるがまま歩き出した。

 

 

「ご、ごめんね……ちょっと散らかってて……」

「大丈夫だ」

「そ、の、最近、おおきい実験してて、それで……まだ、か、片付けできてなくて」

 

 イスカの研究室は、大通り沿いにある魔術大学の地下にあった。

 人込みと日光を極端に嫌がる彼女の性格を考えれば、大学の地下室というのは彼女にとって非常に理想的だと言える。足を踏み入れた研究室の中は、研究資料や古書などで溢れ返っていて、先のイスカの言葉通りつい最近まで実験を行っていたばかりだということが簡単に見て取れた。

 その中から何とか腰を落ち着かせられそうなスペースを見つけて、その場に座り込む。

 

「その、話をする前に……少しだけ、連絡してもいいか?」

「れ、連絡? ……誰と? ど、どうして?」

「仕事もそのままにしてここに来てるから、上司に連絡しておきたいんだ」

「上司、って、それ……女の、ひと?」

「……そうだ」

「っ……ゆ、許せない……どうせローレンスのこと、あ、アゴでこき使ってるんだ……だ、大丈夫だからね、ローレンス。これからは、あ、あたしが守ってあげる、から……!」

「じゃあ連絡してくる」

「あっ、ま、待って……あ、あたしの前でやって……!」

 

 言われた通り、座ったままの場所で魔動器を取り出して連絡を図る。

 ほどなくして魔導器からいつもの怒号が飛んできた。

 

『ローレンスー!? あんた、ただ書類運ぶだけでいつまで時間かけるつもりなわけ!?』

『すいません。少し、その……事故みたいなものに巻き込まれて、色々と大変で』

『事故? 下手な言い訳にも程が……』

 

 なんて、彼女との会話――というよりは叱責を受けているところで、ふと。

 

「……まさか、今話してるのって、アナトリア?」

 

 イスカがぽつりと言葉を漏らす。

 あろうことかその言葉は、俺が話している相手の名前だった。

 

「……ね、ローレンス? そ、それ、貸して?」

「え……いや、今は話をしている最中で……」

「っ、いいから貸してっ!」

『ちょっと、ローレンス? もしもーし! 急に黙るなんてあなた、本当に何かあった――』

 

 癇癪を起したように叫んだイスカが、俺の手から魔導器を奪い取る。

 そのまま音声を外部出力に切り替えると、魔導器に向かって話し始めた。

 

「アナトリア」

『……は? え? い、イスカ? なんであなたが……』

 

 困惑する俺の上司を差し置いて、イスカが言葉を続ける。

 

「っ……あんた、が……ローレンスを今まで、あたしから遠ざけてた張本人だったんだ……! あんたのせいで、ローレンスはずっと……苦労して、き、きたんだ……! あ、あんたがぜんぶ悪かったんだ!!」

『ちが……あ、え、そういうこと!? あなたが探してる人ってローレンスだったの!?』

「ずるい……ずるい、ずるい、ずるいっ! あんたがずっとローレンスを独り占めしてたんだっ!!」

『違う違う違う! ホントに知らなかった! ホントに知らなかったの!』

「なんでウソなんかつくの!? そんなにあたしとローレンスを引き離したいの!? ……ま、まさか、あんたも……ローレンスを……っ! こ、このアバズレ……っ、絶対にローレンスは渡さないから!」

 

 アナトリア。

 魔術師にしてはかなり珍しい、至って普通の常識人だ。

 口調は多少悪いが面倒見がよく、彼女を慕う人物も多い。俺もそのうちの一人で、この魔術師の下につけたのは幸運だったと思えるほど、彼女にはよくしてもらっている。

 とはいえ、その運もたった今ここで尽きようとしているが。

 

「も、もう、いい……。ローレンスはきょうからあたしの、助手にするから……!!」

『はあ!? そんな勝手な……第一、そんな無茶な人事異動が許されるわけないでしょ!?』

「あたしは第四階梯魔術師だっ!」

 

 魔術師には階梯という位が存在し、第四階梯というのはその最高位にあたる。千五百年に渡る人類史の中で第四階梯の称号を手にしたのはわずか六人しかおらず、イスカこそがその六人目の第四階梯魔術師だった。

 アナトリアは第二階梯魔術師なので当然、第四階梯のイスカには逆らえない。

 そして魔術師ですらない、一介の研究員である俺には口を出す権利すらなかった。

 できることと言えば、この決定をただ茫然と眺め、己の身の無事を祈るくらいだろう。

 

『ちょ……あなた、本気!? こんなことのために、第四階梯の権限を使うつもり!?』

「う、うるさい……! あたしが決めたの! 決めた! 決めたんだから、あんたは従え!!」

 

 第四階梯魔術師の権利の行使は公的に記録されるため、イスカのこのあまりにも横暴な決定は後世に長く語り継がれることになってしまい、俺も考え得る限り最悪の形で歴史に名を刻むことになってしまった。

 もっと別のことで名を残したかったが、こればかりは諦める他ない。

 

『ああもう、分かったわよ! ローレンスはあんたにあげる! それでいいでしょ!?』

「……わ、わかったなら、それでいい……! ローレンスには、に、二度と、近づかないで……!」

『分かった! 分かったから! 言われなくても近づかないわよ!』

「もし……もしも、また、ローレンスのことを、く、苦しめるようなことをした、ら……その時、は」

 

 そして、イスカが魔導器を口元に近づけてから。

 

「アナトリア……あんた、の、四肢を引き千切って……すり潰しながら、殺してやる!」

 

 ぐしゃり、と。

 魔導器を片手で握りつぶし、そこでアナトリアとイスカの会話が終わる。

 ……アナトリアから支給された、仕事用の魔導器で本当に良かったと思う。

 

「アナトリアと知り合いだったんだな」

「う、ん……所属してる派閥が別の、同期……。そ、それなりに長い付き合い、だ、けど……まさか、あ、アナトリアがローレンスを独り占めしてたなん、て……! だ、大丈夫だからね、ローレンス。これからは、あの性根の腐った女じゃなく、て、あたしが守ってあげる、から……!」

「アナトリアの名誉のために言っておくが、俺と彼女は何もなかったぞ。確かに都合のいい雑用係程度には扱われていたかもしれないが……でも、いい上司だった。面倒見もよくて、よく奢りで飲みにも連れて行ってくれた」

「の、飲みっ……?! そ、それって、まさか、二人っきりで……!」

「……まあ、残念だが、俺も彼女も酒には強いから。結果的に二人になることは何回かあった」

「や、やっぱり許せないっ! あのアバズレ、やっぱり始末しておかないと……!」

「落ち着いてくれ」

 

 怒りで我を忘れかけているイスカを宥めるために、彼女の頭を撫でてやる。

 しばらくすると安心したのか、イスカは呼吸を整えて、俺の腕に自分の顔を摺り寄せてきた。

 この一瞬だけ切り取れば、子猫のような可愛げのある女に見える。

 粉々になって床に散らばる魔導器の破片は、なるべく視界に入れないようにした。

 

「……落ち着いたか?」

「う、うん……ごめんなさい……」

「いい。慣れてる」

 

 できることなら、慣れたくはなかったが。

 

「それより。俺はこれからどうなるんだ?」

「あ、あのね、今日からローレンスは、あたしの助手になるの……」

「みたいだな」

「す、住み込みで働いてもらうから、っ……あ、あたしと……毎日、いっしょに過ごすの……む、昔みたいに……ご飯も一緒に食べて、お風呂も一緒に入って……そ、それから、一緒のベッドで寝るの……ふふ……」

 

 第四階梯魔術師の名前を出して決定したあたり、俺に拒否権を与えるつもりもなかったのだろう。ここまで強引に進められたのなら、何も考えずに全てを受け入れる方が、いっそのこと楽になれる気がした。

 それにしても、アナトリアには申し訳ないことをしてしまった。頼まれていた荷物を破棄したどころか、引き継ぎの準備もしないまま彼女の元を離れた挙句、イスカの恨みを買って殺害予告までされる羽目になったのだ。

 折を見て謝罪に行かなければならないだろう。

 ……もっとも、それがイスカに許されればの話だが。

 

「けど、助手なんて……俺、魔術はからっきしだぞ? そんな俺が、第四階梯のお前を手伝うなんて本当にできるのか?」

「そ、それは、大丈夫……えっと、実はあたしも、実験の記録とか、書類の整理とかしてくれる人が、ほ、ほしかったの……。だから、ローレンスには、そういう事務系のお仕事、してもらうことに……なると、思う……」

「そういうことなら、まあ」

 

 元より、アナトリアのところでも机に向かってばかりいたから、そうした事務作業には慣れている。むしろイスカがなりふり構わず己の欲求を俺で満たそうとする可能性すらあったので、この程度なら受け入れられた。

 ただ、いずれそうなってしまうのも時間の問題に思えたが。

 

「じゃ、じゃあ、明日からよろしくね……。今日は、ローレンスも疲れてるだろう、か、ら……。ゆ、ゆっくりしてて、いいよ。そ、それに、あたしも、お話したい……あ、お、お茶でも淹れる……?」

「ああ。ありがとう」

「っ、任せて……す、すぐに準備する、ね……!」

 

 それからイスカは、嬉々とした様子で部屋の奥へと消えていく。

 二年ぶりに出会った幼馴染は、ずいぶんと美人な女になったと思う。

 相変わらず背丈は、第四階梯の称号を授けられたあの時から一切の変わりようを見せていないが、それでもどこか大人びた雰囲気を纏っているように見えた。これでもう少し、他人と接する時の態度が緩和すればいいのだろうが、とはいえそこまで求めるのは贅沢だし、彼女にとっては酷なことだろう。

 望んでいない再会ではあったが、それでもあのころと変わらない彼女に少しだけ喜ぶ自分がいた。

 

「お、おまたせ……」

 

 しばらく待っていると、紅茶の香りと共にイスカが戻ってきた。

 

「ご、ごめんね、あんまりいいヤツじゃなくて、その……」

「いや、気遣ってくれるだけありがたい」

「確か、ろ、ローレンスはストレートだったよ、ね?」

「覚えててくれたんだな」

「あ、当たり前、だよ……ローレンスのことなら、なんでも、おぼえてる……」

 

 言いながら、イスカが自分の紅茶に角砂糖を五つほど落とす。

 どうやら類を見ない甘党なところも、子供の頃から変わりないらしい。

 その様子に安堵感を覚えつつ、カップに口をつける。

 その瞬間、舌の先にかすかな刺激が走った。

 ……しくじった。

 

「イスカ……、お、前っ……!?」

 

 確信的な悪寒を感じたときには、すでに遅かった。

 突然襲ってきた強烈な睡魔に襲われ――俺は意識を失った。

 

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