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犯人が魔術的器官を有しているにあたって、空路による逃走経路も考えた。
しかし、犯行場所が限られてる以上、少なくとも街市場を脱するような継続的な飛行能力はない。仮に自由に空中を移動できるなら、この街市場に限定して犯罪を行う必要もないだろう。
なので犯人は、必然的に陸路を利用していることになる。
ノールドベルトの街市場の構造を改めて整理する。
国の中心部に位置するこの市場は、中央の広場を始点に蜘蛛の巣のように道が伸びている。各所に展開する露店で道が複雑だと錯覚するが、それらを取り払うと単純な構造だとすぐに気づける。
事件が起きているのは東の区画。構造的には先述したように、他の区画とあまり変わったところはない。並ぶ店舗は魔術的な価値のある物品が集中していて、犯人はそれを狙っていた。
この国の商人は、規則に挑戦するような商魂逞しい連中ばかりだ。
そういった輩は往々にして、騎士団の監査によって店を閉鎖されることも多く、そのため店舗の入れ替わりが激しい。昨日見かけた店舗に翌日行ったら閉まっていた、なんてこともある。
そのため、実を言うとノールドベルトには空き物件が数多く存在する。
ノールドベルトは様々なモノが売られている貿易拠点として観光的にもそれなりに有名だが、それは広場から伸びる大通りに面して店を構える、大手の商店や店舗が主体となっている。ひとたび裏通りに入れば、小さな店舗がぽつぽつと並び、それ以外は空き物件ということが多い。
要はまあ、この国の商売競争は甘くない、というわけだ。
以上の要素から、ある程度犯人の潜伏場所を推察する。
おそらくどこかの空き物件に拠点を置いているのだろうが、それをぴったり当てるのは難しいだろう。イスカがいるとはいえ、相手が相手だ。魔術的器官を使えば、ある程度の誤魔化しは効く。
だが、場所を転々としているわけではないはずだ。空き物件が多くあるとはいえその位置は限られているし、拠点を変えているのであれば、東区画に限らず各所で事件が起きている。加えて、盗品が共通して魔術的な物品であることからも、この東区画にいる可能性が高い。
特定の店舗に拠点を定めた場合、そこの出入りを見られてしまう恐れがあるが、これに関しては持ち前の魔術的器官を使えば偽装は容易にできるだろう。逃走経路に空路の選択肢が上がるほどの能力はないようだが、逆に言えば犯行現場から飛び去れるほどの飛行能力はある。
つまり。
「屋上がある、建物……かな?」
「単純かもしれないが、間違ってもないと思う」
イスカの魔力探知を頼りに東区画を捜索すると、屋上のある空き店舗は三つ見つかった。
一つは外れ。鍵もかかっておらず、中にも誰かが生活していたような痕跡はない。
二つ目は生活していた痕跡こそあったものの、犯人の姿は見つからず。
そして最後は、数日前に騎士団の監査によって閉じられた、小規模の店舗だった。
おそらく、以前は二つ目の店舗を拠点にしていたが、新しく空いたこちらに拠点を移したのだろう。監査が入ったばかりというのもあり、彼らの盲点となっていたのかもしれない。
「どうする? 上から……入っちゃう?」
「いや、正面からにしよう。その方が不意もつける」
「なら、玄関のカギ、は……壊しても、いい、よね?」
「ああ。どうせ閉じた店なんだ。遅かれ早かれ、錠は取り換えるだろ」
俺の言葉に、イスカが鍵穴を塞ぐようにして手を当て、そこから魔力を込めた。
微細な魔力の振動によって内部構造を破壊し、わずか数秒で鍵が開く。
「……昔より早くなってないか」
「そ、そう……かな。えへ、へ……」
褒めているわけではないが、上機嫌になったならそれでいい。
そのまま扉を開け、足音を立てないよう店舗に侵入する。
「……いるか?」
「多分」
俺の問いかけに、イスカは天井を見上げながら答えた。
建物自体は三階建てだが、各層自体はむしろ狭い。ただでさえ狭い裏道に無理やり立てたような造りのため、三階の建物というより、三階層分の空間を強引に押し込めたような建物だった。
一階部分は売店だったらしいが、商品棚は部屋を囲むように設置されたものと、中央にあるものしかない。当然、商品は一つも並んでおらず、空になった棚の隙間から部屋の奥にある階段が見えた。
幅の狭い階段を上り、静かに二階部分へと上がる。
「~~♪ ~~♪♪」
階段を昇り終えると、すぐ目の前の閉じた扉の向こうから、かすかな鼻歌が聞こえてきた。
子供特有の高さがあり、気の抜けたような少女の声だった。声量も気にせず上機嫌で口ずさんでいるあたり、俺たちに気づいている様子はなく、完全に油断しているのだろう。
「……随分と呑気な奴だな」
「でも、気づかれてないなら、都合がいい……」
確かに、それはそうかもしれないが。
こんなに警戒心のない子供が、何度も騎士団の追跡を交わしているのには少し違和感があった。
……それも、捕まえて話を聞きだせば分かることか。
「開けるぞ」
「うん……」
イスカが手を正面に構えるのを確認してから、勢いよく扉を蹴りつけた。
「うっひゃぁ!? なになになに!!」
悲鳴が聞こえるよりも先に、イスカが起動した魔術式が部屋の壁と天井を埋め尽くす。
それは外部からの遮音と、物理的な干渉を防ぐ魔力障壁だった。
式の構造自体は単純で、既存の構造物の輪郭に沿うように展開するものが一般的だ。建築などにも用いられている普遍的なものだが、この距離で即座に発動させられる人間は限られている。
「あっ……み、見つかっちゃった?」
「抵抗しても無駄だ。大人しく……」
続けようとした言葉は、その部屋に広がる異質な光景によって断ち切られた。
「これは……?」
果たして、そこにあったのは生命体を模したいくつかの大きなオブジェだった。
おそらく盗んだ魔導器を分解し、それらの部品を組み合わせて造ったのだろう。どれも子供が遊び作ったような出来栄えではあったが、それぞれがどの生命体を模しているかの判別は何となくついた。
「鯨、鹿……こっちのは、蝶……?」
おそらくイスカも違和感を感じたのだろう、部屋にあるオブジェを見渡した。
数は全てで六つ。陸上生物や海洋生物、果てには昆虫を模したものまで造られている。
一見すれば、その共通点は無いようにも思えたが。
「……依代か?」
「た、たぶん……? これ、全部……依代の、模造品……だよ、ね?」
「えっ! お姉ちゃんたち、分かるの!?」
イスカの言葉に、いつの間にか蟹のオブジェの裏に隠れていた犯人が顔を出す。
「……あっ」
だが、自分のしたことに気づいたのか、すぐさま元の場所に身を隠してしまった。
「この状況で隠れても無駄だろ」
「うぅ~……」
「周りに、障壁も張って、ある……。簡単には、抜け出せない、から」
「なにそれ、ずるいっ!」
どうやら、相当抜けている性格をしているらしい。
呻き声を上げた彼女は、今度は半分ほどこちらに顔を見せてきた。
「なーちゃんのこと捕まえる気なんでしょ?」
「当たり前だ」
「やっぱり。でも、なーちゃんはもう捕まらないよ。今度こそ自由になるんだもん」
「……こ、今度……こそ?」
勢いのまま紡がれた発言を、イスカが繰り返す。
だが、その言葉を問いただすことはできなかった。
「こうなったら、奥の手使っちゃうもんね」
彼女の身体に変化が訪れたのは、そう叫んだ直後だった。
言い表すならば光る粘土のような、形容しがたい何かが彼女の背後からみるみると伸びていく。だんだんと輪郭を定めていくそれは、やがて鯨の尾ヒレとなって形を定めた。
海洋の依代、『永遠』の座。それは鯨の形をしているという。
「た、魂の変質による、魔術的器官の生成……! ほ、ほんとにできるんだ……っ!」
感嘆の声を上げるイスカをよそに、彼女が鯨の尾ヒレを大きく掲げる。
その途端、まるで浸水したかのように、この部屋の床から大量の水が溢れ始めた。
……まさか。
「っ……イスカ、障壁を解け!」
「うん……!」
障壁を操作するイスカの身体を抱え、咄嗟に反対の手で扉の枠を掴んだ。
「ざっぱーん!」
幼稚な叫び声と共に、彼女が鯨の尾ビレを勢いよく振るう。
同時に水位が勢いよく上昇し、部屋の空間を瞬く間に水で満たしていく。
それでもなお溢れ続ける大量の水は、やがて巨大な津波となってこちらに襲い掛かってきた。
「お、前……本気で……っ!?」
一瞬で部屋の体積を埋め尽くすほどの膨大な水だ。当然、その質量も尋常なものではない。
扉の枠を支えに耐えることは諦め、俺は両手でイスカの身体を強く抱きしめた。
「イスカ、息止めてろ!」
「んむっ!」
その直後、俺たちの身体は津波に容易く攫われ、そのまま部屋の外へと押し流されていく。背後には俺たちが昇ってきた階段がすぐにあって、水流に揉まれながら俺たちはそこを転がり落ちた。
幸い、階段の途中に踊り場があったお陰で、階下まで流されることはなかった。
「……っ、がは……!」
しかし背中を激しく壁に打ち付けられ、激しい痛みに意識が一瞬飛びそうになる。
痛みに堪えきれずに漏れた声に、俺の胸元にしがみついていたイスカが顔を上げた。
「ろ、ローレンス……っ!」
「ああ……痛みはあるが、動けないほどじゃない。……お前は?」
「あたしは、大丈夫……ローレンスが、守ってくれた、から」
……行使した依代の力が、
「あ、あいつ……許せない、っ! いくら子供だから、って、ローレンスを……!」
「おい、イスカ……待て!」
「分かってる、よ。こ、殺さない……話を聞き出せるように、死んじゃう一歩手前にする、だけ。腕と足、一つずつ千切って……! これ以上、逃げないようにしてやる……っ!」
立ち上がったイスカが、そのまま片手に魔術式を展開して階段を駆け上がった。
水で濡れた前髪をかき上げて、俺も彼女の跡を追って二階の部屋へと向かう。
「っ……!? い、いない……!」
憤るイスカの声が聞こえると同時に、俺もその部屋の惨状を目の当たりにする。
何よりも真っ先に目に入ったのは、吹き抜けのように破壊された壁だった。
おそらく先程の攻撃で強引に押し破ったのだろう。部屋の内側は砕けた木材の破片と破壊されたオブジェの部品が、災害の跡のように山積みになって残っている。仮にイスカの障壁がそのままだったら、この破壊力を持つ水量が一気にこちらへ集中し、俺たちは圧死していたかもしれない。
それは結果的に正しい選択かもしれなかったが、しかし。
「ばいばーい!」
開けた壁の向こうから聞こえてくる少女の声に、慌てて破壊された壁から外を見渡す。
そこから見える夜空には、両肩からフクロウの翼を生やして空を飛ぶ少女の姿があった。
……やはり、はじめから逃走経路の確保が狙いだったのか。
「あ、あれ追ってくるっ! あたしが捕まえる……っ!」
「待て、イスカ! 一人じゃ……!」
「よくも、ローレンスを……! ゆ、許さない、から!」
俺の制止も振り切って、イスカが魔術式を起動させる。
そのまま空中を浮遊した彼女は、一直線に犯人へと向かって行った。
「う、うわあっ!? お姉ちゃん、なんで飛んでるの!?」
「うるさいっ! その羽根むしり取って、引きずり降ろしてやる……っ!」
「こっ……怖いよこのお姉ちゃん!?」
犯人の飛行能力よりもイスカの飛行能力の方が上らしく、イスカはすぐに彼女に追いついた。そのまま二人は互いに押し引きながら、不安定なバランスのままどこかへと飛行していく。
……こうなると、いよいよ俺には何の手出しもできない。
ひとまず彼女たちを地上から追うため、店を出たところで。
「あれは……? まさか、イスカ女史と……強盗犯?」
空中でとやかく言い合う二人を見上げながら、困惑しているシュヴァリエと出くわした。おそらく騒ぎを聞いて駆け付けたのだろう、建物から出てきた俺に気づくと、彼女がすぐに駆け寄ってくる。
「ローレンス氏! ご無事ですか!?」
「自分は大丈夫です。ただ、イスカと犯人が……」
「はい、こちらも状況は理解しています」
頷いたシュヴァリエが、既に地上からそれなりの距離を飛ぶ二人を見上げた。
「まさか、本当に依代の魔術的器官を……というか、あれ、私の翼……」
「この暗さでよく見えますね」
……まあ、基となる生命体がフクロウと考えれば、夜目が利くのもおかしな話ではないか。
「とにかく、ローレンス氏はただちに避難を。アナトリア氏にも騎士団の駐屯所に避難して頂いています。騒動が収束したのを確認できれば、我々が安全に皆様を自宅に送り届けますので」
「いえ、自分も同行します。魔術的な知見も多少はあるので、力になれるかと」
「それは……許可できかねます。あの二人が万が一、制御を失って墜落することになれば、本人たちではなく周囲の市民にも被害が及ぶ可能性がありますので……」
「でも……今のイスカは何をするか分からないので……」
そこで俺とシュヴァリエは一度、顔を見合わせたあと、同時に大きく息を吐いた。
「わかりました。ご協力、感謝します。ですが、できるだけ私から離れないでください」
「ありがとうございます」
「……その、ローレンス氏も大変ですね」
「お互い様でしょう」
騎士団が動く前に話を片付けたかったが、そうも言っていられない。
シュヴァリエの言葉に同意して、俺は二人の後を追った。
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「このっ……! さっさと落ちてよっ! 落ちろ! 落ちろ……っ!」
「やだやだやだ! なーちゃん捕まんないもん! 自由になるんだもん!」
イスカが犯人の少女の追跡を始めてから、既にニ十分ほどの時間が経過した。
二人の攻防は未だに終わらず、無作為な軌道を空中に描き続けている。
何より驚いたのは、あの少女がイスカと拮抗状態を維持できていることだった。
第四階梯に真正面から抵抗できるあたり、それだけ依代の力というのは強力なのだろう。
「市民の皆様、ただちに屋内に避難してください! 現在、空中で強盗犯が逃亡中です! 状況は非常に混乱しており、犯人が墜落する可能性もあるため、避難を強く推奨します!」
一方、地上ではシュヴァリエが避難を指示しながら彼女たちを追っていた。
現在あの二人が飛んでいるのは、街市場の中央に繋がる東区画の大通りの上空だった。
数回の避難指示があったにも関わらず、未だ多くの商人と客が市場には残っていたが、飛行する彼女らを見て彼らも流石に危機感を覚えたのだろう、我先にと近くの建物へ避難を始めていた。
わが身よりも商品や荷物を案じている者が多く見られたあたり、国民性がよく分かる。
「もう! お姉ちゃん、しつこい! なーちゃん、怒ったからね!」
このままでは勝敗がつかないと判断した犯人が、ついに声を荒げる。
その瞬間、再び彼女の背後に、しかし前回ものより巨大な鯨の尾ビレが出現した。
「な……っ!? ふざ、け……!」
それに気づいたイスカが言葉を言い切る前に、彼女が尾ビレを振るう。
同時にあの建物で起こした時よりも遥かに多い量の水が、一瞬にして空中に出現した。少女を中心に球体状に生成されたそれは、イスカを巻き込むように包み込み、彼女の身体の自由を奪う。
だが、海洋の依代の力を宿した犯人は当然、水の中でも自由に動くことができた。
「ざっぱーん!」
先程と同じように、彼女が尾ビレを振るって津波を起こす。
だが、空中の水球に変化は起こらなかった。
「あ、あれ? な、なんで!? なんでざっぱーんってならないの!?」
それどころか、水球は形を崩さないまま地面に落下してくる。
「魔力障壁か!」
「あの一瞬で、あれだけの大きさのものを……!?」
わずかに水球の表面からイスカの魔力を感じ取り、自ずとその結論に至る。
おそらく、水球の輪郭を障壁の基盤と捉え、間に合わせで術式を構築したのだろう。
設置されただけの魔力障壁は、依代の力も、イスカの飛行する魔術式も干渉しない。そのため重力に従い、二人と膨大な水を閉じ込めたまま、自然と地上に落下していく。
そして、地面に障壁が追突するその直前――イスカが魔力障壁を解除した。
「まずい……!?」
その瞬間、障壁の内部に押し留められていた水が一気に解放される。
本来の高さから放たれるほどの威力はないが、流れ出す水の勢いは相当なものだ。
無人の露店や看板を巻き込みながら、濁流となってこちらに向かってくる。
「――っ、ローレンス氏! 私の後ろに!」
言われるがまま、急いでシュヴァリエの背後へと身を隠す。
彼女の背中からフクロウの翼が生えたのは、それと同時だった。
「息を止めて、伏せていてください!」
翼が羽ばたいた途端、周囲の空気がシュヴァリエの前方へ急激に吸い寄せられていく。
そうして圧縮された空気は鋭い刃となって、正面から迫る津波を両断した。
分断された濁流は、俺たちを避けるように後方へと流れていく。
やがて完全に流れが止まったのを確認して、シュヴァリエが翼を収める。
「……ご無事ですか?」
「ええ、助かりました。ありがとうございます」
「礼には及びません。それに、依代の力を行使したにも関わらず、市場にこれだけの被害を出してしまったのです。これでは他の方々から未熟だと言われるのも仕方ありませんね」
あの状況で俺を守り切った時点で、十分すぎる成果だ。
しかし彼女の口ぶりからして、他の依代であれば周囲の被害も最小限に抑えた上で対処できたのだろう。改めて、依代という存在の異常性を再認識させられた。
「イスカ女史と、犯人は……落下地点でしょうか」
「おそらくは。あの規模の現象です。二人ともすぐには動けないでしょう」
「では、すぐに向かいましょう。念のため、ローレンス氏は私の後ろに」
そうしてシュヴァリエに先導されながら、障壁が落下した地点へと急ぐ。
落下地点は露店が集中する地点だったらしく、折れた屋台の支柱や濡れた天幕が地面に散乱していた。しかし人影は見えず、おそらくイスカも犯人もこの下敷きになっているのだろう。
二人ともそれなりに頑丈なはずなので、無事だとは思うが。
「イスカ!」
二人がどこに埋もれているか見当もつかないので、試しに名前を呼んでみる。
すると、近くの瓦礫から二つの人影が這い出て来るのが見えた。
それを確認したシュヴァリエと共に、そちらの方向に駆け寄ってみると、そこには。
「ろ、ローレンス、っ……!」
「ローレンス、っ!」
……は?
「イスカ女史が、二人……?」
「え? なに、これ……あ、あたし?」
「あ、あたし……? な、なんで……どうやったの?」
果たして、瓦礫の中から這い出てきたのは二人のイスカだった。
外見はまったく同じで、声の質も変わらない。話し方すらも完全に同一のもの。
この世の終わりかと思えるほど絶望的なその光景に、強い眩暈がした。
「ローレンス氏、これは……?」
「……魂の変質を利用して、犯人が外見をイスカに似せた……?」
「ええ……?」
直感的な判断だが、これまでの状況を踏まえれば最も現実的な仮説だ。
おそらく、魂の変質によって肉体の表面のみを部分的に変化させたのだろう。
そんなことが可能なのかという疑問があるが、天空の依代と海洋の依代の魔術的器官を同時に発生させている時点で、正直もう何でもありの領域に入っている。
こんなことができるなら、道理で騎士団に外見の報告が入ってこなかったわけだ。
「あ、あたしが本物のイスカ、だよ! こっちが、偽物……犯人!」
「はあ!? あ、あたしが本物だもん! さ、先に言ったもん勝ちだと、思わないで!」
「黙れ偽物っ! ローレンスなら、あたしが本物だってすぐに分かってくれるもん!」
「それは、こっちのセリフ……っ! ローレンスは、あたしを選ぶはず……!」
俺を挟んだ二人のイスカが、お互いを指さしながら言い争いを始める。助けを求めるようにシュヴァリエへ視線を送ると、彼女も困惑しながらも、どこか興味深そうな様子で呟いた。
「確かに外見も全く同じですね……それに、服装まで似せられるとは」
「おそらく、犯人が自らに認知阻害の術式をかけているのでしょう」
「認知阻害は見抜けますか?」
「イスカなら可能でしょうが、この状況ですから」
どちらのイスカが嘘をついているか、この状況では判別できない。
となるとやはり、本人の記憶に関する質問をするのが最善にも思うが。
「イスカ、先日処理した”博闢の門”に関する報告書はどうした?」
「あ、アーロンに頼んで……保管庫に、入れてもらった……!」
「こ、こいつ……あたしが言おうとしてたのに、っ! き、気を付けてローレンス! こいつ、魂の情報、抜き取れる! いくらでもウソつけるから、信じちゃダメ、っ……!」
「はあ!? あ、後出しでそんなこと言う方が怪しいでしょ、っ! あんたの方が、ウソつきだっ! ウソつき! ウソつき! 魂の情報なんて、こんな短時間で抜き取れるわけ、ないっ!」
「困りましたね……」
軽く頭を押さえながら、シュヴァリエが溜息交じりに呟いた。それは方法が失敗だったというよりは、マトモな議論ができないことに対する苦言のようだった。
……仕方がない。
「イスカ」
「な、なに? ローレンス……?」
「見分けられる方法、思いついた……?」
「ああ。お前にしかできないことがあるだろう。本物のイスカならできるはずだ」
あまり、シュヴァリエの前では見せたくないことだったが、この状況ではそうも言ってられない。それは騎士団というよりも、依代の前で見せることに対する忌避感のようなものだ。
第四階梯魔術師ではなく、イスカという人物そのものにしかできないこと。
それは。
「あ、あたし、脱げる! ローレンスの前なら裸になれる! 今からすっぽんぽんになるから、見てて……っ!」
違う…………!
「うぇ!? な、なに言ってる、の……!?」
「ほら、見てっ! あたしがこんなこと言うと思う……!? あたしは、ローレンスの前だったら、いつだって裸になれる! 毎日、丸出しで過ごしてもいい! いつでも準備万全だもん!」
「な……い、いくらあたしでも、そんな下品なこと思ってないっ!」
「思ってる! 毎日思ってる! あわよくばって思ってるもん! ろ、ローレンスが望むなら、あたしはいつでも全裸になって、股を開く……あ、あたしにはそれだけの覚悟が、あるっ!」
ひどすぎる。
が、これで本物がどちらかは明白になった。
「ま、待ってて、ローレンス……っ! いますぐ脱いで、丸出しになるから……っ!」
「もういい」
乗り気になって服に手をかけ始めるイスカを制す。
……結局、先の質問に後で答えたイスカが偽物だったらしい。
やはり、あの短時間で記憶を捏造できるほど魂の情報は読み取れなかったようだ。
「む、無理……こんなのマネできるわけなかった……!」
「諦めろ」
「手を出す相手が悪かったですね……」
シュヴァリエもすぐさま、犯人を挟む形で俺の対面へ立つ。
だがこの状況でも、未だにイスカに扮した犯人は諦めていないようで。
「……な、なら……! 今度は、こっち、っ!」
「っ……おい!?」
叫んだ犯人が、勢いよくこちらに飛び掛かってくる。
そのまま何度も上下が逆になる勢いで転がるうち、瓦礫の山へ犯人と一緒に突っ込んでしまう。
埋没の程度はそうでもなかったため、すぐに身体を起こすことはできた、が。
「……やってくれたな、お前」
「こっちのセリフだ……!」
同じ場所で起きた、俺と全く同じ姿を取った犯人にそう返す。
こいつ、いつまで他人の真似事を続けるつもりだ……!
「ろ、ローレンス、っ……ふ、増えてるっ!?」
「イスカ! 犯人は向こうだ! 逃げられる前に拘束しろ!」
「違う。それにイスカならお前の認知魔術も見抜ける。誤魔化しても無駄だ」
駆けつけたイスカとシュヴァリエに、俺たちはそれぞれ別の意見を投げかける。
「……申し訳ありません、イスカ女史。判別をお願いできますか?」
「う、ん……今から、やる……」
シュヴァリエの指示に頷いたイスカが、なぜか自らの胸元に手を置いた。
俺の知る限り、認知阻害を見抜くためにそんな身振りは必要ないはずだ。しかしイスカはそのままの姿勢で何度か俺たちを見比べたあと、犯人が扮した方へ迷いなく歩いていく。
「イスカ!」
「黙れ偽物っ!」
「が、っ……!?」
イスカの振り抜いた拳が、犯人を吹き飛ばす。
その衝撃で、俺の姿を偽るのも保てなくなったのだろう。犯人の姿は霧が霧散するように、俺から元の少女の姿へと戻っていく。地面に蹲りながら、少女は恨めしそうにイスカを見上げていた。
「な、なんで……なーちゃん、頑張って変装したのに……」
「だって、あんたを見ても、全然……こ、興奮しなかった、もん……」
するとイスカは改まったように、こちらへ振り返って。
「で、できる! こ、こっちは興奮できる!! だから、こっちのローレンスが、本物……っ♡」
「なにこのお姉ちゃん! 気持ち悪いよおっ……!」
こっちを見るな化け物……!
「拘束します」
「お願いします」
呆れたように言うシュヴァリエに、俺も同じような疲れた声で返す。
もちろん彼女は最後の抵抗とばかりに暴れていたが、それでも体力は残っていなかったようで、あえなくシュヴァリエに手錠をかけられた。
「は、放して! なーちゃんを縛るのやめて! もう捕まるのイヤなの!」
「残念ですが、これだけの被害を出している以上、放っておくわけにはいきません。そして何より、いたずらに依代の力を行使する貴女を、同じ依代として野放しにできません。いくらか事情があることは察しますが、ここは大人しく我々に同行してください」
「ヤダー!!」
ついに泣き叫び始めた犯人に、シュヴァリエも辟易とした様子で対応していた。
やがて手錠をつけた彼女を立たせてたシュヴァリエが、こちらへ向き直る。
その顔は疲れ切っていて、初めて会った時の彼女からは考えられないような表情だった。
「ひとまず犯人の確保は完了しましたので、これから騎士団の本部に連行します。ローレンス氏、イスカ女史、お二人のご協力に改めて感謝いたします。今日は本当に……お疲れ様でした……」
「シュヴァリエさんもお疲れ様です」
「お気遣いのほど、ありがとうございます」
そこで頭を下げたシュヴァリエに、言葉を続ける。
「できれば後日、彼女と面会できるよう図っていただきたいのですが」
「構いません。ローレンス氏とイスカ女史は、今回の件に大きく貢献していただきました。私からもなるべく上に掛け合ってみます。それに私個人としても、魔術的器官と依代に関する諸々を明らかにしたいので……お二人の協力であれば歓迎いたします」
「ありがとうございます」
可能なら必要な情報だけ聞きだしてからシュヴァリエに渡したかったが、ここから更に騒動を起こすわけにもいかない。何より、これ以上シュヴァリエに面倒をかけるのは避けたかった。
ひとまずは彼女に任せるしかないが、面会の約束を取り付けただけで充分だろう。
「騎士団からの事情聴取については、後日改めてこちらからご連絡いたします。現場で目撃したことは可能な限り証言していただければと。その際、こちらで調べた状況についても共有します」
「分かりました」
「では、私はこれにて失礼いたします」
一礼したシュヴァリエが、少女を連れて騎士団の本部がある方へと歩いていく。
その後ろ姿を眺めていると、ようやく今回の騒ぎもひと段落したと実感した。
溜まっていた疲れが一気に噴き出してきたのか、足元から力が抜けていく。
そのまま地面に座り込んで大きく息を吐くと、すぐにイスカが俺の顔を覗き込んできた。
「ろ、ローレンス! 大丈夫……?」
「ああ……少し、疲れただけだ。久しぶりの荒事だったからな……」
不安そうに表情を曇らせるイスカを安心させれるため、頭を一度撫でる。
くしゃりとした笑顔を見せられると、疲れもある程度は軽くなったような気がした。
「あたしも疲れた、し……今日はもう、帰ろ……」
「そうだな」
これからのことを考えるにしても、今は騎士団の対応を待つしかない。
もう一度だけイスカの頭を撫でてから、帰路に着くために立ち上がったところで、ふと。
「……そういえば、何か忘れているような」
「え? な、なに……? 何か、見落としてた……?」
「いや、犯人のことじゃない、が……」
あ。
「アナトリア……」
「あ……っ」
……念のため、駐屯所に顔だけ出しに行くか。
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