メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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12 ノールドベルト蒼翼騎士団(上)

 

 ノールドベルト蒼翼騎士団。

 セレニア・ストラトスフィアを信奉する、代表的な派閥の一つ。

 

 ――『極穹を覆う蒼翼』の庇護の元、我々は隣人と抱擁を交わす。

 ある一人の男が残したとされるその言葉は、今もなお騎士団の信念と決意、そして実現するべき秩序を表す文言として、現代まで語り継がれている。

 

 セレニアの純信者である彼らには、天空の依代、『審判』の座からある権能を授けられている。

 それは、この大陸に存在する、あらゆる国家や地域で起きた事案に介入できるというもの。

 歴史上類を見ないこの越境的な顕現は、かつて一人の男が『審判』の座の試練を乗り越えることで得たものだという。記録の詳細は現代に伝わらず真相も不明だが、ともあれこの権能によって、騎士団は国家に囚われない超法規的組織として成立していた。

 この権能を実践するため、彼らはその活動範囲をノールドベルトやその周辺諸国に留めず、大陸の全域にまで広げている。彼らの象徴である剣を抱擁する蒼翼の紋章は、この大陸の各地で目にすることができ、ある時は平穏の兆しとして、ある時は畏怖の対象として人々に認識されていた。

 

 また、騎士団が介入した事案の処理は、可能な限りその土地の法に従うことを原則としている。

 これは『審判』の座ではなく、試練を受けた一人の男が定めたものだった。

 その規則があるからこそ、彼らは単なる武力集団ではなく、国家や領域を超えた無私の奉仕者として、民衆からの支持を広く集めている。実際、周辺諸国やオルトライズ商会を始めとする様々な組織から、彼らは信頼に値する勢力と認識されていた。

 尤も、魔術学会とは過去の因縁――レフェルトリスと『生命』の座による、セレニアの鱗を魔動機の媒体の主要素材として用いることについての論争――もあり、長い時が経った今でも騎士団と学会の間には理念的な隔たりが続いている。

 

 彼らの拠点がノールドベルトに位置しているのは、もちろん地理的な中央性もその理由の一つだが、それ以上にセレニアの信仰を尊重する意味合いが大きい。

 大地の『ギルド』、海洋の『司書連合』に並ぶ代表的な派閥である天空の『騎士団』にとって、セレニアの派閥が建国したノールドベルトは、聖地とも呼べる場所になっている。

 この地で騎士団の栄誉を授かることは、セレニアの信徒にとって一番の名誉とも言えるだろう。

 

 ある一人の男に試練を与え、永劫に続く権能を授けたとされる、『審判』の座。

 一説によるとそれは鷲の形を取り、今もなお天空から彼らの所業を見守っているという。

 

 

 避難指示も解除され、あれだけの事件があったにも関わらず市場に人が戻りつつある頃。

 

「まったくもう、失礼しちゃうわよね」

 

 アナトリアを迎えるため騎士団の駐屯所に顔を出すと、なぜかその本人は駐屯所の応接室で一人、紅茶を嗜んでいた。おそらくシュヴァリエが用意したのだろう、机には高級そうな焼き菓子の包み紙がいくつか転がっており、そこそこの時間をこの部屋で過ごしたことが見て取れる。

 

「申し訳ありません、使い走りのような真似をさせてしまって」

「ええ、本当よ。退屈で退屈で仕方なかったわ」

 

 謝罪の言葉を渡すと、頬を膨らませながらの言葉が返ってくる。

 

「それに、シュヴァリエもシュヴァリエよ。私だって一応、第二階梯なのよ? それなりに動けるのにあの子たら、『何が起きてもこの部屋から出ないでください』って……お陰で私、あなた達が色々してる間、ずーっとここで待たされるハメになったのよ?」

「ですが彼女の身分を考えれば、我々の力が軽視されるのも無理はないでしょう」

「だからって……あの子、少し過保護すぎじゃないかしら?」

 

 騎士団の一員ではなく、依代という意味も込めて伝える。

 俺としても、まさかシュヴァリエが彼女にそんなことを言い出すとは思わなかったので、少し意外ではあった。先の一件でも俺からの助力を一度は断ろうとしたあたり、彼女が過保護だというのには同意してしまう。

 しかし結果として、その判断も間違いではなかったかもしれないが。

 

「あ、あんたが現場にいたところで、できることなんて、なかった、と……思う、よ? だ、だって、あたしでも、ちょっと手こずったんだもん。だから、アナトリア……あ、あんたが来たところで、足手まとい……邪魔にしか、ならなかった……よ?」

「ぐっ……!」

 

 イスカの率直な言葉に、アナトリアが喉を詰まらせる。

 確かにアナトリアも、そこらの暴漢ならば片手間に制圧できるくらいの実力があることは認める。だが、今回の相手は依代に極限まで近い存在だ。おそらくあの場に彼女が加わったところで、戦闘に干渉するどころか、シュヴァリエの負担をいたずらに増やすだけで終わっていただろう。

 他でもない第四階梯からその事実を伝えられた彼女は、しかし不満そうに唇を尖らせたまま、

 

「でもやっぱり、魔術的器官の生成をこの目で見られなかったのは悔しいわ」

「あなたも魔術師ですね……」

 

 紅茶を啜りながら悔しがるアナトリアに、思わずそんな返しが漏れる。

 シュヴァリエがこの件に対して失望していたのを、もう忘れてしまったのだろうか。

 とはいえ、犯人の行った魔術的器官の生成は、確かに興味深いものだった。

 依代である彼女には悪いが、あの現象をこの目で見られたことは貴重な経験になるだろう。

 

「それで、どうなの? あの犯人は結局、ローレンスが探してる人だった?」

「おそらくは。ですが詳細を聞き出す前にシュヴァリエが連行してしまったので、まだ確信は持てません。彼女が我々に犯人と面会する機会を作ると、約束してはくれましたが……さすがに翌日に、とまではいかないでしょうから。今はただ、騎士団の動向を待つしかありませんね」

「そ。ま、いろいろ頑張りなさい。私が手伝えるのはここまでだから」

「はい。今回はありがとうございました」

 

 アナトリアの言葉に、改めて感謝の言葉を述べる。

 今回の一件に関われたのも、元を辿れば彼女が俺たちに連絡をくれたからだ。

 俺が職場を去ってからも、魔術的器官を持つ人間についての情報提供窓口を継続して開いてくれていたのには、頭が上がらない。また今度、折を見て今回の報酬を渡さなくては。

 

「あなた達はもう帰るの?」

「そう考えていますが……よろしければ、総魔研の方までお送りしましょうか?」

「……そこの第四階梯が許してくれればの話だけど」

 

 俺の申し出に、アナトリアがイスカへじとっとした視線を送る。

 

「うー……ん……」

 

 視線の先にいる当の本人は、何やら考え事をしている様子だった。

 ……ここに来てからというもの、やけにイスカが大人しい。

 普段なら、アナトリアに一言や二言ではない小言を浴びせているだろうに。

 

「イスカ? どうかしたのか?」

「う、ん……。ちょっとだけ、気になってることが……あっ、て」

 

 彼女は少し考えるようにして視線を泳がせてから、もう一度俺の方に向き直って口を開く。

 

「ね、ローレンス……あの、犯人の部屋にあった、依代の模型……お、覚えてる?」

「ああ。おそらく、あれを作るために魔導器を盗んでいたんだろう」

 

 犯人と邂逅した時、確かにその部屋にはいくつかの依代を模したオブジェが配置されていた。

 魔導器の部品を組み合わせて作成されたもので、その歪な形状は記憶に強く残っている。

 おそらく犯人が窃盗を働いている目的だと、その場では判断したが。

 

「気になるのか?」

「少し、だけ……引っかか、る……かも?」

 

 首を傾げたイスカが、そのままアナトリアへと向き直って。

 

「ね、え、アナトリア。あのオモチャ箱……ちょっと借りる、ね」

「はぁ?」

 

 唐突なその言葉に、当然アナトリアは驚きと不満の入り混じった表情を浮かべた。

 

「い、嫌よ。普通に。なんで貸さなきゃいけないわけ?」

「……? い、嫌とか、ない……よ? あ、あたしは第四階梯……あんたは、第二階梯。あ、あんたに拒否権は、ない……あたしの言うことには、絶対に服従……なん、だけど?」

「なんでこんな奴に第四階梯の権限なんて渡したのよ学会の連中は!」

 

 いやもう、本当に、全くもって同意せざるを得ない。

 だが、こと魔術に関してならこの世代の最高峰だ。その思考には間違いなく合理性が宿る。

 ……はずだ。少なくとも、魔術においては、おそらく。

 

「と、とにかく……あんたは、あたしにあのオモチャ箱を、黙って……貸せばいい、の」

「ああ、もう! 分かったわよ! 工房は空けておくから、明日の朝に来なさい!」

「え? いや……めんどくさい、から……あたしたちの研究所まで、持ってきて、よ」

「こいつホンットに……!」

 

 ついに堪えかねたアナトリアが立ち上がるのを見て、俺もその間に割って入る。

 

「アナトリア、落ち着いて!」

「どきなさいローレンス! もう我慢の限界よ! 私の命よりも大事な”箱庭”を外に持ち出せってあなた、無茶苦茶にも程があるでしょ!? そもそも他人の研究成果を勝手に使うこと自体、魔術師として恥ずべき行為でしょ!? 第四階梯とあろう者が、簡単にそんなことしていいワケ!?」

「それはそうですが、逆に言えばイスカも”箱庭”をそれだけ認めているということで……!」

「大体あんな大きな魔導器、いったいどうやって運べって言うのよ! ねえローレンス、私かわいそうだと思わない!? 学生の頃からずーっと私、イスカにこんな扱い受けてるのよ!? イジメよイジメ! どれだけ私に無茶ぶりすれば気が済むのよお!」

「で、も……大抵のことは、な、なんだかんだやってくれる、し……便利、だと思ってる、よ?」

「何の慰めになってないわよこのおバカ!!」

「イスカ、お前もいい加減にしろ!」

 

 あまりに横暴な態度を取るものだから、たまらず俺もそんな叱責を飛ばしてしまう。

 階梯を持つ魔術師にとって、自分の研究は人生と言ってもいいものだ。先にアナトリアが”箱庭”を命よりも大事だと言ったが、あれは単なる比喩ではなく、まさに文字通りの意味だろう。それを半ば強制的に利用させろと言われて、穏やかでいられるはずがない。

 それにイスカだって、他人の研究成果を利用する時はきちんと手順は踏んでいる。実際、彼女の報告書の草稿にも、いくつか学会に問い合わせて資料を要求した旨がしっかり記されていた。

 現実にどんなやり取りがされたかは考えたくもないが、少なくとも他の魔術師の研究成果に対する扱いは、第四階梯という称号を冠する手前、きちんと心得ているはずだ。

 以上のことを考えると、本当にアナトリアのことを都合のいい魔術師として見ているだけにしか感じられないが、この際それは今更な結論なので置いておく。

 

「いくら既知の仲だとはいえ、最低限の礼儀や作法は守るべきだろ。お前だって、自分の研究が勝手に使われたら嫌な気分になるんじゃないのか? ……別に他人の研究を借りるなとは言わない。ただ、正式な手続きを踏んで、相手の了承や社会的な正当性を得てからにするべきだって話だ」

「で、でも……」

 

 どこまで通じるかは分からないが、きちんと言葉を選んでイスカに注意を促す。

 しかし彼女は、不満そうに唇を尖らせたまま、またアナトリアに向き直ってから。 

 

「でも……アナトリア。魔術的器官の、生成記録……欲しくない……の?」

「………………」

 

 沈黙したアナトリアが、握りしめた拳を降ろして着席する。

 あまりの変わりように驚く俺をよそに、彼女はカップに残った紅茶を一気に飲み干した。

 

「明日の昼前には持っていくわ。貴女も一度触ってたから知ってると思うけど、”箱庭”ってそこそこ大きいから。午前中のうちに、設置する場所はそっち確保しておきなさいよ?」

「う、ん……」

「そ。じゃあ私は準備するからこれで」

 

 俺たちが何か言うよりも前に、そのままアナトリアは応接室を後にしてしまう。

 茫然とする俺に、イスカが満足そうな表情を浮かべながら声をかけてきた。

 

「や、約束だったから、ね……あ、あたし、約束は守る、よ? あ、アナトリアも、納得してたみたい、だし……これで、いい、よね? ろ、ローレンスも納得してくれ、た……よね?」

「……そうだな」

 

 またイスカがよくない成功体験を積んでいる。

 それにアナトリアもアナトリアだ。あれだけ憤慨していたのに、魔術的器官の話を出されただけでこうもあっさりと引き下がられてしまうと、俺のイスカへの叱責も中々の茶番になってしまう。

 やはりアナトリアも魔術師と言うべきか、何と言うか。

 ……というかこの二人、やはり気質の相性自体はそこまで悪くないんじゃないだろうか。

 

 

 翌日。

 

「来たわよ!」

 

 アナトリアの言いつけ通り、研究所の一角に大きなスペースを作り終えたところで丁度、研究所の入り口からそんなアナトリアの叫び声が聞こえてくる。アーロンと一緒に研究の準備を進めるイスカを置いて入口へ向かうと、そこには腰に手を当てながら立つアナトリアの姿があった。

 

「おはようございます、アナトリア」

「おはよう、ローレンス。”箱庭”だけど、もうちょっと待っててくれる?」

「ええ、それは構いませんが……何かあったんですか?」

「何って程の事じゃないけど、あの子たちには少し重労働みたいで」

 

 言いながら、アナトリアが外に続く廊下を親指で示す。

 気になった俺が入口から顔を出すと、そこには。

 

『ハコブヨー』

『ハコボウヨオ』

『ウイ』

『………………』

 

 ……ああ、なるほど。

 

「運搬はアーロンたちに頼んだんですか」

「ええ。ちょうどあの子たちも、あなたに会いたがってたみたいだし」

 

 果たして廊下には、分解された”箱庭”の部品を運ぶアーロンたちの姿があった。

 見る限りでは一号機と二号機、それと四号機に六号機が駆り出されたらしい。

 あいつらは全機、事故に強い四足歩行で設計したので、確かに適任と言えば適任か。

 

『ア! マスターイル!』

 

 初めに俺の姿に気づいた六号機が、蒼鱗石の核を光らせながら声を上げる。

 こいつは作業の手伝いとして汎用性に特化させたので、視覚できる範囲も広い。身体から伸びるように設置された視覚機能で俺を認めた六号機は、部品を背中に乗せながらこちらへ歩いてきた。

 

「久しぶりだな、六号」

『ネーホントニ』

「確か今は総魔研の地下で記録処理してるんだったな。調子はどうだ?」

『コキ使ワレテルヨー。タイヘンヨー、モウ』

 

 六号機との会話をしているうちに、他の三機も入口までやってくる。

 

『マスダーダア』

「ああ。お前とも久しぶりだな、二号。それと……四号とは少し前まで一緒にいたな」

『ウイ』

「お前らも元気そうで何よりだ」

 

 二号機と四号機はそれぞれ運搬用として設計しているので、見た目に変わりはない。

 だが二号機は一号機には搭載できなかった言語機能の試作を、四号機には運動機能と持久力、安定性に特化させるために言語機能を最低限で設計したので、会話をすれば見分けは簡単だった。

 

『指定地点までの運搬は完了しました。このまま中で組み立てを行いますか?』

「ええ、そうしましょう。案内はローレンスに従って」

『分かりました。では、マスター。ここからの指示をお願いします』

 

 アナトリアとの会話ののち、こちらへ向き直った一号機を見て、ふと。

 

「……お前、いつから喋れるようになった?」

『はい。アナトリア様に高度な言語機能を搭載していただきました。現在、私は魔術学会の記録の目録としての役割もあるので、学会の方々と円滑なコミュニケーションが取れるように、と』

「いつの間にそんなことになってたんですか?」

「少し前からよ。色々あった結果、今の一号機は総魔研の記録と接続して学会の方で稼働してるから、色々な人間と話す必要があってね。でも、あくまで外付けの言語機能を追加してるだけだから。ローレンスの組んだ基礎設計には干渉してないわ」

「なるほど……」

 

 よく見れば確かに、一号機の核となる蒼鱗石の裏に小さな媒体が増設されていることに気づく。

 こうした改良を加えるなら俺に一言欲しかったが、とはいえ一号機はほとんどアナトリアに譲渡したようなものだ。それに彼女なら、俺の意に沿わない改造を施したり、無駄に基礎設計を弄り回すようなこともしないという信頼があった。

 

「よかったな、一号」

『はい。こうしてマスターと言葉を交わすことができて、素直に嬉しいです』

 

 蒼鱗石を点滅させながら、一号機がそんな言葉を渡してくる。

 

「とりあえず全機、中に入ってくれ。”箱庭”を組み立てるスペースは既に確保してあるから、そこで作業を再開しろ。何か問題が発生したら、すぐに報告しろ。何とかする」

『ハーイ』

『ウイ』

「それと……まあ、新しく末っ子ができた。そっちにも挨拶しておいてやれ」

『マタ増エタノオ』

『新しい兄妹ですか。楽しみですね』

 

 各々の反応を見せる四体のアーロンを引き連れながら、アナトリアと共に研究所へ戻る。

 研究所で一番広い部屋――つまりイスカが普段作業している部屋は、今日の朝から掃除をしておいた。ほとんど俺とアーロンの主導にはなり、掃除というよりもイスカの散らかしたゴミを端に寄せたと言った方が正しいが、それでも箱庭を設置するだけの空間は何とか確保できた。

 

「イスカ、アナトリアが来たぞ」

「あ……やっと、来たの……っ、そ、その子たち……!?」

 

 部屋の隅でアーロンとじゃれ合っているイスカに声をかけると、彼女はアナトリアに挨拶を投げるよりも先に、引き吊れてきたアーロンたちの姿を見せ目を輝かせた。

 

「あ、あたしとローレンスの子供が、こんなに……っ!」

「お前はこいつらの制作に一つも携わっていないだろうが……!」

 

 腹も痛めていなければ、論理機能の執筆もしてないくせに何を……。

 

『オ客サン?』

 

 対してアーロンは、初めて見る兄弟機に少し困惑しているようで、興奮するイスカの背後に少しだけ身を隠していた。まあ、産まれてからこの研究所を出ていないから、そんな反応をするのも仕方はないが。

 

『ナンカ多クナイスカ』

「こいつらは俺の作成したゴーレムで、お前の兄弟機だ。怖がらなくていい」

『ソウナンスネエ』

 

 認識を書き換えたらしい、イスカの後ろに隠れていたアーロンがこちらへ歩いて来る。

 

『アイ!』

『ウイ』

『ヘーエ』

『ソウネエ』

『ああ、申し訳ございません……十五秒ほどお時間をいただけますか?』

 

 お互いに顔、というよりは核を向かい合わせた五台のアーロンが、それぞれの蒼鱗石を激しく点滅させる。どうやら言語ではなく信号で交流を行っているらしいと察した時には既に、アーロンたちは互いの認識の更新を終え、交流を終えていた。

 

『これからよろしくお願いしますね』

『アイ!』

『では、作業を開始します。恐れ入りますが、お三方はしばらくお待ちください。何か変更する点がございましたら、何なりと私にお申し付けください』

「ああ、分かった」

 

 一号機の宣言と共に、九号機も加わってアーロンたちが”箱庭”の組み立てを始める。

 

「完成までの間に、飲み物でも淹れましょうか」

「あら、じゃあありがたくいただこうかしら」

 

 そのままアナトリアを待たせるのも悪いので、いつも通りアーロンを呼びつけたところで。

 

「アーロン、少しいいか?」

『アイ!』

『ハーイ!』

『ナアニ?』

『ウイ』

『どうされましたか、マスター』

 

 ああそうだ、違う違う違う……。

 

「違う。その、この研究所で作成した個体……九号機だ」

『アイ!』

「作業中で悪いが、茶を淹れてきてくれ。三人分、頼んだ」

『アイー』

 

 九号機の背中を見送りながら、溜息を吐く。

 残されたアーロンたちは、黙々と”箱庭”の組み立てを行っていた。

 ……それにしても。

 

「アーロンたちの手伝いがあったとはいえ、よく”箱庭”を持ち出せましたね」

「こういうのも癪だけど、イスカのお陰ね。前に行ってた、”箱庭”の中にある再現記録とか、環境や個体の初期設定記録を、別の媒体に保存する方式を採用することにしたの」

「あ、あ……そういえば、そんなこと、言った……っけ。ど、う? 軽くなっ、た?」

「悪くないわ。記録容量が空いて余白も生まれたし、また新しい機能も搭載できそう。それに記録を取り出す過程で、式の中に会った無駄な構造とかも省けたから、今後の改善にもつながりそう」

「ふーん……」

 

 そう答えるイスカだったが、視線は”箱庭”を組み立てるアーロンたちから離さなかった。

 

「……それで、イスカ? 今更だけどあなた、”箱庭”を使って何するつもり?」

「うー……んと……。昨日の事件の中、で、気になることが、あって……それの、再現?」

「犯人の部屋にあったオブジェのことだよな」

 

 事件の渦中にいなかったアナトリアへの説明も兼ねて、言葉を続ける。

 

「犯人の潜伏場所には、おそらく盗んだ魔導器を用いて作成した依代のオブジェのようなものが複数設置されていました。それらの作成が事件の動機なのはおそらく確定しているのですが……そこから先のことはまだ何も。何か聞き出す前に犯人が現場を破壊し、オブジェたちも瓦礫の下敷きになっています」

「へえ……。で、イスカはそれを覚えてるわけ?」

「うろ覚え、だけど……ね。でも、再現はできると、思う……た、ぶん」

 

 あの一瞬で模型の構造を記憶したのは、さすがとしか言いようがなかった。

 それに依代の模型は先に説明した通り、完全に破壊され瓦礫の下敷きになってしまっているので、解析が困難な状況下にある。おそらく今日、騎士団の連中が現場の瓦礫を掘り起こしているのだろうが、あまり成果は期待できないだろう。

 そしてあの犯人が事情聴取を受けたところで、素直に口を割るとは思えない。

 なので、ここで再現したものから犯人の意図を掴めればいいが。

 

『マスター、”箱庭”の組み立てが終わりました。動作確認も完了しています』

「分かった。ありがとう、一号」

『ハイオ茶』

「あら、ありがとう」

 

 ”箱庭”が組み上がり、時を同じくしてアーロンが紅茶を運んでくる。

 カップを受け取ったイスカがそのまま”箱庭”の前に立ち、魔術式を起動させたところで。

 

「ね、え……アナトリア。このオモチャ箱、って……個体の再現、できる?」

「個体?」

 

 ふと投げられた疑問に、アナトリアが少し考えてから答えた。

 

「環境とか生態の疑似再現じゃなくて、個体の生成がしたいってこと?」

「そ、う……このオモチャ箱、設計思想としては、生態の疑似再現なんだろう、けど……そもそもの個体、の生成も……たぶん、できる、よね? こ、今回は環境とか、生態とかあんまり考えなくて、いい。あ、あたしの設計した、生体構造が生命体として存在できるかどうかが、わかれば、いいから」

「……なるほど。ちょっと待ってなさい」

 

 イスカの意図を理解したアナトリアが、”箱庭”を操作する。しばらくすると、盤上の手前に魔力で構成された生命体の小さな立体像がいくつか浮かび上がった。

 

「そもそも”箱庭”には初期設定として現存する生命体のモデルをいくつか読み込ませてるの。そこから必要な因子とか、遺伝する生態的特徴とかを設定して、それから生態の再現をするんだけど……要するに、あなたが弄りたいのはここでしょ?」

「そ、そう……。だから、多分、その初期設定に、追加する形になると、思う……」

「いいわよ。それを動かせば、その生命体が存在できるかどうかも分かるしね。やってみなさい」

「……うん」

 

 イスカが箱庭を操作して、自分の記憶を頼りに生命体の図式を入力していく。その手つきは素早く、まるで宙にそのまま筆を走らせているかのように、盤上に立体像が生成されていった。

 ……本人はうろ覚えだと言っていたが、まさかあの一瞬でここまで記憶したのか?

 

「でき、た……よ。クジラさん……」

『オー』

 

 やがて完成した、一見すればクジラの形をする生命体に、隣のアーロンが声を上げる。

 確かにあの部屋にも、クジラを模したオブジェが置かれていたことを思い出す。

 いや、海洋の依代、『永遠』の座と呼ぶべきだろうか。

 

「じゃ、次は環境に落とし込むわね。クジラみたいだし、想定する環境は海でいい?」

「あ、いや……違う。その、陸地がいい、の……水は、いらない」

「え?」

「い、いいから……やってみ、て」

「……まあ、あなたがそう言うなら」

 

 アナトリアが”箱庭”を操作して、盤上に陸地の環境を設定する。

 その上で先程のクジラの生命体を環境の中に送り込み、実際の挙動を確認すると。

 

「え、ウソ……」

「う、ん。合ってた、みたい」

 

 クジラは突如としてその輪郭を変化させ、人間の形を取った。

 だが、その背部にはクジラの尾ビレに酷似した魔術的器官が存在している。

 それは昨日目の当たりにした、あの犯人とほぼ同じ姿だった。

 

『オ代ワリ要リマスカ』

「頼んだ」

 

 空になったカップをアーロンに預けて、改めて”箱庭”の図面を眺める。

 生成された『永遠』の座の仮想体は、特に不自由なく生存しているようだった。

 

「こ、これで、あの模型は、依代の模造品で……正確、だったのは、分かった。まあ、犯人が、ちゃんと魔術的器官を生成してた、から、今更確かめる必要もなかったけど……とりあえず、ここまでは、いい」

「わ、私の”箱庭”の中に依代が……!」

 

 盤上で動く生命体を眺めながら、アナトリアが感動半分、畏れ半分の表情を浮かべる。

 イスカの再現性の高さもそうだが、何よりそれを元に依代という生命体を再現できる”箱庭”の性能の高さに驚いた。彼女が第三階梯に最も近い第二階梯だと言われているのを、改めて認識する。

 とはいえ第四階梯であるイスカにとってそれは些事のようで、ひとしきり生命活動を行う依代を見てから一度、”箱庭”を操作して先ほどの生命体の設計を行う図面を引き出した。

 

「じゃ、あ……覚えてる限りで、このまま続ける、ね。この、クジラも、後に作る生命体の記録も、保存しておくか、ら……あとは、アナトリアが勝手に使えば、いい、よ」

「ありがとう!」

 

 感極まって、ついに素直に感謝を述べるアナトリアを無視してイスカが作業を続けていく。

 しばらく作業を続けた結果、あの部屋にあったオブジェは全て再現が可能なものだった。

 それはつまり、犯人の彼女は、依代の魂の形を全て正確に把握していたということ。

 

「う、ん……やっぱり、あの模型……かなり、正確だっ、た。でも……」

 

 しかしその事実を確認したイスカは、改めて口元に手を当てて唸る。

 

『オ代ワリアルヨ、ママ』

「あ、ありがとね……。アーロン……」

『イイノヨー』

 

 アーロンの頭を眺めるイスカを傍目に、アナトリアが呟く。

 

「どうしてこんなモノを作りたかったのかしらね」

「少なくとも、単なる蒐集目的ではないように思います」

 

 ここまで実用性のあるものを、ただ飾っておくだけとは思えない。

 だが、そうなるとまた別の疑問が湧き上がってくる。

 

「なあ、イスカ」

「う、ん……どうしたの?」

「犯人が窃盗をしていた目的は、この依代のオブジェを作成するためだったよな?」

「そう、だと思う……けど」

「だけど、あいつは逃げる時、これらを壊すのにあまり躊躇していなかった気がする」

「……そう、だね。逃げることが、最優先だったとは思う、けど……簡単に、壊してた、かも」

 

 昨日のあの時、目の前で津波を起こされる直前のことを思い出す。

 確か犯人の少女は、イスカがこれらのオブジェを依代だと認識した時、嬉しそうな反応をしていたはずだ。その上、この部屋に突入する前に鼻歌を歌っていたあたり、これらにはある程度の愛着があったと伺える。

 それに、覚えてる限り形こそ歪だが、制作にはかなりの時間を要しただろう。一般的な感性からして、あれだけのものにはそれなりの愛着が芽生えるはずだ。

 だが、彼女は逃亡するという選択を取った瞬間、オブジェごと部屋の壁を破壊した。

 

「違和感と言えばそうだが……少し、気になるな」

「うー……ん……」

 

 切迫している状況だったとはいえ、あんなに簡単に手放すだろうか。

 仮に俺が同じような状況で、アーロンたちを手放すことになっても多少は躊躇するだろう。

 それこそ、制作過程もきちんと記録して、もう一度同じものを再現できるよう――。

 

「……まさか、完成品が目的では、ない?」

「う、ん……たぶん、制作過程、そのもの……かも」

 

 目を合わせたイスカも同じ結論に至ったのか、俺のことを見つめながら頷いた。

 そんな俺たちを見て、アナトリアが首を傾げながら聞いてくる。

 

「制作過程? どういうこと?」

「あの子は、自分の魂を、該当する依代の形に変化させることができた……たぶん、あたしたちが見た、クジラとフクロウの他にも、依代の形は、取れる……はず。だけ、ど……」

「そもそも、犯人がその魂の形をどう知ったのか、という問題があります」

 

 たとえば無作為に魂の変質を行っても、正解に辿り着くまで途方もない時間が必要だろう。

 故に何かしらの方法で、依代の魂の輪郭の形を知覚する必要がある。

 

「……要するに、その模型は魂の設計図みたいなものってこと?」

「変質させる手順書、と言ってもいいかもしれませんね」

 

 アナトリアの例えは核心をついていた。

 要は自分の魂の形を変質させる前に一度、このオブジェを作成して魂の輪郭をある程度把握、あるいは想像し、そのイメージに沿って魂の変質を行った可能性が高い。

 素材に魔導器の部品を用いていたのも、魔力の流れを感覚的に把握しやすいからだろう。

 

「だけど、なんで設計図が必要だったのかしら」

 

 それは、おそらく……。

 

「自分の力の使い方を、分かってなかったから、だよ」

 

 俺が答えるよりも先に、イスカがぼそりと呟いた。

 

「あの子は、まだ……自分の力の使い方が、わかってなか、った。だから、こうして手本を作って……自分の力を否定するんじゃなくて……それと、向き合おうとしたんだと、思う」

「おそらくこれまでの犯行に及んだ理由も、大元を辿ればそこに行きつくだろうな」

 

 そしてその事実を踏まえると、もっと根本的な問題に辿り着く。

 犯人は依代の力を、人間の身でありながら自由に行使することができる。

 その方法は、自らの魂を依代に近い形に変質させること。

 では――そもそも彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……その答えはもう、俺たちの中で既に決まっている。

 イスカと視線が交わり、その一瞬で互いに同じ結論を悟った。

 

「つまり……あの子に、魂の変質を可能にする力を与えた、誰かが……いる……」

 




意外と時間かかってしまった&死ぬほど長くなってしまった
目標は5000~8000だったんですけど、10000↑くらいの方が話はまとまる気がします
色々考えてるんですけど、まあなんかいい感じにやっておきます
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