メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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18 魔術学会(上)

 

 魔術学会。

 エルネスタの亡き後、彼女の遺した”奕者の足跡”を辿る者達によって結成された学術機関。

 

 ――我が智慧は灯、我が理性は羅針。未知という虚野を踏み締め、いずれ我々は奕者へと至る。

 学会の前身とされている組織、『燭台の奉灯者』の盟主、ファムニール・イリスシアが残した言葉は、今もなお魔術師たちを万識の旅路へと駆り立てている。

 

 魔術学会はどの龍の派閥にも属さない、創設当時から一貫して中立的な立場を保っている。

 ……というのはあくまで学会側の主観的な意見であり、実際は海洋の『司書連合』と相互依存に近い関係を築いている。そのため、世間一般からは海洋寄りの派閥と認識されていた。

 

 とはいえ世界における事象の観測、それらの記録と保管を目的とする『司書連合』からすれば、知識の源泉である魔術学会をみすみす野放しにするわけもない。彼らは学会の研究記録や魔術式の設計などを提出するよう要求し、その対価として経済的な支援や人材派遣などを行っている。

 設立当時の学会は選民意識の強い者達で構成されていたので、彼らの記録が外部組織に管理されることには強い抵抗があった。しかし日夜新たな発見と発明に溢れ、膨大な数の情報を産み出し続けている学会の現状から、その要求を呑んで今日まで続く協力関係を築いたという。

 時が流れた現代では、そのわだかまりも落ち着きを見せ、基本的には友好な関係を築いている。記録の閲覧や提出についていちいち面倒な手続きがあったり、一部の怠惰な魔術師のせいで記録の提出が遅れたりなど、末端では互いを邪険に扱っていたりするが。

 

 また、魔術学会には階梯(かいてい)制度というものが存在する。

 これは学会に籍を置く各魔術師に定められた等級のようなもので、その決定は魔術師の研究成果をはじめとした、個人の能力や社会への貢献度などを総合的に判断したうえで行われる。

 基本的に階梯制度は組織内秩序を保つためのものだが、同時に第四階梯という天才に対する敬意の表れでもあった。真理探究を目的に掲げる学会は、その先導者たる第四階梯の活動を促進するための例外的かつ越権的な措置――聞き馴染みのある言葉で表すなら、第四階梯の権利を授けた。

 しかし、この措置を排斥するべきだという声が、ここ二年の間で急速に勢いを増している。

 まあ、あんな女が第四階梯になってしまった時点で、当然と言えば当然なのだが。

 

 学会の規定による、各階梯の区分は以下の通り。

 第一階梯:学会への登録を認められた者達。等級と言うよりは、所属の証明に近い。

 第二階梯:最も多くの魔術師が所属する階梯。殆どの魔術師は第二階梯が頭打ちとなる。

 第三階梯:現実的な魔術師の到達点。学会の最高峰であり、魔術界を先導する智者達。

 第四階梯:その文明における唯一の天才。人類の段階を一つ進めた、時代の象徴。

 

 第四階梯の選出は、第三階梯並び学会の中枢により、慎重に慎重を重ねて行われる。

 しかしながら、かの『魔女』アルバトラや『原器』のレフェルトリス、『託宣』のエルネスタと並ぶような人物を選出することは、極めて高度な議論と選考を必要とする。

 その厳正なる審査を経て選出されたのが、現代の第四階梯魔術師、『理外』のイスカ。

 ……学会は今一度、第四階梯の選定基準を見直すべきだと思う。

 

 

『オ出カケシターイ、ノッ』

 

 以上の理由により、今晩はアーロンの子機を連れてグレンの店へ顔を出すことにした。

 相変わらず喧騒の渦巻く夜のノールドベルト歩くと、通りから外れた路地にグレンの店が見えてくる。その店頭で適当に掃除をしているリナは、俺たちに気づくと手を振って迎えてくれた。

 

「あ、イスカさんにローレンスさん! こんばんは!」

「こんばんは。店の席は空いてるか?」

「もちろんです! いっつもガラガラなんで、私もヒマしてました!」

 

 相変わらずこの店は客足が悪いらしい。

 ……このノールドベルトでここまで客が来ないと言うのも、少し違和感はあるが。

 

「ね、ねえ……このお店、子供用の椅子って……置いて、ある?」

「お子さんもご一緒ですか? って、え? ついにイスカさん、出産したんですか!?」

「うんっ……ほ、ほら……見てっ」

『バブ』

「うわおぉぉお……!?」

 

 イスカの抱いているアーロンの子機を見た瞬間、リナが壮絶な表情を浮かべる。まだ知り合って間もないが、普段快活な彼女がここまで歪んだ表情を見せるのも珍しい。

 

「とりあえずご案内しますね!」

「頼んだ」

 

 ひとまずリナに案内されるがまま、店の中に入る。

 いつも通り閑散とした店内は、やはりこの街の飲食店としては異質だった。初めてこの店を訪れた時も俺たち以外に客はいなかったので、原因は不明だがこれが日常的な光景なのだろう。

 アーロン用の子供椅子を運んできたリナに注文を済ませると、彼女は店の奥に消えて行った。

 

「ど、どう……アーロン? パパと、ママと……は、初めての、お出かけ……」

『カナリ楽シイッスヨ、コレハァ!?』

「店の中では静かにしてろ」

 

 子供用の椅子にちょこんと乗せられたアーロンは、心なしか満足しているようだった。

 ……イスカのせいもあるが、こいつに浮遊機能をつけた意味が無くなっている。

 機能が正常に動作しているか、試験的に動かしたい気持ちもあるが。

 それよりも今のうちに伝えておくべきことを、イスカに向けて話した。

 

「そういえば、さっきエンデルガストと話をした」

「え、エンデル……と? な、なんで?」

「お前の報告書に関する話だ。提出先を指定された」

 

 彼の名前が出た時点でイスカが不機嫌になり始めたので、騒き出す前に要点を伝える。

 

「提出先は魔術学会のエストレア支部だ。次の階梯評定会の開催日に持って来いと」

「……エストレア、ということ、は……今年の運営は、古代魔術学派なん、だ」

「馴染みがあるのか?」

「う、ん……あ、あたしに懐いてる後輩が、所属してる派閥、だから……」

 

 後輩。

 ……何気に、イスカにそうした知人がいるというのを初めて聞いた。

 確かに学会と言う組織に所属している以上、先輩や後輩といった関係性の人間がいてもおかしくはない。ただ、イスカに懐いている人間と聞くと、どうしても嫌な予感が過ってしまう。

 

「お前が行きたくないなら、俺が一人で済ませてきてもいいが……」

「だ、だめっ! ろ、ローレンスが行くなら……あ、あたしも……行く」

 

 一応の提案をしてみたが、返ってきたのは予想通りの反応だった。

 まあ、そこに関してはエンデルガストも承知していることだろう。俺もどうせイスカがくっついてくる前提で彼との話を進めていたので、これといった不都合が出るわけでもない。

 

「エンデルの言うことに従うのは、癪……だけど……久しぶりに、メルティナの顔を見に行くって、考えれば……まあ……いい、かな。あ、あの子も……あたしに会いたがってる、だろうし」

「なら、それで決まりだな」

 

 イスカは不満のありそうな顔をしていたが、とりあえずは納得してくれた。

 彼女の言う後輩――メルティナがどういった人物なのかは知らないが、少なくともイスカが前向きに検討してくれる理由にはなるらしい。顔も声も知らない相手に感謝をする一方で、イスカがこれほどまでに好印象を持つ相手がいることに、驚きとただならぬ不信感を覚えた。

 一抹の不安を覚えつつも、ひとまず話は纏まったので気には留めないでおく。

 

「お料理持ってきましたよ! あとてんちょーも連れてきました!」

「よう。まさか本当にウチの店に来てくれるとはな」

 

 話が落ち着いたところで、ちょうど注文した料理が届く。

 皿を運ぶリナと共に現れたのは、先日も顔を合わせたグレンだった。

 

「懇意にしてくれと頼まれたからな。忘れないうちに来た」

「真面目だなあお前も。ほら、注文の飯だ。今日は最後までゆっくり食えよ」

「あ、ありがとう……」

 

 イスカは以前も頼んでいたソーセージパイを、俺は魚介類のパスタを注文した。

 差し出された料理を受け取ったところで、ふとグレンが興味深そうな視線をアーロンへ向ける。

 

「前には連れてこなかったな、そのゴーレム」

「こ、この子は……アーロン……。あ、あたしと、ローレンスの子供……♡」

『アーロンダヨ』

「へえ、お前らガキ産んでたんだな。仲いいとは思ってたが、とうとうそこまで行くとは」

「違う」

 

 美しさすら感じる速度で誤解したグレンに、思わず強めの否定が口から漏れた。

 以前から楽観的だと思っていたが、ここまで来ると何も考えていないのではと思う。

 経験上、こういう人間相手に訂正を加えても、大抵の場合徒労に終わるのは分かっている。諦めた俺は、提供されたパスタに手を付けることにした。見た目よりもあっさりとした風味のそれは、名店のものとは言わないが、しかし食材の良さを感じ取ることのできる素朴な味わいだった。

 良くも悪くも庶民的という雰囲気の料理だが、それがまたいい。

 値段も相応に安いし、グレンとの関係性を抜きにしても通っていいくらいのものだと思う。

 

「美味いな。来てよかった」

「そりゃどうも。つーか、前に来た時も魚介系頼んでなかったか」

「一応、漁師の息子だからな。魚の味は子供の頃から馴染みがある」

「いわゆる海の男というやつですね! 見た感じ全然そうは思えませんが!」

「色々あったんだ」

 

 そこを掘り下げるのも面倒なので、リナの言葉には適当に返す。

 

『ソレ美味シイ?』

「ん、む……んぐ……あ、アーロンも、食べたい……?」

『聞イテミタダケー』

「そ、外付けの装置を取り付ければ……アーロンも、料理を取り込んで、自分の動力源にできる……し。か、帰ったら……それも、機能として追加して、みる?」

『イエ本当ニイラナインデ大丈夫ッスヨ』

「あんまり機能を載せすぎても、アーロンが混乱するだけだろ」

 

 そもそも、疑似的な魂とリノンの術式を積んでいるだけでも、アーロンにはかなりの負荷になっているはずだ。そこに機能を追加したら、いよいよ論理機能が耐えきれなくなる。

 

『オ出カケシテルダケデ充分ナンデネ』

「……本人もこう言ってることだし、必要ないだろ」

「あ、アーロン……っ! な、なんていい子……さ、さすがは、あたしたちの子供っ……!」

「イスカさんって親バカなんですね!」

「過干渉すぎるとは思うが」

 

 ……まあ、アーロン自身も俺やイスカと過ごすことには概ね満足しているようなので、そのあたりに文句を言うつもりはない。俺としても、指示した作業を遂行してくれているのは助かる。

 イスカほどではないが、創造主としてそれなりに愛着も湧いているのも事実だった。

 

「そう言えばお前ら、エストレアに行くんだって?」

 

 そうして話をしながら食事を進めていると、ふとグレンからそんな問いかけが渡される。

 

「聞いてたのか」

「うちの店の小ささを舐めるなよ」

「ボロい汚い狭いの三重苦ですからね!」

「うるせえ」

「んぬッぶ!」

 

 いつものように余計なことを言ったリナが、グレンに頭蓋を叩かれている。

 ……毎回、そこそこの威力で叩かれているのが、本当に平気なのだろうか?

 

「そうだけ、ど……何か、あるの?」

「ああ。お前らさえよければ、リナも連れてってやってくれねえか?」

「……彼女を? なぜ?」

 

 頭を押さえながらぷるぷると震える彼女を見て、思わず聞き返した。

 

「コイツ、実はお前らがいる魔術大学の現役生なんだよ。でも入学早々、同級生をボコボコにした挙句、ついこの前まで停学喰らってたんだわ。今は復学して、周回遅れで一回生やってるとこだ」

『ヤバッ』

「なぜそんな問題児を俺たちに押し付ける……?」

 

 注釈でより謎が深まるという珍しい経験をしたが、構わずグレンが続ける。

 

「でもこいつ、大学行ってんのに魔術に関してはからっきしでな。見ての通り知性が足りないことも理由だが……何より、産まれてこの方、魔術に触れる経験がほとんど無かったらしい」

「……魔術に触れる経験がない? この魔導器が発展した現代でそんなこと、あり得るのか?」

「普通はないな。だけどこいつ、うちのキッチンで使ってる火起こしの魔導器すら起動させられないんだよ。だからホールスタッフやらせてるんだが……とにかく、そういうことらしい」

「め、珍しい……ね。そんな人、は、初めて見た……かも」

「自慢じゃないですけどね! いや本当にどうしましょう、私!」

『ドウシマショウネー』

 

 復活したリナが普段の調子に戻って胸を張るのに合わせて、アーロンも復唱する。

 

「つーわけで、評定会に連れて行ってやってくれ。このままだとこの先、リナも困るだろうしな。今すぐ魔術式を起動できるようになれとは言わないが、こいつにもいい経験させてやってくれ」

「……イスカ、どうする?」

「ん……い、いいよ、別に。どうせ、少し行って、返ってくるだけだ、し……。そ、それに、魔術式が起動できない、っていうのも、気になる……な、何か分かるかもしれない、しね」

「なら、俺から言うことはない」

 

 そもそも二人には、アーネルガルムからの帰還を手伝ってくれた恩がある。

 イスカとしてもそのことは理解しているらしく、とやかく言うようなことはなかった。というよりは、魔術式を起動できないというリナの特異性に興味を示しているのだろうが。

 

「ありがとうございます、イスカさん! ローレンスさん!」

『イイッテコトヨ』

「アーロンさんには言ってないですよ!」

「ん、ぐ……で、でも……いくつか条件が、ある……」

 

 そこでイスカは、ソーセージパイのカスにまみれた指を立てながら、

 

「ひと、つ……あ、たしのローレンスに、よこしまな視線を向けない、こと……」

「それは大丈夫です! ローレンスさんはわたしのタイプとは程遠いので!」

 

 現役の女学生に言われるのは中々くるものがあるが、イスカも落ち着くので問題はない。

 

「ふたつ。評定会の間、は……メモを取る、こと。ちゃんと覚えれば、きっと、いい経験になる」

「わかりました! しっかり勉強します!」

 

 二つ目の条件は、いかにも先達の魔術師らしいものだった。

 腐っても第四階梯というだけあって、イスカの魔術に対する姿勢が感じられる。

 

「最後に、みっつめ、は……評定会で発表する魔術師のうち、誰のやつでもいいから、発表された研究についての考察と、自分なりの結論をまとめて……あ、あたしに提出すること……」

「えっ? なんか急にめちゃくちゃ課題じゃないですか……?」

「あ、当たり前……むしろ、魔術大学の生徒なのに、この程度で音を上げられても……困る」

 

 最後の条件は、多少やり過ぎな気もするが、リナのためにもなる話ではあった。

 評定会で発表される研究は当然、どれも高度なものが揃っている。それを自分なりに咀嚼し、誰かに提出するための体裁を整えれば、魔術に対する理解もかなり深まるだろう。

 課題形式になっているのは胃の痛い話だが、とはいえ成長も見込めるのは確かだった。

 

「こ、この条件を呑んでくれる、なら……あたしの紹介で、招待する……よ」

「わかりました! なんかキツそうですけど、頑張ります!」

 

 提示された条件に、しかしリナはいつもの快活な調子でそう答えた。根性があるのか、それとも店主と同じく何も考えていないのかは判断に困るところだが、とりあえず話は纏まったらしい。

 

「じゃ、しばらくリナはお前らに預ける。ま、いい経験させてやってくれ」

「分かった。でもグレン、店の方はいいのか?」

「別に客が来るわけでもねえし、何も問題ねえよ」

 

 それは確かにそうかもしれないが。

 

「そういえば、エストレアにはどうやって行くんですか?」

「エンデルガストからの招待が俺たち宛てにあるだろうから、”博闢の門”の利用が認められるはずだ。だから評定会当日の朝に、オルトライズ商会の支部で合流すれば問題ない」

「か、仮に招待がなかったとしても……あたしが無理やり、開けさせるから、大丈夫……」

「やめてくれ」

 

 ただでさえ商会とイスカの関係性は最悪なのに、これ以上悪化させるわけにはいかない。

 それを抜きにしても、エストレアへの来訪を指示したのはエンデルガスト本人なので、手続きも向こうが主体で行ってくれるはずだ。礼儀正しい彼のことだから、その信頼はある。

 

『マタオ出カケ?』

「ああ。お前も連れて行ってやる」

『アイ!』

 

 エストレアへの遠征は、子機と親機間における長距離の同期試験としても都合がいい。それに、また変な拗ねられ方をされても困るので、アーロンを連れて行くのは内心で勝手に決めていた。

 俺が言及しなくても、イスカかアーロンのどちらかが言い出していたことだろうが。

 

「……とりあえず、今決めておくことはこれくらいか?」

「う、ん……。あとは向こうに行ってから、色々考えよ……」

『カンガエヨ』

 

 最後にイスカに聞いてから、その話はひとまず落ち着いた。

 俺たちとしては報告書を提出するだけで問題ないが、とはいえ年に一度の評定会が開催されているのなら、リナの事情を抜きにしても、一介の研究者として見物程度に顔を出してもいい。

 尤も、イスカからすれば退屈な時間になるかもしれないが。

 

「私、エストレアなんて都会、初めて行きます! てんちょーは行ったことあるんですか?」

「酒が美味いことしか覚えてねーよ。だからまあ、土産は酒でいい」

「……どうして俺を見ながら言うんだ」

「こいつ未成年で酒買えねえから」

 

 ……反論する気も起きなかった俺は、グレンの注文を溜息と共に請け負った。

 

 

 一週間後、階梯評定会当日、魔術学会エストレア支部前。

 

「でかい街ですね!」

『デカイネ』

 

 目の前に聳える煉瓦造りの建物群を前に、リナとアーロンが声を揃えて叫んだ。

 ノールドベルトより北に位置するエストレアは、大陸内部でも特に栄えた国家として有名だった。また、この地は二人目の第四階梯魔術師、『原器』のレフェルトリスを輩出した国でもあり、彼が発見した蒼鱗石はエストレア内陸部の鉱山区から発掘されたという記録もある。

 このように鉱業、及び魔術資源に恵まれた背景もあり、エストレアは他国と比較しても非常に高い技術力を持つ。故に現在、エストレアは大陸有数の先進国として数えられていた。

 

「さ、さむい……も、もっと厚着してくれば、よかった、かも……」

「ちゃんと準備しろって言っただろ。ほら、貸してやる」

 

 ぐずぐずと鼻を鳴らすイスカの肩へ、羽織っていたコートを被せる。

 現代における移動手段の革命となった”博闢の門”は、短時間で長距離の移動を可能とする優れた発明だ。しかし利用者の思慮が浅い場合、このように地域ごとの寒暖差で苦労する羽目になる。

 

「あ、ありがとう、ローレンス……」

「別にいい。風邪を引かれても困るからな」

「……ん、ふふ……ローレンスの、匂い……する……♡」

 

 コートを貸したことをすぐ後悔したが、もう今更なのでそのまま無視することにした。

 

「いよいよ時間の問題って感じですね!」

「さっさと行くぞ」

 

 余計なことを言い出したリナ、アーロンを抱くイスカを連れてエストレアの街並みを進む。

 目的地となる学会支部は、既に確認できていた。北国特有の澄んだ青空の下に見える灯台――どの国の支部にも共通して見られる、学会の象徴的な施設――は、それほど遠くない位置にある。

 評定会の時期ということもあり、街の中には俺たちと同じく灯台へと赴く魔術師たちがちらほらと見えた。遠目に彼らを観察していたところで、ふと先日グレンの店で交わした会話を思い出す。

 

「そういえば、今回の運営は古代魔術学派だと言っていたな」

「う、うん。エストレアは……こ、古代魔術学派の本拠地、なの。そもそも、この国は歴史が古くて……あ、アルバトラの時代にあった、小国がまとまってできた、連合国。だから……し、支部の遺物館には、アルバトラが残した古書、とか……初期の魔導器の原型とかが、まだ残ってる」

『ヘーエ』

 

 レフェルトリスを輩出したということもあって、この国が昔から存続していたのは知っている。

 だが、イスカから聞いた、小国が合併してできた国だという話は初耳だった。

 

「ずいぶんお古な国なんですね」

「だが、現代にも残っているということは、それだけ歴史の積み重ねがあるということだ」

「なるほど! 代謝がいいということですか!」

 

 分かるようで分からないリナの例えに首を傾げながら、支部の入り口まで辿り着く。

 建物の前に設置された広場には、大勢の魔術師、或いは研究者たちが各々で固まって立ち話をしているのが見えた。ここまで来るとエストレアの雰囲気よりも、学会の雰囲気が強くなっていて、聞こえてくる会話も自然と専門的なものが多くなっていく。

 

「あ……う、受付は……あっち……」

「みたいだな」

 

 イスカの言葉で先導が俺から彼女へと変わり、その小さな背中をついていくことになる。

 そこでふと、周囲の魔術師たちの視線がこちらへ向けられていることに気がついた。

 

「うっわ」

「えっあれさあ……」

「なんで第四階梯がいるんだよ……」

「え? 俺第四階梯の前で発表するの? ウソだよな?」

 

 ひそひそと聞こえてくる彼らの声に、思わず頭を抱えたくなる。

 

「やっぱり有名人なんですね、イスカさん!」

「こういうのは悪目立ちというんだ」

『ソウナンスネエ』

 

 仮にイスカ本人の顔を知らなくても、彼女が身に纏っているローブの意味を知らない者など、この場にはいないはずだ。第四階梯の文様が刻まれた、選ばれし者しか袖を通すことのできない白いローブ。それを着たまま魔術師たちの中を闊歩するイスカは、もはや暴君に近かった。

 だが、本人は周囲の視線や小声など気にも留めず、受付へ向かって歩いていく。

 

「てかなんか赤ちゃん抱っこしてる……?」

「産んだの? え? アレが?」

「つまり後ろにいる男がそういう……?」

 

 俺にまで風評被害が及び始めたのと、受付に辿り着いたのはほぼ同じタイミングだった。

 建物の入り口付近にある運営本部には人が密集しており、それらの視線が一斉にイスカへと向けられる。彼らの視線を浴びたイスカは、しかし動じることなく、ただ一言だけ。

 

「あたしは、第四階梯……なん、だけど?」

「やばい逃げろ!」

「すいませんでしたっ!」

「お先にどうぞ!」

 

 滅茶苦茶すぎる。

 蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した魔術師たちをよそに、イスカがずんずんと受付へ進んでいく。かつての被害者を蔑ろにするわけではないが、彼らが魔術師である以上、第四階梯という称号が普段より幅を利かせていた。

 昨今、第四階梯の特権を排斥するべきだという意見が上がるのも頷ける酷さだった。

 

「……っ、き、来た……!」

 

 もはや隠す気もない受付の女性職員が、イスカの姿を認めて声を上げる。

 

「イスカ・フィルレンシア……え、エンデルガストの招待で、来たん、だ……けど」

「ええ、はい! お話は主席から伺っております! お連れの方はどのようなご関係で……?」

「ローレンス・エルマークです。現在、彼女の助手を務めています」

「リナって言います! ノールドベルトの魔術大学の一回生です!」

 

 俺とリナが自己紹介を終えたところで、女性職員が恐る恐るといったように声を上げる。

 

「その、ローレンス様はイスカ様の助手ということでお通しできますが、そちらのリナ様とのご関係は? 失礼ながら、私の覚えている限り、主席からのご紹介は頂いていないのですが……」

「第四階梯」

「はい、問題ございません! お二人の手続きも進めさせていただきます!」

 

 およそ全ての文脈を吹き飛ばしたイスカの言葉に、女性職員は有無を言わさず頷いた。

 まあ、正直なところリナの扱いをどうするかは悩んでいたので、ここだけは助かる。

 

「あ、そ、そうだ。こ、この子も入れてあげて……?」

「こ、この子……? お子さんですか? 一応、お顔の確認だけ……」

『オギャ』

「きゃあぁぁああっ!? ご、ゴーレム!? な、なんで……抱いて……っ!?」

 

 イスカの腕に抱かれたアーロンを見て、これまで誠実に応対をしてくれていた彼女が、ついに甲高い悲鳴を上げた。

 

「こ、この子は……あ、あたしたちの、子供……♡ あ、アーロンっていう、子……なの♡」

「ひっ……あ、そ、その、ゴーレムを持ち込む際は、また別途で申請をしていただく必要が、ごさい、まして……あ、安全面を考慮すべく、イスカ様にもご対応していただければ、と……!」

「っ……あ、あんた……あたしの子供が、危険だって言うの!? こ、こんなに可愛い子、なのに……っ! 常識的に、考えて……あ、あたしの関係者に、決まってるだろっ!!?」

「いえ、その、お、お通しします! 申し訳ありません主席!」

 

 とても常識的ではないイスカの理論に、女性職員が涙を浮かべながら手続きを進めていく。

 しかしその手つきは慣れたもので、嗚咽が聞こえる中でもすぐに終わらせてくれた。健気にも差し出された四枚の許可証を受け取って、手続きの滞りが無理やり吹き飛されたのち完了する。

 

「それでは、こちらをお受け取りください……」

「……ねえ。え、エンデルは今、何してる、の?」

「しゅ、主席ですか? 現在は評定会のために、会場の準備を行っていますが……」

「む、迎えくらい、寄越すべき……でしょ、っ! ……わ、わかった。あ、あたしたち、遺物館にいるから……そこに来い、って伝えて……よ。で、できるだけ早くしろ、って……!」

「承知いたしました! すぐにお伝えしてきます!」

 

 イスカの言葉を受け、女性職員がすぐさま持ち場を離れて会場の方へと走っていく。相変わらずの傍若無人ぶりをまざまざと見せつけられた俺は、ただその光景を見守ることしかできなかった。

 そんな一連のやり取りを、同じく見守っていたリナがふと、俺の方に向かって。

 

「イスカさんの行動を問題だと思ってるなら、ローレンスさんが注意するべきだったのでは?」

「この女がそれぐらいで止まると思うか?」

「確かに!」

 

 自分で言っておいて何だが、少しくらい否定してくれてもよかったと思う。

 

「い、いこ、ローレンス……い、遺物館で、暇潰しでも、してよ……」

「そうだな」

「あ、あたしが案内して、あげる……から、ね? た、楽しみに、してて……」

「ああ」

 

 諸々の文句と不満、苦言を呑み込んだ俺は、イスカの先導で学会支部へと足を踏み入れた。

 

 

 イスカの案内で連れられた遺物館は、支部内の端の方に別個で建てられていた。

 外見は中規模の博物館といったところで、内装も想像通り、古い文献や魔導器などが各所に展示されている。通常、この施設は一般開放されていると入口の案内を見て知ったが、評定会の時期ということもあってか、内部にいる人間は俺たちを含めてもそう多くはなかった。

 

「……この大きな箱は?」

「ま、魔動機に使う、媒体の原型……。今とは、形がずいぶん違うけど、初期はこんな形だった、の……。れ、レフェルトリスの時代は、そもそも物体に魔術式を刻む技術が、発展してなかった、から。あ、あたしたちから見たら、回りくどい造りになって、る……」

『アーネ』

 

 展示されている物品はどれも歴史的価値が高いもので、イスカの解説がなければ眺めるだけで終わっていただろう。リナに至っては解説を聞いてもよく分かっていないらしく、終始頭の上に疑問符が乗っかっているようだった。

 

「あ……こ、これ、アルバトラが使ってた、銃……」

 

 そうして内部を見学していると、ふとイスカが小さな展示スペースを見て声を漏らす。

 

「ちっさ!」

『チッサ!』

 

 アーロンとリナの言う通り、展示されている銃は手のひらで覆えば隠せそうなほど小型のものだった。一般的に使用されている拳銃を頭に浮かべるが、それよりも二回りほど小さいと思う。

 それこそ袖に細工をすれば、そこに忍ばせて携帯することも可能なサイズだろう。

 

「護身用……いや、暗殺用か?」

「わ、わからない……。あ、アルバトラは未だに謎が多くて、分かってることが、少ないの……。こ、この銃を、本当にアルバトラ本人が使ってたのかも、未だに推測の域を、出てな……い」

『ソウナンスネエ』

 

 現代において組織単位での帯銃が認められているのは、海洋の『司書連合』と倫理監査委員会のみとなる。前者は管理活動における治安維持のため、後者は委員会が出向くような案件は、大抵の場合危険が伴うので、必然的に相応の火力が求められるというのが主な理由だった。

 それ以外は僻地における害獣対策や、特定の手続きを踏んだ個人が所有している場合もあるが、基本的にはどの国でも銃の流通はある程度の制限がかかっている。

 

「それにしても、最初の第四階梯が銃を持ってたって言うのは、なんだか皮肉ですね!」

「ま、まあ……当時は魔術の発展どころか、概念が存在しなかった、から……帯銃していたのも、おかしくはない。け、けど……まあ、いい顔をする人は、いないかも……ね」

 

 魔術師にとって銃という存在は、基本的に好ましいものではない。

 というより、彼らは銃を倫理監査委員会の象徴的なものとして捉えており、それ故に忌避的な感情を抱く者が多い。また、実際に銃弾――というより、高速で射出された物体へ対抗できる魔術師も多くはないので、銃という殺傷目的の道具への抵抗感は相当なもののようだった。

 

「あたしは、別に……銃には何の、興味もない……けど」

「効かないからだろ」

「うん……き、気にしたことない……」

 

 銃弾に対抗できるのは、第二階梯では一握り、第三階梯でも特別な対策を講じなければいけないと聞いた。要は魔術師に対する足切り性能が高いわけで、委員会が採用するのも頷ける。

 ……第四階梯は銃弾くらい素手で掴んで、そのまま投げ返してきてもおかしくないらしい。

 

『ジー……』

 

 そうして立ち話をしていると、ふとアーロンが展示されている銃を注視していることに気づく。

 

「気になるのか?」

『イヤ、記録シトイタンデ後カラ設計図トカ出力デキマスヨ』

「今すぐ破棄しろそんなもの」

 

 どこでそんな物騒なことを覚えてきたんだ……。

 

「そ、それにしても……え、エンデルのやつ……遅い、ね」

「ですね! 私もそろそろ暇潰しの見学には飽きてきたところです!」

「評定会の運営をしているんだ。すぐに場を離れられるとも限らないだろう」

 

 確かに待たされているのは事実だが、理由が理由だ。それにエンデルガストは個人的に信頼してもいいと思っている人間なので、待たされていることへの苛立ちはあまり無かった。

 隣の第四階梯は今にも運営本部へ突撃しそうな勢いでイライラしていたが。

 

「い、いっそのこと……禁庫に侵入して、警報でも鳴らしてみよう……かな」

「エンデルガストさんどころか支部内の人間が大集結ですね!」

「絶対にやめろ」

 

 どうして手段がいつも物騒な方向に向かうんだこいつは……!

 

『ヒマダヨ』

「よ、よしよし……。も、もう少しだから、待って、ね……?」

「……どこか、館内で座れそうなところでも探してみるか?」

「私もお手洗いに行きたいです!」

 

 そうしてアルバトラの銃の展示から一度、場所を移そうとした、その時。

 

「お待ちしておりました、イスカお姉様……♡」

 

 俺たちの背後から、背筋が凍るような声と、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。

 




たぶん今回で歴代の第四階梯の名前と称号が出揃ったはず
整理用にいちおう並べておきます

 『魔女』アルバトラ
 第四階梯魔術師、『原器』のレフェルトリス
 第四階梯魔術師、『託宣』のエルネスタ
 第四階梯魔術師、『灯路』のオルトライズ
 第四階梯魔術師、『律命』のリノン
 第四階梯魔術師、『理外』のイスカ

どっかのタイミングで登場人物一覧とか作ってもいい
でも文頭に置くとネタバレすぎるねんな
まあなんかうまい具合にやっておきます
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