メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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02 第四階梯魔術師、『理外』のイスカ(上)

 

 第四階梯魔術師、『理外』のイスカ。

 歴史上三人目となる第四階梯魔術師、エルネスタが残したリバース・アルジェントの難題を解読し、十七という若さで時間遡行の基礎理論を発明。翌年には史上最年少で第四階梯の称号を授けられた、規格外の若き天才魔術師。

 数々の魔術的難題を解明した彼女を崇拝する者も多い一方で、その破綻した性格と自己中心的な言動の被害者も数多く、彼女を史上最高の魔術師という敬称で呼ぶ者もいれば、史上最悪の魔術師という蔑称で呼ぶ者もいる。

 両者に共通しているのは、彼女が人類史上最も優れた才能を持つ魔術師であるという事実のみ。

 そして俺は、そんな天才の幼馴染だった。

 

 

 細かい金属が擦れる音で目が覚める。

 はじめに視界に映ったのは天井だった。そこから起き上がろうとしたところで、自分の両腕が拘束されていることに気づく。首を起こして回りを見渡すと、ここはどうやら研究室とは別にある生活用の自室らしく、そこからはいくつかの本棚と、部屋の角にある机に向かうイスカの小さな背中が見えた。

 

「何、してる?」

 

 呼びかけると、イスカがぴたりと動きを止めてからこちらに振り返る。

 その手には、ピンク色の液体が入った試験管が握られていた。

 

「あ、も、もう起きたんだ……。少し、入れ過ぎたかな、って、思ったんだけど……」

「……やりやがったな、お前」

「ご、ごめんなさい……。で、でも、あたし、まだ、不安で……せ、せっかく二年ぶりにローレンスに会えたのに、こ、これでもしも、またいなくなったらって考えたら、こ、怖くなって……し、仕方なくて……!」

「もう逃げないって、さっきも言ったばっかりだろ」

「し、信じられない……まだ」

 

 イスカが俺のことをじとりと睨みつける。

 ここまで彼女が俺のことを敵視するのは、もしかすると初めてのことかもしれなかった。

 とはいえ、二年も彼女を放置してしまった俺にも、一割くらいの責任はあるのだろう。

 腹を括って、俺はベッドに寝かされたまま、イスカに向き直った。

 

「どうすれば信じてくれる?」

「こ、この薬さえ飲んでくれれば……ゆ、許してあげる」

 

 するとイスカが、俺の目の前に手にした試験管を突き出してきた。

 

「……これは?」

「ろ、ローレンスの体内に、特殊な魔術式を構築する薬……。あ、あたしは、その魔術式を探知できるの。もし、ローレンスがまた逃げ出して、海の底に沈んだりしても……あ、あたしなら、また見つけられる……」

「つまり、これから俺はお前に監視されることになるのか」

「か、勝手にいなくなったローレンスが、悪い……!」

 

 それは、まあ、そうかもしれない。

 何も言わずに彼女の元を去ったことは、少しだけ、ほんのわずかながら後悔している。

 適当な理由でもでっち上げて、何か書き置きでも残しておけばよかったと思う。

 そうすれば、彼女もここまで追い込まれて、過激な手段を取ることはなかったはず。

 ……いや、さすがにそんなことはないか。

 

「分かった。飲めばいいんだろ。いい加減、この体勢も疲れてきた」

「う、うん……じゃ、じゃあ、飲ませてあげるから、あーん、して……?」

「……………………」

 

 しばらくの逡巡の末、俺はイスカに促されるまま口を開いた。

 そうしてイスカは、俺に覆いかぶさるような姿勢になったあと、試験管を傾けて中に入った液体を口内に注いだ。少し粘性のあるそれは、しかし想像以上に無味無臭で、拍子抜けする俺をよそに喉の奥へと流れていく。

 少なくとも即効性の何かがあるわけではないらしく、今のところ身体に変化はない。

 

「……ど、どう……? おいしい?」

「いや、味はしなかった」

「そ、そうなんだ……」

 

 意外そうに返答するイスカに、ふと少しの違和感を覚えた。

 

「聞き忘れたんだが、これはもちろん自分で試したことのある薬なんだよな?」

「え?」

「自分で試したことのある薬なんだよな、って聞いてる」

「……………………て、手錠……外してあげる、ね?」

 

 おい……おい!

 

「おい!」

「だっ、だ、大丈夫だから……っ! あ、あたしが確認した限りでは、危険そうなものは、なかったから……そ、それに、もしローレンスの体内の時間が座礁しても、あ、あたしなら引き上げられるから……大丈夫!」

「時間の座礁って何なんだ! もっと分かりやすく説明しろ!」

「と、とにかく、ローレンスはあたしと一緒にいれば安心なの! あたしからもう二度と離れないで!」

 

 明らかに不穏な言葉が出て来るが、イスカは何としてもそれ以上の言及を止めてきた。

 彼女に監視されることに気を取られてしまって、そもそもの薬の安全性について全く気に留めていなかった。とはいえ、彼女は希代の魔術師だ。何が起こっても万全に対処できるはず――という一方で、イスカが作った薬なんて絶対ロクなもんじゃないだろ、という考えも拭えなかった。

 ……まあ、いい。

 少なくとも、彼女が俺を死に至らしめることはないだろう。

 

「いくつか、済ませておきたいことがある」

 

 手錠を外され、しばらくぶりの自由を手に入れたところで、ふとイスカに話しかける。

 

「な、なに……?」

「まず、前の住居のことだ。色々と置いてあるから、取りに戻りたい」

「ダメ……」

 

 ダメとかの問題じゃないだろ。

 

「今月分の家賃も払っていないし、管理人にも何も伝えていない。一度戻って、事情を説明しないと」

「じゃ、じゃあ、あたしが解約とか、引っ越しの手続きしとく……さ、最悪、第四階梯の権限使うから……」

「そんなことで第四階梯の権限を使うな」

 

 これ以上くだらない理由で人類史に俺の名前を刻まないでほしい。

 とはいえ、この調子だといくら言っても聞かないだろうから、ひとまず前の住居のことはイスカに任せることに決めた。まあ、そこまで物が多いわけでもないので、最低限の私物さえ回収できれば問題はない。

 

「それと、アナトリアにも謝罪しておきたい。仕事の引継ぎもだ」

「ダメ……」

 

 だからダメとかの問題じゃないんだって。

 

「そ、そんなにアナトリアと会いたいの……ま、まさか、脅されて……! あ、の、アバズレ……!」

「違う。俺は向こうの職場であまり替えの効かない役割だったから、それをきちんと後続に引き継がないといけない。少なくともアナトリアに話を通してから、向こうである程度の作業をしないと。あれだけ世話になったんだから、彼女の顔に泥を塗ることになるのは避けたいんだ」

「な、なら、あたしも一緒に行く……も、もし、ローレンスに色目を使ってたりしたら、あ、あたしがその場でアナトリアを、引き裂く、から……」

 

 アナトリアの身の安全のため、できればこの二人を引き合わせたくはなかったが、今のイスカは何を言っても聞き入れてくれないだろう。なので申し訳ないが、アナトリアにはイスカと対面してもらうほかない。

 それに、同行さえすれば外出と人に会うことは許可してくれるらしいので、大人しく従っておこう。

 

「あとは……明日からお前と生活を共にするにあたって、色々と決めておきたいことがある」

 

 そこまで言ったところで、今一度ベッドの周囲を見渡す。

 おそらくイスカが生活しているのであろうこの部屋は、あまりにも汚かった。

 何かの本や史料が乱雑に床に散らばっているし、脱ぎ捨ててそのままの衣類や食べ物の包みなんかは、あろうことかそのまま部屋の隅に積み重なっている。ハッキリ言ってただのゴミ屋敷でしかなかった。

 こんな環境で精密な魔術実験を行っているかと思うと、頭が痛くなってくる。

 しかし当の本人は全く気にしていないようで、にへらとだらしない笑みを浮かべていた。

 

「い、今のローレンスのセリフ……な、なんだか新婚さんみたい……えへへ……♡」

「とりあえず、掃除は俺が担当する。この現状を目の当たりにしてお前に任せられない」

 

 イスカがどれだけ不衛生な生活をしていて、研究所が汚くなろうが知ったことではない。

 だが、おそらく、ほぼ確実に、俺もこの部屋で生活を余儀なくさせられる。

 ……無理だ。死ぬ。こんな場所では三日と命が保たず、白骨化してしまう自信がある。

 

「じゃ、じゃあ、お料理はあたしが……」

「……いや、料理は俺にやらせてくれ」

 

 現に今、薬を盛ってきた奴に自分の食事を任せられるわけがなかった。

 また何か混ぜられて昏睡状態にされても困る。

 

「な、ならお洗濯は……」

「それも俺がやる」

 

 衣類を脱ぎ捨てたまま生活するような奴に洗濯は任せられない。

 どうせ溜め込むに決まっている。その日着る服がなくなって困るのがオチだ。

 

「……おふろそうじ」

「浴槽があるのか?」

「う、うん。あ、でも、その……し、しばらく、つかってなくて……」

「……それも、俺がやろう」

 

 第四階梯の使う研究所として、この施設の設備はそれなりに整っているようだ。

 だが、彼女の反応を見るに、おそらく風呂に入るという習慣すらあったかどうか怪しい。

 そんな人間に任せたところで、ロクなことにならないのは明白だった。

 

「ぜ、ぜんぶローレンスがやってくれることになっちゃったよ……?」

「ある程度覚悟はしていた」

 

 今までどうやって生きて来られたんだこいつ。

  

「とりあえず、決めておくことはこれくらいだな」

 

 他にも考えるべきことはあるが、彼女との共同生活が始まってから考えても問題ないだろう。

 

「……そういえば、今って何時だ?」

「え?」

 

 ふと疑問になって、イスカに問いかける。

 今まで気にしていなかったが、ここは地下なので外の様子が見られない。

 そのうえ、イスカに無理やり眠らされたせいで、時間の感覚も曖昧になっている。

 俺の質問に、イスカは壁にかけられた時計を指で示しながら、

 

「い、今は……夜中の、二時……」

 

 は?

 

「お前……どれだけ強い薬盛ったんだ……」

「だ、だってっ……! こうでもしないと、ろ、ローレンスがまた、逃げちゃうと思って……」

 

 イスカに捕まったのが午前中のことなので、最短でも半日以上は眠っていたことになる。

 確かに、妙にここのところ溜まっていた疲れが取れて、やけに体が軽いとは思っていたが。

 

「こうなると、今日の活動はもう無理だな」

「そ、そうだね。あたしも、ねむくなってきた……し」

「……せめて何か腹に入れておきたい。何か食糧はないか?」

「あ、け、携帯食料なら、いくつか保存してるから、それ食べよ……」

 

 言った後、イスカが埃を立てながら部屋をがさごそと漁り始める。

 どうやら普段の食事もそれで済ませているらしく、携帯食料を保存している箱はこの惨状の中でもすぐに見つけていた。そうして差し出された携帯食料の封を破いて、小分けにされたそれを二人で分けながら食べる。

 固形物に近いそれは、保存性を優先しているからか、やけに味気なく感じてしまう。

 だが、イスカはそんなものでも美味しそうに頬張っていた。

 

「え、えへへ……これ、好きなんだ……」

「……もっといいもの食べられるだろ。それこそ、第四階梯の権限でも使えば」

「そ、そうだけど、でも……ローレンスとの、思い出の、ごはん、だから……」

「……………………」

 

 日差しの届かない地下室、味気のない携帯食料、それを分けながら食べる俺とイスカ。

 

「あの頃みたい、だね……」

「……そうだな」

 

 当時を思い出し、柔らかく微笑むイスカを眺めながら、携帯食料を口に入れる。

 発売からいくらか年月が経って商品改良が加えられたそれは、当時より味も良くなって、あの頃よりもずっと食べやすく感じた。

 

 




友達に見せたら「縁切れる相手じゃないだろ」というおたよりは来た
書きだめあるんで数日はウッピーされます
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