■
第三階梯魔術師、エンデルガスト・イリスシア。
魔術学会主席魔術師の称号を授けられた、イリスシア家の現当主。
イリスシア家の初代当主、ファムニール・イリスシアは魔術学会――正確にはその前身とされている組織、『燭台の奉灯者』の盟主を務めていた人物だった。故にイリスシアという銘は六〇〇年に及ぶ魔術史に深く刻まれており、その血統は敬意を以て語り継がれている。
しかしながら、イリスシア家は魔術界の全権を担う存在というわけではない。かつてファムニールがそうしたように、彼らは共に万識の旅路へと赴く者達を、敬意と信念のもとに迎え入れる。
現代では魔術界を代表する一族として大陸に名を馳せているが、そこには積み重ねた信頼と実績、そして受け継がれてきたファムニールの意思があったからこその地位と言えるだろう。
現当主であるエンデルガストも、イリスシア家の例に漏れず誠実な人間だった。
齢二十六にして学会主席魔術師という座に就き、第三階梯の最高峰としてその立場を維持し続けている。彼が成し遂げた功績は多く、魔術界においてその名を知らない人間はいない。
生まれ持っての才覚と、魔術史の種火となったイリスシア家の血統、そして何よりもそれらを頼りとしないエンデルガストの人柄と努力が、彼を学会主席魔術師たらしめている。
唯一の汚点は、六人目の第四階梯魔術師、『理外』のイスカを生み出してしまったことか。
イリスシア家の初代当主、ファムニール・イリスシア。
彼女は三人目の第四階梯魔術師、『託宣』のエルネスタと旧友だったという。
エルネスタの失踪から数年後、ファムニールは『燭台の奉灯者』を創設。一説によると、彼女はエルネスタの行方を追っているのではという噂もあったが、その真偽を知る術は残っていない。
数年前に発見された、ファムニールの個人的な手記にはこう記されている。
「海の底から声が聞こえる。あれはきっと、
■
リナちゃんメモ 階梯評定会編
評定会で最初に発表をした人は、学会主席魔術師のエンデルガストさんでした。
エンデルガストさんは”聖言”という、口にした言葉が現実になる魔術を使えるそうです。
いわゆる現実改変? とか、因果律への干渉? みたいなことができる、すごい魔術です。
「……正しくは事象の流れを意図的に操作する魔術です。さすがの”聖言”でも、事象の原因を無視して結果を引き寄せることはできませんよ。分かりやすく例えるなら……人に【浮け】と命じることはできませんが、【跳べ】という指示は通ります。要は行動を強制させる魔術ですね」
「ほうほう、なるほど! じゃあ書き直しておきますね!」
正直よく分かりませんでしたが、どうやら突飛なことはできないみたいです。
それに誤用による暴走を防ぐため、普段は術式の対象になる語彙を絞って使ってるみたいです。
例えば【静粛に】とか、【跪け】とか、そういうのをよく使うって教えてもらいました。
てんちょーに使って、【時給を上げろ】って言ってほしいなあ、って思いました。
「……アホらしい使い方ですが、可能と言えば可能なんですよね、これも」
「ええ、もちろん可能ですよ。アホらしい使い方ですが」
次に発表したのは、第三階梯魔術師のテオドールさんです。
テオドールさんは”
エンデルガストさんのパチモンかと思いましたが、あっちよりも便利らしいです。
というのも、手順さえ踏めば”聖言”ではできないこともできちゃうみたいです。
何もないところから火を出したり、人以外にも適用できる、って言っていました。
「術式の発動に時間が必要なぶん、出力も大きいと考えていただければ。それに術式の対象範囲も、”聖言”に比べて広いですね。どちらが優れているかと問われると、非常に難しいですが」
「た、たぶん……源流は一緒、なんだと、思う。出力の仕方が違う、だけで……」
『ヘーエ』
詳しいことはよく分かりませんが、リナちゃん的にはパチモンだなあって感じです。
これもてんちょーに使って、ボーナスをたくさんもらえたらいいなあ、って思いました。
「……お前の店、そんな時給低いのか?」
「訴えたら勝てるくらい低いですよ!」
次に発表したのは、魔術的生命学派の第二階梯魔術師、アナトリアさん――。
「すまない、リナ。次はラヴラスの発表メモを見せてくれないか?」
「分かりました!」
次に発表したのは、魔導器構造学派の第二階梯魔術師、ラヴラスさんです。
ラヴラスさんの研究は、魔導器を使った医療技術についてでした。
その魔導器は、ケガとか病気の進行を一時的に止められるそうで、すごい魔導器らしいです。
「現在の医療用魔導器は病気の治療に焦点を当てているが、ラヴラスの魔導器はその進行の抑制、いわゆる延命処置に焦点を置いたものになっている。根本的な治療にはならないが、患者の状態を保存できるのは便利だし……何より彼女の話が本当なら、数年単位の延命も行える」
「それに彼女の魔導器は現在、一部の医療機関で試験運用が行われていますね」
リナちゃんがボコした生徒も、実はラヴラスさんの魔導器で治療されたそうです。
どうせ治るんだったら、もっとボコボコにしておけばよかったなあ、って思いました。
「やめろ」
次に発表したのは、準元観測学派の第一階梯魔術師、アッシュレインさんでした。
正確にはアッシュレインさんの助手のゴーレム、わたぽんちゃんが発表してました。
アーロンさんとは違って、丸っこくて、ふわふわで、もふもふで、とっても可愛かったです。
うちのお店にも、ああいうマスコットがいたらいいのになあ、って思いました。
「ちょっと待て、彼女の研究についてのメモはどうした」
「いやー、聞いてたんですけどわかんなくて! リナちゃんにはサッパリでした!」
「………………貸してみろ」
アッシュレインの研究は、基底現実外における現象、通称”漂灰化”に関するものだった。
一般的に我々が基底現実外へと侵入した場合、体が同質量の灰に変化すると言われている。彼女はその”漂灰化”について調査していたらしく、発表もその結果を纏めたような内容だった。
彼女の調査内容から得られた新たな発見は二つ。
一つは、基底現実外において肉体は灰化するが、魂はまだ存在する可能性があること。
もう一つは、仮に前述した内容が正しかった場合、理論上、基底現実への帰還が可能なこと。
その発見自体は新しいものだったが、まだ充分な実地検証が行われていないため、詳細が不明な部分も多い。素人目から見ても、あまり成果を上げているようには思えなかった。
「メモだとしても、これくらいは書け」
「ありがとうございます!」
「……イスカさん。アッシュレインさんについては何かご存じで?」
「し、知らない……。でも、今まで、魂に関する理論を踏まえた上で、準元観測学派による調査が行われたことは、なかった……はず。お、応援してあげた方が、いい……かも?」
アッシュレインさんは、イスカさんの個人的なイチオシみたいでした。
ということは、たぶんヤバい人なので関わらない方がいいかな、って思いました。
「リナ、最後にメルティナのメモを見せてもらえるか?」
「いいですよ!」
今日の最後に発表したのは、古典魔術学派の第二階梯魔術師、メルティナさんでした。
メルティナさんは準元観測学派の人たちと一緒に、”予言”という魔術を研究してるみたいです。
”予言”っていうのは、口にしたことが本当に起きる、すごい魔術です。
「め、メルティナの”予言”、は……選択した未来が、見えるだけ。く、口にしたことが本当に起きる、っていうより……これから起きることを喋る、って言った方が正しい、かも」
「分かりました! 書き直しておきます!」
つまり【明日は晴れ】っていう予言があった場合、それはメルティナさんが天気を操ってるんじゃなくて、メルティナさんが未来を見て、天気がよかったことを教えてくれただけらしいです。
準元観測学派と協力していたのは、未来を見るための知識を蓄えていたからみたいです。
未来を見ることができるなら、お客さんの注文も事前に知れて便利だなあって思いました。
メルティナさんにはうちのホールスタッフをやってほしいです。
「でも……準元観測学派と協働研究してるなら……自分で予言した未来になるよう、因果律を操作できる、かもね。あ、あの子は優秀、だから……いつかそうなっても、おかしくはない……」
「末恐ろしい話ですね」
メルティナさんの発表で、階梯評定会一日目は終わりました。
みんなちゃんと締切までに間に合わせていて、すごいなあと思いました。
私もあんな風に発表できるようになりたいです。
■
「……あらゆる箇所の書き直しが必要だな」
「えー!」
評定会が終わったその日の夜、エストレア内にあるホテルの一室にて。
俺とイスカ、アーロン、そしてエンデルガストは、リナの記したメモに目を通していた。
目的は容疑者として挙げられたそれぞれの魔術師の情報を整理し、件の犯人を絞るため。
その際、事前にイスカから取るように言われていた、リナのメモを参照してみることにしたが。
蓋を開けたらこれなので、全員が頭を抱えているところだった。
「まあ、時系列や各魔術師の最低限の情報は揃っているので、問題はありませんね」
「……そうですね。目に余る箇所はいくつかありますが」
どうせ自分たちの記憶を洗い直すために、念のため確認しているだけだ。
我々の記憶に覚え違いや抜け落ちがないことさえ分かれば、それ以外は目を瞑っても問題ない。
「それで、エンデルガストさんを狙う犯人が誰か、分かりそうですか?」
リナには指定封印術式の詳細を伏せつつ、現在こちらに届く魔導器を狙っている勢力が存在すること、そしてエンデルガストもその勢力に狙われているということだけを軽く伝えた。
それを踏まえたうえで、彼女が首を傾げながら俺たちへ尋ねて来る。
「まだ確定していませんね。犯人を絞るには、やはり情報が足りていません」
「それについて二つほど質問が」
エンデルガストが答えたのに続いて、手を上げてから質問を渡す。
「一つはアッシュレインについて。彼女は現在、エストレア内にいるのですか?」
「ええ。何なら今、私たちのいるホテルに泊まっているはずですよ」
「え……? い、いるの……? ここに……?」
「もっとも、会うのは難しいと思います。発表を見ていただければ通り、彼女は人見知りでして。一度だけ支部に顔を出して頂きましたが、それ以降は助手のゴーレムを介して諸々のやり取りを」
アッシュレインは学派内でも問題児らしく、他の魔術師からの協力は得られていないらしい。
そもそもゴーレムに代理発表をさせるくらいだ。交流自体を拒んでいる可能性もある。
総じて、強制参加を命じられてもおかしくはないという印象だった。
「二つ目はテオドールとラヴラスについて。彼らの接点について何かご存知ですか?」
「どうでしょう、何とも言えませんね。ただ予測にはなりますが、おそらくテオの方から推薦を申し出たのだと思います。彼は真っ直ぐな人間でしてね。おそらくラヴラスさんというより、第三階梯として見込んだ者に評価される機会を与えたかったのでしょう」
「あ、アナトリアが、今回の評定会に出られたのも……たぶん、そういう、理由?」
「おそらくは。以前からあの二人は交流はあったようなので、不自然なことでもありません」
「……となると、二人の個人的な関係はそこまで深くないんでしょうか?」
「断言はできませんがね。ですが、裏で手を組んでいてもおかしくはないと思います」
テオドールとラヴラスは、こう言っては何だが、至って普通の魔術師だった。
強いて言うならテオドールが彼の言ったように素直な人間で、反対にラヴラスは研究者気質だったくらいか。どちらにせよ人柄について言及することは少なく、疑いをかけることすら難しい。
そうして情報を整理していたところで、ふとイスカが思い立ったように口を開く。
「……と、というか。そもそも、さ。エンデル」
「はい」
「あんた、今あがってる容疑者の誰かに、襲われたとしても……別に勝てる、んじゃない?」
「ええ、もちろん。やろうと思えば、一週間ほど身体の自由を奪うこともできますよ」
さらっと恐ろしいことを言うな……。
「え、じゃあそもそもエンデルガストさんが囮になって、犯人おびき出せばよくないですか?」
「そ……それだ、っ! そうしよう、エンデル!」
もっと恐ろしいことを言うな……!
「そもそも犯人の目的は私ではありません。私が狙われているのは、副次的な結果です」
エンデルガストの言う通りだ。犯人は彼の身柄や地位を狙っているわけではない。
午前中に話したように、今回彼らが狙っているのは”魂の帰路”の痕跡が残る魔導器になる。彼はあくまでその居場所を知っている人間の一人というだけで、本来の目的とも言いにくい。
「犯人の特定の方はこちらで進めますので、イスカさん達は魔導器の解析をお願いします」
「……そ、そういえば、アレはいつ届くの?」
「おそらく、今夜中には届くかと思いますが……」
部屋の扉がノックされたのは、ちょうどその時だった。
中にいる全員が扉へ視線を向けた矢先、ホテルの従業員が声をかけてくる。
「エンデルガスト様、現在ロビーにお荷物が届いております」
「分かりました。すぐに向かいます」
どうやら件の魔導器と、大地の依代が到着したらしい。
それを聞いた俺たちは身支度を済ませると、四人と一台でロビーへと降りて行った。
■
ロビーに到着すると、小さな木箱を運んでいる一人の女性の後ろ姿が見えた。
首の後ろで適当に纏められた茶色の長い髪に、琥珀を思わせるような橙色の瞳。
あるはずの猫の耳と尻尾は見当たらないが、纏う軽薄な雰囲気でそれが誰なのかは分かった。
「あなたが、『ギルド』から派遣された巡徒ですか?」
なまじ知り合いなせいで、どう声をかけるか迷っているイスカと俺を差し置いて、エンデルガストが彼女へと声をかける。すると、その女性――ハルモニアは、勢いよくこちらに振り返って、
「にゃっほー! このたびはにゃんにゃん配送をご利用いただき、ありがとうございまー……」
俺たちの姿を認めた途端、ハルモニアの機嫌のいい挨拶がぴたりと止まる。
そのまま視線だけを俺たちに向けると、彼女の表情がみるみるうちに青ざめていった。
「……な、なんでアンタたちがいるんだよ……」
「偶然、エストレアへ顔を出すことになりまして」
「あ、あたしもあんたみたいなメス猫に、会いたくなんてなかった、し……」
「おや? お二人は彼女とお知り合いだったんですか?」
「以前に少し世話になったことがありまして」
『ソウナンダ』
そうか、そういえばアーロンもハルモニアとは初対面なのか。
エンデルガストへの説明は面倒――特に、彼女が大地の依代であること――なので、詳しい言葉は省く。ハルモニアの方もこちらの意図は理解してくれたらしく、それ以上の言及はなかった。
「それで、あなたが件の魔導器の運搬を担当した巡徒の方で間違いありませんか?」
「そーそー。これ、リノン先輩の魔導器でしょ? アタシが責任もって運んできたよ」
手にした木箱を見せつけるように持ち上げながら、ハルモニアがエンデルガストに答える。
「で、これの解析するんだって? アタシにも手伝ってほしいって話だったけど」
「お願いします。解析の主導はイスカさんになりますが……」
「うげ、この女が主導?」
「べ、別に……嫌なら帰っても、いい、けど……」
「……いや、やるよ。アンタもアタシの事情は何となく知ってるでしょ」
唇を尖らせるイスカに、しかしハルモニアは真っ直ぐとした瞳をもって答えた。
……リノンを復活させたい、という彼女の言葉はやはり、本当のことらしい。
そう考えるなら、今回の件で彼女は全般的に、こちらの味方になってくれるはずだ。
「じゃ、じゃあ……人も道具も揃った、し。やろう、か」
「はいはい。場所は? なるべく広くて、人が来ないとこがいいんだけど」
「このホテル内にある会議室を一室、貸し切ってあります。そちらで行っていただければと」
そうして、いよいよ三人が魔導器の解析作業へ入ろうとしたところで。
「イスカ、少しいいか?」
「う、ん。ローレンス、どうしたの……?」
「ここから俺とリナは別行動をしようと思う」
「え……っ?」
するりと彼女はくるりと踵を返して、俺の方へ駆け寄ってきた。
「なんで……? ろ、ローレンスは、一緒に来てくれない……の?」
「いや、さすがに第四階梯の術式ともなると、俺では何の力にもなれないだろ」
「で、でもっ! ろ、ローレンスが居てくれた方が、あたしは集中できる……」
「それに、リナにグレンと連絡を取らせないといけない」
今回の件からリナに身を引かせるため、グレンと連絡を取る機会を伺っていた。
どうせイスカ、というか魔術師のことだ。部屋に籠ったらある程度は出てこないだろう。
なら、今のうちにこちらで済ませられることは済ませておいた方がいい。
「あ……危ないよ? え、エンデルを狙ってるやつが、ローレンスに危害を加える、かも……」
「いいじゃん別にそいつ尻尾生えるんだし」
「……尻尾?」
「うるさいメス猫っ! あんたは黙ってろ……!」
「イスカ、俺の心配ならいい。張り切って解析してこい」
ハルモニアに向けて叫び出すイスカの頭を撫でながら、できるだけ言葉を選んで諭す。
イスカはしばらく俺の服を離さなかったが、やがてしぶしぶと言った様子で諦めてくれた。
「り、リナとの話が終わったら、すぐ……帰ってきて、ね」
「そうだな。危険なことに変わりはないから、すぐに戻る」
「……に、逃げるのも、ダメ……」
「今更そんなことすると思うか」
そもそも俺の身体には、イスカに飲まされた薬によって魔術式が構築されている。
今まではこの女の性格上、仕方なく行動を共にしていたが、仮に別行動をしても向こうはこちらの位置を把握できるはずだ。それが良いことなのかは疑問だが、少なくとも今は都合がいい。
「それと、アーロンもこちらで引き取ろう。邪魔だろ」
『邪魔トカ言ワントイテ』
「う、うん……あ、アーロンも退屈させちゃう、だろうから……お願いね、ローレンス」
『エッ邪魔ナノ?』
見るからに困惑して、蒼鱗石を交互に動かすアーロンを引き取る。
……とりあえず、イスカが満足して解析を行うために、今できることはこれくらいだな。
「エンデルガスト、ハルモニアとイスカを頼みます。しばらくしたら戻るので」
「分かりました。我々は第二会議室にいるので、用件が終わればそちらに」
「よろしくお願いします」
こちらからそう伝えると、エンデルガストは静かに頷いた。
それからハルモニアとイスカを連れて、三人がロビーから立ち去っていく。
少なくとも五度はこちらに振り向いたイスカを見送って、俺はリナへ声をかけた。
「とりあえずホテルの外に出るぞ。適当な飲食店で魔導器を借りよう」
「あれ? ホテル内の魔導器借りるんじゃだめなんですか?」
「いや、ついでにイスカたちの夜食でも見繕ってやろうと思って」
「なるほど!」
注意するに越したことはないが、件の魔導器もエンデルガスト本人もホテル内だ。その上、我々は魔術師からすればかなり一般人寄りなので、標的にされる可能性は少ないと見ていい。
それにハルモニアの言っていた通り、最悪尻尾がある。並の魔術師くらいなら問題ないだろう。
『エッ……邪魔ナノ?』
「第四階梯にとって役立つゴーレムの方が珍しいから、あまり気にするな」
『フーン』
「……それよりお前、そろそろ自分で飛んだらどうなんだ」
『ダッコシーテネ』
こちらを見つめるアーロンを仕方なく抱え、俺たちは夜のエストレアへと繰り出すことにした。
■
それからしばらくしたあと、ホテルからそう遠くない場所に位置するレストランにて。
『あ? リナ帰るって? 悪い、明日は無理だ。俺、今からアーネルガルム行くから。じゃーな』
…………。
「ダメみたいですね!」
「能天気にも程があるな……」
グレンから帰ってきたのは、なんとも素気のない返事だった。
一応、従業員が危険な状況に曝されているんだから、もう少し危機感を持って欲しいんだが。
……まあ、らしいと言えばらしいのかもしれない。
「とりあえず、あいつらの夜食でも買って行ってやろう」
「はーい!」
『ハーイ』
大通り沿いにあるこの店は、観光客向けに持ち歩ける食事を店先で売っているようだった。
並んでいるメニューの数自体は少ないものの、どれも一食には充分な量があるように見える。
ひとまず片手でも食べられるような、パン類を種類ごとにいくつか購入することにした。
「これくらいだな」
「ちょっと多くないですか?」
「イスカがああ見えて結構食べるんだ」
「ああ、確かに! 前にうち来た時も、ソーセージパイたくさん頼んでましたもんね!」
体型のせいで小食な印象が先行するが、本来イスカはよく食べる方だ。
というより普段から食事を抜きがちで、その分を取り戻すような食べ方をしているというか。
俺と一緒に暮らすようになってからは、ある程度規則正しい生活をしてもらうよう、こちらで環境を整えている。体調を崩さないよう、バランスのいい食事を心がけているつもりだ。
だが、それでも小腹が空く時があるらしく、保管用の携帯食料が減っていることもあった。
……もう少し、普段の食事量を増やしてもいいかもしれないな。
『ドッチガママナンダカ』
「俺は看病や介護に近いものだと思ってる」
「イスカさんがいないからって、好き放題言ってますね!」
リナの発言を無視して、会計を済ませるべくカウンターへ赴いたところで。
『ブモ』
「あれ? ローレンスさん、あれ、わたぽんちゃんじゃないですか?」
リナが店の外にいる、巨大な毛玉にも似たゴーレムを見つけて声を上げた。
準元観測学派の第一階梯魔術師、アッシュレインの助手を務めているという、奇妙なゴーレム。
昼に行われた評定会でもその姿を確認したが、まさかこんな場所で出会うとは思わなかった。
……行動範囲からして、アッシュレインが同じホテルに滞在しているのは事実らしい。
「わーかわいい! 抱っこしてもいいですか?」
『ンモモ』
止める間もなくリナがゴーレムに近づいて、その身体を抱え上げる。
持ち上げられて初めて分かったが、体表を覆う特殊な繊維の中心に、小さな蒼鱗石が見えた。
どうやら視覚情報はそこから取っているらしく、蒼鱗石はリナの顔へ向けられている。
リナも同じように蒼鱗石をじっと見つめたかと思うと、不意に顔を上げて、
「決めました! この子を誘拐して、うちのマスコットにします!」
『ンモ”!?』
「やめてやれ」
リナの発言に、わたぽんはジタバタと身体を暴れさせ、必死に腕から離れようとしていた。
そこで初めて気が付いたが、あまりにも短い両腕が身体から伸びているのが分かる。
改めて見ても、異常な形状をしているゴーレムだ。おそらく記録用兼、愛玩用なのだろうか。
『イイナー』
「何がそんなに羨ましいんだ」
『アンナ見タ目ナラ、自然ニダッコシテクレルモンネ』
「お前はいい加減自分で浮遊しろ」
『イヤーヨッ』
獅子は自らの子供を谷底に落とし、試練を課すことで子供の成長を見守るらしい。
今ここでその方法を試してみてもいいが……。
「それにしても、わたぽんちゃんは何でこんなところにいるんですか?」
『ンモモー……』
首を傾げながら問いかけるリナに、わたぽんは少し言い淀んだかと思うと、
『わたぽん、お腹空いたからなんか買ってきて』
おそらくアッシュレインとの会話記録だろうか。そう察せられる音声記録が再生された。
評定会で発表した際も、今のようにアッシュレインの音声記録を流していたので驚きはない。
「なるほど、おつかいをしに来たんですね!」
『ンモモ』
「……あれ? でもお金は?」
『ンモ?』
見たところ、身体に何かを収納できるような機能があるようには思えない。何なら短い腕のせいで、仮に何かを収納できる機能があったとしても、その中から物を取り出せるようには見えない。
どうやら本人も首(?)を傾げている当たり、資金を忘れてきてしまったのだろう。
『ワオ! スッゲエバカ!』
「お前も大概だぞ」
『ンモー……』
「しょうがないですね! リナちゃんのお小遣いを貸してあげましょう!」
そうしてリナが財布を取り出すのとしたところで、ふと背後から聞き覚えのある声がかかる。
「あら。ローレンスじゃない」
「……アナトリア?」
「あっ! アナトリアさん! こんばんは!」
果たして振り返った先に立っていたのは、驚いたように口元を抑えるアナトリアだった。
「イスカがいるって聞いてはいたけど、やっぱりあなたもエストレアに着いてたのね」
「……俺たちがエストレアにいることは、ご存知だったんですか?」
挨拶に行っていないから、てっきり知らないものだと思っていたが。
「だって評定会の受付で、第四階梯が暴れてたって耳に挟んだもの」
「ああ……そういえば、そうですか、そうでしたね、すいません」
「誰に謝ってるのよ……」
思わず口から放たれた謝罪の言葉に、アナトリアが呆れながらそう言ってくる。
「でも、イスカ抜きで会うことになったのは意外だったかもね。あの化け物はどうしたの?」
「あいつは少し疲れているみたいで。今、ホテル内で休んでいます」
「そう……。あの子も体力無かったわね、そういえば」
指定封印術式の詳細を伏せるべく、アナトリアにはそう伝えた。彼女もイスカのことはある程度把握しているので、特に疑われるようなこともなく話が進んでいく。
「それで、その子は? というか、この子って確か……」
「リナです! 先日はご来店のほど、ありがとうございました!」
「ああ、そうよね。あの正直な店員さんよね。この子はどうして?」
「店主の頼みで、評定会の見学をさせています。一応、これでも魔術大学の学生なので」
「これで?」
非常に心無い言葉が飛んできたが、特に否定する必要もないのでそのまま流す。
「アナトリアさんも夜食を買いに来たんですか?」
「違うわよ。その毛玉を回収しに来たの」
「……もしかしなくても、こいつのことですか」
『ブモ』
どうやらアナトリアのことは認知してるらしく、なけなしの短い腕が挙げられる。
それに、アッシュレインのゴーレムを回収しに来た、ということはつまり。
「もしかして、アッシュレインとは知り合いなんですか?」
「ええ。っていうか、何なら同じ部屋に泊まってるわよ」
『ヘーエ』
驚いた。まさか、アナトリアとアッシュレインに接点があったとは。
「彼女とは、数年前……あなたが私の工房に来るちょっと前に、ゴーレムが造りたいって私に相談してきてね。だから私が手を貸して、この毛玉を造ってあげたの。それ以来になるかしら」
「そうだったんですか。……それにしては、随分と前衛的な見た目になりましたね」
「外見とかはアッシュレインの希望よ。私じゃ絶対こんなの造らないわ」
アナトリア製のゴーレムを今一度思い出すが、確かにこんな機能性や合理性が終わっているゴーレムを造るようには思えない。どうやらアッシュレインという人物は、かなり独特な趣味を持っていることが伺える。
「とにかく、その毛玉を返してちょうだい。アッシュレインが困ってるの」
「えー、お店のマスコットにしようと思ってたのに!」
「一刻も早く返してやれ」
どこまで本気なのか分からないから怖い。
そうしてしぶしぶリナの渡したゴーレムを、アナトリアが受け取った。
『ブモー』
「はいはい、戻るわよー」
『ンブモ』
……そうだ。今のうちに、アッシュレインについて聞いておいた方がいいか。
「アナトリア、ひとつ聞きますが、アッシュレインに怪しい様子はありませんでしたか?」
「アッシュレイン? いつも挙動不審で怪しいわよ、あいつ」
そうじゃなくて。
「でも、普段通りと言えば普段通りね。久しぶりの外出で、少し衰弱してるくらいだけど……」
「そもそも、アッシュレインが一人で行動することは?」
「ない。ないわね。地元ならまだしも、こんな大都会を一人で出歩くなんてしないわよ」
……となると、アッシュレインは候補から外れると見ていいかもしれない。
犯人の目的が、”魂の帰路”ではなく、エンデルガスト本人という線でも考えてみた。だが、この毛玉にエンデルガストを襲撃できるような知能も、そもそも戦闘能力があるようにも思えない。
それに先に話したように、同室にはアナトリアがいる。常識的な彼女のことだ。何らかの不穏な気配を感じ取ったら、真っ先に引き留めるなり、異常を周囲に伝達するなりするだろう。
捜査上の盲点にならない程度で、ひとまずは注意の優先度を下げてもいいはずだ。
「色々とありがとうございます。お疲れでしょうし、ゆっくりお休みください」
「ありがとう、ローレンス。イスカにもよろ……いや、いいわ。なんかまたキレられそうだし」
「こちらから見かけたとだけ、穏便に伝えておきましょう」
「そうして頂戴。私はこいつを連れて帰るから」
「あれ、アッシュレインさんのお使いはいいんですか?」
「こんな時間に食べるなんて健康に悪いでしょ。アッシュレインにも今晩は我慢させるわ」
「……あなたの知り合いには不摂生な人間しかいませんね」
「魔術師全般そうなのかもね。私が珍しいだけかも」
アナトリアとの会話もそこで終わり、毛玉を背中に抱えた彼女が立ち去っていく。
「またね! わたぽんちゃん!」
『ブーモー』
『ブモブモウルセエナア』
「ケンカを売るな」
短い手をこちらへ振るわたぽんを見送りながら、俺たちもさっさと会計を済ませることにした。
■
エストレア国営ホテル四階、第二会議室。
「無理じゃない……?」
「無理ですね……」
「む、無理……」
リナを連れて引き戻ると、そこには机の上に置かれた木箱を囲み、床に倒れ込む三人の姿があった。ハルモニアとイスカはまだ分かるが、エンデルガストですらこの有様だというのは正直予想外で、”魂の帰路”の解析の壮絶さが容易に伺い知れた。
「おお、見事に全滅ですね!」
「ダメでしたか」
「ええ。さすがに第四階梯が考案した術式となると、手も足も出ませんね……」
仰向けに寝転ぶエンデルガストに声をかけると、彼はゆっくりと起き上がりながらそう答えた。
いつものやつれた表情がより一層ひどくなっているが、彼が評定会の司会を務めた上でここにいると考えれば、当然のことだった。肉体的、精神的な疲労は相当なものだろう。
「後処理はこちらで行いますから、本日はもう休まれたらどうですか」
「ですが、魔導器が……」
「あ、あたしたちが預かって、おく。その方が、安全でしょ……」
「……まあ、確かに、そうですね」
うつ伏せに伏したままのイスカの言葉に、エンデルガストが半ば投げやりに答える。
一瞬だけイスカに預けてもいいのかとその判断を疑ったが、確かに第四階梯の手中にある魔導器が、簡単には盗まれることはないだろう。それとも単純にもうこの魔導器を目にしたくないのかもしれないが、とにかくエンデルガストはふらつきながらもドアの方へと歩いて行った。
「それでは……あとは任せます、イスカさん。ハルモニアさん」
「はいにゃー……」
「支部の方までお送りしましょうか?」
「お構いなく。それに私は狙われている身ですからね。巻き込むわけにもいきません」
「……そうですか」
「では、私はこれで。皆さんも本日はゆっくりおやすみください」
「はい! おやすみなさい、エンデルガストさん!」
『オヤスモ』
リナとアーロンの挨拶に手を振りながら、エンデルガストが第二会議室から立ち去っていく。
その姿を見送ったあと、俺は改めてイスカとハルモニアの二人へ視線を向けた。
両者ともまだ起き上がる気力もないようで、床に伏せたままぴくりとも動かない。
「どうしましょうね、ローレンスさん」
「……一応、いくつか夜食を買ってきてあるんだが、それも食えないか?」
「あ……あたし、チーズのってるやつが……いい……」
「アタシは魚……」
食の好みが分かりやすい奴らめ……。
だがそれでようやく動く気になったらしく、二人はずるずるとこちらへ這い寄ってきた。
「それで、実際どうなんだ。魔導器の解析は」
ほどなくして、魔導器を囲むように四人で座ってから、パンを頬張るイスカに問いかける。
「う、うー……ん、と……。か、簡単に言うと、循環、してる……」
「循環?」
「リノン先輩の仕込んだ魔術式が、こっちの解析を妨害してくるの」
イスカの発言に続くように、魚の切り身が乗ったパンを食べるハルモニアが答えた。
「たぶん起動後の術式状態を保存するためだろうね。今この魔導器の中では、二つの魔術式が起動後の術式状態を完璧に模倣して、その情報を暗号化して互いに送り付け合ってるワケ」
「……つまり、この魔導器には三つの魔術式が刻まれているのか」
「いや、よ、四つ目がある……本来の機能そのものと、今話した、互いに補完しあってる二つの術式……それと、もう一つは、全体の構造を整える……基盤みたいなものが、ある……」
『フーン』
イスカの言葉を聞いて、改めて机の上にある魔導器へと視線を落とす。
手のひらよりも少し大きなそれは、一見すれば何の変哲もない、小さな箱に見えた。
だがイスカの言葉通りなら、この小さな箱に魔術式が四つも刻まれていることになる。
……経験上、この程度の大きさのものに、四つも魔術式が刻まれていることなどあり得ない。
おそらく現代の技術をもってしても、この魔導器を複製することは不可能に近いだろう。
「解析の方法は今のところ二つ。一つは、そもそも二つの妨害術式の相互補完を無理やり止める。もう一つは、基盤になってる術式から相互補完してる術式に停止命令を出す」
「今回はどちらを試したんですか?」
「基盤に命令させる方だね。相互補完に干渉するのは危険すぎてダメ」
「た、たぶん……一秒に、三千回は補完しあってる……」
「さんぜん!?」
『サンゼン!?』
イスカが口にした言葉に、思わずリナとアーロンが声を上げる。
「……それだけ高速かつ大量の処理を行っているのに、魔導器として形を保っているのか」
「ま、魔力の導線がものすごく丁寧で、かつ単純な形で、引かれてる、の……でも、そうなると、そこを流れてる魔力の勢いは強く、て……今の流れをちょっとでも変えると、大変なことになる」
「危険なのもそれが理由。術式そのものが焼き切れるくらいならまだいいけど、最悪アタシらも巻き込まれて大爆発しちゃう。だから、基盤の方を弄ろうってなったワケ」
「それでもダメだったんですよね?」
「そーなんだよー……! 全部が全部、丁寧に繋がってるお陰で下手に触れなくて……!」
ついにハルモニアが限界を迎えたようで、椅子に凭れ掛かりながら天を仰ぐ。
「リノン先輩って、なんかこう……マメなんだよ! いちいち細かいっていうか、お節介が過ぎるっていうかさ! アタシが助手やってた時もそう! テキトーにお散歩しに行くだけでも、いちいち行き先聞いてくるしさ! ご飯いらないって言ったら、門限とか指定してくるし!」
「ハルモニア、落ち着いてください」
「そうだよ! アタシは大地の依代、『均衡』の座のハルモニアなんだけど!?」
「えっ!? この人、依代なんですか!?」
リナがいる前で言ってよかったのか、それ……。
「別にアタシはシュヴァちゃんみたいに組織に属してるわけでもないから、隠す必要もないし。イリスシアの坊やにも伝えて……っていや、そんなことより! どーすんのさ、これ?」
「ど、どうするも、何も……。き、基盤の干渉には、また暗号化された鍵が必要で……た、魂に関する術式が、ヒント……っていうかリノンも覚えやすいから、それに関連させてるみたいだけど。こ、このメス猫でも分からない、なら、あたしたちには無理……だよ……」
「はあ、何? アタシのせいにしたいってワケ!?」
「あ……あんたが、自分に任せろ、って言ったくせに……何もできてないんだろ……っ!」
「アタシだって……っ、アタシだってリノン先輩の助手として、役に立ちたかったよ!」
互いに叫ぶ二人は机の上に乗り出して、俺の目の前で顔を近づけて睨み合う。
だが、そこから先の動きはなく、お互いに言葉に詰まっているようで。
「……また、この前みたいにケンカするのか?」
「し、しない……」
「そこまで体力残ってないわ……」
やがて糸が切れたように、イスカとハルモニアは元の席へと倒れ掛かった。
「もう、お手上げ……かも?」
『オテアゲー』
首をふるふると横に振るイスカへ同調するように、アーロンもそう言葉を発する。
現代の第四階梯でも解析不能となると、もう実質的に不可能なんじゃないか。
「あーあ、こんな時にリノン先輩がいてくれたらなあー……」
頭の後ろで腕を組むハルモニアに、かつて彼女が口にしていた言葉を思い出す。
ナクアと出会いにいったあの日、彼女はリノンの復活を画策しているとも取れる発言を零していた。その理由や動機は今も不明だが、少なくとも彼女の決意は本物だと確信できる。
「……リノンが、いれば……」
何かを思いついたようにイスカが言ったのは、俺がその考えを過らせたのと同じだった。
「ねえ、ハルモニア」
「何?」
「あんた……そもそもリノンを復活、させられるの?」
「…………何聞いてきたかと思えば」
リノンに関わることだからなのだろう、張り詰めた声色のままハルモニアが続けた。
「器はもうできてる。でも、今は魂の居場所が分からない。だから探してる最中って感じ」
「……その……魂の居場所は……リノンなら、分かるの?」
「多分ね。自分の魂がどこに行くかくらい、リノン先輩なら分かってるはず」
「な、ら……リノンに、会って、話を聞けば……現代にリノンを復活させることも、できる?」
「……どういうことだ?」
未だに意図が見えないイスカの問いかけに、思わず首を傾げる。
だが、彼女は俺の言葉すら耳に入っていないようで、依然としてハルモニアに語り続けていた。
「あんたの目的は……リノンを復活させる、こと。そのために、リノンに会う必要が、ある」
「……それが出来たら世話ないけど」
「あ、あたしは、今……リノンに、会いたい。こ、こんな魔術式を見せられて、解析できませんでした、で終わるなんて……一人の魔術師として、許せない、から……リノンの話を、聞きたい」
わなわなと拳を振るわせるイスカが、しかしまた冷静な瞳に戻って続ける。
「要するに、あたしとあんたの目的は……同じ。リノンに会う必要が、ある」
「そーだね。でも、それが無理だって言ってんじゃん。リノン先輩は五〇年前に消えたんだよ?」
五人目の第四階梯魔術師、リノンはとある実験中の事故により消失したとされている。
ハルモニアの話から察するに、彼女の魂は未だに基底現実内に存在するらしい、が……。
依代が五〇年をかけても達成できないとなると、やはり現実的ではないのだろう。
「……あたしが言いたいのは、そういうことじゃ、ない」
『アーダッコサレルー』
そこでイスカは何故か、アーロンを今一度しっかりと抱きかかえてから、
「過去のリノンに会いに行けば……いい」
……まさか。
「時間遡行するつもりか?」
「う、ん。五〇年前に戻って……消失する前の、リノンと、ハルモニアを会わせる……」
時間遡行。現代の第四階梯魔術師、イスカが研究している時空間干渉魔術。
確かにそれが実現すれば、五〇年前――つまり、存命しているリノンと会うことも可能だ。
「……え、アンタ、そんなモン研究してたの?」
「あ、あたしを誰だと、思って……っ、第四階梯の研究を知らないのかよ……!」
「すいません、そもそも時間遡行って何ですか?」
「お前はもう少し近代魔術史を調べておけ」
「ああもう……っ! い、田舎モンと、バカしかいない……!」
『オーバカバカ』
怪訝な表情を浮かべるハルモニアに、イスカが憤慨しながら言葉を漏らす。
そもそもこの話に先程からついてこれてないリナは、もう置いておくことにした。
「そもそもの話だ。時間遡行は、もう実行できる段階なのか?」
「き、基礎理論はできてる、から……や、やろうと思えば、できる」
「だが、そう言うからには問題があるんだろ」
「う……ん。は、”博闢の門”の術式……せ、正確には、設計図が必要……」
「……ああ、前にも研究していたな」
”博闢の門”。四人目の第四階梯、オルトライズが開発した空間跳躍を可能にする魔術式。
今となっては見慣れた術式だが、その諸々の権利は現在、オルトライズ商会が独占している。
そういった訳もあって、”博闢の門”の理論を用いる時間遡行の研究は滞っていた……はずだ。
「あー、オルトライズのボンボンの術式? アレ使ってるんだ」
「そう……逆に言えば、その術式の原本さえあれ、ば……時間遡行は、実証段階に移れる」
「でも、商会は”博闢の門”の術式詳細を譲ってくれなかったんだよな」
「あのボンボンも根っからの商人だよねえ」
ハルモニアの言い方から察するに、オルトライズとは知り合いだったのだろうか。
……いや、長い時を生きる依代にそんなことを聞いても仕方ないか。
「どうするんですか? 商会にケンカ売っちゃいます?」
「いや、既に何回か売った上で敵対関係になってる」
「自分で自分の首絞めてるじゃんコイツ」
「う、うるさいな……!」
ハルモニアを睨みつけたイスカが、そのまま考えを巡らせつつ言葉を続ける。
「で、も……商会を介さず、に、”博闢の門”を手に入れる方法が、ある……」
「……というと?」
「”博闢の門”、は……あ、アルバトラの古書を読み解いた、オルトライズが開発した魔術式。だから、アルバトラの古書が手元にあれば……あたしは、”博闢の門”のレプリカを、造れる……」
「そんなこと……」
つまり、”博闢の門”を再発明するとでも言いたいのだろうか。
確かにそれができれば、商会を無視して”博闢の門”を運用することができるが……。
「可能なのか?」
「こ、答えがある問題みたいな、もの……だから。できる、と、思う」
「でも、アルバトラの古書なんてそうそう簡単に手に入るわけないじゃん」
「……そうでも、ない」
するとイスカはゆっくりと腕を上げたかと思うと、部屋に備えられた小さな窓へと指を向ける。
そこからは魔術学会の象徴である灯台が、夜闇に小さな明かりを灯していた。
「エストレア支部の禁庫には……あ、アルバトラの古書が、保管されてる……」
……待て。
「だ、だから……禁庫に侵入して……アルバトラの古書を、奪う……!」
■
びっくりした、なんかミステリもどきしてると思ったら急に暴力開始宣言始まった
次回、ノンデリ四天王による禁庫突撃編です