■
翌朝、魔術学会エストレア支部、第二会議室前。
「エンデルガスト、少しいいですか?」
「おや、ローレンスさん。どうなさいました?」
「一つお聞きしたいことが……」
「というと」
「イスカが魔導器の解析にあたって、禁庫内のアルバトラの古書を閲覧したいと言いだしまして」
「それは……申し訳ありませんが、難しいですね」
「理由は?」
「単純に私だけでなく、他の学会所属委員や、複数の第三階梯の許可が必要でして」
「なるほど……許可が下りるまでの時間は、どれくらいかかりそうですか?」
「最低でも、ひと月……というより、学会のイスカさんに対する信頼度によりますね」
「……分かりました。ありがとうございます。イスカにも伝えておきます」
「ええ。お力になれたなら幸いです」
「………………」
「………………」
「……その、まさか、しませんよね?」
「可能な限り、最善を尽くして説得します」
以上の理由から、イスカはエストレア支部の禁庫を襲撃することになった。
■
同日、魔術学会エストレア支部、遺物館地下通路内。
「来たぞ! 第四階梯だ!」
「急いで防衛術式を展開しろ! テオドールかエンデルガストの到着まで持たせるんだ!」
「撃っていいんですか!? アレ、撃っていいんですか!?」
「そもそも効くのかもわかんねえんだぞ、あんな化け物に!」
アルバトラの古書が眠る禁庫へと続く、地下通路入口の扉をイスカが蹴り破ってから、数分後。
鳴り響く警報と共に駆けつけた司書連合の構成員を前に、イスカは悠然と歩みを進めていた。
俺はなるべく遠慮がちに、第三者のフリをしながら、司書連合の連中を目視する。
「……当たり前だが、帯銃済みか」
「あ、あんなオモチャ……どうってこと、ない……よ」
彼らはイスカに対して手にした銃を向けているが、しかし発砲する意思は感じられない。それが単純に第四階梯へ攻撃することに対しての恐れか、それともこの化け物に自らの持つ武器が通用するのかという疑念によるものかは、もはや定かではない。
『ママガ暴レテルトコ初メテ見ルッスネ』
「できれば見せたくはなかった」
確実に教育に悪いことになるので、腕に抱えたアーロンの蒼鱗石を手で塞ぐ。
今回の襲撃は、まず俺とイスカ、ついでにアーロンが陽動として動くことになった。
イスカが正面から暴れ散らかす裏で、ハルモニアとリナが別の場所から侵入し、警備が手薄になった禁庫内でアルバトラの古書を捜索するというのが今回の作戦になる。
件の魔導器は作戦の内容上、裏で動くハルモニアが持ち歩いている。
そういうわけもあって、俺たちは囮として存分に暴れることになったが。
「通達、禁庫内への侵入者は二名! 一人は第四階梯イスカ! もう一人は――」
「どけっ、オタク共!」
「ぎゃー!」
イスカが軽く腕を振るうだけで、司書連合の面々がいとも簡単に吹き飛ばされていく。
一応、死者が出ないよう手加減するとイスカは言っていたが、壁に打ち付けられて動かなくなる連中を見ると不安しかない。本人的にはこれでも手加減、というか半ば遊びの感覚らしいが、それでも俺が不安になっている横で、イスカは次々とゴミを掃くように彼らをあしらっている。
これだと、裏で動くハルモニアたちよりも先に、俺たちが禁庫へ辿り着くかもしれない。
「っ……もういい、撃て! 少しでも多くの時間を稼げ!」
「いいんですか!? 第四階梯にぶっ放しても!」
「いいんだよ! こうなったらやるしかないだろ!?」
おそらく部隊の指揮を取っている女性が、半ば金切り声のような叫びを挙げる。
それに呼応するように引き金が絞られ、渇いた発砲音と共に無数の銃弾が放たれた。
「イスカ……」
「だい、じょうぶ」
だが、鉛の弾丸はイスカへ届く直前で急激に速度を失い、そのまま宙で制止する。
攻撃は止まらず、次々と銃弾は放たれているものの、いずれも空中で失速していった。
……もう、何の術式がどのように作用しているのかすら把握できない。
「きょ、局所的に……時間を止めてる、の……」
あろうことか、銃撃されている中で、イスカは俺の方へと振り返りながらそう答えた。
「あ、あたしの術式は……”振動”と、”時間”が基本、で……ね? じ、時間遡行の基礎理論は、その応用で……ほ、本来はこういう、使い方のほうが、正しいの……」
『フーン』
「だから、こういうことも、できる……」
イスカはこちらへ顔を向けたまま、手だけを制止する銃弾の方へと向ける。
すると弾丸たちはみるみるうちに劣化していき、やがて塵となって霧散していった。
「き、っ……効いてない……?!」
「怯むな! 数はこちらが上なんだ! 向こうの魔力が切れるまで攻撃を続けろ!」
「切れることあるんですか!」
その光景を目の当たりにした司書連合の警備兵たちは、しかし銃を降ろすことはなかった。
イスカの方も弾丸の嵐を片手間に防ぎつつ、俺の方へと話しかけてくる。
「うー……、ん。も、もうちょっと、あいつらを暴れさせておきたい、んだけど……」
「ハルモニアたちが動きやすいようにか?」
「そ、そう……。あ、あのメス猫でも、禁庫の侵入はちょっと面倒だって、言ってたし……」
『均衡』の神秘をもってしても、エストレア支部の禁庫へ侵入するのは難しいらしい。彼女の壁をすり抜ける能力を目の当たりにした俺たちからすると、中々に信じがたい話ではあるが。
「ま、まあ、いいや……あ、あのオタク共には、個人的な恨みが、あるし……」
「……イスカ?」
「こ、この際、だから。憂さ晴らし、してやる……!」
するとイスカは地面を蹴り出し、術式を展開したまま司書連合たちの元へと駆け出していく。
そのまま最前列にいる女性の警備兵の懐へ潜り込んだかと思うと、一瞬にして彼女の背後に回り込んだ。彼女もそれに反応し、腰に吊った拳銃を抜こうとしたが、既にイスカは彼女の首へ手をかけたまま宙へと浮かび上がり、身体を地面から持ち上げる。
「くっ……! は、離せ……!」
「……ま、前々から……あんたらは面倒なんだよっ!」
その女性を盾のように司書連合たちへと向けながら、イスカがわなわなと震え始める。
「け、研究成果をいちいち、提出させたり……こ、公開の権限とかも、そっちに持たせて……っ! お、お陰で研究が思うように進まない魔術師が、どれだけいると、思ってるんだ……!」
「一部の怠惰な魔術師どもに代わって、我々が記録を管理、保管してるんだろうが……!」
かなり尤もな意見だった。これに関しては司書連合の言い分が完全に正しい。
何なら目の前の第四階梯は、その怠惰な魔術師の代表例だった。
「それに、あんた、たち……あたしだけ除け者にしてる……でしょ! 閲覧に制限かけたり、資料の請求が何度も断られたり……あたしは第四階梯だぞ!? が、学会で一番偉い人間なんだっ! それなのに、な、なんであたしが、研究の邪魔なんか、されなきゃいけないんだ……!!」
「見せた資料を許可なく持ち帰ったことが、過去に何度もあっただろうが……!」
たぶんロクな死に方しないなこいつ……。
「クソっ、何であんなに俺たちにキレてるんだ、あいつ!」
「絶対にルール守ってないのはあっちの方なのに!」
「逆ギレも甚だしいぞ! さっさと隊長を離せ!」
「外野は黙ってろ、っ!」
「ぎゃー!」
イスカが空中で睨みを利かせた途端、構成員たちの足元が弾け、全員が一斉に吹き飛んだ。
やはり術式の制御と魔力の操作が卓越していることを思い知らされるが、やってることはただの八つ当たりだった。この第四階梯がいる時代に産まれた魔術師は、本当に不憫だと思う。
だが当の本人は止まるつもりもなく、捕らえた女性隊員へと口を開く。
「え、『永遠』の座に言っておけ……!」
「永劫司書に、何を……!」
「あたしに、書架を自由に出入りできる権限を、寄越せ、って……!」
「そ、そんなことできるわけ――」
彼女が言葉を紡ぎ終わる前に、イスカが術式を起動する。
その瞬間、女性隊員の身体が勢いよく吹き飛び、そのまま壁に強く叩きつけられた。
衝撃によって瓦礫がぱらぱらと崩れ落ちる中、ついに力尽きた彼女へとイスカが近づいて。
「つ、伝えておけ、よ……!」
「そもそも私、永劫司書に伝言できるような立場じゃ……」
「うるさいっ!」
「ぐふっ!」
地面に横たわる女性隊員の頬を、イスカが何の遠慮もなく殴りつける。
そこでようやく、現場にいる司書連合全員の制圧が終了した。
「……殺してないよな?」
「う、うん……あ、あたしだって、なにも無暗に人殺しなんか、しない……」
『スゴーイ』
何一つ凄くはない。ほぼどころか、完全に略奪行為なのだから。
だがイスカの言葉通り、司書連合の構成員たちは全員、気絶しているだけのようだった。
ここまでにかかった時間はおよそ二十分。対処に駆け付けた隊員はおよそ十二人ほど。
……相手が帯銃済みの司書連合構成員だったことを考えると、恐ろしい。
「じ、時間稼ぎには、まだ足りない……かも?」
「陽動を目的にするなら、ここで向こうの増援を迎え撃ってもいいかもしれないが」
「それだと、あからさますぎるし……す、進もう。最悪、あたしが自分で、古書を奪う……」
「まあ、可能ならそれでもいいのか……」
「それに……そろそろ、司書連合のオタク共に、あたしの凄さを分からせる必要がある……!」
興奮状態になったイスカが、再び地下通路を禁庫へと向けて進んでいく。
こうなるともうイスカは止まらない。いや、止められないといった方が正しいのかもしれない。
……まあ、こうなるまでに何ともできなかった俺にも、責任の一端はある。
司書連合の面々に心ばかりの謝罪を送りながら、俺も彼女のあとを追った。
■
禁庫までの道はほとんど一本だった。というよりは、支部内に存在する各施設に禁庫まで繋がる地下通路が設けられており、その全てが禁庫の正面で合流している、と言った方が分かりやすい。
また、各通路入口には司書連合が警備として置かれており、先ほどイスカがなぎ倒したのも、その警備にあたっていた構成員だった。そして彼らの言葉からして、おそらく増援が来るはずだ。
そして施設全体の構造から考えるに、増援が来るのは後方からではなく……。
「あ、あれ? 先回り、されてると……思った、けど」
しばらく歩いて辿り着いた、禁庫正面の広間でイスカが立ち止まる。俺もその展開を予想していたが、しかしそこに人影は見当たらず、禁庫へと続く巨大な門が佇むだけだった。
「どうする? まだ暴れるか? それとも……」
「こ、ここまで来た、ら……入っても、いい、かも」
短く言葉を交わしたあと、イスカと共に門の前へと歩いていく。
そして禁庫内へ侵入するべく、イスカが門の鍵穴へとその手をかざした瞬間。
「っ、ローレンス! 危ない!」
突然イスカが俺の身体を突き放し、地面へと押し倒す。
直後、真上から落ちてくる巨大な何かが、イスカの小さな身体を丸ごと押しつぶした。
「イスカ……っ!?」
『マ”マ”ー!”?”』
咄嗟に声を挙げるが、質量体が落下した衝撃波によって身体が後方へと吹き飛ばされる。
そうしてその場から離れたところで、イスカ目掛けて落ちてきたものが何かを知った。
拳だ。鉱石素材で形成された、俺の身長よりも遥かに高い、巨大な上腕。
突如として目の前に現れたその構造物には、しかし見覚えがあった。
「まさか……マルドゥークか!?」
『お久しぶりですね、ローレンス様』
俺の叫び声に、上空から答えが返ってくる。
見上げたそこには、飛行する巨大な隻腕のゴーレムが浮かんでいた。
――マルドゥーク。アナトリアが”箱庭”の技術を用いて開発した、『傑作』。
それは仮想世界の擬似文明が、幾重もの世代を跨いで紡いだ神話の頂点に座す、神の銘。
”箱庭”で産まれた存在の中で唯一、基底現実へと顕現した、空想神格体。
『デカイネ』
「お前がここにいる、ということは……」
「とんでもないことしてくれたわね、あなたたち!」
こちらへゆっくりと降下するマルドゥークの肩には、やはりアナトリアが腰かけていた。
彼女はマルドゥークの肩から飛び降りると、ずかずかと俺の方へ近づいてくる。
「ローレンスー!? あなた自分が何してるか分かってるの!?」
「……見ての通りです。申し訳ありません、アナトリア」
「謝って済む問題じゃないでしょうが!」
尤もだ。言い訳する余地もない。
「できれば一から話を伝えたいのですが、少々事情が込み合っていまして……」
「話は拘禁室の中で聞いてあげる。それよりも、今は――」
アナトリアが言葉を続けようとしたところで、彼女の背後から轟音が鳴り響く。
音の発生源は、マルドゥークの拳が突き立てられた場所――つまり、イスカのいるところで。
「ア、ナ、トリ……アぁぁああ”あ”!! よくもぉぉぉお”お”!!!」
「ひぃ!? なんでアレ喰らって無傷なのよあなた!?」
イスカは自身を押し潰していたマルドゥークの拳を、あろうことか片手で持ち上げていた。
彼女の身体は煤や砂煙で多少乱れてはいたものの、少なくとも血の一滴も流れていない。そのまま彼女は見開いた目でアナトリアを睨みつけ、持ち上げたマルドゥークの拳を大きく振りかぶる。
「こ、の、アバズレ、っ! い、いま、今すぐローレンスから、離れろおっ!」
「マルドゥーク! 擬似神格、制御解除! 迎撃態勢!」
『了解!』
アナトリアの指示を受けたマルドゥークが、即座にイスカへ向けて動き出す。
既にイスカの手から放たれた巨大な拳を、しかしマルドゥークはそれを自身の拳で受け止めた。そのまま宙に浮かんだ片腕とマルドゥークが再接続し、完全体となってイスカへと拳を振り抜く。
その間にイスカも空中へ浮遊し、左腕から展開した魔力障壁でマルドゥークの拳を防御。
両者の力の差は同等で、お互いに睨み合いながら膠着状態へと入った。
「こ、の……っ! デタラメな神話から産まれた、ガラクタめ! まだ生きてたのか、っ!」
『イスカ様もお久しぶりです。私のことを覚えていてくださったとは』
「うるさいっ!」
冷徹な声で語りかけるマルドゥークに、しかしイスカが金切り声と共に術式を発動する。
放たれた振動波はマルドゥークの巨躯をよろめかせ、その隙にイスカが胴体を蹴り上げた。
吹き飛ばされた巨体は俺たちの直上を通過し、遥か後方へと沈んでいく。そうして仰向けに倒れたマルドゥークは、しかし頭部を真逆に反転させ、うつ伏せになりながら右腕をこちらへ向けた。
『アナトリア様、ローレンス様、衝撃に備えてください!』
「ちょちょちょ!」
「おい、マルドゥーク……!?」
『擬似神格、出力最大!』
マルドゥークの右腕に何重もの術式が展開され、青白い光が収束していく。
そして解き放たれた魔力は高密度の光線となって、俺たちの直上を通過していった。
周囲の大気を巻き込み、弩砲となった莫大な魔力は、真っ直ぐイスカへと向けられる。
「鬱陶しい、っ!」
『なんと……最大出力をいとも簡単に! さすがはイスカ様!』
しかしイスカはそれを何なく片手で振り払い、マルドゥークへと距離を詰めていく。
その後も何度かマルドゥークは光線を撃ち放ったが、どれもイスカは霧を払うように受け流し、前方に向けた腕で魔術式を展開。マルドゥークはその間に体勢を立て直し、イスカを迎え撃った。
次々とイスカの術式から放たれる振動波を、マルドゥークが腕に纏った魔術式で打ち消していく。だがそれも何とかいなした具合で、じりじりと巨体が後退していくのが見えた。
「っ、この……! 無駄に硬い、デカブツ……め!」
『当然です。これでも私は、アナトリア様の産み出した最高傑作ですからね』
「知ってるっ!」
俺はもちろん、アナトリアですら既にこのレベルの戦いに関与することはできず、遠く離れた場所から彼女たちの戦闘を眺めていることしかできなかった。
「……イスカが押してますね」
「そうね。流石のマルドゥークでも、イスカの相手は難しかったかしら」
『ガンバレー、ママー』
「気張りなさい、マルドゥーク! あともう少しだから!」
……もう少し?
「っ、新手……!」
アナトリアの発言に疑問を抱いたのと、イスカが言葉を零したのは同時だった。
マルドゥークと打ち合っていたイスカが即座にその場から距離を取る。その直後、どこからか飛来する無数の光の槍が、直前まで彼女がいた場所へと突き刺さった。
槍の発生個所は、俺たちがこの空間へ入ってきた通路とはまた別の、講堂から繋がる通路。
……つまり、増援か。
「ずいぶん派手にやってるなあ、現代の第四階梯!」
通路側に立っているのは、三人の魔術師だった。
その中の一人、第三階梯魔術師、テオドール・ヴァーナレフがイスカへ向けて声を挙げる。
エンデルガストのものと同じ黒いローブに袖を通した、快活な印象のある赤髪の青年。
彼の声に反応したイスカは、対峙するマルドゥークをよそに、そちらを一瞥して、
「あ……エンデルじゃない方、だ」
「その言い方やめて?」
イスカの心ない発言に、テオドールは肩を落としながら答えた。
「あれが……現代の第四階梯、『理外』のイスカ……初めてお会いしました」
「ええ。私が最も尊敬している魔術師ですわ」
テオドールの両脇には第二階梯のラヴラス、同じく第二階梯のメルティナが控えている。
奇しくもエンデルガストの上げた容疑者候補の三人が、この場に集っていた。
「あ、あれ? エンデルは、来なかったんだ?」
「ああ。あいつ、禁庫を襲撃されたって聞いた瞬間、泡吹いてぶっ倒れたぞ」
本当に申し訳ない……。
「とにかく、俺たちはお前を止めに来た。さすがに禁庫襲撃なんて黙って見てられねえからな」
「ふん……。や、やれるもんなら……やってみろ!」
「上等だよコノヤロウ!」
イスカの啖呵に答えたテオドールが、懐から取り出した魔導器を掲げる。
それは先日の評定会でも使われた、音響用の魔導器にも似た形状をしていた。
「【この身は天空の徒】! 【審判の座の名の下に】、【極穹の裁きをここに】!」
魔導器を通してテオドールが宣言すると同時に、彼のもう片方の手へ光の剣が出現する。
……あれが、”繋言”。学会主席のエンデルガストが、自らに並ぶと評価した魔術。
「メルティナはあそこにいるイスカの連れを頼む! ラヴラスは俺の補助!」
「承りました!」
『テオドール様、我々は?』
「マルドゥークは遊撃! アナトリアさんは俺の応援よろしく!」
「おっ、応援!?」
アナトリアの困惑をよそに、テオドールが跳躍しイスカへと光の剣を振り下ろす。
イスカもそれを真っ向から受け止め、そのままテオドールを遥か後方へと蹴り飛ばすが、その隙を埋めるようにマルドゥークが追撃。イスカを薙ぎ払うように拳を振り抜いた。
咄嗟に展開した魔力障壁では完全に勢いを殺せず、イスカの身体が吹き飛ばされる。
だが依然としてイスカの身体にダメージは入っていないようで、そのまま空中で体勢を立て直し、その場で浮遊。同時に周囲へ無数の魔術式を起動し、そこから絶え間なく振動波を放つ。
「うおやっべえ!?」
「テオドール様!」
逃げ場を失ったテオドールの前にラヴラスが割り込み、何重にも積み上げられた魔力障壁で衝撃波を凌ぐ。それを破れないと察したイスカは空中からラヴラスの方へと距離を詰めるが、その間にテオドールは光の剣を構え直し、イスカと近距離での打ち合いを開始した。
そうして一連の攻防を、遠巻きに眺めているアナトリアが、一言。
「……凄まじいわね」
「ええ、本当に。何が起きているのかすら、完全に把握できていません」
「イスカお姉様の術式をこんなに間近で観測できる機会なんて、滅多にありませんわ……♡」
「うおっ」
いつの間に俺の隣に……。
「ご機嫌麗しゅうございます、ローレンス様」
「ええ、メルティナも。先日は発表の方、お疲れ様でした」
『オツカレー』
「ありがとうございます。稚拙な発表でしたが、お聞きいただけて光栄ですわ」
「そんなことありませんよ。リナも心なしか、メルティナの発表は熱心に聞いていました」
「そうでしたか。私の発表が彼女の成長になれば、喜ばしい限りです」
「信じられないほど呑気ねあなたたち……」
俺とメルティナのやり取りを傍目で眺めていたアナトリアにそう呆れられる。
特に呑気になっているつもりはないが、どうにも彼女の対応のせいで牙を抜かれるというか。
「それで、メルティナ。あなたもイスカと俺を捕まえに来たんですか?」
「そうなりますわね。テオドール様よりお声がけ頂きまして」
「……俺は魔術師に対抗する手段を持っていません。ここは大人しく降参します」
『アラマア』
「アーロン、いまから俺は両手を上げるから、お前はいい加減に浮かべ」
『ショウガナーイ、ネ』
抵抗する意思がないことを示すため、アーロンを離して両手を上げる。
アーロンの方も観念したらしく、俺の腕から離れたあと、空中にふわりと漂い始めた。
……今更の確認になるが、浮遊機能もちゃんと動いているな。
「あなたも大変ね」
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。処罰はしっかり受けるつもりです」
「イスカに唆されたって言えば少しは多めに見てくれるかもね。私からも口添えするわ」
「それは……ありがたいこと、ですが……」
アナトリアの提案に、どうしてか言葉が詰まってしまう。
確かに俺は今回のイスカの行動について擁護するつもりはない。
正しくないことをしている自覚はあるし、真っ当な裁きを受ける覚悟もできている。
だが、イスカに唆されたというアナトリアの言葉については、どこか引っかかることがあった。
そうして言葉に迷う俺を察したかのように、メルティナが語り掛けてくる。
「ローレンス様、ひとつだけお聞きしても?」
「なんでしょう?」
「今回のイスカお姉様の行動について、あなたはどう思われていますか?」
返答を渡すのには、しばらくの時間が必要だった。
「もちろん、完全に賛同することはできません。完全な略奪行為にあたりますからね。昔から付き合いのある友人として、今回の彼女が取った手段には異を唱えるべきでしょう。ですが……」
「……ですが?」
「彼女の目的自体に反対するつもりはありません。あれでもたった一人の幼馴染です。あいつには成功してほしいし……皆から尊敬されるような魔術師になってほしい。その気持ちは本当です」
第四階梯魔術師、『理外』のイスカ。
史上最年少で第四階梯の称号を授けられた、規格外の若き天才。
信じられないほど傲慢かつ、極限まで自己中心的な性格のせいで、その被害者も多い。
そのうえ類を見ない魔術の才能を持つため、暴れ出したら誰も止められない。
俺はそんな天才の、たった一人の幼馴染だ。
だったら幼馴染として、あいつには最後まで寄り添ってやるべきだと思った。
「ああ、もうっ……うざい、うざい、うざいいぃぃいっ! 全員、あたしにひれ伏せよおっ!!」
……いや。皆から尊敬されるような魔術師という部分は、もう諦めた方がいいか。
「ここ最近で見ないくらいブチギレてるわねあいつ……」
「この規模の戦闘を癇癪で済ませている方が怖いです、俺は」
『ママニ怒ラレルノダケハ何トシテモ避ケタイッスネ』
マルドゥークに加え、二人の魔術師を同時に相手取っている時点で、正気ではないんだが。
「では、半ばイスカお姉様の行動を支持すると?」
「残念ながら、そうなってしまいますね。俺がここにいることが、その証明です」
「ローレンス、あなた……」
「アナトリア様」
アナトリアの言葉を遮るように、メルティナが改めて俺に向き直る。
「私もローレンス様のお気持ちには同意いたしますわ。イスカお姉様には是非とも成功していただき、この時代の象徴として後世に名を残してほしいと思っておりますの」
「……悪しき時代だと、後世の人間から嗤われるでしょうがね」
「まさか。【きっと栄光に満ちた、素晴らしき時代だったと伝えられますわ】」
メルティナの熱のこもった声色には、かすかに魔力の波が感じられた。
……まさか、今のは……”予言”?
「ですから、その時代のため……私はイスカ様とローレンス様を、応援いたします」
「えっ?」
「はい?」
俺とアナトリアが同時に声を上げた瞬間、彼女の指先から一筋の魔力の糸が噴出した。
それはまるで意思を持ったかのように宙を舞い、直後にアナトリアの首元へ突き刺さる。
意識外からの攻撃を受けた彼女は、抵抗する間もなく地面へ倒れ込む。
「んびびびびびびびびびびび」
『ア”ァ”ーー!?』
「っ、アナトリア!? メルティナ、あなたいったい何を!?」
「ご心配には及びません。身体には何も影響はありませんわ」
白目を剥いてピクピク震えているのに……!?
「ローレンス様、私の”予言”についてはご存知で?」
「ええ……イスカから聞かされました。言うなれば、因果律から未来を予測するものだと」
「なるほど……。でしたらこの術式は、イスカお姉様でもご存知ないかもしれませんわね」
そう、メルティナが思考を巡らせているうちに、地面に伏せていたアナトリアがゆっくりと起き上がる。彼女の身体に目立った外傷は見られないが、その瞳はどこか虚ろな暗さが宿っていた。
そのままアナトリアは俺たちに目もくれず、以前戦闘を続けているイスカたちの方に向けて。
「マルドゥーク」
『はっ!』
「攻撃対象を、テオドールとラヴラスに変更。あなたはイスカの支援を」
『……了解!』
その瞬間、イスカたちの攻撃を受け止めていたマルドゥークの上体が反転し、後方にいるテオドールとラヴラスの方へ拳を振り下ろす。突然のことに二人も対応できず、マルドゥークの拳は直撃しなかったものの、衝撃波によって吹き飛ばされた。
「きゃ……っ!?」
「おい、何やってんだマルドゥーク!」
『アナトリア様のご指示です。申し訳ありませんが、ここから私はイスカ様の味方を』
「まさかアナトリアが……いや、イスカ側につくってことは、メルティナが何かやったな!?」
「マルドゥーク! あなたの主人、アナトリアは操られてる可能性があります!」
『存じ上げております。ですが、それでもアナトリア様の指示であることには変わりません』
「このカタブツめ!」
『ご覧の通り、ゴーレムですので。疑似神格、出力最大!』
マルドゥークが右腕に青白い光を収束させ、先ほどイスカに放った光線を再び解き放つ。
先に反応したラヴラスが魔力障壁を展開したが、直撃したことに変わりはない。
舞い上がる砂煙で状況が確認できないまま、依然として戦闘態勢を取るマルドゥークが叫ぶ。
『イスカ様、ここは私に任せて先に進んでください』
「よくやった、デカブツ!」
『お褒め頂き光栄です』
そうしてこの場をマルドゥークに任せたイスカが、空中からこちらへと降りてくる。
「ろ、ローレンス……! それに、メルティナ、も」
「イスカお姉様、お怪我はございませんか?」
「だいじょう、ぶ……。あんな程度、へっちゃら……だもん!」
後輩の前からなのだろうか。珍しく自慢げに胸を張り、イスカがそう応える。
「それ、で……メルティナは、あたしの味方、してくれるん、だ」
「もちろんですわ。イスカお姉様のいるところに私あり、ですので」
「……で、そこの、アナトリアは?」
「先程、私の”予言”を体に埋め込ませていただきました。これまで”予言”は因果律を観測するものでしたが、準観学の方々と研究を進めた結果、局所的な因果律の操作……つまり、個人における選択に干渉することも可能になりましたの。簡単に言うと、一種の催眠状態ですわね」
「ふーん……」
未だにぼうっとした表情を浮かべるアナトリアに、イスカが不思議そうな視線を送る。
だがその一瞥だけでメルティナの術式を理解したらしく、感心したように息を吐いていた。
「へ、へえ……。メルティナ、頑張った……ね」
「ありがとうございます、イスカお姉様。まだまだ至らぬ点はございますが……」
「これでも、いいんじゃない、かな。よ、よしよしー……」
「ああ、イスカお姉様……♡」
当たり前のように屈んだメルティナに対し、イスカがその頭をわしゃわしゃと撫でる。
メルティナの方も蕩けるような表情を浮かべており、どこか独特な空気がこの場に流れている。
それは背後で戦うマルドゥークとテオドール、ラヴラスの騒音が霞むほどだった。
「……アナトリア。メルティナとイスカは、これが普通なんですか?」
「んび…………」
そうだった……!
「と、とにかく、今のうちに……禁庫、入っちゃお、う」
「そうだな。ハルモニアたちと合流できるかもしれない」
「イスカお姉様、アナトリア様はどういたしますか?」
「……一応……連れて行こ、う。こんなの、でも……盾くらいには、なる」
「分かりました。では行きましょうか、アナトリア様」
「んび」
『ンビー』
先を行く俺とイスカのあとに、アナトリアの手を引くメルティナが続く。
背後で未だに続く戦闘行為を後目に、俺たちは禁庫の扉を開いた。
……正確には、魔術での防護が施されている扉を、イスカが蹴り破った。
■
「あ、いた」
『イター』
ハルモニアとリナとの合流に、そこまで時間はかからなかった。
彼女たちは禁庫の奥の方からちょうど出口へ向かっている最中だったらしく、古書が安置されている書架へ向かう俺たちと鉢合わせた形になる。
「なかなかの大所帯ですね?」
「少し事情があってな。それよりハルモニア、古書の方は?」
「もちろん! これがあの白ピカの古書でしょ?」
……白ピカ?
「アルバトラ、は……史料による、と、いつも白い装束を着てた、みたい……で」
「歴代の第四階梯に支給されるローブだけが白いのも、それが由来だとされていますわね」
『ヘーエ』
一人目の第四階梯魔術師、アルバトラ。
この世界で最初に魔術式を開発し、魔術という概念を
魔術師が忌避する銃を用いていたこと、今イスカたちの言っていたように白い装束を身に着けていたこと――このほかにも様々な逸話が残っているが、しかしいずれにも確たる証拠はない。
ただ一つだけ確かなことは、彼女が最初の魔術師だという事実のみ。
そして、その最初の魔術師が残した古書は今、俺たちの手の中にある。
「で、でかした……メス猫……」
「礼はいいよ。その代わり、アタシとリノン先輩を合わせてよね」
「……うん。約束、する……」
アルバトラの古書も確保し、追手は現在マルドゥークが止めていてくれる。
ならば次にやることは、早急にこの禁庫、ひいてはエストレア支部からの脱出になるが……。
「これからどうやって逃げる?」
「え? いやまあテキトーなところからアタシの神秘で全員スルっと……」
「ち、違う……脱出方法じゃなく、て……これから身を隠す、方法……」
『追ワレチャウンスヨネエ』
「ああ、そういうこと?」
アーロンの言う通り、我々は現在かなり真っ当な略奪犯に分類されるので、当然学会や司書連合の連中からの追跡を受けるはずだ。その上、古書を解析し”博闢の門”を再開発するとなると、しばらくは解析作業に打ち込めるような仮の拠点を用意する必要があるだろう。
「てんちょーのお店とかどうですか? 人ひとり寄り付きませんよ?」
「いや、どうせ検問が敷かれる。国外に逃げるのは難しいだろう」
「な、ら……エストレア内部で探して、みる?」
「それも難しいんじゃない? 自分の領地で野放しにさせるほど、連中も甘くはないでしょ」
『ドウシヨウネー』
「んび」
「……ごめん。この、ボケーっとしながら、んびんび言ってる魔術師は何なの? 誰?」
「ひ、人質とか……盾とかに使う……消耗品みたいな、感じの人員……」
「違うだろ」
少なくとも今は。
「でしたら、エストレアの郊外にいいところがございますよ」
頭を悩ませる俺たちを見兼ねたのか、メルティナが静かにそう口にする。
「いいところとは?」
「私、エストレアの国内に私設の研究拠点を持っておりますの。そこは私と家の者しか入れないようになっておりますから、ほとぼりが冷めるまではやり過ごせるかと思いますわ」
「……そんなものを持っているんですか?」
「ええ。将来的にイスカお姉様と二人で過ごすために、自費で用意したものです。もちろん、イスカお姉様が満足にお使いいただけるよう、設備も常に最新のものを揃えておりますわ」
「うわっ! さすがはイスカさんの後輩ですね!」
「あ、こいつもヤバい感じ?」
ハルモニアとリナの言葉を深堀りされないうちに、話をその方向で進めていく。
「その研究拠点はどこに?」
「蒼鱗石が手に入りやすいよう、エストレアの内陸部の鉱山区付近に構えております」
「す、少し遠い……けど……国外に逃げるよりは、ぜんぜん……マシ、だね」
「イスカお姉様が喧騒から離れ、研究に打ち込んでいただけるようにと思いまして」
「あ……ありがとね、メルティナ……よ、よしよしー……」
「ああっ! イスカお姉様のお手を、一日に二度も味わえるなんて……♡」
『イイナー』
また二人の間に独特な空気が漂い始めるが、メルティナの提案自体は中々に都合がいい。
マルドゥークがいつまで耐えられるかも分からないため、早急にこの場から離れることにする。
「ハルモニア、頼めますか?」
「はいはーい。じゃ、一気にいっちゃいますかー!」
俺の言葉に答えたハルモニアがそこで一度、唸りながら体を大きく伸ばす。
それと同時に彼女の頭部に猫の耳、腰部から猫の尻尾が現れた。
「まあ! こちらのお方は、もしかして……依代だったのですか?」
「ほんとにネコちゃんの耳と尻尾生えてますね! この前の強盗犯とそっくりです!」
「あーもう、いいからさっさと纏まってなよ」
驚いたような声を上げるリナとメルティナをよそに、彼女の尻尾が俺たちをまとめて囲む。
その直後、魔力とはまた別の力が働いたような気がして、全身にわずかな圧迫感を覚える。
一瞬の暗転のあと、目の前の景色は大きく切り替わり、太陽の光が瞳に差し込んできた。
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