■
「な……なんで、あたしたちが……未来の人間だって、わかった……の?」
リノンから放たれたその言葉へ、最初に反応したのはイスカだった。
彼女にとってもこの事態は想定外らしく、その声には動揺が滲んでいる。
「ボクは魂が見えるんですよ? それくらいのことなら、ひと目見ただけで分かっちゃいます」
対するリノンから帰ってきたは、そんな得体の知れない答えだった。
確かに彼女には、魂が生まれつき見えているのではないか、という噂が立っていた。
先の発言と、彼女の何でもないような態度から考えるに、それは真実だったのだろう。
だからといって俺たちの事情まで知られたのは、未だに不可解だが。
「リノン先輩……」
困惑する俺たちをよそに、ハルモニアがぽつりと言葉を漏らして、
「ニアちゃんも、未来のニアちゃんなんですね。やっぱり依代だからか、見た目じゃ全然……」
「リノン先輩ぃ~~~!!!!」
「うわんぷ!?」
ついに堪えきれなくなったのか、ハルモニアは勢いよくリノンへと抱き着いた。
そのまま倒れ込んだリノンの頬に手を這わせたり、胸に頬ずりをしたりと、全身で再会の喜びを表している。リノンもリノンの方でされるがまま、ハルモニアの頭を愛おしそうに撫でていた。
……普段から飄々としているハルモニアが、ここまで感情を露わにしているのも珍しい。
「それで? 未来の人間が、いったい俺たちに何の用だよ」
そうして呆気に取られている俺たちを見兼ねたのか、キースが退屈そうに言葉をかけてくる。
だが、俺たちが言葉を返すよりも先に、彼の隣でもぞもぞとリノンが口を開いた。
「多分ですけど……未来における、ボクの魂の所在について聞きに来たんですよね?」
「っ、そ、そう! あ、あんた、話が早くて助かる……っ!」
「えへへっ、ありがとうございます!」
びしっと指を指したイスカへ、リノンは素直に感謝を述べた。
……生前のリノンは善人だと聞いていたが、ここまで素直な人間だとは。
ここまでの人柄の良さを見ると、心配の方が強くなってくる。
「……アタシたちは、リノン先輩が言ってた『保険』について聞きに来たの」
「なるほど……。確かに、キースくんにもニアちゃんにも言ってなかったですもんね」
「俺は今日ここで聞かされるって話だったけどな。そこんとこどうなんすか、先輩」
この時点ではキースも『保険』について聞かされていなかったのだろう。
わずかに眉をひそめたまま、彼はハルモニアと共にリノンへ視線を向けた。
リノンの方は、そんな反応に苦笑いを浮かべたまま、ぼそりと。
「やっぱり、ボクの肉体って消えちゃうんですね?」
その言葉とは裏腹に、リノンの表情に落胆した様子は見られなかった。
むしろ自身の予想が当たっていたことへの感心すら感じられる。
「き、消えるって、分かってた……の?」
「うーんと……五分五分って感じですねっ。失敗しても仕方ないな、とは思ってました」
「やっぱり。その程度でリノン先輩は怖気づく魔術師じゃないもんね~」
「お前、実験前日にものすげえビビってたくせに良く言うわ」
「クソヒモ野郎は黙ってて!」
「おーこわ。尻尾逆立ってんぞクソ猫」
「こ、こらっ! 二人とも、お客さんの前でケンカしちゃダメですよっ!」
口を尖らせるキースにハルモニアが足を振り上げたが、彼はそれを難なく躱していた。
各々のやり取りが手慣れているあたり、この乱暴さが二人にとっての普通なのだろう。
それはそれとして、やはりリノンの発言の方が今は気になった。
先の発言から考えるに、この実験によって自身の肉体が消滅する可能性を、彼女は十全に認知していたはずだ。むしろ彼女は肉体が消滅することに対し、好奇心すら抱いているようにも思える。
自身すら顧みないその姿勢に、極めて強烈な違和感を覚えた。
……というより、そもそも。
「リノン、あなたはこの実験で何をしようとしていたんですか?」
彼女が消滅した実験の記録については、学会によって秘匿されている――らしい。
というのも、その実験記録は事故の発生後、司書連合と倫理監査委員会によって回収されたが、具体的な内容が大きく欠落していたため、学会はその記録を封印したという話だ。
現代においても尚、その真偽は定かではないが……。
その実験の主導者が目の前にいるのだから、この際それはどうでもいい。
「……赫爪断層で灰になった作業員がいる、って噂は聞いたことはありますか?」
リノンは少しの思考を経てから、やがて俺たちへ話を始めた。
「ええ、今から二〇〇年前……いえ。オルトライズの時代と言うべきですね、ここでは」
「あはは、そうですね。その方が分かりやすいかもしれません」
現代から二〇〇年ほど前、魔術学会と汎大陸巡徒同盟による赫爪断層の協働調査が行われた際、そこで深部に到達したある一人の調査員が、同質量の灰に変化したという噂がある。
だが、学会の公式記録にそのような報告は記されておらず、情報の出所もはっきりしていない。
「ボクはその真相を確かめようとしたんです。だから、ここに研究施設を立ててもらいました」
そこでリノンは一度、この空間――というよりは、この施設を見渡しながら告げた。
「基底現実の外へ出ると、体が灰化する現象は……未来の論文にも残っていますか?」
「うん……。ちょうど現代の評定会で、その”漂灰化”を、研究をしてるやつが、いた……」
準元観測学派所属、第一階梯魔術師、アッシュレイン。
彼女は今回の評定会で、”漂灰化”に関する研究を発表していた。
「ボクは赫爪断層で、その”漂灰化”が起きたのかも、って思ったんです。オルトライズの時代に流れた調査員の噂も、同じ灰になる現象ですし。だから、それを確かめようと思って」
「……なるほど」
「学会の皆さんには内緒ですけどねっ」
要はこの実験は、赫爪断層にまつわる噂に決着をつけるためのものだったらしい。
リノンもこの件についての厄介さは理解しているらしく、小さな人差し指を口元にあてた。
だが、赫爪断層についての噂と、リノンの論じた”漂灰化”が繋がっているとすれば。
「ま、まさか……赫爪断層の深部は……基底現実の外に、繋がってる……の?」
イスカの漏らした疑問に答えたのは、ハルモニアだった。
「アタシは何も知らない。ヘリオルト様はこの場所について話したがらなかったし」
「確か他の大地の依代さんたちでも、知らないんでしたっけ?」
「うん。ナユ姉も『ふゆぅ……しりましぇん……』って言ってたから、たぶん誰も知らないよ」
誰なんだそのへにゃへにゃしてるヤツは……。
「か、赫爪断層について、は……『生命』の座も、知らない、って公式に発言、してた、し」
「あー、レフェルトリスとオル兄が話した時に言ってたっけ。とにかく、ヘリオルト様の側近であるアタシたちでも、赫爪断層についてのことは知らされてない。てか、教えてくれなかった」
「教えてくれなかった、ってことは一回くらい聞こうとしたってことか?」
「まあね。何回か聞こうとしたけど、『かく……』ぐらいの段階でほっぺたつままれたよ」
そんな愉快な表現でいいのだろうか。
だが、ヘリオルトは赫爪断層について、依代に対してすら不可侵を貫いていたことは分かった。
そうなると、この下に眠るものには、よほどの秘密が隠されているのだろう。
「今回の実験では、改造を加えた”博闢の門”を、赫爪断層の最深部まで繋げる予定です」
「は……”博闢の門”、の、使用が許可された……の?」
「? はい。商会さんにお願いしたら、どうぞどうぞ! って許可してくれましたよ」
「あ、あたしは門前払いだったのにっ! ずるい! ずるいっ!!」
「いや当たり前でしょ」
リノンとイスカの性格の差が如実に表れている話だった。
ともあれこの実験は、疑似的に赫爪断層の調査を行うものらしい。
ここまで内容を伝えられたら、その実験に立ち会いたくなるが……。
この実験でリノンが消失したことを考えると、立ち会うのは危険だろう。
「その前に。リノン先輩、『保険』について聞いてもいい?」
俺が口に出すよりも先に、ハルモニアがリノンへと改めて向き直った。
「あっ、そうでした! ニアちゃんたちはそのことについて聞きに来たんですよねっ」
ぱっと表情を明るくしたリノンが、そう言って胸の前で両手を合わせる。
そのまま彼女は歩き出したかと思うと、部屋の中に置かれている無数の机の一つに向かって歩き出す。そして、その上に積まれた書類を漁ると、一枚の記録を取り出して俺たちへと差し出した。
「こ、これ……何……?」
「この世界における、魂の分布図です。えっと……たとえば、海図には潮の流れとか、危険な渦が巻いている場所とかが書かれていますよね? これは、それと似たようなものです」
「……分かりやすいですね」
リノンの例えは、漁村で産まれた俺にはある程度腑に落ちるものだった。
改めて記録へ目を通すと、そこにはこの大陸の簡易的な地図と、その上から引かれている無数の曲線が描かれている。曲線には細かい数字が無数に書き加えられており、また大陸の所々には大小さまざまな規模の円――おそらく、魂が吹き溜まりやすい場所だろう――が記されていた。
先の説明があったおかげで、軽く見ただけでも何となく理解はできる。
「学会に提出したら、悪用されるかもしれませんからね。一応、ボクが管理していたんです」
「だから俺たちにも今まで隠してたんですか」
「心配性だなー、リノン先輩も」
「ニアちゃんは大雑把すぎですっ! 管理はちゃんとしないと!」
広げた魂の分布図を、俺とリノンを挟み込むようにキースとハルモニアが覗いて来る。
「……それで、あなたの予測では、この場で消えた魂はどこに?」
「うーん、やっぱり赫爪断層にあるんじゃないですかねっ。魂には流れがありますし、仮にこの施設でボクの肉体が消えたのなら、魂がそこに行きつくのは自然なことだと思います」
そう言って、リノンは赫爪断層付近に記された円を指で示した。
他のものと比べるとそれは少し小さいが、リノンの例え通りに考えるのであれば、ここから他の吹き溜まりに移動するのもおかしな話だ。となると、赫爪断層の周辺を調査するのが妥当だろう。
だが。
「ハルモニア。あなたは今、赫爪断層付近の研究施設……というより、未来のここを拠点にしていましたよね。この付近で暮らしていて、赫爪断層内部は調査を行わなかったんですか?」
「だってあそこに近づいたら、ヘリオルト様が不機嫌になるし……」
「バカ野郎。リノン先輩を探すのと、ヘリオルトの機嫌損ねるのと、どっちが大事なんだよ」
「どっちもに決まってるでしょ!?」
口を尖らせるキースへ、ハルモニアが声を荒げる。
まあ、探しているものが身近にあるほど、かえってそれに気が付かないものだ。
それに
「あ、アーロン……この書面の記録、を……お願いしても、いい?」
『アイ!』
イスカが声をかけると、アーロンがその記録をじっと見つめだす。
それを見て察したのか、リノンが俺たちへ向き直った。
「とりあえず、過去のボクが協力できることは、これくらいですかね?」
「う、うん……。も、目的は、達成……した」
「そうですか! お力になれてよかったですっ!」
ハルモニアとリノンを引き合わせ、魂の”保険”についての情報も取得した。
それどころか、リノンが消失した実験の詳細すらも手に入っている。
人類史上初めての時間遡行は、概ね成功と見ていいだろう。
「今更ですけど、因果律の方は大丈夫ですか? ちゃんと元の現実へは帰れますか?」
「だ、大丈夫。この子には、あんたの見つけた魂の理論、を、組み込んでる……の」
「ふむふむ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」
『イヤーン』
ちょうど記録を読み終えたアーロンの顔を、興味深そうにリノンが覗き込む。
「ああ、なるほど! 疑似魂同士の同期で現実を保証してるんですねっ! それで、未来の
「……は……、え、っ? あ、あんた……ちょっと見ただけで、そこまで分かる、の?」
「ふふん、これでも第四階梯ですもんっ」
『オミゴト!』
むん、と自信ありげにリノンが胸を張った。
対してイスカは非常に珍しく、目に見えて狼狽しており、露骨に緊張を表している。
そしてそれは、俺も同じだった。イスカが生涯を捧げていると言っても過言ではない、時間遡行の術式構造を、まさかこうも簡単に読み解かれてしまうとは。
改めて、彼女が第四階梯魔術師――この時代の象徴であることを思い知らされる。
だが当の本人は自慢げな表情もつかの間に、少し自信のなさそうな笑みを浮かべると、
「まあ、ボクはたまたま魂が見える体質だっただけなんですけどねっ。第四階梯の中でも、そこまで凄くないっていうか……ボク自身は、魔術師としては大したことないんですよ。えへへ……」
「……謙遜しなくても、あなたは後世の人間たちから賞賛されていますよ」
「ホントですか? それならよかったですっ」
魂が見えるというだけで第四階梯になれるほど、階梯制度は甘くない。
それこそ俺の隣にいる現代の第四階梯だって、数々の研究と論文をこの世に残している。
リノンもきっと、その称号に見合うほどの努力と偉業を積み重ねてきたのだろう。
でなければ、彼女の墓碑が学会の共同墓地に安置されているはずがない。
「……じゃ、そろそろ行こっか」
そうしてしばらくの会話を終え、話を切り出したのはハルモニアだった。
「い……いい、の?」
「何が?」
「だって、もう少し……リノンと、話をしなくて、も」
アーロンの同期は未だ切れていないらしく、我々の現在はまだ充分に保証されている。
おそらくリノンが我々を未来の人間だと認識したことが関連しているのだろうが――とにかく、予想よりも遥かに自由な会話が可能だった。この場合は、例外中の例外と捉えるべきだろうが。
とはいえ、ハルモニアにはこの束の間の再会を謳歌する権利があると、俺は思う。
「……ニアちゃん?」
リノンもそれは理解しているのだろう、両腕を広げてハルモニアを迎え入れようとしていた。
だが彼女は一度、リノンに向かって微笑みを浮かべたあと、首を横に振って。
「ううん、大丈夫。これ以上干渉したら、アタシたちも現実に戻れなくなっちゃうかも」
「それ、は……そうかも、しれない、けど」
「それに、また未来で会うんだもん。だから、今はまだ何も言わないでおくよ」
ハルモニアの言葉に、リノンは広げた手を収めて、小さく笑った。
「ふふっ。ニアちゃん、本当に成長しましたね」
「先輩ったら……。言っとくけどアタシ、代替わりしてないから、先輩よりずっと年上だよ?」
「それでもです。こんなに頑張り屋さんな助手に恵まれて、ボクは幸せ者ですね」
噛み締めるようなリノンの言葉に、ハルモニアは満足げに尻尾を揺らしていた。
そこまで会話が続いたところで、二人のやり取りを傍目に見ていたキースが、ふと。
「俺には何もねーのかよ?」
「いや別に……。アンタはリノン先輩のついでだし、特に何も……」
「お前、未来で俺だけハブったら承知しねえからなクソ猫」
「はいはい分かった分かった」
おそらく本気で睨みを利かせるキースへ、ハルモニアは退屈そうに肩を竦めてみせた。
……ハルモニアはああ言っているが、きっと彼もきちんと蘇らせるつもりだろう。
でなければ、ナクアを取り戻しにいったあの時、彼のことも口にしていない。
「頑張ってくださいね、ニアちゃん。あとちょっとですから」
「うん。アタシ、最後までやり遂げてみせるよ。だから……」
そこでハルモニアは今一度、リノンへと向き直ってから、
「またね、リノン先輩!」
■
『タダイマー』
光の円環をくぐり抜けたあと、俺たちはメルティナの研究拠点へと帰還していた。
どうやら我々が過去へ遡行している間、現在の時間の流れは静止していたらしい。床に散らばっている書類がそのままなことや、おそらく時間遡行の開発に使用したであろう魔導器が未だに起動しているのを見れば、自然とそんな理解が及んだ。
「も、戻って、これた……ね」
「ああ。世界初の時間遡行は成功だな」
まだ試用と言ってもいい段階だが、それでも十分な成果だ。
ここから改良を加えて行けば、いずれ人類は時間をも掌握することが可能になるだろう。
……学会から追われている今の身で、これ以上研究を進められればの話だが。
「イスカお姉様 戻ってこられましたか?」
「め、メルティナ……。うん、入ってきて、いい……よ」
一抹の不安が過ったのと、扉の向こうからメルティナの声が聞こえてきたのは同時だった。
イスカが促すと、避難した直後であろうメルティナとアナトリア、そして未だに水の入った瓶を抱えるリナがぞろぞろと部屋へ入ってくる。
「じ、時間は、どれくらい……経ってる?」
「一瞬だったわよ。ついさっきあなたに追い出されたもの」
「イスカお姉様の予測通り、過去への転送と帰還は同一の時間軸上で処理されたのでしょうね」
「やっぱ、り……。あ、あたしの理論は、完璧だった……ね!」
『ネ!』
メルティナからの細かな報告に対し、イスカが満足そうに胸を張った。
そんな彼女に対し、アナトリアが嘆息を付きながら声をかける。
「それより、目的は達成した? リノンとは会えたの?」
「う、うん……。そこは、ハルモニアから聞いた方が、いい……かも?」
「じゃあ状況だけ簡単にね。リノン先輩の推測だと、魂は赫爪断層付近にあるみたい。詳細な記録はアーロンが持ってる。だから次は器を用意して、ハルヴォークに行く感じかな?」
「つまり、今度は現代のハルヴォークへ行くってことですか?」
「その件でハルモニア、二つほどあなたに質問が」
今後の動きに関わる話なので、手を上げて会話に入る。
「一つ目はリノンの魂の器について。具体的にどんなものを用意しているんですか?」
「簡単に言うと、魂のない肉媒と疑似骨格を使った、人形……アタシは
「怖……何ソレ……思いっきり倫理監査委員会の案件じゃない……」
何食わぬ顔でとんでもないことを言いだすハルモニアに、アナトリアが思わず言葉を漏らす。
……まあ、いい。相手は依代なんだ。我々人間の枠組みで考えることが間違っているのだろう。
「二つ目は、ハルヴォークへの移動手段についてですが……」
「そこの第四階梯が再開発した、”博闢の門”のレプリカを使うつもりだけど。なんか問題ある?」
「自分のそのつもりでしたが……ただ、そろそろ学会も動き出すのではないかと思いまして」
改めて言う必要もないが、我々は現在、学会と司書連合に身分を追われている。
この三日間はなんとか追跡を免れていたが、今後も彼らの追跡を躱し続けられるとは思えない。
「め、メルティナ……あんたは、どう思う?」
「もうしばらくは持つかと思われますが……いずれにせよ、発見されるのは時間の問題かと。エンデルガスト様とテオドール様が動いているのであれば、猶更ですわ」
「となると、ハルヴォークからここに戻るのは、避けた方がいいかもしれませんね」
「あー、そういう」
行きは問題ない。個人で使える”博闢の門”なら、むしろ検問など関係なく国外へ逃げられる。
問題はハルヴォークでリノンを復活させたあとの動きだ。
正確に言うなら、”魂の帰路”の解析を行ったあと、我々はどうするか、ということになる。
「学会に、戻る……のは?」
「確かに本来の目的は、エンデルガストに例の魔導器の解析結果を伝えることだが……禁庫を襲撃した挙句、アルバトラの古書を強奪した俺たちが歓迎されるとは思えないな」
「冷静に考えると無茶苦茶なことやってますね、私たち!」
リナの発言に思わず頭を抱えたくなる。改めて自分のしたことの愚かさを思い知った。
だが同時に、この一件があったお陰で時間遡行も実用段階に移すことができたのも事実だ。
……絶妙な心持ちだ。喜ぶに喜べないし、悔いるにも悔いきれない。
果たしてどちらの選択が正しかったのかは、今後の歴史が決めるのだろう。
「え、エンデルなら……なんだかんだ、許してくれるんじゃ、ない?」
「そんなわけ……いや、事情を真摯に説明すれば、最大限の譲歩はしてくれるか……?」
「無理でしょ普通に。今まさに人質まで取ってるんだし、牢屋に一直線じゃない?」
「ですが、今のイスカお姉様は時間遡行を成し遂げた第四階梯ですわ。真理の探究を重んじる学会が、第四階梯を牢に閉じ込めるような機会損失を犯すとは考えにくいですが」
「……こいつを擁護するわけじゃないけど、そこは学会でも意見は分かれそうね。どうせ今まで野放しにしてたんだから、これからも好き勝手にやらせた方が結果的に人類のためになる、って考えてる連中もいそうだし。とはいえ、さすがにお咎めなしってのも無理な話だと思うけど」
「あの、すいません。そもそもイスカさんって、牢屋に閉じ込めることは可能なんですか?」
「ぶ……ぶち破るよ……」
分かり切っていたことだが、どうやら意味はないらしい。
ならもう、このまま行けるところまで突っ走った方がいいんじゃないのか?
……いけない。思考がイスカ側に寄りすぎている。
「考えているのは、リナとアナトリア、そしてメルティナの三人を、人質の解放という名目で学会に引き渡すことです。言葉を選ばずに表すなら、時間稼ぎのための囮になっていただければと」
「あら? リナ様とアナトリア様は理解できますが……私もですか?」
「確かにあなたは自らの意思で我々の側につきましたが……それを知っているのは我々だけです。イスカに脅迫され、この研究拠点を明け渡したと説明すれば、被害者として保護されるでしょう」
「なるほど……。つまりその立場を利用し、エンデルガスト様と接触すればよろしいのですね」
話が早い。イスカ関連を抜きにすれば、とてつもなく話しやすい人間だ。
「現状、我々は学会との連絡を絶っているので……エンデルガストも我々の具体的な動向は掴めていないでしょう。ですから最低でも、時間遡行の開発に成功したこと、そしてリノンを復活させ、件の魔導器の解析を目的にしていることを、彼に伝えていただければと」
「ええ、承りました」
「リノンを復活させるって聞いたら、また泡吹いて倒れそうね……」
それはもう仕方がない。元はと言えば、”魂の帰路”の解析は彼に頼まれたことだ。
イスカが従順に協力するという甘い考えを持っていた、彼の落ち度だと結論付けるしかない。
もちろん同情はするし、本当に申し訳なく思ってはいるが……。
「つまり、ここから先は人質組と蘇生組に別れて動く、ってことでいいね?」
「そうなります」
ハルモニアにそう声をかけられ、改めて頭の中で整理をつける。
これからリナとアナトリア、メルティナは学会へ戻り、エンデルガストへ接触。
そして俺とイスカ、ハルモニアはこのままハルヴォークへ向かい、リノンの蘇生を試みる。
色々と事情が込み合ってきた現状だが、おそらくこれが最善の動きになるだろう。
……その後については、今考えても仕方がないので思考から省くことにする。
俺としては、調査結果をエンデルガストに伝えるつもりではいるが。
「ああ……私、やっと解放されるのね……」
そうして今後の事態を把握したあと、真っ先にアナトリアが肩を落とす。
「お手数をおかけしてすみません、アナトリア」
「あなたじゃなくてそこの第四階梯に謝らせなさいよ」
不満気に顎を突き出すアナトリアへ、イスカもまた不機嫌そうに眉をひそめていた。
「う、うるさいな……。よ、弱っちいくせに、あたしに歯向かおうとしたのが、悪い。そ、それに、あんたの腕についてる、それ……あたしの意思ひとつで、爆発させられる、からね?」
「……っ、私がその程度で怖気づくと思う? 言っておくけどね、あなたを貶められるなら、腕の一本くらい軽いものよ。イスカ、あなたの計画なんて全部台無しにしてやるわ!」
「はあ……。もう、しょうがない……なあ」
するとイスカはアナトリアに近づくと、彼女に耳元に顔を寄せて、
「協力してくれ、たら……あたしが直筆で、第三階梯への推薦状、書いてあげ……る、よ?」
「……………………」
しばらくの思考の末、アナトリアは神妙な面持ちでこちらへ向き直った。
「こっちは任せなさい、ローレンス。上手くやってみせるわ」
「あなたはそれで本当にいいんですか……?」
ついこの間にも見たような身の変わりように、思わず苦言が漏れる。
……だが正直、アナトリアの扱いに関しては困っていたので助かった。
最悪またメルティナの”予言”に頼るつもりではあったが、本人が協力を約束してくれるならそれに越したことはない。動機がいささか不健全だが、この際それには言及しないでおく。
「イスカお姉様、出立はいつになさいますか?」
「う、うーん……。い、今から行くに越した、ことはない……かな、あ?」
「まあ、そうでございますか。お見送りの準備も間に合いそうにありませんわね」
残念そうに肩を落とすメルティナへ、俺も世話になったことへの感謝を述べる。
「改めてメルティナ、ここまでありがとうございました」
「他ならない、イスカお姉様のためですもの。ご不便をおかけしていないかだけが心配ですが」
「少なくともイスカは満足そうにしていたので、何も問題はありません」
その言葉を口にしたところで、自分の思考がイスカ本位になっていることに気づく。
大分やられてしまっているのかもしれない。メルティナのことも、とやかく言えないな。
……まあ、ここまで付き合っておいて、今更か。
「リナもさっさとノールドベルトに返してもらえ。第二階梯が二人もいるなら何とかなるだろ」
「むぅ……。正直ここまで結構楽しかったので、離脱しちゃうのはけっこう残念ですね」
「お前はやんちゃが過ぎる」
最後にリナとそんな会話をしたところで、ハルモニアから声がかかった。
「挨拶は終わった? それじゃ、さっさと行こうよ」
「う、うん……。アーロン、お願いできる……?」
『ポヘー』
イスカの言葉に、なんとも間抜けな声を上げながらアーロンが術式を起動させる。
次の瞬間には室内の空間が歪み、俺たちの目の前に歪な光の円環が現れた。
……”博闢の門”。オルトライズが開発した、物質の転送を可能にする術式。
現存するそれと形が大きく異なるのは、イスカが独自の調整を施した結果だろう。
「じゃ、じゃあ、ね。メルティナ。また、今度……お茶でも、しよう?」
「ええ、是非とも。それではイスカお姉様、どうかご武運を」
小さくこちらへ手を振るメルティナと、反対に大きな身振りで腕を振るリナ。
怪訝な表情を浮かべているアナトリアは、しかし観念したように小さく手を上げる。
そんな三者三様の送迎を受けながら、俺たちは”博闢の門”を潜り抜けた。
■
「
”博闢の門”を通り、ハルヴォーク内部、赫爪断層付近の研究施設へ訪れたあと。
俺たちはひとまずそこで夜を明かし、翌日の朝から活動を開始することになった。
イスカは起床してから食事もまともに取らず、アーロンと共に魂の分布図を解析、リノンとキースの魂が漂っている可能性のある場所に、局所的な”博闢の門”を開けるための準備を行っている。
一方ハルモニアは
「リノンの開発した魔導器はいくつか知っていますが、
「そりゃね。キースがダメって言ったから。泣く泣くお蔵入りになっちゃったわけ」
過去にも訪れた地下施設の中央で、ハルモニアがそう呟く。彼女の視線の先には、役目を終え沈黙している炉窯のような魔導器と、その前に並ぶ古びた二つの棺があった。
「
「ま、そんな感じかな。要は誰でも使える、予備用の肉体ってこと。リノン先輩の設計だと、どうしても動かせる時間は短かったけど、そこをアタシの神秘で補強した改造版ってとこかな」
大地の依代、『均衡』の座の神秘――すなわち、万物の均衡を操る力。
確かにそれを使えば、この偽りの肉体と魂の結びつきを強固なものにできるだろう。
「あなたとリノンの合作、ということですね」
「ふふん。いいこと言ってくれるじゃん、ローレンス」
得意げに尻尾を揺らしながら、ハルモニアが片方の棺へ軽く触れた。
その瞬間、いくつかの細かい部品の音が鳴りはじめ、やがてゆっくりと蓋が開いてゆく。
果たしてそこから姿を現したのは、透明な物質に閉じ込められた人形だった。
しかし人形といっても人の形は取っておらず、それぞれの部位が指先に至るまで、細かく分けられたうえで独立している。また、それらを閉じ込めている物質は、よく見れば半固形状態の液体のようなもので、明らかに既存の魔術学や生物学では見られない未知の液体だった。
「これ、は……人形というより、標本のような形ですね?」
「今はアタシの神秘で、解体したまま固定してあるの。リノン先輩の理論だと、肉体を規定するのは魂だったでしょ? だから、ある程度までこっちで形を整えれば、最後の調整は魂を入れた時、勝手に行われるってわけ。あくまで理論上の話だけど、この形が最善だと思うよ」
長年リノンの助手を務めていた彼女の言葉だ。信頼に値するだろう。
「……ちなみに、この
「残念だけど秘密。『生命』の座が関わってる、ってことだけ教えてあげる」
かつてレフェルトリスと論争を繰り広げたという、大地の依代、『生命』の座。
彼が関連していると考えれば、この人智を超えた技術にも納得がいく。
そうしてハルモニアはもう一つの棺も同じように開くと、中にある標本を確認して、
「うん、状態は大丈夫そうだね。じゃあ運ぼうか」
「……中身をですか?」
「ううん、丸ごと」
「そうですか……」
そのまま軽々と棺を背負い始めたハルモニアに、思わずため息が漏れる。
薄々勘づいてはいたが、どうやらこの棺をそのまま持っていかなければいけないらしい。
どう考えても生身の体では運びきれないので、仕方なく身体の奥底に眠るあいつを叩き起こす。
しばらくの奔流と微かな波の音が聞こえたあと、俺の腰あたりから尻尾が現れた。
「お、尻尾出た」
「まあ、もうあなたには見せてしまったので。……運ぶぞ。慎重にな」
俺の意思に同意したように上下すると、メギストスの尾が片方の棺へと絡みつく。
複製品の局所的な顕現とはいえ、この程度の重量物を運ぶのなら造作もない。
一方、補助程度に俺も手を添えながら、ハルモニアの背、というより棺の後をついていく。
やがて前にも訪れた、壁の一部が崩落している研究区画へ辿り着いたところで棺を降ろす。
そこで作業を続けているイスカは、その物音でこちらに気づいらたしく、机から振り返った。
「あ、ろ、ローレンス……っ!? し、尻尾つき、だ……っ!?」
「ハルモニアにはもう見せたからな」
「尻尾、ローレンスの……尻尾、っ!!」
驚きながらこちらへ駆け寄ってくるイスカを抱き留め、そう答える。
「そっちの調子はどうだ?」
「う、うん……アーロンが、頑張ってくれた、の……」
「またあいつを酷使してるのか」
『イヤマア、昨日ヨリカハダイブネ、マシナ感ジナンデ大丈夫ッス』
俺たちの会話に割って入るように、机の上に置かれたアーロンが返事をする。
アーロンには現在、リノンの遺した魂の分布図と、”博闢の門”の術式が読み込まれているため、リノンの魂を捜索するのにこれ以上ない状態だった。もちろんイスカの指示や論理機能の管理は必要だが、それを加味しても作業自体は驚くほど順調だったようだ。
しかし、そうなると目下の課題としては……。
「も、もう、リノンの指示にあった、魂の場所は特定できた、んだけど……」
「リノン先輩の魂がどれか分かんないんでしょ?」
難しそうに眉を顰めるイスカへ、ハルモニアが得意げな表情を浮かべた。
「いいよ、そこからはアタシがやる。アンタは門を繋げとくだけでいいから」
「魂の特定と、確保まで担うつもりですか?」
「当たり前でしょ。依代舐めんなっつーの」
「……心強いですね」
肩をぐるぐると回して意気込む彼女を見れば、俺の抱えている不安も次第になくなった。
「さ、とっとと始めよう。イスカ、お願い」
「うん。あ、アーロン……出していい、よ……」
『ンベア』
イスカの言葉に呼応するように、アーロンの中心部に埋め込まれた蒼鱗石が光を放つ。
やがて俺たちの前には無数の光線が現象し、次第にはっきりとした円環状の像を結んだ。
そうして開かれた、”博闢の門”の先に広がっていたのは――
「な、なに……これ……?」
眼前の光景を形容する言葉を、俺は持っていなかった。
予想では渓谷の底、岩盤と土砂が入り混じる、薄暗い地形が映ることを想定していた。
しかし、門の向こうに見えたのは、白い灰が降り積もる異様な地形だった。
無理やり例えるなら、雪を灰に置き換えた一面の雪原、というのが精一杯だろう。
生命の匂いは明らかに欠如しており、岩盤どころか岩肌すらも見当たらない。四方と上空は先の見えない、果てしない暗闇が続いており、足場のほとんどが灰で埋め尽くされている。
『何モ無クネ』
「これが……赫爪断層の底、ですか?」
「みたいだね」
ハルモニアも驚いているのだろう、その声色は緊張の色で覆われていた。
赫爪断層で灰となって消滅した調査員の噂、基底現実外へ出ると身体が灰になる現象。
そして目の前に広がる、灰の降り積もった一面の銀世界。
――ま、まさか……赫爪断層の深部は……基底現実の外に、繋がってる……の?
過去で聞いたイスカの推測が、俺の頭の中でじわじわと現実味を帯びていった。
「……あれだ。あそこ。一緒にいる」
ハルモニアの声で、長らく困惑の奔流に沈んでいた意識が引き上げられる。
彼女が指で示した先には、しかし先程と同じく果てのない暗闇が広がていた。
生物どころか物質すらも見当たらないこの世界で、しかしハルモニアだけがしっかりと何かを感じ取っているらしかった。
「も、もっと……近づいた方が、いい?」
「ううん、大丈夫。あれくらいなら取って来れる距離だよ」
イスカの言葉に、ハルモニアは門を覗き込んだまま、片手前に指を鳴らす。
ただちに変化はない。だが、ハルモニアの視線は明らかに何かを追っているように見え、それはやがて手元へと落ち着いていく。そうして何もない手のひらを見つめて、彼女は小さく頷いた。
「うん、取れた。結構疲れるね、これ」
「じゃあ、閉じても……い、い?」
「頼んだよ」
『アーイ』
アーロンの発声と共に、”博闢の門”が空気中へ溶けだすように消失していく。
同時にあの奇妙な景色も消え失せ、無意識に覚えいた緊張感も無くなっていった。
「実験は、成功……でいいんでしょうか?」
「うん、大成功! あとはこれを
俺に言葉にハルモニアは自らの両手を見せつけてきたが、残念ながら俺たちにそれを視認することはできず、イスカと顔を見合わせることしかできなかった。
そうして困惑する俺たちを気にも留めず、ハルモニアが
「さ、戻っておいで、リノン先輩。あとついでにキース」
ハルモニアがそう声をかけると、
直後、
その光景を固唾を飲んで見守っていたところでふと、思い出したようにハルモニアが。
「あっ、やばい!」
「ハルモニア? どうしたんですか?」
「先輩たちの服ない! このままだと全裸になる!」
……ああ、そういう。
『ワオ! スッポンポン!』
「自分の上着を貸します。どちらがキースですか?」
「こっち!」
そうやってハルモニアが片方の
透明な溶液は
そのまま
「……キース……」
やがて完全に形を成した人影を見て、ハルモニアがそう言葉を漏らした。
キース。かつて彼女と同じく、リノンの助手を務めていた倫理監査委員会の人間。
高い背丈と金色の髪は、過去に遡行した時に見たそれと全く同じものだ。
彼は俺とイスカ、そして近づいて来るハルモニアへ、それぞれ視線を巡らせたかと思うと。
「起こすのおっせーんだよクソ猫」
「ゔにゃっ!?」
唐突に掲げた腕を、勢いよくハルモニアの頭上へと振り下ろした。
「い、っ……たあ~~~!? はああぁぁ!? なんでいきなり殴ってくるわけ!?」
「お前、こっちがどれだけ待ったか分かってんのか? まあ正直、時間の感覚も曖昧で今が何年かも分かんねえが……。でも十年以上は過ぎてるだろ。お前どんだけ時間かけてんだボケ」
「しょーがないでしょ!? むしろアンタも起こしてやったことに感謝しなよ!」
……死者の蘇生という、禁忌とも呼べる行為を成し遂げたばかりとは思えない空気だった。
というより、キース本人に胆力がありすぎるというか、何と言うか。
俺の隣に並んでいるイスカも、目の前の光景にただただ怪訝な表情を浮かべている。
「てか、大体なんてアンタが先に起きてるのさ。リノン先輩は?」
「そっちじゃねーの? ほら、動いてるし」
リノンとキースが同時に視線を向けた方向へ、俺とイスカも目を移す。
そこには未だに人型を保っておらず、不定形のまま蠢いている
しかし沈黙するような様子はなく、何度か人型を維持しようとしている様子は見られる。だが、そのどれもが上手くいっていないようで、人形の部品の再配置を繰り返していた。
そうやって試行錯誤を重ねる
「なんとかして自分の身体を大人なお姉さん体型に改造しようとしてるみたいだな」
「この期に及んで!? ちょっとリノン先輩、いい加減にしなよ! 先輩は魂レベルでちんちくりんのお子ちゃまボディなんだから! もう諦めていつものつるぺた体型になりなって!」
「ごぽぽ……」
「うわっやば、もう意識ある!」
くだらなすぎる。
第四階梯は全員どこかしらあほなのか?
「……第四階梯魔術師……『律命』の、リノン……」
ハルモニアが騒ぎ立てる中で、俺の隣に立っていたイスカが、一歩ずつ前に出る。
そして自らの纏う純白のローブ――第四階梯の象徴を脱ぎ去り、それをリノンへと差し出した。
「こ、れ……あんたに、貸してあげる、から……は、早く戻って、きて……よ」
あのイスカですら肌身離さず持っていた、白いローブ。
最初の魔術師アルバトラを称え、長き魔術史の中で受け継がれてきた、第四階梯の象徴。
自らそれを差し出したということは、彼女なりの先代への誠意の表れだろう。
そんな彼女の意思に呼応するように、
「……そうですねっ。後輩を待たせちゃうなんて、先輩として失格です!」
やがて完全な顕現を果たしたリノンの肉体が、その口元に笑みを象った。
小柄な体躯に、薄い藍色の瞳。緑水晶のような丸い碧眼と、柔和さを感じる優しい顔つき。
「リノン先輩……」
「はい、あなたのリノン先輩ですよ。よく頑張りましたね、ニアちゃん」
震えた声で名前を呼ぶハルモニアに、リノンは柔らかな微笑みを浮かべながら答えた。
「それと、そちらの方たちは……」
「……あたしは、あ、あんたの……次の、第四階梯……イスカ」
「ローレンス・エルマークです。現在は彼女の助手を」
『アーロンデスヨォ』
「ふふっ、現代の第四階梯さんが、ニアちゃんのお手伝いをしてくれたんですね?」
イスカから受け取った白いローブに袖を通した彼女は、改めて俺たちへと向き直ると。
「じゃあ、改めて自己紹介しますねっ。ボクは第四階梯魔術師、『律命』のリノン……」
朗らかな笑みを浮かべながら、こう言い放った。
「よろしくお願いしますね、未来の第四階梯魔術師さん――うわんぷ!?」
……最後の言葉は、彼女に抱き着いたハルモニアによって遮られた。
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章をまとめておきました 実は前の章は再会編だったらしい
近いうちにタイトルも数字じゃないやつにしたいです
考えてるのはなぜか偶数話ごとに律儀に書いてあるフレーバーテキスト的なやつ
大地の依代、『均衡』の座、ハルモニア(上)(下)みたいなね
まあうまい具合になんとかしておきます