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「えーっと、つまり……ボクの開発した”魂の帰路”が不正に使われて、ニアちゃんたちでも解析ができそうになかったので、製作者本人であるボクに魔導器の解析をさせるために、過去のボクに色々と手掛かりを聞いたあと、現代でボクを蘇らせた、ということですか?」
「要約するとそうなります」
「どんだけ回り道してきたんだよお前ら」
難しそうな顔で首を傾げるリノンの隣で、キースは呆れたように俺たちを一瞥した。
だが、気持ちは分かる。ややこしいというか、随分と遠回りをしてしまった。
しかしハルモニアはその言葉が癪に障ったらしく、椅子に座るリノンの膝に頭を預けたままという、なんとも間抜けな恰好のままキースのことをじろりと睨みあげた。
「なに、キース。せっかく蘇らせてやったのに、アタシたちに感謝の一つもないわけ?」
「どうせ先輩のついでだろうが。つーかお前、何勝手に先輩の膝枕堪能してんだよ」
「勝手も何も当然の権利でしょ。ね、リノン先輩?」
「あはは……。ニアちゃんは頑張ってくれましたからね。えらいえらい」
『エライエライ』
微笑みながらハルモニアの頭を撫でるリノンに、机の上に置かれたアーロンが反芻する。
「よ、ようやく、会えた……あ、あたし以外の、第四階梯っ……!」
一方でイスカはというと、初めて出会う自分以外の第四階梯に興奮しているようだった。
「別に初めてじゃなくない? アタシたち、過去のリノン先輩と会ってきたじゃん」
「だ、だって、あの時は……因果律の逸脱がないように、あまり喋れなかった、もん……。でも、今のリノンは過去の人間じゃなくて……げ、現代に蘇った、生きてる……第四階梯……!」
鼻息を荒くして捲し立てるイスカに、リノンは少し遠慮がちな微笑みで返した。
だが、確かにイスカの言う通り、今の状況の方が第四階梯同士の初邂逅としての実感は強い。
俺としても、現代に第四階梯が二人も揃うというこの状況には、少なからず緊張を覚えていた。
これを快挙と呼ぶか悲劇と呼ぶかは、まだ判断しかねるところだが。
「ボクもまさか、自分以外の第四階梯と会えるなんて思ってもいませんでしたよ」
「それを言うなら、そもそも俺たちが生き返ること自体だいぶおかしな話っすけどね」
にこにこと頬を緩ませるリノンに対し、キースは訝し気な表情を浮かべている。
その視線は俺たちを一回りしたかと思うと、やがて俺の方へと向けられて、
「おい、そこの……確かローレンスとか言ったな?」
「? はい、自分が何か?」
「お前が一番、話が通じそうだから聞くんだが……今回の蘇生、誰かの許可は得たのか?」
「それは……」
「あ、あたしの独断だけ……ど?」
言い淀む俺の隣で、イスカがキースの質問へ答える。
今回、禁庫の襲撃からリノンの蘇生までを含めたすべての工程は、イスカの独断によって行われている。ハルモニアの協力や、元はエンデルガストからの依頼といった事情もあるが、リノンとキースの蘇生の件だけで言えば、イスカ一人の裁量で決定したことだ。
元倫理監査委員会の人間であるキースには、それが気にかかったのだろう。
「ちょっとキース、あんた生き返らせてもらったくせに不満とかあるわけ?」
「俺だって別に文句垂れるつもりはねーよ。でも、今後の俺と先輩の立場にも関わることだろ? 厚かましいのは重々承知してるが、そこらへんハッキリさせとかないと落ち着かなくてな」
「……今回の件に関しては、状況が落ち着き次第、学会と司書連合へ経緯を順次報告するつもりです。お二人の今後の扱いや、我々に課される処罰に関しても、彼らの判断を仰ぐことになります」
「要するに、なんだ。お前ら今、学会と司書連合にケンカ売ってる最中ってワケか」
「残念ですが、概ねその認識で間違いありません」
こちらとしても、もう後に引けないところまで来ているという自覚はあった。
無論イスカ側につくのを選んだのは自分で、それ相応の然るべき処罰を受ける覚悟もある。
ただ、イスカに関しては正直自分でも分からないところだった。
あれだけの騒ぎを起こした世紀の大犯罪者であるのは紛れもない事実だが、同時に彼女は歴史上初めて時間遡行を実行し、人類が時間を掌握するための足掛かりとなる存在になった。また、これまで死亡扱いだったリノンを現代に帰還させたことは、少なくとも公益に値するはずだ。
そのあたりを加味すれば、学会がイスカに降す処遇も、ある程度緩和される希望があった。
……俺のイスカに対する私情が多分に入っていることは認めるが、それでも。
「とんでもない奴らに起こされたんだな、俺たち」
「まあまあ、いいじゃないですか。それよりも今は、先にお悩みを解決してあげましょうよ」
「はあ……。そうでしたね。先輩もどっちかと言えばそっち側っすもんね」
不服そうに眉を顰めるキースだったが、最終的にはリノンの意見に同意したらしい。
「じゃ、じゃあ……さっそく、”魂の帰路”の解析をしてほしい、んだけ……ど……」
「もちろんですっ。えっと、肝心の魔導器はどこにあるんですか?」
「アタシが保管してあるよ。はい、これ」
イスカの頼みにリノンは快く応じ、続いてハルモニアが先程と同じように指を弾く。
すると何もなかった彼女の手のひらに、突如として件の魔導器が姿を現した。
一瞬のことに驚いたが、どうせ神秘を使ったのだろうと頭の中で結論をつける。
第四階梯が二人同時に存在するこの場では、いちいち言及する方が時間的損失になりかねない。
「それでは始めましょうか。皆さんにも分かりやすいよう、術式を投影しますね」
そうして作業に取り掛かった魔導器の上辺――箱型の物体部分へ手をかざす。
少しの魔力を感じた後、俺たちの頭上に巨大な半透明の図形が次々に現れた。
複雑に重なり合うそれは、おそらく”魂の帰路”の内部構造なのだろう。
……改めて、この術式がいかに綿密で、かつ高度なものかを実感させられる。
それはイスカも同じようで、彼女は我々の直上に広がる術式群を、まるで星空を眺めているかのような、きらきらとした瞳で見つめていた。
「や、やっぱり、すごい……こ、こんなに高い密度の術式を組んでるのに、魔力の逸脱がどこにもない……。ふつう、この密度で術式を組んだら、どこかで魔力が分散するはず、なのに……」
「アンタは無理なの?」
「む、無理……。か、仮にあたしが同じよう魔導器を作るなら、そもそもの規模を大きくする、しかない。でも、リノンは……術式を構成する全ての機能を、この一つの箱に集積させてる……こ、こんなの、これから百年経っても……実現不可能な技術だと、思う……」
「えへへ……。お褒めに預かり光栄ですっ」
例えるなら、一枚の絵画の中にまた複数枚の絵画が描かれているようなものだ。それも単純に独立したものとして描かれているのではなく、それぞれが背景として成立しているような形で。
イスカが言っているのは、その絵を成立させるためには、キャンバス自体を拡張させる他ない、という話だ。それをリノンは、言ってしまえば一枚の紙片に収めていることになる。
「さて、ニアちゃんたちはどこまで解析を進められたんでしたっけ?」
「術式が全部で四つあるところまで。”魂の帰路”本来の機能の術式と、そこから得られた情報を互いに補完しあってる二つの術式、最後に全体の調整を行う基盤の術式ってところかな」
「か、解析のために、まずは相互補完の術式に干渉した、けど……魔力の流れが綿密すぎて、うかつに触れなか、った……だ、だから、次は基盤術式を操作しようと思ったんだ、けど……」
覚えている限りでは、基盤に干渉する際には、リノンが暗号化した鍵が必要だったが……。
「あ、あたしね、驚いたと同時に、困っちゃった、の……。だ、だって、この術式に使われてる鍵、あたしの見たことない形、してて……ね、ねえ。これって、本当に……魔術、なの?」
そもそもの話、イスカですら開錠できない鍵というのが不可解ではあった。
現代の魔術師の最高峰であるイスカにとって、術式の鍵を開錠することなど造作もないはずだ。だからこそ、彼女ですら解けない鍵を構築したリノンも、同じ第四階梯だと思い知らされるが。
一方で、なぜイスカでも解けないのか、という疑問があるのもまた事実で。
「ボクの魂の形を照合させてるんです」
果たしてリノンの回答は、俺たちにとって想像のし得ないものだった。
「ま、まさか、リノン……あんたの、魂が見えるっていう、噂は……」
「はい、本当ですよ。というより、魂”も”見える、の方が正しいですけど」
……”も”?
「説明が少し難しいんですけどね。三次元的な視覚じゃなくて、四次元的な視覚っていうか……。簡単に言うと、ボクは他の人よりも、見えるものがちょっとだけ多いんです」
渡された質問に、リノンは聞き馴染みのない言葉を羅列して答えた。
その詳細は不明だが、とにかく彼女は我々とはまた別のモノを視覚的に捉えられるらしい。
魂が見える、という噂はその認識能力の一端に過ぎないのだろう。
「ボクが開発した魔術式の中でも、”魂の帰路”は特に倫理的に問題のある術式ですから。技術が簡単に流出しないよう、ボクだけにしか開錠できない特別な鍵を施しておいたんです。万が一の事態に備えて、”魂の帰路”の使用自体はできるようにしましたけどね」
「……確か、この術式はあなたが第四階梯の権利を行使して、封印したんですよね?」
「はい。正しくは学会と倫理監査委員会の代表者、それと依代のうちの一人、合計三人の承認を得た場合のみ、使用を許可するようにしたんですが……誰かがズルしちゃったみたいですね?」
「学会も相変わらずザルだよねー」
「そ、それは……あんたが器用なだけ……」
不満そうに口を尖らせるハルモニアに、イスカが苦言を漏らす。
というより、イスカもハルモニアの神秘自体はそれなりに評価しているらしい。
「まずは術式の解析をしちゃいましょうか。それぞれ説明しますねっ」
「お、お願いします……!」
「……なんかコイツが素直だと、調子狂うんだけど」
「自分もです」
呆れたようなハルモニアの言葉に同意しながら。俺も直上に広がる術式群へと目を向けた。
「ニアちゃんたちが解析した通り、一番上にある小さい術式が基幹術式で、中層に二つある同じ形のものが相互術式、その下にある長いものが基盤術式になります」
「……思ったんですが、基幹より基盤の方が複雑な構造になっているんですね」
「基幹術式といっても、実行するだけのものですから。例えるなら、水を汲み上げるポンプみたいなものですかね。基幹術式はただの道具に過ぎなくて、それを基盤術式で動かしてるんです」
リノンの例えは分かりやすかった。魂を水源と置き換えて考えれば、基幹術式はそれをくみ上げるポンプでしかなく、基盤術式はその調整を行う人間を担っている、と捉えられる。
そしてこれから行うのは、どの水源から引かれた水を汲んだか、を明らかにすることで。
「蘇生に関しての記録は全て、相互術式の方に記録、長期間保存されるようになっています。この相互術式は他者からの干渉を防ぐため、あえて強力な魔力の流れを組んで他者からの干渉を阻害していましたが……結果的に、それがニアちゃんを邪魔しちゃったみたいですね?」
「そうそう。アタシでも迂闊に触れられなかったんだから。ホント困っちゃうよね」
「あはは……。でも、依代ですら触れられないなら、しっかり機能してくれたみたいですね」
「じゃあ、つまり……相互術式の、中身を見れば、誰を蘇らせたかが、わかる……!」
「はい、そういうことです。今からそれをお見せしますねっ」
『オ願イシマース』
頭上に投影された相互術式が、リノンの手によって中央から二つに分離された。
それから彼女が指をいくつか動かしたあと、やがて膨大な量の情報群が映し出される。
既存の文字とは根本的に異なる言語体系のそれを、しかしリノンは滑らかに目で追っていた。
イスカ、ハルモニアと共にその様子をしばらく見守っていたところで、ふと。
「け、欠落……!?」
これまで淀みなく説明を続けていたリノンが、ここで初めて驚くような素振りを見せた。
彼女の表情には明らかに困惑が滲んでおり、予想外の事態に直面したことが簡単に理解できる。
その異常性に真っ先に反応したのは、今まで退屈そうに俺たちの話を聞いていたキースだった。
「欠落? どういうことっすか?」
「うそ、そんなこと……ああいや、でも、そっか……ありえるといえば、ありえるのかな……?」
「……リノン、いったい何が起きたんですか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいねっ。一応、他のところも確認してから……!」
慌ただしく魔導器を操作し始めるリノンを前に、キースと顔を見合わせる。
次にリノンが声を上げたのは、それからしばらく時間が経ってからのことだった。
「さ、三回も蘇生行為を行ってるっ……!?」
『ヘーエ』
リノンの言葉に俺たちは言葉を詰まらせ、アーロンだけが呑気に間抜けな音を漏らす。
「えっと、蘇生に成功したのは二回目だけみたいです。一回目と三回目は失敗……というか、魂の情報が欠落していますね。これは、魂の参照に失敗してしまったことを意味しています」
「参照に失敗……死んでいない人間を蘇生させようとした、ということでしょうか?」
「一概にそうとは言えませんが、可能性としては充分ありえるかもしれません」
「……いずれにせよ、なんだかキナ臭くなってきたっすね」
面倒そうに後ろ髪を掻くキースに続いて、イスカが質問を渡す。
「じ……実在しない人物を、蘇生しようとした、場合……は?」
「その場合、魂の欠落という結果ではなく、基軸術式がそもそも参照する前に弾いた、という結果を出します。この術式はいわゆる名簿みたいな記録を参照しているので。まあ、そこの不正確さを指摘されると、ボクとしても何とも言えないんですが……」
「でも、リノン先輩のことだから、そこは完璧だと思うんだよね」
「ボクもそう信じたいところです」
一つの時代を築き上げた魔術師の手がけた魔導器だ。疑う余地はないと見ていいだろう。
というよりは、今そこを疑ったところで事態が何も進展しない、というのが正しい。
となると、生きている人間を間違って蘇生した、あるいは”魂の帰路”ですら参照できない未知の領域に存在する魂を蘇生しようとした、という二つの線で推理するべきなのだろうが……。
「もう少し情報が欲しいな。先輩、二回目の蘇生記録の詳細を見せてもらっていいですか?」
「はい、お安い御用ですっ」
「うーわ。キースのやつ、また仕切り始めたよ」
途端に顔つきを変え、リノンへと指示を出すキースにハルモニアが口を尖らせる。
だが、その声はどこか嬉しそうで、作業を行う二人を見る目には優しさが感じられた。
彼女にとってはこの光景が、長らく望んでいたかつての日常だったのだろう。
しかしそんな感傷に浸る間もなく、リノンが術式に保存された記録を読み上げる。
「二回目の蘇生……唯一成功したのは……わ、ワンちゃん?」
「は……はあっ?」
素っ頓狂な声を上げるリノンに釣られて、イスカも間の抜けた声を上げる。
「え? まさかリノン先輩の術式を使って、ただの犬を蘇生したってこと?」
「き、記録だけ見ればそうなります。えっと……うーん……そのためにボクの術式を……?」
「……そもそも、”魂の帰路”は人間以外の蘇生も可能だったんですか?」
「みたいだな。先輩、具体的な記録は? どこの犬とか分かるんすか?」
「それは……犬種は分かりますけど、具体的にどのワンちゃんだったのかは……。ごめんなさい、この術式は対人間用に作ったので、それ以外の相手だとそこまで詳しい参照はできないんです」
「つまり例外ってことですか。とはいえ、ただの野良犬を蘇生したとは考えにくいですね」
冷静な態度のまま思考に耽るキースに倣い、俺も今一度状況を整理する。
”魂の帰路”は計三度にわたって行使され、うち一回目と三回目は失敗に終わった。
唯一成功した二回目の蘇生対象は、リノンの解析によれば犬だったらしい。
それが飼い犬か野良犬かまでの判別はつかないが、状況はどうあれキースの言う通り、野良犬を蘇生したとは考えにくい。おおかた一回目の蘇生が意図せず失敗し、その検証として喪った飼い犬などで再度試行し、一回目の失敗の原因を探った、と考えるのが自然だろう。
だが、仮にその考察が正しかった場合、前提となる話がずいぶんと変わってくる。
「検証のために、犬を蘇生した、なら……も、元々、何かの動物を蘇生するつもり、だった?」
「それも欠落判定が出るような動物……ってよりは、少なくとも人間じゃない生き物だな。先輩、そういう結果が出る生命体に心当たりは? 開発者なら、ある程度は予測つくっすよね」
「うーん……? すっごく昔に生きていた動物とか、死んだあと魂がものすごく深いところに沈んじゃった生命体なら、もしかすると欠落判定がでるかもしれませんけど……?」
「……ハルモニア。長い時を生きる依代としてのあなたに伺いますが、欠落判定の条件に当てはまるような生命体は、これまでこの世界に存在していましたか?」
「いやいや、無茶なこと聞かないでよ。いくら依代でも、そんないちいち覚えてるワケ――」
そこで肩を竦めていたハルモニアが、ふと何かに気づいたように目を見開いて、
「……まさか、魔獣?」
彼女の口から零れ落ちた言葉に、その場にいた全員が息を吞んだのがわかった。
魔獣。三柱の龍によって絶滅したとされている、悪しき異形の獣たち。
まだ空も海も陸もなかった時代、暗闇の中で蔓延っていた彼らを三柱の龍が喰い尽くし、全ての混沌が枯れ果てたのちに今の世界が産まれた、と創世の神話には綴られている。
要は、神話の世界の中にだけ存在する、空想上の生き物――というのが一般的な認識だが。
「……魔獣、って……実在してた、の?」
「あ、アタシもヘリオルト様から、話だけしか聞いたことないよ。アタシたちが座についたのは、ヘリオルト様たちが魔獣を喰い尽くして、世界を作ったあとなんだもん。知るわけないって」
「なら適当にでっち上げた話って可能性もあるのか?」
「でも、依代さんって三柱の龍がボクたち人間の繁栄を見届けるために作った存在なんですよね? それなのに、魔獣なんて明らかに害のある存在についてウソを教える理由は、ないと思います」
「な、なら、魔獣は本当に、いて……誰かが、それを蘇生しようとした。ということ、は……”魂の帰路”を使った、人間、は……魔獣が蘇生できるっていう、ある程度の確証が、あった……?」
「少なくとも、実在を証明できる痕跡は見つけていたかもしれませんね」
「で、でも、それだと……時系列が、おかしくなる。あ、あたしたちがいる、この世界は……三柱の龍が、魔獣を喰い尽くしたあとに、作られたもので……なのに、痕跡が残っていた、のは……」
そうして思考の逡巡を経たイスカが、やがて一つの仮説に辿り着く。
「もしかして……魔獣には、生き残りが……いた?」
「お、御伽噺みたいなお話になってきましたね……あはは……」
これが子供の聞かせるために作った寓話だったら、手垢の付いた内容だと鼻で笑えたが。
現実になろうとしているこの場においては、全員が息を呑むような事態になっていた。
「い、言っとくけど、もしかしたら、って話だからね? 何も今回の犯人が魔獣を蘇生しようとした、って確固たる証拠もないわけだしさ。案外、アタシが変に考えすぎただけかもしれないよ?」
「とはいえ、最悪を想定しておくに越したことはねーよ。それに何より、特別封印術式を使ってまで、ただの犬を蘇生したってことが引っかかる。魔獣の蘇生を試行した前提で動くべきだろ」
尻込みをしながら弁明するハルモニアを、キースが一蹴する。
俺としても、この状況で魔獣の関与を再考するのは少し危険に感じた。
「ローレンスさんたちは、犯人について何かご存知ですか?」
「我々は主に魔導器の解析を依頼されたので、そこまで詳しくは。ただ、候補となる人物は紹介されましたし、実際に評定会の会場で外見も確認しました。ですが犯人の捜索については、学会……というより、現魔術学会主席魔術師のエンデルガスト・イリスシアが主導しています」
「ああ、イリスシアさんの……お孫さんになるのかな? なら安心ですねっ」
本人も言っていたが、エンデルガストなら大抵の魔術師は片手間に制圧できるはずだ。
だが、犯人を捜索するための証拠が足りていないのもまた事実だった。
特にこの数日間は、主にイスカのせいで学会側にはとてつもない負担をかけてしまっているため、犯人の捜査も思うように進んでいないだろう。
「彼から提示された容疑者は四人ですが……未だにこれといった手掛かりは掴めていません」
「あたしから見て、も……そんな、たいそうな魔術師じゃなかった、よ」
「うーん……。例えばですけど、その中にワンちゃんを飼ってた人はいますか? 成功した蘇生の対象が犬でしたから、飼育していた飼い犬を蘇生した、と考えるのが妥当でしょうし」
「いえ、さすがにそこまでは何とも……」
エンデルガストに聞けば、すぐに情報を集めてくれるかもしれないが……。
『ア!』
すると突然、今まで沈黙していたアーロンが唐突に大きな声を上げる。
「あ、アーロン? どうした……の?」
『アレハ? アノー、ホラ。アイツ。イタジャン』
「心当たりがあるのか?」
『アレヨ、アレ。アノ、ブモブモウルセエ、毛玉ガヨ』
……まさか、あれに?
「申し訳ありません、リノン。今更ですが、一つ質問が」
「はいっ、どうぞ!」
「”魂の帰路”によって蘇生した魂を、
「ええっと…可能ですね。そもそも“魂の帰路”で蘇らせた魂は、基軸術式に滞留して、その時点で魂との簡易的な意思疎通が可能になります。ですが呼び寄せた魂を
「……そ、それが、ゴーレムだとして、も?」
「もちろん、適切な容量があれば。動かすには蘇生された本人の慣れが必要かもしれませんが」
イスカも同じ結論に辿り着いたのか、俺が続けて渡そうとした質問を口にする。
「心当たりでもあんのか?」
「エンデルガストが挙げた容疑者候補の中に、用途不明のゴーレムを所持する魔術師がいました。彼女は準元観測学派の所属で、その研究内容が“魂の帰路”に関連しているとのことです」
「だから……もしかすると、そのゴーレムの中に……蘇生に成功した、犬の魂が入ってる、かも」
準元観測学派所属、第一階梯魔術師、アッシュレイン。
その彼女が所持しているゴーレム、わたぼん……いや、わたぽん?
……とにかく、あのブモブモ呻いている謎の毛玉が、二回目に蘇らせた犬の魂を収容する
「なら、そいつを縛り上げて吐かせればいいな」
「そ、早計じゃないですか? 確かに怪しいですけど、まだ確証があるわけじゃ……」
「別に無罪だったら解放すればいいだけっすよ。何か問題があったら揉み消します」
「出た、倫理監査委員会のお得意」
だが、俺としてもキースの意見には賛成だった。
事が事だ、これ以上被害が拡大する前に動いた方がいい。
「すぐにここで得られた解析結果と推測を、エンデルガストに報告したいところですが……」
「お前らケンカ売ってるもんな。何してくれてんだよ本当に」
「あ、あたしは、ただ……”博闢の門”を、再開発した、だけなの……に」
「えっ、”博闢の門”を再開発!? すごいじゃないですか、イスカちゃんっ!」
「ですが、そのために彼女はエストレア支部の禁庫を襲撃し、アルバトラの古書を略奪しました」
「ええっ!? り、りゃく……はあ!? ど、どんだけ悪いことしちゃってるんですか!?」
「残念だけどこれが現代の第四階梯なの、リノン先輩」
リノンと接していると、いかに現代の第四階梯が救いようのない人物なのかが分かる。
何をどうしたら学会はこんな人格破綻者に第四階梯の称号を授けることになったのだろうか。
そして、どうして俺はこんな意思を持った災害に肩入れをしてしまっているのか。
……そのあたりを考えると憂鬱になるので、現状の話をするよう努める。
「最善はエンデルガストを介さず、アッシュレインへ我々が接触することですが……」
「エストレア支部って古代魔術学派の本拠地なんでしょ? そのうえアンタたち、連中に顔割れまくってるじゃん。向こうに行ったって、犯人を捜すどころじゃなくない?」
「ですが、暴れた本人のイスカはともかく、俺やアーロン自体はそこまで向こうに認知されていないはずです。自分で言うのも何ですが、俺はイスカを抜けばただの研究員に過ぎませんから。ある程度は向こうでも動けるはずです」
今のところ俺やアーロンを正確に認知しているのは、エンデルガスト、テオドール、ラヴラス、そしてイスカに倒された司書連合十数名ほどだ。決して少なくない人数ではあるが、イスカと比べれれば支部内での活動は充分に行える規模に留まっている。
「とはいえ、自分だけでは学会内を思うように動けないのも事実ですが……」
「ああ、じゃあ俺と一緒に行くか?」
「……え?」
予想だにしていなかったキースからの提案に、思わず気の抜けた声が漏れる。
それはハルモニアも同じだったようで、動揺したままキースへと言葉を投げた。
「え、何? アンタが動くの? なんで?」
「いやだって、先輩は過去の第四階梯とはいえ古い人間には顔割れてる可能性あるし、お前は万が一に備えて先輩やイスカと同行させといた方がいい。対して俺は、どっちかと言うと一般人寄りだからな。顔があんまり割れてないローレンスと動くには、ちょうどいいだろ」
「それは……確かにそうなんですが。その、我々に協力していただけるんですか?」
「ああ、気にしてんのはそこか。まあ、蘇らせてもらったからな。義理は通してやる」
「……ありがとうございます」
ひらひらと手を振る彼に頭を下げると、次はリノンが口を開いた。
「となると、まずはキースくんとローレンスさんがエストレアへ潜入、そこからアッシュレインさんを拘束するか、イリスシアさんのお孫さんに現状を報告するかのどちらかですね?」
「そうですね。基本的にはアッシュレインへの接触を第一に動きますが、アナトリア……事前に学会側へ向かった仲間がいるので、彼女たちの報告次第でエンデルガストへの接触を試みます」
基本的にはアッシュレインを我々のみで拘束するよう動くつもりだが、万が一エンデルガストからの協力を得られそうなら、彼への接触を優先してもいい。そのあたりの判断は一度、メルティナらと合流して、状況を聞いてから判断するべきだろう。
「あ、あたしたち、は……どうすればいい、かな?」
「基本的にもう何もしないでほしい……と言いたいが、アッシュレインの確保はお前がしてくれ。俺たちはアーロンを連れて行って、アッシュレインと接触した時点で”博闢の門”を開く。そこからはお前が主導してアッシュレインを確保、情報を抜き出してくれればいい」
イスカがアッシュレインを確保したという事実さえあれば、エンデルガストへの釈明にもなる。
今回の騒動も、元を辿れば彼から受けた相談がきっかけで始まったことだ。
魔導器の解析結果と犯人を捕らえた事実があれば、多少の譲歩も期待できるだろう。
「決まりだな。じゃあ、ちょっと準備くれ。最低限の準備だけしてくるわ」
「先輩とアタシたちはここで”博闢の門”が開くまで待機でいいの?」
「そうなる。まあ、どっしり構えておいてくださいよ、先輩。第四階梯魔術師、『律命』のリノンの復活に相応しい、最高のステージを用意しておくんでね。いつもどおりバシっと頼みます」
「あ、あはは……。頼りにしてますね、キースくん」
リノンの遠慮がちな言葉を受けながら、そのまま部屋を出て行こうとしたキースが、ふと。
「あ、そうだ。ローレンス、お前もちょっと来い。一緒に準備するぞ」
「準備? 自分は何なら、今からでも学会の方に向かえますが……」
「違う違う。そうじゃなくて」
そこでキースは人差し指を立てると、それを何度か曲げるような素振りを見せて、
「銃、貸してやる。好きなの選んでいいぞ」
■
同日、オルトライズ商会エストレア支部付近、大通りから少し外れた裏路地にて。
『イヤア、最近オ出カケ多クテ嬉シイッスヨ』
「不本意だけどな」
あれからアーロンの”博闢の門”でエストレア内部へと移動し、アッシュレインが宿泊しているであろう国営ホテルへと向かう途中で、ふとキースが思い出したように声を上げる。
「ちょっと待てローレンス、今のうちに確認したいことがある」
「どうかしましたか?」
振り返って返事をする間もなく、彼は突然履いているズボンを緩め、自分の下半身を覗くと、
「よし、生えてるな」
『ナニガ?』
「どうして今なんですか」
「女所帯じゃ言えねえだろこんなこと」
くだらない……が、確かに興味も少しあった。
「
「みたいだな。多分メシも食えるしクソも垂れるぞ、この身体。実際ちょっと喉乾いてきたし」
『オ茶イル?』
「いやいらんわ」
第四階梯のリノンが手ずから開発し、依代のハルモニアが神秘で強化した
「酒も呑めて、煙草も吸えて、女も抱ける……最高の身体だな」
「さっさと行きましょう」
品のない冗談に辟易しながら、早々と国営ホテル方面へと足を進める。
「で、そのアッシュレインってのは国営ホテルに泊まってるのか?」
「アナトリアという魔術師からそう聞きました。ですが、仮にこの事件の犯人が彼女であれば、既に拠点を移している可能性は高いです。一応の確認、と考えていただければ」
現状の最優先はアッシュレインと接触し、イスカに捕えさせることだ。そうすればこちらは魔導器の解析情報と確保した犯人の二つを揃えて、エンデルガストへ接触することができる。
だが、先にキースへ言った通り、ホテルにアッシュレインがいる可能性は低いだろう。
なので一応の確認としてホテルに寄り、そのあとはメルティナとの接触を試みるつもりだが。
「ところで、司書連どもが思った以上に出しゃばってないか?」
「おそらく我々の騒ぎを受け、学会からの警備要請を受けたのでしょう」
街中を歩いているだけで何度も見かける司書連合の構成員に、キースとそんな会話を交わす。
俺たちがエストレアに到着した時は評定会に参加する魔術師で通りは溢れ返っていたが、それがそっくりそのまま司書連合達に代わった、というような雰囲気だった。
イスカが行ったことを考えれば、そのことに関して特に疑問は湧かない。
『物騒ネー』
「あなたの予想より数が多いなら、一度ほとぼりが冷めるまでやり過ごしましょうか?」
「いや、別にいいだろ。むしろアイツらがデカい顔してる方が助かるわ」
そう言いながら、キースは腰に吊った拳銃をより見えるような位置に調整して先行した。俺もそれに続いて、なるべく自然体を装いながらホテルへ続く道を進んでいく。
目的地とするホテルに到着するまで、それほど時間はかからなかった。
「裏から入る経路を、アーロンに探させましょうか?」
「そんなことしなくても、正面からで大丈夫だって」
「……大丈夫ですか?」
「任せろ」
手段を質す暇もなく、キースが玄関を抜け、そのままロビーへと立ち入っていく。
ロビー内にも数人の司書連合が警備にあたっていたが、彼はそれを無視し、堂々と受付に立っている男性の方へと向かって行った。彼らは一度キースへ視線を向けたが、腰に吊られた銃に気づくと、すぐに目を逸らしてしまう。どうやら敵性ではない、と判断されたのだろう。
「……警戒されていませんね?」
「な? 多分、同業とでも思い込んでるんだろ。楽でいいわ」
へらへらと気の抜けた笑みを浮かべるキースの後に、俺もできるだけ自然な形で続く。
そうしてフロントへ辿り着くと、受付の男性は丁寧な態度で俺たちを迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ。お名前をお伺いしても……」
「悪い、兄ちゃん。客じゃなくて司書連合だ」
腰に吊った銃を見せつけるようにキースが口にすると、彼は不思議そうに首を傾げる。
「司書連合の方……ですか? 既にホテル内は一度、全面的に捜索して頂きましたが……」
「いや、今エストレアで起きてることとは別件。確かこのホテルに、アナトリアとかいう女の魔術師が泊まってるだろ? あいつに届けておきたい記録をいくつか持ってきてるんだよ」
「なるほど、そういうことでございましたか。少々お待ちください」
「悪いな」
『ゴメンネ』
当然、アナトリアに届けるような書類など、こちらは一通たりとも持ち合わせていない。
だが受付の男性は簡単な確認を終えたあと、誠実な態度のまま俺たちへ視線を向けた。
「確かにアナトリア様は現在、こちらのホテルをご利用されていますね。よろしければお荷物の方をこちらでお預かりいたしましょうか? 我々が責任をもってお届けいたします」
「いや、中身が中身なんで、外部の人間に渡すのはちょっとな。部屋番だけ教えてくれないか? 俺たちが自分で届けに行くからさ。分かると思うが、権利的に厄介な記録なんだよ」
「承知いたしました。アナトリア様は五〇四号室にご滞在です」
「分かった。面倒に巻き込んで悪かったな、兄ちゃん。取っといてくれ」
そこでキースはポケットの中からしわ付いた紙幣を男に押し付けるように渡すと、足早にロビーを去った。そのままホテル内の階段を昇っていく彼に、俺も追従しながら声をかける。
「思ったよりも簡単に通れましたね。少なくとも、従業員か司書連合が同伴されるかと」
「ここまで来る道のりで、このあたりもう司書連の警備区域になってることは分かってたからな。
俺たちも司書連のフリしとけば、ある程度自由に出入りできる。向こうも変に探りを入れるより、事件が解決するまで司書連の好きにさせた方が、結果的に穏便に済むと踏んだんだろうよ」
肩を竦めながら自慢げに話すキースを見るに、この手の行動は手慣れているようだった。
こちらとしては、想定よりも遥かに順調にことが進んでいるので、何も文句はないが。
「……随分と、司書連合のやり方に詳しいみたいですね」
「まあな。そもそも俺、元々司書連合の所属だったんだよ」
「なるほど……」
『ナルホドー』
そんな会話をしながら階段を上がっていくうちに、やがて五階へと辿り着く。
さすがに客室ともなると司書連合の警備も見当たらず、目的の五〇四号室へは誰にも咎められることなく到着した。扉は当然ながら閉じられており、部屋の前で感じた限りでは、中に人の気配は感じられない。
「開けるか」
「……どうやって?」
「倫理監査委員会謹製の、どんな鍵でも開けられる秘密の魔導器がある」
「なんて危険なものを……」
そこでキースは懐から小さな魔導器を取り出したかと思うと、ドアノブへとそれを装着させる。
魔導器は静かに起動したかと思うと、ほどなくして鍵の開く音が聞こえてきた。
あまりに手慣れたその仕草に狼狽する俺をよそに、キースがドアノブへ手をかける。
「さーて、くだんの犯人とご対面……」
果たして、開いた部屋の中に立っていたのは、一人の魔術師だった。
学会に登録されている証の黒いローブに、首あたりで纏められている青色の髪。
金色の瞳がこちらを向いたのは、俺たちの来訪に気づいたからなのだろう。
その表情には、俺たちを捉えたことによる驚きと、少しの緊張の顔が浮かんでおり――。
「【跪け】」
「が、っ……!?」
その言葉を渡された直後、全身の筋肉が硬直し、ひとりでにその場へ膝をついてしまう。
身体が言うことを聞かない、というよりは、透明な誰かに身体を強く押さえつけられている感覚だった。多少の抵抗は可能だが、それでも視線を動かすのが精いっぱいだった。
「……これが……”聖言”、っ……!?」
わずかに動く眼球を動かし、目の前に立つ彼を見上げる。
「残念です、ローレンスさん。あなたのことは信頼していたのですが」
第三階梯魔術師、エンデルガストは淡々と、俺のことを見下ろしながら告げた。
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次回、VSエンデルガスト
なんで今までだいぶ味方よりだった人と戦わないといけないんだよ
原因がその場にいねえのが一番終わってるか