メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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25 静謐なる淵底の司書たち(上)

 

 静謐なる淵底の司書たち。

 メギストス・アビスフィアを信奉する、代表的な派閥の一つ。

 

 ――記憶。知識。歴証。万物の残滓を以て、我々は新たなる永遠を刻む。

 海洋の依代、『永遠』の座はその言葉を残し、再び海の中へと消えて行った。

 

 静謐なる淵底の司書たち――通称『司書連合』の目的は、記録の収集と管理にある。

 彼らにとって記録とは書籍や目録のような記述物に限らず、自然・超常を問わない現象、大陸に存在する地形・建造物、果てには生態系やその因子といったものまでが対象となっていた。

 これらの情報を記録として収集し、閲覧可能な形で管理するのが彼らの主な活動となる。

 そのため彼らは魔術学会を始めに『騎士団』や『ギルド』、オルトライズ商会といったあらゆる組織と協力体制を築いており、世界各地に拠点――彼らの言葉で表すなら、書架を置いている。

 一方、各組織における『司書連合』への認識は様々であり、学会のように彼らを疎ましく思う組織もあれば、『ギルド』やオルトライズ商会のように彼らを有効活用している組織もあった。

 しかし、どれだけ組織間の情勢が変化しようとも、彼らの成すべきことは変わらない。

 記憶、認知、歴証。その全てを収集することこそが、『司書連合』の唯一無二の役割だった。

 

 また、『司書連合』は帯銃を許されている、数少ない組織でもある。

 学会内部の倫理査定、つまり一定以上の実力を持つ魔術師と相対する可能性が高い倫理監査委員会と同じく、『司書連合』の出動は時に危険を伴うことが予測される場合もある。

 そのため彼らには記録保全にあたっての武装が認められており、所属する構成員は全て指定された火器を装備して各々の任務にあたっている。とはいえ彼らが銃を抜くのはよほどの重大な危機に直面した場合のみであり、普段は『司書連合』の所属を示す徽章として機能している。

 彼らが運用する銃は主にオルトライズ商会を通して各国から提供されているが、一定以上の権限を持つ司書の中には、完全受注(オーダーメイド)で製造された銃を装備している者もいると聞いた。

 俺が出会った司書の一人は、武器製造に長けたメノウ国産の銃を使用していた記憶がある。

 

 各国で収集された記録は、全て大陸の南方にあるヨルスラート海域へ保存される。

 その詳細は『司書連合』の極秘機密なので俺も知り得ないが、一説によるとヨルスラート海域の底には巨大な海底都市が存在し、そこにこの世全ての記録が保管されている、という話がある。

 稚拙な創作のようにも思える噂だが、しかし事実として『司書連合』はヨルスラート海域を本拠地としており、その上層部は海域内にある何らかの施設で活動を行っているらしい。

 さすがに海底都市なんて話はないだろうが、その真相は謎に包まれている。

 

 『司書連合』の最高位、『永劫書官』として祀られている、海洋の依代、『永遠』の座。

 ヴェルトゥールと名乗った彼女は、なぜ司書たちに記録の管理と収集を命じたのか。

 初代の司書たちは一体どのようにして、『永劫書官』との邂逅を果たしたのか。

 そして全ての記録が流れ着くヨルスラートには、いったい何が存在するのか。

 真実を知るのは、『永劫書官』ヴェルトゥールを名乗る『永遠』の座、ただ一人。

 彼女は鯨の形をとり、今もなお彼らの所業を見守っているという。

 

 

「エンデルガスト、っ……なぜ、この部屋に……!」

 

 俺の問いかけに、しかしエンデルガストは答えなかった。

 というよりかは、返答する余裕がないと言った方が正しかった。こちらを見下ろしていた彼は、すぐに俺の隣にいるキースへと視線を向けると、驚いたような表情を浮かべていた。

 俺も眼球だけを動かし、なんとかして隣へと視線を向けると、そこには。

 

「ああ、なるほど。古代魔術学派のお得意のアレか」

「はあ……!?」

 

 あろうことか、直立したまま訝し気に首を傾げているキースの姿があった。

 

「……申し訳ありません、もう一度だけ。【跪け】」

「ぐうっ……!?」

 

 再び宣告された”聖言”によって、俺の身体により強い力が加わる。

 だが、二度の”聖言”を喰らっても尚、キースは平然とした表情のままその場に立ち続けていた。

 その様子に、流石のエンデルガストも困ったように眉間を抑えていた。

 

「どうやら私の”聖言”が効いていないようですね?」

「悪いな、先輩いわく俺の魂は特別性でね。そういうのは受け付けねーんだよ」

「……面倒ですね」

「本当にな。色々と苦労するんだぜ、この体」

 

 一瞬の沈黙。

 直後、キースは腰に吊った銃を瞬時に構えようとしたが、それよりも先にエンデルガストが蹴りを放つ。振り抜かれた脚に対し、キースは構える動作を中断、右腕で蹴りを受け止めた。

 がぎん、と徒手空拳とは思えないような、金属音にも似た高い音が鳴り響く。

 

「……お前、なんか脚に仕込んでるか?」

「いえ、ただの身体強化魔術ですが」

「マジでえ~?」

 

 余裕そうに話しながら、キースはそのまま左手で銃を引き抜き、瞬く間にエンデルガストへ照準を合わせた。だが、それとほぼ同時にエンデルガストが銃身を強引に掴み、直後に乾いた音が鳴り響く。照準を逸らされた銃身から放たれた弾は、エンデルガストの背後にある窓へと命中した。

 銃の威力が高いせいか、硝子は砕けず銃弾のあとが残るだけになった。

 

「なんか、思ったよりも動けるんだな、お前。てっきり魔術だけの華奢野郎かと」

「これくらいでもないと、学会主席は務まりませんから。……というより、私の動きについてこれているあなたが異常では? 身体強化を施した私と、そのままの肉体で渡り合えていますが」

「ま、それなりに場数は踏んできたからな。いやあ、先輩のお守りは大変だったよ……」

 

 さめざめと当時を懐かしむように、目を伏せながら首を振るキース。

 だが、状況は硬直したままで、エンデルガストはキースの銃を、キースはエンデルガストの腕をそれぞれ封じ込め、互いに組み合う体勢となっていた。

 わずかな一手が各々の優劣を決めるような距離だが、先にエンデルガストが言った通り、身体強化を施した第三階梯と互角に渡り合えているキースの膂力も常軌を逸しているように見える。

 

「こうなったら丁度いいから聞くわ。お前、エンデルガストで合ってるよな?」

「ええ。あなたは?」

「キースだ、よろしく。で、お前なんでここにいる? アナトリアはどうした?」

「……アナトリアさんは現在、学会で保護中です。私がここに来たのは、アッシュレインさんと接触を図るためでした。テオにラヴラスさん、そしてメルティナたちにはそれぞれ、個人的な探りを入れていましてね。最後に残ったのが、アッシュレインさんだったわけですが……」

「で、運悪く俺たちに出くわしたと。もうちょっとゆっくり来てもよかったな、ローレンス」

「…………! !! ……!」

「あはは、顔やべーぞお前」

 

 二度も”聖言”を重ね掛けされた状態で、まともに喋れると思うなよ……!

 

「私としては幸運でした。テオたちの取り逃した大犯罪者の片割れが、まさかそちらから出向いてくださるなんて思ってもいませんでしたから。非常に助かります」

『アーロンモイマスヨ』

「ああ、そうでしたね。あなたもご苦労様です。やはりゴーレムは正直なところがいいですね」

『イエイエ』

「…………馬鹿……正直に……答える、な……こ、の、間抜け……!」

「なんとしても喋りたかったセリフがそれでいいのかよ」

「随分とこのゴーレムには苦汁を飲まされてきたようですね」

 

 組み合ってる合間に憐れむな……!

 

「まあ、構いません。アーロンさん、【突撃】」

『アバーーー!?』

「うおっ!?」

 

 エンデルガストの”聖言”を受けたアーロンが、急激に加速してキースへと飛び掛かる。そこで彼も初めて焦りを感じたようで、アーロンの突進を避けるために、俺がいる方へ大きく飛び退いた。

 だが、彼の手にしていた銃はエンデルガストの手に渡ってしまう。

 

「終わりです。大人しく……」

 

 そのままエンデルガストはキースの銃を構え直し、こちらへ照準を向ける――が。

 

「おっと待ちな! コイツがどうなってもいいのか!?」

 

 その瞬間、キースは俺の襟首を掴み上げ、自らの盾にするようにして声を上げた。

 

「!? ……!!? !、!??」

「彼はあなたの仲間では?」

「どうだかな。実際、おたくらのいざこざに俺は関係ねーし。ここで見捨ててもいい」

「!!! ……!? !?!?」

「……ローレンスさん、【発言を許可】します」

「っ、は……!」

 

 エンデルガストの宣告によって、ようやく閉じ切っていた喉が開く感覚がした。

 だが、依然として彼はこちらに銃口を向けたままで、身体の自由も未だに縛られている。

 下手なことを喋れば、彼は躊躇なく引き金を引くだろう。

 

「あ、アッシュレインが犯人かもしれません! 今朝イスカはリノンを蘇生し、彼女と協働して例の魔導器の解析を行いました! その結果、彼女はある特定の人物ではなく、魔獣に近い生命体を蘇生した疑いがあります! 確定した情報ではありませんが、可能性は充分にあります!」

 

 考える間もなく、俺の知っている限りの情報を、出来る限り端的に伝える。

 こちらへ向けられる銃口が退けられることはなかったが、しかしエンデルガストは俺の言葉に、明らかに動揺したような素振りを見せていた。

 

「魔獣? あんなものを蘇生した可能性が……本当に?」

「はい。二人の第四階梯が導き出した結論です。疑う余地はないでしょう」

「ついでに言うと、アッシュレインのゴーレムには、奴が蘇生したイヌの魂が入ってるかもしれねえんだってよ。俺は実物を見てねえから何とも言えねえが……主席さん、心当たりは?」

「……ありますね。彼女の所持しているゴーレムは言語機能が搭載されていましたが、発言には知性的なものがまるでありませんでした。言葉を選ばずに表現するなら、アホでしたね」

『ホントニネ。ブモブモウルセエダケノ毛玉ガヨ』

 

 同じようなアホのゴーレムが、床の上で上下に体を揺らしていた。

 

「分かりました。その証言は信じましょう。しかし、あなたをここで見逃すわけにもいきません。ご自身でも理解しているとは思いますが、あなたは現在、学会の禁庫からアルバトラの古書を盗み出した、大犯罪者の片割れですからね。正式に捕えさせていただきます」

「……アッシュレインはどうするつもりだ?」

「それよりも、まずはご自身の心配をした方がよろしいのでは?」

 

 これ以上会話を続けるつもりはないらしく、エンデルガストは拳銃をこちらへ構え直す。

 

「う、撃つつもりですか? 本当に?」

「まさか。こんな道具よりも、確実なものがあります。ローレンスさん、【彼を拘束しなさい】」

「っ……!?」

 

 エンデルガストが”聖言”を宣告した直後、俺の腕が勝手に動き、背後にあるキースの腕を力強く掴んだ。自身の膂力というよりは、やはり外部からかけられた力によって、身体を無理やり動かされているような感覚だった。当然、人体には難しい動きなので、腕の関節に大きな痛みが走る。

 

「あ、ぐっ……!?」

「ああ、これ人体の可動域も無視できるのか。ホント便利な術式だよな」

「同時に危険性も孕んでいますがね。ですから普段は語彙を絞って運用しています」

「その方がいいな。言い方によっちゃ見てられない事になるだろうし」

 

 呆れたように言ったキースは、次の瞬間、俺の襟首から手を離す。

 それと同時に俺の身体はぐるりとキースの方に向かい、ひとりでに彼を拘束するよう動いた。

 だが、それよりも速くキースは俺の腹を蹴り上げ、エンデルガストの方へと吹き飛ばした。

 

「があ……っ!」

「っ、ローレンスさん、【伏せなさい】!」

「うおぉ……!?」

 

 こいつら、どこまで人の身体を好き勝手……!

 

「そろそろ俺の銃返せよな!」

「っ……!?」

 

 地面に蹲る俺の背中に手をついて、キースがエンデルガストへ蹴りを入れる。

 その威力は身体強化を施した彼の身体でも受け止めきれなかったようで、エンデルガストはよろめきながら壁へと押し退けられた。その衝撃によって床に転がった拳銃をキースが拾い上げ、そのまま照準を窓へ向けて何度か引き金を引いた。

 乾いた音が幾つか鳴り、その直後に窓が粉々に砕け散る。

 それを確認したキースは再び俺の襟首を強引に掴み、俺の身体を強引に引きずり始めた。

 

「ほら、ローレンス。さっさと行くぞ。アーロンもこっち来い」

『アイ!』

「ちょ、ちょっと、待っ……身体がうまく、動かなっ……!?」

「逃がすと思いますか……!」

「別にお前がどう思ってようが関係ねえよ」

 

 言葉と同時に、キースが懐からいくつか、小さな金属の塊のようなものを投擲した。

 地面に転がるそれを合図に、俺はキースに引きずられながら窓から外へ飛び降りる。

 

「じゃーな」

「っ、【待ちなさ――」

 

 エンデルガストが宣告しようとした”聖言”は、しかし鼓膜がそのまま破れてしまいそうなほどの轟音によってかき消される。あまりにも突然のことで一瞬呆気に取られたが、黒煙を上げながら崩落したホテルの一角を視認したところで、先ほどの投擲物の正体にようやく気が付いた。

 

「ば、爆弾!? あ、え、エンデルガストは無事なんですか!?」

「あんだけ身体強化できるなら問題ないだろ。ケロっとしてるぜ、どうせ」

 

 いや、見たところ部屋が丸ごと吹き飛んでるような威力だが……!?

 

「そ、それよりも着地は!? 五階からの落下はさすがに死にますよ!」

「おい、アーロン!」

『ハイ!』

「踏ん張れ!」

『エ?』

 

 あろうことかキースは同じく落下、というよりは俺たちと並走する状況になっているアーロンに手をかけ、落下の速度を軽減させるよう試みた。だがいくらアーロンに浮遊機能があるとはいえ、成人男性二人分の重量負荷に耐えられるはずがない。

 

『イ”ヤ”ー”ー”ー”!!!??』

「っ、尻尾……!」

 

 見兼ねた俺も咄嗟にメギストスの尾を呼び出し、ホテルの壁へとそれを突き立てる。

 出来れば街中でこれを出したくなかったが、衆目を気にしているような状況でもない。

 がりがりとホテルの外壁を傷つけながらも、俺たちの落下速度は次第に収まっていった。

 それから数秒後、しっかりと着地したキースに対し、俺は身体を地面に投げ出された。

 

「よし、なんとかなったな」

「どこがですか……」

 

 背中に伝わる痛みも相まって、思わずそんな苦言が漏れる。

 どうやら俺たちが落下したのはホテルの裏手らしく、街中に放り出されたわけではないらしい。

 先の爆発によって起きた喧騒は、かなり遠くから聞こえてくる。

 ゆっくりと身体を起こすと、視界の端に困惑するメギストスの尾が映った。

 手で払うようにすると、それはひとりでに俺の身体へと戻っていく。

 

「で、これからどうする?」

「……まずはアナトリアたちと合流しましょう。アッシュレインの捜索に協力してもらいます」

 

 少なくとも今の戦闘で、エンデルガストへ伝えたいことは伝えられた。

 であれば、次はアッシュレインの確保を目標として動くべきだろう。

 それにこのホテルでエンデルガストと遭遇したなら、エストレア支部は安全と見ていい。支部の方にはテオドールとラヴラスがいるだろうが、それでも合流を優先するべきだ。

 ……あの規模の爆発であれば、エンデルガストもすぐには動けないはず。

 状況が混みあう前に、出来る限りカタをつけたい。

 

「ならとっとと行くぞ。さっきの爆発で人も集まってくるだろうしな」

「それに関してはあなたのせいですよね?」

『コイツヤバー……』

 

 こちらへ一瞥もせずに歩き出したキースに、俺も痛む身体を起こしてその後を追った。

 

 

 エストレア支部には司書連合による管理網が張られており、先のホテルでの爆発もあってか支部内は連合の構成員たちが慌ただしく動いていた。しかし彼らは俺たちを同じ連合の構成員だと判断しているらしく、銃を見える箇所に携帯していれば特に関心は持たれなかった。

 

「つーわけで、エンデルガストが襲撃された。犯人はたぶん今回の事件の首謀者だ。俺たちは元々アイツの護衛だったんだが、負傷したアイツからメルティナとアナトリアの保護を頼まれてな」

「エンデルガストの護衛……? こちらからそんな隊員を派遣した覚えはないが……」

「アホ、公にしたら意味ないって分かるだろ。それよりもさっさとアナトリアとメルティナがいる場所を教えてくれ。もしかしたら犯人が、次はそいつらを狙うかもしれねえだろ?」

「……信頼していいんだな?」

「主席から直々にご指名受けた司書だぜ? 安心して任せてくれよ」

『マカセテクレヨォ』

 

 キースは到底素面とは思えないようなウソを次々と吐いていたが、そのやり取りは実に慣れた様子で、あっさりと司書連合の部隊長からアナトリアとメルティナの居場所を聞き出していた。 

 もはや詐欺師のような手口で入手した情報を元に、支部内を捜索していく。

 

「第二資料保管庫……ここだな?」

「エンデルガストの話では、保護されているとのことでしたが」

「どうだかな。ローレンス、お前が開けてくれ。俺は攻撃できるようにしておく」

 

 腰の銃に手をかけるキースに、言われるがまま扉をノックする。

 

「はーい? 開いてるから入ってきていいわよ」

 

 なんとも呑気なアナトリアの声が聞こえてきたので、そのまま扉を開けた。

 

「……ローレンス? なんであなたがここに……」

 

 果たして最初に見えたのは、部屋の中央で退屈そうにティーカップを傾けるアナトリア。

 

「ローレンスさん、戻って来てたんですか?」

「まあ。ご無事でしたのね。何よりですわ」

 

 おそらく彼女に付き合っているのだろう、上品に紅茶を嗜んでいるメルティナと、その隣でもりもりとクッキーを頬張っているリナ。

 そして……。

 

「……は? ローレンス・エルマーク……?」

 

 カップに注がれた紅茶が零れるのも構わず、驚愕のまま席を立つ女の魔術師。

 魔導器構造学派所属、第二階梯魔術師、ラヴラス・ジュライセン――。

 

「っ、ローレンス・エルマーク! あなたを直ちに拘束します!」

 

 俺が反応するよりも先に、ラヴラスは腰から杖のような魔導器を取り出すと、即座に術式を展開。すると彼女の周囲に無数の鎖が出現し、意志を持つかのようにこちらへ襲いかかってきた。

 咄嗟に身を捩って回避するが、そのうちの一つが俺の腕に巻き着いてしまう。

 

「なぜ貴女がここに……!」

「それはこちらのセリフです! メルティナ・オーランド! これはいったいどういう……!」

「私たちもこの事態は予想外ですわ。しかし……もう演技する必要もありませんわね?」

「なんですって……? まさかあなたたち、最初から私を騙して……!」

 

 不意に立ち上がったメルティナにラヴラスが声を荒げる。

 だがその瞬間、一発の銃声が鳴り響き、俺とラヴラスを繋ぐ鎖を断ち切った。

 音の鳴る方を見れば、そこには煙を立てる拳銃を握るキースの姿があって。

 

「出会い頭に人のこと縛り付けるなんて、とんだ物好きの嬢ちゃんだな」

「っ、あなたは……! ……? 誰?」

「えっ、誰?」

「ローレンスさん、その人誰ですか?」

「どちら様でしょうか?」

 

 キースの言葉に、ラヴラスまでもを含めた四人が一斉に首を傾げてしまう。

 ……いやまあ、それもそうか。ここにいる人間がキースのことを知るわけがない。

 こちらに視線を向けながら肩を竦めるキースの代わりに、俺が説明をすることにした。

 

「彼はキース。かつてリノンの助手を務めていた、倫理監査委員会の人間です」

「リノンの助手……? ということは、リノンの蘇生には成功したの?」

「はい。現在、イスカとリノンはハルヴォーク内の研究施設にて待機している状態です」

「そんな……まさか、本当に第四階梯を蘇生したというんですか!?」

 

 俺の言葉に、ラヴラスが信じられないといったように表情を歪める。

 その反応を見るに、既にアナトリア達から俺たちの情報は聞かされていたのだろう。

 そんな彼女に対して、俺は出来る限り落ち着いた声で話しかけた。

 

「申し訳ありません、ラヴラス。あなたを巻き込むつもりはありませんでした」

「……わかりません。あなたたちの目的はいったい何なんですか?」

「我々の目的はアッシュレインの確保であり、それは学会側と一致しているはずです。イスカとリノン、二人の第四階梯の見解によると、彼女は魔獣の蘇生を試みた疑いがあり、現在も姿をくらましている……どれだけ危険な状況か、第二階梯のあなたであればご理解いただけるかと」

「ま、魔獣の……蘇生? ……そんな馬鹿げた話を信じろと言うのですか?」

「難しいということは分かっています。ですが、アッシュレインの確保について我々は協力を惜しむつもりはありません。それに事が終わり次第、然るべき処罰も自分は受けるつもりです」

「…………それで納得できると思いますか?」

 

 いくらかの思考の逡巡を終えたラヴラスが、鋭い目で俺のことを睨みつける。

 もちろん彼女が協力する姿勢を見せてくれるとは思っていない。

 それはキースも同じ考えだったのか、銃を構えたまま彼女の方へと歩み出していた。

 

「思ったより根性ある嬢ちゃんだな。どうする、ローレンス?」

「……非常に心苦しいですが、人質にしてしまいましょう。彼女をこちらに留めておけば、学会側も下手には動けないでしょうし。もちろん、彼女に危害を加えるつもりは一切ありませんが」

「あなた、だんだんやり方がイスカと似てきたわね……」

「自覚はあります」

「ローレンス・エルマーク……あなたは自分が何をしているのか、理解しているのですか?」

「はい。開き直った、と捉えていただいて構いません」

 

 アルバトラの古書の略奪に協力し、アナトリアたちを人質に取り、リノンを蘇生させた。

 今更人質が一人増えたところで、何かが変わるわけでもないだろう。

 それに実際、我々も学会も同じアッシュレインの確保を目的に据えている。

 双方互いに情報と人員を欲しているのもまた事実だ。

 

「で、嬢ちゃんはどうする? 一、二……五対一だが」

『ハ?』

「悪い、六対一だ。乱暴するか? 無事で済む保証はできねえけど」

「……いえ。ここで私が抵抗したところで、状況が変わるとも思えませんね」

「いい子だ」

 

 ラヴラスも思うところは多数あるだろうが、それでもこの場において戦闘することは得策でないと判断したらしい。最終的に彼女は俺たちの提案を苦々しくも受け入れ、手にした杖を収めた。

 それを見たキースも肩をすくめながら拳銃を腰へと戻す。

 

「ありがとうございます、ラヴラス。無碍に扱うことだけはないと約束します」

「礼は結構です。私もあなたを許容するつもりはありませんから。ただ……あなたが誠実な人間だということは、アナトリアやメルティナから聞いています。ことが終わり次第、あなたは学会に出頭し、先ほどご自身で仰ったように然るべき処罰を受けるべきです」

「……ええ。その時はイスカも一緒に連れて行きます。引きずってでも」

 

 そこまで話したところでラヴラスはふと、深く息をついてから、

 

「情けない……。テオドール様に推薦を頂いた身として、こんな醜態を晒してしまうなど……」

「相手が悪いわよ、相手が」

 

 両手で顔を覆うラヴラスの背中をアナトリアが慰めるように叩く。

 同じテオドールに推薦を受けた者同士、この二人は前々から面識があったのだろう。

 そうして顔を俯かせている彼女へ、改めて問いかける。

 

「ラヴラス、アッシュレインの潜伏先に関して、学会側はどこまで情報を?」

「申し訳ありませんが、我々もこれといった手掛かりを掴めていないのが現状です。元より彼女は評定会で自身のゴーレムに代理発表をさせるような変わり者ですから。おそらく、評定会の帰還中に本人と交流した人間は、エンデルガスト様と……」

「ホテルで同室だった私だけでしょうね」

 

 ラヴラスの言葉に続くように、アナトリアがそう言って肩を竦めた。

 

「確かアナトリア様は、アッシュレイン様とかねてより交流がおありでしたわよね?」

「ゴーレム作成の時に少し話して、それから。自分で言うのも何だけど、懐かれたのかもね」

「ホテルで同じ部屋を取るくらいですもんね!」

「言っておくけど、あの子が勝手に私についてきただけだから」

 

 世話焼きの彼女のことだ。今は憤慨している反面、アッシュレインとの関係はそれなりに良好だったのだろう。でなければ、わざわざ同じ部屋に泊まったりしないはずだ。

 そこまで話したところで、アナトリアががくりと肩を落とす。

 

「アッシュレインったら……あの子、本当に何してるのよ……」

「子細は全て、彼女の口から聞くほかありませんわ。アナトリア様、どうか気を落とさずに」

 

 そんな話を続けている中で、ラヴラスが口を開く。

 

「現在、エンデルガスト様がお二人の宿泊しているホテルの部屋に向かっています。今に至るまで報告は受けていませんが、もしかすると何か手掛かりが掴めるかも……」

「ああ、あいつならボコして部屋ごと爆破したから、しばらく動けないと思うぜ」

「……は? 爆破? あなたたち、エンデルガスト様にいったい何を……?」

『アーロンハ知ラナイモンネー』

 

 話がややこしくなってくるので、困惑するラヴラスへ強引に質問を投げる。

 

「アッシュレイン個人というより、現在のエストレア国内で潜伏できそうな場所に心当たりはありますか? 最低でも学会と司書連合、ふたつの勢力の警備網をかいくぐれるような場所が」

「そんな都合のいいとこあるわけないでしょ。特に今回は司書連合と学会が合同で動いてるもの」

「それこそ、私たちがいたメルティナさんの研究施設くらいじゃないですか?」

「そうですわね。ですがあの研究施設も、最終的にテオドール様に発見されてしまいました。それに発見されたのも、イスカお姉様が明確に追われる身だったからこそです。アッシュレイン様の捜索にあたって、同じような線で考えるのは少し安易な気がしますわね」

「……少なくとも、国外への逃亡は無いと思います。現在、エストレア国外へ繋がる道には、”博闢の門”も含めて全て検問が敷かれていますので。通行者は全て司書連合による検閲を受けなければいけないため、よほどのことが無ければ出国は不可能と考えていいかと」

 

 各々が持つ情報を出し合ってみるが、これといって決定打となるものはない。

 だが、やはりアッシュレインは現在もエストレア国内に潜伏していると見ていいだろう。

 ……思考が凝り固まってきたので、視点を変えてみる。

 

「仮に我々がアッシュレインの立場だった場合、どこに潜伏するのが正解だと思いますか?」

「支部内だろ」

 

 俺の問いかけに間髪入れずに答えたのは、キースだった。

 

「さっきから聞いた感じ、アッシュレインは顔が全く割れてねえんだろ? なら適当に学会支給のローブでも着てりゃ、そこら辺歩いてたって誰もそいつって気づかねえんじゃねえの」

「……確かにあの子の顔を知ってる人は少ないから、可能かもしれないわね。何なら今、支部内はイスカがやらかした事件のせいで大混乱だもの。騒ぎに乗じて、シレっと隠れてるのかも」

「それに今、司書連合が動いてる理由ってイスカとコイツ(ローレンス)の捕獲だろ? だったらなおさら、一度コイツらが荒らした支部内の警備は手薄になるって考えていい。司書連の連中だって人員には限りがあるんだ。もう荒らされた場所に人間置いてもあんまり意味ないだろ」

「つまり支部内でイスカお姉様が戦闘を行った場所であれば、安全に隠れられると?」

「怖いから保険かけとくが、傾向的にそうだと思っただけな」

 

 キースは最後にそう付け足したが、彼の判断もあながち間違いではないと思う。

 俺とイスカを捕まえるために司書連合が動いているのなら、支部内に警備の重点を置くよりも、俺たちを捜索するべく”博闢の門”付近や、各地の街道への人員配置を優先するだろう。

 それに、司書連合の人員の事情についても同感だった。

 実際は状況によるのだろうが、とはいえイスカが支部内を荒らしまわり、国外へと逃亡したのが現状だ。その観点からしても、支部内の警備体制は緩和していてもおかしくない。

 であれば、その状況を利用したアッシュレインが、警備の薄い支部内に身を潜めるのも頷ける。

 

「そう考えると一点、隠れるのには都合のいい場所がありますわね」

「ええ。荒らした当人であるローレンス様であれば、よくご存知なのでは?」

「……禁庫へと続く地下通路ですか」

 

 先日、イスカが司書連合の構成員を蹂躙し、ラヴラスとテオドールを退けた場所。

 あそこであれば、キースの提示した条件にも一致するだろう。

 

「決まりだな。とりあえずそこから当たってみるか。嬢ちゃん、案内頼んだ」

「……今更ですが、なぜこのキースという男は当然のように仕切っているんですか?」

「自分が出会ってから、彼はずっとこうです」

 

 ”魂の帰路”の解析の際、ハルモニアが辟易としていたことを思い出す。だが、司書連合のやり方を熟知していたり、エンデルガストを退けたりと、その技量には目を見張るものがある。

 特に理由がなければ、彼に先導を任せるのが無難だろう。

 

「俺はとっとと事を終わらせて酒が飲みてえんだよ。ほら、さっさとするぞ」

「はあ……。分かりました。ご案内します」

 

 そうして肩を落としながら歩き出すラヴラスの後を、俺たちも追った。

 

 

 エストレア支部の地下通路内は、キースの言う通り司書連合の警備はほとんどいなかった。

 それこそ入口を数人の構成員が監視しているだけで、彼らは俺の身元も当然知るわけもなく、調査という名目で簡単に道を明け渡してくれた。ラヴラスもここで面倒事になるのは不利益だと悟ったのか、彼らの前で俺の正体を明かすような素振りは見せなかった。

 そうして通路を進んでいく中、ラヴラスが現状の地下通路の状況を共有してくれた。

 

「この地下通路は支部内に置かれたそれぞれの施設から入場することができます。最終的な到達点は禁庫前の広間ですが、先日起きた戦闘で壁が損傷し、現在はエストレアの下水道の一部と繋がっています。イスカ様とローレンス様の捜索を優先しているので、修復は後回しになっています」

「まあ、あれだけの暴れようだったものね。壁の一枚や二枚壊れてない方が不思議よ」

「本当に申し訳ありません……」

「今更謝罪など意味がないことは、あなたも充分ご理解しているのでは?」

 

 隣で交わされるラヴラスとアナトリアの会話に、俺はそう謝罪するほかなかった。

 だが、ラヴラスは怒りを滲ませたような瞳で俺のことを睨みつけている。

 

「ですがラヴラス様、今回の件でイスカお姉様はアルバトラの古書を手にし、”博闢の門”の再開発を成し遂げたのですよ? これは私たち魔術師にとっては、確かな利益となるはずですわ」

「……確かに、これまで商会が権利を独占していた”博闢の門”を我々が自由に利用できるようになったのであれば、学会にとって大きな利益となるでしょう。しかし、そのために略奪行為を行ったこと、そして司書連合と我々に人的被害を及ぼしたことは、明らかな問題です」

「その点に関しては、これ以上私たちが話しても仕方ないわね。エンデルガスト含めた、学会の上層部に判断してもらうしかないわよ。私はなんだかんだトントンになると思ってるけど」

 

 アナトリアはイスカに第三階梯の推薦状を書いてもらうと約束しているので、ひそかに彼女の地位が下がらないよう願っているのだろう。そういうところはらしいというか、何と言うか。

 そんな三人の第二階梯魔術の会話を聞いて、ふとアーロンを抱いているリナが、こっそりと。

 

「大前提なんですけど、そもそもイスカさんって”博闢の門”を公開すると思いますか?」

「するわけないだろ……」

『スルワケナイネー』

 

 呆れたように俺が返した言葉に、アーロンも肯定するように言葉を続ける。

 そうして、先を行くキースが立ち止まったのは、しばらく地下通路を進んでからのことだった。

 

「……何かやってるな」

「え?」

「ちょっと俺だけ先に見てくるわ。全員待機で」

「キース?」

 

 一人で先行し始めるキースに、慌ててその隣に並ぶ。

 

「何があったんですか?」

「さあな。ただ、なんか妙な音がしたから、気になっただけ」

「……音?」

「ほら、また聞こえてきた」

 

 耳を澄ましてみると、たしかに奥の方から風切り音のような異音が聞こえてくる。

 地下通路はそのまま屋外に繋がっているような箇所もあるため、その類かと思ったが。

 妙にその音が近づいて来るのを感じ取ったのと、キースが声を上げたのはほぼ同時だった。

 

「……あ、これこっち来るな」

「え?」

「おい、全員備えろ! なんか飛んで来るぞ!」

 

 緊迫したキースの言葉に、即座にラヴラスが反応して魔力障壁を展開。アナトリアはそれに隠れるようにして迎撃態勢を取り、メルティナはリナを庇うようにして二人の背後に控えた。

 俺とキースはそれぞれ左右に飛び退いたところで、正面から何かが飛来するのが見える。

 

「うおおおおぉぉぉっ、おおおおおお!!?」

 

 野太い悲鳴と共に高速で飛来してきたそれは、ラヴラスの展開した魔力障壁に衝突。

 衝撃によって砂埃が舞い上がるが、それは直後に振り抜かれた光の剣によって晴らされる。

 果たして、魔力障壁に体を預けるようにして倒れていたのは――。

 

「あのバケモンやってくれたな! どこまで飛ばしてくれるんだよ!」

 

 古代魔術学派所属、第三階梯魔術師、テオドール・ヴァーナレフ。

 彼は苛ついたように光の剣を振りながら立ち上がると、すぐ俺たちの存在に気が付いたようで、剣を構えながらも少しばかり驚いたような表情を浮かべていた。

 

「ラヴラスか! それにローレンスまでいるじゃねえか!」

「テオドール様!? なぜこちらに!?」

「諸々の話は後にするぞ! この先にアッシュレインがいる! 戦えるやつはついて来い!」

「アッシュレインが?!」

 

 どうやら彼も彼で、エンデルガストとは別に彼女の潜伏先を探っていたようだった。

 そして俺たちと同じ結論へと至り、先に彼女と相対することになったということだろう。

 

「よしきた! さっさとアッシュレインとやらを捕まえて帰るぞ!」

「えっ誰コイツ!?」

 

 真っ先に駆けだしたキースの後を、困惑しながらテオドールが並走する。その後を俺もアナトリアと並びながら追って、メルティナ、リナ、ラヴラスが背後に続いた。

 

「アッシュレインはこの先に?」

「ああ。お前らが好き勝手暴れ回った地下通路を根城にしてた。俺も怪しいとは思ってたんだよ。だからこっそり調べようとしたら、とんでもないバケモンと出くわしてな!」

「まさか、魔獣……!?」

「見てみりゃ俺が言いたいことも分かる!」

 

 やがて俺たちが辿り着いたのは、先日もイスカが暴れまわった禁庫前の広間だった。

 壁や床には未だ破壊の痕跡が残っており、ラヴラスの言う通り修繕は全く進んでいないらしい。また、下水道に繋がっているであろう亀裂も散見され、周囲には汚水の生臭い臭いが漂っている。

 だがそのどれよりも、真っ先に俺たちの目を引いたのは。

 

『ブ ー” ー” モ” ー” ー”』

「うっわ、でっか!」

『デカスギ!』

 

 アッシュレインが所持するゴーレム、通称わたぽん。

 あの時はそれこそアナトリアが担いで運べるくらいの図体だったが、今目の前に聳えるそれは、ゆうに小さな家一軒ぶんの巨躯を誇っていた。その巨体にリナとアーロンが驚きの声を上げる中、俺はその傍に佇む一人の魔術師へと目を向ける。

 くすんだ金色の長い髪に、柘榴を潰したような赤黒い色をした瞳。袖を通しているのは学会指定の黒いローブで、年齢はもしかすると俺とさほど変わらないのかもしれない。

 

「彼女が?」

「ああ。引きこもりの準元観測学派だよ」

 

 準元観測学派、第一階梯魔術師、アッシュレイン。

 彼女は俺たちのことを認めたかと思うと、気だるげに言い放った。

 

「え……? なんか増えてない……?」

「アッシュレイン! あなた何してるのよ!」

「あ、アナトリアだ」

 

 首を傾げるアッシュレインへ、最初に言葉を放ったのはアナトリアだった。

 その声には怒りもそうだが、焦燥のような感情がうっすらと滲んでおり、友人だった彼女がこの事態に関与していたことへの失望が読み取れた。しかしアッシュレインの方はそれを意にも介していないようで、巨大なわたぽんの毛並みを撫でながら、ついでのように答えた。

 

「何って……まあ、色々と。やりたいことがあったからね、それの最終段階」

「やりたいこと? その意味不明な毛玉でいったい何するつもり!?」

「毛玉って……。いや、いいや、もう。教える気はないよ。誰かに共有するつもりもない」

 

 質問を渡したアナトリアに、彼女は視線も向けずにそう答えた。おそらくアナトリアが想像していたよりも冷たい応答だったのだろう、彼女は一瞬、目を見開いたあとに顔を歪ませる。

 

「あなたねえ……! いったいいつになったらマトモに私の話を聞いてくれるのよ!」

「別に聞いてないつもりはないよ。ちゃんとアナトリアが言った通り、帰ったらシャワー浴びてるし、朝ご飯はちゃんと食べてるし。わたぽんの抜け毛も毎日掃除してるよ?」

「そういうことじゃないでしょ!? あなたっていつもそう! 人の話を聞く気がないっていうか、根本から他人と噛み合わないっていうか……! もっと外に出て人と会話しなさい!」

「またそうやってお母さんみたいなこと言う……」

 

 ……だんだん痴話喧嘩みたいになってきた状況に、俺とキースは顔を見合わせる。

 その隣でテオドールは、会話の勢いで前のめりになるアナトリアを守るように陣取った。

 

「アナトリアさん、危険です。ここは第三階梯の俺が……」

「どきなさい! あの子は私がきっちり叱ってあげないといけないの!」

「ええー……」

 

 だが、アナトリアはテオドールの制止を遮り、アッシュレインの元へ歩き出してしまう。

 

「今日こそはあなたを更生させてやるんだから!」

「別に頼んでないじゃん。これ以上、私に関わらないで……」

「何より私の開発したゴーレムで悪いことしたら、私にも問題が飛び火するのよ!」

「あ、気にしてるのってそっち?」

 

 目を丸くしたアッシュレインは、しかしアナトリアの意図を理解しているのか、隣に控えるわたぽんを軽く叩く。それと同時に、アナトリアは魔術式を展開、後方に疑似的な回路を構築し――

 

「マルドゥーク!!」

『ここに!』

「わたぽん!!」

『ブ モ” !”』

 

 二人が叫んだその瞬間、虚空から出現したマルドゥークと、それに立ち向かうわたぽんが衝突。

 直後に発生した衝撃波は凄まじく、ラヴラスが咄嗟に展開した魔力障壁がなければ俺たちは後方に吹き飛ばされていただろう。舞い上がった煙塵が晴れた先には、巨大な毛玉と空想神格体が互いに組み合うという、なんとも筆舌に尽くしがたい異様な光景が広がっていた。

 その光景に圧倒される俺たちを、テオドールが手招きして呼び寄せる。

 

「状況がよくわからんが、とりあえずお前らはアッシュレインの確保するためにここに来たってことでいいんだよな? 特にそこの略奪犯の片割れ。お前も目的は同じだろ」

「それで問題ありません。イスカもじきに到着……というより、呼び寄せる予定です」

「味方なら結構。そしたら、あの毛玉はマルドゥークと俺、ラヴラスで担当する。ローレンスと、そこの……銃持ちってことは司書連合の人間か? お前らはアッシュレインの確保を頼んだ」

「いいぜ。どうせあんなデカブツ、俺じゃ無理だからな。対人間の方が楽でいいわ」

「では、私はここでリナ様の護衛を致しましょうか」

「頼んだ。つーかなんでこんなとこに学生連れてきた?」

「面白そうだったのでついてきちゃいました!」

「お茶目さんめ」

 

 テオドールの指揮でそれぞれ役割が簡易的に決まり、各自がそれに従って動き出す。

 

「アーロン、お前は”博闢の門”の準備を頼んだ」

『アイ!』

 

 リナの手から離れたアーロンを拾い上げ、先に動き出したキースの後を追う。

 広間の中央では未だにわたぽんとマルドゥークが殴り合いを行っており、見た限りそれぞれの出力は拮抗に見える。あの毛玉がなぜあそこまで巨大化したのかは全くの不明だが、それでもマルドゥークはその巨体に立ち向かい、依然として戦闘を継続していた。

 

「派手にやってんなあ。今の魔術師って全員あんなドンパチやるのか?」

「アナトリアが特殊なだけです。あそこに第三階梯のテオドールと、第二階梯のラヴラスが加わるなら、こちらへの被害は心配はしなくてもいいでしょう」

 

 広間の壁面を沿うように移動し、ちょうど半周する形で反対側へ。その時点でアッシュレインはこちらへ迫る俺たちへ気づいたようで、気だるげに後ろ髪を掻いていた。

 

「うーん……。意外と大所帯で来られちゃったなあ……」

 

 彼女の様子を伺う限り、特に緊迫した様子はない。そこから鑑みるに、わたぽんを他に回している状況になっても、なにかしらの手立てを用意してあるのだろう。

 なのでこちらも出し惜しみをせず、先制を打つことにする。

 

「まあいいや。私だって一応魔術師だし。階梯持ってない人に負け――」

「アーロン、門を開けろ。さっさと終わらせるぞ」

『ンベアー』

「え?」

 

 俺の指示を受けたアーロンが、上空に”博闢の門”を展開する。

 円環状に広がる”博闢の門”から姿を現したのは、白いローブを身に纏う二人の魔術師だった。

 

「や、やっと、開いた……! ろ、ローレンス……! 成功、した?」

 

 一人は天から降り立つように、浮遊しながらこの場の状況を俯瞰する、イスカ。

 

「え? あ、うわあ!? 落っこちるぅ!?」

 

 もう一人は慌てながら落下し、同時に現れたハルモニアに受け止められた、リノン。

 

「ちょっとローレンス! リノン先輩がこれ以上ぺちゃんこになったらどうすんの!?」

「これ以上って何ですかニアちゃん!?」

 

 ハルモニアとリノンやり取りを後目に、イスカへ指示を送る。

 

「イスカ、あそこにいる金髪がアッシュレインだ。命を取る以外好きにしていいぞ」

「うんっ……!! あ、あたし、頑張るね……っ!」

「ちょっ」

 

 俺の指示を受けたイスカは急激に加速し、アッシュレインの方向へと向かっていく。

 アッシュレインも防御態勢を取ったが、イスカが即座に起動した振動の魔術で後方へと吹き飛ばされる。だがイスカは攻撃の手を止めることなく、壁に激突した彼女へそのまま突撃。彼女を壁に押し付けたまま振動の術式で強化した拳を連続して振り抜いた。

 

「こ、のっ! この、犯罪者め……っ! お、大人しく降伏、しろ……っ!」

「んぶっ、んぼっ、ちょっ、と、待っ、おぶっ!」

「だ、第一階梯の雑魚のくせに、っ……! へ、変なことしやがって! あんたのせいで、あ、あたしまで迷惑してるんだ、ぞ……っ! ど、どうしてくれるんだ、っ!」

「し、知らない……おぶっ!?」

 

 あまりにも一方的な暴力の嵐だった。むごすぎる。

 だが、アッシュレインも意識はかろうじて健在なようで、なおも反撃の意思を見せていた。

 イスカはその挙動すらも煩わしいと言わんばかりに、苛立ちのまま彼女の胴体を蹴り飛ばす。

 宙に舞った彼女の身体は、床を何回か跳ねた後、仰向けになって地面に投げ出された。

 起き上がろうとした様子も伺えたが、脳震盪でも起こしたらしく満足に動けてはいない。

 そうしてもぞもぞと地面を這いずるアッシュレインの身体を、イスカが勢いよく踏みつけた。

 

「か、観念しろ……っ!」

「し……死ぬ…………」

 

 その一部始終を静観していたキースが、呆れたように告げた。

 

「アレが現代の第四階梯なのはちょっと頭イカれてないか?」

「彼女の選抜に関しての意見はエンデルガストに言ってください」

「ニアちゃん? さっきからどうしてボクの目を塞いでるんですか?」

「いやー、アレは見せられないし見せたくないでしょ」

 

 リノンの両目を手で覆うハルモニアを後目に、イスカの近くへと歩み寄る。

 その際に広間の中央へ目を向けると、二台のゴーレムの闘いもじきに決着が着くようだった。

 ここでアッシュレインにわたぽんの停止命令を遅らせれば、その決着も早まるだろう。

 そのためにも、彼女の腹をぐりぐりと踏みつけるイスカへと声をかける。

 

「イスカ、もういい。彼女にゴーレムの停止命令を」

「うんっ! ……お、おい、起きろっ! あの毛玉をさっさと止めろ!」

 

 イスカがアッシュレインの襟首を掴んで引っ張り上げるが、彼女は依然として意識が朦朧としているらしく、焦点の合わない目でイスカと俺を交互に見やっていた。さすがにここまで意識が混濁するとは思わなかったので、頬を叩いて意思の疎通を試みる。

 

「アッシュレイン、聞こえますか」

「わざわざ第四階梯が出張ってくるなんて聞いてない……」

「あなたはそれほどの事件を起こしたということです」

「うぅ……わ、私にはまだ、やりたいことがあるのにぃ……」

 

 視線を彷徨わせるアッシュレインを見るに、まだ彼女に諦める意思はないらしい。

 イスカもそのことに気づいたらしく、彼女の髪を両手で掴み、その頭を揺らした。

 

「お、往生際の悪い、雑魚め……! い、いい加減に降参しろ、っ!」

「うえ”ぇ”っ!!」

 

 すると彼女は最後の力を振り絞るように、耐え耐えの息を何とか吸い込みながら、

 

「や……やっぱり、神話の時代の再現は……難しい、よね。私も、あの人がやったみたいに、神話を再現しようと思ったんだけど……さ。得体のしれない魂は、どうにも回収しにくくて……」

「……な、何? あ、あんた……何、言って……」

「でも、そうだ……もしかすると、あの人が作った、あなたたちがいれば、できるかも……」

 

 そこで彼女は俺たちをもう一度交互に見やったと思うと、にやりと口元に笑みを浮かべて。

 

「メギストスの尾……それに、セレニアの翼が揃った、今なら……!」

 

 ――――っ!?

 

「お前、それをどこで!」

「【きっとあなたは、私を守ってくれるよね】?」

 

 アッシュレインがその言葉を呟いた瞬間、彼女の指先から一筋の魔力の糸が噴出した。

 それは意思を持ったように宙を漂うと、即座に俺の首元へと突き刺さる。

 ……まさか、今のは……”予言”?

 

「なんでお前が、っ……?!」

 

 その直後、俺の意思に反して体が動き、隣に立つイスカを拘束するように抱き寄せた。

 

「ろ、ローレンス、っ!? こ、こんなところで……っ、さ、さすがにだよっ!?」

「バカ! 違う! ”予言”だ! こいつ、メルティナの”予言”が使える!」

 

 アナトリアのように思考能力まで奪われていないのは謎だが、元より俺の身体は訳ありなので考えるだけ無駄。アッシュレインが何を企てているか分からない以上、迂闊に動くこともできない。

 イスカも俺を傷つけないためか、抵抗せずに俺にされるがままになっている。

 そうして俺たちが隙を見せた瞬間、アッシュレインが息を吸い込んで、叫ぶ。

 

「わたぽーーん!! なんとかしてーーっ!」

 

 その声に反応したのか、中央で戦っていたわたぽんが呼応するように唸り声を上げた。

 

『ン ー ブ ー モ !』

「うおお!? なんかやべえぞ!」

「っ……テオドール様! 私の後ろに!」

『アナトリア様!』

「大丈夫!」

 

 その瞬間、わたぽんの球体状の身体から突如として四つの脚が出現。見る限りそれらは犬を模した形をしており、その脚を使ってわたぽんは上空に跳躍。俺たちの周囲に影が落ちたところで、こちらへ向かって突撃するのを悟る。

 

「イスカ、俺のことはいい! ここから離れろ!」

「っ…………!?」

 

 反射的にイスカへ指示を出すと、彼女は俺の拘束を無理やり解いて、アッシュレインから離れる。直後にわたぽんはこちらへ向かってきたが、しかし着地の際、まるで音が消えたかのようにしなやかに地面へと接触した。

 そこでアッシュレインもその場から立ち上がり、わたぽんへと指示を送る。

 

「ほら、わたぽん。さっきの続きするよ」

『ブモ!』

「はい、ここ掘れわんわん! ここ掘れわんわん!」

『ブ~モ♪ ブ~モ♪』

「瓦礫はあっちに飛ばしちゃってね」

『ンブモー!』

 

 犬を模した四肢を器用に使い、わたぽんが床を強引に掘り進めて地下へと進んでいく。

 その際に上空へ舞い上がった瓦礫はイスカたちの方へ次々と飛ばされていき、彼女たちはそれを迎撃するだけで手一杯の様子だった。次第に降り注ぐ瓦礫は山のように積もっていき、イスカたちの姿も舞い上がる砂埃のせいで見えなくなってしまう。

 

「アッシュレイン、お前は一体……!」

「さあね。でも、あなたの予想は合ってると思うよ」

 

 ”予言”の行使、魔獣の蘇生疑惑、そしてメギストスの尾とセレニアの翼についての言及。

 これまでの事件に関連したこと以上に、彼女からは個人的に聞きたいことが多くある。

 だが、”予言”によって行動を制限されている今、それを突き止めるのは不可能だろう。

 

「ついでだし、暇潰しがてらお話しよっか。アナトリアも、他人と話せって言ってたし」

「っ……、おい!」

 

 背中を叩かれると、強制的にアッシュレインに侍るように身体が動く。

 そうしてわたぽんの掘った穴を覗かされると、そこには果てのない暗闇が広がっていた。だが、底の方から未だに土を掘っている音が聞こえており、更に深い地下へと向かっているらしい。

 

「ほら、行くよ。私を運んで」

「……尻尾」

 

 尻尾を顕現させ、アッシュレインの膝の下へ腕を通してやる。

 これも俺の意思とは無関係に身体が動いた結果だった

 

「おお、紳士的。女の子の扱いには慣れてるのかな?」

「黙れ」

「つれないなあ。それにしても……ふーん、本当に尻尾、生えるんだ。しかも安定してる」

 

 物珍しそうにアッシュレインは視線を尻尾にやったが、しかし尻尾はすぐに穴の内壁へと伸びていく。そのまま尻尾の膂力を使い、体のほうを穴の中へ運ぶ。それを繰り返すことで、だんだんと俺たちはわたぽんの掘った穴の中を進んでいった。

 

「……話がしたいって言ったな」

「そうだね。アナトリアに言われたから、他人と交流しようと思って」

「ならまずは自己紹介でもしてみろ。お前、いったい何者だ?」

 

 俺の問いかけに、アッシュレインはくすりと笑いながら、告げた。

 

「私は準元観測学派の第一階梯魔術師、アッシュレイン。

     そして――君がよく知る、黎明の解剖学者の一員だよ」

 




だいぶローレンスがボコボコにされる回になってしまった
学会編もあと三、四話で終わらせたいのでがんばります
それとタイトルをちょっと整理しておきました
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