メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

27 / 28
思ってたよりだいぶ遅くなってしまった
ちょっと更新頻度は送れるかもです


27 静謐なる淵底の司書たち(下)

 

「――――――!?」

 

 声が出ない。

 というよりは、発したはずの音が周囲に伝わっていない。

 突如として訪れたその異常現象に、思わず片手を喉元へと当ててしまった。

 喉は確かに振動していて、発声器官自体は正確に動いているのは分かる。

 だが、やはり音は一切聞こえてこない。周囲の環境音も、自身の心音すらも。

 

(さっきのあれは……まさか、”聖言”? いや、だとしたら術式対象が広すぎる……!)

 

 おそらく”聖言”の術式対象を、個人ではなく空間、あるいは概念に指定したもの。

 その具体的な詳細は分からないが、先のリノンの発言からはそう結論づけるほかなかった。

 ……これだけの規模と影響力のある魔術式を、あの一言で起動させたのだろうか?

 改めて彼女が『律命』のリノン――五人目の第四階梯魔術師であることを思い知らされた。

 

(イスカは……)

 

 腕の中で横たわるイスカへ視線を向けると、彼女は困惑した表情で俺のことを見上げていた。

 瞳に入っていた罅は既に塞がり、セレニアの翼も完全に消え去っている。

 原理は分からないが、彼女にかけられた”聖言”も効力を消失しているらしい。

 

「あれは……あのゴーレム内の、シミュラクラム・クラウン? どうしてあんなことに……」

「ロクでもないことになってるのは確かっすね」

 

 上空からわたぽんを観察し、困惑するリノンの隣からキースが顔を出す。

 この状況で彼が発声できる理由は、先のエンデルガストとの戦闘を振り返れば想像はついた。

 

『 !   、  !』

 

 すると上空から状況を俯瞰していたアーロンが俺たちに気づいたのか、こちらへ降りてくる。

 

『  ?   、   !      ~』

 

 だから何言ってるのか分かんねえんだって……!

 

『 ” ー  ” ー  ” !” !” !”』

 

 びりびりと空気が震えたことで、わたぽんが吠えたのが分かる。

 アッシュレインもこちらと同様、発声ができないため毛玉への指示が下せない状況にある。

 対面するアナトリアもマルドゥークに指示を下せていないようだが、元よりマルドゥークはアナトリアの”傑作”。高度な自立機能を有しているので、彼女の指示がなくても問題はない。

 ……これで優位性がマルドゥークに寄った。

 

「っ……!」

 

 イスカも同じ結論に至ったのか、指先から魔術式を展開。

 振動の術式を起動させると、毛玉の足元が弾けるように崩れ落ちた。

 体勢を崩したわたぽんをマルドゥークが見逃すはずもなく、急加速して対象に接近。

 そのまま振りかぶった巨大な拳を、わたぽんの表面へ向けて勢いよく叩きつけた。

 未だに音が復活しないまま、再び空気が振動して衝撃波が走る。

 身体が吹き飛ばされないよう、尻尾を地面に突き立てた。

 

(……イスカは無事だ。何が起きてるのかは分からないが、リノンのお陰で一気に優勢になった)

 

 目的は依然として変わらず、あの毛玉からアルバトラの痕跡を取り除くこと。

 イスカの肩を叩いて視線を送ると、彼女は中に浮かび、マルドゥークの支援にあたってくれた。

 

(イスカは上空からマルドゥークの補佐に回らせる……俺はアナトリアの援護を)

 

 俺も尻尾に指示を送り、再びマルドゥークの背中、アナトリアの隣へと位置を戻す。

 相変わらず音は復活しなかったので、尻尾を引き戻して彼女の肩に手を置いた。

 

(アナトリア)

「!? ……、  !」

 

 俺の手に反応したアナトリアは驚きはしたものの、こちらの意図は掴んでくれたらしい。

 マルドゥークも俺の姿を確認したあと、戦闘を継続。そのまま上空へと舞い上がる。

 先程のイスカと同じように、触手の範囲外から急降下することでわたぽんへの接近を試みる。

 違うのは、アッシュレインの指示をわたぽんが受け取れないこと。

 

『 ” ?』

 

 わたぽんはマルドゥークを見失ったのか、周囲をきょろきょろと見まわしていた。

 アッシュレインの話が正しければ、あの毛玉を動かしているのはただの犬でしかない。

 創造者の指示が聞けないのなら、その知能はほとんど動物と変わらないはず。

 

(加えて、触手の動きが遥かに鈍い……そうか、”予言”の効力の低下か)

 

 元よりあの異常な形態は、アッシュレインの”予言”によって発生したものだ。

 だが、同じくイスカに行使された”予言”の効力はリノンの術式によって効力を喪失している。

 ならば当然、こいつにかかった”予言”の効力も弱まっている。

 

『――――!』

 

 マルドゥークの振り上げた拳が、急降下する体躯と共にわたぽんへ衝突する。

 その瞬間、空気が爆ぜたかと錯覚するほどの衝撃波が広がり、マルドゥークの背にいた俺たちも衝撃の余波を喰らう。咄嗟に尻尾をマルドゥークの背部に固定し、アナトリアの身体を支えた。

 威力は充分。わたぽんも見える範囲では、完全に沈黙している。

 仮に再び動き出そうにも、それなりの時間が必要だろう。

 

(今のうちに、アッシュレインを……!)

 

 わたぽんの内部に埋め込まれたアルバトラの痕跡の摘出は、創造者のアナトリアに一任する。

 となれば俺はアッシュレインを拘束し、摘出作業が完了するまでの時間を稼ぐべきだ。

 尻尾を毛玉の表面へと突き立て、わたぽんの背中へと乗り移る。

 

「……………………、」

 

 やがて発見したアッシュレインは、完全に沈黙していた。

 死んでいたり気絶しているわけでもない。ただ彼女はわたぽんの背中の上で四肢を投げ出し、諦めきった表情で空を見上げていた。俺の姿を見てもすぐに逃げ出す様子は見せず、ただ一瞥をしてから、はあ、と重たい息を吐いたのが見えた。

 抵抗の意思は見られず、どうやら彼女も完全に降参したつもりらしい。

 

(……まあ、イスカを相手にここまでやりきった時点で、十分すぎるくらいだ)

 

 あそこでリノンが駆けつけてくれなければ、こいつは逃げ切っていただろう。

 逆に言えば、第四階梯が二人がかりでようやく、制圧できたと言ってもいいが。

 

(アナトリアは……)

 

 尻尾にアッシュレインを見張らせ、背後へと振り返る。

 アナトリアは既に俺と同じようにわたぽんの背中へと乗り移り、そのままアルバトラの痕跡の摘出作業を行っているようだった。この毛玉も未だ沈黙したままであり、俺が懸念していた再起動の兆候も見られない。これなら、痕跡の摘出作業も滞りなく終了するだろう。

 

「………………?」

 

 そう思ったのもつかの間、ふとアナトリアがぴたりと動きを止める。

 

『!』

 

 初めに動いたのはマルドゥークだった。

 マルドゥークはアナトリアを守るように両手で彼女を包み、そのまま上空へと跳躍。

 そうしてアナトリアが立ち去ったその場所には、淡い白光を放つ何かがあった。

 ここからではよく見えないが、それがおそらくアルバトラの痕跡だろう。

 

「……、!  !!」

 

 次に動いたのはアッシュレイン。

 その痕跡を目の当たりにした瞬間、先ほどまでの脱力した様子から一転して、弾かれたように地面を這いながら痕跡へと向かっていく。その顔には脱出の機会を得た期待よりも、今この状況を恐れる焦燥が強く表れていた。

 

「っ……!?」

 

 そして最後に動いたのは、俺。

 

(迂闊だった……! そもそもあれはアルバトラの痕跡である以前に、基底現実外由来の物体! それが基底現実に露出したとなれば、周囲一帯に”漂灰化”が発生してもおかしくない……!)

 

 その痕跡が具体的に何かは分からないが、アナトリアは作業を中断してマルドゥークと避難、アッシュレインが回収を試みたのを見るに、俺たちの距離では確実に被害が及ぶ。

 ”漂灰化”研究の第一人者であるアッシュレインは、その危険性を理解していたらしい。

 だが、そんないつ爆発するか分からない爆弾みたいなものに近づけさせる方が危険だ。

 そう判断した俺は咄嗟に尻尾へ指示を出し、アッシュレインの身体を拘束。

 同時に俺も後方へ走り出し、あと少しで毛玉の背中から飛び降りようとした瞬間。

 

『ブモー”ー”ー”!”!”』

 

 なぜ毛玉の叫び声が聞こえたのかは分からない。

 だが、それが聞こえた直後、俺の背後から激しい閃光が迸った。

 爆発――というよりは、収縮に近い現象だった。

 身体は背中側へ急激に引き寄せられ、全身に強い圧力を感じる。

 

「っ、これは……!?」

「いやこれまずいまずい、だいぶまずいよこれぇ!!!」

 

 困惑する俺の言葉に被せるように、アッシュレインが血相を変えて叫ぶ。

 

「ろ、ローレンス……っ!」

 

 上空で待機していたイスカが異常を感知し、俺を助けるべくこちらへ急降下してくる。

 

「やめろ、イスカ! お前はこっちに――」

 

 そうやってイスカへ警告しようとした瞬間、視界が白く塗りつぶされる。

 同時に身体を襲ったのは、内臓が圧し潰されるかと思うほどの斥力。

 骨が粉微塵に砕けそうなほどの衝撃を全身で受け、俺の意識はそこで途切れた。

 

 

『ンブモ?』

 

 意識を取り戻して初めに見えたのは、視界に広がる毛玉だった。

 

「どけ……」

『ン~~モ~~』

 

 胸の上に乗っかったわたぽんの毛皮を掴み、傍らへ投げる。

 ぼてぼてと間抜けに地面を跳ねる毛玉を横目に、未だ鈍い痛みが残る上体を無理やり起こす。

 改めて周囲の状況を確認すると、どうやら俺は崩れ落ちた建物の中にいるようだった。

 おそらく集合住宅の一室なのだろう、生活感の残る室内には、しかし破壊の爪痕が強く刻まれている。壁は大きく崩れ落ち、そこから見える空には夜の帳が降り始めていた。

 立ち上がるために地面に手をつくと、何やら柔らかく、生暖かいものの感触に気づく。

 

「起きたならどいてよ……」

「うわっ」

 

 今までずっと俺の下敷きになっていたらしいアッシュレインは、そんな呻き声をあげていた。

 思わず驚いてその場から離れると、彼女は服についた埃を払いながらゆっくりと起き上がる。

 

「……よく生きてたな、お前」

「ホントにね。あなたを盾にしてよかったよ」

 

 メギストスの尾を埋め込まれた俺の身体は、他人よりもいくらか頑丈になっている。

 お陰でアッシュレインも目立つような怪我はなく、平然とその場で伸びをしていた。

 

「何が起きたんだ」

「……リノンが悪いよ、リノンが。あんな広域かつ大幅に現実強度が変動した状況下で、基底現実外の物質を露出させたら過剰反応するに決まってる。むしろ私とあなたが無事なだけマシだね」

「頼むから一言で纏めてくれ……」

「周囲の魔力がアルバトラの痕跡へ急激に流入して、局所的な”漂灰化”が起きたってこと」

 

 ”漂灰化”。基底現実外に肉体が侵入した際、その肉体が同質量の灰へと変化する現象。

 あの収縮と爆発も、その現象に付随して起きたと考えるべきだろう。

 

「さて、それじゃあ今のうちに私も逃げようかな」

「逃がすわけないだろ」

 

 呑気にそんなことを言いだしたアッシュレインに、言葉を突きつける。

 イスカやリノン、テオドールたちはおそらくまだ外でアッシュレインを捜索中だ。

 彼らならきっと、状況を把握して既に次の一手を打つはず。何ならイスカは俺の体内に刻まれた魔術式を探知し、今すぐにでもここへ駆けつけてきてもおかしくはない。

 ならば俺がやるべきことは、アッシュレインをこの場へ留め続けること。

 

「アルバトラの痕跡も失い、シミュラクラム・クラウンの暴走も沈静化した。もう諦めろ」

「甘いよ、私に”予言”があること忘れてない?」

「そういえば、そうだったな」

 

 無論、あれだけ身体を好き勝手にされたので、”予言”のことなど忘れているはずがない。

 とはいえ”予言”の魔術そのものに対する打開策がないのも、また事実だった。

 仮に今すぐ”予言”を行使されれば、俺の身体は再び彼女の支配下に置かれてしまうだろう。

 

「でも、アレは起動に少し時間がかかるだろ」

 

 ”予言”は宣告を行った後、内容を魔術の糸に変換し、それを対象者に植え付ける必要がある。

 メルティナもアッシュレインも、不意を突かれた相手にこそ使っていたようにも思う。

 それでも、隙と呼べるほどの時間ではないが……。

 

「銃弾よりも速いとは思えないな」

「……うわ、そういうの持ってるんだ」

 

 俺が懐から取り出した拳銃に、アッシュレインはひどく嫌そうに眉を顰めていた。

 赫爪断層付近の研究施設でキースから貸与された、回転弾倉式の拳銃。

 あくまで司書連合の身分を偽るために渡されたものだ。俺もそれ以上の役割は求めていない。

 だが、それこそこうした非常事態に備えて、弾丸は最大数装填されている。

 

「”予言”の行使と思われる挙動をした瞬間に撃つ。大人しく降参しろ」

「へーえ……。でも、本当に撃てるの? あなた、人殺しなんてガラじゃないでしょ」

「そうだな。俺としても、できれば人殺しなんてしたくはない」

 

 そもそも彼女には聞きたいことが山ほどある。ここで死なれてはこちらも困る。

 向こうもそこは承知しているようで、毅然とした態度を崩すことはなかった。

 

「だから、別にお前を撃つつもりもない」

「………………?」

 

 首を傾げるアッシュレインを前に俺は、しかしその銃口を彼女ではなく、

 

「少なくともゴーレム相手なら、俺の心は痛まない」

『ブモ?』

 

 傍でこちらを見上げるわたぽん――彼女が蘇生した飼い犬へと向けた。

 

「こっちの方がお前には効くんじゃないか」

「ねえ……ローレンス、あなた性格悪いってよく言われない?」

「環境が悪い。カルトロードに言え」

 

 早くに両親を亡くした俺は、幼少期の大半を奴の元で、イスカと共に過ごした。

 なので俺の性格がどうこうという話は、全てあの男のせいだ。

 というかイスカがあの性格をしている時点で……。

 ……いや。それは今話すべきことじゃない。

 

「そもそも地上から脱出した時、この毛玉を囮にすれば、お前は一人でも逃亡できただろ。でも、お前はそうしなかった。……なかなか可愛がってたんだろ。こうして蘇らせるくらいには」

「……そうだね。私も、わたぽんと二度もお別れはしたくなかったから」

「なら、二度目の別れにならないようにするんだな」

『ブモ?』

 

 その場で首を傾げるわたぽんへ、アッシュレインに見せつけるように銃口を突き当てた。当の本人は未だに状況を理解しておらず、苦悩する表情のアッシュレインを不思議そうに見つめていた。

 

「最後にもう一度言う。諦めて投降しろ。これ以上は言わないぞ」

「うーん……。最後にもう一度、悪足掻きがてらの説得してみてもいい?」

「……言ってみろ」

 

 情報を引き出させるためにも、そう促す。

 だが、引き金から指も離さず、銃口もわたぽんに向け続けた。

 やがてアッシュレインはうっすらと笑みを浮かべたかと思うと、こちらへ手を伸ばして、

 

「ねえ、ローレンス。私と一緒に、黎明の解剖学者に来ない?」

「ふざけるな」

 

 その言葉を受けた俺は、一度わたぽんから照準を外し、壁に向けた銃の引き金を引いた。

 

『ブモ!?』

「うひゃあ!? ホントに撃ったあ!?」

「あまり生意気なことを言うなよ……!」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば……。

 

「悪足掻きにしても愚策すぎるだろ。俺がその言葉に同意するって、本気で思ったのか?」

「もちろんダメ元だけどね。でも、あなた素質あるとは本気で思ってるよ」

「……冗談にも程があるな」

「冗談じゃないよ。私たち、いいコンビになれると思うけどなあ」

 

 抱えた膝の上に肘をついて、アッシュレインはこちらと視線を交わらせるように首を傾げた。

 ふざけた態度であることに変わりないが、かといってその場しのぎの冗談を言ってるようには思えない。おそらく彼女は本気で、俺を黎明の解剖学者に引き抜こうとしている。

 

「悪いが、俺はお前らみたいな危険思想は持ち合わせてない。諦めるんだな」

「危険思想って……見たいものを見ようとする、っていう理念のこと?」

「ああ。そのためならお前達は、どんな犠牲や手法であろうと厭わないんだろ」

 

 少なくともカルトロードや、目の前のアッシュレインはそういう人間だ。

 こういう奴らがいるからこそ、ナクアや俺、イスカのような人間が産まれてしまう。

 ……止めるべきだ。これ以上、俺たちのような人間を増やしてはいけない。

 

「順序を逆にして考えてみたら?」

「逆?」

「一度見えてしまったものを、見えなかった、って誤魔化すのも少し違うんじゃない?」

 

 その問いかけに対する答えを、すぐに導き出せなかった。

 

「私がどうして”漂灰化”の研究を始めたのか知ってる?」

「さあな。話は聞いてやってもいいが」

「ありがと。実はね、わたぽんは”漂灰化”で灰になっちゃったの」

 

 ……なに?

 

「今でも原因は分かってないよ。でもある日突然、わたぽんは灰になって消えちゃったの。朝起きたら、わたぽんの犬小屋に体重と同じ分だけの灰しかなかった。子供の頃の私は何も分からなくて、お父さんやお母さんも調べてくれたけど、結局原因なんて分からなかった」

「だから、お前は魔術師を志した……」

「わたぽんが消えた原因を探るためにね。そのためにリノンの魂に関する研究を調べようとしたんだけど……ほら、魂に関する研究は、現代だと扱いにくいからさ。どうしようもなくなってた私に、黎明の解剖学者が接触してきて……魂に関する研究の記録を色々と提供してくれた」

 

 リノンの遺した研究は、倫理監査委員会によって様々な制限がかかっている、と前にイスカから聞いたことを思い出す。わたぽんを喪い、魂に関する研究を探っていたアッシュレインからすれば、確かに黎明の解剖学者の誘いは色々と都合が良かったのだろう。

 

「まさか、”魂の帰路”の情報もその時に?」

「あれは本当に偶然だったけどね。でも、タイミングはよかったかな」

 

 それ以上を語るつもりはないのだろう、そこでアッシュレインは一度間を置いてから、

 

「とにかく、私が言いたいのは真実から目を背けたくないってこと。見えてしまったものを知りたいと思うのは、人間としての本能だし。何より……私はこの世界の、本当の仕組みが知りたい」

「本当の仕組み?」

「カルトロードさんも言ってたよ。神話の骨組みと、その裏にある領域について」

 

 アッシュレインはそれ以上を語ることはしなかった。

 これ以上を聞きたければ、こちらから踏み込んで来い、ということなのだろう。

 確かに彼女の話には理解もできるし、若干の同情を寄せる余地もある。

 この毛玉に執着を見せる理由も、ようやく腑に落ちた。

 ……だが。

 

「カルトロードは俺にとって因縁の相手だ。あいつの元へ下る気はない」

「そっか」

 

 そうして数十秒の睨み合いの果て、先に言葉を発したのはアッシュレインの方だった。

 

「はあ……。分かったよ。降参。やれることはやったし、満足かな」

「やりすぎだ」

「そうだね。途中から私も予想外の方向で盛り上がったのは認めるよ」

 

 ひらひらと両手を振りながら、アッシュレインがその場にぺたりと座り込む。

 何かを始めるような素振りも見られず、どうやら本当に降参したらしい。

 

「で、どうするの? 私をエンデルガストに引き渡す?」

「そのつもりだ。だが、その前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「というよりは、相談と言った方が正しいのかもしれないが」

 

 今から俺のする質問に、明確な答えが返ってくるとは思えない。

 だが同時にそれは、彼女だからこそ話せるようなことでもあった。

 

「黎明の解剖学者の首領、カルトロード……あいつは一体、何者なんだと思う?」

 

 俺の言葉にアッシュレインは、ぽかん、としばらく呆けたように口を開けていた。

 

「……え、何? このタイミングでそういうこと聞いちゃうの?」

「でも、お前くらいにしかできない相談だろ」

「確かにそうだけどさあ」

「それとエンデルガストにお前を引き渡したら、話を聞く機会も失われる」

 

 常々考えないようにしていたが、この件が終われば俺とイスカは禁庫の襲撃とリノンの蘇生、アッシュレインは”魂の帰路”の無断使用に関する査問と処分決定をそれぞれ待つ身になる。

 そんな状況下で、今みたいに自由な会話ができるとは思えない。

 ならば今のうちに、出来る限り彼女から情報を集めるべきだろう。

 

「カルトロードさんかあ……改めて考えても、よく分かんない人だよね」

 

 やがてアッシュレインは頭の後ろを掻きながら、困ったように答えた。

 どうやら彼女も話には乗ってくれるみたいなので、俺も情報をいくつか渡す。

 

「奴は今、レムナンティスと名乗ってリノンの研究施設を転々としているみたいだが」

「初耳だね。誰からの情報?」

「つい最近まで、黎明の解剖学者たちの実験台にされていた少女だ。奴らの実験によって、彼女は人間の身体に依代の魔術的器官を複数再現し、神秘を行使できるようになった」

「やばっ」

 

 アッシュレインからしても、ナクアの特異能力には目を見張るものがあるらしい。

 ……まあ、カルトロードが直々に研究していたと考えれば、それも当然か。

 

「でも、それこそあなたの方が詳しいんじゃないの? 私はカルトロードさんと、数えるくらいしか会ったことないし。対してあなた達は、あの人の下で育ったんじゃん」

「だったらこんな質問はしていない。それに自分が育てた相手という程度で、奴が自身の情報を明かすような奴だと思うか? 少なくとも俺とイスカは、奴の性格と口調くらいしか知らない」

「……確かに。あの人が自分のこと話すとこは想像できないかも」

 

 極端な個人主義と、徹底した秘密主義の権化みたいな奴だ。

 俺とイスカを育てていた時も、必要以上の会話をすることはなかった。

 だが、今思えばそれは、何かに対する焦燥から来るものだったとも思える。

 ……奴の本当の目的は何だ?

 カルトロードと名乗る男は、いったい何を成し遂げようとしてる?

 

「神話に、足を踏み入れる……」

 

 ぽつりと呟いたアッシュレインの言葉には、しかし聞き覚えがあった。

 地下で魔獣の蘇生――実際には失敗したが――を試みた際に放った台詞だ。

 

「カルトロードさんは、あなた達について話してたよ。現代の第四階梯は、自分が生み出したものだって。それに、あなた達には三柱の龍のうち、セレニアとメギストスの器官が宿ってる、って」

「……そういえば、お前は俺たちのことについて知っていたな。それは、どこで聞いた?」

「”漂灰化”の研究を共有した時に、私の研究を提示しないのは不公平でしょう、って。はじめは龍の魔術的器官なんて再現できるわけないって思ってたけど……研究の記録を見せられて思ったよ。あの人は本当に、龍の領域に踏み込もうとしてる」

 

 アッシュレインの言葉を受けて、今一度カルトロードの関わった事物を整理する。

 一人目の第四階梯魔術師、アルバトラのものと思われる基底現実外由来の痕跡。

 奴の研究によって依代の魔術的器官を体に再現し、神秘を行使できるようになったナクア。

 そして何より、俺たちに植え付けられたメギストスとセレニアの魔術的器官。

 

「まさか奴は、龍と同じ存在を生み出そうとしてるのか……?」

 

 自然と導かれたその結論に、返ってくる答えはない。

 

『アッ、パパ居ルジャン』

「アーロン?」

 

 突如して破壊された壁の向こうから顔を覗かせるアーロンのせいで、会話が途切れる。

 ……時間か。

 

「タイミング悪いなお前」

『エ、モウチョットソコラ辺ウロウロシテタ方ガ良カッタ?』

「いや、気遣わなくていい。発見を待っていたのは事実だからな」

 

 もう少しアッシュレインから話を聞きたかったが、さっさと彼女の身柄をエンデルガストに引き渡し、一刻も早く安心したいのも事実だった。

 

『ミンナ探シテタヨー。ママナンカ大暴レデサア! ネエ、モウ!』

「イスカが? あいつ、俺のこと見つけられなかったのか?」

『知ラナーイ』

 

 ……あの”漂灰化”が起きた時点で、リノンの行使した魔術も効力を失っていた。

 そう考えれば、俺の体内に刻まれた魔術式が機能していないのも不自然ではないか。

 

「なら、さっさとエンデルガストのところに戻るか。アッシュレイン、お前も来い」

「はあ……。まあ、仕方ないかあ……」

「言っておくが、逃げようとしたら撃つからな。お前じゃなく、この毛玉を」

「分かってるって。お願いだから怖がらせないであげて」

『ンブモ?』

 

 アッシュレインに擦り寄ろうとした毛玉を掴み上げ、銃を突きつけたまま腋に抱える。

 その間もわたぽんは現状を理解しておらず、ぶもぶもと喚き声をあげていた。

 

『ブ~モ?』

『ブモブモウルセエナア』

「他人のゴーレムにケンカを売るのはやめろ」

「かわいくないゴーレムだなあ。どんな教育してるの?」

「黙れ。愛嬌は充分にあるだろ」

「あーやめて! わたぽんをいじめないでよ!」

 

 毛玉の表面に銃口をぐりぐりと押し付けると、アッシュレインは涙ながらの悲鳴を上げていた。

 

 

 ”魂の帰路”に関する件から飛躍した、アッシュレインが起こした事件はこれで幕引きとなった。

 なんとも締まらない結末にはなったが、ひとまず事態は収束したと見ていいだろう。

 

 あの後、”博闢の門”を使って支部に戻ると、イスカが比喩でもなく真っ先に飛んできた。

 どうやらあいつは俺のことをずっとアーロンと手分けをして探していたらしく、俺が引き連れているアッシュレインの顔面に一発お見舞いしたあと、俺の身体に抱き着いてきた。

 そのまま木にしがみ付く昆虫のようになったイスカを連れて、エンデルガストにも接触。

 彼とテオドールは、エストレアの被害状況の確認と国民の安全確保に奔走していたらしい。

 俺の姿を見ると、エンデルガストは何とも言えない表情で、重たい息を吐いていた。

 本当に申し訳ない……。

 

 学会がこれから処理するべき問題は、三つ。

 

 一つはアッシュレインについて。

 黎明の解剖学者の残党――正確には壊滅後に勧誘を受けた構成員なので、後継者と呼ぶべきかもしれないが、とにかく六年前に壊滅したはずの組織が、今もなお存続していることが判明した。

 学会もこれを放置するわけがない。近々、カルトロードの捜索に動くはずだ。

 アッシュレイン本人は、どれだけ酷くても学会本部に収容という形に留まるだろう。

 学会はあくまで研究機関であって、司法を執り行う機関ではない。

 尤も処分のためというより、黎明の解剖学者に関する情報源として囲われる形になるだろうが。

 

 もう一つは、蘇生してしまったリノンとキースについて。

 これについては、リノンを死亡と見るか失踪と見るかで、結果が大きく変わってくる。

 仮にリノンを死亡していたと考えるならば、間違いなく倫理監査委員会による案件になる。俺たちへの対応も相応のものになり、何より本人たちへの処遇もかなり厳しいものになるだろう。

 しかしリノン・エルガーデンは記録上、謎の消失を遂げた、とされている。

 公的には死亡扱いだが、文面だけを見るならば実態としては失踪に近い。

 これを失踪と捉えるのであれば、我々は彼らの所在を明らかにしたという形になり、一転して魔術界への貢献と評価されるかもしれない。本人たちの年齢――あくまで外見で判断しただけだが――からしても、五十年が経った現代で生存している可能性は大いにあるはずだ。

 これについては、本人たちの言及を参考にしたエンデルガストの判断に委ねるしかないだろう。

 

 そして最後の一つ、イスカと俺の今後の処遇について。

 司書連合への攻撃、アルバトラの古書の略奪、複数人の人質、そしてリノンとキースの蘇生。

 魔術史全体を見ても、短期間でここまでの事件を起こした大犯罪者はいないだろう。

 とはいえ俺もその片棒を担いだのは事実なので、大人しく処遇を受け入れるほかない。

 

 だがリノンとキースの件に関しては先の通り、一考の余地はあるはずだ。

 それにイスカは今回の事件の中で、歴史上始めての時間遡行を成功させた。これに関しては間違いなく現代の魔術界において、正式な第四階梯の功績と捉えられるだろう。

 その二点をどう捉えるかが、今回の処遇にあたっての争点になる。

 ……もちろん、それで全てが帳消しになるとは到底思えないが。

 

 その日は俺もイスカもアッシュレインも、学会内で拘留という形になった。

 拘束されることはなかったが、何もない会議室で夜を過ごすのは少し堪えた。

 というより無限にわたぽんの話をするアッシュレインと、何とかして脱出を図ろうとするイスカの相手に疲れた。街を破壊した犯罪者と、現代の第四階梯の対応をこんな一般人にさせるな。

 そして疲れ切った顔で迎えた、翌日。

 

「イスカ・フィルレンシア。あなたに授けられた第四階梯の称号を、凍結します」

 

 エンデルガストから下されたその判断は、イスカを憤慨させるのに充分なものだった。

 




次回、学会編エピローグ
回収することが多すぎるんだって!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。