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第一階梯魔術師、アッシュレイン。
”漂灰化”研究の第一人者であり、壊滅したはずの組織、『黎明の解剖学者』の構成員。
十五歳という前例を見ない若さで魔術師として登録された彼女は、最初こそ準元観測学派の若き寵児として期待されていたが、その後は思うような結果を出せず、次第に孤立していった。
そんな彼女に六年前、突如として転機が訪れる。
『黎明の解剖学者』――その首領であるカルトロードが、アッシュレインと接触した。
当時、『黎明の解剖学者』は学会や騎士団を始めとする、多くの団体から警戒されていた。
同じように危険視されている『幻想史観』や『荒野の教会』等と比較しても、彼らの異常性・危険性は類を見ないほど高く、単なる思想犯や異端宗派の域を大きく逸脱していた。
活動期間こそ短かったものの、その特殊な思想や活動範囲の急激な拡大を鑑みれば、各国・各組織からの警戒が著しく強かったのも当然の結果だと言えるだろう。
しかし六年前、とある事故によって『黎明の解剖学者』の中枢施設は全壊。
その影響は甚大で、当該組織は壊滅した、と騎士団の公式記録に残っている。
だが、カルトロードは生きていた。
新たな構成員を招集するため、以前より目をつけていた人物群に接触を図ったのだろう。
その一人が、アッシュレインだった。
黎明の解剖学者と結託したアッシュレインは、やがてリノンが開発した特別封印術式”魂の帰路”、そしてカルトロードから入手した”基底現実外由来の生命体の痕跡”を利用し、幼少期に”漂灰化”によって喪った飼い犬、わたぽんを蘇生することに成功した。
その後、彼女は階梯評定会へ強制参加を命じられ、このエストレアを訪れることになる。
そこからは俺たちの知る通り、彼女は万路防衛戦の遺産であるエストレアの放棄された地下坑道で、かつて神話の時代に三柱が喰らい尽くしたと謳われる悪しき存在、魔獣の蘇生を試みた。
だが、結果は予想外の形で失敗することになる。
追い詰められたアッシュレインはわたぽんの内部に存在するシミュラクラム・クラウンを暴走させて逃亡を図ったが、最終的にはイスカとリノン、二人の第四階梯の前に敗れた。
アッシュレインの残した謎は多く、我々はこれからそれを一つ一つ紐解いていくことになる。
黎明の解剖学者の他の構成員や、カルトロードの意図。細かい点では”予言”の入手経路や”魂の帰路”をなぜ発見できたのか、学会や司書連合の内部に協力者が存在したのか、等々。
しかし彼女が明らかにしたある一つの事実は、それらの疑問全てを凌駕するものだった。
六〇〇年以上前に存在し、この世界に魔術という概念を齎した一人目の第四階梯。
最初の魔術師、”万識を宿す純冠”、『魔女』アルバトラ。
――――彼女はまだ、生きている。
■
翌日、魔術学会エストレア支部、地下実験施設の一角にて。
「イスカ・フィルレンシア。あなたに授けられた第四階梯の称号を、凍結します」
「い………………いやだああぁぁぁああーーーーっっっ!!!!」
俺たちの前に立つエンデルガストが告げたその言葉に、俺やアッシュレインと同じく、両腕を後ろで拘束されたイスカは悲鳴にも似た声を上げた。
「イスカさん」
「いやっ!! いやーだーぁーーー!!」
「……イスカさん」
「い”ぃ、っ……!!! い”ぃ”ーーーーや”ぁ”ーーーーー!!!!」
「この人は本当に飲酒可能な年齢に達しているんですか?」
「残念ながら……」
「怖……」
地面をごろごろとイモムシのように這いまわるイスカに、エンデルガストは冷めきった視線を送っていた。俺としてもこんな無様な女が幼馴染だというのは、否定したい事実だった。
現在、俺たちはアッシュレインが引き起こした一連の騒動――”エストレア事変”における裁定、および俺とイスカ、そしてアッシュレインの今後の処遇についてを通告されている最中だ。
通告を受けているのは俺とイスカ、そしてアッシュレインの三名。
本通告の責任者は当然、学会主席のエンデルガスト。それに加え古代魔術学派を代表してメルティナ、そして我々が蘇生したリノンとキースがこの場に同席している。
「あ……っ、あたしから、第四階梯の称号を、は、はく奪するつもりか……っ!!?」
「いえ、あくまで凍結です。あなたが第四階梯であることには変わりません。ですが、その権利や資格といった、称号に関する一切の機能を停止するということですよ」
「うーん、と……つまり、『第四階梯の権利』が使用不可能になるということですか?」
「まあ、分かりやすく言えばそうなりますね」
リノンからの質問に、エンデルガストはそう答えた。
具体的にはそれ以外にも色々あるのだろうが、確かにそれが一番分かりやすいか。
「お、おかしいだろ……っ! あ、あたしは第四階梯なんだぞっ!? お前らみたいな、ぼ、ボンクラとは格が違うんだっ! そのあたしから、だ、第四階梯の権利を、奪うなんて……っ!!」
「階梯の登録を抹消されないだけ、温情だと思ってください」
本当にそうだと思う。最悪、学会の登録抹消に加え、身柄の無期限拘束もあり得た。
あれだけのことをやらかしたのに、権利の凍結という処罰で済んだのはもはや奇跡に近い。
……しかし、そうなるとまた別の問題が発生しているようにも思う。
「ですがエンデルガスト様、これでは現代の第四階梯の権威が失われてしまうのでは?」
その場でごろごろと呻くイスカをよそに、質問を渡したのはメルティナだった。
おそらくイスカへの処罰内容については聞かされていなかったのだろう。その表情には多少の私怨が混じってはいるが、何よりもまず疑惑の色が強く表れていた。
「イスカお姉様が例の権利を行使することによって得られた利益や、発展した魔術体系は確かに存在します。それらを無視して学会がイスカお姉様の称号を凍結するのは、長期的に見れば、これは学会にとって非常に大きな損失になるのではないかと……」
「そ、そうだっ! この時代から実質的に、第四階梯がいなくなるんだぞっ!?」
一六〇〇と余年続くこの人類史において、わずか六人しか存在しなかった第四階梯魔術師。
そのうちの一人であるイスカの権利が凍結されたのは、大きな損失となり得るだろう。
……そもそもイスカがこんな事件を起こさなければ、という話は置いておくとして。
「私としても、現代から第四階梯の権威が失われるのは危惧するべきことだと思います。なので、イスカさんの跡継ぎとなる新たな第四階梯を選出する必要がありますね」
「え……そんなやつ、い、今の学会に、いるの?」
「ご安心ください。あなたの後任となる魔術師は、既に選出済みです」
「も、もう? そんなの、誰が……」
「ちょうどこちらに、あなたが蘇らせた元第四階梯の魔術師がいるじゃないですか」
………………は?
「え、えへへ……。ボクがもう一度、第四階梯をやらせていただこうかな、って」
「は……はあぁぁぁああっ!!?」
リノン・エルガーデン。イスカの手によって現代に蘇った、五十年前の第四階梯。
確かに失われた第四階梯の席に着くとなれば、これ以上ないくらいに適任、というか元々リノンのものだった席に本人が戻ることになるので、そこだけ見れば合理的とも言えるかもしれない。
いや、でも……まさか……本当に? そんなことが許されるのか?
「え、エンデルガスト? リノンを第四階梯に据えると……本気で言っているんですか?」
「もちろんです。むしろ経験者ですから、彼女に任せるのが最善でしょう」
「ですが、それは……つまり……その、リノンの帰還を、世間に公表することになるのでは?」
リノンは学会の記録上、実験中の事故により消失したとされている。
これは学会の公式記録であり、世間的にも死亡したと捉えられているはずだ。
実際には肉体が消滅し、魂だけがこの基底現実を彷徨っているという状態だったが、世間がそんなことを知る筈もない。つまり彼女を第四階梯に据えるということは、死んでいたはずの彼女が生きていた、という事実を世間に周知することになるわけで。
「まあ、戻ってきたのは仕方ありませんからね。世間にも公表するほかないでしょう」
「いいんですかそれで……!」
……エンデルガストという男は、ここぞという時に大胆な決断を下す奴だと改めて思う。
これくらいの胆力がなければ、学会主席は務まらないということか。
「そもそもリノン第四階梯魔術師は、正式には死亡扱いではなく、行方不明という扱いでしたから。それが帰還し、ちょうど都合よく空いた第四階梯の席に再び着いたというだけの話ですよ」
「そ、それは……そうですが……」
「それにあの消失事故が起きていなくとも、平均的な寿命を考えれば、リノンは現代まで生きていたでしょう。ですから『律命』のリノンが現代における第四階梯である、ということに何もおかしな点はありません。世間からの声はもちろんあるでしょうが、予想よりも早く鎮まるでしょう」
エンデルガストが語ったリノンについての見解は、俺も同じことを考えていた。
リノンは死亡ではなく行方不明であり、我々は結果的にその帰還を手伝っただけだ、と。
だが、それを認めた上、彼女を第四階梯に据えるというのは、その、なんというか。
「よく倫理監査委員会がそれを認めましたね……」
「そこに関しては、キースが口利きをしてくれましてね」
「ツイてたな、エンデルガスト。まさか五十年前の顔見知りがまだ生きてたとは」
エンデルガストの言葉に続いたのは、肩を竦めるキースだった。
「倫理監査委員会の奴らなんて大抵どこかで野垂れ死んでるかと思ったからよ。まさか可愛がってる後輩が、しかも三人も生き残ってたなんてな。そいつらに言いつけてきたってわけだ」
「……そもそも彼は当時、第四階梯の監視と補佐を任命されるような立場の人間ですからね」
「ああ、それは……確かに……キース、あなたは優秀だったんですね……」
「オマエ俺のことなんだと思ってるんだ」
大雑把とガサツが一つの身体に同居しているような人間だが……。
しかし、彼の実力は確かだ。それこそ現学会主席魔術師を相手にできるほどには。
「ですので今回のイスカさんの処遇に関連するのは、司書連合への攻撃とアルバトラの古書の略奪、そして複数名の人質を取ったことです。しかし人的被害は最小限に留まっており、幸運なことに死亡者も出ていません。なので、今回の措置は第四階梯の称号の凍結、ということになります」
そこでエンデルガストが言葉を切ろうとしたところで、ふと。
「こ、っ……こんな、こと……ゆ、っ、許されるわけ、ないだろっ!!」
甲高い声を上げるイスカの手元から、がぎん、と何かの砕ける音がする。
視線を送った時には既に、粉々になった拘束具がイスカの足元に散らばっているのが見えた。
……やっぱりこいつに拘束なんて意味はなかった。
「おい、イスカ! 落ち着け!」
「あ、あたしは第四階梯なんだぞっ!? この時代で唯一の天才……時代の象徴なんだっ! そ、それをそんな、行き遅れたチビに成り代わられるなんて……ゆ、許せるわけ、ないだろ……っ!」
「やめろ! これ以上罪を重ねたらお前、本当にどうなるか分からないんだぞ!」
「いっ……行き遅れた……チビですか……」
「行き遅れたが余計だぞ、チビ」
「キースくん?」
「だ、っ、誰がチビだぁぁああ!?!」
「キース! あなたも刺激しないでください!」
そんな俺の言葉も虚しく、イスカが指先に術式を展開。
既に起動体勢に入った振動の術式はエンデルガストだけでなく、その隣にいるリノンとキースまでをも対象に据え、それらを一息で吹き飛ばすために魔力が充填されていく。
「イスカ……っ、いい加減にしろ!」
「嫌だ、嫌だ、嫌だっ! あたしは天才なんだっ! 誰よりも偉いんだっ!そ、そんなあたしから何かを奪う奴は全員、いなくなればいい! あ、あたしは、第四階梯なんだ、っ……!」
そうしてイスカが術式を起動し、衝撃波を放とうとした直前。
「いけませんよ、イスカちゃん! ここでは【暴力禁止】ですっ!」
「っ……!?」
静かにイスカの前へと躍り出たリノンが、人差し指を立てながら術式を行使する。
その途端、展開されていた魔術式は全て霧散し、装填されていた魔力も徐々に散っていく。
やがてイスカ本人も力を失ったように、へなへなと地面へ倒れ込んでしまった。
先程までの猛り狂った表情が噓のように、その表情は茫然としている。
「り、リノン……? あ、あんた、一体、何を……使って……」
「……イミテーション・ロゴスの難題。イスカちゃんならきっと、よく知っていますよね?」
「え……? ま、待って!? あ、あんた、まさか……アレを解読してた、の!?」
リノンの言葉に、イスカは驚いたように顔を上げた。その青い瞳は大きく見開かれており、リノンが告げた事実が彼女にとっても予想外だったことだけは、かろうじて理解できた。
「イミテーション・ロゴスの難題……まさか、”奕者の足跡”の?」
「はい、その通りですっ」
イミテーション・ロゴスの難題。エルネスタが残した難題群、”奕者の足跡”のうちの一つ。
俺も名前だけは知っていたが、まさかリノンがそれを解読していたとは……。
「全てのゴーレムがシミュラクラム・クラウンを基盤とするように、我々古代魔術学派が用いる言語体系魔術も、イミテーション・ロゴスを基盤としています。より専門的に言えば、我々の術式はそのイミテーション・ロゴスを各々のやり方で起動させるためのものに過ぎません。ですが……」
「イミテーション・ロゴスを解読したリノンは、その術式そのものを行使できる……」
「つまり、イミテーション・ロゴスを介して放ったリノン様のお言葉そのものが術式効果……私の”予言”や、エンデルガスト様の”聖言”の術式対象が、空間や概念にまで拡張されているようなものですわね」
わたぽんと戦闘した際に放たれた【お静かに】という言葉の意味も、そこで理解した。
常軌を逸した魔術だ。第四階梯らしいと言えば、そうかもしれないが。
「このようにイスカさん、あなたはこの時代の唯一の天才ではなくなったのです」
「っ……そ、そんな、こと……」
「リノンは現在も第四階梯としての素質を充分に持っています。ですので、あなたが第四階梯として活動できなくとも、魔術界の未来は明るいので安心してください」
「う、うぅ……っ、う”ぅ…………うぅっぅうぅうううう!!!」
半分ほど私怨が混じっているような言葉だった。彼の苦労がそれだけで垣間見える。
普段であれば速攻で彼の身体を弾けさせるような状況だが、リノンの行使したイミテーション・ロゴスによって、彼女は一切の暴力行為を封じられているため、蹲って呻くことしかできない。
では、このような状況に置かれた場合、イスカという女はどのような行動をとるのかというと。
「やだっ、やだーーっっ!! こんなチビに、あ、あたしの、第四階梯の称号が奪われるなんてぇぇぇぇ!! う、っ、う”ぅ……! い”い”い”い”っ、い”や”ぁ”ぁ”~~~~!!!!」
……こうなる。
「しょうがないだろ、イスカ。あれだけ好き放題やったんだ。これくらいの罰はある」
「うわああああん!! い”、っ、い”ゔゔゔゔゔぅぅぅぅぅ!!!」
泣き方まで気持ち悪いのか、こいつは……。
「なあエンデル、マジでなんでこんな奴を第四階梯に選んだんだ?」
「我々がコレ以下のボンクラだったからです」
「今の魔術学会はどうなっちゃってるんですか……?」
もしかすると魔術界の未来は、とても暗いのかもしれない。
「イスカお姉様、どうか落ち着いてくださいまし」
「め……メルティナっ! あ、あんたは、あたしの味方だよね!? あ、あたしが、第四階梯で、何者にも邪魔されない、いちばん自由な人間って……そ、そうだよねっ!?」
「……申し訳ありません、イスカお姉様。今回に関しては私でもお力にはなれないかと……」
「そ、そんな……!」
「ですからせめて私の身体を堪能していただき、心を慰めていただければと思いますわ」
「おっぱいーーーー!!!!」
「ああっ、イスカお姉様……♡」
メルティナの胸元へ迷わず飛びついたイスカは、そのまま深々と呼吸をし始めた。先程までの泣き声というよりは怨嗟の声に近い呻きも止まり、逆に荒い呼吸音が聞こえてくる。
「では次にアッシュレイン。あなたの処遇についてです」
「えっ、アレ放置でいいの?」
どうせ何を言ったって無駄だ。放っておいた方がいい。
「アッシュレイン、あなたはこれより魔術学会による無期限の拘禁措置を受けることになります。あなたの研究は完全凍結され、身柄はノールドベルトの総合魔術研究所にて留置されます」
「……研究に関してはしょうがないけど。でも、総魔研なのはなんで?」
「あなたのことは、アナトリアさんに任せた方がいいと思いまして」
エンデルガストからの通告に、しかしアッシュレインはそこまで動揺していないようだった。
元よりアナトリアとは知己だったこともあるのだろう、その判断に不服はないらしい。
アナトリアも優秀な魔術師なので、アッシュレインの監視兼世話役を担えるだろう。
この辺りの処理に関しては、特に違和感はない。
「でも、わたぽんは? あの子はどうなるの?」
「あのゴーレムもアナトリアさんの管理下に置かれることになります。元より、あのゴーレムの設計者は彼女ですからね。設計者の元に預け、適切な事後処置を行うのが最善でしょう」
「……それだと、私がわたぽんと一緒にいることになっちゃうけど。いいの?」
「構いません。施された特殊な改良が全て取り払われた後、という前提はつきますが」
わたぽんはこのエストレア事変の主犯のようなものだが、実際はアレに埋め込まれたアルバトラの痕跡によって、シミュラクラム・クラウンが暴走した、という形になる。
それらを全て抜きにすれば、あれはロクな知能すら持たない愛玩用のゴーレムでしかない。
エンデルガストもその点は理解しているのか、不必要に処分措置を取ることはしなかった。
というよりは、必要な情報を回収するための措置のようにも思えたが。
「とはいえ、あれは生命体の魂が埋め込まれた極めて珍しいゴーレムです。書類上はアナトリアさんへ解析を依頼するため提供する、という形になります。分かりやすく言えば、所有権は完全にアナトリアさんへ移譲されるため、もうあなたのゴーレムではなくなりますが」
「……まあ、いいよ。わたぽんを殺さないでくれるだけマシかな」
アッシュレインもそれは覚悟していたのだろう、安心したように胸を撫でおろした。
だが彼女に関する話はまだ終わっておらず、次に口を開いたのはメルティナだった。
「アッシュレイン様、二つほどご質問が。まず、あなたはどこで私の”予言”を?」
”予言”。本来はメルティナが用いるその術式を、なぜかアッシュレインは行使できていた。
本来の持ち主である彼女がその質問を渡すのは、確かに妥当だろう。
胸元に抱くイスカを撫でながらの視線に、アッシュレインは首を傾げて、
「え、だってメルティナ、あなた確か準元観測学派と共同研究してたでしょ?」
「はい。確かにこの評定会に参加する直前まで、私はフィールトラッセ準元観測局で”予言”に関する拡張研究を行っていましたわ。例の”予言”の拡張も、つい最近に始めて成功したものです」
「私は準元観測学派の人間だったからさ。こっそり研究結果を拝借したの。でも、その時点だとまだあなたの”予言”は未完成だったから、私が手を加えて完成させたんだよ」
「……準元観測学派の管理も杜撰ですわね。こうも術式の情報が流出してしまうとは」
アッシュレインから得られた回答に、メルティナは呆れたように頬へ手を当てた。
「ではもう一つ。結局、あなたは”魂の帰路”をいつ、どうやって入手したのですか?」
「うーん……いつ、っていうのは難しいかな。どうやって、の方は答えられるけど」
「では、どうやって?」
「今回使用した”魂の帰路”はね、私が構築したレプリカなの」
レプリカ……?
「黎明の解剖学者がまだ存続してることは、ここにいる人間にも共有済みだよね?」
「……ええ。もっとも、この場で再び証言していただこうと思っていましたが」
「じゃあ改めて言っておくね。黎明の解剖学者はまだ存続してて、首領のカルトロードはここ数年間、リノンに関する研究施設を巡ってたの。先に言っとくけど、目的は知らないよ。だけど、あの人は私に魂に関する研究資料をいくつか流してくれたの。そこには……」
「ボクが封じ込めた特別封印術式、”魂の帰路”に繋がるものが含まれていたんですね?」
「うん、当たり」
割って入ったリノンの言葉に、アッシュレインはなんてことはないように頷いた。
「けど、そんな簡単な話じゃねえだろ。先輩の開発した術式だ。簡単に真似できたとは思えない」
「そうでもないよ。なんて言えばいいのかな……『答えがある問題』だったからさ」
その一言で、アッシュレインの考えは理解できた。
隣にいる第四階梯も、同じような言葉を述べて”博闢の門”のレプリカを造り出したのだ。
……良くも悪くも、彼女は現代の第四階梯と同じ領域に達していたのだろう。
「じゃ、じゃあ、ボクたちが解析していたあれは……アッシュレインちゃんが構築したものだったんですか? てっきり、ボクが構築した術式原本を、そのまま盗んで使ったものだと……」
「自分で解析したのに気づかなかったの?」
「うぐぅ……」
アッシュレインの言葉に、リノンは悔しそうに唇を噛んだ。
だが、確かにあの術式は構造が複雑すぎて、構築の際に個人差が生まれる余地が殆ど生まれないように思えた。逆に言えば、誰が構築しても原本と全く同じような結果になるという、極めて高度かつ完成度の高い術式だとも言えるが。
「とにかく、去年にはもう”魂の帰路”が私の手元にあった。あとはみんなが知ってる通り。一度目は手探りで魔獣を蘇生しようとして失敗。二度目は術式動作を再確認するために、成功する可能性の高いわたぽんを蘇生させて、成功した」
「その魂が、例の毛玉のようなゴーレムに埋め込まれていると」
「アレは元々、アナトリアに頼んで造ってもらった愛玩用のゴーレムなの。わたぽんが生きてた時もそうだったけど……私、ふわふわしてるもの撫でてる時がいちばん落ち着くんだ」
エンデルガストからの言葉に、アッシュレインは微笑みながら答えた。
「三度目はカルトロードさんから譲り受けたアルバトラの痕跡を使ったの。”予言”の拡張研究資料を手に入れたのもその頃。それを使って、適当な魔術師を操作して魔獣の蘇生を実行した」
「……なぜその三度目の蘇生に、”予言”を行使したのですか?」
「エストレアの評定会が近かったからね。ただでさえ強制参加を命じられた身だったもん。変に痕跡は残したくなかったってのが本音かな。ま、その三度目の蘇生も失敗しちゃったんだけど」
そこからはエストレア内部に潜伏、俺を誘拐して四度目の蘇生に至った、ということか。
「以上ですね。証言ありがとうございます。あなたの措置は先程も伝えた通りです。また、それに加えて、黎明の解剖学者に関する情報も適宜提供していただきます。よろしいですね?」
「いいよ。私もやれるだけやったし、大人しく降参する。好きにして」
これでアッシュレインが企てていた、”魂の帰路”の件についての全貌は明らかになった。
まだ彼女から聞きたいことは多くあるが、そのためにはまた新しい場が設けられるのだろう。
少なくともアッシュレインの処遇、そしてこのエストレア事変に至るまでの経緯は把握できた。
「では、最後にローレンスさん、あなたの処遇についてお伝えします」
「はい」
未だにメルティナの身体を堪能するイスカ、わたぽんを思いながら号哭するアッシュレイン。
この二人に挟まれた現状は何とも言えないが、しかし異論を呈することができる立場ではない。
エンデルガストは俺の顔をしばらく見つめたあと、重々しくその口を開いた。
「ローレンス・エルマーク。あなたにはメノウ国へ、黎明の解剖学者の捜査を指示します」
「……はい?」
メノウ国。アッシュレインの話によれば、カルトロードが現在潜伏している国家。
その調査を言い渡されたということは、つまり。
「黎明の解剖学者を……俺に追わせるんですか?」
「彼らによってあなたたちが倫理に抵触する実験に参加させられたことは、彼女から聞きました。その身体に宿るメギストスの尾のことも、現代の第四階梯が人造されたものだということも」
「それは…………」
「学会としては、黎明の解剖学者が存続しているのは無視しがたい事実です。従って、まずはその真偽を判断するための捜査が必要になります。その役目を、あなたに担ってもらおうかと」
……話が出来すぎている。
黎明の解剖学者は、かねてから俺が追っている因縁の相手だ。アッシュレインから黎明の解剖学者についての話を聞いているなら、エンデルガストもその事実は認知しているはず。
だからといって、その捜査に俺を抜擢をする意味が分からない。
というよりは、それが今回の俺への処罰として的確だとは、とても思えない。
「どういうつもりですか?」
「というと?」
「これが処罰だとは思えません。明らかに俺が得られる利点が多すぎます」
「いえ、普通に使い捨ての駒にされていますよ。冷静になってください」
それは……まあ……そうかもしれないんだが……。
「今回のエストレア事変において、あなたが関わったのはイスカへの助力、アナトリアとメルティナ、ラヴラスを人質として利用したことです。ですが上記の三名からは、あなたに対する処罰は不要との声が上がっており、免責の意向を伺っています」
「メルティナ……? あなた達、そんなことを?」
「もちろんですわ。元よりローレンス様の目的は一貫してアッシュレイン様の確保でしたもの。今回の件を総合的に鑑みれば、少なくとも我々を人質として利用したことに関しては、必要だった過程として納得できるものだと思いますわ。ラヴラス様もこれには同意しておりました」
あの、と言うのも失礼な気はするが、ラヴラスからの賛同が得られるとは思っていなかった。
メルティナとアナトリアが説得してくれたのだろうか。感謝してもしきれないな。
「本来であれば数ヶ月の拘留措置を取る予定でしたが、彼女たちの意見と現状を踏まえ、ローレンスさんにはメノウ国への出向、並びに黎明の解剖学者の捜査任務を担当していただこうかと」
「……分かりました。受け入れます」
言いたいことは山ほどあるが、よくよく考えれば彼は蘇ったリノンをそのまま据えるような強引な手腕の持ち主だ。ここで俺が何を言ったところで、この決定が覆ることはないだろう。
「ですが、その方向で話を進めるとしても……メノウ国での調査を俺一人に任せるつもりですか? 処罰を受ける身で言うのも何ですが、単身では明らかに荷が重い任務な気もしますが……」
「ご安心ください。学会からきちんと人員を派遣しますよ」
「というと」
「ちょうどそこに立場を追われ、暇を持て余している魔術師がいるでしょう」
……なるほど。
イスカへ対する処罰が想定より軽かったのも、これ込みと考えれば納得がいく。
要するによく分からない危険な組織に、この暴力の塊をぶつける気か。
「え……? あ、あたし……メノウ国に、行かないといけない……の?」
そこでようやく現状を把握したのか、イスカがメルティナの胸元からがばりと顔を上げる。
「い……嫌だっ! あ、あんな蛮族しかいない国、い、行きたくないぃぃぃいいい!!」
「ボク、メノウ国について知らないんですけど、こんなことになっちゃう国なんですか?」
「あそこは大陸随一の武器輸出国です」
メノウ国。大陸の東部に位置する島国で、大陸中のあらゆる国家に国産の武器を大量に輸出している。国力、面積共に他国と比べても小さい方だが、島国ということもあってか独自の文化が根付いており、その国民性に関してもあまりいい話は耳にしない。
「俺が集めてる銃もメノウ産の奴ばっかりだな。あそこの銃は出来いいんだわ」
「オーランド家もメノウ国にあるいくつかの工房から魔導器を仕入れておりますの。あそこは武器製造もそうですが、精密作業に関する技術も随一ですから」
キースやメルティナが好んでいる時点で、メノウ国がどんな国なのかは何となく察せられる。
……さっき啖呵を切ってはみたものの、だんだんと不安になってきた。
「とにかく、お三方への通告は以上とし、この場は解散としますが……」
「い”やぁーーーーーー!! い”やっ! い”ーーや”っっ!!! だッ”!”!”!”」
「………………」
未だにイスカはイヤイヤと駄々を捏ね続けており、エンデルガストの方も明らかに限界が近い様子だった。このまままでは彼女に課された処罰がさらに上乗せされるのが目に見えている。
……仕方ない。
「メルティナ、イスカをこちらへ」
「よろしいのですか?」
「なんとかします」
ついには四肢をぎゅっと折り畳み、不細工な赤子のようになったイスカを受け取る。
「イスカ、聞いてくれ」
「ろ、ローレンスぅ……あ、あいつらが、あ、あたしのこといじめてくる……!」
ここまできて被害者面するのか、こいつ……。
「冷静に考えろ。俺とお前、二人でメノウ国へ行くんだ。邪魔者はいないだろ?」
「アーロン……」
忘れてた。
「エンデルガスト。アーロンも同行させていいですか?」
「構いません。こちらも連絡手段は確保したいので」
「わかりました。イスカ、アーロンもいるなら、なおさらいいじゃないか」
その言葉を口にするのは非常に不服だが、この際そうも言っていられない。
「……家族旅行だ」
「へ?」
「だから、俺たち三人でメノウに家族旅行。そう考えれば、悪くないだろ」
「か、っ……家族、旅行……っ!? い、いいのっ!?」
「ああ。どうだ? 行く気になったか?」
「う、うんっ……! い、いいよっ! い、こ、行こう! 今すぐ、家族旅行、しよう!!」
ぐずぐずになった鼻水を啜りながら、イスカは目を輝かせて何度も頷いていた。
……これでいい。少なくとも今、俺の説得によってイスカはメノウ国行きを了承した。
「エンデルガスト、今のうちに正式な決定記録を」
「もう行っていますよ。確かに記録しました」
なんて仕事ができる男なんだ……!
「え、へ……えへへ、っ……ろ、ローレンスと、アーロンと、家族旅行……っ♡」
もちろん家族旅行でもなければ、俺とイスカは婚姻関係を結んでいるわけでもなく、アーロンは俺たちの子供ですらない。当たり前の事実だが、この狂気に陥った状況では何かの間違いで真実になりかねない恐ろしさがあった。
「…………つまりイスカをローレンスに押し付けたってことだな?」
「はい。彼はこの世の誰よりも、イスカさんの扱い方を熟知していますので」
「そ、そんなお世話係みたいな……」
リノンには悪いが、もう諦めている。
俺はこの先ずっと、こいつの面倒を見なければならないのだろう。
「では、この場は解散とします。アッシュレイン、あなたはこの場に残るように」
「はーい。何でも吐くから好きにしてね」
「エンデルガスト様、私も後日、メノウの方へ向かっても?」
「好きにしてください」
「じゃあボクたちも行きましょうか、キースくん」
「そうっすけど、その前に……なあエンデルガスト、ここって喫煙所あるか?」
「屋上で吸ってください」
「ふふっ……家族旅行……家族の、営み……♡」
かくして。
■
「あー……生き返る……」
同日の昼頃、学会屋上に設けられた喫煙スペースにて。
喫煙所へと赴くキースの隣で、俺はぼんやりとエストレアの街並みを眺めていた。
わたぽんによる破壊の被害は深刻なものの、規模自体はそこまで大きくはなかった。また、テオドールやラヴラスらが迅速に避難誘導指示を行ってくれたこともあって、今回のエストレア事変における人的被害はゼロ。重傷者もおらず、避難の際に発生した軽症者が数名程度だった。
あれだけの事件でここまで人的被害を抑えられたのは、歴史に残る偉業と言っていいだろう。
「お前は吸わないの?」
「いえ、自分はそういうのをやらないので」
「じゃあ何でついてきたんだよ」
「あなたに借りていたものを、返そうと思って」
こちらを覗き込むキースへ向けて、懐から銃を取り出した。
「ああ、そういえば貸してたな」
「一発だけ使いました」
「撃ったのか?」
「脅しに。弾薬費は俺がノールドベルトにいる間に請求してください」
「いいよんなもん。元より消耗品だ、気にすんな」
俺の言葉にキースは振り返ることなく、また口元から煙を吐き出して、
「つーか別にそれも返さなくていいわ。俺が気が付くまで預けとく」
「そう言われても……こんな危険物、扱いに困るというか……」
「でもお前ら、これからメノウ行くんだろ?」
……ああ、なるほど。
「知っての通り、メノウは武器社会だ。持っといて損なことにはならないぜ」
「そういうことでしたら……助かります」
確かにメノウへ赴くのであれば、護身用の武器があるに越したことはないだろう。
……そんなものが必要な場所に行く、という事実を再確認して、自然と肩が下がる。
どれもこれも、イスカが
とはいえメノウ国は俺にとっても重要な場所だ。そのことに変わりはない。
「あいつのせいで人生が滅茶苦茶になりました」
「しょうがねえよ。第四階梯の元に着くってのは、そういうことだ」
俺たち以外の足音が聞こえてきたのは、そんな同じ境遇同士の会話をしている最中だった。
「……おや? ローレンス・エルマーク……それに、キース・シュラウド?」
「ラヴラス?」
果たして振り返った先に立っていたのは、訝し気な視線をこちらへ向けるラヴラスだった。
「お、この前の嬢ちゃんか。何しに来た?」
「ここは喫煙所です。来る理由は一つしかないと思いますが」
「……え? ラヴラス、あなたも吸うんですか?」
「何か」
それ以上の言葉を発することができず、俺はそのまま黙り込むことしかできなかった。
ラヴラスは煙草を口に咥えながら俺の隣に立ち、非常に慣れた手つきで火をつけ始めている。
喫煙者二人に挟まれた俺は、この煙たい空間に留まる羽目になった。
別に煙草の匂いは嫌いじゃないが、こうも煙たいと居心地も悪くなってくる。
「……そういえば」
「はい」
「ラヴラス、あなたも俺の免責を進言してくれたんですね?」
俺の言葉に、彼女は深い息と共に煙を吐き出してから、言った。
「アナトリアやメルティナの選択を信頼したまでのことです。それにあなたの指示に従うことで、結果として事態は迅速に収束しました。私としても、その事実を覆すつもりはありません」
「それは……ありがとうございます」
どうやら自身の感情よりも、状況と結果を優先してくれたということらしい。
……俺が言えることではないが、堅物というか、何というか。
「いい女じゃねえか。煙草も似合う」
「はあ……。それはどうも」
キースからの言葉に、ラヴラスはなんとも言えない表情を浮かべていた。
「ところで、アナトリアはもうエストレアを離れたのですか?」
「はい。アナトリアはアッシュレインを迎え入れる準備をするため、リナさんと共に先んじてノールドベルトへ向かいました。アッシュレインの所持していた例のゴーレムも同行しています」
「ああ、そうでしたか。相変わらず仕事が早い人ですね……」
「彼女も私と同様、テオドール様からの推薦を受けている魔術師です。当然ですよ」
総魔研で彼女の部下を務めていた時も、彼女の勤勉さには頭が上がらなかった。
それに、リナを一緒に連れて行ってくれたのもありがたい。アナトリアもグレンの店には共に来店したことがあるので、彼女の引き渡しも滞りなく行ってくれるだろう。
「あなたの処遇については先ほど耳にしました。メノウ国へ行かれるのですね」
「はい。未だにそれが本当に処罰として正しいのか、疑問ではありますが」
「……ローレンス・エルマーク。あなたは自罰的なところがありますね」
「
自分で言っておいて悲しいが、そうでもしないと他の誰かが責任を取らなくてはいけない。
そういう思考を一瞬でもしたという事実に自然と重たい息を吐いたところで、ふとキースが。
「つーかさ」
「なんですか?」
「エンデルガストのヤツ、アルバトラに関しての話は何もしなかったな」
一瞬の沈黙。各々が煙を一度吸って、顔を上げてから紫煙を空へ上らせる。
はじめに言葉を発したのはラヴラスだった。
「私は何も言及しませんからね……」
「あっ、ズルいぞ」
「何を言いますか。私はただの第二階梯魔術師ですよ? アルバトラの生存可能性について言及できるような立場ではありません。それに、その事実が露呈すれば学会は未曾有の混乱に陥り、いくつかの派閥に分断されるでしょう。私は面倒ごとに巻き込まれたくないので、今後の主流となる派閥が明確化するまでは状況を静観しつつ、アルバトラに関するあらゆる言及を控えます」
「ラヴラス、全て口に出ています」
驚くほど早口でつらつらと述べたラヴラスに、思わずそんな言葉が漏れる。
だが、彼女が保身に走るのも理解できた。
六〇〇年前に存在したという伝説の魔術師、アルバトラ。
後世の人間から一人目の第四階梯の称号を授けられ、未だ魔術師の頂点に座す、『魔女』。
そんな彼女が今もなお、この世界のどこかで生きている。
……ラヴラスの言う通り、魔術学会はこれから未曽有の混沌に陥るだろう。
「なまじ先輩が現代の第四階梯になっちまったのがよくないかもな。そういう前提を作った以上、アルバトラも現代の第四階梯として迎え入れるしかないんじゃないか?」
「ですがそれは、あなたやリノンが現代でも生存している可能性が高いからこそ取れた選択です。六〇〇年以上も前の人間ともなると、さすがに扱いも変わってくると思いますが……」
「……そもそも、アルバトラ本人が仮に生きていたとして、魔術師として学会に登録する意思はあるのでしょうか? 魔術学会という組織は、彼女の没後に創設された組織です。確かに彼女は第四階梯として認められていますが、本人が学会に登録されている魔術師なのかは曖昧では?」
各々でそれぞれの考えを口にしてみたが、やはり話は纏まらない。
……だから、エンデルガストもあの場で言及することをやめたのだろう。
あくまであそこは俺やイスカ、リノンやアッシュレインの処遇を決めるため場だった。
アルバトラに関してはまた別の場が設けられるのだろう。
「ま、俺たちが考えてもしょうがねえよ。全部エンデルガストに押し付けるか」
「ええ、そうしましょう。私は関与しません」
「彼も大変ですね……」
そんななんとも言えない結論を出したあと、キースが吸い殻を灰皿へ投げ入れる。
「さて、そろそろ先輩たちを迎えに行くか」
「そうですね。ではラヴラス、我々はこれで」
「ええ。あなたとは今後、もう二度と関わらないことを祈ります」
「まあ……その方がお互い都合はいいでしょう」
「……………………」
「お前、その卑屈なの何とかした方がいいぞ。見ろ、嬢ちゃん困ってるだろうが」
「すみません……」
じとっとした視線を向けるラヴラスに、俺は頭を下げることしかできなかった。
■
『リノンノ勝チィー!』
「ゔあ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ー”ー”!”!”!”」
「い、イスカちゃん……!」
リノン達の待つ遺物館に戻った矢先、聞き慣れた幼馴染の絶叫が聞こえてくる。
急いで声のする方向に向かうと、そこには地面に蹲るイスカの姿が見えた。隣には困惑しながらアーロンを抱いているリノンと、その隣にはイスカへ冷めた視線を送るハルモニアが立っている。
その様子を一歩引いたところから伺うメルティナに、とりあえず何が起きたのかを伺うと。
「すみませんメルティナ、イスカはいったい何を……?」
「今、イスカお姉様はリノン様と勝負をなさっていまして」
「勝負?」
「はい。どちらの胸がより大きいかの勝負でございますわ」
「第四階梯が二人も揃って何をしているんですか?」
……そもそも、これは勝負になるのか? だって二人とも……。
いや、リノンもいるこの場で、そんな失礼なことを口にするべきではない。
「あ……アーロンっ! もっと、よく、確かめてっ!」
『エーデモコッチノ方ガデカイヨ』
「あはは……。喜んでいいんですかね、これ……」
『イヤ僅差ナンデ、マア、ソノ、ガンバッテネ』
「そうですか……」
「そろそろ言語機能を制限する機能をつけた方がいいか?」
『ヤメテネ!』
抵抗するように首(?)をふるふると震わせるアーロンを、そのままリノンから受け取る。
「ほらイスカ、お前もこんなくだらないことでいちいち泣くな」
「う、うぅっ……ろ、ローレンスは、あたしの胸……小さいと、思う?」
「ああ。偏食と運動不足のせいで、身体に栄養がいってないんだろ。もっと栄養を取って動け」
「あ”ぁ”~~~~!!!!!!」
「アンタもなかなかコイツに辛辣だよね……」
「俺くらいしかこいつに意見できないでしょう」
ハルモニアの言葉には、そう返すしかなかった。
こいつは変に権力を持っているせいで、並の人間では軽い指摘すらできない。
イスカもイスカで俺以外の人間とマトモな会話をしようとしないので、なおさら俺がこいつのために色々と言わざるを得ないわけで。
「イスカお姉様と親密なローレンス様が羨ましいですわ」
「全然、いつでも交代しますよ」
『オッパイデカスギサンモ、ウチ来レバイイジャンネ』
「お前今、メルティナに対してなんて言った……?」
確かに彼女はとてつもない体型の持ち主だが、そんなふざけた呼び方が許されるはずがない。
だがメルティナは不快感を表すどころか、むしろ満足そうに頬へ手を当てながら、
「構いませんわ、ローレンス様。イスカお姉様に認められたこの身体を恥じることはありません」
「思っていたんですが、あなたも大概ですね?」
「ですがイスカお姉様の研究所に赴くのは難しいかもしれませんわ。あの場でもお話ししましたが、私の”予言”は未だ研究途中ですもの。こればかりは私一人で向き合いませんと」
「……月並みな言葉ですが、健闘を祈っています」
『ガンバッテネ』
「ありがとうございます」
頭を下げる俺に、メルティナも恭しく頭を下げて返してくれた。
やはりイスカのことを抜きにすれば、彼女はどこまでも品のある淑女に見える。
ただイスカが絡み出した瞬間、タガが外れだすというか何というか。
「イスカが関わってる人間にはマトモなヤツがいないね」
「ハルモニア、その言い方だと自分もそのうちの一人に入っているように聞こえるんですが」
「え?」
この猫……!
「つーかクソ猫、お前リノン先輩と仲直りしたのか?」
なんて会話をしていた俺たちに向けて、ふとキースが問いかけてくる。
果たして彼の視線の先にいるハルモニアは、その言葉に少しだけ身震いしたような気がした。
「仲直りって……別に、アタシのタイミングでするよ。アンタは口出さないで」
「いやダメだ。ここでしろ。先輩だって気にしてるだろ。なあ、先輩?」
「……ふぇ? えっと、ケンカ? ニアちゃんとボクってケンカしてましたっけ?」
「ほら見ろ」
「いやリノン先輩も覚えてないんじゃん!」
こてんと首を傾げるリノンを挟んで、キースとハルモニアは睨み合っていた。
……確か以前、ハルモニアはリノンが消失したその日、彼女とケンカしてしまったと聞いた。
だからこそハルモニアは、リノンを復活させるために奔走していたのだろうが……。
肝心のその理由については、未だに聞かされていない。
「申し訳ありません、キース。彼女たちがケンカした理由というのは……」
「あのクソ猫が朝メシ食わずに散歩に行ったから、先輩がプリプリ怒りだしたんだよ」
……朝メシ?
「そ……そんな理由で、ケンカした……の?」
「う、うるっさいなあ! だいたい、リノン先輩もいちいち細かいんだって! そもそもアタシ依代はなんだから、ちょっとどころかモノ食べなくても平気な存在なんだもん!」
「そういうことじゃねえだろバカ猫」
「ゔにゃゔ!」
ぎゃあぎゃあと吠えるハルモニアに近づいたキースが、その額を強く弾く。
「朝はみんな揃ってメシ食うのが俺たちの約束だっただろ? 違ったか?」
「そ、それは……」
「ただでさえ俺たち、性格も所属も存在もバラバラな三人組なんだぜ。そんな俺たちだからこそ、せめてメシ食う時くらいは一緒に過ごそうって、三人で話し合って決めたんじゃねえか」
その言葉でハルモニアがなぜこの二人に執着しているかが、分かった気がした。
第四階梯魔術師、『律命』のリノン。
倫理監査委員会所属、キース・シュラウド。
大地の依代、『均衡』の座、ハルモニア。
それぞれ役職も人となりも全く異なるこの三人の集まりは、しかしハルモニアにとってかけがえのない居場所でもあったのだろう。それこそ永き時を生きる依代の身でありながらも、もう一度この三人で過ごしたいと思い、たった一人でその方法を五〇年も模索し続けるくらいには。
「ニアちゃん……」
「う……り、リノン先輩……」
静かに告げるリノンへ、ハルモニアが恐る恐ると顔を上げていく。
だが、ハルモニア自身も気づいているはずだ。自分がリノンを蘇らせた、その理由を。
しばらくの沈黙が流れたあと、ようやくハルモニアはその口を小さく開いて、
「…………ごめん、なさい。リノン先輩……」
告げられたその言葉に、リノンは柔らかな笑みを浮かべながら何度も頷いていた。
「はい、もう怒ってないですよっ。というかボクもさっきまで忘れてたことですし」
「それはどうかと思うんだけど……」
「でもニアちゃんは適当なところがありますからね。ボクがいなかった五〇年、ちゃんとご飯は食べてましたか? お風呂は? おやつは食べ過ぎてませんでしたか? 夜ふかしは……」
「ちょ……これ何回も言ってるけどアタシ、先輩より何十倍も年上だからね!?」
「何十倍も年上なのに見てられねえ生活態度してるから言われてるんだろ」
「キースは黙ってて!」
先程までの湿っぽい雰囲気はどこへ行ったのか、またこの三人はうるさく騒ぎ始める。
だが、こうやってぎゃあぎゃあと言葉を交わしている方が、この三人らしいなと思った。
「仲睦まじいお三方ですのね」
「あ、あたしたちも、負けてられない……もっと”なかよし”しないと……ね!」
『ネッ!』
アーロンをぎゅっと抱きしめながらこちらを見上げるイスカに、俺は溜息を吐くことしかできなかった。
■
□
一人の少女がいる。名前をイオリという。
メノウ国のある刀鍛冶の一人娘であるイオリは、夜更けにひとり家を抜け出し、メノウの街並みを見下ろすことのできる小高い丘にやってきた。真っ暗な夜空にはぼんやりと月が浮かんでいて、その儚く淡い光がイオリの黒い髪を静かに照らしていた。
イオリは芝の上へ乱暴に胡坐をかいて、身に着けた藍の羽織の袖へと手を入れる。
そこから彼女が取り出したのは、ひとつの弾丸しか込められない、中折れ式の拳銃だった。
「出てきてよ、亡霊」
不機嫌そうに眉を顰めながら、イオリが呼びつける。
すると彼女の額から、突如として白い繊維状のような物質が湧き上がった。
じくじくと滲み出るように現象するそれは、やがて収束して一つの形を作り上げる。
そして顕現したのは、純白に染まる小さな冠だった。
『駄作ね。鑑賞にすら耐えられないわ』
イオリのよく知る女の声が、イオリの脳内にだけ響き始める。
「これでもウチの最高傑作なんだけど」
『へえ? だとしたら本当に傑作ね』
「……うっさい」
イオリの脳内に潜む女の亡霊は、いつだってイオリの造る銃を馬鹿にしてきた。
それでもイオリは親や組合に隠れてこっそり造った銃を、この亡霊に見せることにしていた。
彼女くらいしか、イオリの銃を見てくれる存在はいなかったから。
『もっと小型化したら? 機能に対して不格好にも程があるわ』
「……これ以上? 無茶だよ」
『ワタシが使っていた銃はこれより小さい上に、二発も弾を込められたのに』
でたらめだ。亡霊の言葉に、口にはしないもののイオリは内心で舌打ちをついた。
「亡霊のくせに」
『何度も言ってるけど、ワタシは亡霊じゃないわ』
「だけど、あんたはただの冠じゃないか。声だけしかあんたを証明するものは残ってない」
『それでもワタシの意志は、まだこの世界から亡くなっていない』
純白の冠に宿る意志は、イオリの脳内にだけその言葉を響かせた。
『第四階梯魔術師、アルバトラ――ワタシはまだ、生きている』
□
何回か書き直してしまったせいで遅くなりました すいません
とりあえずこれで学会編というかリノン編はおしまい
次からメノウ国編です
章の区切りキャンペーンということで感想とかブクマとか評価とかお待ちしております
それと活動報告にあとがきと呼ぶには適当すぎる文も置いといたのでよろしければ