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「そういえば、客人用の寝具はあるのか?」
「え……? あるわけないよ……?」
以上の理由から、今日はイスカと同じベッドで一夜を明かすことになった。
言いたいことが山のように積み重なって頭が破裂しそうだったが、同時にそれを言葉にしても無駄なことも分かり切っていたので、俺は観念したままベッドへと横たわった。ほどなくして就寝の準備を終えたイスカが、俺の腋あたりを枕にするような姿勢でベッドへ潜り込んでくる。
「ろ、ローレンスと、そ、添い寝、っ……ふ、ふ……ふふっ……!」
「さっさと寝るぞ。電気消してくれ」
「う、うんっ……!」
とはいえ、俺は半日間も強制的に眠らされたため、一切の眠気は無い。だが、起きたままだとイスカの相手を嫌が応でもしなくてはいけないので、せめて瞼は閉じて寝たふりをしておこうと思った。
「あ、明日からいっしょに、ローレンスと暮らせるなん、て……ゆ、夢みたい……」
「そうだな」
俺だってこれが悪い夢だと思いたい。目が覚めたら前の住居であることを願うばかりだった。だが、俺の体にしがみついて来るイスカの体温が、残念ながらこれが現実であることを嫌でも認めさせてくる。
せめて、イスカがさっさと眠りに落ち、つかの間の安息が早く訪れないかと祈った。
「すぅ……すぅ……」
ベッドに横になってからものの数分で、隣からそんな寝息が聞こえてきた。
確かに祈りはしたが、ここまで早い寝つきだと、日ごろの疲れだとか諸々が不安になる。
思わずイスカの方へ、片目だけを開いて視線を向けた。
「すー……ぅ……すー……っ……! ふふ……ろ、ローレンス……!」
違った。
これでもかと目を見開き、興奮状態のまま俺の顔を見上げるイスカの鼻息だった。
とてもいまから寝る人間の顔じゃないだろそれは。
「寝ろって」
「ね、っ、寝られるわけ、ない……! ローレンスと、ひ、一つのベッドで、なんて……! あ、あたし、すごくなってる、っ。ほ、本気になっちゃいそう、っ……ほ、本気にして、いい……?」
「するな」
こんな状況でそれを受け入れてしまったら、どうなるか想像もつかない。
おそらく時間の問題で、それもかなり猶予はないものなのだろうが、せめてその時が来るまでは何がなんでも抵抗するべきだと思う。相手がたとえ第四階梯魔術師だとしても、諦めるわけにはいかない。
「寝れないなら明日のことでも考えろ」
「あ、明日?」
「俺に教える仕事のこととか、そもそも朝起きたら何から始めるとか」
自分から言い出したことなので覚悟は当然しているだろうが、明日からイスカの生活は大きく変わるはずだ。今まで彼女がどのような生活をしていたのか俺は知らない――まあ、ある程度の予想はつくし、それがロクでもないものだと察するが――ので、諸々のことを考えてもらう必要がある。
俺の言葉を聞いたイスカは、少し考えを巡らせた後に、呟いた。
「あ、明日は、まず……ろ、ローレンスの寝顔を眺めるところから、始めて……」
当然のように自分が先に起きると信じて疑っていないらしい。
「そ、それでね……あ、朝ご飯作ってるローレンスを、あ、あたしがその隣で見てるの……」
配膳くらいは手伝え。
「お、お仕事は……あ、あたしの隣で、ね? い、いろいろ聞かないといけないこともある、し……な、なにより、ローレンスはあたしの助手、だもん。助手なら、お仕事中はずっと一緒にいてくれないと……」
それは、まあ、俺もそうした方が都合がいいだろう。
「お仕事がおわったら……ローレンスが晩ご飯作ってくれて……あ、あたしがその隣で見てる。そ、そのあとは……い、一緒にお風呂に入って……また、お、同じベッドで寝るの……ろ、ローレンスが望むなら、そのあとも、お、おた、お楽しみの時間、に……ふふっ……」
早いうちに、かなり強力な睡眠薬を仕入れた方がいいかもしれない。
イスカの料理に混ぜるか、就寝前に自分で服用するかは、その場の状況に応じて対応することにしよう。
あと、意地でも配膳の手伝いはしないつもりだな、こいつ。
「ローレンス……寝ちゃった?」
そうして言葉を失っている俺を寝ていると勘違いしたのか、イスカがそう聞いてくる。
だが、彼女の相手もしたくなかったので、このまま寝ている体でやり過ごすことに決めた。
しばらくの沈黙が流れ、イスカの荒い息遣いも次第に規則正しいものになっていく。
「……ね、ローレンス……まだ、起きてるよね……?」
「なんだ」
どうやら寝たふりをしているのは、既にバレていたらしい。
観念して目を開けると、イスカが俺のことをじっと見つめていて。
「ど、どうして……急に、いなくなっちゃったの……?」
「……………………」
俺が今置かれているこの状況に、その理由がこれでもかというほど詰まっているんだが?
「あ、あたしのこと、嫌いになった……?」
「そうじゃない」
「なら、ど、どうして……」
どうしてって、そんなの、お前、自分の行いが……。
……いや、そんなことを馬鹿正直に伝えたら、どうなるか分かったものじゃない。
それに俺がイスカの元を離れた理由は、他にもいくつか存在する。
しばらく思考を巡らせた後、その中で最も角の立たないものをイスカへと伝えた。
「俺にも目的がある。それが達成しやすい場所に身を置きたかった」
「目的……?」
「魔術的生命体の研究」
魔術的生命体。
生命活動の継続に最低でも一つの魔術的器官が必要な生物を、総称的にそう呼んでいる。
最も身近なもので言えば、魔術師がよく錬成するゴーレムがそれにあたる。ただの鉱物の塊に魔術式を刻んだ核を嵌め込み、そこから補給されるエネルギーで生命活動を継続する。魔術的生命学の初歩で扱う、単純な構造の魔術的生命体だ。
俺は、そうした魔術的生命体の研究をしている――いや、していた、の方が正しいのか、今は。
アナトリアの元で働いていたのも、それによるところが大きい。
「そ、そんなの……あ、あたしが言ってくれれば、手伝ったのに……」
「お前の手を煩わせるわけにはいかない」
第四階梯の研究を邪魔するようなことになれば、人類の発展の大きな損失に繋がる。
当時のイスカは時間遡行の基礎理論を立ち上げたばかりで、色々と忙しかったはずだ。そして彼女は俺の申し出に、今していることを全て投げ出し、研究そっちのけで俺の手伝いに打ち込むという確信があった。
それに、そもそもの話、人類にとっての新たな法則を産み出そうとしている人間に、個人的な手伝いを頼めるほど俺の面の皮は分厚くない。だからどちらにせよ、俺はしばらく身を引いていただろう。
「べ、別にあたしはいいよ? ローレンスの、ち、力になれたら……」
「あのな、だから、最悪俺が他の人間に怒られるって言ってるだろ」
俺としては全く微塵もその意志はないが、傍から見れば第四階梯を私物化していると思われるだろう。むしろイスカは自分から俺の私物になりに来ているところがあるが、そう言ったところで理解されるはずもない。
「……そ、そんな人たち、あたしが粉にしてあげるから、大丈夫」
「絶対にやめろ」
こうした話をするたびに、俺がイスカの元から逃げ出した理由が再確認される。
いくら唯一の幼馴染とはいえ、こんなのに付き合っていられるわけがない。
「俺と暮らしたいなら、せめて俺が落ち着けるような生活をしてくれ」
「う、うんっ。が、がんばって、みる……」
「別に焦らせるつもりはない。自分のペースでやればいい」
できる限りイスカの喜ぶような言葉をかけてやりながら、頭を撫でる。
幸せそうに眼を細めるイスカの顔を眺めてから、俺は瞼を閉じた。
思いのほか、熟睡できた夜だった。
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翌朝。
「アナトリアのところに行こうと思う」
「え……?」
かろうじて研究所に残っていた食材をかき集め、イスカに眺められながら作った朝食を食べ終えたあと、改めてそう伝える。案の定、みるみるうちに不機嫌になっていく彼女が何かを話す前に、言葉を続けた。
「そもそもこの家には食材がなさすぎる。だから買い出しに行く必要があるな?」
「そ、それは、そう……だけど……」
「なら、そのついでにアナトリアのところへ寄った方が都合もいいだろう」
位置関係を確認して改めて思ったが、この研究所とアナトリアの職場はほどほどに近い。というより、この街は市場を中心に都市が展開しているので、必然的にそのどちらも市場からはあまり遠くなく、市場に行くことを考えればついでに寄るのに丁度いい。
幸いなことに時間も、今から向かえば俺がいつも出勤していた時間くらいにはなる。
あとは、イスカが了承さえしてくれれば、事はかなり順調に進むんだが。
「もちろん、昨日話したようにお前も同行してくれて構わない。アナトリアに危害を加えないことが前提だが」
「………………うぅ……」
「頼むから」
じっと俺のことを睨みつけるイスカは、しかし己の中でも葛藤していることが見て取れた。
ここまで来れば、もうあと一つ、何か適当な条件を提示すればイスカも頷いてくれるだろう。
……仕方がない。
「アナトリアのところへ行かせてくれたら、今日は好きな食事を作ってやる」
「ほんと!? じゃ、じゃあ、シチューがいい! お、お肉がたっぷり入った、シチュー!」
「決まりだな」
ついでに夕食の献立を考える手間も省けた。我ながらこの幼馴染の扱いは上手いほうだと思う。
「じゃ、じゃあ、すぐに準備してくるっ!」
「ああ」
先程とは打って変わって上機嫌になったイスカにそう答えながら、俺はいかにしてアナトリアへ謝罪と説明をするか考え始めた。
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アナトリアの工房は、市場を通り抜けてしばらく歩いた先にある、総合魔術研究所の三階にあった。
国の中心部に位置するこの研究所では、アナトリアに限らず多くの魔術師が日々魔術研究に没頭している。国内、国外問わず数々の資料や古文書が収蔵されている図書館も併設されており、魔術学会が主催する論文発表会にも利用されるなど、その規模は都市の魔術研究機関の中では最大規模と言ってもいい。
そんな総魔研に自らの工房を持っていると言えば、アナトリアがいかに優秀な魔術師であるかが伺えるだろう。
ロビーに入ると、受付を担当している顔見知りの女性職員と目が合った。
「ローレンスさん、おはようございま……っ!?」
おそらく俺の隣に立つイスカを見てなのだろう、普段通りに挨拶を交わそうとした彼女が、思わず言葉を詰まらせていた。その反応に気を悪くしてしまったのか、イスカが彼女へじろっとした視線を向ける。
「何?」
「いえ、申し訳ございません……。その、ローレンス? そ、そちらのお方は……?」
「……第四階梯魔術師、イスカ・フィルレンシアです」
「あ、や、やっぱり……。見間違いではなく、本当にイスカ様だったのですね」
震えた声で、彼女が崩した姿勢を元に戻した。
明らかに動揺しているが、こんな何でもない日に第四階梯と対面したら、誰だってこうなるのは当たり前だ。むしろイスカの名前を出して、驚きながらも納得している彼女の胆力を掘めるべきなのかもしれない。
「お連れ様がいらっしゃるということは、本日は何か特別なご用件が……」
「アナトリアを出して」
「え?」
「アナトリアを、出してって、言ってるの……!」
……まずい。
「イスカ、待て」
「ま、待てない、っ。……あ、ああぁああっ! や、やっぱりイライラして、きた……! あ、あの女、最後の最後までローレンスのことを縛り付けて、っ! は、はやく、アナトリアを出して! 出せ! 出せっ!!」
「も、申し訳ございません! アナトリア様は現在、”箱庭”の調整中でして……」
「……もう、いい。出てくるつもりがない、なら、あたしが直接行く……!」
「ですが、各階の研究所へ立ち入るには、通行証をこちらからお渡しして……」
「は、はあ!? あ、あたしは第四階梯魔術師だぞっ!?」
お前それ言えば何でも思い通りになると思ってるな!
「イスカ、落ち着け!」
「ろ、ローレンス、っ……!」
そのまま魔術の行使をしかねないイスカの腋に腕を通し、そのまま後ろから抱え上げる。じたばたとまるで子供のように暴れるイスカを抑えつつ、女性職員に指示を渡した。
「すみません、今から彼女を工房へ連れて行きます。あなたはアナトリアへ連絡を」
「分かりました! す、すぐにお取次ぎいたします!」
「できるだけ早くお願いします」
このままでは、国の持つ最高の魔術研究機関が瓦礫になりかねない。
すぐにアナトリアに連絡を送る職員を後目に、俺はイスカを抱えたまま元職場へと向かった。
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