メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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30 メノウ国(上)

 

 メノウ国。

 大地の龍、ヘリオルトの爪痕が今もなお残る、鍛造と祈祷の国。

 

 かつて創世の神話として語られていた当時、この地は元々巨大な一つの島だった。

 そこでは豊かな自然と数多の生命が息づいており、終わりなき繁栄を謳歌していたという。

 しかしある時を境に、原因不明の疫病がこの巨大な島に影を落とす。

 生命を苦しめ、死に至らしめるその奇病によって、この島は死の大地へと変貌していく。

 その事実を憂いたヘリオルトは、その赫爪を以てこの島を四つの陸地に切り裂いた。

 

 ヘリオルト・リソスフィアの象徴たる、壑陵を裂く赫爪。

 それは『生命』に息吹を宿し、巡り廻る『繁栄』を齎し、世界の『均衡』を保つもの。

 

 海底まで刻まれた赫爪の痕からは、希少な鉱石が採れるようになった。

 四つに分けられた大地では、これまでよりも豊富な作物が、安定して取れるようになった。

 また、陸地が分断されたことで生まれた海峡を理由に、漁業も活性化するようになった。

 そうして人々はヘリオルトの恩恵を称え、やがてメノウという国が成り立ったとされている。

 

 時をしばらくして、メノウが国として成り立ったあと。一体の依代がこの地を訪れる。

 メノウの民はヘリオルトへの感謝を示すため、かの依代を歓迎する宴を執り行った。

 その依代は三日三晩、この地で採れた豊穣に酔いしれ、人々と共にヘリオルトを讃えたという。

 そして去り際、依代はメノウの繁栄を祈り、あるものをこの地に残していった。 

 

 それは、その依代が携えていた、反りを持つ片刃の剣――のちに”刀”と呼ばれるもの。

 メノウの民はこの剣に敬意を込め、祭具として祀り、そして国の象徴としてその模造品の製造を始めた。全ては大地の龍(ヘリオルト)の威光を称えるため、そしてかの依代から託された恩恵を絶やさぬため。

 これが大陸随一の武器輸出国として、メノウが名を馳せる始まりだった。

 

 だが、こうして語られるメノウの逸話については、いくつかの不明な点が存在する。

 その一つが、かつてメノウの元となった巨大な島を襲った、疫病の正体。

 創世の龍であるヘリオルトが、その象徴である赫爪を使ってまで収めたとなれば、その奇病もかなり深刻なものだったと推察される。もっとも、その具体的な正体は現代でも未解明のまま。故にメノウの人間も、病に関する警戒心が他の国よりも強いと言われている。

 おそらく大地の依代、『均衡』の座であるハルモニアに聞けば真相は明らかになるのだろうが、生憎と機会に恵まれず、メノウへ出立するまでに彼女と接触することは叶わなかった。

 ……まあ、聞いても素直に答えてくれるかどうかは別だが。

 

 

 かつてメノウを訪れ、三日三晩の宴に酔いしれたとされる、大地の依代。

 このメノウの武勇と信仰を顕す、刀をこの大地に授けた存在。

 その正体は定かではないが――おそらく、『繁栄』の座だと推測されている。

 

 

 降龍院での一件を終え、ナユタを引き連れながら民宿『潮の宿』へ戻ったところで。

 ちょうど玄関先で郵便物を確認しているキサラギが、俺たちのことを出迎えてくれた。

 

『タダーイマッ』

「お帰り。ご苦労さんだね、助かったよ」

「ありがとうございます。ただその、お話しなければならないことが一つありまして」

「そうだね。あたしの記憶違いじゃなければ、なんか一人増えてる気がするけど」

「順を追って説明します」

 

 とはいえ追う順序もなく、降龍院での一件の説明は一言二言程度で終わる。

 それを聞き終えたキサラギは首を傾げながらも、快い返事をしてくれた。

 

「まあいいさ。どうせ今日は他に客もいないからね。一人や二人増えても構わないよ」

「ありがとうございます。ただ……」

「……? ただ?」

「あんた、連れの子といい……まさかとは思うけど、ちっこいのが趣味なのかい?」

「違います」

 

 好きでこんなイカれたチビ共に付き合っているわけではない。何なら一度逃げた。

 だが、リノンといいナクアといい、どうにも幼げな女性との縁が多いような……。

 ……やめよう。一度自覚すると、そこから抜け出せなくなる。

 

「とにかく、彼女のぶんの宿代もこちらから支払います」

「ほ、ほんとうですか、ローレンスさま!」

「……まあ、今日の飯と宿はどうにかしてやる、って言ったからな」

「ありがとうございますぅ!」

 

 ぱぁっと明るい笑顔を浮かべながら、ナユタはこちらを見上げてくる。

 そんな彼女の隣で、イスカは未だに不満そうに口を尖らせていた。

 

「あ、あたし……まだ、こいつのこと……信用でき、ない……」

「う……い、イスカさまは、ナユタのことがお嫌いですか……?」

「………………」

「………………」

 

 ………………。

 

「お、お嫌いなんですか……そうですか……ごめんなさい……では、ナユタはここで失礼いたします……お三方とのご縁はこれにておしまい……ナユタはまた一人旅に戻りますぅ……」

「待て待て待て待て」

 

 じろりとしたイスカの一瞥で、すぐさま踵を返そうとするナユタを慌てて引き留める。

 態度だけで今の機嫌を表すイスカも最悪だが、ナユタもナユタで極端すぎる反応だった。

 今更ながら、刹那的な感情でこいつを拾ったのは間違いだったのかと不安になってくる。

 

「悪い、イスカは極度の人見知りなんだ。数えきれない無礼があると思うが許してほしい」

「あ……そ、そういうことでしたか。でも、ほ、本当はお優しいお方なんですよね……?」

「………………」

『………………』

「えっ? えっ……ローレンスさま? アーロンさま……えっ?」

 

 極めて反応が難しい質問を渡されたので、答えることを諦めて無視。

 不安そうに俺とイスカを何度も交互に見やるナユタを置いて、キサラギへ口を開く。

 

「今日はもう外出の予定もないので、部屋でゆっくり休もうと思います」

「そうかい。だったら風呂がもう沸いてるけど、どうする? 先に入るかい?」

「是非そうさせてください」

 

 すぐに入浴ができるのならありがたい。キサラギの提案を食い気味で承諾する。

 思えば今日は起きてからずっと船の上だったり、サギ島を練り歩いたりと腰を落ち着ける機会がなかった。時刻としてはまだ夜の帳も降りきっていない頃だが、この後のメノウでの動きを考えたり、エンデルガストへ連絡することを考えれば丁度いい。

 

「じゃ、着替えもこっちで用意しておくから、それ使いな」

「ありがとうございます」

「ええと、大人用の浴衣が一つ、子供用の浴衣が二つ……どこにしまってたかな……」

 

 宿の奥に消えて行きながら、ぼそりとキサラギが放ったその呟きに、ふとイスカとナユタが。

 

「……こども……?」

「な、ナユタ、もうお酒も飲めちゃう年齢なのですが……」

 

 苛立ちというよりは困惑を見せるチビ二人を置いて、俺は先に宿の門をくぐった。

 

 

 その後、キサラギからの案内で俺たちは宿内の浴場へと赴いていた。

 浴場前で二人と別れたのち、何故か俺の方についてきたアーロンを引き連れて男湯の方へ。

 そうして脱衣所で衣類を全て脱いだところで、隣に浮かぶアーロンから声をかけられる。

 

『ア、エンデルガストカラ通話キテマスケド、オ繋ゲシマスカ?』

「お前、今俺が全裸なの見て分からないか?」

『モシモーシ』

 

 俺の制止など聞く姿勢も見せないアーロンが、そのまま通話を繋げてしまう。

 果たして、急ぎタオルを腰に巻き付けたところで、通話先から聞こえてきたのは。

 

『もしもーし、ローレンス?』

「……アナトリア?」

 

 予想外の人物からの連絡に、上裸なことも忘れて首を傾げてしまう。

 

「なぜあなたが通話に?」

『ちょっと事情があってね。ちゃんとエンデルガストもいるわよ。ほら』

『こんばんは、ローレンスさん』

『やっほー、私たちもいるよ』

『ンブモ~』

 

 エンデルガストに続いて聞こえてきたのは、アッシュレインとわたぽんの声。

 面子から考えるに、どうやらこの通話はノールドベルトの総魔研から繋げられているらしい。

 

「もしかして、アッシュレインに対する事情聴取中ですか?」

『そういうこと。私も同席してたの』

『情報を整理している途中で、休憩がてら連絡した次第です』

 

 通話先から聞こえるエンデルガストの声には、明らかに疲労の色が滲み出ていた。

 その一方でアッシュレインは嬉々とした声色で、俺に質問を渡してくる。

 

『確かもうメノウには到着してるんだよね? どんな感じ?』

「とりあえず初日の宿は確保できた。明日以降の動きを考えようとしていたところだ」

『そうですか。無事に到着できたようで何よりです』

 

 今日のところはこの宿で一夜を過ごすが、明日からの予定はまるで決まっていない。

 とはいえ情報収集のため、メノウの都会――つまり、本土に足を運ぶつもりではある。

 あくまでサギ島はメノウへの上陸経路に過ぎない。早々に立ち去ることを考えてはいるが。

 

「そうだ、アナトリア。ゴーレムについて詳しいあなたに一つ、相談というか報告が」

『? どうしたの?』

「我々が上陸したこのサギ島で、野良のゴーレムという存在を確認しました」

『はい? 野良のゴーレム? あなた何言ってるの?』

「信じられないかもしれませんが……このサギ島では創造主の登録が行われておらず、おそらく自然発生している、いわば野良のゴーレムが大量に生息しています。彼らは補給液で稼働するような旧型のものばかりですが、島民たちの生活にも根強く関わっているように見受けられました」

『何ソレ……意味わかんない……』

 

 頭を抱えている彼女の姿は容易に想像できた。俺だって実際に眉間を抑えてしまったのだから。

 だがこの反応からして、現代でも指折りのゴーレム研究者であるアナトリアでも、野良のゴーレムという存在は見たことも聞いたこともない未知の概念であることは確からしい。

 

『そんなのがいるなら、普通に大陸(こっち)の方でも話題になりそうだよね?』

『……そもそも、メノウは他の国と積極的な外交を行う国家ではありませんからね。確かにメノウという国は大陸でも随一の武器輸出国家として認知されていますが、観光や移住においては門戸が狭く、実質的に国交が断絶されていると方々で言われているほどです』

『あー……。つまり外の人間が、勝手に言ってるだけってこと?』

『情報が制限された手前、憶測で語るしかないのでしょう。とはいえ、大陸へと進出するメノウの人間が問題を起こしがちなのは事実で……いえ、これ以上はやめておきましょう』

 

 アッシュレインと会話を続けていたエンデルガストが、そこでこちらに質問を渡してくる。

 

『ローレンスさん、そのゴーレムが黎明の解剖学者との関連している可能性は?』

「ないと思います」

『理由は』

「あんな間抜け共とカルトロードが関連しているとは、到底思えません」

 

 個人主義と秘密主義を足して、そのまま服を着せて歩かせたような奴だ。

 あんなゴロゴロ喚いているような有象無象共に、奴が干渉しているわけがない。

 ……とはいえ、ゴーレムたちが口(?)にしていた開発者登録というのは少し気になるが。

 

「いずれにせよ、もう少し調査を続けたいところですね」

『そうですね。……ひとまず、今日はメノウへの入国が確認できただけでも充分です』

 

 こちらとしても、報告できる情報はこれくらいしかない。

 ……ナユタのことはいいだろう。今以上にエンデルガストたちを困惑させかねない。

 

「他になにか連絡事項はありますか?」

『いえ。引き続きメノウでの調査をお願いします』

『そうだ、ローレンス。メノウでお土産買ってきてよ。わたぽんに似合うアクセサリーとかさ』

『ンブモ』

『あ、私もイスカに伝言。第三階梯への推薦文をはやく送りなさい、って伝えておいて』

「…………わかりました」

 

 アッシュレインは、エストレア事変の重要参考人として拘束されている自覚はあるのだろうか。

 アナトリアは、称号凍結を喰らった第四階梯の文書に効力があると思っているのだろうか。

 諸々の疑問を呑み込んで、二人からの言いつけに肯定の言葉を返す。

 

「では、自分はこれで失礼します」

『分かりました。健闘を祈ります』

 

 エンデルガストからの言葉を最後に、繋げられていた通話が閉じる。

 

『アノー、アッシュレインッテ結構ナ大犯罪者ジャナインスカ?』

「だからこそだ。イスカだってそうだろ。あいつを下手に刺激したらどうなるか……」

『アア……』

 

 悲しいことに、俺たちはああいう気の触れた女たちに対して抵抗する手段がない。唯一と言っていい策は、その触れた気が沈静するまで、自身の尊厳や時間を可能な限り費やすことだ。

 ふざけるなよ……。

 

「……風呂に入るぞ。嫌なことは忘れよう」

『ソウデスネ』

 

 嫌な思考を心の奥底に無理やり閉じ込め、浴場へと続く扉へ手をかける。

 扉の先は屋外となっており、既に落ちた夜の帳の天頂に、白光を灯す月が浮かんでいるのが見える。その明かりに照らされた木造の浴槽は、本来であれば複数人での使用を前提としているのだろうが、しかし今この場において利用客は俺たち以外に一人もいない。風に吹かれ、かすかに波の立つ水面には、反射する月の輪郭が静かに揺蕩う飲みである。

 

『コレガ”ロテンブロ”デスカ』

「らしいな」

 

 風呂が屋外ということをキサラギから聞かされた時には、思わず身構えてしまったが……。

 解放感と静謐が同居しているこの空間は、なるほど確かに悪くない。

 何より星が見えるのがいい。現状で唯一、田舎で良かったと思える点だ。

 

『オ湯カケチャオ』

「あんまり暴れるなよ」

『パチャパチャー』

 

 水面ギリギリを浮遊するアーロンにそう声をかけながら、身体を流して湯船へ浸かる。

 湯の温度は想定よりも随分と熱かったが、夜風で冷えた体にはちょうどよかった。

 湯船に肩まで身体を沈め、夜空をぼんやりと見上げていると、自然と深い息が漏れる。

 

「ふぅ……」

『フゥー……』

「マネするな」

『エヒヒ』

 

 湯船をぷかぷかと浮かぶアーロンは、普段よりも上機嫌なように思えた。

 

『イヤー、パパトオ風呂ニ入ッテルト家族旅行ッテ感ジデ、イイッスネ』

「だから家族じゃ……いや、もういい。お前が楽しめてるなら充分だ」

『尻尾サンハ一緒ジャナクテイイノ?』

「まさかあれも家族だと思ってるのか……?」

 

 確かに俺の身体に埋められたメギストスの尾にも、意識はうっすらと存在するが。

 

『セッカクナンデ、出シテアゲテモイインジャナイ?』

「出せるわけないだろ。一応、あれは危険な存在なんだからな」

『エー』

「あと、この温度だと尻尾が茹る可能性がある」

『ホカホカナノネ』

 

 そんなくだらない会話をしながら、しばらく夜空を眺めていたところで。

 

「お……おじゃま、しますっ……!」

「し、失礼いたしますぅ……」

 

 からからと風呂場への入場口が開く音と共に、そんな意気込むような声が聞こえてきた。

 

「まさか……!」

『エ?』

 

 反射的に身を翻し、即座にタオルを湯に沈めて腰に巻き付ける。

 果たして視線の先に立っていたのは、タオル一枚で覆い隠した貧相な身体を捩らせるイスカと、その背後で恥ずかしそうに縮こまる、同じく薄布一枚に身を包んだナユタの姿だった。両者ともに身体は既に流してきたらしく、イスカの銀髪とナユタの黒髪には水滴が滴っている。

 ……まずい。逃げ場がない。

 

「待て、何しに来たんだお前ら」

「き、キサラギさんが、ね? よかったら、家族で一緒にのぼせてきたら、って……」

 

 これだから田舎は嫌なんだ!

 

「せ……せっかくの家族旅行、だし……。さ、三人でお風呂、も……いい、よね?」

「風呂くらい一人で入らせてくれ。俺にも落ち着ける時間をくれ」

「……? ろ、ローレンスも……あたしといる方が、落ち着く、でしょ?」

「お前今まで俺の何を見てきたんだ?」

 

 本気でそう思っているのか、きょとんと首を傾げるイスカに思わずそんな声が漏れる。

 だがまあ、宿を同じくしている時点でこうなることはうっすら予想できた。何なら入浴中に壁を跨いで突撃してこないだけ、周囲に被害が及ばなかっただけ、まだ上等と言えるだろう。

 本当に疑問なのは、イスカの隣で怯えているナユタの方で。

 

「ナユタはなんでここにいる? お前本当にどういうつもりだ?」

「め、メノウにはお互い全裸になって語り合うことで、親睦を深める習わしがございまして……」

「ここはどこまでイカれてる国なんだ」

 

 何が楽しくて、こんなチビ共と一緒に入浴しなければいけないのか。

 一歩間違えれば騎士団が遠方から飛んできて、全裸のまま拘束されてもおかしくない絵面だ。

 というかナユタもナユタだ。今日出会ったばかりの男に、素肌を晒すのはどういう神経なのか。

 ……いや。ゴーレムの補給液を直飲みしている時点で、マトモな感性の持ち主ではない。

 

「だ、大丈夫……。ナユタには、きちんと言いつけておいた、から」

「はい! このナユタ、ローレンスさまと同じ湯船には絶対に浸かりません!」

「じゃあお前はいよいよ何しに男湯まで来たんだよ……!」

 

 確かこの湯の効能には血行促進とあったが、なぜかひどく頭が痛くなってきた。

 このナユタというやつには、思考能力というか、判断力が著しく欠如しているようにも思える。

 一人の人間を見て鑑みるのもどうかと思うが、メノウの国民性についての疑いが強くなった。

 

『ママモイッショニハイロウネー』

「う、うんっ……! さ、三人であったまろう……ね♡」

 

 アーロンの誘いを受けて、イスカは足先からゆっくりと湯船へと身体を沈めて行く。

 俺はその光景をただ眺めることしかできなかった。止めたところで退くような女ではない。

 全てを諦めて夜空を眺めている俺の隣に、イスカが身体を寄せてくる。

 

「こ、こうしてまた、ローレンスと一緒にお風呂……入れるなんて、夢みたい……♡」

「待て、お前と一緒に風呂に入ったことなんてあったか?」

「か……カルトロードの研究所にいた、頃……ローレンスが、身体あらってくれた……よ?」

「……まさか、海岸で遊んで泥だらけになった時のことか?」

 

 カルトロードに拾われて間もない頃、俺とイスカはこっそり研究所――その時はまだ、その場所を海洋の降龍院だと思っていたが――を抜け出し、近くの砂浜で遊んだことがある。

 その頃のイスカはまだ何も知らない純粋無垢な少女で、波の音や月の光、砂浜を歩くヤドカリや磯に打ち上げられた貝殻など、目の前に広がる未知の光景に目を輝かせたのを覚えている。

 その後は結局、興奮したイスカが泥だけになって帰ってきたことで、研究所の人間に脱走したことが発覚し、かなりしっかりと叱られながらイスカの身体に着いた泥を洗い流していた。

 思えばその時から、イスカは身の回りのあれこれを俺に頼っていた気がする。

 

「そ、それがお二人の馴れ初めなんですねえ……」

「違う」

 

 とはいえ、こいつとの最初の思い出と言えばそれが該当するかもしれない。

 こいつ、もしかして普通じゃないのか? と思い始めたのもそれが最初だった。

 

「……髪を洗ってくる」

「え……? ま、まだお湯に浸かったばっかり、だよ……?」

「俺が湯船から離れないと、ナユタがあのままで仕方ないだろ」

 

 こうして俺たちが会話している最中も、彼女は律儀に浴槽の傍で座り込んでいる。薄衣一枚に身を包み、膝を降り畳んで縮こまるその姿は、健気というよりも哀れな印象が強かった。

 せめて彼女も湯に浸かってもらわなければ、本当にここに来た意味がなくなってしまう。

 

「な、ナユタのことはお気になさらず! お二人のお話を聞ければ、それで満足ですので……」

「でもお前、ここ三日くらい飲まず食わずだったんじゃないか? 寝床や風呂はどうしてた?」

「寝床はそのあたりの草むらを使ってて、お風呂にはまったく入ってないです」

「とっとと入れ」

 

 今晩だけとはいえ、そんな身なりの人間と同じ部屋で寝食を共にしたくはない。

 せっかく料金を払っているので、どうにか彼女にも風呂で汚れを落としてほしく思う。

 

「ろ、ローレンスが髪洗う、なら……あ、あたしも、いっしょにやる……」

「別に無理に合わせなくていい。冷えないうちにゆっくり浸かってこい」

「でも……せ、せっかくだから、いっしょがいい……」

 

 なんて口にしながら、湯船を上がったイスカが俺の背後をぺたぺたとついて来る。

 俺としてもここで無理に引きはがす必要性はないと思ったので、そのままにしてやった。

 シャワーは浴場内の壁際にいくつか設置されていたので、その一部へイスカと並んで座る。

 洗髪料や石鹸も、そこに備え付けれられていたものを拝借した。

 

「普段入らないんだから、しっかり流しておけよ」

「あ……あたし……別にお風呂は、嫌いじゃない……よ?」

「ならなんでいつも入らないんだ」

「ひ、必要性が感じられない……から? こ、こういう旅行とか、お休みするのが、目的の時間、なら……ちゃんと入る、し……。ほ、他に優先するべき、ことが……あるだけ、だよ」

「……お前も根っからの魔術師だよな」

 

 だが、おそらく第四階梯の称号を授けられる人間というのは、こういった異常なやつだ。

 歴代の第四階梯であるエルネスタやオルトライズにも、こうした側面は存在したのだろう。

 もっとも、傍に身を置く者としてはたまったものではないが。

 キースもこんな気持ちだったのだろうか。いや、リノンの人柄を考えればだいぶマシな方か。

 

『ナユタチャンモ、オ風呂入リナサイネ』

「は、はい! では失礼しますぅ……」

 

 俺たちの背後では、アーロンに促されたナユタが緊張した面持ちで湯船へと入浴していた。

 

「……風呂から出たあと、ナユタとキサラギから、メノウについて色々と話を聞こうと思う」

「こ、今後の行動方針も、兼ねて……?」

「ああ。キサラギは元より、ナユタも本人からの証言はないが、見るからにメノウの人間だ。頭は少しアレかもしれないが、旅をしているともなれば国内の近況も仕入れているだろう」

 

 その場の流れでうっかり拾い上げてしまった彼女だが、俺たちがメノウでの潜入任務に就いていることを考えれば、どうしてかかなり都合のいい存在だった。何なら今回の任務において、メノウの案内役を任せてもいいくらいの掘り出し物だが、即断するにはあまりにも不安が大きすぎる。

 それとなくナユタからの話を聞いて、その上で彼女が了承すれば考えてみてもいいだろう。

 

「ごきゅ…………ん、きゅ…………ごく……」

 

 背後からそんな不穏な音が聞こえてきたのは、そんな考えを巡らせている最中だった。

 

『ア”ア”ーーー!!?』

「アーロン? どうした?」

『飲ンデル! 飲ンデル!!』

 

 慌ただしい叫びをあげ始めたアーロンに俺とイスカは振り返り、そのまま固まってしまう。

 視線の先ではナユタが湯船に口をつけたまま、思い切り満たされた湯を啜り上げ――。

 

「だからお前腹壊すって!」

「ごきゅごきゅごきゅ!! ずぞぞぞぞぞ!!!」

「あ……あんた、いい加減に、しろっ!!」

 

 信じられないような光景を目の当たりにしたイスカが素っ裸のまま浮遊の魔術式を展開し、そのままナユタの髪の毛を掴み上げる。しかしナユタは一心不乱に湯船を啜り続けており、もはや溺れているのかと見紛うような様相で喉を鳴らし続けていた。

 

「すみません! すみません! 最近ずっと、喉が渇きっぱなしで!!」

「は、はあっ!? あ、あんたさっきまで補給液飲んでただろうが……っ!」

「で、でもまだ喉が渇いてて、こんなにおっきな水たまりを見たら、つい! つい!」

「あ、あたしだって、許されるなら、ろ、ローレンスの入ったお風呂、飲みたいのにっ!!」

「ごくごくごくごく!!」

「あ……あたしも、飲むっ! ろ、ローレンスが浸かってた部分の水、飲むっ!!」

 

 やがてイスカとナユタは並んで湯船に浸かりながら、口元を湯船に浸け始めた。

 手に負えない。急いでこの狂気に満ちた場から離れなくては。

 足早に脱衣所の方へと向かう俺の傍に、アーロンが浮かびながら並んでくる。

 

『モウ出チャウノ?』

「風呂の水を躊躇いなく飲めるような奴らと一緒にいられるか」

『ソウデスネ』

 

 そんな言葉を吐き捨てながら、ぴしゃりと半ば強めに浴場の出入り扉を閉める。

 イスカとナユタが風呂場から出てきたのは、それから三十分が経った後の頃だった。

 

 

「なんだい、あんたら本土の方に行くのかい?」

 

 入浴というよりは狂乱に近い行為を終え、ひとしきり休憩したあとの、夕食の場。

 明日からの具体的な予定を決めるため、キララギにサギ島から出る船の時刻や数を伺うと、何よりも先にそんな意外そうな声が返ってきた。

 

「あくまでサギ島に立ち寄ったのは、メノウへ入国するためですから」

「そうなのかい。てっきりうちに来たのは、ゆっくり観光だの療養だのするためかと」

 

 先にエンデルガストへ話した通り、あくまでサギ島はメノウへの侵入経路に過ぎない。

 仮に静かな時間を過ごそうにも、無数に蔓延る野良のゴーレムのせいで気が気ではない。

 そうした個人的な感想も考慮して、明日にでも本土へ向かいたいところだが。

 

「ま、本土へ行くのはそう難しくはないよ。船も出てるし何なら門も空いてるし」

「”博闢の門”……この島にも架設されているのですか?」

「数は少ないけどね。ただ、頻度はそれなりかな」

「というと……」

「午前中に二回と昼に三回。どっちもオルトライズ商会の定期便が通ってるし、そこで民間人の通行も請け負ってるよ。ついでに載せてもらうなら、明日の朝一番が狙い目だね」

「通行の際に必要な手続きなどは?」

「あるにはあるみたいだけど……ま、メノウの人間はそんな細かいこと気にしないよ」

 

 一体どこまで適当な国なんだ。ここまで来ると、そもそも国としての成り立ちを疑う。

 だがそのお陰というべきか、このままいけば明日にはもう本土へ上陸できるだろう。

 キサラギの話しぶりからしても、本土への通行はそこまで珍しいことでもないらしい。

 

「ただ、今のメノウはねえ……あんたらもこの島でゆっくりした方がいいと思うけどね」

「……? それは一体……」

 

 ふいに彼女が落としたその言葉に、俺も思わず問い返そうとしたところで。

 

「おかわり! おかわり、おねがいします!」

 

 既に三杯目の食事を平らげたナユタの声が、空になった食器を掲げながら高らかに叫んだ。

 

「……なあ、ナユタ」

「はいっ! ナユタです!」

「確かお前、もう五人ぶんくらいの食事を摂ったはずだよな?」

「お肉に、お野菜に、お魚……どれもおいしかったですねえ……」

「……ほ、本当にまだ食うつもりなのか?」

「もちろんです! ナユタはまだまだ食べ盛りなので!」

 

 ナユタとの会話を終え、努めて視界に入れないようにしていた光景へ目を向ける。

 客が俺たちだけということもあり、キサラギは腕によりをかけて豪勢な食事を用意してくれた。メノウ近海で取れた新鮮な魚料理に始まり、本日中に採れた野菜を用いた煮込みや炒め物、果てには余り物で適当に作ったよと渡された肉料理も含め、食卓はまさに宴の様相を呈していた。

 だが、食事を始めてからおよそ一時間と立たないうちに、それらの大半がナユタの胃袋の中に消えてしまった。今食卓に残っているのは、洗ったのかと見間違えるほどに綺麗な食器のみである。

 そのうえ、当の本人は今現在も食事の追加を要求している始末で。

 

「こ……こいつ、胃袋どうなってる……の……?」

『コワ~……』

 

 その常軌を逸した健啖っぷりに、あのイスカですら恐怖を覚えているようだった。

 俺だってそうだ。この小さな身体のどこに、あれだけの量の食事が納まったのだろうか。

 

「言っとくけど全部あんたに請求するからね、ローレンス」

「……はい……」

 

 さすがに予想外過ぎる出費に、思わずキサラギへ答える声も尻すぼみになってしまう。

 だが、そんな俺たちの都合など知るよしもなく、ナユタはがつがつと食事に手を付けていた。

 ……せめてもっとゆっくり、味わってないとは思えないが、噛み締めて食べてほしい。

 

「話を戻すけど」

「はい」

 

 俺も現実から目を逸らしたいので、キサラギの言葉へ耳を傾ける。

 

「今のメノウはちょっと複雑でね。あんまりこの島の外には出ない方がいいよ」

「……何か問題でもあるんですか?」

「あたしが漁師の連中から聞いた感じだと、二つほど」

 

 そこでキサラギは人差し指と中指、二本の指を立ててから、

 

「一つは、今メノウの中心部で流行り病が蔓延してるってところだね」

「流行り病……ですか」

「ああ。ま、人死にが出るほど厄介なものでもないらしいけど。とはいえ治りも遅いし、酷いと数週間も寝込んだりするみたいで、医者の先生方は揃いも揃って匙を投げてるんだってさ」

「それはいつごろから?」

「どうだろう、噂になり始めたのはここ一ヶ月かそこらかね。ただ、はじめの病人が二、三か月前にはもう出てたって話だよ。少なくとも年は跨いでない、ってくらいかねえ」

 

 はじめに疑ったのは、カルトロードの関与。

 ただ、時期が少し怪しいところがある。ナクアの件が起きたのがだいたいひと月前と考えると、それ以前にカルトロードが既に関与しており、今も奴の影響が続いている、ということになる。

 ……奴ならこの規模の実験を並行に行っていてもおかしくない、という嫌な信頼はあるが。

 いずれにせよ、確かめる必要は大いにあるだろう。

 

「もう一つは?」

「それはあの大食いから聞いた方がいいんじゃない?」

「んぐ?」

 

 するとキサラギは、未だに食事へと手をつけているナユタの方を指で示し、

 

「ナユタとか言ったね。その身なりなんだ、幽鬼の話くらい旅の途中で聞いたことあるだろう?」

『ソウナノ?』

 

 アーロンを交えての問いかけに、ナユタはごくん、と口の中のものを呑み込んでから答えた。

 

「はい。あの鬼の話は、ナユタの耳にも入っておりますよ」

「……それは何なんだ?」

「ここ三か月ほど、メノウの各所を荒らしに荒らし回っている女剣客のことです」

「あ……荒らしに荒らし回ってる……って……」

「言葉どおりの意味でございます」

 

 イスカが思わず呆れたような反応を見せたが、しかしナユタの表情は真剣そのものだった。

 

「神出鬼没でありながらその武芸は凄まじく、並大抵の剣客では相手にすらならず、巡徒や騎士団の面々ですら歯牙にもかけない強さを持つと聞いております。小耳に聞いた話では、司書連合支部を一人で蹂躙し、金品を奪って逃げて行ったとか……」

「…………」

 

 なんだか最近、身近で起きたような話だが、口を挟むのも野暮なので黙っておく。

 

「ですが、こと人命を奪うことはしないと伺っております。ただ、あの鬼が求めているのは剣戟の音色……強者との闘いを求め、このメノウを彷徨える幽霊だと、ナユタは聞いております」

 

 強者との戦いに飢え、現世を漂う亡霊――そう言葉にすると、メノウらしい話だとは思う。

 

「ゆ、幽霊……なのは、わかった、けど。な、なんで……鬼?」

「それはですね」

 

 ふとしたイスカの問いかけに、ナユタは自身の頭をちょんちょん、と指で示して。

 

「ツノが生えているんです」

「……ツノ?」

「はい。赤黒く、不吉な見た目をしたツノが二本、頭から生えているのだとか」

 

 その話を聞いた瞬間、イスカは目を見開き、俺に視線を飛ばしてきた。

 

「ローレンス……」

「ああ」

 

 どうやらこちらが本筋らしい。

 魔術的器官――本来の人間が持たないはずの、特殊な生態器官。

 俺たちが出会った人間の中で最も関連が深いのは、やはりナクアだろう。

 彼女は自身の魂を変質させ、依代が持つものと全く同じ魔術的器官を生成することができた。

 そんな人間離れした力をナクアに与えたのは、他でもないカルトロードだ。

 奴がリノンの研究施設を捜索し、魂に関する研究成果を探っていることはエンデルガストから聞いている。となれば、その幽鬼という女に奴が関連している可能性は、先の疫病の話よりも高い。

 ……追うべきだろう。

 

「ナユタは直接見たわけではありませんが、みんな口を揃えて角のことをお話ししていましたよ」

「物騒だねえ……。とにかく、あんたたちも本土に行くのはやめときなよ」

「いえ……せっかくですので、予定は変更せず本土まで足を運ぼうと思います」

「そうかい? あんた、見かけによらず物好きだね」

「多少なりとも刺激のある方が、かえって観光の思い出になるでしょうし」

 

 思いもしないどころか、自分でも反吐が出るような言葉を口にしたところで、ふとナユタが。

 

「そ……そういえばお三方は、メノウには観光に来られたと仰っておりましたが……」

「うん……。の、ノールドベルトから、船で一日かけて……やってきた、の」

「ノールドベルト……!」

「へえ、あんな都会からわざわざここまで来たのかい」

 

 ノールドベルトの名前を聞いただけで、ナクアとキサラギは意外そうな反応を見せてくる。

 

「ナユタ、お前はどうしてメノウに?」

「ナユタは……生まれはメノウなのですが、少し前から大地の降龍院を巡る旅をしておりまして。ただ、ここしばらくは故郷へ帰っておりませんでしたので、久方ぶりに里帰りを、と」

「なるほど……大地の信奉者だったのか」

 

 降龍院。三柱の龍が再びこの地に降り立つことを願った信奉者たちによって建てられた、この大陸に点在する儀礼施設。かつては龍種信仰のために建てられたものだが、現代では信仰以外にも、その国や自治体における行政を担ったり、観光名所として扱われる場所も多くなっている。

 ナクアや俺たちが拾われた降龍院も、孤児院としての機能を持っていた。

 とはいえ、このナユタと出会った場所のように、人が寄り付かず廃れてしまった降龍院も多い。

 

「だから、降龍院で……ゴーレムの補給液、啜ってたんだ……」

「お、お金がなくなっちゃいまして。ナユタはその、後先を考えずに食事をすることが多くて……その日暮らしの路銀しか、持たないよう、厳しく申し付けられておりますから……」

「申し付けられた? それは誰に?」

「ヘリオルトさまですぅ……」

 

 ……大地の龍種信仰おける、教義のようなものだろうか。

 俺は海洋の国の出身なので、他の龍種信仰の教義についてはそこまで明るくない。

 ただ、大地の信奉者が節制を重んじるのは、雰囲気として理解できるような気がする。

 

「でもナユタ、あんた明日からどうするんだい? ローレンスたちは明日の朝にはもう出ていくんだから、一文無しのナユタも出ていくしかなくなっちまうよ?」

「あ、ああ……はい……そういうことに、なってしまいます……よ?」

「だんだんこっちを見るな」

 

 息をするように責任をこちらへ押し付けてきたので、思わずそんな強い言葉が出てしまう。

 

「あの……お三方は、その、どれくらいメノウで滞在されるご予定で……?」

「そうだな。明確には決めていないんだが、長くてもひと月はメノウで過ごそうと思ってる」

「あ、そ、そんなに長いんですねえ。……もしかして、休暇とかですか?」

「そうなの……。あ、あたしたち、ね? 家族旅行でメノウに来たの……♡」

「でしたらっ!」

 

 するとナユタは、頬を赤らめながら身を捩らせるイスカなど気にしていない様子で、机の上に乗り出した。がちゃんと食器が揺れる音に驚く俺たちをよそに、ナユタが捲し立てるように叫ぶ。

 

「是非っ! お三方の家族旅行、是非このナユタに案内をさせていただけませんか!」

「えっ…………?」

「こ、ここで出会えたのも何かのご縁です! ですので、是非とも! 是非とも!!」

 

 きらきらと目を輝かせるナユタに、あろうことかイスカはその昂ぶりを抑え、困惑した表情で彼女のことを見つめ返していた。しかしナユタは留まるような様子も見せず、いつの間にかイスカの両手はナユタに捉えられており、互いの距離は鼻先が触れてしまいそうなほどまで近づいていた。

 

「大丈夫です、お三方のお邪魔はいたしません! ただナユタは、このメノウがどれだけ素晴らしい国なのかをお伝えできれば……いえもう、何ならご家族全員でメノウへの定住をお考えにと!」

「ひぃっ!? ちょ……っと、や、やめて……!」

「今のメノウは何かと物騒ですから! このナユタ、刀の腕にはそれなりに自信がございます! お三方に降りかかる火の粉は、このナユタが全て払いのけてご覧にいれましょう!」

「ろ、ローレンスっ……た、助けてっ! こいつ……っ、やばい!」

 

 イスカは助けを求めるような視線のまま、俺に呼びかけてくる。

 こいつが他人にここまで尻込みするのを見るのは、もしかすると初めてかもしれない。

 

『ナユタチャン、ヤルネ』

「ああ。まさかイスカがここまで押されるとは……」

「ささ、ローレンスさまも! 是非このナユタをご一行に加えていただければと!」

 

 ぐるんと頭だけをこちらに向けたナユタは、なおも嬉々とした表情で同行を希望してくる。

 

「もちろん報酬など必要ありません! ナユタはただ純粋に、メノウをご案内したいだけなので! この度がお三方にとってのよい思い出となるよう、誠心誠意を尽くしてまいりますので!」

「わ……分かった……っ! わかったから、いったん離れて……!!」

「!? と、ということは……よろしいのですか!?」

「いいから、早く……は、離れろっ……!」

 

 突き飛ばすようにイスカがナユタを引き剥がすが、しかし彼女は未だ陶酔したような視線を俺たちの方へ送る。ここまで来ると、その執念に感じたことのない種類の恐怖を覚えてしまう。

 ……とはいえ。

 

「ナユタの提案を飲んでやってもいい」

「は……はあっ!? ローレンスっ、ほ、本気で言ってるのっ!?」

「ああ。人手があるに越したことはないし、それにせっかくの縁なんだ。不意にするのもな」

「ちょっ、と……ね、ねえっ! ローレンス、なんかこいつに甘くないっ!?」

 

 元より俺たちの目的はメノウに潜伏しているであろうカルトロードの捜索だ。そのため今回の旅行は秘密裏で、かつ外部からの協力も期待できないという、非常に苦しい立場にある。

 そう考えれば、現地の土地勘がある案内役がいるに越したことはないはずだ。

 ……何より、ここまで対イスカの才能がある奴なんて見たことがない。

 上手く利用すれば、これから先の精神衛生に良い効果が期待できるだろう。

 

「予定も何も決めていない旅行だが、俺たちに振り回されることになってもいいなら……」

「ありがとうございます! このナユタ、お三方のご厚意は一生忘れませんっ!!」

 

 俺の言葉にナユタはべたりと床に頭を着けながら、そんな大げさなことを言ってのけた。

 何が彼女をここまで突き動かすのかは分からないが、特に断るような理由はない。

 むしろ俺たちからすれば、これ以上なく都合のいい存在だが。

 

「う……あ、あたし……家族水入らずの、旅行だと思ってたの……に」

「そう言うな。それに案内役はこの先、必要だろ?」

「……ま、あ……そうかも、しれない……けど」

 

 最後まで渋っていたイスカも、カルトロードを捜索することを考えれば否定する材料もなくなったのだろう。表情は不貞腐れていながらも、一応はナユタの同行を許可したらしい。

 ……こいつが他の女に対して後手に回っている時点で、既にナユタの才覚を感じる。

 

「な……ナユタ……あ、あんた、ローレンスに色目、使ったら……許さない、からね?」

「とんでもございません! お二人の仲に割って入ろうなど、決していたしませんので!」

「そ、そう? ま、まあ、あんた……聞き分けは良さそうだから、信じる、けど……」

「むしろこのナユタ、お二人が今以上に仲睦まじく過ごしていただけるよう、最善を尽くさせていただきます! お二人がいい感じになった際には、こう、ささっとそこら辺に隠れますので!」

「……ふぅ、ん? あんた……やけに、分かってる……ね?」

「もちろんです! お二人の振る舞いを見れば、一目でご夫婦だとは見抜いておりましたので!」

 

 なんて極力関わりたくない会話が繰り広げられていたところで、ふとキサラギが俺に。

 

「……なあ、ローレンス」

「はい?」

「あんたやっぱ、小さいのが趣味なのかい?」

「すいません、明日に備えてもう寝るので、早く寝床を用意してくれますか?」

 

 かくして。

 

 




本編メインヒロイン:背も低ければ胸も平たいガキ!(イスカ)
第一章のキーキャラ:背も低ければ胸も平たいガキ!(ナクア)
第二章のキーキャラ:背も低ければ胸も平たいガキ!(リノン)
第三章のキーキャラ:背も低ければ胸も平たいガキ!(ナユタ)

全然そんなつもりではあるんだけどこの小説ガキしかいない
でもまあ一貫性はあるからOKか
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