メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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31 メノウ国(中)

 

「すぴ…………すぴぴ……すぴ……」

 

「…………ねえ」

「なんだ」

「な、ナユタが……ぜんっ、ぜん……起きないんだけ、ど……?」

「そうだな」

「……こ、こんな情けないヤツ……ほ、本当に連れて行く……の?」

「いや……その、なんだ。俺も考えを改める。このまま置き去りにしたっていい」

「………………」

「………………」

「……まあ、そ、の……た、叩き起こしてから……考えよ、う?」

「頼んだ」

 

「すぴ……。あいたっ?! え? い、イスカさま? あ、お、おはようございま……へぶっ!? ぶはッ! ちょ……お、起きます! 起きました! 起きてますので! んぶッほ!? えっ本当に容赦な……ぶぼッ! えぶっ!? ちょ、ごめんなさい! ごめんなさい! ぐぼッは!!」

 

 

 翌日の朝。

 昨日の宣言通り、俺たちは”博闢の門”を使い、メノウの中心部――カラスバ島を訪れていた。

 

「こちらがメノウの中心部、カラスバ島のヤトウの港です!」

 

 パンパンに腫れた頬とボサボサに乱れた髪もそのままに、ナユタは高らかにそう叫んだ。

 眼前に広がるのは、遠くに山岳地帯を望む広々とした街並み。建物の建築様式や道路の敷設具合はサギ島のそれと変わらないが、その規模は遥かに大きく、人の往来もサギ島の比ではない。

 時刻はまだ昼前にも関わらず、街に並ぶ商店からは騒々しい声が無数に飛び交っている。また、道を行き来する人々もどこか活気づいているように見え、賑やかな雰囲気を作り出していた。

 街並みや人々の服装などを抜きにすれば、雰囲気はどこかノールドベルトに近いものがあって、この街がメノウで最も栄えている場所だということはすぐに察せられた。

 

「ひ、人が……ものすごく、多い……ね?」

「はい! ヤトウの港はメノウ国民の四割ほどが暮らしている場所ですので!」

「地理的にも経済的にも、メノウの中心部なのか」

 

 カラスバ島は四つに分かたれたメノウの中央に位置しており、その東方に俺たちが出立したサギ島、西方にはカラスバ島と同等の広さを持つシラキジ島と、一回り小さいセキレイ島が並ぶ。

 これらの島の名前は全てメノウを主な生息地とする鳥類が由来であり、ヘリオルトがこの島を四つに分断した際、それぞれの大地へ最初に降り立った鳥の名を取ったということらしい。

 

「う、うぅ……ひ、人酔いしちゃい、そう……」

『アラマー』

「……久しぶりにこんな人混みに出たな」

 

 なんとも不快そうに顔を歪ませるイスカの肩を支えてやりながら、そう言葉をかける。

 元よりこいつは人混みと日光を大の苦手とする生粋の引きこもりだ。ノールドベルトは元より住み慣れていた街、エストレアは魔術師という自身が見下している存在が殆どだったが、対してこのヤトウの港はイスカも初めて訪れる地、周囲も活気づいているとなれば気苦労も激しいのだろう。

 

「それにしても、病災に見舞われているとは思えないほどの活気ぶりじゃないか」

「もちろんです! メノウの人間はそれくらいのことではへこたれません!」

『デモメノウ国ッテ、ナンカ病気流行ッテ一回終ワリカケタンジャナイノ』

「………………し、神話の中のお話ですので!」

 

 なんとも答えにくそうに頬を引きつらせながら、ナユタが答える。

 まあ、さすがにこの規模の都市であれば、病災への対策も行われているだろう。

 

「ナユタぁ……ひ、人が少なくて、落ち着けるような……日陰になってるとこ、案内して……」

「わかりました! ではナユタがお世話になった鍛冶屋へご案内いたします!」

「懇意にしているところがあるのか?」

「はい! ナユタが持っている刀も、そちらで打っていただいたものですから!」

 

 そこでナユタは自らの腰に差した刀を、俺たちへ示すように身体を傾けた。

 メノウの信仰と武勇の象徴である、かつてこの国を訪れた依代が齎した武具――刀。

 それはナユタに限らず、ヤトウの港を行き交う多くの人間が携帯しており、メノウが武器社会であることがひしひしと感じられた。改めて考えても物騒すぎる国だと思う。

 ……キースから借りたまま、今もなお服の下に忍ばせている銃の存在はナユタに伝えていない。単にその機会がなかったからというのもあるが、何より俺たちは秘匿任務の最中だ。ナユタを信頼していないわけではないが、無暗に自身の手札を明かすこともないだろう。

 

「ではご案内いたしますので、ナユタについてきてくださいね!」

「ああ。頼んだ」

 

 それからヤトウの港を、ナユタの案内でのんびりと歩いていくこと、しばらく。

 やがて俺たちは港の中心部から少し離れ、人通りも少なくなってきた街並みへと入る。

 とはいえ人々の賑わいは未だ健在で、商業区画と居住区画の境界部といった雰囲気だった。ちょうど俺たちが住んでいるノールドベルト魔術大学の付近も、こんな様子だったように思う。

 ナユタが目的とする鍛冶屋は、そんな街中の十字路に面する位置に鎮座していた。

 

「こちらがメノウいちの刀匠、ミヤシロさまの鍛冶場となります!」

 

 そうやって両手を広げるナユタの背後に立つのは、随分と年季の入った木造の鍛冶屋だった。

 大まかな見た目は街中に並ぶ建物と変わらないが、入り口に張り出された看板には、くたびれた文字でミヤシロの銘が記されているのが見える。ガラス張りになっている玄関から内装を覗くに、どうやら入ってすぐはこの鍛冶屋で鍛造された商品の販売所となっているらしい。

 

「ミヤシロのおじさまー! ナユタが来ましたよー!」

 

 無遠慮なのか威勢がいいのか分からない掛け声と共に、ナユタが堂々と玄関を開ける。

 それに続いて鍛冶場の門戸を潜ると、予想通り入ってすぐはこちらの工房で作成された金物の販売所となっているようで、いくつか並ぶ棚には大小さまざまな刃物や、農具や炉端道具といった日用品、果てには砥石などのような刃物の手入れ用品までが数多く並んでいる。

 値段はどれも相場より一回り高いが、素人目にも相応の出来だと分かるものばかりだった。

 

「……砥石か、いっそのこと新しい包丁くらいなら買っていってもいいな」

『ナント、門デ送料モ無料トイウコトデネ』

「おじさまー! ミヤシロのおじさまー! ナユタです! かわいいかわいいナユタですよ!!」

 

 商品を眺める俺たちをよそに、もう一度ナユタがこちらの存在を主張する。

 

「オヤジならおらんよ」

 

 果たしてカウンターの奥から姿を現したのは、一人の少女だった。

 伸ばした黒い髪を頭の後ろで小さくまとめら、藍色が目立つ上着に袖を通している。その上からは、鍛冶場で作業する際に使うものなのだろう、厚手のエプロンを肩から垂らしていた。

 そんな、いかにも鍛冶屋の娘といった風貌の人物に、ナユタは首を傾げながら、

 

「あれ? もしかして……イオリさま?」

「久しぶりだね、ナユタ。相変わらずバカそうで何より」

 

 おそらくナユタとは知己なのだろう、イオリと呼ばれた少女は退屈そうに答えた。

 

「その……ミヤシロのおじさまがいない、というのは?」

「あんた流行り病の話聞いてないの? ウチのオヤジもやられて隔離されてるの」

 

 そうして軽い世間話を続けていたところで、イオリはふとこちらに視線を投げてから、

 

「んで、そっちの陰気な男とチビな女とガラクタは何?」

「チビ……?」

『ガラクタ……?』

 

 陰気……?

 

「こちらはローレンスさまとイスカさま、アーロンさまです! 今回、メノウへ観光に来られたということで、ナユタがご案内している最中でして……こちらに立ち寄った次第です!」

「メノウに? よりにもよって今? あんたたち、変わってんね」

 

 ナユタの話を聞いたイオリは、なんとも冷ややかな目をこちらへ送ってくる。

 だが、事前に聞いたメノウの現状を考えれば、その反応も当然だろう。

 

「な……何、こいつ……生意気すぎな、い……?」

『ドウスル? ヤル? ヤル? 門トカ開ケテ海ニ落ッコトス?』

 

 生意気の程度としては変わらない二人がイオリを敵対視しているのは、無視。

 

「初めまして。ノールドベルトから観光に来ました。ローレンス・エルマークです」

「どーもご丁寧に。ウチはイオリ。オヤジの手伝いしてる鍛冶屋の見習いだよ」

「イオリさまのお父さまは、メノウでいちばんの刀匠さんなんです! 過去に行われたメノウの刀剣品評会では、なんと二度も最優秀賞を獲ったお方で! あのオルトライズ商会の武器職人も打ち負かしてしまうほどの刀を打った、生ける伝説とも呼べるお方なんですよ!」

「ま、そんなオヤジも今は寝たきりの病人だけどね」

 

 興奮気味に語るナユタに対するように、イオリはカウンターに肘をつきながら呆れたように付け足した。とにかく、この鍛冶場が相当に名高い場所であること、だがその責任者とも言えるような人物が今、席を外していることは理解できた。

 

「そんなわけで、来てもらって悪いけど、今新規の受注は全部止まってるの。なにせ刀匠がいないからね。置いてあるヤツなら買っていけばいいけど、それ以外は無理」

「それは災難で……となると、今この工房はカザミさまが?」

「…………兄弟子はどっか行ったよ」

「なんと!?」

 

 そこでナユタは目を見開いたかと思うと、自らの腰に差した刀を手に取って、

 

「つまり……この刀は、カザミさまの遺品ということですね……」

「勝手にウチの兄弟子を殺してんじゃねーよ」

 

 イオリは苛立たしげに舌打ちをして、ナユタを睨みつけた。

 ……だいぶ話が二人の間だけで進んでいるので、不明な点を洗っていく。

 

「兄弟子というと……先ほど話に出てきた、ここの責任者に師事していた者ですか?」

「はい。カザミさまという、それは腕のいい刀鍛冶様でして……ナユタの今持っている刀を打ってくださったのも、カザミさまなんですよ。とてもお優しい方でした!」

「メノウの人間じゃないんだけどね。確か出身はフィールトラッセって言ってたかな?」

 

 フィールトラッセ、というと……。

 

「あ、あたしも行ったことある、よ……フィールトラッセ……」

「なに、そうなの?」

 

 フィールトラッセ。準元観測学派の本拠地であり、天空に最も近いとされている国。

 メノウが大地の龍(ヘリオルト)の庇護を受けた国であるならば、フィールトラッセは天空の龍(セレニア)の庇護を受けた国だ。かの国は天空に聳える巨大な山の頂点に位置しており、その特殊な立地環境を利用した各地の天候の観測、またこの大陸の標準時の計測等も行っている。

 いわゆるこの基底現実の時空間的基準を定める、魔術的・社会的にも重要な国であり、それらの業務はフィールトラッセ準元観測局という天空の派閥が管轄している。同組織は因果律論や多元論なども取り扱っており、空間や時間といった世界の仕組みに関連した研究を行っていた。

 身近な人間で言えば、それこそイスカは第四階梯に至る前は準元観測学派に籍を置いており、アッシュレインも今の処罰を受ける前までは準元観測学派の第一階梯魔術師だ。また、メルティナも”予言”の拡張研究で評定会の直前までフィールトラッセ準元観測局を訪れていたと聞いている。

 

「と、いうこと、は……その、兄弟子は、天空の信奉者?」

「そう。でもなんか色々と事情があって、メノウに流れ着いたんだって」

「ですが、ミヤシロのおじさまは、カザミさまをたいそう気に入ってましたよね?」

「ね。オヤジは本気だったよ。この鍛冶場はカザミ兄に継がせる、って言ってたし」

「ええっ!? か、カザミさまはもしや、”境地”に……!?」

 

 驚いたように目を見開くナユタの隣で、気になった点をイオリへ質す。

 

「”境地”……? 何か、メノウの文化的な背景が?」

「まあね。メノウの刀匠にとって、自分の鍛冶場を持つことは一つの到達点なの。つまり兄弟子は、刀匠としての境地に達するかもしれないくらい優秀、ってオヤジは思ってたってこと」

「で、ですが、まさか、メノウの出身ではない者が、”境地”に至るとは……。カザミさまに打っていただいたこちらの刀が、なんだか急に恐れ多いものに見えてきましたね……」

「でも、兄弟子は数か月前にフラっとどっかに出てって、それっきり」

 

 これ以上はイオリも話したくないのだろう、彼女は一度そこで言葉を区切ってから、俺たちの方へと向き直った。

 

「だからせっかく来てくれたのに悪いね。今この鍛冶場は職人がいないんだよ。だから刀どころか包丁や農具も打つのは無理。お茶したいなら、港の方に行った方がまだマシなもん出てくるよ」

「いえ……こちらも大変な時に足を運んでしまい、申し訳ありません。またメノウを離れる際、土産として包丁なんかを見に来たいと思います。その時はよろしくお願いします」

「キッチリした男だなあ……。ま、せいぜいメノウを楽しんでいきな」

「ありがとうございます」

 

 イオリはそこで会話を終えると、そそくさと店の奥へと消えてしまう。

 そうして残された俺たちの中、はじめに言葉を落としたのはナユタだった。

 

「い、イオリさま……。カザミさまも、おじさまもいないとなると、寂しそうですねえ……」

「だが、よそ者の俺たちがいても邪魔になるだけだろう。今日のところは引き上げるか」

「……そうですね」

 

 未練がありそうなナユタは、しかし俺の言葉に頷くと、踵を返して鍛冶場を後にする。

 その足取りを追おうとしたのと、イスカが俺の服の裾を引くのは同時だった。

 

「ね、ろ、ローレンス……」

「? イスカ、どうした?」

「さっき、話に出てきた、兄弟子……フィールトラッセの、出身だ、って……」

「そうだな。お前やアッシュレインと縁がある……」

 

 そこまで口にしたところで、イスカの言いたいことは分かった。

 

「まさか、魔術師か?」

「か、カルトロードは、数年前に、準元観測学派にいたアッシュレインと接触して、た……つまり、フィールトラッセに出向いてた……。い、一応、その兄弟子の話は、聞きたい、よね……」

「だが、イオリ本人があの調子だと、話をしてくれるかどうかは怪しいな」

「…………で、でも、知り合いっぽいやつなら、そこにいる、よ……」

 

 くい、とイスカが小さな顎で示した、その先には。

 

「カザミさま……どちらにいらっしゃるのでしょう……?」

 

 思いつめたような表情で、自らの腰に差す刀に目を落とすナユタの姿があった。

 

 

 同日の正午過ぎ、カラスバ島内、ヤトウの港、街道に面する飲食店のテラス席にて。

 

「カザミさまがメノウを訪れたのは、四年ほど前だと聞いております」

 

 改めてナユタにその兄弟子――カザミという人物について尋ねると、すいませんまず注文だけさせてもらってもよろしいですか? と一言添えたのち、店員にありえない量の注文をつけたあと、次々とテーブルを埋め尽くす料理を眺めながら、彼女はようやく語り出した。

 

「詳しい経緯はナユタも存じ上げておりませんが……ミヤシロのおじさま曰く、ある日ふらっと鍛冶場を訪れたのだと聞いております。ナユタが初めてカザミさまにお会いした時は、既にあの鍛冶場にたいへん馴染んでおられましたよ。イオリさまとの仲も、大変よろしかったようで……」

「……か、鍛冶屋の、勉強をするために……来たわけじゃない、のかな?」

「なんとも……。多くは語らないお人でしたので。あ、でも、無愛想というわけではございませんよ? とてもお優しいお方で、何度か食事や酒の席にもご一緒させていただきました……」

 

 ナユタはカザミのことを良く思っているらしく、その言葉に少なくとも棘はなかった。むしろカザミが不在だったことが相当効いているようで、見るからに落ち込んでいる様子が見て取れる。

 だが、第三者として話を聞くのであれば、怪しい点があることは事実だ。

 フィールトラッセからメノウへ流れ着いた、多くを語らない謎の青年。

 カルトロードとの関連を疑うのは早いと承知しているが、気になるものは気になる。

 

「ね、え……ナユタ。そいつ、魔術師だった?」

 

 イスカも同じ考えなのだろう、ナユタに対してそんな質問を渡していた。

 

「……どうでしょう?」

「どうでしょうって何だお前」

「あ、いえ、メノウではそもそも、魔術がそこまで広く伝わっている国ではないので……魔導器やゴーレムは確かに存在しますが、それこそ専門職の色が他の国よりも強く出ておりまして。日常的に魔術を使う機会があまりなく、日々の振る舞いで魔術師かどうかを判断するのは難しいのです」

「…………ま、あ……そっか。い、言いたいことは、分かる、かも」

「つまり、魔術師でもおかしくはなかった、ということか?」

「そ、そうなりますねえ……」

 

 確かにメノウはエストレアやノールドベルトのように、そこまで魔術が普及しているような国ではなかった。国の風俗はどこか原始的で、先日エンデルガストから聞いた排他的で閉鎖的な国、という雰囲気は確かに感じられる。良くも悪くも、大陸から離れた極東の島国という印象だ。

 

「そう考えると、フィールトラッセの人間がメノウに来るのには、何か事情がありそうだな」

「そこはナユタも気になっておりました。ですから何度か、故郷の話をお尋ねしたのですが、カザミさまは首を振って誤魔化されるばかりで……踏み入った話もできず……」

「うー……ん。四年前、となると……」

 

 当時、準元観測学派に所属していたアッシュレインがカルトロードと接触したのは、六年前。

 つまりカルトロードは六年前、フィールトラッセを訪れていたということになる。

 そのカザミという人間がどういう経緯でメノウを訪れたかはまだ不明だが、時系列を考えればカルトロードと接触していた可能性は十分にあり得るだろう。それに、メノウが二つの災害に見舞われているこの状況で、それが本格化する前に姿を消した、というのは少し引っかかる。

 メノウの病災、幽鬼と呼ばれる女剣客、消えたカザミという男。

 少なくともどれかにカルトロードは干渉しているはず、だが……。

 

「……まあ、もうしばらく観光しようか」

「そ、そう、だね……ナユタ、午後も……案内、よろしく」

「はい! このナユタにおまかせください!」

 

 決め打ちをするには早すぎる。もう少し調査を続け、情報の精度を上げるべきだ。

 

「では、午後のために腹ごしらえをいたしましょうか!」

「そうだな」

 

 既に机の上には、表面が見えないほどの山――その八割ほどが、ナユタが注文したもの――が並んでおり、ナユタは先程の話の最中もちらちらとそこへ視線を送っている。

 

「あ、あんた……さあ……いくらなんでも、食べすぎ、じゃない?」

「えへへ……それほどでも……」

「褒めてない」

 

 代金は当然のように俺たちが持つことになっている。そもそもナユタに経済力を期待しているわけがないし、元よりイスカも俺も金だけはあるので、そちらの方面の問題はない。

 そうして話もひと段落し、注文した料理に手を付けていたところで。

 

『ア、イイナー』『ゴロゴロー』『オイシソー』

 

 ふと、足元にサギ島でも見た球体状のゴーレムが転がってくるのが見えた。

 

「…………? ? え? こ、こいつら、サギ島にしか、いないんじゃなかった……っけ?」

「そう……だよな? なんでいるんだ、この野良のゴーレム」

 

 カラスバ島を巡っている中で一度も見かけなかったため、てっきりサギ島特有の生態(?)だと思っていた。それがまさか、メノウの中心部であるカラスバ島にまでやってきているとは。

 

「……なあ、ナユタ」

「んぐ! はい、なんでしょう?」

「この野良ゴーレム共、サギ島だけのものじゃなかったのか?」

「え? ……あれっ? なんでこの子たち、カラスバまで来てるんですか?」

 

 これにはナユタも想定外だったようで、料理もそのままに、見開いた目をゴーレムへと向ける。

 周囲の喧騒が耳に入ってきたのは、それと同時だった。

 

「まずい、達磨だ! 達磨が出たぞ! 巡徒の連中にすぐ伝えろ!」

「運がいいね、今回は俺の番だ! 奴は俺が仕留める!」

「逃げろ逃げろ逃げろ! 切り殺される! さっさと屋内に隠れろ!」

「毎回いきなり来ないでくれるかなあ、あいつ! あーもう、準備も覚悟も出来てねえのに!」

「な……何、これ……?」

 

 イスカの困惑するような声が、周囲の喧騒に埋もれていく。

 街を行き来するメノウの人間も次々に屋内へと避難していく一方で、一部の若い男連中は腰に吊った刀に手をかけ、騒ぎの中心に向かっていく。その異様な光景を俺たちはただ困惑しながら見届けることしかできなかった。

 

「ナユタ、これもメノウの文化か……?」

「いえ、こうした催し事はナユタもはじめてで……」

 

 困惑するナユタの足元で転がる野良のゴーレムへ、アーロンが。

 

『ネエネエ』

『ナーアニ?』

『何シテンノ』

『メノウ剣客綺譚・九十九(ツヅラ)揺籃歌(ヨウランカ)!』

 

 は……?

 

「ろ、ローレンス、あぶないっ!?」

 

 イスカの叫ぶような声を聴いて、即座に意識を背後へ向ける。

 果たして俺の視界を埋め尽くしたのは、巨大な岩石の塊だった。

 

「な、っ……!?」

 

 間抜けな声が喉から漏れたのと、俺の目の前で一筋の剣閃が迸ったのは、ほとんど同時だった。

 次の瞬間、眼前に迫る岩石は二つに切り割かれ、俺を避けるように地面へと崩れ落ちていく。

 茫然とそれを見届ける俺の前には、いつの間にか抜いた刀を静かに構えるナユタの姿があった。

 

「ご無事ですか、ローレンスさま」

「あ、ああ……助かった」

「な……ナユタっ! よくやった、っ! あんたはえらい!」

「お褒めの言葉をいただくには、まだいくらか早いかもしれません」

 

 荒ぶるイスカに対し、ナユタは静かに真正面を見据えている。

 彼女が向ける視線の先では、メノウの剣客たちが地面に伏せる光景が広がっていた。

 凄惨な光景だが血は流れておらず、倒れている連中にもなんとか息があるのが確認できる。

 そして、その中でただ一人、服も乱さないまま立つ女の姿が見えた。

 

「あははは! なんだ貴様ら、そんなものか! まったく、最近のメノウの剣客は情けないな!」

 

 燃えるような紅の髪に、桃の花をあしらった白い装束。

 整った顔立ちと相反するような、威勢のいい態度と声量。

 左手に握っているのは、黒く染まった刀身を持つ、一振りの刀。

 何より特徴的だったのは――頭部に戴く、赤黒く染まった二本の角。

 間違いない。話に聞いた通りの容姿で、あれこそが。

 

「ゆ……幽鬼、って、やつ?」

「……おそらくは」

 

 今一度、刀を握り直すナユタに続いて、イスカも両手にそれぞれ魔術式を展開。

 俺も懐に忍ばせた銃へと手を伸ばし、最悪の事態を想定して尻尾の顕現を覚悟する。

 殺気のようなものを感じ取ったのだろうか。やがて幽鬼と思しき女は俺たちの存在に気づいたかと思うと、刀を肩に担ぎながらこちらへ顔を向けてくる。

 

「おお、まだ残っていたのか! えー、ひい、ふう、みい……うむ! 結構結構!」

 

 そのまま彼女は一人で納得したかと思うと、ずんずんとこちらへ歩みを進めてきた。

 

「イスカさま、ローレンスさま、ナユタの後ろに」

「……俺たちもある程度場数は踏んでいる。ただ、前衛は任せた。俺は支援に回ろう」

「分かりました。ですがお二人とも、危険を感じた際はすぐに退避を」

 

 ナユタと短い言葉を交わし、意識を前方の幽鬼へ。

 数はこちらが有利だ。何よりこちらにはイスカがいる。大抵の相手ならなんとかなる――。

 ――その確信を揺らがせるほどの凄みが、目の前の女にはあった。

 

「うむ、その意気や良し! では行くぞ! まずはァ――」

 

 そう女が言葉を発した直後、どん、という衝撃波が全身を駆け巡る。女が地面を蹴り、一瞬で俺たちと距離を詰めたと気づいた時には既に、刀を振りかぶる彼女の姿が目の前にあった。

 幽鬼。メノウを荒らしに荒らし回っているという、戦いに飢えた鬼。

 今この場において、彼女が自ら刀の切っ先を向けるに値する強者とは。

 現代の第四階梯魔術師、『理外』のイスカ。

 大地の信奉者、メノウの旅人であるナユタ。

 ――――ではなく。

 

「俺…………っ!!?」

 

 明らかにこちらを標的として振り下ろされる刀へ、咄嗟に抜いた拳銃のグリップを当てることで受け止める。だが衝撃を殺すことなどできるわけもなく、そのまま彼女の突撃に巻き込まれるような形で、俺の身体は後方へと強く押し飛ばされていく。

 

「おおおおぉぉおおおっ!」

「っ、く……!? がはっ!?」

 

 そのまま刀を握る腕全体に力を込められたことで、俺の身体は宙を舞い、地面を何度か跳ねる。

 急いで体勢を立て直したところで、俺たちが食事をしていた飲食店が、既に遥か遠方にあるのが見えた。おそらくあの一撃で、建物の五、六件ほどの距離を一気に移動させられたのだろう。

 ……まずい。イスカと離された。

 

「尻尾!」

 

 迷いもなく尻尾を顕現させるのと、次の攻撃が襲い掛かってくるのは同時だった。

 懐に潜り込まれ、下半身から捲るような一撃を尻尾で受け止める。がいん、と鈍い音が響き渡ったところで、彼女も俺の尻尾を見て驚いたのか、一瞬だけ動きが止まったのが見えた。

 力がわずかに緩むのを見て、尻尾を使いそのまま刀を押し切る。そのまま身体を回転させ、尻尾で前方を薙ぎ払うと、幽鬼は大きく後方へ舞い上がり、俺と距離を取った。

 宙に浮かぶ女に狙いを定め、尻尾に指示を出す。

 

「今だ! 貫け!」

「おおっ!?」

 

 女に狙いを定めた尻尾は一度バネのように縮むと、次の瞬間に刺突。目視すらも難しい速度で女の胴体を目掛けて伸びていくが、しかし彼女はそれに反応し、刀で尻尾の軌道を逸らして防御。

 そのままわずかに崩れた体勢を安定させ、軽々と地面に着地した。

 

「面白い! 貴様、尻尾が生えるのか!」

「お前だってツノ生えてるだろ!」

「あっはは! 確かに確かに!」

 

 軽快な声を上げて笑う女が、今一度手にした刀を俺に向ける。

 

「貴様、名前は!」

「……ローレンス」

「ローレンスか、気に入った! 貴様も歌に数えてやろう!」

「何を……」

「おい達磨ァー! いつものやつ、やれッ!」

『ホイキタ!』『アイヨッ!』『ゴロゴロー!』

 

 女の叫びに応えるように、どこからともなく野良のゴーレムたちが次々と転がってくる。

 奴らは俺と彼女を囲むように陣取ったかと思うと、突然その中の一台が、

 

『天下無双、鎧袖一触! コレヨリ幽世ノ鬼ガ吟ジルハ、メノウ剣客綺譚・九十九ノ揺籃歌!』

「だから何なんだそれは!」

 

 そんな叫びに続くようにして、他のゴーレムも次々と言葉を並べていく。

 

『次ナル戦場(イクサバ)ハ、メノウ国・カラスバ島、ヤトウノ港街!』

『此度モ奏者ハ揃イ並ビ、イヨイヨ剣戟ト闘乱ノ幕ガ上ガル!』

『サアサア皆々様、ゴ拝聴! 天地万物、森羅万象ニマデ響ク、ソノ歌ヲ!』

 

 語られる祝詞の中で、女は刀を構え直し、こちらを見据えながらにたりと笑う。

 俺の尻尾も、わずかに残った自我でその意図を理解し、尾先を彼女へと向けていた。

 そして。

 

『吟ジ手ハ代ワラズ、幽囚鬼神・桃花久遠(クオン)!』『相対スルハ、槍使イ・ローレンス!』

『イザイザ! 尋常ニ――――勝負!』

 

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