■
一瞬で俺の直上へと舞い上がった”幽鬼”――クオンが、大振りな動作で刀を掲げる。
そのままこちらを切りつけようとする彼女に、迎撃ではなく防御に徹するよう尻尾に指示。すぐさま尻尾は俺を中心として円を描くように展開し、尾先ではなく鱗で刀を受け止めようと試みる。
その隙に俺も銃を構えつつ、衝撃に耐えるよう姿勢を――。
「っ……!?」
クオンの振り下ろす刀を尻尾が受け止めた瞬間、骨にまで響くような重たい衝撃が走った。
尻尾が切断されるような事態には至らなかった。元よりこの尾はそう容易く傷つかない。
だが、衝撃によって揺らいだ視界の端で、地面に亀裂が入っているのが見えた。
(尻尾で受け止めて、これ……!? こいつ、どういう身体出力してるんだ!?)
エンデルガストがキースと戦う際に見せた身体強化魔術なんて比ではない。
おそらく素体の生体強度――それこそ、依代と同程度のもの!
「尻尾……!」
だが、受け止めることには成功した。すぐさま尻尾へ攻撃を指示。
鱗で攻撃を受け止めたため、尾の先端には自由があった。
彼女の例えた通り、槍先のように鋭利な尾先は、クオンへと狙いを定めて刺突していく。
「おぅ!? なんだこの尻尾、ずいぶんと活きがいいな!」
しかし彼女はわずかに身体を逸らし、尻尾の攻撃を回避。
頬の真隣を抜けて行った尻尾は、彼女の髪先をわずかに揺らすだけだった。
だが、意識は確実に逸れた。腰の下で拳銃を構え、銃口を彼女の方へ向ける。
「!? それは……!」
ここで殺してしまってはカルトロードに関する話が聞けなくなってしまう。
なので狙いは左肩。利き手を損傷させれば、動きにある程度の制限はかけられるはずだ。
そもそも銃弾一つで死ぬ相手だとは思えない――そんな思考を排し、引き金に指をかけた。
放たれた銃弾は、運よく狙い通りに彼女の左肩へ向かって飛翔した、が。
「ふん!」
「な……?!」
こいつ、っ……角で銃弾を……!?
「あっぶな! ローレンスお前、小賢しいモン使いおってからに!」
「っ、がは……っ!」
おそらく向こうも紙一重ではあったのだろう、驚きに駆られたまま俺の胴体へ掌底を繰り出してくる。尻尾の防御をすり抜けながら突き出されたそれに、俺の身体は軽々と吹き飛ばされた。
「尻尾……!」
衝撃のままに地面を何度も転がされる中、尻尾に体勢制御の補助を指示。意図を組んだ尻尾は俺の身体を無理やり引っ張り上げて起こすと同時、周囲を一閃して舞い上がる砂煙を振り払った。
ふらついて伸ばした手に、尻尾がその尾先を添えてくれる。
「……最近は利口で助かるな、お前」
ぼそりと零した俺の言葉に、尻尾はぶるぶると身を震わせていた。
「あっはは! 面白い面白い! お前、見た目よりもずいぶん戦えるな、ローレンス!」
刀を左手に握ったまま、クオンが大声を上げて笑う。
『スゴ~イ』『シンキロク!』『ゴロゴロー!』
『デモ結局、槍使イナノ? 銃師ナノ?』『ハッキリシテヨネー』
同調するようにわらわらと喚き出す野良のゴーレムたちは無視。
そのまま尻尾に臨戦態勢を取らせながら、クオンへ向けて口を開いた。
「クオン……で、いいんだよな? 一つだけ聞きたいことがある。いいか?」
「どんとこい!」
「カルトロード、という名前に心当たりは?」
「?」
俺の渡した問いかけに、彼女はきょとんとした表情のまま首を傾げるだけだった。
……確かに、奴は事あるごとに名前を変えている。ナクアだってカルトロードではなく、レムナンティスという人間に会ったと証言していた。このメノウで、奴がカルトロードという名を使っているとは限らない。レムナンティスか、あるいはまた別の名義を用いている可能性もある。
「眼鏡をかけた金髪の男だ。知らないか?」
「そんなのメノウにごまんとおるしなあ……もう少し特徴はないのか?」
「太陽と鋏の紋章。白衣をいつも身に着けている。誰にでも敬語だったな」
「うーむ? うむ……。ずばり、一言で言うと?」
「………………こう、家具の配置を少し崩しただけで、不機嫌になりそうな男だ」
「知らんわそんな奴ァ!」
「こいつッ……!」
言うが早いか、クオンは再びその脚力で俺との距離を詰めてくる。
そうして俺の尾と、クオンの黒い刀が衝突しようとした、その瞬間。
「ローレンスさま、っ!」
頬が切り裂かれるような錯覚を起こすほどの旋風。それがこの場に駆け付けたナユタの起こしたものだと気づいた時、既に彼女は抜いた刀でクオンの黒い刀を受け止めていた。
「ナユタ!」
「なんだこのチビ! すばしっこいな!」
「ローレンスさま、ご無事で……っ、し、尻尾!? ローレンスさま、尻尾生えてますよ!?」
「悪い、後で話す! 今はあいつを何とかするぞ!」
「わ、わかりました!」
尻尾に指示を出し、クオンの背後へ狙いを定める。
そのまま刺突を行うが、クオンはナユタとの押し合いを解くことでそれを回避。一歩、二歩と退いていくクオンを見据えながら、ナユタは深く息を吐いて、再び刀を構え直していた。
腰を深く落とし、刃を上にした刀の切っ先を正面に向け、左手はその峰に添えるのみ。
メノウの剣術文化に疎い俺でも分かる。あまりにも異質な構えだ。
「すぅー…………、っ!」
そうして深い呼吸のあと、ナユタの姿が忽然と消える。
次の瞬間、空を切り裂く音と共に、彼女はクオンの眼前に姿を現していた。
「おおっ……!? 速い!?」
さすがのクオンも彼女の速度には対応できなかったのか、刀を構えはしたものの、衝撃を殺しきれずに後方へ押し出される。だがそれもつかの間、再びナユタは瞬間的に移動し、今度は彼女の直上に姿を移す。そのまま刀に体重をかけ、斬撃ではなく刺突を繰り出した。
クオンは刀が突き立てられる寸前でそれに対応し、身体を翻すことでそれを回避。
だが再びナユタは姿を消し、今度はクオンの右半身に狙いを定め、斬撃ではなく踏み抜くような蹴りを両脚で放つ。あれだけの速度で移動できるナユタの脚力。当然、その威力は想像を絶する。
「ぬふーーっ”!?」
蹴撃をモロに食らったクオンは、野太い悲鳴を上げつつ吹き飛ばされる。
一方で彼女を蹴りつけた反動で滞空していたナユタは、謎の原理で宙を踏み抜いて加速。
そのまま転がり続ける彼女に追撃を仕掛けようとする、が。
「なにおう! まだまだァー!」
刀を地面に突き立て、無理やり速度を殺したクオンがぐるん、と首を回してナユタを見据える。
ナユタもさすがにこれには反応できなかったのか、彼女の振るう刀は空を切るのみだった。
すかさずクオンは握り直した刀を振るうが、既に姿を消したナユタが背後に現れるのを予測していたのか、回転するようにそのまま刀を振り回し、振り抜いたナユタの刀を受け止めていた。
顔を歪めるナユタの一方で、クオンはにやりと口角を吊り上げている。
「面白い! 貴様、縮地の使い手か!」
「っ……この段取りで、仕留めきれなかったのは、あなたが初めてです……!」
縮地――おそらくナユタの転移とも呼べるような身体挙動を示しているのだろう。
原理は一切不明だが、しかし立体的な彼女の動きに、クオンは翻弄されているようだった。
「今だ、行け! 動きを止めろ!」
その隙をついて地面を這うように尾を伸ばし、彼女の脚を狙う。
刺突は狙わず、脚に絡まるように指示。
「おおっ!? 忘れとった!」
「っ……お役目は果たしました! アーロンさま、イスカさま!」
『ハーイヨ』
ナユタが叫んだその瞬間、クオンと彼女の間に入るようにして小さな”博闢の門”が出現。
そこから伸びた腕の先には既に振動の魔術式が何層にも重なって展開されていた。
「えっ? なんだこい――」
呆気に取られたクオンが言葉を続けるよりも先に、魔術式が起動。
直後、凄まじい轟音が響き渡り、離れていた俺でも吹き飛ばされかねないほどの衝撃が走る。クオンの身体が勢いよく彼方に吹き飛ばされたのもつかの間、俺の視界は舞い上がる土煙によって完全に遮られ、思わず腕で顔を覆う姿勢を取ってしまった。
尻尾もその衝撃には耐えきれなかったのか、拘束を解き、俺の傍へと戻っている。
やがて舞い上がった土煙が晴れたその先には、”博闢の門”を通るイスカの姿が見えた。
だが、その表情は未だに緊張の色に染まっている。
「あ、あいつ……どんな身体強度、してる……の?」
『コワー……』
果たして彼女の視線の先には、よろよろと体勢を立て直すクオンの姿があった。
……死んでいないのは助かるが、あの術式を喰らってなお意識を保てているのも恐ろしい。
「どうされますか、ローレンスさま」
「いくつか奴に聞きたいことがある。可能なら奴を拘束したい」
「わかりました。では、ここからは鞘で」
俺の言葉にナユタは鞘を抜き、剥き出しになった刃を収める。
……いくら奴が常軌を逸した存在だとしても、こちらにイスカがいる以上、少なくとも劣勢になることはないだろう。俺にも尻尾があるし、何よりナユタが予想よりも遥かに戦闘慣れしている。
総合的な戦力はこちらが上――それも、拘束が可能なくらい――と見ていいはずだ。
同じく戦力を図っていたのだろう、隣にいたイスカがふと問いかけてくる。
「やっぱり、気になるのは……あの、ツノ……だけど。ど、どう思う?」
「どうもな……。アレを使って魔術的な何かしてきたわけじゃないから、何とも。ただ、やけに体に馴染んではいそうだな。少なくとも、銃弾を弾き返せるくらいには」
クオンの頭部に備わった魔術的器官、赤黒い二本の巨大なツノ。
それは少なくとも、俺の知っているどの生命体にも存在しない器官だ。ゆるやかな曲線を描くように生えたそれは、一見すれば刀の刀身がそのままくっついているように見えなくもない。
しかし、クオンはあれを使って魔術的な現象を起こしてはいなかった。銃弾を弾くという離れ業を見せてはきたものの、その用途は身体機能の延長に留まっていると見ていいだろう。
「シカ……いや、ゾウ、の……牙……? こ、昆虫の触覚、って可能性も……」
「いずれにせよ、あいつを拘束してから聞けばいい。足止めは俺がやる。イスカとナユタはその隙に奴へ攻撃を。おそらく利き手は左だ。右から攻めるか、左腕そのものを潰してくれ」
「承知いたしました! では、先陣はこのナユタにお任せを!」
「た……頼んだよ、ナユタ」
再び先の構えを取るナユタに声をかけて、イスカがふわりと宙に浮かび上がる。
その背後で俺は尻尾に指示を送り、クオンを見据える。
「むぅ……。緑のチビに、白いチビ……ちんまいのが増えおってからに……」
既に彼女は立ち上がっているものの、先ほどまでの戦闘による負傷は無視できないらしく、その表情は痛みに歪んでいる。ナユタが蹴り上げた刀との距離も遠く、回収に動くか、そのまま素手で戦闘を続行するか、逡巡していることが伺えた。
じり、とクオンがわずかに足を運ばせる。その方向はやはり、刀に向いていた。
「いや、やっぱり刀がないと話にならん!」
「させない……っ!」
一目散に地面へと転がる刀へクオンが身体を向けたのもつかの間、イスカが術式を起動。
振動によって打ち上げられた刀は、回転しつつクオンの遥か後方の地面へと突き刺さる。
その間にナユタは一瞬で彼女の眼前へ跳躍、そのまま再び刀を振るう。
「ええい、こうなりゃヤケじゃい! いざ! 真剣白羽取りーーッ!!」
がちん、と何故か素手なのに甲高い音を立てて、ナユタの剣筋を受け止めた。
「え、ええっ!?」
「おおっ、成功した!?」
「尻尾!」
驚愕のまま互いを見据える二人をよそに、尻尾へ指示。
尻尾は勢いよく彼女の足首へ纏わりついた後、楔のように尾先を地面へと深く突き立てた。
「だーッもう! 小癪な真似を!」
「あわ、あわわっ、あわわわわわ!」
クオンはそう叫びながら、鞘に収まったままの刀を掴む。
そのままナユタを振り払おうと、力任せに刀をあちこちに振り回し始めた。
「この緑のチビ! さっさと離れんか! ちょこまか鬱陶しいんじゃ!」
「むぎゅぅぅーーーーー!!!?」
「ナユタ、踏ん張れ!」
宙をぶんぶんと暴れまわるナユタだったが、その手は刀から離れなかった。俺もダメ押しに尻尾を自らの手で引き寄せて、クオンの体勢を崩そうと試みるが、微塵も効いている気がしない。
「いい加減しつこい! とっとと落ちろ!」
「うぐ、っ……!」
やがてクオンが力任せに鞘を振り下ろし、ナユタを乱暴に地面へと叩きつけた。
そのまま彼女から奪い取った刀を一瞬だけ眺めると、クオンがその刀身を抜き放ち――。
「……なんだ、これは?」
クオンが発したその短い言葉に、この場にいる全員に緊張が走る。
戦いの最中、それでも響き渡る重たい声色に、俺もナユタも反射的に固まってしまっていた。
片足を尻尾に拘束され、俺たちからの敵意を受けつつも、クオンはただ冷静に刀を眺めている。
次に彼女が言葉を発したのは、しばらくしてからのことだった。
「そこの緑のチビ。確か……ナユタと言ったな?」
「っ……は、はい。ナユタと申しますが……」
「この刀。ナユタ貴様、どこで手に入れたものだ?」
「み、ミヤシロの鍛冶場で……カザミさまという鍛冶師に打っていただいたものですが」
「カザミ……? カザミが、お前に……刀を打ったのか?」
「……カザミさまのことを、ご存知なのですか?」
ナユタの言葉に、クオンは何も答えない。
ただ彼女は手にした刀をじっと見つめたまま、眉間に皺を寄せている。その表情は明らかに怒りの色で、これまで見せていた快活な雰囲気がまるで嘘だったかのように思えてくる。
「……ずるい」
始まりは、クオンの口から零れ落ちた、そんな呟きからだった。
「ずるい、ずるいっ! なぜだ!? なぜこんなチビに刀を打っておいて、あいつは私に刀を打たない!? あいつは私のものなのに! あいつに相応しいのは、この桃花久遠だというのにッ!」
「っ……な、何を……?」
「私は強い! メノウで一番の剣客なんだ! それに愛想もいい! 可愛くて美人で、胸もでかいじゃないか! なのに何故、あいつは私ではなく、こんなチビに刀を打ったんだ!?」
クオンが呪いのように口にするのは、恐ろしいほどの自尊心と嫉妬に塗れた言動で。
どこかイスカにも似た雰囲気を感じた時には、既にクオンは手にした刀をナユタへ向けていた。
「敵だッ! お前は敵! 敵、敵、恋敵! ナユタ、貴様は私の想い人を誑かしたんだな!?」
「え、は、ちょ……ち、違いますよ! ナユタとカザミさまは、そのような間柄では……!?」
「問答無用! このアバズレがァ! その淫売臭い頭を、今すぐかち割ってやるッ!!」
「ナユタ!」
激情のままに叫ぶクオンが、ナユタの頭上から刀を振り下ろす。
俺は咄嗟に拳銃を構え、引き金を何度も引いた。放たれた弾は合計で四発。乾いた発砲音と共に飛翔する弾丸へ、しかしクオンは即座に反応し、その銃弾を全て刀で弾き返してしまう。
その一瞬の隙をついてナユタが跳躍、クオンから十分に距離を取った。
「邪魔をするなローレンス! これは女と女の闘いだ! 男は黙って下がっとれ!」
「イスカ! 状況が変わった! 遠慮なくやれ!」
「うん、っ……!」
俺の呼びかけに答えるように、上空のイスカが術式を展開。既に起動を完了させた振動の魔術式は光弾となってクオンに降り注ぎ、それに追随するようにイスカ本人も彼女へ向かっていく。
脚を拘束されたままクオンは、しかし身じろぎの一つもせず向かってくる光弾を全て刀で撃ち落とした。そして見開いた目をイスカに向けたまま、左腕に握る刀で彼女を迎え撃つ姿勢を取る。
正面を切って両者が激突する――直前、イスカはクオンの刀が届かない位置で急停止。
振り抜いた彼女の刀は空を切り、その隙に差し込むようにイスカが術式を起動。
耳鳴りにも似たような音が響き渡る。喰らった対象を昏倒させる、高周波の術式だった。
それを喰らったクオンは体勢を崩し、そこにイスカが身体へ直接術式を刻むべく、次の術式を展開させたまま腕を伸ばす。だが、クオンの方もすぐに体勢を立て直した。
「小癪なァ! 白いチビ、貴様もカザミを狙うのか?!」
「あ、あたしは関係ないっ! あたしには、ローレンスがいるっ!!」
イスカの右腕に展開した振動の術式と、クオンの振るう刀が交錯する。術式によって微細に振動する空気の塊を、しかしクオンは鬼気迫るような表情で受け止めていた。
「な、っ……!? な、なんで物理的に受け止められてる、の……!?」
「黙れ! 貴様もその貧相な身体で、あいつを誘惑するつもりか! 許さん! 絶対に許さん! 穢れた情欲に塗れた、売女どもめが……! 貴様らまとめて微塵切りにしてやるわァ!」
「っ……こ、こいつ、話通じない……っ!?」
「イスカさま!」
組み合う二人の間にナユタが跳躍。拘束されていないクオンの脚を蹴り払い、体勢を崩す。
術式と刀による鍔迫り合いは一気にイスカの方に傾き、そのままクオンの身体に術式が命中。
振動によって彼女の身体が一瞬、硬直した次の瞬間、ナユタが彼女の左腕を抱え込む。
やがて彼女の身体は地面に抑え込まれ、拘束に成功したように見えた、が。
「クオンさま、その刀は返して頂きます!」
「嫌だッ! これは私のだ! カザミの打った刀は、ぜんぶ私のものなんだ!」
ナユタに上に乗られながらも、未だに駄々をこねるようにして暴れるクオン。
それを見かねた俺は尻尾の拘束を強化、イスカも新たな術式を展開していた。
「も、もう、気絶させちゃう、よ!?」
「ああ! 尻尾で動きは止めてる! 殺さない程度に頼んだ!」
「邪魔するなチビども! どうせろくな男に見られず、誰にでも身体を明け渡してきたんだろう! この卑しい雌どもめ! 貴様らのような尻軽どもに、カザミを指一本触れさせるものかァ!!」
脚は尻尾で拘束されている。
左腕はナユタに抱え込まれ、そのまま身体を地面に伏せられている。
目の前ではイスカが術式の展開を終了させ、今にも起動の準備に移ろうとしている。
言葉の勢いはあるものの、間違いなくクオンが劣勢だ。このまま押し切る。
だが。
「カザミは……カザミは……!」
そこでクオンは一瞬、言葉を途切れさせたかと思うと。
「カザミは、私のものだッ!!」
金切り声のような叫び声を上げたその瞬間、なぜか。
俺の背中――メギストスの尻尾が埋め込まれた脊椎に、激痛が走った。
「な……っ!?」
痛み自体は一瞬だった。既に異常は消え去り、違和感の残滓が背中に残るだけ。
突如として訪れたその異常に、おそらく原因であるクオンへ視線を向けたところで。
「あ、ゔっ!? い、痛いっ!? い”、だっっ、ああっ!!?」
「い、イスカさま!?」
イスカは術式の起動を中断。目を覆いながら膝をつき、そのまま呻き声を上げている。
それはまるで、アッシュレインに”予言”を宣告された、あの時と同じ――。
「まずい……! アーロン、門! イスカを出来る限りここから遠ざけろ!」
『アイアイアイアイ!!』
俺の指示にアーロンは即座に門を展開。門の向こうの景色は、ナユタを見つけた降龍院だった。
ナユタも俺たちの異常と、クオンの尋常ではない雰囲気を感じ取ったのか、すぐさま彼女の背中から離脱。そのままイスカの近くに跳躍し、彼女の背中に手を回していた。
「イスカさま……? ろ、ローレンスさま! これは!?」
「この周囲が更地になる! ナユタ、お前はイスカを連れて門の先に逃げろ!」
「ですが……!」
「構うな! アーロンはこっちに残す! こいつがいれば門はいつでも開けられる!」
「っ……わ、わかりました! どうかご無事で!」
俺の言葉を信じたナユタが、イスカを抱えてこの場から離脱。門も虚空に消える。
それを見届けたところで、再びクオンと相対した。
「お前、いったい何を……!」
「うるさいッ! 黙れ、黙れ! 私の邪魔をッ、するなァ!!」
「痛……っ!」
クオンの叫びに呼応するように、再び脊椎へ激痛が走る。
……イスカの眼孔と、俺の脊椎。そこにはセレニアの翼とメギストスの尾が埋め込まれている。
それらの部位は、クオンの叫びに起因した、共鳴と呼べるような激痛をそれぞれ訴えていた。
ならば彼女にも、俺たちと同じく龍の魔術的器官が埋め込まれていると考えるのが自然だ。
そしてクオンの頭部には、刀にも似た、赤黒く長い二本のツノ――いや。
「まさか……ツノじゃなくて、ヘリオルトの、爪……!?」
大地の龍、”壑陵を裂く赫爪”、ヘリオルト・リソスフィア。その象徴たる、赫奕の爪。
彼女が戴くそれは、今もなお成長を続け、枝葉が繁るように小さな分岐を形成していた。
「お前、やっぱりカルトロードに……!」
「うるさいッ!」
俺の叫びを断ち切るように、クオンが片足で地面を打ち付ける。
その瞬間、彼女を中心として大地が隆起し、俺の立つ地面も巻き上げられるようにしてせり上がる。思わず体勢が崩れたところで、尻尾が未だに奴の脚を捕らえていることに気が付いた。
楔として埋め込んだ地面がこうなってしまっては、もう拘束する意味もない。
尻尾もそれを察してか、すぐに拘束を解除し、俺のもとへ戻ろうとしたところで。
「戻るなァ! 尻尾ォ!」
「っ……!?」
クオンの伸ばした右手が、俺の尻尾の先端を掴む。そして彼女はそのまま大きく右手を振りかぶると、そのまま尻尾を一気に手繰り寄せ、俺の身体を自らの方へと引き寄せてくる。
「お、前っ……!」
その凄まじい膂力に、俺はもちろん、尻尾ですらも抵抗できずにいた。
両脚はいとも簡単に地面から離れ、次の瞬間にはクオンの眼前に立たされる。
咄嗟に尻尾を自身の背後から回らせ、なんとかして正面を防御――。
「邪魔じゃァ!」
クオンは左腕で刀を振るい、俺の尻尾を弾く。
そうしてがら空きになった俺の腹へ、クオンが右の拳を繰り出した。
「…………え……?」
初めに覚えたのは、俺の身体が後方へと吹き飛ばされていないことに対する、違和感。
あれだけの膂力を持つクオンの腕だ。正面から喰らえば当然、俺の身体は吹き飛ばされるはず。
だが、目の前には未だ、見開いた瞳に俺のことを捕らえるクオンの姿がある。その瞳孔が縦に割れていることを認識したその時、ようやく俺は口の端から垂れる鮮血の存在に気が付いた。
「……か、はっ」
ずるり、という生々しい音と共に、俺の腹から何か引き抜かれる。
それは長く、硬質で、それでいて灼けるような熱を持つもの。
支えを失った俺の身体は、そのまま力なく地面へと投げ出される。
そうして見上げたクオンの拳からは、赤黒く染まる三本の長い刀が、肌を突き破るようにして伸びていた。刀身を滴るそれが俺の血だと気づいた時、俺の口からも大量の血液が吐き出される。
……爪だ。殴ったんじゃなく、俺の身体は赫爪で貫かれた。
「どいつも! こいつも! 私の邪魔を……っ! うぅ、ぅぅぅうううう!!」
激昂のまま叫ぶクオンの声が、しかしどうしてか遠くのもののように聞こえた。
身体から抜けていく血液のせいで視界は霞み、だんだんと寒ささえ感じるようになってくる。
「……お、前……俺たち、と、同じ……」
地面を揺らす様な衝撃を感じた。視線だけをその方へ動かすと、そこにクオンの姿はなく、地面が大きく抉れている様子が見える。どうやらあの怪力をもって、どこかへ逃げおおせたらしい。
次に視界に映ったのは、ごろごろと転がりながら近寄ってくる野良ゴーレム共の姿だった。
『ア”ア”ーー!? 血ガ出テル!?』『ゴロゴロー!?』『話ガ違イマスヨォ!?』
『コンナノ子供ニ見セラレナイヨォ!?』『人殺シハシナイッテ言ッテタジャンカヨー!』
……うるさい。
こんな得体の知れない鉄球どもに囲まれながら、生涯を終えなきゃいけないのか?
血は止まらない。傷口に手は当てているものの、鮮血がとめどなく溢れていく。
『ドイテ! ドイテ!』
仰向けになった俺の視界に、慌てて飛んでくるアーロンの姿が見えた。
『死ンジャウ! パパ死ンジャウ! イヤーーー!!!』
「アー……、ロン……」
『キッチンニ埋メ込マレテモイイカラ! オ料理ノオ手伝イ頑張ルカラ! 死ナナイデ!』
…………なんだ。あんな適当に口走った冗談、まだ覚えてたのか。健気な奴め。
「アーロ、ン……イ、スカを……頼ん、だ……」
『エ……?』
「……ママを、守ってやれ……よ……」
『パパ? パパー?』
「………………」
『ウワーーーッッッ!!! パパーーー!!!』
意識を失うにはまだ早い。だが、今の俺には発声する体力すらも残っていない。
やがて瞼が降りて視界が閉じる。かろうじて握っていた意識も、霧散するように溶けていく。
慌てふためくアーロンの声も、次第にかすれて聞こえるようになってきた。
朦朧とする意識の中、ふと誰かの足音が聞こえて。
「……現着した。状況は……ちょっと待て。おい、冗談だろ? 死にかけが一人いるぞ」
冷え切った身体を誰かに触られる。ごつごつと骨ばった感触からして、どうやら男らしい。
『ダレ!?』
「通りすがりの頼れるお兄さんさ。安心しろ、おたくの創造主は助けてやる」
なんとか声を発しようとしたところで、口に溜まった血が噴き出した。
「喋らなくていい。後はこっちに任せろ」
『パパ、助カル?! 何トカナル!?』
「どうかな。だが、希望はある。あんた頑丈だな。普通の人間だったら即死だ」
その声はどこか落ち着いていて、この凄惨な状況でも動じない慣れと安心感を与えてくれる。
思わず小さく頷いたのがきっと伝わったのだろう。男は満足そうな声で続けた。
「とりあえずの止血は済ませた。あとは支部に運んで手当てする。……おたく、運に自信は? ここから先は出たとこ勝負だ。自信がないなら、俺に続いて祈ってみるといいさ」
男が諭すように呟くのが聞こえたのと、俺の身体が担がれるのは同時で。
「命の守り人……『生命』の座、オルビウスよ。かの者にどうか、我ら巡徒と同じ祝福を」
そんな祈りの声を最後に、俺の意識は途切れていった。
■
メンヘラヤンデレキショすぎ無双剣客にボコボコにされるローレンスくん
まあ尻尾のお陰で多少は頑丈だしOKか