■
「なるほど……。スティレットⅢ型か。こんなに綺麗な状態なのはじめて見たわ」
『ヘーエ』
あの後、俺とイスカ、そしてアーロンはイオリの案内によって工房の作業場に通された。
どうやらイオリの話によると、俺がキースに借りた銃は美術品に展示されていてもおかしくないほど古い時代のものらしい。とはいえ、内部構造は現代の銃の基盤になるほどの傑作らしく、骨董品と言えども弾を撃つにはこれ以上ないくらいの逸品とのこと。
「ローレンス、あんたこんな銃どこで仕入れたわけ?」
「友人からの借りものです。彼も銃を集めるのが趣味みたいで……俺に選ばせてくれたんです」
「へえ? あんた、それでスティレット選んだん? なかなか見る目あるね」
「別に俺も、いちばん銃らしいな、という見た目のものを選んだだけなんですが」
回転する弾倉を持ち、腰や腋に吊るにも丁度いい大きさで、銃身の長さもそれなりにある。
そんな、いかにも銃といった見た目をしていたから選んだだけだ。だが後の銃史に影響を与えたと考えれば、俺がこの銃を手に取ったのは、むしろ至極当然だったと言えるのかもしれない。
そのままイオリは作業場のあちこちをひっくり返しながら、工房のさまざまな場所から弾丸をかき集めていた。銃、というか武器に明るくない俺は、ただその光景を見守るしかない。
「スティレットなら大抵の規格の弾は撃てるね。あんた、運いいよ」
「キースのお陰ですね」
イオリの作業が終わるまで、ナユタとフォルストは外で待機することになった。
何やら巡徒のネットワークに連絡して、カザミに関する情報の収集を試みるらしい。
そしてイスカは当然、俺の方についてきたのだが。
「………………」
彼女は半ばうきうきと銃弾の確認を続けるイオリの背中を、ただじっと見つめていた。
その表情に嫌疑や疑念は一切なく、かといって温厚な視線を向けているわけでもない。
どちらかというと、研究対象を観察する魔術師としての雰囲気があった。
「……さっきのイオリの言葉が気になるのか?」
作業に没頭するイオリに聞こえないよう、イスカにこっそりと耳打ちする。
「そう……」
「お前のことを模造品、って言ってたな」
「……ローレンスは、どう、思う?」
どう、って……それは。
「……今ここではっきりとした答えは出せない。カルトロードを捕らえてからするべき話だ」
「そ……う、だよね。ごめん……」
「お前は? 何か心当たりがあるのか?」
「………………」
俺はイスカの出生について何も知らない。
カルトロードに拾われた時点で、既にイスカは奴の庇護下にあった。その時点では、彼女も俺と同じく、何らかの事故に遭ったところを拾われたのだと思った。記憶を失っているのか、あるいは話したくないのかは分からないが、少なくとも自分から話すまでは俺も深くは聞かなかった。
イスカが自分のことを話すその時は、しかし俺たちが大人になっても、未だに訪れていない。
だが、俺もそれを望んでいるわけではない。むしろ、来なくてもいいとすら思う。
「別に話したくないならそれでいい。自分の気が向いた時に、適当に話してくれればいい」
「…………そう?」
「少なくとも今の俺にとって、お前はイスカでしかない。俺の唯一の幼馴染で、我儘で怠惰で、自分勝手な女だ。むしろお前の出自が明らかになったとして、それが変わると思うのか?」
「うん……う、うん?」
「仮にお前が誰かの模造品だったとしても、報告書を三百件も貯めたり、禁庫を襲撃した事実は消えないんだぞ。お前の正体が明かされたところで、それを帳消しにできると思うなよ」
「ろ……ローレンス……?」
思いのほか言葉に熱が入ってしまい、イスカに怪訝な視線を向けられてしまう。
だが、それが今の俺の答えだった。そしてそれは、これから先も変わらないように思えた。
……イスカの正体が何者であろうとも、こいつが俺にかけた迷惑が消えることは決してない。
むしろ消されてたまるか。ふざけるな。一生をかけてでも償わせてやる。
「……ただ、一つだけ言いたいことがある」
「な……な、に?」
「お前が模造品だったなら、元になったヤツも相当なろくでなしだったんだろうな」
イスカは何も答えない。
だが、彼女は軽く握った拳で、俺のことをぽかっ、と叩くだけだった。
先程までの緊張は既に解け、イスカは不満そうに口を尖らせている。
「とにかく、まずはカルトロードを捕らえることが先だ」
「…………。そう、だね」
「そのあと、気になるなら聞いてみればいい。その程度の認識でいい」
そこで俺たちの会話は終わる。少なくとも俺はイオリの発言をこれ以上蒸し返すつもりはない。
やがて作業を終えたイオリが、銃弾を込めた銃と、小さな革の鞄をこちらに手渡してくる。
「はいこれ、銃と予備弾薬。銃に六発、鞄に三十六発の合計四十二発ね」
「ありがとうございます。補充が出来て助かりました」
「その鞄はオマケしてあげる。だから代金は弾のぶんだけでいいよ」
「では、第四階梯魔術師、イスカ・フィルレンシアの名前で魔術学会に請求しておいてください」
「よしきた。第四階梯を客にした実績があれば、ウチの名前にも箔がつくよ」
嬉々として領収書をしたため始めるイオリをよそに、ふとイスカが。
「ろ、ローレンス……あたしのお金、使うこと、に……抵抗、なくなってきた、よね?」
「後で返す」
「い、いいよ……。こ、このまま、いつもの生活費も、あたしに任せてくれれば……!」
「必ず返す」
『家族間ノ共同財産トイウコトデネ』
「絶対に返す」
やけにきらきらとした目でこちらを見上げるイスカと、余計なことを言い出すアーロン。
俺は何としてでも借りを作らないため、何度も言葉を返すしかなかった。
■
同日の夕刻、セキレイ島、メノウ共同管理採掘区画、入場口付近にて。
「これが……セキレイの採掘場?」
果たしてイオリの案内で俺たちが辿り着いたのは、眼下に広がる険しい断崖だった。
その高さは簡単に測ることすらもままならないほどで、見下ろした先では白波が岩に打ち付けられ、激しい飛沫を上げている光景があった。遠くにはメノウで二番目の国土を持つシラキジ島と、その向こうには先程まで俺たちがいたカラスバ島が海の上に小さく浮かんでいるのが見える。
このメノウの大半を一望することができる、まさに絶景だった。だが逆に言えば、それだけの視野を確保できるほど、俺たちが今立っているこの場所は高いことが分かる。
『スゴ~イ』
「……採掘場と言うものですから、もっとこう、平場や坑道を想像していたのですが」
「あながち間違いじゃない。ここは元々、鉱山だったからな」
「鉱山?」
「ヘリオルトが切り裂いたんだよ。こう、真上から、まっすぐとね」
まるでケーキを切り分けるような手振りをフォルストが見せたところで、ようやく理解した。
……つまるところ、眼下に広がるこの険しい崖は、その鉱山の断面ということらしい。
「まさしく、ヘリオルトさまの爪痕がそのまま残る大地ということですね!」
「こ、こんな海の近くの鉱石なんて……し、潮風の影響とか、ありそうだけ、ど……。で、でも、まあ、ヘリオルトの力が、大地にそのまま宿ってるなら……そんなの、関係ないのか……」
「ほら、そこのチビ二人。ボサっとしてないで、さっさと行くよ」
地面にしゃがみ込んだまま崖下を覗く二人へ、イオリが急かすように声をかける。
そうして歩き出した彼女の後を追うこと、しばらく。やがて俺たちが辿り着いたのは、崖際に設置された巨大な木製の昇降機の前だった。人間六、七人ほどの積載量を持つそれは、見るからに老朽化が進んでいるが、しかしこの上下に広大な採掘場における唯一の移動手段であるらしい。
「ほら、早く乗って」
「……え、こ、こんな……ボロボロのやつで……この崖、降りていく……の?」
「待ってください。万が一壊れたらどうするんですか?」
「諦めて落ちな」
そ、そんな……。
「ま、定期的に点検はしてるから大丈夫だよ。鋼材とかも運べる耐久力はあるし」
「……ろ、ローレンス……ま、万が一は、あ、あたしが抱っこして、飛ぶからね……」
「頼んだ。本当に」
『アーロンモ抱ッコシテネ』
「浮かんでる自覚ないのか? お前」
やがてイオリは有無を言わさず俺たちを昇降機へ押し込んだあと、傍にある操作盤に設置されたレバーを引いた。がこん、という何とも恐ろしい音と共に、ゆっくりと昇降機が下降を始める。
そのまま三人で集まって固まる俺とイスカの隣で、ナユタとフォルストが崖下に広がる景色に目を馳せていた。
「セキレイの海は荒々しいですね……。磯の香りがここまで伝わってきます」
「その分、セキレイで採れた魚は身が程よく引き締まってて美味いんだ。採れたての魚を塩焼きにして、辛口の酒で一杯! これがまた堪らなくてね……今度、市場を見て回るか?」
こんな危険な状況にも関わらず、二人はそんな呑気な会話を繰り広げている。イオリに至っては退屈そうに欠伸を漏らしている始末で、メノウの人間がいかに危機管理能力が欠如しているかを改めて思い知った。イスカの言う蛮族の国というのにも、多少同意できてしまう。
「着いたよ。ここがウチらの管理してる採掘区画ね」
そうして昇降機に揺られながら、セキレイの採掘場を降りていくこと、しばらく。
がこん、という音と共に俺たちの前に現れたのは、断崖にぽっかりと開いた洞窟だった。
ここから見る限りでも、壁には等間隔で設置された照明や、崩落防止のための梁や支柱が設けられている。その数もあまり多くなく、人の手が加えられているのは最低限だった。
「まさか……天然の洞窟を、そのまま採掘場にしているんですか?」
「そ。他のトコは自分で崖に横穴を掘って、そこから採掘してるんだけどね。うちは初代だかいつの代だから分かんないけど、ミヤシロの誰かがこの洞窟に目をつけて以来、ずっと使い続けてる」
「へえ、それでか。しかしそんなに昔から掘り続けて、よく資源が枯渇しないな?」
「ウチもよく分かんないけど、なんか無限に掘れるらしいよ?」
「ど……どういうこと……?」
「分かりやすく言えば、ヘリオルト様のお陰ってこと」
肩を竦めながら言い放ったイオリが、懐からランタンに似た魔導器を取り出して、それに明かりを点ける。青白い光を見る限り、どうやら蒼鱗石を加工して作られたものらしい。
そうして昇降機から軽々と降り、そのまま先へ進むイオリを俺たちも追うことにした。
洞窟の内部は広く、むしろ奥に進むにつれ、だんだんと空間が広がっていくようにも思えた。
「さて、それで? カザミはどのあたりで採掘してたんだ?」
「もっと奥。しばらく歩きっぱなしだから、覚悟しとき」
その会話を交わした時点で、既に洞窟内の天井は人の手では届かないほど高くなっていた。それこそ、何か巨大な生物が巣食っていてもおかしくないような広さになっている。
「イオリさまも、カザミさまと一緒に鉱石の採掘を?」
結局、イオリの同伴があれば、俺たちもすんなりと採掘場へ入場することができた。
イオリも数える程度ではあるが、この採掘場への出入りをしたことがあるらしい。
入場の手続きを横目に見ていた限りでは、イオリ、というよりミヤシロの家の名前は、このメノウでそこそこ力があるらしかった。メノウ随一の鍛冶師、という評判は間違いではないらしい。
尤も、イオリ本人はそのことに対して少し不満そうだったが。
「ほとんど手伝いだよ。そもそもウチは、オヤジの正式な後継ぎになるつもりはなかったもん」
「ですが、あなたはカザミと兄妹弟子だったのでは?」
「ああまあ、一応ね? 兄弟子に教えるついでに、って感じでオヤジが入れてくれたの。ま、ウチもオヤジの技術は学びたかったし。そんでいい感じになったら、勝手に独り立ちする予定」
「君も親不孝者だな、イオリお嬢ちゃん?」
「オヤジには兄弟子がいるもーん」
冗談半分、笑いながら口にするフォルストに、イオリもへらっと笑いながら答えた。
少なくともイオリとカザミ、そしてミヤシロの現当主の関係性に軋轢はないらしい。
「だが、その兄弟子もいなくなったとなると、ミヤシロの親父さんも大変だな」
「そういえばフォルスト、先ほどカザミの動向を探ると言っていましたが……」
「いや。まだ情報の招集をかけただけだ。一応、巡徒としての活動記録は入手できたけどな」
汎大陸巡徒同盟。ヘリオルト・リソスフィアを信奉する、代表的な派閥の一つ。
この大陸に生きる人々の扶助を矜持とする、巡徒たちが集まる組織。いわゆる大地の何でも屋である一方で、同組織は大陸社会から零れ落ちた者達の受け皿といった側面も持つ。
天空の国であるフィールトラッセから流れ着いたカザミは、このメノウにおける一時的な身分として巡徒の資格を、同じ巡徒であるフォルストの協力のもと入手していた。
「……フォルストさま。カザミさまは、巡徒としてどのような活動を?」
「別に普通さ。ご家庭のお使いだったり、野良猫の保護だったり、港での荷下ろしだったり……。君たちが想像するような巡徒としての働きを、一つ一つこなしていたよ」
『下積ミトイウコトデネ』
「ま、そんなところだな」
アーロンのあまりにも乱暴な要約に、しかしフォルストも否定するような様子は見せなかった。
個人的な所感だが、巡徒としての資格はアテにならない。確かに五体満足であれば誰でも取れる資格は、人によっては大きな恩恵になるかもしれないが、この場においては信頼性に欠ける。
やはり一時的な身分として登録した、という程度の認識で済ませた方がいいだろう。
……というより、問題の本質は別にあるだろう。
「フィールトラッセ出身の人間が、巡徒の資格を利用してまでメノウへ入国した理由が気になりますね。ただ国を出るだけであれば、他にも国は無数にある……それこそ、ノールドベルトは同じ天空の派閥の国ですから。門戸もメノウより格段に広いから、そこを選ぶはずでしょう」
「そこは俺も気になるな。カザミにはメノウでなければいけない理由があったのか?」
「……ここが、大地の龍の祝福を受けた、国……だから?」
『ワカンナイネー』
結局そこで答えは出ず、俺たちは互いに首を傾げることしかできなかった。
そうしてしばらく歩いたところで、イオリが足を止める。
「つ……ついた、の?」
「そうだけど……ねえ、なんか聞こえない?」
怪訝そうな表情を浮かべるイオリに、俺も耳を澄ませてみる。
すると確かに、何か金属を打ち付けるような音がかすかに聞こえてきた。
「カザミさま……!? カザミさま!」
「ちょっ……ナユタ、待って!」
弾かれるように駆け出したナユタの背中を、イオリが追っていく。
俺もフォルスト、イスカと顔を見合わせ、先を行く二人の後を追った。
一定の間隔で聞こえてくるそれは、明らかに人為的なものだ。何よりここが入場の制限されているミヤシロの採掘場であるなら、そこにいるのがミヤシロに関連した人間なのだろう。
つまりは、カザミがここにいる可能性が高い。
「カザミさま! ナユタです! かわいいナユタがやって参りましたよ!」
そうしてナユタが辿り着いた、ミヤシロの家が管理している採掘場の最奥。おそらく最近まで作業が継続されていたのだろう、そこは他の場所よりもいくらか人為的な痕跡が残っている。
果たしてその、やや開けた空間の壁際で、金属音を鳴らしていたのは――。
『アー、ヨイショ!』『ヨーイショッ!』『ヨッコラショーイ!』
壁面に自身の身体を何度も打ち付ける、サギ島の野良ゴーレムたちだった。
「………………」
「………………」
「え……カザミさま……?」
「違ぇって」
「このようなまんまるなお姿になられて……!」
「だから違ぇって!!」
ひしっと球体状のゴーレムに抱き着くナユタを、イオリが引き剥がす。
抱き着かれたゴーレムも困惑した様子で、ごろごろと不安そうにその場を転がっていた。
『邪魔シナイデネ』『危ナイカラネ』『離レテテネ』
「あ、はい……申し訳ございません……」
『アアーヨイショォ!』『ハイヨイショ!』『ゴロゴロー!!』
ナユタが離れたのを確認してから、ゴーレムたちは再び身体を壁面に打ち付ける。
そうして彼らの足場に散らばった、壁から崩れ落ちた鉱石類。それに気づいたイオリは、ナユタを羽交い絞めるような姿勢のまま、ゴーレムたちに嫌疑の表情を浮かべながら問いかけた。
「てかちょっと待て……ねえ、アンタら。何しとるん?」
『コレヲネ』『コウシテネ』『中ニ詰メ込ンデネ』
「うん」
『ジャアネー!』『逃ゲローイ!』『バイバーイ!』
「え、ちょっ……は、はあ!? おい待て、このバカダルマ共!」
ぱかっと開いたゴーレムの本体に鉱石を詰め込んだ野良ゴーレムたちは、そのままばたんと本体を閉じると、ごろごろと身体を急速回転させながら転がって行ってしまう。
『ワオ! ガチデ犯罪者ヤンケ!』
「おいふざけんな! 全員あいつら追って! 今すぐ!」
「わ、わかりました! ナユタにお任せを!」
憤りながら地団太を踏むイオリに、ナユタが先陣を切って洞窟の奥へと進んでいく。
だが、俺とイスカ、そしてフォルストは一度、そこで互いの顔を見合わせた。
「……まさか、奴さんもここに?」
「そ……そんな、ことは……でも……」
隣のイスカは既に臨戦態勢を取っており、俺も尻尾を顕現させる準備に入る。
……何の前触れもなく表れた、サギ島の野良ゴーレム。その後に起きたことは言うまでもない。
再び痛み出す腹の傷を抑えながら、ナユタとイオリの後を追う。
二人の背中が見えたのは、ほどなくしてのことだった。
「あ、あのツノ……まさか……」
「……イオリさま、お下がりください」
震えながら後ずさるイオリを庇うように、ナユタが抜刀したまま前に出る。
そうした二人の視線の先、ゴーレムたちが集う中心に立っていたのは。
「いやー、大漁、大漁! さすが私だ! 採掘もそつなくこなす、いい女だ!」
『採ッテキタヨー』『大漁!』『ゴロゴロー!』
「お前らもよくやった! 今日は大収穫だな! わははは!!」
球体状のゴーレムに囲まれながら、大きな袋を肩に背負うクオンだった。
「幽鬼……!? なんでウチの採掘場に、あんたが!」
「ん? おお、昨日のチビ共! それにローレンスまでいるではないか!」
イオリの呼びかけに、昨日と変わらない調子で、がははと大きく笑うクオン。
だがその頭に戴く赫爪爪の数は、二本から四本に数を増やしていた。形状も直線的なものから歪に枝分かれしており、埋め込まれたヘリオルトの因子が強く顕れているのが分かる。
「クオン……お前、何をして……!」
「なに、カザミに私の刀を打たせるための材料を調達しに、少しな。私だって、タダで刀を打たせようとは思ってないぞ。私はいい女だ! 材料くらい、自分で用意しなくてはな!」
「というかそもそもお前、どうやってこの洞窟に……」
「んなもん泳いで来たに決まっとるわァ!」
ば、バケモノ……!
「それよりもローレンス、怪我の調子はどうだ?」
「……は?」
「いやいや、先日はすまなかったな! ついうっかりぶっ刺してしまった!」
「ついうっかり、で済む怪我じゃないだろ……!」
「なに、互いに生きておれば問題なし! 丈夫で何よりだぞ、ローレン――」
直後、何の前触れもなく放たれた衝撃波が、クオンの身体を後方へと吹き飛ばした。
洞窟内の壁面や天井の輪郭を示すように、土埃がその場に浮かび上がり、腹に響くような重たい音が全身を襲う。思わずこの場にいる全員が膝をついている中、たった一人だけ、俺の隣に立つイスカだけが直立したまま吹き飛ばされたクオンのことを見据えていた。
魔術式は既に起動されており、次弾の装填も完了されていることが分かる。
「い、イスカ……?」
「あいつ……ゆ……許さないっ!! あたしの、ローレンスに怪我をさせて……っ!!」
衝撃波によって吹き飛ばされ、地面に伏せていたクオンは、しかし弾かれたように起き上がる。
「何してくれとるんじゃチビガキァ! 私とローレンスが話しとる最中だろうがァ!」
「う、うるさいっ! あんたみたいな危ない女が、ローレンスと喋るんじゃ、ないっ!」
「貴様の方が百倍は危なっかしいわ! なんだ!? 貴様も私とカザミの邪魔をするのか!?」
「し……知るかそんなやつ! ローレンス以外の男なんて、あたしは興味ない……っ!」
再びイスカが術式を起動させ、衝撃波を数回に渡って放つ。クオンの方も咄嗟に刀を左手で抜き、どういう原理かは全く不明だが、不可視の衝撃波を刀で次々と捌いていった。
弾かれた衝撃波は周囲に拡散し、洞窟内のあらゆる箇所へ破壊の痕跡をしていく。
そうして天井から落ちてくる岩を、間一髪のところでイオリが避けた。
「うわつ、うわわわわ!! ちょっと! ウチの採掘場がぁーー!!!」
「イオリお嬢ちゃん、こっちに! 俺の後ろに隠れて!」
「ほ……ほんとに何なんだよ、あんたっ!」
衝撃波に効果がないと悟ったイスカが術式を変え、身体を浮遊させたままクオンへ向かっていく。その速度は尋常ではなく、クオンも避けきれずに正面から彼女と組み合う形になった。
ぎりぎりと互いを睨み合う中で、クオンはふっ、と口角を吊り上げた。
「いいだろう、この白チビ! まだ貴様の名前をちゃんと聞いてなかったな!」
「っ……い、イスカ! なんで第四階梯魔術師を知らないんだ、この、田舎育ちが……!」
「イスカ……? カザミから聞いたことあるぞ!」
「か……カザミから、聞いた……?」
「そうか、貴様が現代の第四階梯か! ならば相手にとって不足なし!」
イスカの訝しむような問いかけに、しかしクオンは嬉しそうに顔を上げて、
「おいダルマ共! いつもの!」
『ホイキタ!』『アイヨッ!』『ゴロゴロー!』
その叫びに応えるように、野良ゴーレムたちが組み合うイスカとクオンを囲む。
そしてまた、あの謎めいた祝詞を機嫌よく歌い始めた。
『天下無双、鎧袖一触! コレヨリ幽世ノ鬼ガ吟ジルハ、メノウ剣客綺譚・九十九ノ揺籃歌!』
『次ナル
『此度モ奏者ハ揃イ並ビ、イヨイヨ剣戟ト闘乱ノ幕ガ上ガル!』
クオンがイスカの身体を蹴り上げるが、しかしイスカはその威力を殺しつつ地面に着地。
そのままクオンは刀を構え、イスカも魔術式を展開し、静寂の中で互いに睨み合う。
『サアサア皆々様、ゴ拝聴! 天地万物、森羅万象ニマデ響ク、ソノ歌ヲ!』
『吟ジ手ハ代ワラズ、幽囚鬼神・桃花久遠クオン!』『相対スルハ、第四階梯魔術師・イスカ!』
『イザイザ! 尋常ニ――――勝負!』
そうして再び、クオンとイスカが激突した。
『結局アレ何ナンスカ』
「知るか! フォルスト、イオリを連れて避難を! ナユタはその護衛!」
「い、イスカさまを一人にしてよろしいのですか!?」
「第四階梯と龍の器官を持つ奴がこれから暴れまわるんだぞ! 俺たちがいる方が邪魔だ!」
「その通り! ほらイオリお嬢ちゃんにナユタお嬢ちゃん、さっさと撤退するぞ!」
初っ端から敵意を剥き出しにしているイスカと、ヘリオルトの爪への適応が進んだクオン。
さらに洞窟という閉所での戦闘ということもあり、前回の襲撃とはまるで危険度が違う。
「でもローレンス、あんたは!」
「俺とアーロンはここに残ります! 奴の捕獲を試みます!」
『エッ』
だが逆に言えば、今回のクオンの狙いは完全にイスカだ。前回は何故か俺が標的にされてしまったせいで、イスカも出遅れてしまい、本領を発揮することができずに逃亡を許してしまった。
しかし今回は完全な真っ向からの衝突。その上、この洞窟内であれば逃亡も難しいだろう。
その気ではなかったらしいアーロンの頭部を掴み、尻尾を顕現させる。
「ほら、イスカの援護に回るぞ! 門の準備もしておけよ!」
『アイアイアイアイ!』
アーロンが気合を入れて答えたのと、イスカがクオンに吹き飛ばされたのは同時だった。
壁面に打ち付けられたイスカは、しかしすぐにその場から退避。
直後、飛来したクオンが数秒先までイスカがいた位置に刀を打ち付ける。
イスカも瞬時に魔力障壁を複数枚展開し、それに自身の術式を適応させることで即席の超振動切断刃としてクオンに放つ。だがクオンはそれを難なく切り捨て、イスカに迫る。
切り捨てられた魔力障壁の破片は、まるで泥に沈み込むように周囲の岩石へと突き刺さった。
「っ、こ、こいつ……! 何なんだよっ! 魔術式が効きにくく、なってるんだけどっ!」
「わはは、効かん効かん! やっぱりちんちくりんなヤツは戦い方もちんちくりんだな!」
「は、はあっ……!? こいつ、っ……ぅぅぅうう!!」
「尻尾!」
イスカの精神が乱れたところで、尻尾を突撃させて援護。
クオンはそれにも反応して刀で攻撃を逸らしたが、意識をそこに割かせることができればいい。
一瞬の隙をついたイスカが地面を踏み抜き、そこを起点に全方位へ衝撃波が発生する。
咄嗟にクオンは身を捩ったが、しかし耐え切れず後退して距離を置くことになった。
「ぜえ……はあ、っ……こ、この……イカれた、女……!」
自己紹介のような発言だったが、当の本人は息を切らしながら肩を上下に揺らしていた。
……ここまで疲弊したイスカを見るのは、もしかすると初めてかもしれない。
「イカれとるのは貴様の方だろうが! 身体どころか脳にも栄養いっとらんのか!?」
「は、はああぁぁあぁ!? っ、うううぅぅ!! うぅっぅう~~~!!!」
「落ち着けイスカ! クオンもむやみに挑発するな! 最終的に俺にしわ寄せが来るんだぞ!」
「知らんわんなもん! ちゃんと飯食べて運動して栄養取れって言っておけ!」
『ソンナノママニハ難シイモンネ! ママガチャント生活デキルワケナイモンネ!』
「黙ってろアーロン!」
余計なことを言い出すアーロンの隣で、イスカがゆっくりと身体を起こす。
決定打が無いのはおそらくイスカも理解しているのだろう。龍の生態器官の影響かは不明だが、クオンは魔術、というよりは魔力による干渉を受けにくくなっていることが見て取れる。
つまり物理的な攻撃の方が通用しやすいのだろうが、問題はクオン本人が近接戦闘を得意としていること。現代の第四階梯魔術師と真正面から殴り合い、かつ疲弊させられるほど戦闘を継続させられてる時点で、クオン本人の天才的な資質と積み重なった経験が垣間見える。
加えて依代めいた生体強度と、ヘリオルトの赫爪の顕現もある。接近戦は自殺行為だろう。
……まずそもそもの話、イスカに格闘を期待できるような体力などあるはずもない、が。
「こ、こうなったら……あ、あんたの得意で、やってやる……っ!」
『ヤ~イヤ~イ、ママ怒ラセタ~! 終ワリダネ~エ!』
「アーロンっ!」
『エッ!?』
意を決したイスカは、おもむろに傍で浮遊するアーロンの頭部を、がしっと掴んだかと思うと。
『アアア~~~!!? 身体ガ造リ変エラレテイクヨオ~~~ッッッ!!?』
「アーロン!?」
おそらくアーロンの構造情報を即席で書き換えているのだろう。アーロンの形が直線的なものに変わると同時、周囲の鉱石がふわりと浮かび上がり、振動の術式によって粒子化しながらアーロンへと結合されていく。流体のように動くそれは、やがて刀身のような形を形成した。
アーロンは最終的に刀の柄のような形状と変形させられ、イスカの両手に握られる。
そしてゴーレムを変形して形成した一振りの刀を、イスカが頭上に掲げながら、
「こ、これが……アーロン刀……カタナーロン……あ、”アロンダイト”……っ!」
『ハイ……”アロンダイト”デス……』
「振動術式……起動、っ!!」
『ハイ?』
イスカが魔力を流すと同時、刃に当たる部分が常軌を逸した周波数で振動し始める。
つまりそれを接続したアーロンの本体も、同じ周波数で振動して――。
『オ”、オ、”オ”、オ”オ”オ”オ”オ”!!?!!??』
「おい、アーロンが! アーロンが!!」
「これが……あたしたち家族の、絆の力だあぁぁぁああ!!!」
『チガウカモ! チガウカモ!』
猛抗議するアーロンの言葉を無視して、イスカがアロンダイトを振り下ろす。
その瞬間、刀身の形状が変化。イスカの直上へ伸長するそれは洞窟の天井にまで到達し、それでも構わずイスカが刀を振り下ろすと、高速振動する刃は天井を切りつけながらクオンへと迫る。
「なんじゃそりゃァ!!?」
驚愕するクオンは回避姿勢を取る余裕もなく、飛び込むようにその場から退避。
直後、粒子状の刃はクオンが立っていた箇所へと到達。洞窟の岩盤を切りつけたかと思うと、刀身はとても硬質物体を切りつけたとは思えないほど滑らかに、そのまま地面へと沈んでいく。
そのままへたり込んだクオンは、息を切らしながらイスカを睨みつけた。
「あ……アホか貴様!? こんなの刀でもなんでもないわ!」
「うるさいっ! あんたの戦い方に、合わせてやってるんだ……文句、言うなっ!」
地中に潜伏させた刀身を再びイスカが無造作に振り上げると、クオンの足元から衝撃波と同時に刃が出現。胴体をそのまま左右に両断しようと迫る刃を、しかしクオンが身を翻すことで回避。
二撃目を回避されたイスカは、そのまま刀を構え直し、左から右へ一直線へ横薙ぎに――。
――横薙ぎ?
「あぶねえ!?」
「あっぶな!?」
クオンと俺が察して咄嗟に身を地面へ屈めた次の瞬間、頭上を斬撃が通過する。
もしあと数瞬でも対応が遅れていたら、俺の胴体は真っ二つにされていただろう。
尻尾に目をやると、心なしかふるふると震えているような気がした。
「おい…………おい! イスカ!」
「ご、ごめんっ! でも、倒せたかもしれなかった、からっ!」
「いい加減にせんか貴様!」
おそらくあの刀を相手に距離を取るのが悪手だと感づいたのだろう、クオンは叫びを上げながらイスカへ接近。間髪入れずに振るわれる刀を、イスカは柄となったアーロンで咄嗟に防御した。
勢いを殺しきることはできず、イスカはそのまま後方へと押し出される。
天井に突き刺さったままの刀身が、波線状の痕跡を残していく。
「危なっかしいもん振り回しおってからに! 貸せ! 私が責任を持ってぶっ壊してやる!」
『ヤメテネ! ヤメテネ!』
「あ、アーロンっ! 出力もっと、上げてっ! こいつぶった斬ってやるから……っ!」
『ハイー!』
二人は互いに刀を打ちつけ合うが、しかし見るからにクオンの方が優勢だった。
そもそもアーロンを振らせないようにしているのだろう。流れるようなクオンの猛攻に、イスカはなんとか距離を離そうと、小さな隙を見ては後ろに下がっていく。だがクオンもそれを許さず、洞窟の壁面や謎の原理による空中加速を使いながら、イスカへと接近を続ける。
「バケモノ共が……!」
俺はその戦闘に介入することすらできず、ただ二人の後を追うことしかできなかった。
すでに戦いの場はあの空洞から移動し、俺たちが辿ってきた洞窟内へ。
そして――。
「――イオリさま! もうすぐそこまで来てます!」
「まだ昇降機は動かないのか!? イオリお嬢ちゃん、俺たちこのまま落っこちるぞ!」
「うるさい! 今やってるんだから! あーもうなんでこんな時に拗ねるかなあこいつ!」
『ハヨシテネ』『サボラナイデネ』『ゴロゴロー!』
「あとなんでこのバカダルマまで乗って来てるんだよ!」
夕暮れの赤い光が見えると同時、昇降機に乗り込むイオリとナユタ、フォルスト、数台の野良ゴーレムたちの姿が見える。なぜか昇降機は動いていないようで、イオリは必死に操作盤をあれこれと弄っているが、未だに昇降機が起動する様子は見られない。
イスカも後ろにイオリたちがいることに気づいたのだろう。急激に足を止め、その場でクオンと激突。だが純粋な力量差により、クオンの方が僅かに押している。イスカも拮抗を維持することはできているが、その表情には焦燥が見え隠れしていた。
「っ、こ、この……!」
「ええい、鬱陶しい! そろそろ私も、こんなジメジメしたところから抜け出すぞ!」
「な……っ!? がは……!」
苛立つように叫んだクオンが、前蹴りでイスカの身体を押し出すように吹き飛ばす。
そのままイスカは昇降機の内部へと転がり込み、壁に激突したところでようやく停止する。
だがクオンは止まる様子を見せず、衝突によって揺れる昇降機に向かって駆け出していた。
「おい! それ私も乗せろ! そしてイスカを引き渡せ!」
「うわうわうわ! ちょっとやばいって! 来てる来てる!」
「まずい……ナユタお嬢ちゃん、イオリお嬢ちゃんを頼んだ!」
「フォルストさま!? 幽鬼とやり合うおつもりですか!?」
「バカ言え、あんなのとマトモにやり合うと思ってるのか!」
指示を飛ばしたフォルストが、クオンとイスカの間に割り込むようにして立ち塞がる。
「こいつ! ……? !? いや誰だお前!?」
「しがないメノウのご当地巡徒! 頼れるフォルストお兄さんだ!」
そこでフォルストは懐から取り出した短剣で、振り下ろされるクオンの刀を受け止める。魔術による強化を施したイスカですら持て余すその一撃を、しかしフォルストは易々と受け流していた。
身を翻す彼の左手にはいつの間にかロープが握られており、クオンの蹴りによる追撃を間一髪で回避しながら、彼女のツノへロープを投げつける。肥大化し、枝分かれするツノはロープを強く絡め取り、その反対側の末端をフォルストは俺の方へ、クオンの頭上を跨ぐように投げた。
「ローレンスくん!」
「尻尾!」
これだけ分かりやすい持ち手があれば、尻尾で掴むのは容易い。
咄嗟にフォルストの意図を汲み取り、そのまま尻尾に空中のロープを絡め取らせる。
そのまま地面を強く踏み締め、尻尾の膂力を支えながら強く後方へ引き寄せた。
「なんじゃァ!!?」
クオンの身体が一瞬、宙へ浮かんだかと思うと、そのままロープに引かれて後方へ飛んでいく。
「巡徒御用達、オルトライズ商会製の荷揚げ用ロープを舐めるなよ! 人間五人ぶんの重量にも耐えうる、ちょっとやそっとじゃ切れない優れものだ!」
「イオリ、昇降機を早く! 全員連れて脱出を!」
「あんたは!? ここまで来てまだアイツとやり合うつもり!?」
「時間を稼ぎます!」
沈黙していた昇降機は俺が答えた途端に息を吹き返し、がこん、という大きな音を上げた。
……だが、その動きは俺たちがここへ来るときよりも、明らかに遅い。
『オッソーイ』『ノロノロー』『ヤル気アルン』
「うるせえ鉄塊ども! アンタらのせいだろうがどう見ても!」
バカダルマ共が……!
「うおおおお!! 待て待て待て!! 私も乗せんか!!」
「っ……尻尾!」
ツノにロープを絡ませたまま、クオンが刀を手に突撃して来る。
その剣筋は尻尾でなんとか受け止めたが、そのままの勢いで俺の身体は後方へ押し出された。
……まずい。こいつ、昨日よりも出力が遥かに上がって……!
「どけっ、ローレンス! そもそもお前、怪我人がノコノコ
「ふざけるな……その怪我はお前のせいだろうが……!」
だが、拮抗は一瞬だった。クオンの腕が振るわれ、俺の身体が何度か地面を転がる。
尻尾によって姿勢を立て直した時、既に彼女は昇降機へ向かって駆け出していた。
「待て、クオン!」
「待たんわ!」
「ぎゃー! 来んな来んな! もう定員オーバーなんだよこっちは!」
「な、ナユタがここで迎撃します!」
俺の制止も振り切り、そのまま身体を投げ出したまま、昇降機へとクオンが手を伸ばす――が。
「あ」
間一髪、というところで届かず、クオンの身体はそのまま崖下へと落下していった。
「お……落ちた! あのツノ女、間に合わずに落ちてったんだけど!」
「イオリお嬢ちゃん、今のうちに!」
昇降機に乗っている面子が騒ぐ中、俺も咄嗟に崖下を覗く。
「クオン!」
これだけの高さだ。いくら龍の器官を備えていると言えど、ただでは済まないだろう。
だが、彼女は黎明の解剖学者へと繋がる鍵になりうる存在だ。ここで失う訳にはいかない。
望む眼下には険しい断崖と、その果てに待つ荒々しい白波が見える。
――その光景を認識したところで、脊髄にずきりとした嫌な痛みが走った。
「まさか……!」
がちん、と岩肌に何か硬質の物体が突き立てられる音。
「うおぉぉぉおおッ!! 待て待て待てぇ!!」
あろうことかクオンは赫爪を四肢の先に顕現させ、跳ねるようにして岩肌を昇り始めていた。
「どこまでバケモノなんだよお前!」
思わず口にした俺の言葉など気にせず、クオンは目を見張る速度で崖を昇っていく。両手と両脚に顕現させた赫爪を岩壁に突き立て、獣のように駆けるその姿は人の域を完全に振り切っていた。
そのまま彼女は俺の立っていた位置など軽々通り過ぎ、上昇を続ける昇降機へと狙いを定める。
『ワオ! 人間ヤメテル!』
「…………っ、あ、あいつ……やばい!」
「尻尾!」
尻尾に指示を送り、岩壁へ尾先を突き立てる。そのまま尻尾の膂力で俺の身体を上方へと投げ飛ばさせ、その頂点に達したところで再び尻尾に指示。振り子の要領でクオンの後を追っていく。
『パパモ大概バケモンヤネ』
『ネー』『ヤバイヨネー』『ゴロゴロー』
完全に観戦気分なマヌケ共を無視して、そのまま上昇を続ける昇降機へ尻尾を絡ませる。
俺が昇降機の外柵へ手をかけたのと、クオンが跳躍して乗り込んだのは、ほとんど同時だった。
着地と同時に昇降機が大きく揺れはじめ、中の全員が悲鳴を上げる。
「うわぁぁあああ!? 幽鬼! ツノやばっ?! あんたどんだけ生やしとるん!?」
「やかましいわ! かっこいいだろうが! 文句言うな!」
「……巡徒として色々と見てきたつもりだが……あんたのそれ、どうなってるんだ?」
俺も柵にかけた腕に力を込め、身体を一気に引き上げることで昇降機の内部へ。
「っ……ぜえ……はあ、っ……し、死ぬかと……!」
「ろ、ローレンスさま! ご無事ですか!?」
「俺はいい……それよりも、イスカは……? 目は……!」
「あ、あたしは大丈夫、だけど……」
駆け寄ってきたイスカとナユタに身体を起こされ、改めて周囲を確認する。
今ここに搭乗しているのは、俺とイスカ、アーロン、ナユタとイオリ、フォルストと幽鬼。
そして。
『全員シュウゴーウ』『満員デース』『ゴロゴロー』
全身が金属体で構成された、複数体の野良ゴーレムたち。
「……待て」
みしり、と。
今、足元から明らかに聞いてはいけない音が、聞こえてきた。
「だ…………誰か降りろ……!」
「あ、あたしは浮かぶ、っ! アーロンも、ほら、浮かんでっ!」
『フワーッ』
「私は重くないぞ! このダルマ共が降りれば全部解決するのだ! おい降りろダルマ共!」
『イーヤーヨッ』『ヤダネー』『落チタラドースンノヨ』
「で、では幽鬼さまがお降りになってください! 先程のように壁を這えばよろしいですよ!」
「何を言うか! あれは疲れるんだぞ! 行きでもうやったから帰りはやりたくないわ!」
「ローレンスくんもさっきみたいに尻尾を使って、壁を伝えばいいんじゃないか!?」
「あれは想像以上に疲れるんです! 俺の腰はもう持ちません!」
狭い昇降機の中、人間同士であまりにも醜い言い争いが発生してしまう。
いっそのこと全員で一致団結して、野良ゴーレム共を海へ投棄するのが早いかもしれない。
だが、これだけの重さのものを昇降機内で動かせば、それこそ均衡を崩してしまいかねない。
どうするべきか、とこの場で最も昇降機に詳しいはずのイオリへ視線を投げたところで。
「……イオリ?」
彼女はどこからか取り出した拳銃を頭上に掲げ、その引き金をゆっくりと引いた。
直後、渇いた音が昇降機の中に鳴り響き、言い争いが強制的に停止する。
あのクオンとイスカですら、彼女の鳴らした銃声に口を噤んでいた。
そして全員の視線を受けたイオリは、すぅ、と息を吸い込んでから、
「いい加減にしろアンタら! 全員まとめて海に落っこちたいのか!? ああ!?」
「え、は、ちょ……い、イオリお嬢ちゃん……?」
「いい!? まだこの昇降機は持つ! ウチの製作品舐めんな! だから死にたくなかったらウチの指示に従え! 従わなかったら撃ち殺してそのまま海に放り投げるから!」
声を荒げるイオリに、困惑するフォルストが宥めるような声をかける。
だがイオリは硝煙を燻らせる銃口もそのままに、勢いよく言葉を続けた。
「フォルスト、あんたはそこの角っこ! で、ローレンスはその対角線上! ゆっくり動け!」
「わかりました……!」
「ナユタ、あんたはフォルストの隣の角っこ! イスカはそのままアーロンと一緒に浮いてろ!」
「っ……わ、わかった……」
「ツノ女! アンタはゴーレム共集めて真ん中に立って、大人しく座ってろ!」
「なんで貴様の言うことなんか聞かんといかんのじゃァ!」
クオンが抗議した次の瞬間、イオリは無言で彼女に向けて発砲した。
弾丸は間一髪のところで彼女の頬を掠め、髪の毛をぶわっと巻き上げる。
「おいおいおいおい!? 貴様、正気か!? あとちょっとで当たっとったが!?」
「チッ……死体になれば海に不法投棄できたのに……」
「わかったわかった! おいダルマ共! こっちに並んでじっとしてろ!」
『ハイ……』『ゴロゴロ……』『ジッ……』
野良ゴーレムたちもイオリの剣幕に圧されたのか、無駄口を叩くことはしなかった。
そのままイオリが操作盤に手をかけると、昇降機は危なげながらもゆっくりと上昇していく。
「アンタらも分かってると思うけど、不用意に動いたら一気に真っ逆さまだからね」
「はい……」
「暴れたり叫んだりした瞬間、撃つから……死にたくなかったら、大人しくしててよ……」
銃を片手にぶつぶつと呟くイオリに、俺たちはただ口を噤むことしかできなかった。
■
「………………」
「………………」
………………。
「…………おい、イスカ」
「な、何……?」
「なんで貴様はそんなにチビなんだ? ちゃんと飯は食っとるのか? 運動は?」
「う……うるさいな……。べ、別に……あんたには……関係ない、でしょ」
「どうせ家事もろくにできんのだろう? そのうえ性格も歪んどるときた。最悪ではないか」
「せ、性格に関しては、あんたも大概でしょ……」
「何を言うか。私は洗濯も料理もできるし、貴様より背も胸もでかい。お前よりずっといい女だ」
「……でも、カザミとかいうやつに、刀は打ってもらえなかったん、でしょ?」
「は?」
「あたしには、ローレンスが、ずっと一緒だし。い、行き遅れは、どっち、かな……?」
「………………」
「………………」
がこん。
「殺すッ! 微塵切りにしてやるわァ! 楽に死ねると思うなよ、このチビィ!!」
「そ、そのツノ、すり潰してやるぅぅぅううっっっ!!!」
昇降機が地上へ到達した直後、クオンとイスカは我先にと脱出し、再び戦闘を開始。
「いったい何だったんだ、さっきのあの子たちの会話!」
「イカレた女どもが……!」
間抜けな鉄球共も含め、全員が無事に地上へ到達したことを確認し、改めて戦況へと目を向ける。先程の洞窟内よりもずっと開けた採掘区画の入場口は、しかしあちこちに飛び回るイスカや、全身から赫爪を生やし跳びまわるクオンのせいで、既に見るも無惨な有様になり始めていた。
「この、蛮族めっ! やっぱりメノウは蛮族の国だっ! あんたみたいなのがいるからっ!」
「メノウを愚弄するか貴様! ここはいい国だ! カザミもいい国だと言っていた!」
イスカの振り下ろしたアロンダイトの刀身を、クオンが頭から生やす赫爪で弾き上げる。
粒子状の刀身は衝撃と共に霧散したが、すぐにイスカがアーロンを地面へ設置。魔術式を起動させると、アーロンは再び周囲の鉱石を取り込み、元通りどころか一回り大きな刀身を造り出す。
『イツマデヤッテルノ』『ゴロゴロー』『コーレ大長編ヤネ』
「こ、このままではセキレイが更地になりかねません……!」
「ナユタ、止めるぞ! 俺が援護する!」
何より、龍の器官を持つクオンが傍にいたら、イスカの翼もいつ顕現するか分からない。
幾度目か分からない衝突を果たす二人に、俺も尻尾を顕現させ、腰に吊った銃を抜く。
「…………は?」
イオリの困惑するような声が聞こえたのは、その寸前だった。
「イオリ?」
「なに? いやだって、アイツらが勝手にやってるだけで……偉そうなこと言わんでよ」
まただ。イオリは今この場にいる誰の方を向くでもなく、虚空を見つめながらそう言った。
それはついさっき、ミヤシロの工房でイスカを『模造品』と呼んだ時と同じ光景だった。
「イオリお嬢ちゃん? 一体あんた、誰と話して――」
「いっつもそうじゃん。アンタは口だけで何もしないで、ウチのこと馬鹿にするだけだし」
「い……イオリさま?」
「そこまで言うなら、アンタがやればいいじゃんか!」
そして。
「…………え。ウソ、ほんとにやるの?」
イオリの身体に変化が訪れたのは、その呟きが落ちた瞬間だった。
彼女の頭上に小さな光が灯ったかと思うと、それは瞬時に円環状の形へと変化する。
時間が進むにつれて輪郭を明確にするそれは、ともすれば冠のようにも見えた。
何故か感じた既視感の正体は、しかしすぐに掴めた。
エストレアだ。暴走したわたぽんが戴く、歪な漆黒の冠――シミュラクラム・クラウン。
しかしイオリが戴くそれは、純白の光によって構成された、輝く冠。
それは、純冠と呼ぶに相応しかった。
「イオリ……? あなたは、一体……」
恐る恐るといった俺の問いかけに、しかしイオリは答えない。
「ワタシ、ダラダラやるのは趣味じゃないの」
代わりに、イオリの中にいる”誰か”が、イオリの声帯器官を使って答えた。
純白の冠を戴くイオリが、俺たちの間を割るようにして前に出る。一歩、一歩と踏み出すごとに冠からは白い光の筋が溢れ、やがて数えることすら困難なほどの光の筋が彼女の周囲を覆う。
それらの光はまるで編まれるように幾重にも織られ、やがてイオリの身体を包み込んだ。
白いローブ。それは文明で唯一の天才だけが袖を通すことを許された、第四階梯の象徴。
「後輩の前で大きい顔する先輩には、なりたくなかったのだけれど」
くすりと笑いながら零した彼女の言葉で、全てが繋がった気がした。
「まさか! あなた、本当に……!」
「しーっ」
震えた声を漏らす俺を見て、彼女は唇に指を当てる。
「どうせ名乗るなら、もっとカッコよく名乗らせてちょうだい?」
そうして片目を閉じた彼女は、背後で戦い続けるイスカとクオンの方へと振り返る。いまだに衰えを見せずに暴れ回る二人へそれぞれ目配せすると、彼女は指をぱちん、と弾いてから、
「はい、もうおしまい。ヤンチャもそこまでにしなさい、二人とも」
その瞬間、二人の身体が勢いよく地面へと伏せられた。
不可視の何かが、彼女たちの身体を地面へ無理やり押し付けた、と言ってもいい。
「な……っ、は、はあ!? なんじゃこりゃあ!!?」
「!? ……、!? な、何……っ!? なにこれ、っ!?」
まず初めに驚いたのは、イスカが完全に予想外の反応を見せたこと。
第四階梯である彼女は当然、自身の行使する魔術に限らず、魔術に関するあらゆる知識を身に着けている。だが今のイスカは、完全に自身の知識外の事象に遭遇したように狼狽えていた。
隣にいるクオンも、彼女の行使した”何か”によって完全に動きを封じられている。龍の器官を顕現させ、第四階梯と真正面から打ち合える実力を持つ彼女が、完全な無抵抗で。
「おい、そこの白いピカピカのやつ! 貴様、わたしに何をした!?」
「い、イオリ? ……ち、違う……! あんた、イオリじゃない……!?」
あの二人を完全に無力化した、彼女の魔術は相当なものなのだろう。
リノンの行使した『イミテーション・ロゴス』にも近い、概念や空間を対象とする広域干渉。
……いや、そもそもこれを魔術と言っていいのか分からない。
だって彼女の行使した力は、少なくとも魔術式を介していなかったから。
「あ、あんた……誰……?」
イスカの口にした言葉は、おそらくこの場の全員が抱いていた疑問だった。
だが、彼女はイスカになぜか、懐かしむような笑みを浮かべてから、
「最初の魔術師」
それはこの世界に魔術を齎し、初めて人類を次の文明へと押し上げた、一人目の天才。
第四階梯という称号さえも霞むような偉業を打ち立てた、人類史における特異点。
そして彼女は、頭上に戴く光の冠――”万識を宿す純冠”を、指先で軽く押し上げてから、
「『魔女』アルバトラ。あなたの大先輩よ、イスカちゃん」
■
大先輩(最低でも600歳以上)
アーロンくん『ワオ! ガチデババアヤンケ!』