メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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04 第二階梯魔術師、アナトリア(上)

 

 第二階梯魔術師、アナトリア。

 魔術的生命体の分野において、第三階梯に最も近いとされている魔術師。

 彼女の保有する”箱庭”という独自の仮想環境は、あらゆる魔術的生命体の生態を模擬的ながらほぼ完璧に近い精度で再現できる。また、環境や生態的の意図的な操作、果てには生態や身体構造を独自に設定した個体の再現すらも可能で、これによりアナトリアは理論上でしか存在しなかった未発見の魔術的生命体、そしてそれらが構築する生態系を”箱庭”に産み出すことに成功した。

 魔術師きっての常識人とされるアナトリアを慕う者は多い。確かに言葉は少し厳しいところがあるかもしれないが、部下の面倒見もよく、何より人間ができている。

 子供の頃からイスカの横暴に振り回されている俺にとっては、女神のような存在だった。

 

 

 総魔研の三階は、嘘のように静まり返っていた。

 

「ふ、ふん……。だれも、いないじゃん。やっぱり、ここも大したことない……ただの見かけ倒し、だよ。ローレンスはこんな大きいだけの箱の中で働く、より、あたしのそばで働いたほうが、有益だし、安全……!」

「……………………」

 

 いつもなら研究員が忙しなく行き交っている廊下が無人なのは、おそらく連絡を受けたアナトリアが、迅速に避難指示を出したからだろう。その判断の速さに感謝しながら、アナトリアの工房へと向かう。

 扉の前に立ったところで、今まで抱えていたイスカを降ろし、中にいるであろうアナトリアへ呼びかける。

 

「アナトリア、いますか?」

 

 返事はない。

 だが、扉の向こうからはどたばたと慌ただしい音が聞こえてくる。

 

「開けろっ、アナトリア!!」

 

 もうしばらく待とうかと思ったが、それを聞いたイスカが扉を足でこじ開けた。

 

「あ、アナトリア……っ! さっさと顔みせろ!」

「ひぃっ!? もう来ちゃったあ!?」

 

 工房の奥から消えてきた悲鳴に、イスカをここに連れてきたことを後悔した。

 イスカはそのまま他人の工房を進んでいったが、止めても無駄だし目的地も一緒なので、大人しくその後を追うことにする。そうして辿り着いた工房の最奥部には、”箱庭”――いくつもの複雑な魔術式が組み込まれた、ひときわ大きなテーブル型の魔導器――と、それを守るように身を寄せるアナトリアの姿があった。

 

「な、何しに来たのよお! ローレンスはちゃんとあなたにあげたじゃない!」

「……あ、あげた? あげたって、言った、今? や……やっぱりあんた、ローレンスを自分のモノだと思って……っ! ゆ、許せない! い、今すぐ、その両手両足ぜんぶ、引き千切ってやる!」

「ひぃーー!? た、助けてーーっ!!」

「イスカ、やめろ!」

 

 アナトリアへ向けて有無を言わさず魔術式を展開し始めたので、思わず止める。

 奇跡的に術式の発動は寸前で免れたが、アナトリアは頭を抱えたまま怯え切っていた。こんな目に遭わせてしまって大変申し訳ない気持ちはあるが、とはいえこのままでは話も進まないので、蹲るアナトリアの肩を叩きながら、できるだけ落ち着かせるように声をかける。

 

「……申し訳ありません、アナトリア。事前の連絡も無しに、しかもこんなのを連れてきてしまって」

「本当よ! 戻ってきては欲しかったけど、こんな化け物(第四階梯)を連れてこいなんて一言も言ってないのに! 大体あなた、いまさら何しに来たのよ……! もうここはあなたの職場じゃないでしょ!?」

「今日は研究の引継ぎ資料を作成しに来ました。イスカのせいで急な人事異動になってしまったので、後任……が、見つかるかどうかは置いておいて、とりあえず今までの仕事をある程度纏めておこうと思います」

 

 少なくとも、今まで進めていた研究記録くらいは纏めておかなければ、後任が困ってしまう。アナトリアに迷惑をかけることも本意ではないし、これくらいのけじめはつけておいた方がいいだろう。いや、確かに、現在進行形でアナトリアに多大な迷惑をかけてはいるが。

 

「なら、勝手にやってさっさと出て行って!」

「ありがとうございます」

 

 アナトリアからの許可も下りたことなので、このまま作業に取り掛かりたいところだが。

 

「あ、あたしも手伝うよ……こんな女の工房なんて、はやく出ていきたいし……」

「いや、アナトリアの研究資料を扱うわけだから、見せるわけにはいかない。魔術師が自分の研究資料を他人に見られたくないのは、第四階梯のお前が一番よく分かってるだろ?」

「う……それは、そう、だけど」

 

 とはいえ、アナトリアに預けると、俺が作業を終えた頃には彼女が変わり果てた姿になっているかもしれない。この後の買い物を一人で任せることも一応は考えたが、そんなことがこの女にできるわけが。

 さて、どうするべきかと考えていた俺をよそに、イスカがふと。

 

「わかった……。じゃあ、あたしは……その、オモチャ箱でも眺めて、待ってる」

 

 彼女が指で示した先にあるのは、アナトリアの背後にある”箱庭”だった。

 

「お……オモチャ箱ですって!?」

「こんなのでも、暇潰しの道具くらいには、なる……。ろ、ローレンスの作業が終わるまで、これで適当に遊んで、ま、待ってるから。あたしのことは、気にしないで、作業に集中してて、大丈夫……」

「ちょっと、勝手に決めないでよ! 誰があなたみたいな化け物に、私の命よりも大事な”箱庭”を触らせるもんですか! いくら第四階梯だからって、そんなの許せるわけないでしょ!?」

「……ほんとに、命よりも大事か、試してみる?」

「ひぃ! ごめんなさい!」

「やめろイスカ!」

 

 じろりとアナトリアを睨むイスカに、流石に見ていられなかったのでそう告げる。

 とはいえ、イスカが”箱庭”に興味を持つのは予想外だった。イスカが他人の研究物に興味を惹かれることは、本当に珍しい。それには彼女の独善的な思考も大いにあるだろうが、何よりイスカほどの魔術師にとって、他人の研究物など取るに足らないものなのだろう。

 そのイスカがこうして興味を持っているのは、それだけ”箱庭”が特異な魔導器であることの証明でもある。本来なら第四階梯の一瞥を受ける研究成果を上げただけでも、魔術師としては偉業なのだが……。

 なにぶんその第四階梯がコレなので、アナトリアも気が気ではないのだろう。

 

「どうやって遊ぼうかな……。卵生だった場合の人類の類似種でも作ってみようかな……」

「ろ、ローレンスぅ……!」

 

 イスカがこうして”箱庭”で暇を潰してくれているなら、俺も彼女のことを考えず集中して作業を進められるし、遊ぶことが目的なら”箱庭”の管理者であるアナトリアにも危害を加えないだろう。

 そうして俺は、助けを求めるような視線を送ってくるアナトリアに向き直って。

 

「……申し訳ありません。後は頼みます」

「ローレンスぅ!!」

 

 痛々しい悲鳴を背後に受けながら、俺はその部屋を後にした。

 

 

「つまり、無駄な魔術式が、多すぎる……ご、ごちゃごちゃしてて、気持ち悪い、の」

 

 迅速に作業を終え、”箱庭”のある部屋に戻ると、イスカのそんな話が聞こえてきた。

 

「でも、気持ちはわからなくも、ない。たぶん、後からどんどん機能を追加して、取り返しがつかなくなったんでしょ? そういうのは、あたしにも、ある……。ここまでごちゃつくのは、さすがにない、けど」

「う、うるさいわね……。仕方ないでしょ。私もここまで大きな魔導器にするつもりはなかったわよ。最初はゴーレムに簡単な建設作業をさせる時、事前の行動を入力して、工程を確認するための魔導器だったの。そこから色々と改良と再設計を重ねて行ったら、いつの間にかこんなことに……」

「設計思想と、術式の構築は悪くない……と、思う。た、ただ、これが最適解ってわけじゃ、ない。も、もう少し効率は高く、できる。だ、だけど、たぶんアナトリアも内部構造は完璧に把握できてない、よね。今こうして動いてるのも、アナトリアにとっては、奇跡みたいなこと……でしょ?」

「認めたくないけど、そうね。漠然とは理解しているけど、細部までは何とも」

 

 意外なことに、イスカは先程までの殺意を抑えて、アナトリアと”箱庭”の改良案についての会話を広げているようだった。アナトリアが知己だからなのか、あるいは純粋に”箱庭”に興味が湧いたからなのかは知る由もないが、少なくとも今の二人に険悪な空気は流れていなかった。

 

「再現記録とか、環境や個体の初期設定記録を、別の媒体に保存するのは……どう? そ、そうすれば、記録のために使ってる魔力も、ぜんぶ再現の方に回せる……根本的な解決にはならない、けど、少なくとも魔力供給の効率は上がるはず。こういうのは思い切って、機能を分けた方が、何かと解決する……」

「……面倒だから嫌厭していたけど、あなたが言うなら試してみる価値はありそうね」

 

 やがて話もひと段落したのか、俺がいることに気が付いたイスカが、顔をほころばせる。

 

「ろ、ローレンス……! お、終わったの?」

「ああ。アナトリア、お待たせしてすみませんでした」

「本当よ。この化け物と一緒にいる私の気持ちにもなりなさい」

「申し訳ありません」

「ね、ローレンス、こっち来て、来てっ……!」

 

 何やらイスカが”箱庭”の中を見るよう促してくるので、その中を覗いてみると。

 

「み、みてこれ……♡ ろ、ローレンスとあたしをモデルにした個体が、たくさん子供を作ってる……っ♡」

 

 おぞましい……!

 

「引き継ぎの資料は机の上に置いておきましたので、時間のある時に確認しておいてください」

「ありがとう。後で確認しておくわね」

「それとこの”箱庭”の再現記録は即刻削除してください」

「言われなくてもすぐに消すわよ、こんな気色悪い記録」

「き、気色悪い、だと……っ!?」

「それと、アナトリア。もう一つ話が」

 

 憤慨するイスカを置いて、アナトリアへ向き直る。

 

「……何かしら?」

「貴女の元で働いてからずっと、個人的に調査している件のことです」

「個人的な、調査?」

「ああ」

 

 どちらかというと、アナトリアの工房へ足を運んだのはこの要件によるところが大きい。

 俺の言葉に首を傾げたイスカへの説明も含めて、改めてアナトリアへ説明した。

 

「身体に特異な魔術的器官を持つ人間の捜索と保護。貴女の元にいる間は何も進展がありませんでしたが、これからも捜索は続けるつもりです。今後はイスカの研究室を主要な報告先にするつもりですが……その、こちらの工房でも継続して情報を募ってもらいたいのですが」

「安心しなさい、元々そのつもりよ」

「それは……ありがとうございます。本当に助かります」

「代わりに、それなりの手数料はもらってもいいわよね?」

「構いません。できるだけ色を付けさせてもらいます」

 

 どうやらアナトリアも、そのことはある程度融通してくれるつもりだったらしい。こうして足を運んだこと自体が野暮だっただろうか。ともあれ、こうして情報の共有をしてくれるのはありがたいので、改めてアナトリアに頭を下げる。

 

「……ローレンス?」

「イスカ、いい」

 

 何か言葉を発する前に、イスカを止める。

 もちろん、きちんと説明する気はある。だが、それは研究所へ帰ってからでもいいだろう。

 他の人間がいないところで話したいことなのは、イスカも同じはずだ

 

「他に話しておくこともないと思いますので……自分たちは、これで失礼します」

「はい、お疲れさま。まあ、色々と大変でしょうけど、頑張りなさい」

「ありがとうございます」

 

 別れの言葉を渡して、イスカと共に工房を後にする。

 半ば応じてくれるか不安な要求だったが、アナトリアは元より協力してくれるつもりだったらしい。

 情報網が広がれば、それだけ網に獲物がかかる確率も高くなる。

 これで、事態が少しでも進展してくれればいいが。

 

 

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