メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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05 第二階梯魔術師、アナトリア(下)

 

「まだ、探してるの?」

 

 市場での買い物を終え、研究所に戻ったところで、開口一番にイスカが聞いてきた。

 十中八九、俺がアナトリアの工房で話した、魔術的器官を持つ人間の捜索のことだろう。

 

「お前は気にしなくていい。個人的にやらなければならないと思ってるだけだ」

「でも、あ、あたしにも……関係ある、ことだし」

「関係あった、だろ」

 

 イスカにとってはもう、終わったことだ。もう考えるべきことじゃないし、考えさせたくない。

 それは俺にとっても同じことだが、同時に俺がやるべきことなんだとも、思う。過去に執着することは愚かだと頭では理解しているが、それでもこの件は俺がけじめをつけるべきものなのだろう。未だ手掛かりは見つからず、探しているものが既にこの世に存在しなくなっているかもしれないが、だからといって安心はできない。

 これ以上、あんなものをこの世に生み出してはならない。

 

「ろ、ローレンス……」

「昼食にしよう。朝から出かけて大変だっただろ。すぐに作る」

 

 思いつめるイスカの表情を意図的に視界から外して、俺はキッチンへ向かった。

 

 

「おいひい……。ろ、ローレンスのつくる料理は、世界一……っ!」

「ゆっくり食べろ」

 

 昼食に作ってやったパスタを口いっぱいに頬張りながら、イスカはなんとも幸せそうに言った。

 どうやら先程の話は食事を進めている間に、すっかり頭から抜け落ちてしまったらしい。それはそれで頭の出来が心配になるが、とはいえ例の話に触れないでくれるのは俺にとっても都合がいいので、そのままにしておく。

 俺も自分の食事に手をつけながら、イスカに話題を切り出した。

 

「午後からは、昨日お前が言っていた事務作業に取り掛かろうと思う」

 

 アナトリアへの要件は済ませたし、以前使用していた住居の諸々もイスカが手続きをしてくれる。

 つまり他にすることがなくなったので、俺は大人しく彼女の研究助手として業務に従事するしかなくなったのだ。しかし、ここまで来るともうどうしようもないので、さっさと割り切ってその話を進める。

 

「何から手をつければいい?」

「え、えっと……とりあえず、その、報告書が溜まってて……」

「報告書?」

「うん。研究して、色々纏めたんだけど、学会に提出できてないやつ」

 

 階梯を持つ魔術師は、魔術学会に自らの研究成果を定期的に報告する義務がある。

 というより、提出した研究成果によって魔術学会により階梯を定められる、と言った方が正しい。これを怠ると、学会により階梯をはく奪、あるいは最悪の場合、魔術師としての資格すらも危うくなってしまう。

 だが実際はそこまで厳密な取り決めをしているわけでもなく、多少の遅延は考慮されるらしい。実際、前の職場では、アナトリアが「間に合うわけないでしょ~~!?」と憤慨しつつ学会に抗議していたのを年に数度見たことがある。

 だが、それはあくまで一般的な、学会の中で最も数の多い、第二階梯魔術師の話だ。

 その文明においての唯一とされる第四階梯ともなると、話も随分と変わってくるだろう。

 

「……学会から催促されたりしないのか?」

「あ、あるけど……いいよ。あ、あたしから階梯を取り上げるなんて、あっていいはずないもん……」

 

 あまりに横暴な返答が渡されたが、それを否定できないところが恐ろしかった。

 第四階梯ともなれば、もはや魔術師という枠組みを超え、人類史における文明発展の象徴とも言える存在だ。

 たとえば歴史上二人目の第四階梯魔術師レフェルトリスは、魔術が行使できない一般人でも、魔術と同等の現象を生み出す道具――つまり、現代における魔導器を初めて実用化した人物だ。現存する全ての魔導器は、彼の遺した理論があってこそ存在しており、その功績がどれほど大きいかは、改めて語るまででもないだろう。

 俺の目の前にいる第四階梯だって一応、時間遡行を理論上だが可能にした希代の天才だ。実際は基礎理論を組み立てただけで、課題もまだまだ山積みだが、いずれ人類は時間さえも操作するまでに発展するはずだ。

 それほどの存在に、たかが学会の権威程度で制限をかけられるはずもない。むしろ学会の方が尻尾を振って、第四階梯の言いなりになる方が、もしかすると正しい在り方なのでは、とすら考えてしまう。

 とはいえ、仕事を溜め込むのは第四階梯以前、人間としての問題だ。

 

「まずは報告書を片付けるぞ。お前だって学会と揉め事になるのは面倒だろ」

「う、うん……。でも、あとは、体裁を整えるだけ……内容を纏めて、読みやすいようにするだけ、だから。作業自体は簡単、だと思う……ろ、ローレンスだけでも、できる仕事だよ」

 

 イスカも俺に過度な期待はしていないようで、特に難しい内容には聞こえなかった。

 体裁を整えるだけなら、魔術にそこまで明るくない俺でもある程度ならできるはずだ。

 だが、そうなるとまた別の問題が浮かんでくる。

 

「……そんな簡単な作業なら、なんで溜めてるんだ」

「だって、その……量が、多くなっちゃって。ローレンスがいなくなってから、ずっと手を付けてないし……」

 

 俺が居なくなってから、ずっと。

 つまり、ここ二年間の研究資料ということか?

 

「……なあ、そもそもその報告書、どれくらい溜まってる?」

 

 まず初めに確認するべきだったが、そもそもの作業量を把握しなくてはいけない。

 怖くなって聞いてみると、イスカは恐る恐る指を三つ立てた。

 

「三〇件か……骨が折れるな」

「ううん、三〇〇件」

 

 ふざけるな……!

 

「何をしたらそんなに溜まるんだ」

「だ、だって……っ! じ、時間遡行ってまだ未開拓の分野だから、新しい法則とか、既存理論の発展形とか、そういうのがたくさん生まれちゃって……! そ、その上、そもそも時間遡行の報告書も、たくさんあるから……き、気が付いたら、どんどん溜まっちゃって……う、うぅぅぅううっ……!」

「……こ、のっ…………!」

 

 絶句するしかない。たまらず使っていたフォークを投げ出して、天井を仰いだ。

 

「……報告書の提出期限は?」

「あ、そ、それは大丈夫……。どうせ期日は、とっくの昔に過ぎてる、から。いまさら遅れても……平気!」

「何が平気だお前、よく言えたな……!」

「ごっ、ごめん、なさい……」

 

 場違いに胸を張り始めたイスカに、思わず怒りが込み上げてきた。

 ここまでくると、二年間もの遅延を許容している学会の方が悪いとすら思えてしまう。しかし、学会も学会でイスカに怯えて催促もままならないのだろう。となると、本当にこいつが全て悪いことになるが。

 ……まあ、いい。とにかく、いくら時間をかけてもいいのは分かった。

 どうせ他に手伝えることもないんだ。しばらくはこの作業にかかりっきりになるだろう。

 

「わかった。何日かかるか分からないが終わらせる。だから、お前は自分の研究に集中しろ」

「う、うん……。ありがとう、ローレンス」

 

 イスカには時間遡行の研究がある。それは俺が介入できない分野だ。

 彼女も報告書の執筆という単調な作業よりも、自身の研究を進めたいことだろう。

 そこに関しては俺も同じく、第四階梯としての義務を果たしてほしいと思っている。

 だってそうでもしなければこいつは、ただの危険な女ということになってしまう。

 せめて研究くらいはマジメにやってくれ。

 

 

 報告書の整理を始めてから、四日目の朝。

 目を覚ますと、昨日と代わり映えのしない報告書の山が目に入ってきた。

 

「……ついにやったな」

 

 昨日の最後の記憶は、気分転換のために作業場所をソファーへ移したところで終わっている。

 どうやらソファーの座り心地に負け、そのまま爆睡をかましてしまったらしい。できるだけ最低限の睡眠というか、ある程度の生活の質は維持しようと努力していたが、どうやらここが限界だったようだ。

 寝違えて軋む体を起こそうとすると、ふと膝の上に何か重たいものを感じた。

 

「イスカ?」

 

 視線を降ろした先には、俺の膝を枕にして、眠りこけているイスカの姿がある。

 なぜ彼女が俺と同じソファーで寝ているのかは、もう聞くだけ無駄なので置いておく。

 最悪なのは、彼女がうつ伏せの体勢をとっていることだった。

 

「すぅーー………………っ♡」

「起きろ」

 

 首根っこを掴んで引きはがすと、寝ぼけたままの目で俺を見上げてくる。

 

「んぅ……あ、ろ、ローレンス……おはよ……」

「おはよう。二度と人の股間に顔を埋めながら寝るなよ」

 

 朝から最悪の気分にさせてくれる……。

 

「顔でも洗ってこい。その間に朝食を作ってくるから」

「ん……わか、った……」

 

 半開きの目を擦るイスカを洗面台へ追い払って、キッチンへと向かう。

 冷蔵庫を開けると、卵が三つとなけなしの野菜だけが残っていたので、それに火を通すことにする。主食はパンがいくつかダイニングテーブルの上に置いてあったはずなので、それにしよう。俺もイスカも食事にはあまりこだわりがないので、そこはお互い都合が良かった。

 とはいえ、これを作ったあと食料が尽きるので、今日のうちに食材の買い出しにいかなければいけない。

 午前中の作業がひと段落したら、気分転換がてら買い物に行くのもいいだろう。どうせイスカもついて来ると言って訊かないだろうから、いっそのこと昼は外食で済ませるのも手か。

 ……そこまで考えたところで、この生活に順応してきた自分に改めて恐怖を覚えた。

 

「いよいよだな……」

 

 一週間前の俺が今の俺を見たら、その場で膝をついて絶望していることだろう。

 

「ん……いい、におい、する……」

 

 絶望の根源が洗面台から返ってきたので、ちょうど出来上がった朝食をテーブルへ運ぶ。

 俺の作った食事にきらきらと目を輝かせるイスカの対面に座り、二人で朝食を摂り始めた。

 

「今日の昼、時間あるか? 食料の買い出しに行きたい」

「……! で、っ、デートの、お誘い……!?」

「違う」

 

 曖昧な答えで済ませるとそのまま押し通されるので、即座に断りを入れる。

 こいつといると本当に神経を研ぎ澄ませないといけない。

 

「ついでに食事も外で摂ろう。その方が楽だろ」

「や、やっぱりデートのお誘いだ……っ!!♡♡」

「違う」

 

 聞く耳を持とうとしない。勝手に一人で盛り上がるイスカは、もう放置することにした。

 できるだけイスカに視線を向けないようにしながら、頭で今日の予定を考える。

 そこで、ふと、この研究所に来てからずっと疑問だったことを思い出した。

 

「そういえば、この研究所に警備はいないのか?」

「……?」

 

 俺の問いかけに、イスカは頬を朝食で膨らませたまま、心底不思議そうに首を傾げた。

 

「け、警備? ……か、考えたことすら、なかったけど」

「不用心じゃないか?」

「だ、だいじょうぶ、だよ……だ、誰か来ても、あ、あたしなら消し炭にできる、もん」

 

 本人の言う通り、確かにイスカなら並の不審者くらいどうということはないだろう。

 そもそもイスカがこの研究所から滅多に離れないため、彼女本人が警備装置になっていると言っても差し支えない。そういう事情も加味すれば、考えたことすらないというイスカの意見にも頷くことはできる。

 だが、それはあくまでイスカ本人の無事を保証する話だ。

 

「今日みたいにイスカと俺が外出する時、この研究所は留守になるだろ? ……確かに大学側の警備もあるだろうが、言ってしまえば所詮その程度だ。仮にもここは第四階梯の研究所なんだから、万が一のことも考えた方がいい。お前の研究資料を盗もうとする奴なんて、山ほどいるんだから、もっと危機感を持て」

「うーん……? そ、そっか……確かに、そうかも……?」

「それと、もう一つ」

 

 連続する話題なので、そのまま続ける。

 

「作業を始めてから思ったことだが、資料保管庫が汚すぎる」

「う……そ、それは……」

「あれをもっと整理すれば、俺もお前も作業効率が上がるだろう」

 

 この研究所の資料保管庫は、それはもうあり得ないくらいに散らかっていた。

 書類の分類がバラバラだとか、資料が山になっているというか、そのレベルではない。

 床一面に書類が散乱し、足の踏み場もない有様だ。

 当然、中にある資料を捜索するには困難を極める。

 俺が毎日の作業に苦労しているのも、その資料保管庫の現状によるところが大きかった。

 

「つまり、この研究所が留守になること、資料室が汚すぎること。この二つを解決したい」

「……なら、倉庫の整理と、警備もできる人を、雇う?」

「俺以外の人間を、この研究所に入れてもいいなら」

「むり。ぜったいイヤ。自分で言っておいて何だけど、ありえない」

 

 だろうな。

 俺としても、第四階梯の資料を扱う人間は最低限に留めたい。

 

「じゃ、じゃあ……今日は、お片付けの日に、する?」

「それも考えたが」

 

 あの惨状をどうにかするのには、何日かかるかわからない。ただでさえ大量の作業を抱えているのに、そんな予定を入れてしまったら、どれだけ時間がかかることか。

 かといってイスカに手伝わせるのも無理だ。研究があるというのもあるし、なによりあの惨状はコイツの手によって引き起こされたので、信用に値しない。

 となると、やはり。

 

「結論、警備と倉庫整理を同時にこなせるゴーレムを造ろうと思う」

 

 ゴーレム。あらゆる魔術的生命体の中でも、最も基礎的な構造を持つ存在。

 だが、基礎的ということは逆に言えば、改良が加えやすいということにもなる。身体の材質や形状、あるいは核そのものを弄れば、ゴーレムとはいえ複雑な作業を任せることもできる。実際、アナトリアの元にいた時にも、自らの作業を任せられるくらいのゴーレムを造ったことがあった。

 あれは便利だ。アナトリアから無茶振りを喰らった時、何度助けられたことか。

 

「どうせ作業も行き詰ってるからな。思考を解すために、少し頭の体操をしたい」

「ゴーレム……作るんだ。ふ、ふーん……♡」

 

 イスカの返答に若干の違和感を覚えたが、そのまま話を続ける。

 

「一応、ここはお前の研究所だから、許可だけとっておきたい。いいか?」

「……うん、いいけど、一つ、条件がある……」

 

 条件?

 

「あ、あたしにも、そのゴーレム造り……て、手伝わせて、ほしい」

「それは構わないが……いいのか?」

「う、うんっ……」

 

 意外な申し出だったが、どうやらイスカも何か別の作業で気分を晴らしたいらしい。

 第四階梯が手伝ってくれるのなら、かなり出来のいいゴーレムが完成するだろう。

 

「きょ、共同作業……♡ あたしと、ローレンスがいっしょに暮らして、はじめての……♡ こ、 これが終われば、あたしたちはもう、結婚したも同然……っ♡」

「別にお前の手を煩わせるわけにはいかないから、一人で作ってもいい」

「だ、ダメ……! いやっ! あ、あたしも、頭の体操、する……っ!」

 

 可能なら一人でこっそり終わらせたかったが、しかしイスカの手伝いが欲しいのも事実なので、あえなく彼女の申し出を受け入れるしかなかった。

 幸い、材料ならある程度この研究所に揃っている。あの散らかった資料保管庫を漁れば、一体くらいの材料なら見繕えるはずだ。

 そうと決まれば早速、朝食を食べ終えて作業に取り掛かった。

 

 

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