メンヘラヤンデレキショすぎ幼馴染魔術師   作:宇宮 祐樹

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07 第四階梯魔術師、『託宣』のエルネスタ(下)

 

「う、う……やっぱり、ひと、多い……それに、眩しい……嫌……」

 

 市場に足を踏み入れて間もなく、イスカはそう言って第四階梯のローブを目深に被った。

 やはり人混みと日光が嫌いなのは、昔から変わっていないらしい。

 別に俺も無理をさせたいわけではないのだが、イスカの研究所に転がり込んで初めて買い出しをする際、何度説得しても『ローレンスは逃げるつもりなの!?』と駄々を捏ねたので、仕方なくこうして同行させている。

 ついてくるなら文句を言わずに、荷物持ちくらい手伝ってほしいところだが。

 今回に限っては俺からの誘いなので、そういうことは口にしないでおいた。

 

「ほら、頑張れ。昼食はお前が好きなところを選んでいいから」

「う、うん……! で、デートだもん、ね……あたし、がんばる……よ……♡」

「………………」

 

 間髪入れずに否定したいところだったが、それで機嫌を損ねられてもだいぶ困る。

 いつになったら俺は、こいつの顔色を伺わない生活ができるのだろうか。

 

「とりあえず、適当に歩きながら買っていくか」

「あ……け、携帯食料、ほしい。あ、新しい、やつ出たんだって……」

「わかった」

 

 相変わらず携帯食料には目がないらしい。

 自分もまあ、別に嫌いと言うことはないし、便利なので備蓄には賛成だった。

 

「そ、そういえば、ローレンス……お金って、足りてる……?」

「足りすぎている」

 

 イスカとの共同生活を始めて改めて感じたが、こいつは金を持ちすぎている。

 考えてみれば当たり前のことで、第四階梯魔術師ともなれば魔術学会や大学からの資金援助、国や貴族からの研究支援、果てには自分が開発した術式の使用料も入ってくるので、金が湯水どころか洪水のように入ってくる。

 それに加え、イスカは極まった内向的性格のため、ほとんど外へ出る機会もなく、金銭を使う場面もない。また、他人を雇って何かをやらせるようなことをするわけもないので、資金は溜まっていく一方だった。

 やろうと思えば、俺たち二人は働かずとも一生を終えられるような環境にある。

 だが、食費や生活費など、生活に必要な出費の半分以上は俺が出すようにしている。

 それは他人の住居に住まわせてもらっているという社会的道徳の面もあるし、何より。

 

「お、お金が欲しかったら、いつでも言ってね……! あ、あたしがぜんぶ、出してあげる、から……」

「絶対にそうならないようにする」

 

 そうなったら人間的にも終わるし、生活がイスカに全て握られることにもなる。

 これだけは、本当にこれだけは何としても避けたいことだった。

 

「い、いいんだよ、ローレンス……ぜ、ぜーんぶ、あたしに任せて……。ろ、ローレンスの、ぜんぶ、あたし、がお世話してあげる、から……♡ し、死ぬまで、ずっと……あたしが、そばにいてあげる……っ♡」

「まずは調味料から揃えるか」

 

 腰あたりを抱き締めてくるイスカを引きずりながら、とりあえず買い物を続けることにした。

 

 

 市場で買い物を終えたあと、適当な飲食店を探しているうち、ふと違和感を覚えた。

 

「そういえば、今日はやけに騎士団の連中が多かったな」

「そ、そうだね……なにか、あったのかな?」

 

 ノールドベルトの中心部に位置する街市場は、基本的にいつ訪れても賑わいがあった。

 そもそもこの国が大陸の中心部に位置し、各方面への貿易拠点にもなっていることから、市場には物を売りに来た商人や他国から訪れた観光客が多く訪れている。その一方で、不法な物品を売り捌く輩や、スリを目的とした強盗も少なからず潜んでいるため、決して治安が良いとは言えない地域でもある。

 そのため、市場では常日頃から騎士団が巡回して警備の目を光らせている。

 なので連中がいるのは対して不思議なことではないが、今日はどうにもその数が多いように見えた。

 

「……面倒事に巻き込まれる前に退散するか?」

「う、うん……今日は、もう……帰ろ……アーロンも、心配……」

 

 イスカも何やらよくない気配は感じているようで、不安そうに俺の手を握ってきた。

 きな臭さを感じているのは俺も同じだった。同意を返して急いで市場を後にする。

 できるだけ足早に人込みを抜け、あと少しで市場を抜けようとしたところで。

 

「申し訳ありません。少し、よろしいですか」

 

 女の声に呼び止められ、足が止まった。

 

「……何か」

 

 振り返ると、市場を巡回していた連中の一人がこちらに近づいてきた。

 髪色は青みのかかった黒。目つきは鋭く、真っ直ぐとした佇まいも相まって、よく言えば誠実な、悪く言えば融通の利かなさそうな印象を覚えた。彼女は俺たちを一瞥すると、イスカのローブに刻まれた第四階梯の文様に気づいて少し固まったが、しかし表情を崩さずに続けた。

 

「急にお呼び止めしてしまい、申し訳ございません。私はノールドベルト騎士団第八特務小隊所属、シュヴァリエ・クロードと申します。現在、市場には警戒態勢が敷かれています。お手数ですが、お二人の身分の確認と、簡単な質問をいくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 見た目通りと言うと少々失礼な気もするが、随分と丁寧な態度だった。それは俺の隣に第四階梯魔術師がいるからというわけではなく、単に彼女が礼儀正しい人間なだけなのだろう。

 だからこそ彼女が俺たちを呼び止めたのか気になったので、まずはそこから質すことにした。

 

「構いませんが、なぜ我々に? 他にも人間はいるでしょう」

「……自分で言葉にするのもおかしな話ですが、何か貴方に勘のようなものが働いて」

 

 勘。

 そんな、あまりにもふざけた理由で引き止められたことに、少しの憤りを覚える。

 だが当の本人も多少の困惑があるようで、表情は変えないままわずかに眉を顰めていた。

 このまま逃げるのも却って面倒になりそうなので、できるだけ穏便に済ませることにする。

 

「わかりました。手短にお願いします」

「ありがとうございます。お時間は取らせません」

 

 了承すると、シュヴァリエと名乗った彼女は一例をしてから話を始めた。

 

「まずは、貴方から身分の確認を」

「ローレンス・エルマーク。現在はノールドベルト魔術大学第二棟の地下一階研究室で、彼女の助手を務めています。証書のようなものはまだ用意できていませんが、前職……総魔研所属、アナトリア第二階梯魔術師の元で仕事をしていた頃のものなら手元にあります。それの提示でも構いませんか?」

「……アナトリア第二階梯魔術師とご関係が?」

「ただの補佐ですが」

 

 懐から取り出した証書を手渡しながら、彼女の質問に答える。

 

「確かに本物のようですね。失礼いたしました」

 

 証書が返却されると同時に、彼女が視線をイスカへと向けた。

 

「次に、そちらの……」

「必要ですか?」

「……私も彼女のことは存じ上げておりますが、これも規則ですので。ご理解ください」

 

 どうやら雰囲気以上に、相当な堅物らしい。

 彼女の言葉を受けたイスカは、心なしかローブの文様を見せつけるような姿勢になりながら答えた。

 

「い、イスカ……イスカ・フィルレンシア。第四階梯魔術師。これで、満足?」

「はい、確認いたしました。お手数をおかけして申し訳ありません」

「……ふん」

 

 不機嫌そうにイスカがシュヴァリエを睨みつける。

 しかし、第四階梯の威嚇に臆することなく、彼女は手順通り業務を続けた。

 

「では、次に質問の方に移ります。答える際は嘘を吐かず、誠実にお答えください」

「わかりました」

「……さっきから、いちいち……面倒な、や、役人……」

「やめろ」

 

 鬱陶しそうなイスカの言葉に、しかし当の本人は淡々と調査を進め始めた。

 

「ここ二週間ほど、市場を中心に同一人物による窃盗被害が相次いでいます。被害にあったのは魔術的な価値を持つ物品や素材、あるいは魔導器そのもの……これといった傾向はありませんが、ある程度高級な魔術に関連したものです。お二人はこの件について、何かご存じでしょうか?」

「いえ。そもそも、そうした事件が起きていることを今初めて知ったくらいです」

「……そうでしたか。失礼しました」

 

 この程度の、と言うのも何だが、窃盗や強盗のような犯罪はノールドベルトでは珍しくない。貿易拠点となるこの国には各地の物資が絶え間なく出入を繰り返しているので、そこに目を付ける輩の数も当然多くなる。

 だからといって流せるようなことでもないが、とはいえ騎士団が動くような事態でもない。

 

「そ、そこまで聞いただけだと、ただの窃盗犯にしか聞こえない、けど……その程度で、なんで、こんなに警備の人数を増やしてる、の? ご、強盗でもない、のに……人的被害は、出てないんでしょ?」

 

 イスカもその点が引っかかったのか、シュヴァリエに問いかける。

 その言葉を聞いて、彼女は目を伏せながら口を開いた。

 

「我々が認知しているだけで、少なくとも十八件の被害報告が上がっています」

「十八件? ……さすがに多いですね」

 

 提示された被害件数の多さに、思わずそんな捻りのない答えが漏れた。

 しかし、それだけの被害件数が重なれば、必然的に犯人が残した証拠も増えるはずだ。それなのに、未だに犯人は捕まっておらず、彼女の悔しそうな表情を見るに有力な手がかりすら掴めていないのだろう。

 こうした内情を聞かされれば、確かにこの騎士団の数にも納得がいく。

 

「た、ただの泥棒に、ここまで手を焼くなん、て……騎士団も、腑抜けになった……ね」

「おい、イスカ。いい加減に……!」

「……いえ、イスカ女史の仰る通りです。我々が不甲斐ないせいで、市民の皆様を危険な状況に曝してしまっているのは事実ですから。いくら非難されても、こればかりは認めざるを得ません」

 

 イスカの放った棘のある言葉に、しかし彼女は真摯に謝罪を述べながら深々と頭を下げる。

 その姿勢が意外だったのか、イスカは少しばつの悪そうにしながら言葉を続けた。

 

「ふ、ふん……まあ、明らかに魔術的な要因が関わってる、し。騎士団にも、限界は、ある」

「仰る通りです。イスカ女史のような魔術師を頼りたくなる気持ちもあるのですが、我々……というよりは、騎士団の上層部にも面子というものがありますから。個人的には、市民の皆様を不安にさせるようであれば、いかなる手段を用いても犯人の確保に尽力するべきだとは思いますが」

「……苦労は理解できます」

「お恥ずかしい限りです」

 

 わずかに眉が下がっているあたり、どうやら彼女にも彼女なりに苦労しているらしい。

 首を突っ込むつもりはないが、せめて事件が早く解決することを祈るばかりだった。

 

「以上のことから、ここ数日は市場における警備を強化しています。もし何か不審な点や怪しい人物を見かけたのであれば、是非騎士団の方へ連絡を。私の名前を出して頂ければ、すぐに対応いたします」

「分かりました」

「お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 そうして、シュヴァリエがその場を離れようとしたところで、ふとイスカが。

 

「名前……シュヴァリエ、だったっけ?」

「? はい。ノールドベルト騎士団第八特務小隊所属、シュヴァリエ・クロードです」

「……いちおう、名前は、覚えておいてあげる。困ったら……あたしのとこ、来てもいい、よ」

 

 意外な言葉に、思わずイスカへ視線を向ける。

 こいつが自分から他人に手を貸す姿勢を見せるなんて、明日は槍が降ってくるのかもしれない。

 しかしシュヴァリエはイスカの申し出に、少し困ったような表情で返した。

 

「それは、ありがたいお話ですが……私が近づくと、イスカ女史にも学会からの問題が……」

「が、学会の能無しどもなんて、別に、気にしなくていい。あいつらよりも、あたしの方が、実際の立場は上、だし……もし、それで問題が起こったら、学会ごと潰してあたしが乗っ取ってやれば、いいもん。だから、困ったらあたしを頼れば、いい」

「ですが……」

「……あたし、第四階梯魔術師。ほら。ローブ、見て?」

「ああ、なるほど……ありがたいお話ですね」

 

 どうやら第四階梯という立場を持ち出しても、シュヴァリエの手助けをするつもりらしい。

 しかし、どうしてここまでイスカが親身になっているのかは、未だに疑問が残っていて。

 

「そ、それに……ま、万が一、ローレンスが事件に巻き込まれて、かすり傷の一つでも追うことになった、ら……! あ、あたし、許せない……! な、何がなんでも、犯人を見つけ出して、豚さんのエサにしちゃう……!」

 

 ああ、そうか。そっちが本音か。

 

「あ、だ、だめ……ふ、不安になってきた……っ。ろ、ローレンス、もう帰ろ? きょ、きょうは、あたしとおうちでゆっくり……う、ううん。三ヶ月は、おうちから出ないように、しよ? その間、ずーっとふたりで……ね? ろ、ローレンスは、あたしといれば安全なの……だから、いっしょに、いよ……っ」

「餓死するぞ、俺たち」

 

 ある程度携帯食料の備蓄があるとはいえ、九十日も持つかは怪しい。

 とはいえ、市場に足を運ばないようにするイスカの考えには、ある程度同意もできる。

 

「しゅ、シュヴァリエ……? あ、あんたも頑張って、よ。はやく、犯人捕まえて……」

「お任せください。イスカ女史が安心できるよう、我々も尽力致します」

 

 イスカの言葉に頷いたシュヴァリエが、改めて俺たちへと向き直る。

 

「それでは、私は失礼いたします。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、こちらも色々と知れて助かりました」

「ありがとうございます。ではお二人とも、どうかお気をつけて」

 

 最後にそんな言葉を交わして、シュヴァリエがこの場から去っていく。

 その彼女の後姿を見送ってから、こちらへ顔を向けるイスカに話しかけた。

 

「どうする? もう帰ってもいいが、備蓄するならもう少し何か買っておくか?」

「それなら、け、携帯食料……。携帯食料、もっと買っておこ……?」

「……言っておくけど、備蓄用だからな」

「わ、わかってる……っ」

 

 そうやってイスカが言っても、結局はつまみ食いする未来が見える。

 だが、あるに越したことはないのは事実だし、別に無駄になるわけでもないだろう。

 とりあえず追加の食料を買うべく、俺たちは市場の入り口を背に歩き出した。

 




書きだめここまで 次もちょっと書いてます
ご覧の通り死ぬほど趣味なんでまた気が向いたらって感じでお願いします
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