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二人が研究所を訪ねてきたのは、俺たちが昼食を摂り終わってすぐのことだった。
『イラッシャーイ』
「うわっ」
アーロンを連れてイスカと出迎えると、アナトリアが小さく悲鳴を上げる。
シュヴァリエは声こそ上げなかったものの、物珍しそうな表情を見せていた。
「え? 何このゴーレム……もしかしてローレンス、あなたが設計したの?」
「イスカと協働にはなりますが。あなたの元で作成したものも含めると、九体目のアーロンです」
「なるほど、そういうこと」
『ソウイウコト』
アナトリアの元で作成した八体のアーロンは、今も彼女の工房や、総魔研のほうで稼働しているはずだ。全ての個体にはお互いの修復機能を搭載しているため、俺の手を離れてもある程度はやっていけていると思うが、創造主としてたまにはあいつらの顔を見に行ってやるのもいいだろう。
そんな俺の事情を知っているアナトリアが、アーロンを眺めながら口を開く。
「あなたの設計は何度か見たけど……それにしても今回は、いっそう不格好な子になったわね……」
「ぶ、っ……不格好っ!? あ、あんた……あたしたちの子供に、なんてこと……っ!」
「は!? こどっ、子供!? 何をどう解釈したらゴーレムが子供になるわけ!?」
「こ、この子は、あたしとローレンスが一緒に作った、愛の結晶……それなのに、ひどい……! ひどい、ひどい、ひどいっ! やっぱりあんた、アバズレだっ! 子供のことなんかどうでもよくて、男を漁ることしか考えてない……これで、はっきりしたっ! あんたは、そういうやつなんだ……っ!」
「なんでゴーレムひとつでそこまで言われなきゃいけないのよお!」
アーロンを間に挟んで、もはや恒例になってきた二人の言い合いが始まった。
仲裁に入ろうとも思ったが、アーロンを不格好と言われたので今回は味方をしないでおく。
……まあ、アナトリアはどちらかというと機能だけではなく、機能と整合性を総合的に纏めた造詣に凝る方ではあるから、機能を最優先して構築したアーロンを見てそう思うのも、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
『ニンチシテヨー』
「ほ、ほら、見て……っ! アーロンも、認知してほしい、って……!」
「とんでもない言葉覚えさせてるんじゃないわよ!」
言い合う二人の間で、飛び交う言葉を繰り返すアーロンを眺めながら、シュヴァリエが。
「……つまり、お二人はこちらのゴーレムを養子のように扱っているということですか?」
「さっさと中に入ってもらってもいいですか?」
唯一この場でマトモ寄りな彼女まで会話に加わられると、もう俺の手には負えなくなる。
無理やり会話に蓋をするような返事をした俺は、そのまま二人を研究室まで通すことにした。
『オ茶イル?』
「頼んだ」
『アイ!』
アーロンを送り出しながら、シュヴァリエとテーブルを挟んで座る。
自然と俺の隣にはイスカ、シュヴァリエの隣にはアナトリアが着くことになった。
「早速ですが、話を伺っても?」
「はい。内容の再確認も含め、お伝えいたします」
そう前置きしてから、シュヴァリエが話し始めた。
「今回、我々が捜索しているのは、街市場で起きている十八件の連続窃盗事件です。現場の状況から見て、それらは全て同一人物による犯行だと見て問題ありません。現在、市民の皆様から証言を集めたところ、先ほどの特徴……細部の一致しない魔術的器官に関するものをいくつか提供していただいた、という段階です」
これに関しては、先ほどの魔導器で会話した通りだった。特に突っ込むような点はない。
やはり問題は、提供された証言から得られる、その犯人の人物像になるが。
「証言の中には翼や尻尾といった視覚的なものから、羽音や水音といった聴覚的なものがあり、また現場には正体不明の破片が落ちていました。こちらについては盗まれた鉱物の破片という可能性もありますが……犯人の鱗や甲殻の断片である可能性も否定できません」
「それらの証拠品は?」
「騎士団の方で管理しています。お二方に確認してもらうよう、持ち出すことも考えたのですが……今回の私の動きはかなり独断的なもので、学会と騎士団の軋轢を今以上に深めかねません。調査自体はこちらの方で進めておりますので、何か分かり次第改めて共有致します。……申し訳ございません」
「構いません」
どうせその証拠の詳細が分かったところで、犯人の正体がより難解になるだけだ。
複数の魔術的器官を有する、という全体の状況を鑑みれば、そこまで大きな問題ではない。
「おかしな話よねえ」
『オ茶ドウゾー』
「あら、ありがとう。……なかなか可愛いじゃない、この子」
アーロンからカップを受けとりながら、アナトリアが続けた。
「これまでの事件が単独犯っていうのは、間違いないのよね?」
「その点はほぼ断定していいでしょう。犯行時間や窃盗された物品に共通する点も共通していますし、被害にあった店舗も一定の範囲内に収まっています。仮に組織的な犯行であれば、もう少し複雑な手段を取ったり、そもそもここまで事件を連続させることもなく、数回の事件でことを済ませるはずです」
「……つまり、犯人はとにかく手あたり次第に盗みを働いていると?」
「はい。私の主観的な評価にはなりますが、犯罪の内容や計画自体は幼稚だと言わざるを得ません」
「言いたいことは、分かる……けど……」
イスカの呆れたような返答に、俺も頷いた。
確かに被害状況だけを鑑みれば、ただの窃盗事件に変わりはない。
計画性についても、そもそも十八回の窃盗を必要としている時点で、計画として破綻している。
証言や証拠をこれだけ残しているあたり、行動もかなり場当たり的なものだと分かる。
とはいえ、我々はその証言や証拠に翻弄されているわけだが。
「犯人の目的は? やっぱりお金?」
「いえ、金銭が目的ではないと思われます。盗まれた物品について騎士団の方でも捜査していますが、それが市場に流れたり、あるいはどこかで取引された痕跡は見つかりませんでした」
「じゃあ、犯人が個人的にため込んでる、の?」
「現時点ではその可能性も高いですが、今は不明としておいた方がよいでしょう」
「ふーん……」
俺も考えてはいたが、その日暮らしのための金銭を稼ぐ、といったわけでもないらしい。
裏での取引や国外への流出といった可能性を考だすとキリがないため、シュヴァリエの言った通り思考から外した方がいいだろう。盗品が魔術的な物品ということであれば、それを追跡する方法もいくつかありそうなものだが、彼女がそこに言及しないということは、つまりそういうことだ。
『オカワリ?』
「え? ああ、はい。お願いします」
『アイ!』
アーロンに返答したシュヴァリエが、そのまま質問を口にする。
「改めてお伺いしますが……人間が複数の魔術的器官を有するのは可能なのでしょうか?」
初めに答えたのは、俺だった。
「あり得ないでしょう」
学術的な知見や、個人的な経験に基づいても、この事実は否定されるべきだ。
「絶対ないわね」
アナトリアも魔術的生命体の研究者として、俺と同じ見解らしい。
「ない……とは、言いきれない、かも?」
最後のイスカの言葉に、シュヴァリエだけでなく俺とアナトリアも彼女に視線を向けた。
「……どういうことだ?」
「今までの研究で、複数の魔術的器官を人間の身体で機能させられないのは、知ってる……。ただ、それは逆に言うと、機能さえ拡張できれば、可能っていうことに、なるでしょ? まだ理論ですらない、構想の段階には、なるけど。……要は、保有する魔術的器官に合わせて、身体の方を適応させれば、可能ではある……よ」
「だから、それが無理だって言ってるじゃない」
イスカの理論に、アナトリアが言葉を重ねた。
俺としても、彼女の理論は少し飛躍しているように思う。
「イスカの言う通り、脳の形質を変化させれば適応できるだろうが……」
「それに耐えられるほど人間の脳は頑丈じゃないわよ。脳の機能が欠損して、廃人になるのが関の山でしょうし……仮になんとか生き延びても、こんな何度もコソ泥できるほどの身体機能は維持できないでしょうね」
二人してイスカの説に反論していたところで、ふとシュヴァリエが。
「……そもそもの話、脳の機能を変化させるというのは、現代の技術で可能なのでしょうか?」
「試行した実験記録自体は数件ほど残っています。エルネスタまだ存命していた頃……つまり”奕者の足跡”を発端に魔術研究が盛んに行われていた時期のものですね。ですが、どれも望む結果は得られていません。その後、学会の創設と同時に倫理監査機関が発足し、脳機能に関する研究のほとんどが凍結されることになりました」
「ただ、可能と言えば可能かもしれないわね。研究が進んでいないだけだし。エルネスタの没後……失踪って言った方がいいのかしら? とにかく、それから三人の第四階梯が産まれて、何度か技術の転換も起こった現代なら、イスカの言う通りできなくもないかもしれないけど……」
「……要は、現実的でない、ということだけ知っていただければ」
逸れてきた話しを戻すために、要約した言葉をシュヴァリエへと渡す。
『オカワリ?』
「頼んだ」
空になった全員分のカップをアーロンへ渡す。
……話も少し複雑になってきたのを、そこで実感した。
「あたしの考えてる話と、前提が違う……かも」
イスカがそんな言葉を漏らしたのは、その時だった。
「前提?」
「あたしが言いたいのは……脳じゃなくて、魂を変容させる、方法……」
「魂……というと?」
「まさか、リノンの研究を利用したって言いたいの?」
リノン・エルガーデン。
歴史上五人目となる第四階梯魔術師――つまり、イスカの先代にあたる人物だ。
彼女が残した功績の中で最も有名なのは、肉体とは異なる自己――つまり、魂の輪郭を捉える術式だった。その詳細は省くが、要は魂に干渉すると肉体にもある程度の影響が出ることを彼女は証明し、それを基に開発された魔術式は現在、医療現場において広く活用されている。
「り、リノンの定義によると、肉体は魂の媒体……魂を修復すれば、肉体にもある程度の影響が発生する。つまり、肉体は魂に依存するもの、と捉えるなら……魂の形を変質させれば、魔術的器官を二つ以上有する肉体も、生まれるかもしれない、よね?」
言いたいことは分かる、が……。
「……そうなのですか?」
「し、知らない……」
「申し訳ありませんが、自分も答えられません」
我々の領域ではないので、シュヴァリエの質問にはそう答えるしかなかった。
「確かにリノンの研究は、エルネスタの時代にはなかった知識と理論で構成されているから……凍結されて以来ずっと進んでいない脳機能の研究よりかは、まだ説得力はあるかもしれないわね」
「ただ、そもそも魂の形というのは変質させられるものなのか、という疑問がある」
リノンの開発した術式は、あくまで魂の輪郭を認知するものでしかない。
例えるなら、透明な素材で成形された入れ物に色水を入れ、その形を可視化するようなものだ。現代において我々に可能なのは、その捉えた輪郭に空いた穴を別の素材で塞ぐ程度のことで、そもそもの入れ物の形を変えることではない。
というか、そんなことをしたら。
「人間ではなくなる……いや、そもそも人の形を保てるのか?」
「うん」
「言い切ったわね」
何でもないように頷いたイスカが、ふと。
「というか……そこに、ちょうどいい実例がいる、よ……?」
示した指の先には、きょとんと首を傾げるシュヴァリエの姿があった
「イスカ女史? 何を……」
困惑する彼女の瞳を覗き込むようにして、イスカが視線を送る。
しばらくの沈黙の後、イスカがぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「天空の、依代……座は、知恵? へえ……その感じで、フクロウなん、だ」
「………………え?」
なに?
「あれ……? 違っ、た?」
「いえ、そういうことではなく、その……ええと、はい。知恵の座を頂いて、います」
しどろもどろになりながら、シュヴァリエが答える。
あまり彼女のことは知らないが、おそらくここまで彼女が動揺するのはかなり珍しいだろう。
というより。
「シュヴァリエ……あなたは依代だったんですか?」
「お、恐れながら……」
依代。
かつてこの世界を創世したという、三柱の龍が従えている存在。
龍が姿を消した後も彼らはこの大地に残り、人々の繁栄を見守る役目を引き継いだという。
彼らには”座”というものが龍種から授けられており、依代はその”座”を基にした、物理学や魔術理論を越えた神秘という力を行使することができる。彼らはその力を人々のために使い、混沌とした暗闇の時代を灯りで照らしたという一節が、この大陸に広く伝わる創世の神話に綴られている。
神話によれば座の数は全部で九つあり、この世界に存在する依代も九人だと言われている。
そして、そのうちの一人が今、俺たちの目の前にいる。
「………………初めて見たわ……み、見ました?」
「私も隠していたわけではなく……と、とりあえず敬語は必要ありませんから」
『ハイオ茶』
「あ、ああ……ありがとうございます……」
『オカワリ欲シカッタラ言ッテネー』
動揺していた彼女は、アーロンに茶を出されてようやく落ち着いたらしい。
カップを傾けた後、シュヴァリエが一つ息を吐いてから話を切り出した。
「まず驚いています。本当に。依代であることを見抜かれるとは……というか、え? ど、どのように? イスカ女史とはこの場を含めても、二度しか顔を合わせていないはずでは……」
「……第四階梯なので」
「それで納得できてしまうのが恐ろしいですね……」
無暗に話すことでもないので、その言葉で納得させておく。
「でも、依代がこんなところで何してるの?」
「それは……恥ずかしながら、私はまだ依代として未熟な身でして。同じ依代の方々に研鑽を積んでこいと言われ、その一環として現在は騎士団の任に就いております」
「未熟? ……よ、依代って代替わりする、の?」
「いえ、依代は存在を座に固定されるので、基本的に老いることも死ぬこともありません。ですが、座が空席になった場合……依代が何らかの理由で死亡した、あるいは自ら座を返還した際は、その空白を埋める形で新しい依代が現象します。私の場合、先代が自ら座を返還したので、新たな依代として座に着くことになりました」
「……ふーん」
この数回のやり取りで、依代に関する研究が大きく進んでいる気がする。
可能ならもっとシュヴァリエに依代、ひいては龍についての話を聞きたいところだが、それはまた別の機会に回すべきだ。話の本筋ではないし、何より彼女をこれ以上困らせることになる。
既に冷めきった紅茶を一口飲んでから、話を続ける。
「それで、彼女がちょうどいい実例だというのは?」
「……基本的に依代は、フクロウとか、クラゲとか、人とは違う生命体の形で、存在してるって言われてる。だけど……今、シュヴァリエがしてるみたいに、人間に近い形を、取ることもできる。要は、二つの形を取ることができ、て……まず、そこは合ってる?」
「はい。イスカ女史の仰る通り、我々は本来、天空、海洋、大地、それぞれの龍から祝福を授かった種族の姿を取っています。ですが、我々には人々の繁栄を見届ける役目がありましたので、言葉を交わすために人の形を取ることも可能です」
「でも、それはつまり、人間の形を保ちながら、複数の魔術的器官を持てる、ってこと」
イスカの言葉に、シュヴァリエが目を見開いた。
「それ、は……確かにその通りですが……」
「肉体は、魂の影響を受ける……依代が姿を変えられるのも、その理論を使ってるんだと、思う。でも、完全に人間の魂にはできない。あくまで魂の形を人間に極限まで寄せている、だけ、で……形を整えた時に、余りがでるんじゃ、ない? その、余った部分が……魔術的器官として、肉体に発現、する?」
「つまり、人間の形でも元の生命体の特徴、あるいは器官を有するわけか?」
「……これに関しては、私がお見せした方が早いでしょう」
するとシュヴァリエが突然、服装の襟元を少し緩め始めたかと思うと。
「私はフクロウですので、このように人の形を取っても首の可動域が広いままです」
「ぎゃあ!!?」
『ア”ァ”ーーー!?』
そのままシュヴァリエが、首を反対どころか一周しそうな勢いで回す。
隣のアナトリアは大きな悲鳴を上げて、ひっくり返っていた。
ついでに茶を汲んできたアーロンも声を上げている始末だった。
「……実際に見せられると、驚きますね」
「私もあまり人前では見せないよう、注意を払っているのですが」
だが、これではっきりした。
「イスカは……今回の犯人が、依代だと言いたいのか?」
にわかには信じがたいが、依代としての特徴を鑑みるならあり得る話だ。
複数の魔術的器官を有することも、これまでの会話で可能だと示唆されている。
だが、龍から祝福を授かった高位な存在が、窃盗なんて……。
「……残念ながらやりそうな方には心当たりがあります……」
「あるのか……」
かつてない早口だった。
「ですが、その線はないはずです」
「その根拠は?」
「お伝えした通り、依代は元の生命体に存在する器官を有する……逆に言えば、元の生命体に存在しない器官は持てません。例を挙げるなら、鳥の翼と猫の尻尾を同時に持つことは不可能です」
「だけど証言には翼と尻尾の両方があるのよね?」
確かに、言われてみればそうだ。
仮に犯人が依代であるならば、魔術的器官の特徴も一種類の生命体に限定されるはず。
「あたしも……犯人が依代だとは、思ってない、よ」
イスカの漏らした言葉に、三人の視線が集まった。
「依代はさっきも言った通り……元の生命体が存在する、よね」
「その通りです。それに付随した魔術的器官も、いくつか肉体に有しています」
「なら、逆は?」
「逆……?」
「依代の人間体が先にあって、元の生命体が存在していない場合は、どうなる?」
「……それは……」
依代には元となる生命体が存在する。
それは魂の変質によって、人の形を取ることもできる。
この手順で人間の魂を模倣する際、その余剰分が魔術的器官として肉体に現象する。
だが、もしもその順序が逆であったら?
人間の形を取った依代という事実が先にあって、元の生命体が存在しないままだったら?
「……まさか、意図した元の生命体の魔術的器官を、肉体に有することができる……?」
「不可能じゃないかも、しれない」
思考の末に絞り出したシュヴァリエの言葉に、イスカが首肯した。
「依代の話を出したのは、あくまで魂の変質方法の、一例……要は、魂を変質させれば、魔術的器官を複数保有できることが証明できれば、いい。だから犯人はたぶん、依代の魂の変質方法を利用して、自分の身体をある程度自由に変形させてる」
「何食べたらそんなおっかないこと思いつくのよ……」
「ろ、ローレンスの手料理だけど?」
俺のせいにするな。
……イスカの推理は間違っているとも言い切れない。身体に複数の魔術的器官を有する方法を、現代の魔術理論を用いて考察するならば、いくらかの思考を経てこの結論に辿り着くだろう。
問題は魂の変質方法の手段が不明瞭なこと、と。
「依代に対する冒涜ね」
「そこはまた別の、問題。シュヴァリエの……依代の方で、解決すれば、いい」
「……………………」
二人の会話も、今のシュヴァリエは耳に入っていないのだろう。
彼女は顔を伏せたまま、重たい表情で思考を逡巡させているようだった。
無理もない。人々と言葉を交わすために授かった能力を、あまつさえ人間が利用し、その上で窃盗などという粗野な犯罪に利用されているのだから、彼女にとっては許しがたい行為だろう。
『オ茶イル?』
「あ……ええ、ありがとうございます。何杯も申し訳ありません」
『イイノヨー』
アーロンと会話をしたところで、ようやく彼女も落ち着きを取り戻したようだった。
「……あくまで可能性の一つです。これが事実というわけではありません」
「お気遣いいただきありがとうございます。私としても、本能的にイスカ女史の論を否定したい気持ちはありますが……いずれにせよ、犯人を捕らえ事実を明らかにするべきですね」
「ここまで来たら、我々も捜査に協力しますよ」
多少の打算的な目論見は確かにあるが、それを差し引いても協力する義理はある。
イスカの方に視線を送ると、彼女も頷いて俺に応えてくれた。
「いい、よ。今日、市場の方に、出てみよ。事件、起きるかもしれない……し」
「我々はシュヴァリエとは別で動きたいと思います。魔術師の手を借りることが公になると、色々と不都合でしょうし。あくまで、今日は一般客として市場に入場した体で行きましょう」
「………助かります」
「アナトリアも、ね」
「なんでよ! 私はもう用済みじゃないの!?」
「そうだ。これ以上、アナトリアの手を煩わせるわけにもいかない」
「そうよそうよ! 早く帰って報告書の作成しないといけないのに!」
立ち上がって抗議の声を上げるアナトリアに、イスカがぼそりと。
「でも……魂の変質による魔術的器官の生成、見られるかも……よ?」
「…………………………」
アナトリアは座り直して、沈黙した。
「その、一応、私個人としても怒りと失望を覚えるような、嘆かわしい行為ですので……それを見たいと眼前で言われると、こちらとしても反応に困ってしまうのですが……」
「魔術師とはこういう人間です。失望したら躊躇いなく見捨ててやってください」
困惑するような視線を向けて来るシュヴァリエに、俺はただそう答えるしかなかった。
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