【トリコ夢】赤い宇宙へ   作:らぴ=どらみ

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普段快活なのに不意にチラつかせてくる影って、なんかいいですよね。


03雷雨のち虹

『グルメ中央卸売(おろしうり)市場(いちば)。総面積3000ヘクタール、グルメドーム球場640個分の広い市場では1日平均90万トン、額にして一兆円の食材が取引されています』

 

テレビクルーが取材する様子を横目に、ユキは市場を見渡した。

箱いっぱいの魚や魚介を抱えた業者が行き交い、5m前後の大きな魚介類が並ぶ区画では色鮮やかな巨大魚たちの競りが行われている。

 

そんな活気ある市場で、聞き慣れた声が聞こえて来てユキはそちらに目を向けた。

「わぁースゴイ!ツチノコガメーっ!!」

トレーに()せられた緑の海藻色の甲羅から、(うろこ)(おお)われた尻尾と短い頭を出すツチノコガメを前にはしゃぐ小松。

「小松君、急がないとターゲットが売れてしまうよ」

黒スーツにサングラスの男性に(うなが)された小松は、様々な食材を前にキョロキョロと目を輝かせている。

食材調達に来たであろう小松に、ユキが声をかけようとした時だった。

 

「なんだと!?もういっぺん言ってみろ!」

「えーえー何度でも言ってあげる!このピスタチウオ、口が開いてる。新鮮じゃない証拠!」

魚屋の男性と女性キャスターの怒鳴り合う声に、小松も人混みをかき分けて向かい、料理人ならではの視点で口を挟む。

折角(せっかく)の風味が損なわれるので、調理前にピスタチウオの口が開くぐらいがベストかと・・・」

顔色を悪くする魚屋が小松を(にら)んでいると、大きく呼ぶ声があった。

 

「―――小松っ!」

数メートルの翼竜のような猛獣を抱えて現れた美食屋トリコ。

ユキはトリコと一緒に来ていたが、広大な市場(いちば)に気を取られている内にはぐれてしまっていた。

小松がトリコと知り合いだと知った魚屋は驚愕(きょうがく)し、慌ててその場を離れていく。

ユキがトリコに合流しようとしたところで、テンションを上げた女性キャスターに先を()されてしまった。

捕獲レベル4の翼竜獣類シャクレノドンの持ち込みに、グルメキャスターは目の色を変えて駆け寄る。

「うわっシャクレノドンじゃん!―――カリスマ美食屋トリコ!あたしティナ!これ、伝書(でんしょ)風船バトのクルッポ」

「あ?」

真ん丸と風船のような淡い黄色の(はと)まで紹介するティナに、目を丸くするトリコ。

「あたしグルメTVで世界のあらゆる食材を紹介するグルメキャスターなの。ねっ、トリコ!番組で取材させて!」

「勝手な取材は困りますね」

食い気味で一方的にまくし立てるティナの前に割って入ったのはIGO開発局、食品開発部長のヨハネスと名乗る、小松と共にいた黒スーツの男性。

撤収(てっしゅう)だティナ。国際グルメ機関IGO、奴らが相手じゃ取材は無理だ!」

プロデューサーらしき男が即断するも、ティナは(なお)も食い下がろうとする。

「放してってば、コラぁ!ちょっとーっ!」

叫び食ってかかる勢いのティナは、2名の黒スーツの男たちに連行されていってしまう。

 

トリコはというと、どこか渋い様子で視線を下げ余所(よそ)を向いていた。

(・・・トリコ?)

シャクレノドンを持ち込んだ時の勝気な笑みとは対照的で、ユキは妙に気になった。

「トリコさん、会えてよかった」

「―――ふぅー・・・」

ヨハネスに声をかけられ、鼻息を吐きながら(わずら)わしそうに応じるトリコ。

(・・・なんだかレアな反応)

トリコは基本いつも快活(かいかつ)で、今朝も早くからシャクレノドンを狩りに行き、この市場へ出向いた。

フットワークも軽く、狩りも楽しんでいるトリコがIGOの職員を前になぜ活気を失くすのか。

 

「―――トリコ!小松!」

ユキはようやく2人に声をかけることが出来、ヨハネスに認識される。

「ええっと、彼女は?」

「オレの連れだ」

「ガララワニ捕獲の件でご一緒したユキさんです」

戸惑(とまど)うヨハネスにトリコと小松からフォローが入る。

「・・・そうですか。―――トリコさん、丁度頼みたい仕事がありまして」

「あぁ?IGOの専属の美食屋がいっぱいいんだろ。なにもオレじゃなくても―――」

ヨハネスからの申し出に返事をするトリコの口調は、(しぶ)っている態度を隠しもしない。

依頼は、気温や湿度によって七色に味を変えるという虹の実。

その果汁濃度は、わずか果汁1滴で25mプールの水全てが濃厚で芳醇なジュースに変わるほど濃い実だという。

「え、エグぃ・・・」

ユキは、別世界出身の自分が(しょく)せば天に()されてしまうのではと危惧(きぐ)した。

 

「1つ、5億の()で取引されるとも聞きましたが、絶滅したって話じゃ」

「もちろん、天然のものではありません」

小松の問いに淡々と答えるヨハネス。

「なるほど。IGOお得意の品種改良ってやつか」

ここにきてようやく笑みを見せたトリコだが、その表情には皮肉がまざまざと見て取れた。

ヨハネスは実が()る虹の樹に捕獲レベル9のトロルコングが巣を作り、一両(いちりょう)20億、重さ40トンのグルメ戦車(タンク)三両(さんりょう)が全てひっくり返されたと話す。

「・・・とんでもない怪力」

話を聞いて、ユキは北欧の伝承に登場するトロルやトロールと呼ばれる妖精を思い出した。怪力で大喰(おお)らい、大きさは小人から巨人まで様々に語り継がれる。

「虹の実、食ってみてぇし。ま、久々に顔でも出すか。懐かしき庭によ」

小松とユキは、遠くを見やるトリコの物言いと(うれ)いを(はら)んだ様子が引っかかっていた。

 

ヨハネスが運転する車でトリコ、小松と共にユキが向かった先には、長く巨大な壁が立ちはだかり、その門には『IGO BIO TOPE GARDEN No.8 NO ADMITTANCE』と書かれている。

(ノー・アドミッタンス・・・関係者以外立ち入り禁止、か)

「庭と呼ばれる第8ビオトープ、人工的に作られた動植物の生息空間、限りなく自然に近い状態で、様々な動物たちを放し飼いにしています」

「IGOはこのビオトープ内でグルメ動物の生態調査なんかをやってんだ」

ヨハネスの説明に、トリコが補足を入れる。

門の前には猟銃を背負った警備が2名。

 

門の近くにある岩場の(かげ)では、赤いスクーターに乗って後をついてきていたグルメキャスターのティナと、相棒のクルッポ―が秘かにスクープを狙って(ひそ)んでいた。

 

空は暗雲が立ち込め、塀の向こうから雷鳴を思わせる音が6度聞こえて来た。

ゴリラ特有の威嚇(いかく)行動であるドラミングだという。

トリコは威嚇には威嚇で返すと、数回のパンチを同時に打つ技―――釘パンチで数メートルの分厚い壁を開通させてしまった。

 

ビオトープ内に足を踏み入れた直後、大きな堀の向こうからトロルコングによって投げ込まれた無数の蛇が、トリコの全身に噛みついた。

体長2m、口が5つに裂けた捕獲レベル1のゾンビタイパン。

常人ならば即麻痺、数時間で死に至るという猛毒を持っている蛇に慌てる小松だが、トリコはその体に抗体を有しているという。

少なくとも5匹ほどの毒蛇に噛まれたトリコは、酢酸(さくさん)の匂いを嫌うという習性を利用し、葉巻樹の煙でゾンビタイパンを追い払った。

「トリコっ、傷口見せて」

ユキはトリコの身体の痛々しい噛み跡を、取り出した医療用テープでサッと保護していく。

「んな傷すぐ(ふさ)がるぞ?」

「だとしてもだよ」

不要だと言うトリコだが、ユキのしたいようにさせてくれた。

 

幅と深さ共に100mを超えるという堀を渡る為の可動式の跳ね橋を、門の内側にある昇降レバーを操作して下ろし、3人は堀を越える。

分厚い雲の流れは速く、雷光とほぼ同時に聞こえる雷鳴が雷が近いことを(しめ)していた。

「ひと雨きそうだな。虹の樹は背が高いから、雷が落ちたら大変だ。急がねぇと」

直後、降りた砂地の落とし穴にはまったトリコ。

覗き込む小松の頭上から、4つの腕全てに岩を持ったトロルコングが現れ、落とし穴に落ちたトリコ目がけて岩を投げつける。

「腕が4本のゴリラ!?」

まるで砲弾でも落ちて来たかのような轟音(ごうおん)と土煙が上がる。

「トリコーっ、大丈夫―!?」

ユキは叫び呼びかけるが、土煙で視界が(さえぎ)られる。

トロルコングが立ち尽くす小松に吠えるが、無傷で生還したトリコのノッキングによって行動不能となり、倒れ込むと同時に大きな舌がトリコの体を舐めていった。

ベッタリとよだれにまみれたトリコ自身、唖然(あぜん)としていた。

「うわぁ・・・。無事でなによりだけど・・・怪我はない?」

「・・・ああ。さあ行こうぜ」

 

ビオトープの入り口では避難だ、戦車小隊が到着するのを待つだのとヨハネスと警備がもめている隙に、グルメキャスターのティナがトリコが開通させた穴から中へと侵入を果たしていた。

 

先を急ぐ小松、トリコの口元にはよだれが(したた)り、生唾(なまつば)を飲み込んでいた。

「なんともいえない甘い匂い・・・」

「虹の実の甘い香りは、動物の理性を失わせて引き寄せるという。トロルコングは実の香りに誘われてやってくる動物を食うために、虹の樹に巣を作ってるんだ」

捕食者の危険すら忘れさせ、実を食したいという食欲だけに(とら)わせる。

実の香りの魔力は、(あらがい)いがたい支配力を持つ。

「理性を忘れさせる程の魅力か・・・恋のそれに近いな・・・」

(・・・トリコの口から、恋・・・)

ユキは(おのれ)の生死が(あや)ぶまれる濃度の香りに、胸やけを通り越して秘かに眩暈(めまい)を覚えていた。

「よくよだれが出るよ・・・(オソ)ロシイ」

 

やがて小高い岩山の上に、(すず)()りに実を付けた地上十数メートルの樹が姿を現した。

()というより、まるで巨大な草本(そうほん)植物・・・」

「でっかい草ですか。確かに見た目はそうですが、それよりも・・・」

ユキの感想に小松も同意を返し、虹の樹から下へと視線を向ける。

周りには数十のトロルコングの群れ。

(およ)び腰になる小松の横で、トリコもどう突破するか難色を見せる。

「まいったなぁ。こんだけの数をどうすっか」

偵察の下っ端の匂いでトリコは威嚇が通じない状況だ。

「お、終わった・・・。今僕、三途の川がはっきり見えます」

死期を悟った小松に、ユキが姿を(くら)ませる術をかけようとした時だ。

「‵水陽炎(みずかげろう)′。匂い対策にもなるから、小松も―――」

群れがコチラに向かって一斉に飛び掛かってきたため、トリコが小松の腕を引いて背負う。

そのまま群れを突っ切ろうとするトリコに、ユキは呼びかける。

「え。あ・・・トリコ!?」

「ユキはそのまま身を隠してるんだ!」

「いや、小松も・・・って行っちゃった」

 

トリコはトロルコングたちの攻撃を交わしながらノッキングガンを打ち込んでいく。

その様子を岩陰からティナがカメラに押さえていた。

辺りには激しい雨が打ち付け始める。

2体に挟まれた際ノッキングガンを落とし、トリコは右腕を握り込まれてしまった。

「トリコ!小松!―――こうなったら‵水陽炎(みずかげろう)′―――・・・っ!?」

1トンを超えるという握力に宙吊(ちゅうづ)りにされるトリコと小松を見て、術を発動しかけたユキだったが、急に(ひる)んだトロルコングはその手を離した。

トリコの存在がトロルコングに脅威(きょうい)をもたらし、背に張り付いていた小松の震えが止まる。

直後、すぐ近くに落雷があり、真っ先に逃げたボスを小松が発見する。

年長者の証の白い毛並みをまとった、捕獲レベル10のシルバーバック。

(そういえばトロルの伝承には、雷を恐れるってのがあったっけ・・・)

雨で下っ端の匂いが完全に流れ落ちたトリコは、ゆっくりとした足取りでボスの元へ向かう。

ボスも群れも戦意を喪失(そうしつ)して項垂(うなだ)れ、決着は静かについた。

 

雨が上がり雲の隙間(すきま)から光の柱が伸び、虹の実が輝きを放つ。

美しい輝きにふらふらと()かれて岩陰から出て来たティナに、小松は驚いた。

改めてカメラを虹の実を捕獲したトリコへと向けた時、防護服に身を包んだヨハネスら3人のIGO職員によって、ティナは強制退去させられていった。

その様子を呆気(あっけ)にとられながら小松が見送ってる。

 

「ねぇトリコ、答えたくなかったら流してくれていいんだけど・・・」

「ん?どうした?ユキ」

「トリコはさ、IGOと・・・その・・・折り合いが悪いの?」

「なんでだ?」

「だって市場(いちば)でIGO職員の男性と対峙(たいじ)した時、様子がいつもと違ったから・・・」

「―――まぁ昔、色々とな。それより早く持って帰って虹の実の実食といこう!」

なにやら(ほの)めかされたが、結局トリコの口から詳細が語られることはなかった。

 

 

街に夜の(とばり)が降りた頃、トリコはホテルグルメを貸し切りテーブルで食事にありついていた。

10人以上の給仕がテーブルを囲み、開いた食器を下げては銀色の鐘型カバー(クロッシュ)(かぶ)せられた料理が配膳ワゴンで運ばれてくる。

飲むように進んでいくトリコの食事の様子を苦笑して見ていたユキだが、不意に食べる手を止めたトリコはハッとして大量のよだれを流す。

「おまたせしました。虹の実です」

ワゴンにのせた料理を運んでくる小松の口元にも、抑えきれぬよだれが(あふ)れていて、ユキは(ほお)を引きつらせた。

小松が鐘型カバー(クロッシュ)を開けると、ゼリー状に成型された虹の実が皿の上で揺れていた。

「なんだ!?この甘く芳醇(ほうじゅん)な香りは!って、果汁が蒸発して虹が出来てやがる!」

「そんなバカな・・・っ?!なんてファンタジー・・・!」

ユキは怪訝(けげん)な顔で虹の実ゼリーを凝視した。

金の重みとプリンの様な柔らかさを合わせ持った虹の実を口にしたトリコ。

「完熟マンゴー数100個を凝縮したような糖度。時折顔を出す酸味は、レモンやキウイの比じゃねぇ!・・・今度は甘栗のような香ばしさ!味のデパートかよ!」

「こわっ、糖度こぉわっ!」

トリコの食レポにユキは戦慄(せんりつ)した。

「うめぇ・・・うめえよぉ・・・」

感涙するトリコの様子に、小松もスタッフも愕然(がくぜん)と言葉を失っていた。

「デザート・・・決まりだ。オレの人生のフルコースメニュー、デザートは虹の実に決まりだ!」

トリコはスタッフを全員集め、みんなで虹の実を食おうと提案した。

 

熱狂に()くレストランフロアの中で1人青い顔をして紙とペン、電卓を手に(けわ)しい形相(ぎょうそう)で計算するユキ。

「1滴がおよそ0.03~0.05ml。0.05mlと仮定して、千で割って0.000005ℓ・・・5e-5(ごイーマイナスご)。25mプールの水量が約42万2千ℓだから・・・844億倍・・・?」

ユキはというと、小松にそっと可能な限り薄めたジュースをオーダーしたのだが、指先に取ったわずかひとしずくで昏倒(こんとう)したのだった。

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