布の、擦れる音。
床をなぞる音だ。
薄汚れた白い布が、何本も床を這っている。
「今日も元気にみんなを診ていこう!」
ビクトリーポーズをするミイラが居た。その声はかなり高い声だ。少女の声に近い。
全身に包帯が巻かれたミイラの少女は、薬棚を弄り始めた。
「あっ、漢方が切れてる」
あとでホムンちゃんに頼まなきゃね。と呟きながら、少女は朝食を作る。ミイラなのに朝からスムージーを飲むみたいだ。
「ビタミンは命より重いんだよって、田舎のおばあちゃんも言ってたしね〜」
「良いご身分ね。ミラ」
「あっ、ホムンちゃん! おはよ!」
ホムンと呼ばれる少女はフラスコの中で返事をする。人工生命体ホムンクルスだ。
フラスコの中から会話をしている。
「おはようミラ。ビールちょうだい」
「ホムンちゃんアルコール好きだなぁ」
「ミラだってミイラの癖に水分摂りすぎよ」
「えへへ。あっ、ホムンちゃん。漢方が切れてるの。また買ってきてもらっていい?」
「晩酌のお酒を増やしてね」
「もちろん!」
「良い返事ね」
ホムンは満足そうな表情を浮かべて、フラスコの中から出てきた。
「人間のサイズになるまでに5分かかるの、めんどくさいわね」
「フラスコから出てこれるだけで凄いよホムンちゃん!」
「そ、そう…? まあ私にかかればこのくらい朝飯前よ!」
「もう朝ごはんは食べたけどねホムンちゃん」
「比喩よ比喩!!!!! ミラもさっさと患者さんを診て!」
「はーい」
ミラは診察室の椅子に座り、患者を待つ。宙ぶらりんに投げ出された足を振りながら、ただひたすら患者を待つ。
──しかし、患者が現れることはないだろう。なぜなら。
「はっ! 今日は建国祭の日だった!」
そう。今日は金の国の建国祭。みんなお祭りに夢中だ。しかしミラが気が付かないのも無理はない。ここは郊外に立つ木造の一軒家。街の騒ぎなど虫の声よりも小さい。
「……はぁ」
ため息が重く響く。嘆くような表情を浮かべるミラ。
「……建国祭、出るのめんどくさいなぁ……」
「ミラ。漢方の補充、完了したわよ」
「あっ、ホムンちゃん。ありがとね。……ホムンちゃ〜〜〜ん。今日、建国祭だったんだよ〜」
「なるほどね。だから患者さんが来なかったのね」
「建国祭行くのやだよー!!!!!」
「しょうがないじゃない。ミラはこの国の初代王妃なんだから」
「昔のことじゃん!」
「昔のことだとしても、この国に生きる人たちにとっては大切なことなの。ほら、行くわよ。ミイラのお医者様」
ホムンはミラに手を差し伸べる。
「ホムンちゃ〜〜〜ん。慰めてよー!」
「もう。しょうがないわね。ほら、頭をこっちに預けて。ほら、いいこいいこ……これでいいかしら?」
「うん! ホムンちゃん大好き!」
「はぁ……ミイラのお慰者様も疲れるわね」
「え?」
「なんでもないわよ。さ、建国祭はこれからよ!」
「そうだね! 行こっか!」
二人の人ならざる少女たちは、街の方へと駆け出していった。
ホムンクルスの少女は、ミイラのお医者様の、お慰者様であり続けるだろう。
これは、優しいミイラを慰める、苦労人のほんの一幕。フラスコの外の、ありふれた日常の一頁だ。