ウッドウーマン 作:アマ(甘)
「どう思う?」
「はえぁ…?」
拳。
木の幹が折れ飛ぶ。
「どう思うって聞いてんじゃ〜ん」
「主語がありませぇん…!何について聞こうとしてんですかぁ…!」
「何って」
折れ飛んだ幹の洞から覗く口が悲痛な泣き声を上げるので
「…。…ごめーん、忘れちゃったぁ」
「こいつ最低ですぅ…!」
幹の洞から出した手で這いずって来た木の幹は最低のイカれ女を罵る。
「で、何だっけ東日本のヤクザを皆殺しにすればいいんだっけ」
「悪魔を闇取り引きしてるヤクザを検挙するんですよぅ…!」
拳。
やっとの思いで上と下を繋ぎ合わせた木の幹の上の方が砕け散る。
「よく覚えてたなぁ、エラいぞぉ♡」
「嬉しくありませぇん…!」
洞が砕けて鼻より上も露出した女の額を青東が撫でる。
木の幹から顔面と腕を出した様はまるで学芸会で木の役を押し付けられた弱気な小学生だ。
ただし出ている顔は成人済みなので幾らか倒錯的かもしれないが。
「じゃあ行くよー」
「…!このっ、放火女ぁ!」
青東は女、人間、デビルハンター。
木の役やってる女に見えるのは悪魔、「木の悪魔」。
悪魔を殺すのがデビルハンターだが、デビルハンターにも契約で悪魔が力を貸す事がある。
ただしそれが割りに合う契約であるとは限らない。
今しがたオイルとライターを根本にブチ撒けられた木の悪魔は青東と「あいつ損してませぇん…!」と語る契約をしてしまった稀有な悪魔である。
「ほらーほら、急げ急げー」
「走るのは、苦手って、言いました、よねぇ……!」
余裕綽々と歩く青東を木の悪魔が小走りないし早歩きで追いかける。
時と場合によって差異はあるが、木の悪魔は基本的にその辺に生えてるような木から女の腕を出して女の顔を出した姿をしている。
普段足元は根元に隠れているが転がすと木靴を履いた足首が見える。
だが根元が細いせいでその足首は動かしにくい。
「そろそろなんだけど、………」
走るのも早いが歩くのも早い青東がそろそろ件のヤクザの縄張りだと言い。
足を止めた。
必死そうだった木の悪魔の足音が止まってる。
「おーい?」
「
立ち止まった木の悪魔は返事をしない。
「………おーい?」
「………チェーンソーチェンソーチェンソーチェンソーチェンソーチェンソー!」
木の悪魔が爆発し、枝の津波を発する。
枝の繁りに取り込まれながらそういえば聞こえたな、エンジンのスターターと、青東は思い出す。
ばきばき、めきめき、枝が伸びる。
ぎしぎし軋みながら幹が膨れ上がって行く。
どん、と振り下ろしたのは最早根ではない、足だ。
鎧のように、女のように膨れ上がったその姿はまさに、ウッドウ「ねえ」
腕。
木の幹が爆ぜた。
「殺されたいんだよねぇ?これって」
鉄のように頑丈な体躯を力ずくで引き裂きながら、青東が出てくる。
「ねぇ、ってば」
拳。
巨躯となり始めていた木の人型、その上半身が吹き飛んだ。
「チェンソーチェンソーチェンソーチェンソーチェンソー殺す壊す滅ぼすあの錆鉄クサレ胃袋クソ鋸クソヒーロー」
「ねーっ」
拳。
木の悪魔は受け止めた。
が、二発目で上半身の残りかすも吹き飛んだ。
「殺す殺す殺す」
「………あーダメだこりゃ」
が、下半身がばきばきと割れながら膨れ上がり、巨躯に戻る。
木の悪魔は正気を失った譫言を狂い流すだけだ。
青東が力めば、ぶしゅっ、と力が噴き出す。
べちゃ、と落ちた血溜まりにはうねうねと細い木の根のようなものがのたくっていた。
木の悪魔は間抜けで弱々しく見える。
木にすっぽり覆われ、女の顔と腕だけ出した滑稽で間抜けに見える姿。
その言動は弱々しく、転べば起き上がるのに難儀するその格好を多くの人間が甘くナメて見る。
それは年間に何千本何万本と切り倒され、人間に利用される木という存在の悪魔であるからだろう。
切られて、割られて、刻まれて。
家に、家具に、道具に、紙に、薪に。
燃やされて、燃やされて、燃やされて………、………木に人間は依存している。
家が無ければ雨露を防げない。
薪が無ければ凍えて、生のものしか食べられない。
道具だってろくなものを作れない、金物を作るにも燃料がいる。
そして道具が無ければ木は切り倒せない。
人が幾ら殴り、蹴った所で生きた木はそう倒れない。
逆に木が人に倒れかかればその重さと硬さで砕き潰され人は死ぬ。
潰れた人は木々の肥やしとなり、木々はやがて林に、林はいずれ森になり、多くのものと闇を孕む………、………木の悪魔もそれは同じだ。
弱く間抜けな振りをして、その力と体を人間に散々利用され、ながら人間を依存させ、血肉の一滴まで搾り取って力に変え、そして増えて行く。
「森の悪魔」まで行けば、多くの悪魔をその暗がりに隠し、国さえ滅ぼしてしまう。
実際木の悪魔は歴史上カナダ、イギリスなど数々の国で猛威を振るい、十何年か前にはブラジルを一度ひっそり滅ぼしている。
そしてその度にデビルハンターが重い代償を払ったり殺せなかったりした強力な悪魔をぶつけられて滅ぼされている。
だが殺し切れない。
その辺に生えている木からにょっきり腕を生やして、すっぽり顔を出して、何食わぬ弱気な顔で木の悪魔はまた現れる。
そしてとことこ歩いて、またどこかの人間を依存させる。
だから。
「あああああああああああ!」
「残機あるならさっさと出してー?」
狡猾な木の悪魔がこうして大きな体を作って殴り合うのはとてもとても珍しい事だ。
「ほら」
いや、殴り合えてはいない。
一方的に殴られ、消し飛ばされている。
そもそもただの木だって頑丈だ。
人間は道具を使わないと普通、木を傷付けられない。
木の悪魔もそれは同じ。
いざ戦えば並みのデビルハンターが振るう武器ではかすり傷にしかならず、代償が少なめの悪魔の力でも滅多に傷付かない。
「ほらほら」
まぁ、青東には関係無い。
彼女は全てを殴るだけだ。
「ほら」
その結果として「要塞の悪魔」も「城の悪魔」も「象の悪魔」も「鯨の悪魔」も「月の悪魔」も殴り殺されただけだ。
「ほら」
他の人間に同じ事をさせれば千人中九百七十人くらいは拳が砕け、残る三十人も手を痛めるだろう。
青東にとって鉄もコンクリートも悪魔も、段ボールと同じだ。
異常過ぎる馬鹿力。
「何をしてるのかな」
「あ、マキマ課長」
青東はイカれてる、と人は言う。
「なんか暴走しちゃって」
「ずっと前から静かだよ?」
「じゃあ暴走したのは私?」
元国際手配犯の、デビルハンターである。
「冗談だよ。それだけ残骸が積み上がってるのを見れば木の悪魔が暴走したのは分かるからね」
「えへへ、そーですか」
「まぁもう静かだったのをひたすら殴ってたのは変わらないけどね。死んじゃったかな?木の悪魔」
「さぁ?」
今は日本の公安対魔特異課の一員だ。
「木の悪魔が暴走しちゃったんなら今回はもうこれでいいよ。残骸処理班が来たら本部に帰還して」
「はーい」
一応、組織人であり、人類に分類される。
「………さぁ?じゃないですよ。このクソ女………」
「あ、生きてたんだ」
山と積み上がった残骸から木の悪魔が這い出して来る。
木靴を履き、濃緑の腰でくびれたワンピースを着たその姿は、人間の女と何一つ変わらない。
「あぁ、少しでも手ぇ出したら引きちぎるよ。覚えてるよね?」
「ちっ…、忘れてろってんですよ鳥頭」
まぁ木の悪魔にとって己の姿は擬態や擬似餌の面が大半なのだが。
色々使い道のある己の残骸に抜け目無く手を伸ばそうと考えたのを咎められ、大人しく手を上げしゅるしゅるっと枝を伸ばす。
それは絡み合い、溶け合い、街中でも動きやすいよう梢を切り詰められた一本の木になる。
「やっぱり嫌い?チェーンソー」
「口に出したら殺す」
「そっか、ごめん」
頭の上まで手を上げ、中心にぽっかり穴の空いたその木を指先から切り離し、ずぼっと収まってく。
ずるずる、ずるずる。
濃緑のワンピースが消えて行く。
ずぼっ、ずぼっ、と両腕が出て根元まで木が下ろされる。
最後にずぼっと洞に顔をはめて、前髪を出し、木の悪魔は木の役の女のなりの、いつもの姿に戻った。
「………」
その顔に手斧が突き立った。
「あれ?死なないんだ」
「…イカれ女」
斧を投げた青東はきょとんとした顔をしている。
斧を抜く木の悪魔の傷から血は流れず、僅かに木目が覗いた。
「次はダーツやろうよ?ダーツ!」
「………お前とは話したくありませぇぇえん!」
拳。
木の悪魔は折れ飛んだ。
あんまり対義語してない。
青東
デビルハンター。
女。
バカ力。
木の悪魔
悪魔。
厄介。
悪魔。