ホワイトベースは北米大陸で擱座していた。思いの外、大気圏突入の際に負った主機の損害が甚大だったのだ。
ガルマ・ザビの国葬が行われ、ギレン・ザビが全世界に向けて大々的に演説をかましている。
コロニーを落としたくせに被害者面だ。全く戦争っていうのは嫌だねぇ。
「やはりあのガウに乗っていたのはガルマ・ザビだったか……」
正直なところガルマ・ザビの襲撃は非常に脅威だった。ホワイトベースは大気圏突入時にボロクソにやられていた。それに、普通のパイロットや、普通のモビルスーツなら宇宙から重力下のセッティングに即座に変更できていない。
規格外であるアムロがいたことと、私がジャブローのテストパイロットでなければ危なかっただろう。
「大金星ですね。それで、セラー大尉。今後はどうするのです?」
「うーん。ブライトキャプテンも疲れているだろう。休暇にでもしないか?」
「は??」
「休暇だよ。ホワイトベースのエンジンは故障中で、敵もトップであるガルマ・ザビを討ち取られて混乱しているはずだ。そこでだ、重力に順応する意味も込めて休暇を取ろう」
サイド7からずっと戦いっぱなしだ。本当に嫌になる。私が休みたいから休暇を設けるのだ。
「オーガスタ基地に連絡機を出し、救援を求めるべきでは?」
「通信は送っているだろう? 助ける気があるならとっくに来ているはずだよ。ちょこちょこジオンに襲撃されているんだ。向こうは絶対に気が付いているはずだ。彼らはあえてこちらを無視しているんだよ」
「なら、直接救援を求めれば良いのでは?」
「ブライトキャプテン。君のその無謀な命令で部下が死……ん、待てよ。ホセイ軍曹ではなく、私が行けば良いのか」
リュウ・ホセイ軍曹にコア・ファイターで使いに行ってもらうことは頭の中にあったが、私自身が行くことは考えていなかった。私が行けば良いじゃないか。それに、オーガスタでやりたいこともある。
「大尉自らがですか?」
「そうだ。たった今、決定した」
ブライトは、大きなため息をついてから、首を縦に振った。
「分かりました。良い返事をお待ちしています」
「ありがとう」
コア・ファイターのMOSも持っているので、 人並みには飛ばすことができる。戦闘機ならばオーガスタ基地は目と鼻の先だ。
「IFFを出しているのに、ご丁寧にエスコートしてくれるのか」
即座に上がってきた邀撃機が、コア・ファイターを挟み込む。救援には来ないくせに、非常に心の籠もったおもてなしをしてくれるじゃないか。
「こちらは、ホワイトベース隊のマリー・セラー大尉だ。丁重なお出迎えに感謝する」
「こちら、オーガスタコントロール。指示に従って着陸されたし」
いやー。なんとも素っ気ない。友軍にする対応じゃないだろう。
着陸すると、物々しい武装をした兵隊に囲まれる。明らかに歓迎されていない。ガルマ・ザビを殺したから警戒されているのだろうか?
「マリー・セラー大尉。確かに軍籍を確認した。それで、当基地にどういった御要件かな?」
貴賓室に通された。面談相手の肩に目をやると大佐の階級章があった。基地司令だろうか? 自己紹介もされないとは、嫌われたものだ。
「端的に言うと、私のホワイトベース隊に支援を求めたいのです。ホワイトベースはオーガスタ基地の目と鼻の先です。ジオンという障害もありません」
「残念ながら許可できない。我々オーガスタ基地と、君たちホワイトベース隊では管轄が違う」
管轄。管轄と来たか。つまり派閥が違うから助けないということを言っているのだな。私はコーウェン派、ひいてはレビル派に属している。
オーガスタ基地はレビル派のはずだ。秘密裏に強化人間を作っていたとしても、連邦軍参謀本部の下にあるはずだ。
参謀本部とレビル派は、敵対しているわけではない。では、どうして私がすげなく扱われるのだろう。
それは、オーガスタ基地がとある人物により私物化されているからだ。
「グレイヴ閣下の差し金ですか…?」
「………何の話だか分からないな」
UC0079に、強化人間と強化人間用のモビルスーツをオーガスタ基地で作っている奴と言えば、グレイヴ閣下だ。口籠ったことから当たりを引いたらしい。
「コーウェン少将は、グレイヴ閣下の正体について把握されています。ジャブロー、ひいては連邦政府にとって大きな害を引き起こさないので見過ごしているだけです」
真っ赤な嘘である。コーウェン少将は政治的には無能だ。
「…大尉、君をここで消すことも出来るのだぞ?」
「そうなればコーウェン少将は動くでしょう。お互いにとって不利益です」
そもそも知らないのだから動くわけがない。ハッタリである。
「不利益…? 不利益だと? 君の望みは何だ?」
「簡単です。私をグレイヴ閣下に認めていただきたいのです。私のホワイトベース隊を閣下に上手く利用していただきたい」
「……なんだ、それは。コーウェン少将を裏切るつもりなのか?」
端的に言えばそうだ。デラーズ・フリートのコロニー落としに際して、処刑リストに載せられるのは勘弁してほしい。
私は事なかれ主義なのである。少なくとも以前まではそうだった。
グレイヴという不燃ゴミを、私のために利用してやるのである。
私は良い人が死ぬのが嫌いなのだ。悪人であれば、その限りではない。これが、未来を良くするためのちょっとした布石になれば良い。
「コーウェン少将のやり方は、正直に言ってしまえば温いんですよ。スペースノイドを効果的に殺戮するためには全く足りない。
コロニーに毒ガスを流し込んで、地球に落とした連中を処分するんです。手段は多く必要でしょう。私は、強化人間という手段を高く買っています。
グレイヴ閣下に投資する価値があると判断したんですよ。必要ならば誓紙でも書きますか?」
「必要ない。……表向き、我々の関係は秘匿しよう。ホワイトベース隊への支援は出来んが、セラー大尉。期待しているぞ」
何が期待だよ。利用するだけ利用して、最後にはボロ雑巾のように殺すくせに。とは言え、これでオーガスタとの伝手が生まれた。この糸が途切れなければ、良いのだが途切れればその時はその時だ。
コア・ファイターでの帰り道では、味方に背中を撃たれることも、敵に襲撃されることもなかった。
「いやー。やっぱり駄目だったよ。管轄が違うから支援は出来ないそうだ。派閥争いってやつだね」
「そうですか……残念です」
ホワイトベースに戻った私は、なるべく明るい口調で、ブライトに残念な報告を行う。予想できた結果だったようで、ブライトはそこまで落ち込んでいなかった。
「レビル派やコーウェン派の基地からの輸送機を待つしかないみたいだね。ここはもう開き直って休暇にしようじゃないか」
「そうしましょう。仕方がありません」
ブライトがブリッジクルーをはじめとする乗員に、休暇の方針を説明している間に、私はこっそり格納庫にあるエレカに乗り込んでいた。
「やっほ〜。休暇だ!」
「セラー大尉、どこに行くんです?」
「おわぁぁ!!? なんだ、アムロくんか。ちょっとした偵察任務さ」
「それ、ブライトさんから許可出てます?」
「……あんまり記憶にないなぁ」
アムロはガンダムの整備をしていたようだ。パーツを引っ張り出していたらしく、格納庫に居るのに全然気が付かなかった。
「セラー大尉。お出かけですか?」
「セイラくん。さては、ブライトに監視を言いつけられたな?」
「ええ、お目付け役です。羽を伸ばすことも必要でしょうから」
セイラ・マスは大人びているように見えるが子供だ。子供を戦闘艦に乗せて戦わせているグロテスクさが脳内を過って、嫌な気分になる。
子供が子供で居られないのは大人の責任だ。この世界は残酷で間違っている。だから、誰かが世界を変える必要がある。誰かではなくて、私がやるべきなのだろう。
「観光というわけにはいかないが、食事くらいなら奢るよ。私のロッカーに私服がある。軍服は目立つからね。セイラくんはそれを上に羽織って来なよ」
「ええ、そうさせてもらいます」
「アムロくんには、私のコートを貸す。おっと、軍服はそのままだ。軍服を脱いだら南極条約を守ってもらえないからね」
一般人に紛れるような格好をした私とアムロ、それからセイラを乗せて、エレカを走らせる。最寄りの街までは、十数キロだ。
コロニー落としに伴って、インフラが劣化しているため道が悪い。幸いまだ舗装路は残っている。
「物流がやられているからか、値段が高いな」
「コロニーよりは安いですけど……」
「この辺りは穀倉地帯が近くて牧畜も盛んだからね。それでも戦前より値上げしている」
何気なく入った酒場で、メニューを見てつい口にしてしまった。
「あんた、この辺りの出身かい?」
「いや、違う。戦前に卒業旅行でね、アラスカまで行ったんだ」
「そうか、戦前は良かったよ。ジオンが戦争をおっ始めなければなぁ……」
バーのマスターは、鄙びた酒場に場違いなほど豊かな見識を持つ人物だった。暫し想い出話に浸ることができた。
アムロとセイラは、私の旅の思い出を口出しもせず聞いていた。
乱暴に戸口を開く音がした。
「よう、マスター。大人数で来てやったぜ」
「しけた酒場だな。おっ、可愛い子がいるじゃん」
「おい、赤い彗星。ナンパしろよナンパ」
酒場に入ってきたのは、ジオンの軍服に身を包んだ集団だった。黒い三連星の3人、シャア・アズナブル、ランバ・ラルがいる。エレカは隠蔽してあるから、バレていないはずだ。
「まだドムは届かないのかよ。ガルマ・ザビがおっ死んでめちゃくちゃになってるとか意味が分からん。俺たちは黒い三連星だぞ」
「お前ら、静かに飲まないか? 騒いだら迷惑だろう。品位に関わる」
「ランバのおっさんは相変わらず煩えなぁ」
陽キャ集団に混じった陰キャのように、シャアは片隅で1人酒を飲んでいた。
「アムロくん、セイラくんを連れて出て行ってくれ。私が隙を作る」
「はい……分かりました」
アムロとセイラが、酒場の出口に向かおうとすると、オルテガが立ち塞がった。
「おう、ガキども」
ちょっと胸元を開けて、上目遣いをする。
「そこのお兄さん。その子たち私の連れなの。遊ぶなら私としない?」
我ながら酷い演技だったが、オルテガはまんまと釣れた。
「へ〜。お兄さんは中尉さんなんだ。あの金髪の人は?」
「アイツは……少佐だよ」
「ふ〜ん。あの人イケメンだし、少佐なんだ」
「あっ、ちょっとマリーちゃん。あんな奴より俺の方が良いぜ」
未練がましいオルテガを尻目に、私はシャアを利用してこの場を切り抜けることにした。
「おい、オルテガの奴、振られてやがる」
「赤い彗星は顔だけは良いからなぁ」
私は、茶目っ気を出すことにした。
「キャスバル坊や〜?」
「お゛、ごほっ」
シャアは盛大に噎せた。ランバ・ラルの双眸が光っていた。
「知ってる人に似てたからもしかしてと思って。全然、別人だったみたい。ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ」
「お兄さん。イイことしない?」
なんとなく、シャアの手を握った。その瞬間、感応現象が生じた。
「君は一体…?」
「…………は?」
私にも、何が起きているか分からないよ。なんで…??
「そうか……君が、連邦の…」
「マリー・セラー。君は、私の母になって…く…」
気合いで、感応を打ち切った。知らない。私は何も聞いていないし何も見ていない。
「それじゃあ、ジオンの皆様さようなら〜」
危うく何かの扉が開きそうになった。いやー、危なかったなぁ。無事にホワイトベースに戻れて良かった。
スリリングな体験は人生のアクセントかもしれないが、私はどちらかと言うと田舎で平和に暮らしたい臆病者なのだ。