ハンナの話を書きたいと思って書きました。
最初はハンナ視点で書こうと思ったけどシェリー視点の方がずっと書きやすかったのでシェリー視点で。
でもこの話をハンナ視点でも書きたいので書くかも。
※pixivとのマルチ投稿です。
最後の魔女裁判が終わって、私たちは牢屋敷から元の生活へと戻れる事になりました。
とはいえ『いなくなった』私たちが戻るのには少し時間がかかるようで、今は牢屋敷で迎えを待つ日々を送っています。
あの時――今の私が実際に体験したわけではないですが――と違って魔女因子が無くなった事で、魔法や魔女化のリスクが消えた牢屋敷の生活は穏やかなものになるはずでした。
魔女因子を大魔女であるユキさんが全て持っていってしまった事で、かつて牢屋敷に捕らわれ、なれはてと化してしまった方たちも次々と目覚めはじめました。
長い歴史を持つ牢屋敷です。当然ながら捕らわれ、冷凍されていた人数も相当です。
意図せず賑やかになってしまった牢屋敷の生活は、退屈する暇なんてありません。
「……今日もですか」
なので落ち着く時間といえば、皆の活動も落ち着く夜くらいになります。
私たちも当然ですが自分の房で寝泊まりしているわけでなく、各々が好きなところで身を休めています。
……が、数日ほど前から気になることがありまして。
私は『地精の間』を就寝等を含めた生活拠点とする事にしましたが、同居人のハンナさんが夜間にどうやら抜け出しているようで。
初日から気付いていたわけではないので、いつから始まっていたのか……しかし気付いてからは毎晩のように抜け出している事は分かっています。
行き先は決まって同じです。ゲストハウスとは間逆に位置する花畑の方へと足を運んでいます。
そこで座り込んだハンナさんは毎夜ぼうっと空を見上げ、空が白んできた辺りでゲストハウスの方へと戻る……この繰り返しです。
「ハンナさん……」
私にはハンナさんが何を考えているのか、何を抱えているのかは分かりません。
いいえ。ハンナさんだけではなく、他の人が何を考えているのか……人の心というものを理解するのが苦手です。
この牢屋敷での生活で、私が一番長い時間を共にしたのは間違いなくハンナさんでしょう。
それでもハンナさんの気持ちを読み取ることのできない。そんな自分は、やはりどこか欠けている生き物だと自覚させられます。
そもそも普段の私なら、きっと何も気にすることなく夜間に抜け出す理由を尋ねるはずです。
置き去りを誰よりも恐れていた彼女が、私を1人置いてまで出歩く理由を。
今回そうしない……できないのは、一体なぜなのでしょうか?
――シェリーさん?
――まったく、あなたという人は……!
――このノンデリクソ女!
――でもわたくし、魔女になりたくありませんの。
――あなた一体どういうつもりですの!?
――なんて、なんてバカなのかしら……
「今日は星がよく見えますね。絶好の天体観測日和です!」
気が付いたら私は、いつもと同じように夜空を眺めるハンナさんへと声をかけていました。
なぜ出歩いているのか。なぜ空を見上げているのか。なぜ花畑に来ているのか。
なぜ、私に……
名探偵シェリーちゃんでも分からない謎の数々です。きっとエマさんやヒロさんなら気付けるのでしょうが、私には数日考えても解けませんでした。
それならば、私は普段通りに振る舞う事しかできません。
友達が困っていたら手を貸してあげたいと思う気持ちもあります。
しかし、他ならないハンナさんだからこそ……
「……まったく、今何時だと思ってますの。少しはお静かになさいまし」
「えへへ、すみません~。ハンナさんがこっそり抜け出すのに気付いて、あとをつけちゃいました」
「わたくし、ストーカーとは同じ場所で寝泊まりしたくねぇですわ」
「尾行は探偵の必須スキルですよ? このくらい朝飯前です!」
いつも通り振る舞うと、ハンナさんも自然な感じで振る舞ってくれました。
それでも目線は合わない。私はハンナさんを見ているが、彼女は変わらず空を見ています。
私だけ立っているのも、と思ったので一言声をかけてハンナさんの隣に腰掛けます。
そのままどちらからも会話があるわけでもなく数秒、数分と過ぎました。
まだ春先なので夜は少し肌寒く、長時間外にいると風邪をひいてしまいそうです。
そろそろ声をかけようかと思った矢先、ハンナさんの方から声をかけられました。
「ねぇ、シェリーさん」
「なんですか?」
「わたくし、自分の魔法を自慢に思っていたんですの」
「『浮遊』の魔法ですね!」
「ここに連れてこられるまで、ずっと高く飛べるように練習してきましたわ。いつか物語の中の彼女たちみたいに、自由に空を飛べるんじゃないかって」
遠い空の向こうへと手を伸ばすハンナさんの想いは、魔法使いに憧れた少女の綺麗な夢と呼べるものでした。
しかしそれは、人間に憎しみを抱いた大魔女が振りまいた呪いです。
魔法が強くなるということは、人ではない存在に『なれはてる』ことでした。
「あれほど自慢に思っていたものが原因でこんな場所に誘拐されて、結局自由に空を飛べないまま魔法は消えてなくなってしまった……とんだ笑い話ですわね」
「……ハンナさんは、魔法が帰ってきてほしいんですか?」
「いいえ、未練はありません」
この夜、初めて正面から捉えたハンナさんは苦笑をしていました。
それでも、やっと。
こちらを見てくれた。あなたの表情、視線、感情……それらが見えた気がします。
「ただね、少し考えてしまうんですの」
「何をですか?」
「わたくしが『浮遊』の魔法に目覚めた理由……あの時読んだ漫画のヒロインのような魔法を授かったのは偶然なのか、って」
「……」
自身に関連がある魔法が発現した理由。それはあるのかもしれないし、無いのかもしれません。
少なくとも原因である魔女因子と、それの生みの親である大魔女はこの世界から消えてしまいました。
なので真実を知る人は存在しないはずです。もしかしたらゴクチョーさん辺りは何か知ってるかもしれませんが。
「私には分かりませんが……ハンナさんは、きっと空を飛びたかったんだと思います」
「はぁ? 空を飛びたいから『浮遊』の魔法に目覚めたってことですの? いやまぁ、確かにそりゃそうなんでしょうけど」
「空を飛ぶ、というのは何も宙に浮く事だけじゃありませんよ?」
「……あなたがさっきから何を言いてぇのか、わたくしにはさっぱりですわ 」
「人類が空を飛べるようになったのは、実はかなり最近の事なんです。それまで『浮遊』や『飛行』、『空を飛ぶ』というのは夢物語でした。それこそ魔法、ですね!」
「な、なるほど?」
「実現できていない魔法のようなもの。だからこそ人類は、空を夢見たんです!」
遠い空に手を伸ばす少女と、空を自由に飛びたいと願った人々の違い。
それは魔法か科学か、それでしかありません。
「届かないから夢を見る、人類はそうして発展してきました」
「……届かないもの」
「それがきっと、ハンナさんが空を飛べるようになった理由なんじゃないかなと。あ、当然ですが確証とかは無いですからね!」
「わたくしが、私が届きたかったものは……」
ハンナさんの揺れる瞳を見据えます。
その中に隠された感情を、心を、決して逃さないように。
知りたいんです、あなたが何を思っているのか。
話して、声にして、私に聞かせてほしいんです。
人の心が分からない私にも届くくらいに。
「素敵な、お嬢様……」
――令嬢という遠い空を夢想した1人の女の子が、そこにはいました。
魔法という夢から醒めた普通の少女は、きっと牢屋敷から解放されたと同時に、どこを目指すべきなのか分からなくなってしまったのだと思います。
自分が自分ではない、何をしたくて何をするべきなのか……目指すべき空が見当たらない。
だから自分が恐れていたことも忘れ、普段と別人のような雰囲気を纏っていたハンナさんに対してどう接するべきか迷っていました。
やっと本当のハンナさんを見つけられた。
この牢屋敷で出会い、友達になり、同じ時間を過ごし……私が置き去りにしてはいけない人。
「魔法が無くなってもハンナさんは変わりませんし、私も変わりません」
「シェリーさん……」
「そもそも普通は魔法なんて存在しないんです、ヒロさん風に言うなら『正しくない』ってやつですね!」
「だから! 魔法なんかが無くても私とハンナさんは友達です!」
他人の気持ちが分からないせいで人付き合いが苦手だった私にできた友達。
私の心を、動かしてくれるかもしれない人。
いや、もしかすると、ハンナさんの魔法は……
「それに、私って『妖精さん』ですから! 妖精が友達だったら空くらい飛べますよ!」
「ぷっ……! なんですの、それ?」
「あー! 笑わないでくださいー!」
「あら、ごめんあそばせ? ……でも、そうね」
彼女と過ごす時間は、私の心を浮かせてくれる。
ハンナさんの笑顔を見ていると、そう思わずにはいられませんでした。