想いを音色に乗せて   作:猫柳/nekoyanagi

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ランキング16位ありがとうございます(2025/10/18/10:54)





第008曲  本番

───第23回サンライズフェスティバル

 

 

 毎年この時期になると京都府内の高校の吹奏楽部が宇治市にある太陽公園に集結し、パレードを行う。ルートは、広い公園内を生徒たちが衣装を身に包み演奏をしながら歩き回るのだ。パレード以外にも、公園内各所で様々な音楽イベントが行われており、来場者もかなりの人数が集まる。

 

 何より、来場者が一番期待しているのは、パレードに出てくる『水色の悪魔』のマーチングだろう。私立立華高等学校吹奏楽部。マーチングに置いて悪魔と形容されるに相応しい並外れたオンリーワンな演奏が持ち味で、毎年のように全国マーチングコンテストに出場しては金賞を受賞する名門中の名門だ。また、毎年のように関西大会への代表を掴み取っている洛秋高等学校も参加しているようだ。

 

 そして、先日。見物客も多いこのパレードの出場順がパンフレットにて公表された。

 

 北宇治高校吹奏楽部は、参加している計16組の団体の中で出番は前から5番目。また、前述の京都立華高等学校は一つ前の四番目。そして、一つ後には洛秋高等学校が続く。これが発表されたときは思わず渇いた笑いが出た。

 

 だが、これは好都合だろう。見物客はおそらく、京都で一二を争っていると言っていい二校に挟まれた哀れな子羊だと思うだろう。しかし、北宇治高校吹奏楽部はたった一か月ですべてが変わった。進化したと言ってもいい。彼らは一度谷底に落ちた。だが、這い上がったうえで、滝という指導者の下で自らをこの一か月で見事成長して見せた。細かいことを言うと、まだまだ成長の余地は残しているのだが。

 

 音楽は己の力を見せつけるための道具ではない。分かっている。だが、内に秘めた矜持がそれを許すはずがなかった。示してやるのだ。男児三日会わざれば刮目してみよという言葉の通り、北宇治高校吹奏楽部の実力を知らしめ、名を、音を見物客の記憶に刻むのだ。

 

(『さあ、古豪の復活だ。一時代を築いた先代の後継者が、心強い仲間と共に、新たな時代を築き上げるその日の出を、しかと、その目に、その耳に、記憶に、焼き付けようではないか』……か)

 

 悠月は本番当日の早朝。目覚ましよりも早く起きてしまったため、モーニングルーティンと呼ばれるものを済ませて空いた時間をお気に入りの煎茶を飲みながら、自室でリンゴの刻印がなされたノートパソコンを開いてとあるページを見ていた。

 

 いわゆる、ブログというやつで、中学時代、悠月の下に取材に来た記者が趣味である吹奏楽関連のブログをしており、何処から聞きつけたのか、北宇治が進化しようとしているという情報を掴んでわざわざブログに取り上げていいか聞いてきたのだ。

 

 悠月の一存で決めるわけにもいかなかったので、一旦は顧問に聞いてから返事をすると返したのだが、事後報告だったらしい。既にブログに取り上げる許可は顧問及び学校の偉い人にも取っていた。このあたりの足の速さには、流石記者だと感心せざるを得なかった。

 

 他の学校も取り上げる中で北宇治高校吹奏楽部についても取り上げたいと言ったらしい。口が達者なものだ。

 

 早朝、携帯のメールを確認した際、ブログを上げたからチェックしてほしいという旨のメッセージが来ていたから見てみたのだが、まず、一言。悠月はぼやいて少し苦笑を漏らした。いや、これだけ期待を寄せられて応えないはずがないのだが。

 

「いくらなんでも格好つけすぎだろう。しかも、とんでもなく持ち上げてくれたおかげでハードル上がってるし」

 

 悠月は、このブログを仲間が見ていないことを祈った。というのにも理由があり、如何せんこのブログを発信した者がまずかった。

 

 この記者、実はSNSで全国の吹奏楽の情報を発信するアカウントを運営しており吹奏楽に通な者達はここから情報を取得するものがいるくらいには多くのフォロワーがいる。そして、難儀なことに、このブログをSNSで投稿しているのだ。

 

 今回のサンフェスはゴールデンウィーク期間中の日曜日に開催されることから客も多くなると予想している。大半が『水色の悪魔』を見に来るのだろうが、中にはこのブログを読んできた者もいるかもしれない。部員の耳に変な期待を寄せる声が届かないことをこればかりは祈るしかなかった。

 

 そろそろ、学校へ行く時間だと、悠月は戸締りをして家を出る。不本意だが、電車通学となったため電車に乗り込んで携帯を開いたとき、二つの通知が来ていることに気が付いた。

 

「ん……?」

 

 一つは、元後輩から。もう一つは、秀塔大附属でがんばっているだろう戦友から。前者は、現地に聞きに行くという内容、後者は、私たちの代の部長がふざけた演奏してたら許さないからという激励が。

 

 それぞれに返事を返すと、ちょうどアナウンスと共に宇治駅に着いた。悠月が携帯から顔を上げて扉の方を見ると、昨日の夜、誘いをかけた人物が入り込んできた。

 

「よっ」

「おはよう」

 

 一言そう挨拶をして、悠月は話しかけた。

 

「どう調子は。まだ朝早いけど」

「ばっちり、とは言いづらいな。ちょっと眠い。けど俺もちょっと吹きたいと思ってたし、誘ってくれてサンキュな」

「いや、こっちに合わせてもらった形だし。こっちこそ感謝だよ」

 

 そんな他愛ない会話をして、悠月は少し聞こうと思っていたことを秀一に問い掛けた。

 

「秀一ってさ。テナーの斎藤先輩知ってるか?」

「おう。知ってるも何も、昔世話になった人だし」

 

 なんと。それは僥倖。そう思って、悠月は少し踏み入った質問を再度ぶつけた。

 

「何か知ってることないか?最近、やけに悩んだ顔して早く練習終えて帰ること多いからさ」

「う~ん。俺もあんまり話してるわけじゃないから知らないんだよなぁ。ただ、予備校には通ってるみたいだぞ。駅近くの予備校からでてくるのたまに見るし」

「……」

 

 なるほど。と思う。とりあえず、受験関係で憂いがある可能性は要素として挙がった。だが、おそらくそれだけではない気がする。そういえば、全国大会出場を目指すか否かで、唯一全国大会出場を目指さないと言っていたのが彼女だった。その辺りも関係してくるのだろうか。

 

「世話になったって言ってたけど、どんな人だった?」

「?優しい人だなって印象だな。小さい頃はよく遊んでもらってたし、疎遠になってたのに高校でまた会った時俺らのこと覚えてくれてたし」

「俺ら?」

「ああ。ユーフォの黄前久美子。知ってるだろ?あいつも同じく世話になってたんだよ」

 

 悠月は秀一の返事を聞いて、思考に耽る。そして、それぞれの要素を掬い上げていく。だが、悟妖怪ではないのだからどこまで考えても他人の抱くものを完璧に見透かすことはできない。その手をすり抜けていく感じに悠月はもどかしさを感じながらも、悠月はこれでは埒が明かないと一つ決断した。

 

「秀一。斎藤先輩の連絡先持ってるか?」

「持ってるけど、なんで?あ、」

「違うわ。頭ピンクか」

 

 悠月の質問に最初こそ疑問を浮かべたのだろうが、何か都合の悪い方へ持って行かれそうな気がした悠月は即座に否定する。

 

「なんだ。つまんね」

「お前滝野先輩か?やめてくれよ」

 

 思わず素が出てしまう。どうやら、悠月は秀一に対し中々に気の置けない相手だと認識しているらしい。秀一は滝野路線には乗っかってほしくないと思う。

 

「ただ、これからのことで悩んでるようだったら誰かに相談してくれって頼むだけだよ」

「ふぅん。なあ、悠月はなんでそこまでするんだ?三年に任せてもいいんじゃないのか?」

 

 当然、今の悠月の行動を見ていればそんな疑問を抱くだろう。悠月は、そのまま思っていることを口に出した。

 

「吹奏楽部のため、皆で決めた目標達成のためだよ。そのために、懸念事項はできるだけ排除しておきたい。線路の上に石が置いてあったら大惨事になるでしょ。それと一緒だよ。それに、後々問題になるだろう火種に気づいてるのに対処も何もしないのは僕じゃない」

「……格好いいな。悠月」

 

 そう告げた悠月に対して、秀一は心の底から言っているのが分かるくらい感心した声音で言ってくるのに対し悠月はこう言ってやるのだった。

 

「二年後の秀一だぞ」

「げ。俺には無理だって」

「いけるいける。秀一人当たりいいし結構人見れてるし」

「えぇ~……」

 

 露骨に嫌そうな困り顔を浮かべる秀一にからからと笑う悠月は、電車に揺られていた。

 

 

 

 

 

 

 それから時間は経ち、悠月、というより男子部員は楽器運搬の任についていた。朝だからまだましだが、この時期にこれは中々の重労働だ。

 

「秀一。そっちの頼む。僕これ運ぶから」

「あいよー」

「後藤先輩、手伝ってもらっていいですか」

「分かった」

 

 そんな簡潔かつ分かりやすいコミュニケーションをとっていきながら、細心の注意を払いながら速やかに詰め込んでいく。楽器というのは高価かつ繊細だ。最後の楽器を入れ込んで、忘れている者がないかを確認して、悠月もバスに乗り込む。

 

 席順は自由で、手伝うことがなくなった人から乗り込んでいったため既に結構な席が埋まっていた。どこでもよかったので奥から座ろうと空いている席の中で一番奥の席に座り、ふう、と大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様」

「ん。おお、高坂さん。ありがとう」

 

 どうやら、孤独の烙印を押されかけていた哀れな部員を救うことができたようだ。高坂の労いの言葉に返す。そして、ざわめきの中に、確かな静寂が訪れた。これにも慣れたものだ。高坂は基本自ら話す方ではないし、特別こういうのに気まずさを感じる性格でもないだろう。

 

 そして、悠月も特別集団の中にいるのが好きな方ではない。自分が居心地のいい環境にするための努力はするが、一人の方が色々考えることが少なくて落ち着ける。

 

 なら、わざわざ話しかける必要も感じないし、高坂も悠月がフォローしないといけないほど緊張しいではないだろう。なら、悠月も好きにしよう、とブルートゥースイヤホンを耳に挿し念のため隣人に声をかける。

 

「曲、聞いててもいい?」

「うん」

 

 悠月は、プレイリストを流し見る。悠月には特別好きなアーティスや曲の好みというのがない。聞く比率で言えば邦楽が多いだろうか。勿論、クラシックやジャズ、洋楽なども聞くが。そういった音楽は家で聞く方が好きだ。

 

 遠くからのように聞こえた「出発しまーす」という言葉を最後に、悠月はイヤホンから流れてくる音楽を聴きながら目を閉ざすのだった。

 

 それからしばらく時間が経ち、会場の駐車場に止まったバスから降りてすぐ、悠月たちはゆっくりする暇もなく行動を始めていた。この後もここに各高校のバスが到着してくるからだ。

 

 それまでに楽器など荷物の運び出しなどを終わらせなければならない。そして、ゆっくりできない理由はそれだけではない。ゆっくりしていればしている程、各々楽器のチューニングや本番での確認事項をする時間を取れないのだ。

 

 場所を移動した悠月たちは、各々がチューニングや本番の確認事項の最終チェックを行っていた。かくいう悠月もトランペットに息を吹き込んでチューニングを行っていた。周囲には各校の色が出た衣装を身に包んだチューニングをしている者や各確認事項のチェックをしている者で溢れていた。

 

 悠月は、集中していれば集中している程、頭が冴え、耳の感覚が良くなっていくような錯覚を覚えるのだ。耳の感覚が良くなるというのに関しては他の楽器の一音さえも聞き逃さないという悠月の癖故なのだが。

 

 そして、そんな状態になっていれば、嫌でも周りの音は耳に入ってくる。

 

「ねえ。あの子もしかして……」

「うん。小倉西中の明瀬君だよね。なんで北宇治にいるんだろ」

「勿体ないよね。あれだけの実績持ってるのに」

「ね~。宝の持ち腐れだよ。高校くらい選べばいいのに」

 

 などなど。割と聞こえないと思ってか散々言ってくれているが、無関係の人からすればそう言った反応になるのも仕方のない事なのだろうと割り切る。正直な話、他人の話す前評判なぞ興味がないのだ。というか、聞くだけ無駄である。

 

 だが、最後に言ったやつはいささかデリカシーに欠けるのではないだろうか。ちらりと周りを見やれば、北宇治の面々もいい顔はしていない。静かに滾る炎を燃え上がらせて黙々と確認をしていると、副部長から号令がかかった。

 

「はーい!注目!移動始めるよ!」

 

 この辺りの部員の機微を見て切替させるように行動するあたり、副部長は流石である。気にするなといっても効果は薄いだろうから、無理やりにでも別の行動に意識を移させて切り替えさせる方法を取った。

 

 やはり能力高いな、などと思いながら田中を眺めていると、不意に田中がこちらに近づいてきた。

 

「怒ってるでしょ。収めなくていいから、本番に出して」

 

 その言葉にはさすがに驚愕を覚えずにはいられなかった。悠月は田中を見た。

 

「音に出てましたか」

「いんや?微差だと思うよ、私はね。君、前々から思ってたけど音は純粋で素直だよね」

「そう、ですかね」

 

 音には本音で向き合いたいので、とは言わなかった。これ以上、このどこまで見透かしているのか分からないこの副部長にはこれ以上己を晒したくはなかった。だが、これで少し頭が冷えた。悠月は感謝と少しの世辞を口にした。

 

「ありがとうございます。流石副部長ですね」

「はいはーい。世辞はいいから」

「そうですか。わかりました」

 

 田中が目を細めてこちらを見る。その口には緩やかな三日月を携えて。

 

「生意気じゃなーい?後輩君」

「はは」

 

 ずっと仮面被って本心隠してるあんたに言われたくない、とも口には出さなかった。自分から火の粉を被りに行く馬鹿はいないのだ。

 

 

 

 

 

 

「いいか貴様ら!手を抜いたら承知しないからな!」

 

 それから、場所を移動し陸上競技場内の待機列に移動した部員の面々は、松本からの熱い訓示を受けていた。軍曹先生と呼ばれて久しいが、こういう指揮を任せれば正しく軍曹と呼ぶに相応しい振る舞いだな、と悠月は返事をしながら思うのだった。

 

 それはさておき、バスを降りて以降滝の姿を見ていないのだが、まさか迷ったのだろうか。そんなことを考えていたのも束の間、息を乱しながら走ってくる滝の姿が近づいてくる。相当急いだのか、服も乱れているし眼鏡も少し傾いている。

 

「すみません。ちょっと、迷ってしまって。松本先生からは……?」

「もう話終わりましたよ」

 

 なんとも格好がつかないものだ、と悠月は滝の姿を見ながら思う。部員の面々は、滝からの言葉を待つように滝へとその眼差しを向けている。それに気づいたのか滝はこちらに向き直る。

 

「そうですか。では、私からは特にありません。皆さんの演奏、楽しみにしていますよ」

 

 なんとも締りのないことだ。だが、やはりこの顧問と副顧問のバランスはいいのかもしれない。空気を締める役割を松本が、それを多少緩めて過度な緊張を解す滝。こうして考えればかなりいいコンビだ。

 

 その言葉のあと、アナウンスが辺り一辺に響き渡る。

 

『続いての団体は、立華高等学校吹奏楽部です。』

 

 そして、そのアナウンスをかき消すような歓声を上げる見物客。やはり、他の高校より注目度が段違いだ。流石は全国トップクラスのマーチングで『水色の悪魔』と呼ばれるだけのことはある。

 

 動画サイトに投稿されていたら見よう、と悠月は暢気にそんなことを考えていた。

 

 ここからは見えない観客を沸かせる何らかのパフォーマンスはまるで見えない力が働いているかのように、北宇治の面々は気圧され尻込みしていく。中には、不安を口にする部員も出てくるほどに。

 

 これはまずい、と悠月は思う。部長もそれは感じているようでどうにか立て直そうとしているが、部員の耳には入らない。

 

 演奏前に呑まれてしまっては絶対に練習でしたことを出すことはできない。そして、ある意味で練習した上でそれを本番で出せずに終わってしまう方が当事者達にとってはメンタルが蝕まれ、最悪心がぽっきり折れるなんてことも有り得てしまう。

 

 悠月は視界の端に映ったトランペットに、動かそうとした足を止めて目を瞑り、緩やかに口角を上げる。その瞬間。この部に伝播する雰囲気を一掃するように一つの高音が空気を震わせた。

 

 少しの静寂。そして、真っ先に現実へと戻ってきた吉川がその音を出した張本人を責める口調で注意を口にした。

 

「……ちょ、バカ。高坂何音出してるのよ……!ここ音出し禁止って言われたでしょ!?」

「すみません」

 

 吉川の注意を髪を払いながら軽く受け流す高坂には、まるで緊張が見られない。むしろ、この雰囲気に呑まれるどころか呑んでみろよとでも言いたげな食ってかかるような雰囲気には、悠月も度胸があるなと感心した。

 

 恐らくこれではいけないと危惧したのだろう高坂の突飛な行動とその後の振る舞いに、部員たちは冷静さを取り戻していく。ガチガチだった緊張は程よく解れ、マイナス方向に流れかけていた思考は打ち消された。

 

 それを見計らったかのように、アナウンスが悠月達の耳に入る。

 

『続いての団体は、北宇治高等学校吹奏楽部です。』

 

 もうすぐ、悠月たち北宇治の出番だ。悠月は目を瞑り、深く息を吸って長くゆっくり息を吐き出す。そして、目を開く。同時に滝が口を開いた。

 

「本来、音楽とはライバルに己の実力をせつける為にあるのではありません。ですが、今ここにいる多くの他校の生徒たちや観衆は、今この瞬間も北宇治の実力を知りません。であるからこそ、それを知ってもらうにはお誂え向きな機会だと先生たちは考えています」

 

 滝は、道を指し示すように、半身を開き初陣のスタートラインへ腕を向けられる。

 

「さあ。北宇治の実力を見せつけてきなさい!」

 

 

 

 

 

 

 演奏は練習の成果が全て出せたと言っていいものだったと思う。恐らくは本番までの短い期間で重ねてきた練習を含めても完成度は最高のものだったと悠月は感じている。

 

 実際、演奏中は外部の音には気にしていなかったが、演奏が終わってみれば観客の中には上手かったという評価の中に立華、洛秋と共に北宇治の名を出している人も多かった。つまりは、確かに感じた手応えに自信を持っていいということだ。

 

 そんなことを考えながら衣装から制服に着替え直した悠月は、集合時間まで自由時間だったこともあり携帯片手に中央広場の隣にある野外ステージの席の端でぼうっとしながら、遠くから流れてくる演奏に耳を傾けていた。

 

 何気に、悠月はマーチングは初めてだった。座奏しかやってこなかったからこその新鮮さやマーチングならではの難しさも味わえた。総じて言うと、楽しかった。

 

「偉く黄昏てんじゃん。部長」

 

 その声に、両手を後ろにつき足を投げ出した体勢で目線を空に向けていた悠月は顔を下げてその声が聞こえた方向を見る。悠月は自然と頬を緩ませて言った。

 

「もう部長じゃないよ」

 

 そこには、洛秋の衣装を着た者や立華の制服を着た者、私服を着た者が数人いた。

 

「結構集まったな〜」

「凛ちゃんとあかりちゃんも来れたら良かったのにね」

「その二人って秀大附属だろ?しゃーねぇべ。あそこ練習ハードだし」

「今日集まれたのパレードに参加してたか休みで見に来てた面子だしねぇ」

 

 約二ヶ月会わなかっただけだが、既に懐かしい。皆の会話を聞きながらそう思う。この面子で集まることになったのは至極簡単な話で、せっかく集まれるんだし来れる人で集まろうぜというメッセージが同期のグループチャットで流れたこともあり悠月も乗ることにしたのだ。久方ぶりの再会を喜んでいるのもそこそこに、洛秋の衣装を着た男子が質問をストレートに投げてきた。

 

「北宇治の演奏良かったな!なんであんな急に良くなったんだ?」

 

 それは北宇治のここ数年を知っていればまず最初に出てくる質問だろう。事情を知らない外部の者から見れば、昨年まで聞くに絶えない演奏をしていた高校が立華や洛秋と並んで名をあげられるようになったのだから。

 

「それは当然、僕がいるから」

「……マジで?」

「って言うのは嘘で、顧問が変わったからだね」

「んだよホントにありそうなラインのこと言うなよ。ってか、顧問変わったのか。北宇治」

 

 冗談のつもりだったのに───そいつが結構素直なのもあるが───割と本気で受け止められて思わずなんだ僕への期待値高いな、と思っていると、それを聞いていた立華の髪を後ろで結んでハイポニーテールにした少女があー、と何やら心当たりがありそうな声を上げた。

 

「あー、あの眼鏡の爽やかイケメン先生だよね。そんなに凄い人なの?」

「技術特化で音楽の指導はピカイチ。なんでも、昔全盛期だった時の顧問の息子なんだってさ。僕も詳しいことは知らないけど、それで北宇治に来た子もいるし」

 

 脳内に思い浮かぶ、麗奈の影。あれは恋愛感情からの追っかけなのか指導者としての姿に敬愛を覚えての追っかけなのか判断に迷うところではあるが。

 

「でもさ、技術特化なんだろ?古豪だったとはいえ万年銅賞だった上、客がいる前であんな酷い演奏してのうのうとしてる部員たちをどうやって改心させたんだ?」

 

 やはり、洛秋の生徒なだけあり質問が鋭い。まあ、その中には酷評も含まれていたが、それは過去の話だ。今とこれからには関係のないことだわけだし。

 

「一年生は僕が少し手をつけたけど、全体的に滝先生のおかげだよ。その結果が今日の演奏だし」

 

 そして、悠月はもうひとつ。言っておこうと思ったことを「それに、」と前置きをして口にした。

 

「一番皆を変えたのは目標かな」

「目標?」

 

 聞き返されたそれに、悠月は頷く。

 

「『全国大会出場』。これが今年の北宇治高校吹奏楽部の目標だからさ。そのためにも、ここでふざけた演奏はできなかったんだよ」

 

 多分、いや確実に目標が『全国大会出場』にならなかったら今日この演奏はなかったと言える。まだまだ始まったばかりだからこそ、良いスタートを切って勢いのようなものをつけたかった。

 

 自分たちにもこんな高揚する演奏ができるのだと、観客を沸かせ感動させる演奏ができるのだと理解することのできる演奏だったと思う。

 

 悠月はそこまで言って、少し呆気にとられているような様子の面々に向けておどけてみせる。

 

「副部長と後輩にも、ふざけた演奏すんじゃねえぞって尻叩かれたしな」

「言いそうだな〜、副部長」

「ね。でも後輩ちゃんたちはそんな言い方しないでしょ。可愛い後輩ちゃんだったし、部長大好きっ子だったし」

 

 副部長への印象はどうやら同じようなもののようだ。だが、久石に対しての印象に齟齬があるのはなんでだろうと思わなくもない。前者には同意するが。

 

「ただま、いいスタートダッシュは切れたし。気負わず、気楽に行くさ」

「……やっぱ部長は部長だわ。俺たちの『明瀬悠月』だよ」

「ねー。ほんとに変わんない」

 

 真顔でこちらを見ながらそう感心されては、なんというかこそばゆい。悠月は首の後ろに手を回して苦笑を浮かべたが、ポケットに入った携帯が震えるのを感じて皆から数歩離れた。

 

「悪い。もうすぐ集合だ」

「お、もうそんな時間か。俺もそろそろ行かないとな」

「だね。じゃあ、また機会が合ったら会お〜」

 

 各々そんな別れを言い合って、悠月は最後に告げた。

 

「今日は集まれて良かった。ありがとう」

 

 音楽は競い合うためにあるわけではない。それは悠月も同意するところだ。しかし、誰かより優れた者でいたいというのは、誰もが心の内に秘めているだろう。大事なのは、競争に囚われず、音楽とはどういうものかということを考え続けることだろうと、悠月は思う。

 

「次に相見えるのはコンクールかな……うちは名古屋に行くよ」

 

 悠月の宣戦布告にも似た宣言に、皆一様に笑みを浮かべる。言葉はない。ないが、分かる。

 

『私たちが/俺たちが』

 

 皆思うことは同じだ。あの舞台に立ちたい。多くの観客の前で吹きたい。そして、あわよくば───。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「お久しぶりです」

 

 

「ええ。久しぶり。妹を支えてくれてるみたいね。ありがとう」

 

 

「二人で、上手くやってますよ。会わなくてよかったんですか?」

 

 

「いいわ。あいつの見据える先が分かったから。足を止めていたら会ってひっぱたいてやるところだったわ……そういう貴女こそ。会わなくてよかったの?」

 

 

「私も、今は過去を振り返っている訳にはいかないので。それに、彼もこれからは『今』仲間じゃない人に目を向ける時間はないでしょうから」

 

 

「……本当、良い後輩を持ったのね。あいつ」

 

 

「貴女の後輩でもありますよ。というか、教えて貰ってなかったんですね」

 

 

「…………何が?」

 

 

「『これ』。四月下旬頃にユーフォの教本に挟まってました。来られてたんでしょうね」

 

 

「……!随分、先を見てるのね。『名古屋で』なんて……なんで私には何もないのかしら」

 

 

「……信じてるからじゃないですか?貴女は言わずとも来るって。ほら、携帯鳴ってますよ。彼じゃないですか?」

 

 

「………………ふっ。はは!」

 

 

「私にも見せてください。私は見せましたよ」

 

 

「ああ、ごめんなさいね。はい」

 

 

「っ……これは、中々、らしくないというか、いや貴女との関係を見るにこれがらしい、というものなんでしょうね」

 

 

「そうね」

 

 

 

 

『言われずともやるさ。気楽にな』

 

 

『自分に集中して前走ってろ。いずれ追い抜く』

 

 

 

 

 

 

 一方、それを見ていた相方二人。

 

 

「なんか、凄い。険悪そうで険悪じゃない」

 

 

「ですね。これが所謂近しいもの同士、伝わるものがあるってやつなんでしょうか」

 

 

「むしろ、多分ここまで相性悪そうな二人を繋ぎ止めてる彼がすごいのかな」

 

 

「なんだかんだ人を見る目ありますもんね。明瀬部長」

 

 

「ね……あ、こら。今は貴女が部長でしょ〜?」

 

 

「あぁ〜。いひゃいいひゃい」

 

 

「何してるの?」

「何やってるのよ」

 

 

「あ」

「はにゃひて〜」

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 そして、舞台は新たな楽章へと、移り変わる

 

 

 




ありがとうございました。


オリキャラ簡単プロフ
・藤堂 凛
 フルート担当
 秀塔大学附属高等学校一年生

・藤堂 詩音
 フルート担当


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