御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

1 / 23


御幸引退後の話は、前にも書きましたが、続きを望んでくださる方もおられるようなので書きました。
よろしくお願いします。





第1話 御幸へのプレゼント

 沢村二年生の夏。青道野球部のベンチ入りメンバーが、甲子園で華々しく活躍できた夏が終わり、三年生は引退した。

 

 御幸もいなくなり、新キャプテンは金丸が引き受けた。

 

 十月も終わり頃、練習を早めに切り上げて休む一日が与えられた。沢村は、御幸へのプレゼントを買いに行くのを考えていた。以前の週末の休みの日に、買おうと決めた物だ。

 

「御幸のことは、まだそんなに簡単には打ち取れなかったな」

 

 沢村は、引退後にまた野球部に来てくれた御幸との三打席勝負を思い出す。御幸は、降谷とも三打席勝負をしたのだ。

 

 御幸は沢村からツーベースヒットを打った。降谷からも一回、シングルヒットを打った。降谷からは、四球も選んでいた。

 

「やっぱり、御幸はすごいや」

 

 沢村は独り言を言った。今、彼は御幸がいなくなった練習用グラウンドに立っていた。他にもまだ練習している部員がいる。

 

──先に行って、待ってるぜ。

 

 沢村は、打席に入った時の御幸の言葉を思い出す。

 

──御幸は先にプロの世界に行く。俺達は、そう、降谷と俺はその背中をまた追い掛ける。

 

 沢村は、少し切なさを感じた。はるばる長野の故郷から来て東京の青道野球部に入って以来、御幸無しで野球をやるのは初めてなのだ。

 

「俺もまだ少し練習したいけど、でも今日は行きたい場所がある」

 

 沢村は他の部員に挨拶をして、寮に引き返した。

 

「御幸はまた来てくれるって言った。あの時、渡せなかった物を渡したい」

 

 寮の規則で決められたお小遣いの上限、五千円を、毎月沢村は実家から郵便局に振り込んでもらっていた。

 

 着替えや日用品は東京に来る時に持ってきた分に加えて別途、実家から郵便で送ってもらった。ベンチ入りメンバーには、シャンプーやボディソープや、歯磨き粉や歯ブラシ、ティッシュペーパーなどは寮が支給してくれる。

 

 スマホは家族割で一括請求を実家に支払ってもらっていた。沢村自身も家族も、ネットにハマるタイプでも長電話をするタイプでもないので、その料金はかなり安く済んでいる。

 

 それに、野球が第一の沢村は、現金はそんなには使わない。口座にはけっこうな金額が貯まっていた。

 

「御幸に贈り物をしたい。前からそう思っていた。プロになったらもっと良いのが買えるだろうけど、俺は今すぐに御幸にプレゼントしたい」

 

 寮で私服に着替えて、出掛ける。寮の管理人に外出許可をもらってから、一人で学校の敷地内を出ようとした。

 

 と、その時、同じようにグラウンドから寮に戻ってきた小湊春市と、控えの投手として常に沢村の後ろにいてくれる降谷とすれ違う。

 

「栄純くん、出掛けるの?」と、春市。

 

「ああ、御幸先輩に、これまでのお礼をしたいからさ。ちょっと買い物にな」

 

「うん、分かった。今日はゆっくり選んでくるといいよ」

 

 春市は、にこやかにそう言ってくれた。

 

「いってらっしゃい、栄純」

 

 と、言葉少なに、降谷が。

 

「ああ、行ってくる」

 

 沢村は脇目も振らずにバス停へと向かう。もうすでにプレゼントは選んであり、今日はそれを買いに行くのだが、春市はそれを知らない。

 

 沢村の背中を見送りながら春市は、

 

「御幸先輩にとって、栄純くんは頼れる男になったんだよ。前からそうだったけど、今は特にね」

 

と、心の中で言った。

 

 沢村はそんなチームメイトの心の内を知りはしないが、今いるチームメイトからも、御幸を含めて引退していった先輩達からも、エースとして信任されているのは充分に感じ取っていた。

 

 もちろん、片岡監督や落合コーチからもだ。そして、沢村を青道野球部にスカウトしてくれた恩人である高島礼からも。

 

「あの人がスカウトしてくれなきゃ、俺は御幸に出会えなかった。家族や中学時代のチームメイトと遠く離れるのは辛かったけど、やっぱり青道に来なきゃ、俺はここまで成長できなかったんだ!」

 

 そんな事を考えているうちに、すぐに最寄りのバス停に着いた。

 

「まだバスが来るには間があるよな」

 

 スマホに保存されたバスの時刻表を見て、早めに出てきたのだ。

 

「あと、十分か」

 

 これから御幸に贈るための、シルバーアクセサリーを買いに行く。このために、月々実家から送金されるお小遣いを貯めてきた。ペンダントヘッドに刻印が押された、シルバーの男性用ネックレスを買うのだ。

 

 角の丸い長方形のペンダントヘッドに、『True Love』と刻まれている物を。

 

「ちょっと気恥ずかしいな。でも、御幸にどうしても、あれを贈りたいんだ」

 

 沢村は、内心でつぶやいた。メッセージの刻印は、沢村自身がこれから注文するものだ。

 

 True Love──真実の愛。

 

「気恥ずかしい! 気恥ずかしいよ!」

 

 思わず声に出す。幸い、バス停には他に誰もいなかった。

 

「でも、御幸にプレゼントしたいんだよ」

 

 本当は指輪を贈るつもりだった。しかし、三年生が抜けた後の青道野球部を見に来てくれたクリス先輩は、

 

「御幸には、いつも身に着けていられるネックレスのほうが良いと思うぞ」

 

と、沢村にアドバイスしてくれた。

 

 確かに、指輪では、練習中も試合中も身に着けることはできない。プレイの邪魔になるからだ。

 

 ネックレスやペンダントなら、ユニフォームの下にほぼ隠れるので問題ない。昔からプロでも高校野球でも、お守りを首から下げている選手はいたらしい。

 

「分かりました、師匠。御幸には、お守りになるようなペンダントを贈ることにします!」

 

 こうして沢村は、以前のオフの日に春市や降谷と一緒に見て回った、最寄りのショッピングモールを思い出し、そこにあったシルバーアクセサリーの店でペンダントを買うことにしたのである。

 

 ショッピングモールには、すぐに着いた。バスで十五分くらいである。

 

「近いよな、ショッピングモール! うちの田舎じゃ、一時間くらいは掛かったな」

 

 もちろん、長野県にもショッピングモールなどの商業施設の近くに暮らす人はいるわけだが、沢村の故郷はもっとのどかな場所にあったのだ。

 

「たしか、二階の端(はじ)の方だったな」

 

 沢村は目指す店に真っ直ぐに向かう。

 

 その店ではシルバーアクセサリーがメインだが、天然石のアクセサリーや、ステンレス製のアクセサリーも置いてある。ステンレス製のはシルバー製よりかなり安価だが、沢村はシルバーのを贈りたかったのだ。

 

「あったぞ、これだ」

 

 シルバーの、男物としては細めのチェーンに、小ぶりでシンプルなペンダントヘッド。縦が二センチ五ミリ、横が一センチ五ミリ。このペンダントヘッドは、長方形の角に丸みを持たせた板状の形で、表面に刻印をしてもらうことが出来た。

 

 店の店員さんに、沢村は思い切って『True Love』の刻印の依頼をする。紙切れに描いたメモを恥ずかしさを我慢して渡した。

 

「分かりました。刻印は二十分ほどで終了しますので、店内をご覧になってお待ちいただくか、外に出てまたお戻りいただいてもけっこうです」

 

 店内とは、このシルバーアクセサリーショップだけでなく、ショッピングモール全体を指すのだろう。

 

「ありがとうございます。ここで待ちます」

 

 沢村は答えた。何となく声が小さい。やはり気恥ずかしさは抑えられなかった。

 

「でも、御幸のためのお守りなんだもんな」

 

──御幸、俺はお前を守りたい。だけどお前と対等な立場でいたい。お前を守りたい、同時にお前に支えられていたい。

 

 軽く息を吐き出した。さらに吸い込む。マウンドに立つ時にも、ピンチの時には、こんな風に気持ちを落ち着けていた。

 

──御幸が来てくれるんだよな、ここに。

 

 待ち合わせは、同じ二階にある喫茶店だ。関東地方にチェーン展開していて、割と東京では見かける、らしい。

 

 これと言って目立つ特徴は無いが、濃褐色の木製の椅子とテーブルの置かれた、落ち着いた清潔な雰囲気の店だ。

 

 プレゼントの事は、まだ御幸に知らせてはいなかった。特に驚かせようと思ったわけではない。ただ、確実にお守りとなるペンダントを手に入れるまでは、先に知らせる気になれなかったのだ。

 

 すると、突然、

 

「よう、やっぱりここにいたか。小湊や降谷に聞いた通りだ」

 

「み、御幸?! なんでここに?!」

 

 沢村は驚いた。なぜだ? 二人にはこのプレゼントの事は知らせていない。知ってるのはクリス先輩だけ。そのはずなのに…

 

「いやいや、お前の考えはお見通しだって」

 

 御幸は、からかうようにニヤニヤ笑っていた。だが、どこか嬉しそうでもある。

 

「なんで?! このプレゼントの事はだれにも…って、あっ! いやあの、プレゼントは、あの」

 

「ありがとう、嬉しいよ」

 

 ニヤニヤ笑いではなく、穏やかで真摯なまなざしと共に、微笑む。

 

「いや、あの、まだ出来てないんだ」

 

「うん、ここで一緒に待つよ」

 

「あと、十五分くらいだよ…」

 

「うん、ここで待つよ」

 

 笑顏で御幸は答える。余裕有りげで、沢村の事などお見通しだと言わんばかりに。

 

 沢村は、嘆息した。やっぱり御幸には敵わないや、と。

 

続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。