御幸引退後の話は、前にも書きましたが、続きを望んでくださる方もおられるようなので書きました。
よろしくお願いします。
沢村二年生の夏。青道野球部のベンチ入りメンバーが、甲子園で華々しく活躍できた夏が終わり、三年生は引退した。
御幸もいなくなり、新キャプテンは金丸が引き受けた。
十月も終わり頃、練習を早めに切り上げて休む一日が与えられた。沢村は、御幸へのプレゼントを買いに行くのを考えていた。以前の週末の休みの日に、買おうと決めた物だ。
「御幸のことは、まだそんなに簡単には打ち取れなかったな」
沢村は、引退後にまた野球部に来てくれた御幸との三打席勝負を思い出す。御幸は、降谷とも三打席勝負をしたのだ。
御幸は沢村からツーベースヒットを打った。降谷からも一回、シングルヒットを打った。降谷からは、四球も選んでいた。
「やっぱり、御幸はすごいや」
沢村は独り言を言った。今、彼は御幸がいなくなった練習用グラウンドに立っていた。他にもまだ練習している部員がいる。
──先に行って、待ってるぜ。
沢村は、打席に入った時の御幸の言葉を思い出す。
──御幸は先にプロの世界に行く。俺達は、そう、降谷と俺はその背中をまた追い掛ける。
沢村は、少し切なさを感じた。はるばる長野の故郷から来て東京の青道野球部に入って以来、御幸無しで野球をやるのは初めてなのだ。
「俺もまだ少し練習したいけど、でも今日は行きたい場所がある」
沢村は他の部員に挨拶をして、寮に引き返した。
「御幸はまた来てくれるって言った。あの時、渡せなかった物を渡したい」
寮の規則で決められたお小遣いの上限、五千円を、毎月沢村は実家から郵便局に振り込んでもらっていた。
着替えや日用品は東京に来る時に持ってきた分に加えて別途、実家から郵便で送ってもらった。ベンチ入りメンバーには、シャンプーやボディソープや、歯磨き粉や歯ブラシ、ティッシュペーパーなどは寮が支給してくれる。
スマホは家族割で一括請求を実家に支払ってもらっていた。沢村自身も家族も、ネットにハマるタイプでも長電話をするタイプでもないので、その料金はかなり安く済んでいる。
それに、野球が第一の沢村は、現金はそんなには使わない。口座にはけっこうな金額が貯まっていた。
「御幸に贈り物をしたい。前からそう思っていた。プロになったらもっと良いのが買えるだろうけど、俺は今すぐに御幸にプレゼントしたい」
寮で私服に着替えて、出掛ける。寮の管理人に外出許可をもらってから、一人で学校の敷地内を出ようとした。
と、その時、同じようにグラウンドから寮に戻ってきた小湊春市と、控えの投手として常に沢村の後ろにいてくれる降谷とすれ違う。
「栄純くん、出掛けるの?」と、春市。
「ああ、御幸先輩に、これまでのお礼をしたいからさ。ちょっと買い物にな」
「うん、分かった。今日はゆっくり選んでくるといいよ」
春市は、にこやかにそう言ってくれた。
「いってらっしゃい、栄純」
と、言葉少なに、降谷が。
「ああ、行ってくる」
沢村は脇目も振らずにバス停へと向かう。もうすでにプレゼントは選んであり、今日はそれを買いに行くのだが、春市はそれを知らない。
沢村の背中を見送りながら春市は、
「御幸先輩にとって、栄純くんは頼れる男になったんだよ。前からそうだったけど、今は特にね」
と、心の中で言った。
沢村はそんなチームメイトの心の内を知りはしないが、今いるチームメイトからも、御幸を含めて引退していった先輩達からも、エースとして信任されているのは充分に感じ取っていた。
もちろん、片岡監督や落合コーチからもだ。そして、沢村を青道野球部にスカウトしてくれた恩人である高島礼からも。
「あの人がスカウトしてくれなきゃ、俺は御幸に出会えなかった。家族や中学時代のチームメイトと遠く離れるのは辛かったけど、やっぱり青道に来なきゃ、俺はここまで成長できなかったんだ!」
そんな事を考えているうちに、すぐに最寄りのバス停に着いた。
「まだバスが来るには間があるよな」
スマホに保存されたバスの時刻表を見て、早めに出てきたのだ。
「あと、十分か」
これから御幸に贈るための、シルバーアクセサリーを買いに行く。このために、月々実家から送金されるお小遣いを貯めてきた。ペンダントヘッドに刻印が押された、シルバーの男性用ネックレスを買うのだ。
角の丸い長方形のペンダントヘッドに、『True Love』と刻まれている物を。
「ちょっと気恥ずかしいな。でも、御幸にどうしても、あれを贈りたいんだ」
沢村は、内心でつぶやいた。メッセージの刻印は、沢村自身がこれから注文するものだ。
True Love──真実の愛。
「気恥ずかしい! 気恥ずかしいよ!」
思わず声に出す。幸い、バス停には他に誰もいなかった。
「でも、御幸にプレゼントしたいんだよ」
本当は指輪を贈るつもりだった。しかし、三年生が抜けた後の青道野球部を見に来てくれたクリス先輩は、
「御幸には、いつも身に着けていられるネックレスのほうが良いと思うぞ」
と、沢村にアドバイスしてくれた。
確かに、指輪では、練習中も試合中も身に着けることはできない。プレイの邪魔になるからだ。
ネックレスやペンダントなら、ユニフォームの下にほぼ隠れるので問題ない。昔からプロでも高校野球でも、お守りを首から下げている選手はいたらしい。
「分かりました、師匠。御幸には、お守りになるようなペンダントを贈ることにします!」
こうして沢村は、以前のオフの日に春市や降谷と一緒に見て回った、最寄りのショッピングモールを思い出し、そこにあったシルバーアクセサリーの店でペンダントを買うことにしたのである。
ショッピングモールには、すぐに着いた。バスで十五分くらいである。
「近いよな、ショッピングモール! うちの田舎じゃ、一時間くらいは掛かったな」
もちろん、長野県にもショッピングモールなどの商業施設の近くに暮らす人はいるわけだが、沢村の故郷はもっとのどかな場所にあったのだ。
「たしか、二階の端(はじ)の方だったな」
沢村は目指す店に真っ直ぐに向かう。
その店ではシルバーアクセサリーがメインだが、天然石のアクセサリーや、ステンレス製のアクセサリーも置いてある。ステンレス製のはシルバー製よりかなり安価だが、沢村はシルバーのを贈りたかったのだ。
「あったぞ、これだ」
シルバーの、男物としては細めのチェーンに、小ぶりでシンプルなペンダントヘッド。縦が二センチ五ミリ、横が一センチ五ミリ。このペンダントヘッドは、長方形の角に丸みを持たせた板状の形で、表面に刻印をしてもらうことが出来た。
店の店員さんに、沢村は思い切って『True Love』の刻印の依頼をする。紙切れに描いたメモを恥ずかしさを我慢して渡した。
「分かりました。刻印は二十分ほどで終了しますので、店内をご覧になってお待ちいただくか、外に出てまたお戻りいただいてもけっこうです」
店内とは、このシルバーアクセサリーショップだけでなく、ショッピングモール全体を指すのだろう。
「ありがとうございます。ここで待ちます」
沢村は答えた。何となく声が小さい。やはり気恥ずかしさは抑えられなかった。
「でも、御幸のためのお守りなんだもんな」
──御幸、俺はお前を守りたい。だけどお前と対等な立場でいたい。お前を守りたい、同時にお前に支えられていたい。
軽く息を吐き出した。さらに吸い込む。マウンドに立つ時にも、ピンチの時には、こんな風に気持ちを落ち着けていた。
──御幸が来てくれるんだよな、ここに。
待ち合わせは、同じ二階にある喫茶店だ。関東地方にチェーン展開していて、割と東京では見かける、らしい。
これと言って目立つ特徴は無いが、濃褐色の木製の椅子とテーブルの置かれた、落ち着いた清潔な雰囲気の店だ。
プレゼントの事は、まだ御幸に知らせてはいなかった。特に驚かせようと思ったわけではない。ただ、確実にお守りとなるペンダントを手に入れるまでは、先に知らせる気になれなかったのだ。
すると、突然、
「よう、やっぱりここにいたか。小湊や降谷に聞いた通りだ」
「み、御幸?! なんでここに?!」
沢村は驚いた。なぜだ? 二人にはこのプレゼントの事は知らせていない。知ってるのはクリス先輩だけ。そのはずなのに…
「いやいや、お前の考えはお見通しだって」
御幸は、からかうようにニヤニヤ笑っていた。だが、どこか嬉しそうでもある。
「なんで?! このプレゼントの事はだれにも…って、あっ! いやあの、プレゼントは、あの」
「ありがとう、嬉しいよ」
ニヤニヤ笑いではなく、穏やかで真摯なまなざしと共に、微笑む。
「いや、あの、まだ出来てないんだ」
「うん、ここで一緒に待つよ」
「あと、十五分くらいだよ…」
「うん、ここで待つよ」
笑顏で御幸は答える。余裕有りげで、沢村の事などお見通しだと言わんばかりに。
沢村は、嘆息した。やっぱり御幸には敵わないや、と。
続く