御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

11 / 23


お待たせしました。どうぞご覧ください。




第11話 秋の夜はつるべ落とし

 二人で手をつないで、暗くなりつつある道を歩いていた。

 

「暗くなってきたな、御幸。青心寮に着く頃には真っ暗だな」

 

「もう十月も終わりだからな、秋の夜はつるべ落とし、さ」

 

「何だよ、それ?」

 

「井戸には昔、釣瓶(つるべ)といって、水をくむ桶(おけ)のような物があって、それにロープを付けて滑車で下へ降ろして水をくんでいたろ? その釣瓶が落ちていくように、日が沈むのが速いってことさ。夏の日の長さに慣れてると、あっという間に日が暮れるように感じる。昔は暗くなっても外にはほとんど明かりがないし、太陽の光は恵みだったからな」

 

「なるほど! 御幸はさすがに物知りだな!」

 

 沢村は、ぱっと顔を輝かせた。新しい事を知るのは面白かった。学校の授業は面白くないと思うことも多いが、御幸の話なら素直に聞けた。

 

「それほどでもないさ」

 

「でもそんなの、片岡監督(ボス)の国語の授業でも言わなかったよな」

 

「ああ、言ってないと思う。はは、さすがのお前も監督の授業では寝なかったな。はは」

 

「ボスの話は聞けるよ。なんかそれだけで野球に関係ありそうだしさ。直接関係なくても、何となく野球と関連付けて話聞けるんだ」

 

「はは、お前らしいな」

 

 御幸は、それを聞いて笑った。片岡監督からも、最低限の勉強は国語に限らずやっておけと言われている。

 

「応用問題は全部捨てていいとは言われてないし、教師としての立場上、そんな言い方はできないだろうけどな」

 

 沢村はうなずく。

 

「俺、数学と理科系と、歴史が特に苦手だ。英語はさ、多少野球に関係あるしさ、基礎くらいは頭に入れようって気になる。地理はさ、他の高校の野球部とかプロチームの本拠地とか、どんなところで野球やってんのかなって気になるからな。後は野球の歴史調べたら、少し近代の日本とアメリカの歴史は分かるようになったぞ。少し、だけど」

 

「はは。野球に関係あると思えば勉強できるんだな。まあ気持ちは分かるよ」

 

「いっそ野球に関係する事だけ、自由に学ばせてくれないかな。そうしたら俺、けっこう難しい本も読むし、いろんな事を勉強する気になる」

 

 御幸は苦笑しつつ、フゥーと息を吐き出した。あきれる気持ちもあるが、共感する気持ちもある。沢村の気持ちも分かるが、どうしようもない事もあるものだ。

 

「ま、残念ながらそうはいかねえんだ。我慢しろ。喫茶店で言ったように、基礎問題だけで、応用は全部捨てていいからな。高校の勉強が、どこかで役に立つ時もあるかも知れないぞ。農業会社やって、プロの引退後もアメリカと野球で交流する夢があるんだろ? だったら、何がどう役に立つかは分からないからな」

 

「そうだな…。そうだ、俺には大きな夢がある。高校野球だけで終わるわけじゃない。いろんな事をやっておいた方がいいよな」

 

「そういうことだ。お前の理科の選択は『科学と人間生活』と『化学基礎』だったか? それも役に立つかも知れないからな。基礎問題だけ、それも完璧でなくていいから、ざっとだけでも基礎問題はやっとけ。赤点にさえならなきゃいい。絶対評価で四十点未満にならなきゃいいんだよ。絶対評価だからな。大学一般入試組が、平均点つり上げても関係ねえから」

 

 沢村は、ようやく納得したように笑ってみせた。

 

「分かったよ、御幸。青道じゃ俺たちは、高校卒業に最低限必要な必修科目だけで、他はほぼスポーツ関連で単位取らせてもらってるんだし、何とかやってみるよ」

 

「そうそう。一般入試で大学目指すなら、難しくて退屈な選択科目もやらなくちゃいけないから、もっと大変だからな」

 

 沢村はうなずいた。ようやく、勉強を嫌嫌やる憂鬱さからも解放されたようだった。

 

 そうやって歩きながら話していると、徐々に青道高校のある場所に近づいてきた。

 

 青心寮と御幸のいる一般生徒用の寮の夕飯の時間までには帰らなくてはならないが、夜の七時半にはまだ余裕がある。時刻はまだ、五時四十五分になったばかりだ。

 

 二人きりでいる時間を惜しむようにゆっくりと歩いてきたから、予定より時間が掛かった。

 

「またいつか御幸と、バッテリーを組みてえ」

 

 沢村は、少し寂しそうにしていた。

 

「組めるさ。またきっと同じチームになれる。それがいつかは分からないけれど、きっと必ず」

 

「そうだよな」

 

 御幸は、手をつないでいない、空いている方の手でペンダントに触れた。

 

「俺からも贈り物をしたい。お前が身に着けていられる物を。お前はこれから、エースとして三年生としてチームを背負って投げるが、もう俺は同じチームにいてやれない。だから」

 

「安いもんでいいよ。こういうのは値段じゃない。気持ちだ」

 

 三万円もするシルバーアクセサリーを贈っておきながら、御幸に対してはこんな風に言う沢村だった。

 

 沢村は、現在開催されている東京の秋季大会も頑張って投げ抜いてきた。

 

 十月終わりの今は、いわば少しの中休みの時期だ。十一月初めには、準決勝で天久のいなくなった市大三高とぶつかる。

 

 勝てば決勝で、乾のいなくなった帝東と戦うことになるだろうと思われた。

 

「おそらくは、決勝に来るのは帝東だと思う。向井投手も乾さんがいなくなったのに、エースとしてチームを引っ張っている。俺も負けるわけにはいかない」

 

 乾は御幸と並ぶ名捕手と言われて、打つ方も期待されてる選手である。最後の夏は惜しくも甲子園を逃したものの、プロからの視線は熱い。

 

「ああ、頑張ってるのは皆同じだからな。俺はもちろんお前たちに勝って欲しいが、向こうも手強いぞ」

 

 沢村は、御幸に少し甘えたい気持ちになった。もちろん、御幸を困らせるほど甘ったれる気はない。しかしほんの少しだけ、自分たちが抱えている苦難も分かち合いたかったのだ。

 

「今、向井投手とバッテリーを組んでいるのは乾さんの弟だ。彼もなかなかすごいキャッチャーだよな。やっぱり帝東は、向井・乾バッテリーは手強いよ。ああ、こんな情報収集と分析も、ナベさんは本当にすごくきちんとやってくれたなあ。今は別の二年生がやってるけど」

 

「はは、まあ誰しも先輩との別れは来る。いつまでも頼ってちゃ駄目だってことだ。チームワークもバッテリーの信頼も大事だが、一人ひとりが自立心を持っていなければならない。だからこそチームワークも引き立つのさ」

 

 そうするうちに、青道高校の校舎が見えてきた。付属する青心寮もだ。

 

「御幸の言う通りだ。俺たちは、御幸を、引退していった先輩たちに心配掛けないようにしないとな」

 

「心配はしていないさ。お前たちを信じている」

 

 青道高校に着いた。グラウンドは、ワット数の高いナイター照明で、明るく照らし出されている。

 

 青心寮の方も、寮の建物に取り付けられた灯りが、夜の闇の中に灯っていた。

 

 二人は、青道の裏門をくぐり、寮へと向かった。

 

続く






何かミスなどありましたら、どうぞやんわりとご指摘くださいませ。
感想などもお待ちしております。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。