御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

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お待たせいたしました。どうぞ、ご覧くださいませ。




第15話 豆電球と少女漫画

「あのさ、御幸。俺の田舎では、ホタルが見られるんだぜ。御幸、見たことあるか、ホタル」

 

「いや、本物を見たことはないよ」

 

「きれいな川流れててさ、その周りの草むらにホタルがいるんだ。何て言うか、ちょっと幻想的な風景だよ。こっちに来たら、そういうのは見られないわけだけどさ。御幸に見せてやりたいなって。今もこのスマホに、動画と写真はあるけど。御幸、見たいか?」

 

「ああ、見せてくれ」

 

 沢村は、自分のスマートフォンにある動画を見せた。家族間や、中学時代のチームメイトたちとの連絡に使っている連絡アプリだ。その、故郷に残してきた人たちから、送られてきたのである。

 

 実は市大三高の天久投手に──彼ももう高校野球は引退してしまったが──御幸より先に、同じ連絡アプリを通してホタルの動画は見せたのだ。

 

 御幸はプロ入りの準備で忙しくしていたが、天久は引退してからは、かなりのんびりした生活になっていたからである。

 

「プロは? いろいろ誘いは来ているでしょう? だって──成宮さんは、あんな事になってしまったし。だから余計に…。それとも、大学野球? これから、どうするつもりですか?」

 

「ああ、それはこれから考える。しばらくは遊んでるよ。といっても、カラオケ行ったり、スマホでサッカー観戦するくらいだけどさ」

 

「はあ、サッカーですか…」

 

「そ。たまには話題の『ブルーロック・プロジェクト』の試合も見とこうと思ってさ」

 

 天久は、沢村とは何もかも違う人間だ。正反対というのとも違う。正反対とは、何らかの共通の基盤の上に、線対称が成り立つような存在だ。

 

 沢村にとってそれは降谷であり、彼は線対称であるゆえに、最初から理解が困難な存在ではなかった。

 

 もちろん、天久も沢村と同じく、強豪校で野球をやっていてエースだった。その程度の共通点はある。

 

 だが、だからこそ余計に、メンタルの有り様、野球への、人生そのものへのスタンスが全く異なっていてのが際立ち、理解し難い存在だった。

 

 天久は、ホタルの動画を見た時に、

 

「これ、なんかに豆電球付けて、虫みたいに飛ばしたらいいんじゃねえの?」

 

なんて、言いやがったのだ、と沢村は思い出す。

 

「豆電球じゃ意味ねえだろ!」

 

と、思わずタメ口で返信した。

 

──御幸、御幸はもっと、もっと、良いことを言ってくれるよな? よな?

 

 沢村は、期待に満ちたまなざしで、人生の相棒を、あるいは恋人を見る。

 

「ありがとう、見せてくれ」

 

 御幸は、沢村が差し出したスマートフォンを受け取った。

 

 しばしの沈黙の中で、御幸はホタルの動画に見入っていた。

 

──御幸、気に入ってくれたんだ! よかった。

 

「すごく…綺麗だよ。ありがとう、沢村。俺に見せてくれて。お前の故郷は、とても綺麗なところだ」

 

「うん! 御幸に見せてよかったよ」

 

 沢村は、満面の笑みになった。

 

──やっぱり、御幸は分かってくれたんだ!

 

 とても嬉しかった。

 

「御幸、御幸は、俺の故郷を綺麗なところだって言ってくれる。豆電球なんて言わないもんな」

 

「豆電球?」

 

「東京でも、なんか動くもんに豆電球付けて、闇夜に飛ばしたらいいだろって、そう言われてさ」

 

「はは、誰が言ったか分からねえが、それじゃ趣(おもむ)きがねえよな。まあ東京の郊外でも、ホタルを見られる場所は、あるにはあるんだが。夏の夜に、行ったことはないんだよな」

 

「そっか」

 

「うん。だから、見せてくれて嬉しいよ」

 

「御幸に喜んでもらえて、俺も嬉しいよ!」

 

「そうか。また何か見せてくれたらいいな」

 

「うん、御幸には見せるよ。星空も綺麗だよ。御幸は最近忙しそうにしてたからさ、なかなか見せられなかった。女子のマネージャーたちや、クラスで少女漫画貸してくれた娘(こ)にも見せたよ。みんな、きれいだって言ってくれた! 豆電球なんて言わなかったよ!」

 

 御幸は、声を立てて笑った。

 

「ははは、豆電球みたいってのが、よほど嫌だったらしいな」

 

「豆電球とは違うんだよ。これはちゃんと生きてるホタルなんだから!」

 

「分かるよ。はかない命だ。一生懸命、光ってる。精一杯」

 

「そう! そうなんだよ!」

 

「少女漫画って、どんなのを読んだんだよ?」

 

「うん、あのさ、クラシック音楽をやっている女の子たちの話で、お嬢様学校に通ってるんだけど、主人公のライバルは、そのお嬢様学校に貧乏な家庭から、特待生として学費免除や食費補助ありで入ってくるんだよな。貧乏な生まれだけど、天才的にヴァイオリンが上手くて」

 

「ふうん、クラシック音楽の話なのか」

 

「主人公は、そのライバルの才能に圧倒される。最初は家庭環境の違いから溝があるんだけどさ、音楽を通して、良きライバルになっていくんだ。話が進むと、主人公の父親が過労で倒れてさ。主人公の家も大変なことになるんだよ。そこでライバルが手助けしてくれるんだ」

 

「へえ! 面白そうだな」

 

「うん。まだ続いてるんだよ。貸してもらって読んだからさ、御幸には見せてあげられないけどな」

 

「いいよ、読みたかったら自分で探すさ」

 

「漫画だけど、心理描写や人間関係の描写が、とても丁寧で素晴らしいよ。クラシック音楽の演奏だけが、メインにはならないんだ。こんなところは、少女漫画ならではだな、って感じたな」

 

「へえ。良さそうだな」

 

「うん。女の子の気持ちが分かる気がしたよ! もちろん、漫画に出てくるようなタイプの娘ばかりじゃないだろうけどさ」

 

「はは。どんな女の子がいても、お前が浮気しなきゃ、それでいいよ」

 

「浮気なんてしねえよ!」

 

「ははは」

 

 御幸は笑った。あっけらかんとした、湿り気のない、心からの笑いだった。

 

続く

 

 

 






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