「沢村は俺に、何をプレゼントしてくれるのかな?」
御幸の笑顔が、また意味ありげな、からかうようなニヤニヤ笑いに変わった。沢村は思わず顔を赤らめた。
「うん、まあそれは…」
心の中では、こう叫んでいた。
──俺の贈れる、最高のものだよ。そして、お前が最も欲しがっていたモノだ。
「何だよ、言えないのか? ま、楽しみにするよ。もうすぐできるんだろう? 見せてくれるよな」
「うん…」
本当は、きれいにラッピングもしてもらい、落ち着いた喫茶店の中で渡したかった。だが、こうなっては仕方がない。
「ペンダント、だよ。お守り付きの」
と、言った。
──俺がお前を守れるように。真実の愛のお守りだ。
それは内心の声で、御幸にはまだ言えなかった。
「へえ! それは良いな。ありがとうな、沢村」
気恥ずかしい思いでいっぱいで、思わずうつむいてしまう。御幸はというと、そんな沢村をからかうこともなく、店内の商品を見始めた。
「なかなか良い物置いてるな。シルバーアクセサリーなんて、あんまり見たことなかったけど」
「俺も…あんまり見たことなかったよ。これまでは」
シルバーアクセサリーには、男性向けのデザインの物が多い。沢村も以前、降谷や春市と一緒に来た時に、初めて知ったのだ。
──御幸にプレゼントしたら喜ぶかなって思ってたの、あいつらにバレてたのかな。
「俺、顔に出やすいんだよな。一流のピッチャーを目指すなら、もう少し表情を隠せるようにしたいな」
「そうだな。だけど、いつも元気で活き活きしてるお前が、俺は好きだよ」
チームメイトだって、そんなお前に元気づけられてきたのさ。
そう付け加える。
沢村はそう言われて嬉しかった。二人で、シルバーアクセサリーを眺めているうちに刻印は完成した。店員は、
「専用のケースはございますが、プレゼント用のラッピングや、手提げ付きの紙袋は別料金をいただきます」
「あ、ラッピングはいいです。紙袋だけで」
「分かりました。では、専用ケースを紙袋にお入れしますね。こちらのカウンターへどうぞ」
沢村は言われるまま店員の後ろをついて行く。御幸は、その場に残っていた。
──よし、後は喫茶店で御幸に渡す。
若い男性の店員は、店の奥の小ぢんまりした工房からシルバーアクセサリーを受け取り、カウンターの向こう側で、丈夫な紙で出来た黒い箱にそのアクセサリーを納めた。
ケースには店名が銀色の文字で印刷されており、上等そうな趣きがあった。紙袋もまた、黒くツヤのある物で、白文字で店名が印刷されており、やはり上質そうな感じがした。
「それでは、ありがとうございました」
店員は、アクセサリーケースを入れた黒い紙袋を沢村に差し出した。代金は、刻印を頼む前に前払いで支払ってある。
締めて三万と三十円なり。青道に入学してから一年と七ヶ月の間に貯めた小遣いの、半分近くを使った。
故郷の長野を発つ前に、祖父に持たされた一万円と、中学時代までの貯金一万円は、また別である。
──あんまり高いの買っても、御幸はかえって遠慮するだろうから。これが高校生の今の俺の精いっぱいだ。
「ありがとう」
沢村は店員に礼を言って、手提げ付きの紙袋を受け取った。御幸は、この店とモール内の通路の境い目あたりに立っている。沢村はそちらに向かう。
「よし、喫茶店行くか。プレゼントくれるんだしな、そっちは俺の奢(おご)りだ」
御幸は先に歩き出した。沢村はその後を追い、横に並ぶ。
──俺が本当に、このひとの横に並べるのはいつだろう?
御幸は、そんな沢村の内心には気つかぬ様子で、
「喫茶店で食いたいもんあるか?」
と、尋ねてきた。
「いいや、ホットティーだけでいいよ」
昼も寮でいつものようにたくさん食べてきたが、午後の練習は早めに切り上げたから腹は減っていなかった。
「そうか、なら俺はたまにはケーキでも食うかな」
「御幸、甘いもん好きだったのか?」
「またにはな」
もう引退して、食堂のおにぎりもバナナも、たまにOB会や保護者会から差し入れされるゼリー飲料も、おやつに食べるわけにはいかなくなった。
寮も一般生徒の寮に移った。
野球部にいる間、ケーキやお菓子、その他のジャンクフードを食べるのは、体に悪い影響があるため推奨されなかったが、皆たまには、寮の敷地内の自販機で買うジュースは飲んでいたのだ。
「ケーキなんて本当に久しぶりだな。引退したら、ちょっと食べてみたかったんだよな」
「俺が御幸にケーキ奢りたい」
「いいんだよ、そのプレゼントだけで」
喫茶店に着いた。土曜日なので少し混んでいる。中に入って、なんとか注文より先に席を確保した。大柄な男二人、二人掛けの席では窮屈だが、この際ぜいたくは言えない。
「ホットティー持ってきてやるから、お前は座ってていいぞ」
「うん」
沢村は、再びカウンターに向かう御幸の背中を見る。次に、シルバーアクセサリーの箱が入った紙袋をテーブルの上に置いた。
「御幸、中開けて見たら、なんて言うだろうなあ」
御幸は一つのトレイに、ホットティー二つとケーキを乗せて沢村のいる席に戻ってきた。
ケーキは、しっとりした白っぽいチーズケーキだった。やや小ぶりなサイズだ。
「美味(うま)そうだな」
「おまえも、たまには食うか?」
「いいや、やっぱりやめとくよ」
御幸は不意に真面目な顔になった。
「プレゼント、開けていいか?」
「うん」
再び気恥かしさが、こみ上げてきた。
──御幸、刻印したメッセージを見たら、なんて言うかな。
ああ、やっぱり、単に御幸と俺のイニシャルだけにしておくほうが無難だったか? と今さらに思う。
──いやいや、これは御幸のお守りだぞ。単に二人のイニシャルだけじゃ駄目だ。
沢村は、御幸が紙袋から箱を取り出し、その箱を開けるまで、ドキドキしながら待っていた。
「うわあ、良いペンダントだな!」
御幸は一目見て気に入ってくれたようだった。
「う、うん」
気に入ってくれて嬉しいよ、と言いかけて、
「これ…この刻印の…」
御幸がペンダントヘッドを目にとめて、真剣に見つめているのを見て、思わず沈黙してしまった。
御幸も沈黙していた。
沢村はこの沈黙に耐えられず、
「うん、あのさ、これはお守りなんだよ。本当は指輪にしようと思ったけど、クリス先輩は、昔からネックレスやペンダントをお守りにする野球選手はいたからって、アドバイスしてもらったからさ! 指輪だと外さないといけないから…」
「沢村」
御幸は、顔を手元のペンダントから上げて、沢村をじっと見た。
「な、なに」
「ありがとう」
真剣な表情だった。これまでに見た事がないくらいに。
「う、うん」
──うわあ、気恥ずかしい! 気恥ずかしいよ! そんなに真剣な顔しないでくれよ、御幸。
「今すぐに着けてみていいか?」
「もちろん!」
御幸は箱からシルバーのペンダントを取り出した。スターリングシルバー、つまり高品質で純度が高い銀製だと示す印がごく小さく、目立たないように入っている。
スターリングシルバーとは、純銀にわずかに銅を混ぜて加工しやすくした物だ。もちろん、銀メッキではない証でもある。
同時に、目立つようにペンダントヘッドの表面に英単語の刻印が。
『True Love』と。
その『True Love』が、御幸の胸元で、店の照明を反射して銀色に輝いた。
「ありがとう、沢村。一生大事にするよ」
「一生、保つかな?」
「保つさ。良い作りしてるからな。大事に扱えば保つさ」
ま、ちゃんと手入れはしないと黒ずんでしまうけど、と内心で付け加える。
──でもお前がくれたプレゼントだ。手入れくらいどうってことないさ。
「気に入ってくれて、嬉しいよ」
「さすがはクリス先輩の的確なアドバイスだな」
御幸はニヤニヤしてみせた。
「うん…そのメッセージは、俺が考えたけど」
「あは! それはそうだろうと思ったよ」
御幸は笑った。屈託のない笑い方だった。
続く
できるだけ原作の設定と矛盾しないようにしましたが、何かミスがありましたら、やんわりと御指摘ください。よろしくお願いします。