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「じゃ、僕はこれで。お邪魔みたいだからさ」
降谷は、青道の近所のコンビニで買ったのであろう大きな白いビニール袋に、ノートとコピーを入れた物を二つ、沢村に渡すと、そのまま去っていこうとした。
「いいや降谷、お邪魔じゃねえよ」
御幸は、沢村を横目で見ながらニヤニヤした。
「いや、お邪魔だ。今は御幸…先輩と二人きりで話してえんだ」
沢村は、わざとムスッとした表情になった。ノートとコピーをくれた事には感謝だが、それとこれとは別問題である。
御幸はそんな沢村を見て苦笑しながら、
「降谷、これだけ聞いとけ。俺は来年にはもうプロの練習場に行くようになるからさ、その時に三年生の授業の分のノートも渡すよ。沢村と分け合ってさ、コピーも取っておけよな」
と、言った。
「ありがとうございます、御幸先輩」
「御幸ー! ありがとう、ありがとう!」
御幸は、降谷の神妙そうな顔と、沢村の感激した様子を見て、声を上げて笑った。
「はは、その代わり赤点取るな。まだ先の話だが、引退した後も赤点は取るなよ?」
「はい、ちゃんと勉強します」
「御幸、大丈夫だ。亭主を信じろ!」
「はは、よしよし。勉強もちゃんとやれよ」
降谷は、御幸を見て、
「まだ秋季大会真っ最中で、明後日からはまた試合ですけど、中休みもらえてよかったです。御幸先輩も、お体に気をつけてくださいね」
と、御幸を案じる様子を見せた。
「ああ、ありがとう」
降谷は、沢村のほうを向いて、
「じゃあね。お邪魔だから行くよ」
「ああ…でも、ノートとコピーはありがとうな」
「どういたしまして。後で、僕を手伝ってコピー代払ってくれた四人にも、ちゃんと礼を言ってね」
「分かったよ」
「それじゃ」
こうして、降谷は立ち去っていった。
「へへ、さっそく、御幸のノート見るぞ」
沢村は、降谷に渡されたビニール袋の中を見た。確かに、大学ノートが三冊ある。
大きめのダブルクリップで留められた、B4サイズのコピー用紙の束も、いくつもあった。
「おお、金丸、春っち、それに由井、浅田、マジですまん! そして、ありがとう! この礼は、必ず野球で返す!」
「ははは、よかったな」
「ああ、もちろん御幸にも礼を言うよ。ありがとうな!」
「お前と降谷が赤点取らなきゃ、それでいいよ」
沢村は、照れくさそうに顔を赤くした。
「うん…、御幸のノートで頑張るよ。せっかくもらったんだしな、これで点取れなきゃ御幸にも悪いや」
そう言いながら、御幸のノートを取り出した。開いて、パラパラとページをめくると、鼻に当てて匂いを嗅(か)ぎ始めた。
「何やってんだ、お前」
「御幸の匂い、嗅ぐんだ」
「あーでも、長いこと降谷が持ってたからな。降谷の匂いかもな」
「えー!」
「ははは」
御幸は、いかにも可笑(おか)しそうに笑った。
「でもでも! これは御幸のノートだ。俺、一生大事にするからな。降谷にも、大事にしろって言うぜ」
「大げさだな。まあ卒業しても持っていたら、何かの役には立つかも知れないが。親父は、研究が進んで、自分が高校生の時とは内容が変わったのもかなりあるって言うから、一生は無理だろうけどな」
沢村は、それを聞いて、じっとその大きな目で御幸を見つめた。
「それもあるけどさ、御幸のノートだから大切にするんだよ。捨てないで取っておくぜ」
「はは、ありがとうな。そんなに喜んでもらえるとはな。最初からお前にも、ノートとコピー渡せばよかったぜ」
「御幸のノートのコピーは、俺たちが引退したら野球部の部室に置いておくよ。ちゃんとファイルに閉じてさ。俺たちみたいに、勉強の苦手な奴のために置いておきたいんだ。御幸が受けた科目だけだけど、それは仕方ないよな」
「そうだな。役に立つといいな」
「来年の春に勉強苦手な一年生が入ってきたら、コピー渡してやろう。俺と降谷で。みんな赤点は回避したいもんな」
「ああ、そのノートで基礎だけは分かるようになってる。それ以上の事は、各自でやってくれって言っておけよ」
「うん、分かったよ。大学受験組もいるかも知れないしな」
「青道野球部に入る奴が全員野球で活躍できるわけじゃない。はっきり言って、それは一握りだけだ。そんな奴は勉強を頑張らないといけないかも知れねえからな。まあでも、基礎だけでも助けになれば、俺としても嬉しいよ」
「うん」
沢村は、どこか優しげとも言えるような笑みを浮かべた。
「俺は本当に恵まれてるな。好きな野球、ずっとできるんだ。故障には気をつけないとだけど。好きな野球がずっとできる。野球で食えるようになるんだ」
言い終わると目を輝かせ、俺たちやれるとこまでやらねえとな、と付け加える。
「ああ、俺もだ。その点は、本当に恵まれているよ。俺に野球やらせてくれた親父には、心から感謝だ」
「うん、御幸の親父さんに早く会いてえ。ドキドキするけど…ちょっとコワい気もするけどさ…でも、そんなこと言ってちゃ駄目だ。勇気出して、御幸を人生のパートナーにするのを許してもらうんだ」
御幸は、またニヤニヤ笑いをした。
「あ、それだけどな、今、親父から連絡アプリでメッセージ来たぞ。見るか?」
沢村は、びっくりした顔をして飛び上がった。
「お、俺に…?」
「ああ、『一也をよろしくお願いします』ってさ」
「ええええー!」
御幸は、そっと自分のスマートフォンを沢村に渡した。
そこには。
「いつも一也が、お世話になっています。これからも一也をよろしくお願いします。
沢村君の活躍は、いつもテレビで見ていました。地元のケーブルテレビなので、東京地区大会や練習試合も観られます。
素晴らしい活躍だと思います。これからも頑張ってください」
沢村は、思わずベンチから立ち上がり、スマートフォンを持つ手をふるわせた。
「おいおい、落とすなよ」
「落とさねえよ! あああ、御幸の親父さんが…御幸の親父さんが…」
心底から感激して、慄(おのの)いてすらいる様子の沢村。御幸は、苦笑した。
「はは、大げさだな」
「御幸の親父さんが、俺のこと、認めてくれた! 褒めてくれた!」
「はは、俺からも、お前のことは親父に伝えてあるからな」
「あああー! 早く秋季大会を終えて、来週の休みになって欲しい! 直(じか)に会って、正式に婿として認めてもらいてえ!」
沢村は、それでも声量を抑えて、抑えつつも叫んだ。周囲にまでは聞こえていない。大き過ぎる声だと注意されるのを知っていたからだ。
「ああ、俺も楽しみにしてるよ」
沢村は、御幸の左隣に座り直し、スマートフォンを返した。
「俺、やるよ! やるぜ、秋季大会決勝まで! 市大三高にも帝東にも勝つぜ!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
秋風が吹き抜ける。涼やかな秋風が。
気がはやる様子の沢村を、御幸は温かいまなざしで見つめ続けていた。
続く
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