御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

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お待たせいたしました。どうぞご覧くださいませ。




第21話 車でお迎え

「いい秋の風だな」

 

 ふと、御幸がつぶやく。

 

「うん。こんなふうに、御幸と二人でいられたらいいな」

 

 御幸は、沢村の手を握り返した。御幸の左となりに沢村が座っている。御幸はそっと身を寄せて、軽くもたれかかる。

 

「また休みの日には、野球部の寮に会いに来るよ。来年、プロの練習場に通うようになっても、休みの日には会いに来る。卒業してからも、休みの日には外で会おう」

 

「うん!」

 

 御幸は、少し愁いを帯びた顔をしていた。沢村のほうは、屈託(くったく)なく朗(ほが)らかだ。

 

「野球頑張ってさ、御幸と結婚式挙げてさ、二人で幸せに暮らすんだ。同じチームになれなくても、世帯は一つにするんだよ。やっぱり俺の長野の村より、御幸の親父さんの家にいさせてもらったほうが何かと便利だよな。引退後は、ともかくさ」

 

「ああ、親父はきっとお前を歓迎してくれる。だけど、プロになったら遠征があるからな。チームが別々だと、本拠地も遠く離れているかも知れないな。だけど、俺たちの心は一つだ。俺は決して、他の男にも女にも目移りしないよ」

 

「俺もだよ、御幸!」

 

 大きめの声で、とは言え、そんなに周囲に響きわたるほどの声ではないが、御幸の心に自分の誠意を刻みつけようと、沢村はしっかりと言い聞かせた。

 

「ああ、信じてるよ、沢村」

 

 御幸は、胸元のペンダントに手を当てた。"True Love"と、そこには刻まれている。

 

 沢村は、大きな目でじっと御幸の胸元を見つめた。

 

「気に入ってくれたんだな、それ」

 

「ああ。一生大事にするよ」

 

「へへ。今の俺の精一杯だからな」

 

 沢村は、しばし二人の間に流れる沈黙を楽しんだ。穏やかに心が通い合う時間である。

 

 十五分ばかり、二人で手をつないでいたが、

 

「御幸の手料理食いてえ…」

 

 と、不意に沢村がつぶやいた。

 

「はは、親父は、『沢村栄純くんが来てくれたら、一也と一緒に食い放題の店にでも連れて行こうかと思ってるよ。俺のおごりで』って、そう言ってるけどな」

 

「親父さんのおごりは嬉しいけど…。うーん、むげに断るのも良くねえな。御幸だって休ませてやりえてし、親父さんもそう思ってるだろうしな」

 

「俺はどっちでもいいぜ。どうせ簡単な物しか作らねえからな」

 

「御幸の手料理も食いてえけど、たまには外食もいいか…。一年生の時の年末年始の休みに実家に帰った時も、おふくろと親父の手料理だけで外食はしなかったんだよな。『お前、本当によく食うようになったな!』って言われたよ。俺たちは青道野球部の食事に慣れちまって、そこそこの量じゃ満足できない体になっちまったからな。御幸も、一人でそんなにたくさん作るのは大変だろ?」

 

「でもないぜ。実家にでかい寸胴鍋あるからな。それでざっくりとキャベツとニンジンと玉ねぎとエリンギ切って、しめじもばらして入れて、脂身の少ない豚バラ肉と一緒に煮込むだけだ。味は味噌でな。親父は、ほとんど自炊しないけど、出汁入り味噌くらいはある。後は、親父の晩酌用の日本酒と、朝のコーヒーのための砂糖も少し使って、味を整えてさ。しばらく煮込むだけだ」

 

「美味そう…美味そう…美味そうだ! やっぱり御幸の手料理食いてえ!」

 

 沢村は、声量を抑えつつも叫んだ。今にもよだれを垂らしそうな顔をしている。

 

「はは、親父も久々に家庭料理が食いてえだろうからな。親父が自分で作れる物と言ったら、インスタントラーメンに納豆と卵かけご飯や、出汁入り味噌を湯に溶いて乾燥わかめや麩を入れた味噌汁、温泉卵とレンジで蒸したモヤシとご飯に味噌汁かけたやつを丼鉢(どんぶりばち)で、それくらいって言ってたけど」

 

「それじゃ寂しいよな! やっぱり息子の手料理、親父さんも食べたいんじゃないか?」

 

「…うん、きっとな」

 

 少しうつむいて寂しげな顔になった御幸を見て、あわてて沢村は付け加える。

 

「あ、でも! 御幸が青道に来たのは間違いじゃないぞ! 親父さんにも、きっとそう思ってもらえてるよ!」

 

「ああ、あのな、次の土曜日には、親父が車で青道まで迎えに来てくれるって、そう言ってるんだ。電車やバスを乗り継がないから、片道一時間くらいで着く。うちの近くだとバスや電車の本数は少ないけど、車があると便利なんだよな」

 

「そうなのか! だったら、今のうちに親父さんに親孝行しておけよ。毎週休みの日には帰ったらいいんじゃないか?」

 

 御幸は、顔を上げて空を見た。眼鏡越しに、遠くを見るような目になっている。

 

「まあそうだけどさ、親父は、『青道の寮に入るなら、やるからにはきちんとやれ。精神的に自立するのが、寮生活の目的の一つだからな』って言ってたからさ。毎週、親父に送り迎えの車出させるのも悪いしな」

 

「そうか、親父さんも寂しかったけど、我慢してたのかもな」

 

「それに、故郷が遠くてなかなか帰れない奴もいるし。俺が親離れできてないみたいじゃ、正捕手として他に示しがつかないだろ? でもまあ、もう引退したし、親父さえよければ、もう少し実家に寄り付いてもいいのかもな」

 

「うんうん。きっと親父さんもよろこぶぜ」

 

「お前は寂しくないか? 長野の村からは、けっこう離れてるだろ?」

 

「連絡アプリで頻繁に連絡とってるから大丈夫だよ。故郷の写真も送られてくるしな」

 

「そうか、それなら良かったよ」

 

「じゃあ来週の土曜日の休みには、親父さんが車で迎えに来てくれて、俺は御幸の手料理食えるんだな」

 

「ああ。その予定だ。親父にも、俺が飯作るって伝えておくよ」

 

「うん、楽しみだ。俺も皿洗いは手伝うぜ」

 

 こうして二人は、お互いに笑いあった。屈託なく朗らかに、楽しそうに笑っていた。

 

続く






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