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御幸が言っていたとおり、約一時間で御幸の実家に到着した。一階は町工場、二階に住まいがある。
しっかりとした造りの金網フェンスで囲まれ、そのフェンスの内側には、低木が植えられていた。敷地の中には、狭いが駐車場もある。
「おお! ここが御幸一也先輩のお父様のお仕事場なのですね!」
沢村は大声をあげた。普段の沢村を見ている御幸としては、
──不自然なほどきっちり敬語使ってるな…。
と、思えたのである。
「ああ、小さな町工場だけどね」
「いえいえ、立派なお仕事でございます!」
御幸はニヤニヤ笑いをし始めた。
「親父、こいつ、普段は全然こんなふうじゃないから。俺にも平気でタメ口きくしさ。最初の頃は、人前でもタメ口だったよな。当時の三年生の先輩には敬語だったのに」
「み、御幸! そんなこと言うなよ! あっ」
御幸は爆笑した。
「ははは! な? 親父、こいつこんなふうなんだよ」
御幸の父親は苦笑した。
「俺の前や二人きりの時はいいけれど、人前では敬語を使ってやってくれ。一也にも一応、先輩としての立場もあるだろうからね」
と、優しく沢村に言い聞かせる。
「は、はい! 申し訳ございません!」
沢村は、緊張のあまり上ずった声で叫ぶ。
「ま、中に入って。お茶とお菓子を出すよ。この日のために買っておいたんだ。たまには甘い物も大丈夫だろう?」
「うん、少しなら大丈夫だよ」
「お、お父様。実は私(わたくし)、お父様のためにお菓子を持参したのですが。このカバンに入っているのです」
「おお、そうか。おみやげを持ってきてくれたんだね。ありがとう。では仏壇に供えておくよ」
そこで御幸が口を出す。
「仏壇には、亡くなったおふくろの位牌があるんだよな。俺もあいさつしなきゃな」
「…そ、そうなんだ…。いや、そうなのですね、御幸一也先輩」
御幸は、まだ固くなってる様子の沢村を見て、ニヤニヤ笑いをし始めた。
「ここでは一也って呼んでいいぞ」
「御幸先輩! 下の名前で呼んでいいんですか?!」
「ああ、いいよ」
沢村は、目に見えて顔を赤くした。
「それでは…か、一也…先輩」
「ははは、何、赤くなってんだよ」
「……」
そんな二人の様子を見ていた御幸の父は、
「さ、二人とも、二階に上がってくれ。沢村君、階段は急だから気をつけて」
「は、はい!」
御幸が一番先に立って、沢村を案内する形になった。一番最後に御幸の父が続く。
一階の町工場の入り口の側、建物の外側に取り付けてある階段を上(のぼ)っていった。踊り場がなく、急な角度で二階の入り口まで真っ直ぐに階段は続く。
「さ、着いたぞ。いやあ、久しぶりの我が家だよ」
御幸は常に合い鍵を持たされていたのか、ポケットからキーホルダーを取り出すと、玄関ドアを開けた。キーホルダーは、小ぶりの財布ほどの大きさの茶色の革小物で、中に鍵を取り付けて、外側を革で包むようにするものである。
そのキーホルダーからは細いチェーンが伸びていて、その端をズボンのベルト通しに取り付けていた。
「このキーホルダーは、親父からのプレゼントなんだ。中学一年生の時の誕生日にさ。大人っぽい革製品で、俺は嬉しかった。なんか一人前扱いされた気がしたからさ」
と、沢村に言う。
「御幸、いや一也先輩、親父さんのこと、大好きなんだな」
「もちろんだ!」
それを聞いて、御幸の父は少し照れたように笑ってから、
「さ、中へ入って」
そう言って沢村をうながす。
「はい、おじゃまします!」
三人は中へ入っていった。
玄関は、奥の部屋から外の陽光が取り入れられているのか、明るかった。
「さあ、奥に入って。洗面所で手を洗ってからリビングのソファでくつろぐといい。一也、案内してあげてくれ」
「うん、分かった」
沢村は御幸についていった。洗面所で手を洗わせてもらってからリビングに入ると、そこにはテレビとテレビ台、DVDプレーヤー、CDとラジオが聴ける小さなステレオセット。
そのステレオセットが乗せられた棚には、CDがきれいに並べられている。それにソファと低いテーブルがあった。
──いつもここで、俺たち青道の試合を観てくれてるのかな。
リビングのすぐとなりに食事をするダイニングコーナーがある。四人掛けの椅子とテーブルが並んでいた。そのさらに奥が台所だ。
──けっこう広いな。こんなところで一人じゃ、御幸の親父さんも寂しかっただろうな。
沢村は勧められるままソファに腰掛けた。横に長いソファで、となりに御幸が腰掛けた。
向かい側には一人がけのソファが一つ。
御幸の父は、リビングのさらに奥にある台所に向かって行った。
「お茶とお菓子用意してるからね、しばらく待ってくれ」
と、御幸の父。
「ありがとうございます!」
沢村は、例によって大きな声で返事をした。
「おお、元気だね」
と、少し驚いたように御幸の父。
「こいつ、いつもこんなでかい声だからさ」
と、御幸も苦笑ぎみに。
「あっ、そうだ! おみやげ出すぞ」
沢村はショルダーバッグの中を探る。
ローテーブルの上に、包装紙に包まれた菓子折りを載せた。
御幸の父は、和風のおぼんに湯呑み三つと茶菓子を載せた小皿三つを乗せて、リビングに入ってきた。
「さ、どうぞ。普通の緑茶にカステラだよ」
「ありがとうございます!」
沢村は胸の前で手を合わせ、いただきます! と言った。
そこで御幸は、
「これさ、沢村が親父のために買ってきてくれたんだ。焼き菓子入ってるよ」
「おお、ありがとう。さっそく仏壇に供えてくるよ」
御幸の父は軽く頭を下げて礼を言った。箱を手に立ち上がり、リビングにある真っ白なふすまを開けて出て行った。リビングは洋間だが、ふすまの向こうには和室があるようだった。
「俺も手を合わせてくるよ。久々に帰ってきたしお前もいるし、おふくろに報告しなきゃな」
御幸もそう言ってソファから立ち上がり、洋間にも違和感のない、白い簡素なふすまを開けた。
「食べるの待つよ!」
沢村は叫んだ。
「先に食べてていいぜ」
と、御幸。
「いいや、待ってるよ。三人で一緒に食べたいんだ」
「じゃあ、少しだけ待っててくれ」
「うん」
──そういや、おふくろさんはどんな人なんだろ。おふくろさんの写真は、御幸にも見せてもらったことないな。
沢村は待った。大きめの三つの湯呑みに入った緑茶から、かすかな香りが立ち上っていた。
続く
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