御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

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お待たせいたしました。どうぞご覧ください。




第25話 御幸の実家にて

 御幸が言っていたとおり、約一時間で御幸の実家に到着した。一階は町工場、二階に住まいがある。

 

 しっかりとした造りの金網フェンスで囲まれ、そのフェンスの内側には、低木が植えられていた。敷地の中には、狭いが駐車場もある。

 

「おお! ここが御幸一也先輩のお父様のお仕事場なのですね!」

 

 沢村は大声をあげた。普段の沢村を見ている御幸としては、

 

──不自然なほどきっちり敬語使ってるな…。

 

と、思えたのである。

 

「ああ、小さな町工場だけどね」

 

「いえいえ、立派なお仕事でございます!」

 

 御幸はニヤニヤ笑いをし始めた。

 

「親父、こいつ、普段は全然こんなふうじゃないから。俺にも平気でタメ口きくしさ。最初の頃は、人前でもタメ口だったよな。当時の三年生の先輩には敬語だったのに」

 

「み、御幸! そんなこと言うなよ! あっ」

 

 御幸は爆笑した。

 

「ははは! な? 親父、こいつこんなふうなんだよ」

 

 御幸の父親は苦笑した。

 

「俺の前や二人きりの時はいいけれど、人前では敬語を使ってやってくれ。一也にも一応、先輩としての立場もあるだろうからね」

 

 と、優しく沢村に言い聞かせる。

 

「は、はい! 申し訳ございません!」

 

 沢村は、緊張のあまり上ずった声で叫ぶ。

 

「ま、中に入って。お茶とお菓子を出すよ。この日のために買っておいたんだ。たまには甘い物も大丈夫だろう?」

 

「うん、少しなら大丈夫だよ」

 

「お、お父様。実は私(わたくし)、お父様のためにお菓子を持参したのですが。このカバンに入っているのです」

 

「おお、そうか。おみやげを持ってきてくれたんだね。ありがとう。では仏壇に供えておくよ」

 

 そこで御幸が口を出す。

 

「仏壇には、亡くなったおふくろの位牌があるんだよな。俺もあいさつしなきゃな」

 

「…そ、そうなんだ…。いや、そうなのですね、御幸一也先輩」

 

 御幸は、まだ固くなってる様子の沢村を見て、ニヤニヤ笑いをし始めた。

 

「ここでは一也って呼んでいいぞ」

 

「御幸先輩! 下の名前で呼んでいいんですか?!」

 

「ああ、いいよ」

 

 沢村は、目に見えて顔を赤くした。

 

「それでは…か、一也…先輩」

 

「ははは、何、赤くなってんだよ」

 

「……」

 

 そんな二人の様子を見ていた御幸の父は、

 

「さ、二人とも、二階に上がってくれ。沢村君、階段は急だから気をつけて」

 

「は、はい!」

 

 御幸が一番先に立って、沢村を案内する形になった。一番最後に御幸の父が続く。

 

 一階の町工場の入り口の側、建物の外側に取り付けてある階段を上(のぼ)っていった。踊り場がなく、急な角度で二階の入り口まで真っ直ぐに階段は続く。

 

「さ、着いたぞ。いやあ、久しぶりの我が家だよ」

 

 御幸は常に合い鍵を持たされていたのか、ポケットからキーホルダーを取り出すと、玄関ドアを開けた。キーホルダーは、小ぶりの財布ほどの大きさの茶色の革小物で、中に鍵を取り付けて、外側を革で包むようにするものである。

 

 そのキーホルダーからは細いチェーンが伸びていて、その端をズボンのベルト通しに取り付けていた。

 

「このキーホルダーは、親父からのプレゼントなんだ。中学一年生の時の誕生日にさ。大人っぽい革製品で、俺は嬉しかった。なんか一人前扱いされた気がしたからさ」

 

 と、沢村に言う。

 

「御幸、いや一也先輩、親父さんのこと、大好きなんだな」

 

「もちろんだ!」

 

 それを聞いて、御幸の父は少し照れたように笑ってから、

 

「さ、中へ入って」

 

そう言って沢村をうながす。

 

「はい、おじゃまします!」

 

 三人は中へ入っていった。

 

 玄関は、奥の部屋から外の陽光が取り入れられているのか、明るかった。

 

「さあ、奥に入って。洗面所で手を洗ってからリビングのソファでくつろぐといい。一也、案内してあげてくれ」

 

「うん、分かった」

 

 沢村は御幸についていった。洗面所で手を洗わせてもらってからリビングに入ると、そこにはテレビとテレビ台、DVDプレーヤー、CDとラジオが聴ける小さなステレオセット。

 

 そのステレオセットが乗せられた棚には、CDがきれいに並べられている。それにソファと低いテーブルがあった。

 

──いつもここで、俺たち青道の試合を観てくれてるのかな。

 

 リビングのすぐとなりに食事をするダイニングコーナーがある。四人掛けの椅子とテーブルが並んでいた。そのさらに奥が台所だ。

 

──けっこう広いな。こんなところで一人じゃ、御幸の親父さんも寂しかっただろうな。

 

 沢村は勧められるままソファに腰掛けた。横に長いソファで、となりに御幸が腰掛けた。

 

 向かい側には一人がけのソファが一つ。

 

 御幸の父は、リビングのさらに奥にある台所に向かって行った。

 

「お茶とお菓子用意してるからね、しばらく待ってくれ」

 

 と、御幸の父。

 

「ありがとうございます!」

 

 沢村は、例によって大きな声で返事をした。

 

「おお、元気だね」

 

 と、少し驚いたように御幸の父。

 

「こいつ、いつもこんなでかい声だからさ」

 

 と、御幸も苦笑ぎみに。

 

「あっ、そうだ! おみやげ出すぞ」

 

 沢村はショルダーバッグの中を探る。

 

 ローテーブルの上に、包装紙に包まれた菓子折りを載せた。

 

 御幸の父は、和風のおぼんに湯呑み三つと茶菓子を載せた小皿三つを乗せて、リビングに入ってきた。

 

「さ、どうぞ。普通の緑茶にカステラだよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 沢村は胸の前で手を合わせ、いただきます! と言った。

 

 そこで御幸は、

 

「これさ、沢村が親父のために買ってきてくれたんだ。焼き菓子入ってるよ」

 

「おお、ありがとう。さっそく仏壇に供えてくるよ」

 

 御幸の父は軽く頭を下げて礼を言った。箱を手に立ち上がり、リビングにある真っ白なふすまを開けて出て行った。リビングは洋間だが、ふすまの向こうには和室があるようだった。

 

「俺も手を合わせてくるよ。久々に帰ってきたしお前もいるし、おふくろに報告しなきゃな」

 

 御幸もそう言ってソファから立ち上がり、洋間にも違和感のない、白い簡素なふすまを開けた。

 

「食べるの待つよ!」

 

 沢村は叫んだ。

 

「先に食べてていいぜ」

 

 と、御幸。

 

「いいや、待ってるよ。三人で一緒に食べたいんだ」

 

「じゃあ、少しだけ待っててくれ」

 

「うん」

 

──そういや、おふくろさんはどんな人なんだろ。おふくろさんの写真は、御幸にも見せてもらったことないな。

 

 沢村は待った。大きめの三つの湯呑みに入った緑茶から、かすかな香りが立ち上っていた。

 

 

続く






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