お待たせしました。どうぞご覧ください。
ほんの五分ほどで御幸と御幸の父は、またリビングに戻ってきた。
「待たせたね。先に食べててくれてよかったんだよ」
「いえいえ、そんなに待っておりませんよ」
あいかわらず固くなっている様子の相棒を見て御幸は、
「もっとリラックスしていいぞ。親父はお前を気に入ってるから大丈夫だ」
「ははあ! ありがとうございます!」
御幸が沢村のとなりに座り、父親のほうは向かい側に座った。三人は、カステラと緑茶を口にし始めた。
「美味しいですよ!」
沢村が声を上げる。
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
「いつものスーパーのカステラじゃねえな。緑茶も。親父、奮発したな」
「車で少し行った先に、昔ながらの和菓子屋さんとお茶屋さんがあってな。そこで買った物だ」
「おお、素晴らしい味と香りでございます!」
沢村としては感激することしきりである。とは言え、久しぶりに実家に帰ってくる息子のためでもあるのだろうとは思っていた。
やがて三人ともカステラを食べ終わり、緑茶も飲み終わった。御幸の父親は、おぼんに小皿と湯呑みを載せて台所へ運ぼうとした。
「お父様、お片付けは手伝いますよ」
「いやいや、そこに座ってていいよ。今度はグラスに冷たいお茶を持ってくるからね。部屋は暖かくしたから。そのほうが喉が乾かないでしょう」
「お気づかい、ありがとうございます、お父様」
ここで御幸が、
「親父、俺が片付けるよ。冷たいお茶も持ってくる。冷蔵庫の中だよな?」
「ああ、そうだよ。じゃあ、頼んだ」
──待て、御幸。それでは俺がお父様と二人きりになるじゃないか! 緊張するよ!
と、沢村は叫びたかったが我慢した。
──何とか、御幸が台所から戻ってくるまで、ちゃんとやり取りするんだ…!
と、両手のこぶしを握りしめて。
リビングと、すぐとなりのダイニングコーナーの間にはガラス張りの障子がある。ガラスは曇りガラスだが、障子は閉め切っていなかった。少しだけダイニングと台所の様子も見えた。
「ところで、沢村君はプロに行く予定で、その後引退したら故郷で農業をやりたいんだって? 一也から聞いたよ」
と、御幸の父。
「は、はい! そのことですが」
ここで沢村はソファから立ち上がり、床に膝と手を着いた。
「お父様。一也さんを俺の人生のパートナーにするお許しをください。できれば、一也さんも俺の故郷に来て欲しいのです! もちろん、俺は一也さんと共に、お父様の実家にもたびたび訪問させていただきます! 俺の実家は長野と言っても、東京に近い位置にあります。直線距離にして都心から東京郊外の、ここまでと変わりません!」
と、ここまで沢村は一気に言い切った。はあ、と一息入れる。頭を下げているため、御幸の父親の顔は見えない。
御幸の父親は、すぐには返答しなかった。
沢村も、すぐには顔を上げなかった。
──お、お父様を怒らせてしまったか…?! 『お前は、まだ高校生で自分の稼ぎもないくせに、そんな先の話をされても知らん! プロになるならなるで、ちゃんと自分の腕で自分の食い扶持くらいは稼いでから言え!』とか言われちゃうのか、俺!
幸いなことに、そうは言われなかった。
御幸の父親は、嘆息した。
「一也にも、もうそんな話が来るようになったか…。あいつ、まだ高校生なんだよな。だけど、月日の経つのは早いな」
沢村は急いで顔を上げる。膝と手は床に着いたままだった。
御幸の父親は、怒ってはいなかった。
「あの、お父様。まだ先の話なのですが…」
「ああ。野球をプロでやっていくのは、才能のある選手にとっても厳しいことだ。いろんな点で高校野球とは違う。願い通りに上手く行くかは、やってみなければ分からない。君たちは、とりあえず目の前の野球を一生懸命やることを考えなさい」
御幸の父親は、沢村に優しくそう言い聞かせた。言ってから、ここではない、どこか遠くを見るような目になった。軽く嘆息する。
「は、はい!」
──御幸を、人生のパートナーにしても、いい、のか、な?
沢村は、あらためて勇気を出して尋ねてみようとした。が、その前に。
「一也をよろしく頼む」
『お父様』は、ソファに腰掛けたまま、沢村に向かって頭を下げた。きちんと上半身を腰から曲げて、両手を膝の上に乗せての礼だった。
「はは! あ、ありがとうございます!」
──やった! やった! やったぞ! 認めてもらえた! 御幸の親父さんに認めてもらえたんだ!
ちょうどその時、御幸が台所から戻ってきた。
「何やってんだ、お前」
顔は上げているが、両膝と手を床に着いたままの沢村に、あきれたように声を掛ける。
「だって! ちゃんとお願いをするために、ここに来たんだからさ!」
「一也が選んだ人生のパートナーだ。間違いない」
御幸の父親は、そう断言してくれた。
御幸は、それを聞いて、輝くような明るい笑顔を見せた。
「親父! ありがとう!」
沢村も急いで、頭を再度下げる。
「お父様、ありがとうございます! この不肖沢村、一生一也さんを大事にし、亭主として努めていくことを誓います」
「ああ。よろしく頼む」
と、御幸の父親は、穏やかに微笑んだ。
続く
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