御幸は数分の間、沢村が贈ったスターリングシルバーのペンダントをなでていた。
「いい感触だ。こうしていると、確かに守ってもらってるみたいだな」
「そ、そうか。よかった」
──俺はお前に守られたい。だけど対等な立場でいたい。お前に守られたい、同時にお前を支えていたい。
その言葉は今年の夏に、御幸が沢村に伝えてくれた言葉だ。青道が西東京地区の決勝戦で強敵の稲実に勝利して、甲子園行きの切符を手に入れた後に。
沢村は、その言葉を思い出していた。
──俺がお前を支えただけじゃない。俺もお前がいたから、ここまで頑張れた。
御幸は、そうも言ってくれた。
「御幸が卒業したら、いよいよ離れ離れになるけど、でも俺は御幸を守って、そして支えられていたい。だから、そのペンダント、なんだ」
──やっぱりペンダントにしてよかったよ。ありがとう、俺の師匠、クリス先輩。
「こうして、いつも身に着けていられる。ありがとう、沢村」
「うん…」
御幸はペンダントから手を離して、チーズケーキを食べ始めた。沢村は、その様子をずっと眺める。
──御幸、可愛いなあ。美味そうに食べてるなあ。たまには甘いもん、食いたかったんだなあ。
そう思って見惚(みと)れていた。
すると、御幸は不意に、
「俺はさ、本当は稲実に行くと思われていたんだ」
と、言い出した。すでにケーキは食べ終わり、ホットティーを口元に運んでいる。
「御幸が中学の時か?」
「そう。稲実からもスカウトが来ていたし、稲実なら近い、家から通える。スクールバスが家の近くまで来るんだ。電車やバスを乗り継がずに済む。野球入学特権さ。稲実らしいだろ。俺は野球を愛しているが、そんな特権じみた扱いは好きじゃなかった」
御幸はテーブルの上に視線を落とし、うつむいていた。
御幸が、実力者を引き連れて稲実に行こうとした成宮鳴の誘いを断ったのを沢村は知らない。
「まるで野球が世界の全てで、だけど野球を楽しむことはなく、本当の意味で野球を愛することもなく、ただ勝ちさえすればいいなんてやり方、俺は好きになれなかった。だけどもし、稲実を選んでいたら、親父に…寂しい思いさせずに済んだ」
「御幸…」
「親父も稲実に入って欲しいと思っていた。父一人息子一人でさ。俺の母親が亡くなってから、親父はただでさえ寂しい思いしてたのに。晩ご飯は毎日じゃないけど、俺が簡単なもん作ってたからな、俺が青道の寮に入ったら、親父は家庭料理が食えなくなるんだなって…。でも俺は。自分のわがままを通した。親父は許してくれた」
沢村は黙って聴いていた。御幸は視線をテーブルの上に落としていた。沢村の顔を見てはいない。だから、沢村が今どんな顔をしているか、御幸には見えないはずだった。
沢村は、ケーキ皿のそばに置かれた御幸の右手を握った。自分の両手で包み込むように。
そして何も言わなかった。
「俺、子どもの頃から野球上手かったから。それに大好きだったから。必ず将来は一流のプロになってさ、親父に楽させてやるって思ってた。だけど親父は、俺がプロになれなくても、平凡な選手であってもかまわない、それでもおれの息子だって言ってくれた。結局、俺のわがままなんだ。親孝行のためじゃない」
沢村は、御幸の手を握る両手に力を込めた。
「俺は御幸が好きだ。御幸の親父さんの事もきっと好きになる。御幸がそんなに大切に思ってる親父さんなんだ。きっと素晴らしい人に違いないよな。まだ会ったことはないけど、なんとなく分かる」
「沢村…」
沢村はニカッと笑ってみせた。
「俺はちゃんとこの後も、青道のエースとして甲子園にも行って! しっかり活躍して! 御幸の親父さんに会いに行く。御幸が青道に行って良かったなって、そう思ってもらえるようにする」
御幸は眼鏡のフレームに、空いている左手を当てた。まじまじと沢村の顔を見る。御幸の表情には、少しの驚きと、心からの感謝が見えた。
「ありがとう。やっぱり俺は、青道に来て良かった」
「そうだよ。青道に来なきゃ御幸は俺と、同じチームメイトとして出会えなかった。降谷とも、他の皆ともチームメイトになれなかった。ボス、いや片岡監督とも一緒に戦えなかっだろ」
──お前が稲実に行っていたら、俺達は敵同士だったんだ。俺はお前と、バッテリーを組めなかったんだ。
御幸の顔に微笑みが浮かんだ。ふっと、息を吐く。それからぽつりと、
「ありがとうな、沢村」
とだけ言った。
「御幸と出会えてよかったよ。同じチームになれてよかった。俺は、そう思ってる。俺も故郷に、家族や中学の軟式野球のチームメイトや幼馴染みを残してきたけどさ。でも皆分かってくれた。軟式野球は俺が率先して皆を引き込んでさ、それなのに高校は東京に行くって。高校でも同じチームで野球やろうぜって言ってたのにな。だけど皆分かってくれた。分かってくれたんだ」
「家族と幼馴染みか。応援に来てくれたよな。はるばる長野から」
沢村は大きくうなずく。
「御幸の親父さんも分かってくれてるんだろ? なら、このまま前に進もうぜ。青道に行かせて良かったって、そう思ってもらえるようにするんだよ!」
御幸は笑った。まだ少し悲しげな笑みだ。しかし今は、沢村のまなざしを真っ直ぐに見ていた。
「ああ、そうだな」
そう答えた青道の元キャプテンの胸に、銀色の『True Love』が輝いていた。
続く
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