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「気に入ったもん、あったら言えよ。なあ、親父、予算はどれくらいだ?」
「そうだな、五千円くらいで足りるかな? さっき一也に渡したお金の残りで間に合うよ」
「そ、そんなに?!」
沢村は、驚いた声をあげた。
「はは、大丈夫だよ。沢村君は、一也にとって心の支えになってくれている。ほんのお礼みたいなものだよ」
「あ、ありがとうございます、お父様。いえ、お、親父さん」
沢村は、それでも遠慮がちな様子を見せていた。食器を選ぶのに躊躇している。御幸は、それを見て取り、
「俺が選んでやるからさ、気に入らなかったら言ってくれよ」
「あ、うん」
御幸は、汁椀(しるわん)とご飯を盛る茶碗(ちゃわん)、中くらいの大きさの丼鉢(どんぶりばち)、洋風の平たい皿、ナイフとフォークとスプーン、お箸(はし)、ガラスコップ、それに湯呑みを兼ねた和風のマグカップを、持ってきた買い物カゴに入れた。
「これでいいか? 他のが良ければ言ってくれよ」
「いや、これでいいよ! 御幸、俺の好み分かってくれてる!」
「はは。ま、お前の女房になるわけだからな。亭主の好みは、ちゃんと掴(つか)んでおきてえよな」
汁椀は、電子レンジでも使える実用的な物で、外側が黒塗りで内側が赤い塗りの物だ。ご飯のお椀は、薄灰色に紺色の横縞模様。
マグカップは、深みのある緑色で和風のざらついた質感の物。
平たい洋風の皿は、真っ白ではなく落ち着いた色合いの、ごく淡いベージュのもの。
中くらいの大きさの丼鉢は、白っぽい、ぼってりした感じの陶器製だった。
と、いった具合に、御幸は沢村の食器を選んでくれたのだった。
「なあ、できれば御幸とおそろいが良いんだけどな」
「ああ、丼鉢と汁椀はおそろいだぜ。この平たい皿もな。カトラリー、つまりナイフ・フォーク・スプーンもな。この取っ手が木製のカトラリーと平たい皿は、親父とも一緒だけど」
「そっか! それならいいよ」
「親父、これでいいよ」
「ではレジに行こうか。他に買いたい物はないかい?」
「いいよ、これで充分だ」
「じゃあ、行こう」
親父さんは、ポケットから二つ折り財布を出し、中からカードを取り出す。
「クレジットカードは使わない主義でね、これは銀行口座から引き落とすだけのカード、デビットカードっていうんだよ」
「そうでしたか! さすが御幸、いや、一也先輩の親父さん、堅実ですね!」
と、沢村は大げさに感心してみせた。
「まあ現金でもいいんだが、金額が多めの時はデビットカードにしているよ」
親父さんは、息子から買い物カゴを受け取ると、レジに向かって歩いてゆく。後ろから、二人は付いていった。
親父さんはレジを済ませると、レジの向こう側にある、買った物をショッピングバッグなどに入れるための台で、置いてある新聞紙で皿を包み始めた。
「あ、俺もやりますよ」
「割るんじゃねえぞ、沢村」
と、御幸のニヤニヤ笑い。
「大丈夫だ! 気を付けてやるよ」
皿やカトラリーなどを包み終えると親父さんは、ポケットのたくさん付いた上着から、クシャクシャの白い大きなビニール袋を取り出した。
「こういうのは、捨てないでゴミ袋にするか、何度も繰り返し買い物で使うんだよ」
「あ、俺も、店でもらったビニール袋は何度も使いますよ!」
と、沢村は元気よく答える。
「さあ、買い物は終わりだ。他に買う物はないね?」
と、これは息子に。
「うん、大丈夫だよ。さ、帰ろう。家で飯作らねえとな」
三人は駐車場に向かい、帰路についた。
■
御幸の自宅に帰ると。
「さあ、飯作るか。沢村、お前は今は座ってていいぞ。終わったら、皿洗うの手伝ってくれ」
「うん! 御幸の作った飯食えるなんて、俺は世界一幸せ者だあ!」
沢村は、まるで幼い子どものように大声を出し、嬉しさを全身で表現した。
「大げさだな、お前」
と、御幸は少しあきれたように。
「へへ。でも、すごく楽しみにしてきたからさ」
「ま、大したもんは作れねえが、不味くはねえからな。ちゃんとしたもん、食わせてやるよ」
「うん! 残さず食うよ。ありがとう、御幸。親父さんのためでもあるんだろうけどさ」
「もちろん、親父のためもあるさ。お前にも食わせたかったよ」
「うん」
沢村は、台所に立つ御幸を後ろからのぞき込んだ。御幸は、大きな寸胴鍋に水を入れていた。蛇口には、小型の浄水器が取り付けられている。
「野菜、洗うの手伝おうか?」
「いや、いいよ。台所そんなに広くねえからな。そこで座ってていい。食い終わったら、皿洗うの手伝えよ。俺が洗って、お前が拭(ふ)く」
「うん、分かったよ」
御幸は、寸胴鍋を火に掛けた。まずは湯にするため、強火にする。次に野菜を洗い始めた。金属製の洗い桶に水をため、その中に野菜を入れて洗う。
「水を流し放しにはしないんだ。このほうが、水を節約できる」
「うちもそうしてたぜ。もっとも、外にある井戸の水を桶にためて洗ってたけどさ。だいたい、うちの畑か、よそから取ってきたばかりの泥が付いてるやつだからな。特に根っこの野菜は、泥だらけだ。都会の人間は、泥だらけの野菜は、あんまり見ないだろ?」
「そうだな、家庭菜園なんかをやってないと、あまり見ないかもな」
御幸は、いったん野菜を取り出し、洗い桶の水を捨ててもう一度水を入れた。また野菜を入れて二度洗いする。
「これでよし、と。さ、切って鍋入れるぜ」
御幸は木製の分厚いまな板と包丁を、流しの下の収納から取り出した。
「御幸、手を切るなよ」
と、沢村が少し心配そうに。
「ああ、気を付けるよ。ピッチャーほどじゃなくても、キャッチャーでも指先は野球選手にとって大事だからな」
寸胴鍋に入れた大量の水が湯になるまでには時間が掛かったが、その頃には御幸は野菜を全て切り終えていた。
火が通りやすいように細かく切ったにんじんから先に、玉ねぎ、キャベツ、豚コマ肉と、順番に入れていった。菜箸(さいばし)で具材をほぐして混ぜ合わせる。
「インスタント味噌も入れるぞ。それから、日本酒、みりん、と」
「旨(うま)そうだなあ…!」
「ま、不味くはないはずだぜ。寮の美味い飯に慣れた舌でもな」
豚の生肉の入っていたトレイをキッチンペーパーで拭き取り、キッチンペーパーは三角コーナーに捨てる。
先に、豚肉の入っていたトレイと生肉に触れた菜箸を台所洗剤で洗う。豚肉についているウイルスや菌、事によると寄生虫などにも気をつけているのだ。
豚肉は、鍋に入れるまでは、他には付かないようにしていた。コマ肉なので包丁で切る必要はなかった。
三角コーナーには、殺菌剤の入ったハンドソープを溶いた水を多めに流し入れ、殺菌をする。たまったゴミの水分を絞ってから、ゴミ入れの小袋に入れて、台所のフタ付きゴミ箱に捨てる。
三角コーナー自体もざっと台所洗剤で洗ってから、自分の手も洗った。御幸家では昔から、台所洗剤は昭和から売られていた手肌に優しいタイプを使っている。
「よし、後は具材に火が通るまで、待つだけだ」
「楽しみだ! 御幸の作ってくれた飯!」
「まあ、楽しみにしてろ」
こうして二人はダイニングテーブルの周りに置かれた椅子に座り、火の様子を眺めていた。
続く
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