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三十分ほどして、三人とも昼ごはんを食べ終わった。沢村は、麦ごはんも豚肉の鍋料理もおかわりした。御幸も同じく、だ。親父さんは、麦ごはんだけを少し追加で食べた。
食べ終わると沢村は、
「はぁ〜食った、食った。一也先輩の作ってくれた飯、最高に美味かった! 俺は世界一幸せな男だあ! あ、親父さんの麦ごはんもです!」
と、満面の笑みで、そう御幸親子に言った。
「そうだな、久々に息子の手料理を食べられて幸せだよ。俺は良い息子を持てて、本当に幸せだ」
「はは、二人とも大げさだな。簡単なもんばかりだよ」
「さて、後片付けは任せていいかい?」
「ああ、大丈夫だよ、親父。親父が炊いた土鍋のご飯も、タッパーに入れて冷凍しておくからさ」
「じゃあ頼んだよ。俺は少し近所の公園まで散歩に行ってくるよ」
沢村は、
「そう言えば、ここに来る途中で、この近くにいくつか公園を見ましたね」
と、言った。御幸の実家の周辺の様子が気になり、車の窓から注意深く観察していたのだ。親父さんは沢村の言葉にうなずき、
「少し離れたところにある公園に行って、ラジオ体操を三回やって公園の中も歩いて、ベンチで休憩して帰ってくるよ。ゆっくり歩くからね、一時間ほどで戻るよ」
と、応(こた)えた。
「分かったよ。水筒持っていくだろ? 冷蔵庫の冷たい薄い緑茶でいいか?」
と、御幸が父親に気を利かせて。
「ああ、浄水器の水でいいよ。水はそんなに入れなくていい。公園にも水飲み場があるしな」
「じゃあ、水用意するよ」
御幸は立ち上がって、丈の低い小ぶりの食器棚からステンレス製の五百ミリリットル水筒を取り出した。水筒は、肩からたすき掛けにして下げられるようにホルダーも付いていた。
「はい、親父」
「じゃあ行ってくるよ。俺がいない時間も必要だろう。二人でゆっくりするといい」
「お、お父様! そんなお気遣いは無用です。お父様とお会いできて嬉しいのです!」
沢村は、またお父様呼びになる。せっかくお互い打ち解けてきたのに、パートナーの父親を邪魔扱いしているとは思われたくなかった。
「はは、若い者同士の時間も必要だろう? 行ってくるよ。また一時間後にね。今、十二時半だから一時半頃に帰るよ」
親父さんはそう言うと、ダイニングテーブルのある台所からとなりのリビングルームへ移る。
台所とリビングの間には引き戸がある。目の大きな格子状の木製で、格子にはくもりガラスがはめ込まれている。
向こう側の様子ははっきりとは見えないが、光は通すし何となくの雰囲気は分かるようになっている。その引き戸は、今は開け放たれていた。
リビングには、親父さんのポケットがたくさんついた上着がハンガーに掛けられて、壁に取り付けられた吊り下げフックから下がっている。
親父さんは、上着を手に取り、ポケットの中身を一応チェックすると、それを羽織(はお)ってリビングから廊下へ出て行った。
「親父さん、散歩に行った。さ、御幸、俺は片付け手伝うよ」
「ああ、土鍋と寸胴鍋の中身はタッパーに移して、鍋は冷蔵庫、麦ごはんは冷凍庫に入れるからな。土鍋と寸胴鍋も洗うから、お前はちゃんと鍋と皿を拭いてくれ」
「分かった」
二人は洗い物に取り掛かった。
「御幸とこうしていられるの、幸せだなあ、まるでもう結婚したみたいだよ」
「はは。同性婚が認められなくてもさ、同性同士で結ばれたい者には養子縁組をして正式に家族になるって手が、昔から日本にはあるんだけどな。一年どころか、一時間いや数分でも先に生まれていたなら、独身でも養子を迎えられる。戦前から使われていたやり方なのさ。まあ結婚式は挙げようぜ。いつか、必ずな」
「養子縁組…。俺、御幸の息子になるのか?」
「まあ戸籍上は、そうなる」
「なんか、変な感じだ…。親父さんから見たら孫になっちまう」
「はは、ま、それは最終手段だ。当面は、お互い最低限の勉強と、何より野球を頑張らねえとな」
「うん、野球頑張ろう。今から気が早いけど、俺も御幸の背中をまた追いかけていくよ。プロになって、御幸に負けないくらい活躍してえ。俺だけじゃない、降谷にもな」
「ああ」
世の中のしくみ、人間の心理とは、物理学の法則である慣性の法則に似たところがあるようだ。
止まっているものは外部から力を加えない限りは止まり続け、動いている物は摩擦などの止めようとする力が働かない限りは動き続ける。
新たな制度ができるのには時間が掛かる。しかし、よほど社会を震撼させるネガティブな出来事や外圧がない限りは、すでにある法制度の運営が規制されることもまず無い。
──親父さんは、俺たちにどうして欲しいのかな?
沢村は考えた。考えたがすぐにやめた。
──いいや、本人に聞くのが一番だ。
「親父さんは、どう考えてるんだろ?」
と、声に出して御幸に尋ねる。
「親父は、とりあえず目の前の野球に集中しろってさ。むろん、卒業するまでは赤点取らない程度には勉強もやるんだけどさ」
「俺と降谷は赤点取らねえようにしねえとな。御幸は、赤点回避なんて余裕だろ」
「はは。俺のノート、役に立ってるか?」
「うん。すごく分かりやすいよ。スルスル頭に入ってくる。もっと早く御幸のノート見たかったな」
「そうか、ならよかったよ」
皿と鍋洗いは終わった。沢村が拭いた皿と鍋を、御幸は所定の位置に片付ける。皿や箸(はし)は小ぶりの食器棚に、鍋は台所下の収納に。
「食器棚はもっと子どもができたら大きなのも買うって予定でさ、大きな鍋類は、亡くなったおふくろが料理で楽できるようにひとまとめに作れるようにって先に買った。でも結局、大きな食器棚は買わずじまいだ」
御幸は、少しだけしんみりした様子を見せた。沢村はそれを見て、
「御幸…」
とだけ、つぶやくように口にした。それ以外には言葉が見つからない。
「おふくろの写真、見せるよ。いつもは、親父とおふくろと俺の三人の写真がリビングにあるんだ。今は親父がしまったらしい。お前に見せると湿っぽい話になっちまうからな。だけど今はもう見せてもいいだろ。仏壇のある部屋に来てくれ」
「う、うん」
沢村は、御幸の後からリビングのとなりの和室に入っていった。
続く
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