どうぞご覧ください。
六畳の和室には、引き出しのタンスと、その上に小さめの仏壇が置かれていた。仏壇の左前に沢村が持ってきた焼き菓子の箱が、包装紙に巻かれたまま置いてあった。
「さ、線香あげるぜ」
御幸は、タンスの一番上の引き出しを開けて、中から線香の箱とライターを取り出した。
「火をつけるぜ。お前が、線香立てに立ててくれ」
「う、うん!」
沢村は仏壇の前で手を合わせ、頭も下げた。
仏壇の右側には写真立てがあり、若かりし日の親父さんと幼い御幸、そして御幸の母親と思(おぼ)しき若い女性の姿が写っていた。
「きれいな女の人だ…。御幸に似てる。御幸はお母さん似だったんだな」
「はは、親父にもそう言われたよ」
沢村は、今度は写真に向けて手を合わせた。
「御幸のお母様、御幸の亭主になる男です。御幸と協力して人生を切り開いてゆきます。お父様とも仲良くします。どうか、俺を息子さんの婿として受け入れてください」
写真からも仏壇からも返事はない。だが、何となく沢村は、受け入れてもらえた気がしていた。
「俺が持ってきた焼き菓子、気に入ってくれたら嬉しいです」
沢村の殊勝な表情と声音に、御幸は微笑んだ。
「きっと気に入るさ。おふくろ、こういうの好きだったからな。親父よりおふくろの好みに近いぜ」
「そ、そうか。だから仏壇に供(そな)えるって」
「まあ、それだけじゃねえだろうけど。お中元やお歳暮とかさ、たまに親戚が尋ねてきた時のおみやげもさ、食いもんは仏壇に供えるんだ」
「この仏壇、御幸のじいちゃんやばあちゃんも?」
「いいや、二人はまだ生きてるよ。元気だよ。またに訪ねてきて、お小遣いくれるよ。俺の野球も応援してくれてる。プロになるのは少し心配だって、祖母(ばあ)ちゃんには言われたけどさ。正月には、こちらから訪ねるんだ。泊まりはしないけどさ、飯食わせてもらってお年玉もらって。おみやげ交換して。そんで帰る」
語りながら御幸は、穏やかな笑顔を見せた。祖父母のことは本当に好きなんだなと、沢村にも伝わってきた。
「いいなあ。近くに住んでるのか?」
「ああ、自転車で二十分くらいさ。ま、車で行く時もあるけど」
「へえ、いいな。町工場はお祖父さんから継いだのか?」
「そうだよ。俺の曾祖父(ひいじい)ちゃんが作った町工場さ。親父で三代目だ」
「へえ! もうそんな歴史があるんだな! すごいや」
沢村は大きな目をよりいっそう見開いて、心底感心した様子を見せた。
御幸は、少しだけ思案顔になる。そこまで深刻な様子はないが、少し考えている事もあるように見えた。
「祖父(じい)ちゃんからは、つぶれちまった町工場も見てきたって聞いたけど、うちは保ったな。ま、四代目がどうなるかだけどさ。プロ野球引退後にどうかって言われたけど、俺は正直、こっちは自信ないんだよな。幸い、俺の又従兄弟(またいとこ)に、継いでもいいって奴がいるんだけどさ。夏休みとか春休みとかの長い休みには、うちにアルバイトに来てたんだ。でも親父は、先の事だからまだ分からないよって、そう言ってた」
又従兄弟とは、それぞれ違う祖父母を持つが、その祖父母が兄弟姉妹である場合の、孫たちの関係を言う。
それぞれ違う親から生まれたが、親同士が兄弟姉妹の場合は従兄弟(いとこ)である。女性の場合は従姉妹とも書く。
御幸一也の又従兄弟──はとこ、とも言うが──御幸の親父さんにとっては従姉妹の息子である。従甥(いとこおい)と言う。
「そうか、どこも大変だな。それにしても、都会人はあんまり親戚づきあいをしたがらないって聞いたけど、御幸んとこはちゃんと遠い親戚ともお付き合いしてんだな。又従兄弟なんて顔も見たことないって都会人のほうが多いみたいだけどさ」
御幸は、感心している様子の沢村に、軽く微笑んで答える。
「そうだな、俺たちは親戚同士である程度は助け合うんだ。戦前からのしきたりなんだよ。ま、親父の町工場の話は親父たちに任せてる。俺たちは野球と勉強頑張れってさ、そう言われてるからな」
──農業法人、どうしようかな…。御幸んとこも大変なんだな。親戚同士で助け合うったって、御幸んとこは親一人子一人なのは変わらないんだしな。
沢村は、線香のいい匂いが漂う和室で、今は御幸と共にあぐらをかいて座り込んでいた。
──でも、御幸のお母様、俺は御幸を、一也先輩を大事にします。あなたが産んでこの世に残した息子だ。心から一生大事にします!
沢村は、心の中で強く念じた。
二十五分で燃え尽きる線香が、最後の煙を立てて消えた時、御幸は立ち上がった。
「俺の部屋案内するよ。見たいだろ?」
「う、うん! 見たい!」
御幸は、仏壇の方を向いて、
「じゃあな、おふくろ。また来るよ」
そう言って和室を出て行った。沢村は後からついて行く。沢村が出てきてから、御幸はふすまを閉めた。仏壇のある和室のとなりはリビングで、今はリビングにいた。
「飲み物も持っていくか。何がいい?」
「あ、水でいいよ」
「そっか。俺も水でいいや」
ガラスコップ二つに水をくむと、御幸は両手で持って先に廊下を歩いていった。
──御幸の部屋…。なんかドキドキするな…。俺、御幸の部屋に入れてもらえるんだ…。
沢村の心臓は、高鳴っていた。
続く
お読みくださって、ありがとうございました。
何かミスなどありましたら、コメント欄へどうぞ。