御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

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お待たせしました。どうぞご覧ください。




第34話 東向きの窓

「ああ、ここが御幸の部屋! 胸いっぱいに空気吸い込むぞー。御幸の部屋の空気だあ。御幸の匂い嗅ぐぞー!」

 

 沢村は、御幸の部屋に入れてもらうと、いきなり鼻ですぅ~すぅ~と息を吸い始めた。両手を広げて深呼吸する相棒を見て、御幸は呆(あき)れ顔をした。

 

「しねえよ、俺の匂いは。親父が、普段使わない部屋でも毎日換気してくれてるからな。掃除は三週間に一度。おかげでホコリもたまってない。毎日使う部屋は週に一度だ。トイレと風呂は二日にいっぺん」

 

「親父さん、きちんとしてる。俺、実家でも寮でも掃除はするけどさ、みんながいるからな。一人だったら、ちゃんとやれねえかも知れねえな」

 

「はは、ま、とにかく座れよ。座布団出してやるから」

 

 御幸の部屋はフローリングの洋室の六畳。学習机と椅子、ベッド、本棚がある。どれも、大きめの家具も売っているホームセンターで買ってきたような簡素な物だ。造り付けのクローゼットもあり、青道の寮に持ってこなかった服はそこに収納されていると御幸は言った。

 

「良いなあ。シンプルですっきりして、御幸らしいや」

 

「ま、一応ちゃんと片付けてたぜ。ここで暮らしてる時にもな」

 

「うん」

 

 御幸はクローゼットから座布団を二枚出した。フローリングの床に直に座るのは、尻が冷たくて痛い。

 

 藍色の昔ながらの座布団を床に並べる。水の入っているコップの載ったトレイを床に置き、二人でベッドにもたれかかれるようにした。

 

 沢村は、御幸と並んで左側に座る。

 

「御幸と二人きりだ。御幸の部屋で」

 

「はは。俺の部屋来るのは初めてだよな」

 

「うん。俺、最高に幸せな気分だ」

 

 沢村は、座布団から腰を半分浮かせて御幸に身体を寄せた。御幸の左頬にキスをする。

 

「御幸、大好きだよ」

 

「へへ」

 

 御幸は、真正面からの返答はしなかった。代わりに、自分からも身体を寄せてもたれかかる。

 

 二人は固く手を握りあった。

 

「なあ、御幸」

 

「なんだよ?」

 

「俺と結ばれて、後悔しないよな?」

 

「するわけねえだろ」

 

 沢村は、大きな目で御幸の顔をじっと見つめた。空いている方の手も御幸の左手に重ね、両手で包み込んだ。

 

「御幸が俺を選ばなくても、もし心変わりしても、それでも俺は御幸が好きだ。御幸を愛する。御幸の選択を尊重するよ」

 

 御幸は、目を伏せた。またショッピングモールの帰りの時のように涙ぐむのかと沢村は思った。御幸は涙を流さなかった。代わりに、左手の力をより強めて沢村の右手を握る。

 

「そうか。俺は、お前が大好きだ。仮にお前が平凡なピッチャーのままで終わったとしても、それでも俺の気持ちは変わらない。ずっと俺は、お前を愛し続けるよ。お前の人生の女房役として」

 

 しばらく沈黙が流れた。心地良い沈黙だった。

 

「愛してるよ、御幸」

 

「俺もだよ、沢村」

 

 二人は抱き合った。固く、お互いの存在を確かめ合うように。

 

「御幸とまたバッテリー組みてえ。プロになったら、また組めるって信じてるぜ」

 

「組めるさ、必ず組める。最初からは無理でも、いつか同じチームになってバッテリー組もう。必ずな」

 

「なあ御幸、メジャーに行きてえか?」

 

「そんな先の事はまだ分からないな。でももし行くならお前と一緒に行きたい。バッテリーごと引き取ってくれるチームがあるといいな」

 

 御幸は、パートナーを抱きしめていた力をゆるめた。沢村も、そうした。互いに甘え合うように身を寄せ合う。

 

「うん。結婚式も向こうで挙げてさ。向こうには、同性婚の制度がある。正式に夫婦になれるぜ」

 

 沢村は、窓の外に目をやった。遠い国を見ているかのように。大きな窓で、外には小さなベランダがある。

 

──この窓は東向きだからな。日本の地図だと、アメリカの方角だ。

 

 と、御幸は内心で思った。口に出したのは、次の言葉だ。

 

「はは。でも俺は日本に愛着もある。広い外国を見てみたいし、そこで野球ができたらとも思うさ。だけど、俺はやっぱり日本人だからな。親父たちと一緒に暮らしたいし、お前の実家にもあいさつに行きたい」

 

「うん。それは最終手段だ」

 

 二人はお互いに、体をもたれ合わせていた。

 

「ベッドがある…」

 

 と、沢村。

 

「駄目だよ。もうじき親父が戻ってくるからな」

 

「御幸〜」

 

 沢村は御幸に抱き着く。固く、強く。

 

「よしよし」

 

 御幸は、沢村の背中を軽くたたいてやった。

 

「御幸の匂いがする…」

 

「昨日の夜もちゃんと風呂入ったけど、今朝も良い香りのローション含ませた濡れタオルで体拭いてきたからな」

 

「そうか、御幸。俺のために」

 

「はは。ま、一週間に一度のデートだからな」

 

「うん」

 

 三十分ほど、そうしていた。やがて御幸の父親が散歩から帰ってきた。

 

「さ、親父が帰ってきたぜ。リビング戻ろう」

 

 玄関の方から、ただいま、の声が聞こえた。

 

「おかえりー!」

 

 御幸は大声で返事をする。

 

「ああ、親父さん、俺たちに気を使ってくれたんだ。ありがとう」

 

 二人の目の前のコップの水は、ほとんど減っていなかった。御幸はトレイを持ち上げると、先に部屋を出た。後から沢村がついて行く。

 

 リビングに入ると、まだ親父さんはいなかった。

 

「今日は曇りだし、少し肌寒いからな。温かい茶、淹れるか。ほうじ茶にするぞ。お前も飲むか?」

 

「うん。飲みてえ」

 

「じゃ、三人分淹れるよ」

 

 御幸は台所にゆき、親父さんはリビングに入ってきた。

 

「おかえりなさい!」

 

「ああ、ただいま」

 

「親父、おかえり。今、お茶淹れてるぜ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 沢村と親父さんは、向かい合わせにリビングのソファに座った。沢村は、もう緊張をそんなには感じていなかった。

 

 

続く






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