「なあ、御幸。親父さんに手紙書いたらどうだ?」
「手紙?」
「うん。紙で、アナログで。その方が、歳が上の人たちには好かれるんだって。郵便料金は値上りしたけどさ、やってみる価値はあると思うんだ」
御幸は少し驚いたように、相棒であり人生のパートナーでもある少年の顔を見た。
「へえ、沢村も実家に手紙出してたのか?」
「いや、俺は連絡アプリだけだよ。一大三高の天久さんと連絡取り合ってるように、家族とも、中学時代のチームメイトとも幼馴染みともそれだけだ。御幸も、白龍高校の美馬さんと連絡アプリのアドレスの交換したろ? だけど、師匠が、クリス先輩がさ、年配の人にはアナログの手紙が良いんだって、教えてくれたからさ。紙の手紙にはさ、デジタルにない温かみがあるって、そう感じるんだって!」
「…クリス先輩、そんな事まで」
「そうなんだよ。俺が一年の時、同室の先輩たちとマガジャン回し読みしててさ、アンケートハガキはチーター、いや倉持先輩に取られたからさ、どうしたらいいですかってクリス先輩に相談したんだよ」
マガジャンとは、少年や若者に人気の週刊漫画雑誌である。アンケートハガキが一冊に一枚付いていて、気に入った漫画を応援するようになっている。
「お前、クリス先輩にそんな事まで相談したのかよ?!」
「うん。クリス先輩はさ、コンビニか郵便局で官製はがき買ってきて、それで応援レターを送れってアドバイスしてくれた。アナログの応援レターってさ、かなり重視されるらしいんだ。それだけ熱心なファンがいるってことだからって。まあ、それは相手の年齢とか関係ないけど、今でもアナログの手紙が物を言う場面はあるってことだよな」
「クリス先輩、そんな事まで教えてくれたのか!」
御幸は驚いたような、少しあきれたような、微妙な表情を見せた。
「でもまあ、親父くらいの世代だと手紙のほうが温かみがあるってのは、それはそうだろうな。デジタルだと流れてしまうけど、手紙は取っておけるしな」
御幸は少し思案した。
──親父に手紙か。少し照れくさいけど。でも、親父が喜んでくれるなら。
「このショッピングモールの中は郵便局は無いけど、金券ショップがあるだろ。たぶんそこに官製はがきもあるからさ、買っていこうぜ。青道からはコンビニか郵便局の方が近いけど、せっかく来たんだから、少しでも安く買えたほうがいいよな」
「あ、うん」
それもクリス先輩直伝なのだろうか、そうなのだろうな、と思いつつ御幸は聞いていた。
「昭和や平成の初期はさ、今みたいにスマホやアプリが無かったから、故郷に手紙送る選手が多くて、寮でまとめて郵便局に持って行ってたんだってさ。これもクリス先輩から聞いたんだ。今はそんな事はなくなったから、自分で出しに行かないといけないけど」
「それは大丈夫だ。そんなに頻繁には出さないからな。郵便局はそんなに遠くないし、ポストはもっと近いしな」
「じゃあ、後ではがき買いに行こうな」
「ああ、ありがとうな、沢村」
「うん。それにクリス先輩にもだ」
「はは、そうだな。ありがとうございます、クリス先輩」
──クリス先輩、やっぱり俺は、あなたには敵わないや。
御幸は心の中でつぶやいた。
「ところで話変わるけどさ、御幸は勉強はできるんだろ? 俺と違って」
御幸は苦笑した。
「お前も降谷も、もう赤点ギリギリは卒業しろよ」
正確に言うと、降谷は一度実際に赤点を取り、野球部の練習を止められて追試を受けねばならなかった事がある。
沢村は金丸にお願いして勉強を教えてもらったが、当時の降谷は上手く仲間ともコミュニケーションが取れず、一人で分からない点をやろうとして、見事に撃沈したわけである。
今では、もうそんな事はない。
「うん、何とかできる、と思う。でも、俺も降谷も、その点は要領悪いからな」
授業中、退屈で眠くなるのを我慢して話を聞き、分からない点はその場で手を上げて質問。これで何とかなっている。
昔と違い、板書の内容は全てタブレットに送信される。それを見ながら、分からない点を質問。答えてもらったら、その場で音声入力する。授業の後とテスト前に、それらを見直す。
宿題のために送信された問題や抜き打ちの小テストの問題を(昔はプリントといって、粗悪な再生紙に印刷したのを配っていたものだ)、中間や期末のテスト前にもやり直す。
これらは、沢村と降谷が、金丸に教えてもらったやり方だった。
「はは、やっぱりあいつをキャプテンにしたのは正解だったな」
御幸は、ここにいない新キャプテンの事を思って笑った。
「でもやっぱり勉強は苦手だ。野球に関係する事なら、いくらでも頭に入るんだけどな」
御幸は笑いつつもうなずく。興味の無い事は、なかなか積極的に学ぶ気にはなれない。それは誰でもそうだ。だが、最低限の勉強は、出来てもらわねば野球部としても困るのである。
「俺の場合はな、教科書ガイドってあるだろ? 教科書を解説してくれる参考書。あれを買って、新学期の初めにざっと最初から最後まで読んでしまうんだ」
「え? 最後まで? 全然分かんないだろ?」
「もちろん分からない。でも、だいたいどういう事を学ぶのか、今やってるこれは全体の中でどういう位置なのか、それがざっくりとでも分かっているのは大きいんだ。ただ闇雲(やみくも)に授業で言われた事やテストに出る事をやるんじゃなく、自分で全体像を把握するんだよ」
「へぇ〜」
「後は教科書じゃなく教科書ガイドだけ読んでさ、予習して授業聞いて、ノートを整理して復習。あ、俺はアナログのノートを使ってるんだ。二年生の時のは降谷にやったけど」
「ノート、やったの?!」
「うん」
「お、俺は聞いてない!」
「聞かなかっただろ?」
「降谷は?」
「いい勉強の仕方ありますかって聞いてきたからさ、俺のノートやった」
「……」
──俺も御幸のノート欲しかった! アナログには、独特の温かみがあるんだよ!
と、叫びたかったが我慢した。御幸にとって、降谷は一年しか歳が違わなくても、息子のように感じる存在なのだ。
「亭主よりも息子を優先かあ…」
「なんだよ、降谷に言って、コピー取らせてもらえばいいだろ」
「コピーじゃな…」
御幸はまた苦笑した。
「じゃあ、これだけ教える。あまり大きな声では言えないが、基礎問題だけやって、応用問題は全部捨てるんだよ。基礎問題だけ解けるようになっておけばいい。それだけでも、赤点は余裕で回避できる。問題集は基礎問題のだけやる。解答だけでなく、解説がくわしく書かれている問題集をな。間違えたら解説をよく読んで理解して、時間をおいてまたやる。宿題や小テストの問題だと、先生がいちいち解説をくわしくやってくれないことも多いし、やったとしても口頭で、板書しないだろ? だから問題集。それだけやったら大丈夫」
「基礎問題だけかぁ」
その基礎問題にすら悪戦苦闘したわけだが、しかし闇雲にやるよりは、最初から基礎にだけ集中してやると決めた方がやりやすいだろうとは、沢村にも理解できた。
「まあ、基礎問題が完璧に解けるようになったら、応用問題も解けるんだけどな。慣れてなかったら時間は掛かるから、テスト中に全問は解けない。けど、基礎問題だけでもうちの学校のテストなら七割、うまくいけば八割は堅いからな」
「そうか。御幸は受験勉強やっても良い大学に入れそうだな」
「その場合はさすがに、基礎問題だけじゃ無理だけど。親父に大学行っとけと言われたら行くつもりだった。言われなかったからな」
「御幸ならスポーツ推薦で行けるだろ?」
「どの道、赤点は回避しないといけないからな。それに勉強できなくてもいいが、基礎くらいはできるようになっておけと言われてるんだ。野球バカにはなるなって」
「そうか。だから稲実に行かなくていいって言ってもらえたんだな」
「まあそうだ。野球を通した全人教育と言えば聞こえはいいけど。実際は、特権的な野球エリートの養成だからな。それは親父の考えにも、俺の趣味にも合わなかったわけだ」
「じゃあ、親孝行できたんだろ?」
「うん、まあ、それはな…」
「ま、とにかく手紙書こうな!」
御幸は、ああ、そうするよ、と答えた。
──本当は、俺の方が親父に会いたいのかも知れないな。
そう思いながら。
続く
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