お待たせしました。どうぞご覧ください。
「俺は、ホームシックなのかも知れないな…」
ようやく御幸は、自分の本当の思いに気がついたようだった。父親を案じる気持ちは本物だろう。が、御幸自身が家に帰りたい思いを、強く抱いているのも事実のようだった。
「引退して、気が緩んだんだな。やれやれ、俺としたことが」
沢村は、少しだけ心配そうに御幸を見つめる。
「御幸、家に帰りたくなったのか? でもあと半年も経たずに卒業だし、そしたら寮を出るだろ?」
なあ、御幸。あと少しだ、頑張れよ。卒業したらしばらくは、親父さんと親子水入らずでいられるだろ? そう目で訴える。
「ああ、それはそうだ。その後はプロ入りの予定でさ。各地を遠征したり、そのチームの新人専用の寮に入ったりで、また親父のいる家には帰れなくなる」
と、御幸。辛そうには見えなかった。でも、ドラフト一位でのプロ入りがすでに約束されているにもかかわらず、どこか、嬉しさよりも寂しさが勝っているように見えた。
「御幸、大学行かないのか? リーダー、いや結城先輩みたいに。大学は自宅から通えばいいだろ? 俺の事は気にすんなよ。俺のほうが早くプロ入りしたってかまわないさ」
「ああ、さすがにそれはな。いつまでも親離れしないと思われるのも、それはそれで、ちょっとマズイし。大学行くなら、それなりの理由がないと。学費出すのは親父なんだし」
「なあ、御幸の実家、青道の寮からそんなに離れてはいないんだろ?」
「一応都内だから、確かに長野ほどには遠くはないけど。そうだな、駅から離れてるしバスの便も悪いからな。青道からなら、片道三時間は掛かるな」
「じゃあ往復で六時間か。日帰りだとちょっとキツイけど、帰れなくはないだろ? 週一のオフの日に、朝早くから出掛けてさ、門限の七時半までには帰ってこれるよな」
七時半は、寮の夕食の時間である。それまでには帰っていなくてはならない。
「うん、まあ、そうなんだけどな…」
「なあ、俺も一緒に行くよ!」
沢村は思い切ってそう告げた。
「え?」
「俺、御幸の親父さんに会いたい! 会ってあいさつしたいんだ。御幸のこと、俺に…その…あの…く、くださいって!」
「えー。くださいって何だよ、俺は物なのか?」
「そんな言い方しなくていいだろ? 昔ながらの言い方なんだよ。御幸が連絡アプリで話してるから、親父さんも俺の事は知ってるわけだけどさ。やっぱりちゃんとあいさつしたいんだよ! けじめ付けたいんだ」
御幸は、ふっと気が緩んだように微笑んだ。口元に柔らかな笑みが湛(たた)えられている。
「ありがとうな、沢村。そんなふうに思ってくれているの、嬉しいよ」
「うん。俺は、けじめ付けたいんだよ。御幸が嫌がるなら、くださいとは言わない。そうだな…『御幸一也さんを、あなたの息子さんを、俺の人生のパートナーにしてもいいですか? 一生誠実に、あなたの息子さんを大切にします。共に力を合わせて生きていきたいんです』これでどうだ?」
「ああ、いいな。きっとそれは、親父も気にいる。お前の事も、親父はテレビや新聞で見てるからな」
「やっぱりそういう、昔ながらのメディアなんだな」
「まあそうだが、よくある全国放送のとは違うけどな」
地元のケーブルテレビやミニコミ誌では、地方大会の事も、全国放送よりずっと詳しく配信してくれていた。
むろん、東京以外の各地の強豪との練習試合もだ。
そう、御幸は説明してくれた。
「そのケーブルテレビで、ネットやスマホ、それに電気も契約できるんだよ。全部契約すると、割引される」
「へえ」
「春のセンバツの後の白龍との試合も、稲実との決勝戦も、親父はちゃんと録画して見てくれた。お前の活躍を、ちゃんと見てくれたんだよ」
「そ、そうなのか! 嬉しいけど、なんか、照れくさいな」
「親父は、お前の事を褒めていたよ」
「ほ、本当に?!」
「ああ。大した男だって」
それは沢村の実力だけでなく、そこに至るまでの努力も含めての評価である、と御幸は言った。
沢村の心臓がトクンと鳴った。
「やった…! 俺、御幸の親父さんに認められてる…。御幸の親父さんにあいさつしに行くのは、甲子園のマウンドに上がるより緊張すると思っていたけど、これで安心して会いに行けるよ!」
「将来を誓いあった仲だとは、まだ伝えてないけどな」
御幸はニヤリと笑った。
昔の古風な嫁取りのようなシチュエーションだが、沢村は田舎育ちのせいか、外側から見た印象とは違い、少し古風なところがあった。沢村自身、それは東京に来てから自覚させられたのである。それに、御幸一也は一人息子で、沢村と御幸は男同士だからだ。
「う…。が、頑張るよ! 俺、親父さんに許しをもらうよ!」
「ああ、もちろん、俺からもお願いするさ。親父は、きっと許してくれる。ちょっと、驚かせちまうかも知れないけど」
「な、なんか菓子折り持っていったほうがいいよな。親父さん、甘い物好きか?」
「まあ、そんなには食べないけど、別に嫌いじゃない」
「ここのショッピングモールで、菓子折り選んで帰りたいな。御幸、俺が一緒にあいさつしに行くのは、早いほうがいいか?」
「そうだな。お前さえ良ければ、来週の休みの日にしようか。来週の土曜日だ」
「じゃあ、そうしよう!」
そうと決まれば話は早い。
今日のうちに菓子折りを選んで、来週、御幸の実家を訪ねるのだ。
「ああ、でも、はがきも買っていこうな」
「うーん、せっかく教えてくれたけど、官製はがきじゃ素っ気ないな。便せんと封筒選びたいんだ」
「じゃあ、今日はそれも買おう。帰りは歩いて帰って、郵便局にも寄って、きれいな記念切手も買おうな。記念切手は、アナログ手紙が好きな人には喜ばれるんだって。これも師匠、いや、クリス先輩が教えてくれたんだよ」
「ああ、きっと親父も喜ぶ。ありがとうな、沢村。それにクリス先輩も」
御幸は、ほっとした顔をしていた。沢村の顔を、頼りがいのある亭主を見るように見つめ続けていた。
続く
何かミスなどありましたら、やんわりご指摘ください。