御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

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第6話 サインと色紙

「ああ、でも土曜は郵便局休みだったな」

 

 沢村は、御幸が言う前に気がついた。

 

「記念切手、ここの金券ショップにあるかも知れないけど、そっちはあまり期待しないでくれ。普通の切手ならあると思う」

 

「うん、とりあえず普通の切手でもいいな。封筒はちょっと洒落たのを使うから。早く親父に手紙出したいよ」

 

「来週の土曜には会いに行くのにか?」

 

「手紙で知らせたいんだよ。ポストは、このショッピングモールの近くにある。今日出せば、明後日には着くだろ?」

 

 御幸はスマホを見ていた。手紙がいつ頃着くか、調べていたのだ。

 

「うん、そうだな。じゃあちょっと急ぐか」

 

 二人は喫茶店を出ることにした。時間はすでに、午後の四時になっていた。

 

 書店と併設された文房具店は(最近は、書店の中に文房具コーナーがあることがとても多くなった)さらに上の三階にあるが、金券ショップは一階だ。

 

「先に、便せん買おう」

 

 御幸は言った。沢村はうなずく。

 

 書店に入ると、目につく位置に漫画が平置きされていた。もう三十巻以上出ている漫画で、それぞれの巻の表紙が目立つように並べられている。かなりの人気漫画のようだった。

 

「この野球漫画、少年マガジャンで連載されててさ、二月(ふたつき)に一冊コミックが出るんだ。俺は電子書籍で買ってる。でないと寮には置き場ないもんな。実家にいた頃は、じいちゃんや父ちゃんや母ちゃんも読むから、紙のコミック買って置いておいたけど」

 

「ふうん。面白いのか?」

 

「そりゃもう! まるで俺達のことが描かれてるみたいだよ!」

 

「へぇ。俺も読んでみようかな」

 

「チーター、いや倉持先輩はさ、あの人、ヤンキー漫画とサッカー漫画にしかアンケートハガキで票を入れないんだぜ。あと、ラブコメ。無いだろ? 野球部員なら野球漫画に票を入れるべきだろ? 御幸もそう思うだろ?」

 

 御幸は少しあきれたような顔をした。倉持とはチームメイトとしてだけでなく、友人としても親しい。その倉持に対してではない。

 

「いや、そりゃお前、フィクションと現実の部活動は別でいいだろ…」

 

「それは、あんまり面白くも現実的でもない野球漫画なら、そうだけどさ! でも、この漫画は違うから!」

 

「よしよし。俺も一巻買って読むからな。一巻だけなら寮の中でも邪魔にならない」

 

 紙の本が売れないとリアル店舗の書店は苦しくなると言うが、何十巻もある人気漫画を紙でそろえるのは置き場所に困る問題があった。そもそも長期連載になるほど、書店でも全巻は置いていない事が多い。

 

 御幸は、平置きにされていた漫画の一巻の、上から二冊目を手に取った。一番上のコミックも特に汚れていたり破損しているわけではないが、なんとなくである。

 

「これと、後は便せんと封筒のセットがあるか探すよ」

 

 二人は、書店の中にある文房具コーナーに向かった。

 

「かわいい便せんあるな」

 

と、沢村。

 

「手紙を書くのが好きなのは女性が多いとは聞くな。だからだろ。シンプルなやつもあるけど、それじゃ素っ気ないしな」

 

 御幸は、便せんと封筒がセットになったのを探していたが、一つのセットを手に取った。

 

 封筒は、やや厚手の紙の、薄いブルーとグリーン。便せんは、ヘッドの部分に金箔押しで、小さくフクロウが描かれていた。

 

 ユニセックスなデザインで、御幸らしいと沢村は思う。

 

 封筒は四枚、便せんは十二枚。税込みで四百十八円。

 

「よし、これにするよ」

 

「じゃあ、レジ持っていこうぜ。漫画もちゃんと読んで、感想を連絡アプリで教えてくれよな!」

 

「分かった、分かった。ちゃんと読むよ。お前が好きな漫画なら、俺も知りたいし」

 

「ほ、本当に?」

 

「なに、急に照れてるんだよ」

 

「なんかさ、俺、御幸にガキ臭いと思われてるんじゃねえかって、少し心配だったから。もう来年からはプロとしての練習が始まるだろ? 卒業前にさ。だから御幸はもう大人になるんだなって。十八歳だからじゃなくて、ちゃんと大人の世界でやっていく準備してるから大人なんだって、そう思うんだ」

 

「はは、でも少年漫画くらいは読むぞ。お前が言うような漫画なら、きっとプロも読んでるよ」

 

「そうだよな!」

 

 沢村は、いかにも嬉しそうな顔をした。

 

 そのように二人が立ち話をしていると、急に横から声を掛けてきた男がいた。中年の、野球帽をかぶった男である。

 

「ひょっとして、君たち青道の? エースと、四番でキャプテンだった子でしょ?」

 

「は、はい。そうですが」

 

と、沢村。少し驚いた顔をしていた。今は、球場や青道の練習グラウンドにいるわけではない。なので、驚いてしまったのである。

 

「やっぱり! 私は小林というんだけどね、いやあ、君たちの活躍テレビで見たよ! 素晴らしかったねえ。去年の夏もね、稲実より青道を応援していたけど、あの時は残念だったよね。でもこれで夏の甲子園、青道も全国に知られるようになったでしょう」

 

「ありがとうございます。やはり夏のほうが盛り上がりますね」

 

と、御幸。まるで練習してきたような、卒(そつ)のない受け答えである。

 

──すげぇ、御幸。まるで、もうプロみたいな返事できてるな。

 

「あの…ひょっとして青道のOBの方ですか?」

 

 沢村の問い掛けに、中年男性はにっこり笑った。

 

「いやぁ、野球部ではないんだけどね。青道は私の母校だよ。しばらく甲子園から遠ざかっていて、残念だったけど、でも君たちが春夏と甲子園出場してくれたからね」

 

「応援、ありがとうございます!」

 

 沢村は元気いっぱいに応える。大きな声だったので、書店に来た何人かの客がこちらを見た。

 

「沢村、声大き過ぎ」

 

 御幸が、少しあきれたように注意する。

 

「はは、元気があっていいね」

 

 小林と名乗った男は、そう言って沢村を褒める。

 

「私は、青道の将棋部だったんだよ。目立たない地味な文化部だ。だけど、当時から、野球部員も先生たちも、分け隔てなく接してくれたね。それが青道の良いところだよ。おかげで、私も今でも心から青道野球部を応援できるしね」

 

「は、はい」

 

──将棋と言えば、リーダーを思い出すな。御幸はよく、リーダーの将棋の相手をしてたっけ。

 

と沢村は思った。

 

──御幸、やっぱり青道に来てよかっただろ?

 

 沢村は御幸の顔を見た。

 

「本当に、応援ありがとうございます。俺はもう引退ですが、今後とも青道野球部をよろしくお願いします」

 

 御幸は軽く頭を下げた。

 

「礼儀正しくていいね。それじゃ、これからも応援してるからね。あ、そうだ」

 

 中年男性は、急に何かに気がついたように、文房具コーナーを見渡した。

 

「?」

 

「サインをもらっておこうと思ってね。まだ時間はあるかい?」

 

「あ、俺は大丈夫ですけど」

 

──サ、サイン? まるでもうプロになったみたいじゃないか! どうしよう、サインの練習なんかしてないぞ。

 

「いいですよ」

 

 御幸は、落ち着いた様子だ。こんな事も予想してたのか? と沢村は感心した。

 

 小林と名乗った中年男性は、色紙とサインペンを売り場から探し出して、レジへ急いだ。会計を終えると小走りで、沢村たちの方へ戻ってくる。

 

「じゃあ、これにお願いしますよ。未来の大投手と天才キャッチャーに!」

 

 沢村は困った。

 

「サインの練習してないんですよ。なんか、サインって、クニャっとして読めないようなヤツでしょ?」

 

「いやいや、普通に大きく名前を書いてくれればいいから」

 

沢村は言われた通りにした。沢村栄純と、大きく色紙いっぱいに書く。

 

「おお、元気いっぱいの字だね」

 

「もうサインは、これでいいや。ずっとこれで通すぞ!」

 

 沢村は言った。

 

 御幸はというと、

 

「すげー、御幸、これ本当のプロのサインみたいだ!」

 

 沢村は思わず声を上げた。

 

「お前、声がでかいって」

 

 マウンド上から、外野にまで聞こえるような声を上げられる男だ。地声からして大きいのである。

 

「おお、ありがとう、二人とも。一生の宝にするよ。これからも頑張ってね。母校青道の卒業生として、応援しているからね!」

 

「はい!」

 

「はい、プロに行っても気を緩めずにやってゆきます」

 

 中年男性は何度もお辞儀をして、去っていった。

 

 その背を見送りながら御幸は、

 

「さあ、俺たちもそろそろ帰ろうか」

 

と、沢村に言った。

 

「うん! 御幸と一緒にここに来れてよかったよ」

 

 沢村は、野球漫画一巻とレターセットを持つ御幸と共に、二人でレジに向かった。

 

 

続く






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