お待たせしました。どうぞ、ご覧ください。
御幸が手紙を書くのを待っている間、沢村は正面を向いて、ショッピングモールの通路を歩く人たちを見ていた。
土曜日だからか、家族連れが多い。幼い子どもを連れた親子連れも。若い男女の親二人が、はしゃぐ子どもたちを連れて歩いていた。
「俺も家族に連絡入れるかな」
沢村はスマートフォンを取り出した。中学生一年の頃から、もう四年半ほど使っているスマートフォンだ。
「御幸、年末年始は俺の実家に来てくれるんだよな?」
「ああ、行くよ」
「じゃあ、俺の家族にそう伝えるけど、いいよな?」
「いいよ。よろしくと伝えてくれ」
御幸は少し、照れくさそうにした。
「分かった! 御幸が来てくれるんだ。きっと盛大なお迎えするぜ」
沢村はニヤニヤ笑ってみせた。
「そんなに大げさにしなくていいよ」
「いやいや、東京から嫁を迎えるんだからって、じいちゃんも親父も聞かねえから」
「東京と言っても、俺の実家は郊外の田舎くさいところだけどな。駅から遠いし、周囲には町工場や物流の倉庫、こじんまりしたアパートや、それにコンビニくらいしかないぞ。小さいスーパーみたいに安く買い物できるところも、自転車か車で行かないと近くにはない。車は親父が運転するから、スーパーじゃなくてショッピングモールまで行ったけど」
青道もまた、東京郊外の土地が比較的余っている場所にある。広いグラウンドも寮も、郊外だからこそだ。
その地域一帯には、こじんまりしたアパートやマンションや一軒家やコンビニだけでなく、畑まであった。
沢村は御幸の言葉を聞いて、わざと怒ったような顔をしてみせた。
「町工場や倉庫やコンビニがたくさんあって、スーパーが自転車で行けるくらい近くにあったら充分、都会なんだよ! それにショッピングモールまでだって一時間も掛からないだろ」
「そうかな。都会というのは違う気がする」
「そうなんだよ!」
「いや、郊外は郊外だ。都会とは違う。甲子園に行った時も、地方の高校との練習試合の時も思ったけどさ、東京の高校ってだけで、なんかキラキラした都会的なモノを連想されても困るんだよな」
山梨や埼玉に近い東京の郊外です、と言えばだいたいの雰囲気は伝わるだろうか、と御幸は思う。
とは言え、山梨や埼玉も、駅に近い都市部や観光地は、東京郊外よりも栄えているところはある。
「そんなにキラキラしてなくていいよ。御幸は充分、カッコよくて可愛いから。俺の故郷に行ったら、けっこう目立つくらいにさ」
「はは。年末年始に訪ねる時には、なんか手みやげ持っていかないとな。何がいいかな」
「御幸のサインボールを二ダースだ!」
沢村は、そう言って笑った。
「おいおい。まだプロになる前に、それはちょっとな。さっきは、向こうから求められたからサインしたけど」
「冗談だよ。普通の菓子折りでいい」
「よし、年末が近くなったら、またここに買いに来よう。一緒に選んでくれるよな」
「もちろん。まあ御幸が来てくれるだけで充分なんだけどな。御幸自身が一番のお土産(みやげ)だ。『ほら、東京から連れてきた嫁だよ。ここにサインボールと色紙もあるよ』って、家族に言いたいんだよな」
「サインボールと色紙はやめてくれ! そういうのは実際にプロになってから」
沢村は笑った。先ほど、小林さんの色紙に、見事なプロ風のサインを御幸が書いたのを見て、なんとなくからかいたくなったのだ。
「さあ、手紙出してそろそろ帰るか」
と、御幸。もう五時の十分前になっていた。
「御幸、帰りはバスに乗らないで歩いて帰るか?」
「そうしよう。ゆっくり歩いても、俺達の足なら一時間も掛からない。バス代の節約にもなるしな」
郵便ポストは帰り道の途中、ショッピングモールに近い位置にある。二人はモールに入っているスーパーの食品売り場に向かい、ミネラルウォーターを買うことにした。帰り道にのどが乾くだろうからだ。
御幸は、そのミネラルウォーターを使い、切手を貼った。封筒の口も、切手と同じように乾いたノリがあるので、そこも貼り合わせる。
二人でショッピングモールを出た。すでに外は薄暗くなっていた。秋の日は短い。
「向こうの空、きれいな夕焼けだな」
と、沢村。
「ああ、普段はこんなふうに、ゆっくり空を見上げることもないよな」
モールの駐車場を抜けて、モール敷地内の外の道路に出た。郵便ポストと青道の寮がある方向へ向かう。
「月がもう出てきたよ。まだ青い空に、くっきりと白い! 半月だな。御幸とこうやってのんびりと、涼しい秋の日に外を歩けるなんて、最高に幸せだよ」
御幸は面映い気がして、思わずうつむいてしまう。沢村は何でも真正面から物を言うが、自分にはあまりできないことだと思えた。
「ああ、そうだな。月が…きれいだよな」
「夏目漱石!」
沢村は大きな声をあげた。もっとはっきり言ってくれ、と目で訴えかける。
「はは。大好きだよ、沢村」
「俺も! 愛してるよ、御幸!」
郵便ポストが見えてきた。モールからはまだ近い。
「よし、手紙出そう。親父は驚くかも知れないな。今どき、封筒入りの手紙なんて大げさだって」
「でも、これで親父さん孝行できたろ?」
御幸がポストに手紙を投函した。二人、しばらくポストの前で立ち止まる。
「ああ、きっと喜んでくれると思う。お前の事も、な」
御幸は、優しく笑う。右手を、自分の右側に立つ沢村に差し出す。沢村は、その手を握った。青道への帰りを、二人で歩き出した。
続く
何かミスなどありましたら、やんわりとご指摘お願いいたします。
感想も、お待ちしております。