御幸引退後の沢村とのあれこれストーリー   作:片桐秋

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お待たせしました。どうぞ、ご覧ください。





第8話 月がきれいだ

 御幸が手紙を書くのを待っている間、沢村は正面を向いて、ショッピングモールの通路を歩く人たちを見ていた。

 

 土曜日だからか、家族連れが多い。幼い子どもを連れた親子連れも。若い男女の親二人が、はしゃぐ子どもたちを連れて歩いていた。

 

「俺も家族に連絡入れるかな」

 

 沢村はスマートフォンを取り出した。中学生一年の頃から、もう四年半ほど使っているスマートフォンだ。

 

「御幸、年末年始は俺の実家に来てくれるんだよな?」

 

「ああ、行くよ」

 

「じゃあ、俺の家族にそう伝えるけど、いいよな?」

 

「いいよ。よろしくと伝えてくれ」

 

 御幸は少し、照れくさそうにした。

 

「分かった! 御幸が来てくれるんだ。きっと盛大なお迎えするぜ」

 

 沢村はニヤニヤ笑ってみせた。

 

「そんなに大げさにしなくていいよ」

 

「いやいや、東京から嫁を迎えるんだからって、じいちゃんも親父も聞かねえから」

 

「東京と言っても、俺の実家は郊外の田舎くさいところだけどな。駅から遠いし、周囲には町工場や物流の倉庫、こじんまりしたアパートや、それにコンビニくらいしかないぞ。小さいスーパーみたいに安く買い物できるところも、自転車か車で行かないと近くにはない。車は親父が運転するから、スーパーじゃなくてショッピングモールまで行ったけど」

 

 青道もまた、東京郊外の土地が比較的余っている場所にある。広いグラウンドも寮も、郊外だからこそだ。

 

 その地域一帯には、こじんまりしたアパートやマンションや一軒家やコンビニだけでなく、畑まであった。

 

 沢村は御幸の言葉を聞いて、わざと怒ったような顔をしてみせた。

 

「町工場や倉庫やコンビニがたくさんあって、スーパーが自転車で行けるくらい近くにあったら充分、都会なんだよ! それにショッピングモールまでだって一時間も掛からないだろ」

 

「そうかな。都会というのは違う気がする」

 

「そうなんだよ!」

 

「いや、郊外は郊外だ。都会とは違う。甲子園に行った時も、地方の高校との練習試合の時も思ったけどさ、東京の高校ってだけで、なんかキラキラした都会的なモノを連想されても困るんだよな」

 

 山梨や埼玉に近い東京の郊外です、と言えばだいたいの雰囲気は伝わるだろうか、と御幸は思う。

 

 とは言え、山梨や埼玉も、駅に近い都市部や観光地は、東京郊外よりも栄えているところはある。

 

「そんなにキラキラしてなくていいよ。御幸は充分、カッコよくて可愛いから。俺の故郷に行ったら、けっこう目立つくらいにさ」

 

「はは。年末年始に訪ねる時には、なんか手みやげ持っていかないとな。何がいいかな」

 

「御幸のサインボールを二ダースだ!」

 

 沢村は、そう言って笑った。

 

「おいおい。まだプロになる前に、それはちょっとな。さっきは、向こうから求められたからサインしたけど」

 

「冗談だよ。普通の菓子折りでいい」

 

「よし、年末が近くなったら、またここに買いに来よう。一緒に選んでくれるよな」

 

「もちろん。まあ御幸が来てくれるだけで充分なんだけどな。御幸自身が一番のお土産(みやげ)だ。『ほら、東京から連れてきた嫁だよ。ここにサインボールと色紙もあるよ』って、家族に言いたいんだよな」

 

「サインボールと色紙はやめてくれ! そういうのは実際にプロになってから」

 

 沢村は笑った。先ほど、小林さんの色紙に、見事なプロ風のサインを御幸が書いたのを見て、なんとなくからかいたくなったのだ。

 

「さあ、手紙出してそろそろ帰るか」

 

 と、御幸。もう五時の十分前になっていた。

 

「御幸、帰りはバスに乗らないで歩いて帰るか?」

 

「そうしよう。ゆっくり歩いても、俺達の足なら一時間も掛からない。バス代の節約にもなるしな」

 

 郵便ポストは帰り道の途中、ショッピングモールに近い位置にある。二人はモールに入っているスーパーの食品売り場に向かい、ミネラルウォーターを買うことにした。帰り道にのどが乾くだろうからだ。

 

 御幸は、そのミネラルウォーターを使い、切手を貼った。封筒の口も、切手と同じように乾いたノリがあるので、そこも貼り合わせる。

 

 二人でショッピングモールを出た。すでに外は薄暗くなっていた。秋の日は短い。

 

「向こうの空、きれいな夕焼けだな」

 

 と、沢村。

 

「ああ、普段はこんなふうに、ゆっくり空を見上げることもないよな」

 

 モールの駐車場を抜けて、モール敷地内の外の道路に出た。郵便ポストと青道の寮がある方向へ向かう。

 

「月がもう出てきたよ。まだ青い空に、くっきりと白い! 半月だな。御幸とこうやってのんびりと、涼しい秋の日に外を歩けるなんて、最高に幸せだよ」

 

 御幸は面映い気がして、思わずうつむいてしまう。沢村は何でも真正面から物を言うが、自分にはあまりできないことだと思えた。

 

「ああ、そうだな。月が…きれいだよな」

 

「夏目漱石!」

 

 沢村は大きな声をあげた。もっとはっきり言ってくれ、と目で訴えかける。

 

「はは。大好きだよ、沢村」

 

「俺も! 愛してるよ、御幸!」

 

 郵便ポストが見えてきた。モールからはまだ近い。

 

「よし、手紙出そう。親父は驚くかも知れないな。今どき、封筒入りの手紙なんて大げさだって」

 

「でも、これで親父さん孝行できたろ?」

 

 御幸がポストに手紙を投函した。二人、しばらくポストの前で立ち止まる。

 

「ああ、きっと喜んでくれると思う。お前の事も、な」

 

 御幸は、優しく笑う。右手を、自分の右側に立つ沢村に差し出す。沢村は、その手を握った。青道への帰りを、二人で歩き出した。

 

続く

 






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