赤子を抱いたまま、妻にどう説明すればいいの分からず、ガイルは家の前に立ち
尽くしていた。
頭の中はグルグルと混乱していたが、それを振り払うように家の扉へ手をかけ
る。
ぎぃ、と音を立てて開いた扉の向こうには、夕食の準備をする妻の後ろ姿が見え
た。
その扉の音に気付いた妻は、振り返り「おかえり」と微笑もうとしたが—―手
に持っていたスプーンを取り落した。
床に響いた金属音が、家の中に重く沈む。
妻の視線はガイルの腕に抱かれた赤子へと吸い寄せられる。
気づけば足が勝手に動き、赤子へと近寄っていた。
すすで汚れた布にくるまれ、まだ小さな手をぎゅっと握りしめているその姿に、
妻は息をのんだ。
「ガイル……その子は……?」
震える声が、台所の静けさに溶けていった。
「森で……見つけたんだ。捨てられていた。放っておけなくて。」
言葉はしどろもどろだったが、それでも赤子を差し出す手は震えていなかった。
グレイスはためらいながらも受け取り、小さな体を布で包み直す。
赤子はしばらく泣いていたが、母のような温もりを感じたのか、やがて寝息へ
と変わった。
—―なんて小さな命だろう。
グレイスは胸の奥が熱くなるのを感じた。自分と夫の間には子供がいない。望ん
でも授かることができなかった。
だからこそ、この子を抱く腕は強く、そして震えていた。
「ガイル。この子……どうするつもり?」
問いかけながらも、心のどこかではすでに答えを決めていた。
それでも夫の口から聞きたかった。
ガイルはすぐには答えず、懐から短剣を取り出した。
その短剣には見慣れぬ文様が刻まれていた。
この時二人はエルフに関わる物であることを、悟っていた。
だが—―。
「……関係ない」
ガイルが低く呟いた。
「この子は赤子だ。誰の子であろうと、命は命だ。」
その声には迷いも恐れもなく、ただまっすぐな決意だけがあった。
グレイスは目を伏せ、赤子の小さな寝顔を見下ろす。
この子を抱くことで、自分がどれほど母を求めていたのか思い知る。
――この子を失いたくない。
胸に浮かんだその感情は、夫と同じものだった。
「……分かったわ、ガイル。この子は、私たちの子にしましょう。」
裕福な生活は与えてあげられないけど、それ以上の愛情をこの子に—―。
涙をこらえながら微笑むグレイスに、ガイルは深くうなずいた。
「名前を付けてやらないとな。」
「ええ……そうね」
しばしの沈黙の後、グレイスはふと呟いた。
「アリア……アリアはどうかしら。」
「アリア……」
ガイルは繰り返す。
「歌のように澄んで、いつか誰かを癒せる子に」
二人の視線が交わり、自然と笑みがこぼれる。
まるでこの子の誕生を祝福するかのように。
こうして小さな命は「アリア」と名付けられた。
その瞬間から、夫婦の人生もまた、新しい歌を奏で始める。