時刻は正午前 場所は大都市『
高層ビルが立ち並ぶ街中。スクランブル交差点には人々が行き交い、雑多な空気感を醸し出す。その一角にあるカフェのオープンテラスに、“彼女”は存在していた。
周囲の注目を集める彼女は、脚を組んで悠然と座っていた。身長は179cm、腰辺りまで伸ばした乳白色の長髪を分厚く束ねたポニーテールにしており、健康的な色白の肌はハリとツヤで潤っている。イケメン骨格である顔の輪郭は女性ウケが良く、落ち着き払った黒色の瞳は大人の余裕を宿していた。また、彼女の左目にある泣きぼくろが非常にセクシーな印象を与えてくる他、黄金比率のプロポーションと類稀なる美貌が一種の神々しい異質さを放っている。
服装は、黒色のライダースジャケットに、胸元のボタンを外してタックインした赤色のシャツ、黒色のバイクパンツに膝丈まである黒色のロングブーツという格好をしていた。その全容は人類が思い描く限りの完全な理想形とも言える絶世の美女であり、一言で例えるなら『神話の絵画に登場する女神』が如く美しかった。
そんな女神の存在に周囲の人々が目を奪われていく中で、彼女は一息ついてから席を立つ。所作のひとつひとつですら颯爽とした鮮やかさを感じさせ、付近にいた女性店員も彼女に見惚れて立ち尽くしていたものだ。
その女性店員へと、彼女は「ごちそうさま」と声を掛けた。凛とした声音は見た目通りに大人びており、楽器を奏でたように美しい。不意に声を掛けられた女性店員は慌てて反応を示したのだが、ふと女神が如き彼女は何かに気が付いたように女性店員へ近付くと、恍惚とした眼差しと共にその手を取りながら凛とした声音で言葉を口にしてきた。
「いい肌をしているわね」
「ふぇ!? は、肌……!?」
「スキンケアをしているのかしら」
「や、安物を使ってますけど、スキンケアは毎日してます……!」
「とてもいい習慣ね。その調子で引き続き励んで頂戴。貴女は美しいわ」
そう言って、女神が如き彼女は女性店員の手の甲へと口付けを行った。唐突の出来事に困惑混じりの赤面をする女性店員。そんな様子も意に介さず踵を返した彼女は、美形からなる振り向きざまの微笑みを見せてから堂々とした足取りでこの場を立ち去った。
飛行機雲が直線を描く青空。途方の無い無限の天井には飛行船やヘリコプターの姿が伺える。佇むビルは防壁のように列を成し、地上には商店街をはじめとする大なり小なりの建物が立ち並んでいる。
往来の激しい道中を、彼女は堂々たる足取りのまま突き進んでいた。人々は彼女の美貌に見惚れると共に一種の恐れ多さを感じて自然と道を開けていく。彼女はそれを気に掛けることなく歩を進める中で、尻ポケットに入れていたスマートフォンの振動に反応して端末を取り出した。
応答と共に耳へとあてがう。彼女が「もしもし」と言うと、スピーカーからは陽気な男性の声が響いてきた。
『よーぅ! “ユノ”ちゃん、首尾は如何なものかな?』
「今、
『ということは、つい今まで時間をどこかで潰していたということになるな。それならオレちゃんを呼んでくれたら良かったのになァ!! ブランチついでにデートもできりゃァ、ユノちゃんにもっと楽しい思いをさせられたのによォ~!』
「軽口をたたくために電話を寄越したのであれば、今すぐ切らせてもらうわ」
『わァ!! 待て待て!! 冗談だってば!! 半分は!』
ユノと呼ばれた彼女は、電話越しに呆れた顔を浮かべていく。
「それで用件は?」
『大真面目な話、進捗を聞くために電話しただけさ』
「先ほど述べた通りよ。校門付近で
『くれぐれも、警戒心を与えないように頼むぜ。如何せん、
「善処するわ」
『仕事前に言うことじゃねェと思うが、ぶっちゃけユノちゃんには不器用な一面がある。オレちゃんはそこも愛嬌だと思って心配こそしてはいねェモンだがよ、今回の仕事はあの“ヒイロ”ちゃんからのお達しだ。こいつが本人からの依頼かどうか、その真偽こそは未だ不明だが、失踪して数年が経過したヒイロちゃんの名前が、ここにきて急に出てきやがったんだ』
「ヒイロは、私にとってかけがえのない人物よ。今回の依頼が、彼女の行方を知る手掛かりになるかもしれない」
『そういうことだ。ユノちゃんの今後の未来がより良いモンになるよう、オレちゃんは心から願っているのさ。そして今回の依頼は、その一歩となり得る』
「貴方なりの激励かしら。その厚意は素直に受け取っておきましょう」
『おっほ!! じゃあじゃあユノちゃん、依頼が済み次第オレちゃんと2人きりでディナーでも』
ブチッ。流れる動作で通話終了を押したユノは、何事も無かったかのようにスマートフォンを尻ポケットにしまってその歩を進めた。
ユノが訪れたのは、四角形の校舎が一般的であるありふれた高校。名前は『
ユノは付近の交差点にある電柱の陰へと移り、何気無い様子でスマートフォンを弄り始めた。彼女が偶然を装って佇んでいようと、やはり公に晒された美貌と存在感は少なからずの注目を集めていた。その視線は老若男女を問わず、特に男子生徒からは熱い眼差しを向けられていたことだろう。
長身かつ美形故か女子生徒の憧れとしても映ることが多い彼女。しかし今回の
身長は160cmほどであり、肩甲骨辺りまで伸ばしたミルクティー色のストレートヘアーが流れている。ヤンチャな風格を醸し出し、鼠色のブレザーに付いているポケットに両手を入れ、白色のYシャツはボタンを外して着崩し、赤色のスカートを
少女と共に往く3名の女子生徒も似たような服装で着崩していた。ユノは姿を確認するとスマートフォンを尻ポケットにしまい、少女の行き先を予測して先回りする形で足を運ぶ。そして少女らの前に立ち止まると、凛とした美女の登場に一同が何事かと驚いていく中でユノが喋り出した。
「“
「あぁ? なんだよてめぇ……」
学校で通じる威勢を振り撒いても、眼前の美女は動揺を見せない。それどころか、目の前に佇む圧倒的な貫禄を前にして少女の方が緊張していた。
「貴女と会話をするために馳せ参じた次第よ」
「はぁ? 意味わかんね……」
「私は、貴女のお姉さんである“
蓼丸ヒイロ。その名を耳にした瞬間、菜子と呼ばれる不良少女の顔つきが変わった。
威嚇から真剣味を帯びた眼差し。直にして菜子は友人3名へとそれを言う。
「……お前らは先に帰ってて」
「え? でも菜子、この人なんか変だよ……」
「いいから。アタシはこいつと話がある」
懐疑の目でユノと向き合う菜子の様子に、友人達はたじろぎながらも菜子を置いて先に帰路へついた。
相対する2人。静寂の空間に切り出したのは、菜子の方からだった。
「それで、聞かせろよ。アタシの姉が何だってんだよ」
「まずは場所を変えましょうか」
最寄りの喫茶店に場所を移した2人は、テーブルを挟んで向かい合っていた。ユノがコーヒーを注文すると、菜子も「アタシも同じの」とちょっと強気で口出ししてきた。ユノはコーヒーを2つ注文すると、菜子は両手をポケットに入れた不愛想な様子でユノへと言葉を投げ掛ける。
「いい加減に教えろよ。アタシの姉を知っていると言ったな? それはつまり、姉が消えた行き先を知っているってことだろうな?」
「いいえ、彼女の行き先は私も掴めていないわ」
「はぁ? 話が違ェだろ! 騙しやがったな!?」
「私は、蓼丸ヒイロという人物を知っていると言った」
「それが何だってんだよ!」
「私は、ヒイロの元パートナー。つまり、恋仲の関係にあった人間よ」
「は…………?」
菜子にとって、想定外の回答だったらしい。唖然といった具合にポカンと口を開け、暫しと固まってしまった。
その間にも配膳ロボットがコーヒー2つを運んできた。ユノはそれを菜子に渡し、少女は未だ理解が追い付かないという様子でカップを見ていた。
ユノがコーヒーを啜る。その視界の動きで我に返った菜子は訝しげに訊ね掛けた。
「……アンタが、アタシのお姉ちゃんと、その……こ、恋仲にあったってのかよ……?」
「えぇ、そうよ」
「しょ、証拠はあんのかよ!? 証拠!」
「無いわ。彼女は写真に写ることを極度に嫌っていた」
「それはまぁ、そうかもしれねぇけど……」
ちょっと思い当たる。そんな様子で思考を巡らせた菜子だが、懐疑の目は一向としてユノに向けられたままだ。
「あ、アタシは信じねぇからな! オトナは嘘つきだ! 自分の都合が良いことしか言わない!」
「私にとって、ヒイロと恋仲の関係であれた事実は本物よ」
「い、意味分かんない! 何なんだよアンタ! ちょっと、怖いんだけど……ッ」
不審や戸惑いを越えて、菜子は心なしか恐怖を感じていた。ユノはコーヒーを置きながら言葉を続けてくる。
「私はユノ。大手便利屋事務所『ワールズアパート』の従業員よ」
「ワールズアパート……よりにもよって何でも屋かよ。で、その雑用係がアタシに何の用なの?」
「今回、『蓼丸菜子の保護』という依頼を受けて、貴女との接触を試みた次第よ」
「保護? アタシの? それって、誰からだよ……」
「蓼丸ヒイロ。貴女のお姉さんから直々と」
「なめんなよ!!」
ドンッ! 菜子が怒りを込めてテーブルを叩く。学校帰りの生徒が多い空間の中で沈黙が続く中、菜子はぶつけようの無い感情を胸に抱きながら立ち上がった。
「唯一の身内が突然消えた気持ち、アンタのようなろくでなしのオトナには分かんねぇんだろうけどな。居場所も知らねぇ人間の名前ばかり出しやがって、これ以上なめた口利くんじゃねぇぞ! アタシにだって……出来損ないのアタシにだって、悲しかったり苦しかったりする気持ちの1つや2つくらいあるんだよ……ッ!!」
今にも泣き出しそうな顔をしていた。だが、ユノの表情が何一つとして変わらない様子を目の当たりにした菜子は、込み上げた怒りの捌け口を探すように駆け出して喫茶店から出て行ってしまった。
飛び出していった菜子の背中を、ユノは無言で見送っていた。
喫茶店からの帰り道、菜子は泣きたい衝動を堪えながら家に戻った。
強がるように涙を引っ込め、平然とした様相で玄関扉を開く。至って一般的な家庭であり、菜子は不愛想に口を尖らせながら家に入る。正面に続く廊下から逸れて、右手にあるリビングへと踏み入る。すると昼間から夫婦と思われる男女がイスに腰掛けて菜子を見遣ってきたものだから、少女はどこか気まずそうに言葉を投げ掛けた。
「あ……居たんだ」
菜子の言葉に、男性が「おかえり、菜子」と返事する。女性の方は黙ったままだった。菜子がそのままリビングを通り過ぎようとした時、男性は菜子へとその言葉を掛けていった。
「菜子、今話せるかい?」
「……何の用?」
「いいから、大事な話なんだ」
菜子は渋々といった様子でイスに座る。正面には夫婦が2人、神妙な様子で喋り出した。
「菜子は、私達の養子であることに違いないね?」
「そ、それが何……?」
「菜子は元々、蓼丸家の付き合いという関係で引き取った女の子だ」
「な、なに……? なんか、怖いんだけど……」
「菜子にはもっと、相応しい場所があると私達は思っていたんだ。ここにいるだけでは、菜子は幸せになれない。もっと言えば……私達では、菜子を幸せにできない」
「やだやだ……っ何言ってるの……?」
「だからね、菜子。君を別の人達に引き取ってもらうことにしたんだ」
廊下からは黒服の男達が複数名と現れた。菜子を取り囲む集団に少女が絶句しながら驚愕する中、夫婦は申し訳無さそうな顔をしながら言葉を続ける。
「悪くは思わないでくれ。これも菜子のため、そして私達のためなんだ」
「意味分かんない!!! これのどこがアタシのためなの!?」
「この人達はね、菜子を高いお金で引き取ってくれたんだ」
「お金……ッアタシ、お金で買われたの……!?」
菜子の両腕を、男達が掴む。これに少女は絶叫した。
「やだやだやだやだ!!! 連れてかないで!! だからオトナが嫌いなの!!! やめて離して!!! やだやだやだやだ怖い怖い怖い!!!」
必死に抵抗する菜子だったが、首元に刺された注射を受けてからその抵抗が弱まり始める。意識が朦朧とし、全身に力が入らなくなると、菜子は脱力するように転げながら無念のまま瞼を閉じた。