風が吹き荒れ、砂が一面に広がるアビドス砂漠。
"自治区の中ですら遭難する"と恐れられるその砂漠で、一人の少女が倒れていた。
目は虚ろに見開かれ、唇は乾ききっている。顔に砂がかかっても、動こうとする気配すらない。
彼女——梔子ユメは、すでに死んでいた。
その亡骸の前に、人影が静かに立っていた。影のように黒い無機質な体に、右目からは白い炎が揺らめいている。まるで死神そのものだった。
「梔子ユメ……いや、オシリス。いつかはこうなるとは思っていましたが、遅かったようですね。死ぬ前に回収しておきたかったのですが……残念です」
人影はそっと手を合わせたが、その声に悲しみは微塵も感じられなかった。
「クックック……ここキヴォトスでの生徒の”死”。それがどういう意味を持つのか……私も興味深いところです」
そう言ってユメの体を抱き上げる。身長に似合わぬほど軽く、砂漠で衰弱死したのだと嫌でも分かった。
ユメが抱きかかえられ、その場に残るものが男の人影一つになった瞬間、砂嵐があたりを覆い尽くす。それが晴れた時には、そこに残るものは彼女の盾だけになっていた。
——梔子ユメ 行方不明から30日。
彼女の盾は発見されるも、本人は未だ行方不明。
死亡としての処理を検討中。
☆
現実や未来に希望が無くても 死ぬ事は何時でも出来る。
まずは一歩踏み出す 自分の理想に一歩近付く。
この千年間、私はひたすら歩き続けてきた。
あるときは”羂索”、あるときは”加茂憲倫”、あるときは”夏油傑”……名が変わろうが姿が変わろうが、私の目的は変わらない。
私が目指すものは、呪霊のいない世界でも、牧歌的な平和でもない。
自らの生み出すものを超える、新たな可能性だ。
それは人間のさらなる進化であり、ひいては呪力そのものの可能性の探求でもある。
だが、これを目指す理由に崇高な理想や特別な動機があるわけではない。
——”面白いものが見たい”
私が動く理由は、それだけだ。
生み出された新たな人類が抱腹絶倒の間抜け面だったら?
新たな呪力の可能性が、とんでもなくダサい使い道だったら?
……笑ってしまうだろう。
そのためだけに、この千年間、手を変え品を変え歩き続けてきた。
そして今、
——そして、その目標は今砕け散った。
乙骨憂太に切り落とされた己の体を眺めながら、私はまるで他人事のように思った。
それでも、不思議と後悔はない。あの
彼との戦いは、本当に、心から面白かった。邪魔されたくないと思うほどに。
道半ばで逝くのは残念だ。
しかし、天元による人類との超重複同化の発動権を伏黒恵——宿儺へと移した今、もうやり遺したことはない。眼前に映る乙骨の刀を見ながら、私は笑った。
「千年分楽しんだとは言わないさ。でも、最後に遊ぶのが彼で良かった」
私はここで死ぬだろう。だが、術式は、魂は廻り続ける。
「後は君たちの番だ」
そして、脳天に突き立つ刀の冷たさを感じた瞬間、意識は闇に溶け落ちた。
☆
”魂は肉体であり肉体は魂である”、これは私の持論だ。
”魂は肉体の先にある”と言っていた真人と話したときは、術式ごとに見える世界が違うのではないかという結論に達したことを思い出す。
だが今この状況はどちらに当てはまるのだろうか。
——確実に死んだはずの私の意識が、再び戻っている場合は。
まず頭に浮かんだのは、何らかの術式による干渉だ。
これは、私が仕込んだものではない。こんな保険は用意していなかった。
呪力の残滓でも漂っていないかと周囲に意識を巡らせた瞬間、強烈な違和感に突き当たった。
(呪力を感じない……?)
己からも、周りからも、全く呪力というものを感じなかった。フィジカルギフテッドなどの例外はあれど、人間は基本生まれながらにして呪力を持っている。
一切呪力を感じないと言ったことは、この千年間一度もなかった。
これは夢や走馬灯の類ではない。
飛び起きようとした瞬間、己の体に違和感を感じた。
久しぶりに感じる、胸の重み。
今の自分の体は——
「女…か」
今自分の目に映るのは、何故かベッドに寝かされている見覚えの無い女性の体だった。
青緑色の体に、かなり豊満な胸をしている。着ている服はどこかの制服か何かのようだった。
女性の肉体に移るのは初めての経験ではない。前回移ったのは
だが、縫い目のような感触はどこにもない。
ますます状況がつかめなくなっていく。
呪力が感じられない時点でかなり望みは薄いが、術式が使えないか試してみることにした。
呪霊操術のようなものはさすがにまずいので、まずは
呪力を流す感覚で、改めて己の体に意識を込める。
そして、気づく。
——何かが、確かにそこにある。
呪力のようでいて、しかし明らかに呪力ではない“力”。
根拠があるわけではない。
だが、千年間呪力を扱ってきた感覚が、これは違う、と告げていた。
呪力のように自在に動かせるというわけではなさそうだが、動かすこと自体はできるようだ。
手を構え、力を少しでも動かそうとしたときだった。
バン、と大きな音たてて扉が開き、誰かが入ってきた。
そこに立っていたのは、異形という一言が似合うなにかだった。
黒くひび割れた肌に、右目から白い炎のようなものを揺らめかせている。
その異様な見た目に似合わぬスーツをきっちりと着こなしたそれは、信じられないような様子でこちらを見つめていた。
呪霊や呪詛師の類かと思ったが、さっきと同じように呪力を全く感じないのでその線は薄い。
とはいえ、そういった術式をもつ者の可能性もゼロではない。
警戒しながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「……私をこうしたのは君かい?」
私の質問にも答えず、その異形はぶつぶつと何かをつぶやきながらこちらを見つめ続けていた。
沈黙の時間が続いた後、黒服が絞り出すように言葉を発した。
「梔子ユメ……?いや、確かに死んでいた……あなたは、誰ですか?」
「……なるほどね」
どうやらこの体の主も死んでいたらしい。
今の状況を脳内で整理する。
何故か蘇った私
眼の前の異形
呪力とは違う力
何一つわからない。
だが、これだけは確かだ。
——まだまだ、面白くなりそうだ。
本編が一段落ついたら幕間のようなものを書こうと思っているのですが、読みたいですか?
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いる
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いらない