羂索 in ユメ先輩が征くゲマトリア   作:Nikich

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かなり短くなってしまいました……


幕間 「死児之齢」

 砂が果てしなく広がり、風が吹きすさぶアビドス砂漠だが、夜になると昼間の灼熱が嘘のように静まり返る。その静寂の中、見渡す限りの砂原に、ひとすじの足跡が続いていた。

 

「……今度から、マフラーでも巻こうかな」

 

 砂漠の夜は冷える。冷たい風に当てられた足跡の主は、思わずそんなことを呟いた。

 

 アビドス高校の生徒の一人——いや、アビドス高校唯一の生徒、小鳥遊ホシノ。彼女は今日も、日課の夜のパトロールに出ていた。

 

 かつてアビドスは、学園都市の中でも有数のマンモス校として栄えていたという。しかし今では度重なる砂嵐により、街も学校も風に埋もれつつあった。当然そんな街に人が残るわけはない。

 

 今や残っているのは、住む場所を失ったチンピラや不良くらいのものだ。彼女たちが行っている蛮行を無視することはできないし、たまにいる賞金首を狩ればそれなりにいい金になる。

 先輩がいなくなってから気晴らしで始めたはずのパトロールは、いつの間にか彼女の日課になっていた。

 

 しかし、今ホシノがいる場所はどう考えてもパトロールには向いていないだろう。

 

 アビドスの中心に広がるアビドス砂漠の真ん中。不良たちのフットワークは軽いとはいえ、砂漠のど真ん中で暴れるような者は流石にいない。それはホシノもよく分かっている。

 それでも、無駄だと分かっているこの行為を辞めることはできなかった。

 

「……どこにいるんですか、ユメ先輩」

 

 静寂に包まれた砂漠に、その声が吸い込まれていく。返す声は、どこにもなかった。

 

 あの日の喧嘩以来、一枚のメモを残してユメ先輩は消息を絶った。ヴァルキューレを動員してまで行われた捜索の成果は、先輩が愛用していた盾がひとつ見つかっただけ。

 

 “盾を捨てた先で、脱水と熱中症により死亡”

 

 ヴァルキューレはその見解を打ち立て、二ヶ月後には捜索を打ち切った。

 正当な判断だと、ホシノも頭では分かっている。あの砂漠で二ヶ月も、水も食料もなしに生き残れるはずがない。

 

 ——それでも、どこかで諦めきれない自分がいた。

 

 まだ、どこかにいるのではないか。

 また、あの声が聞けるのではないか。

 そんな思いが、脳裏の奥で何度も木霊する。

 

 あの時がもう帰ってこないことなど、自分がいちばん分かっているのに。

 

 巡る思考に、自然に足が止まる。立ち止まったホシノのもとに、砂混じりの風が吹き付けた。

 このまま歩いても埒が明かないだろう。そう判断して、その場に腰を下ろす。ひんやりとした砂の感触が、少しだけ心地良かった。

 

 砂漠の夜は、星がよく見える。

 なんということもなく空を眺めていると、先輩と散歩したときの光景がふと蘇った。

 

「見てホシノちゃん!あれはしし座だよ!」

「……この季節にしし座は出ませんよ、先輩」

「えっ、そうなの!?」

 

 あの時の先輩を思い出して、思わず笑みが漏れる。少し顔が見たくなって、ポケットから一枚の写真を取り出した。何度も取り出されて擦り切れ始めたそれを、そっと空にかざす。

 

 しかし、それ以上思い出に浸ることはできなかった。

 

 過去の自分の仏頂面の顔が視界に入った瞬間、胸の奥に刺さるような後悔が込み上げた。普段写真を見るときはこうはならない。思い出に心を預けすぎたせいというのもあるだろう。しかし、一度湧いたそれは止まってくれなかった。

 

 あの時あんなことを言わなければ

 あの時着いていけば

 あの時もっと戻るのが早ければ——

 

 先輩は、今も私の隣りにいた。

 

 ぐるぐると後悔が脳裏を巡る。あんなに吹き荒れていた風は、いつの間にか止んでいた。静寂の中で、後悔は最も触れたくなかった所を囁く。

 

 私は——自分が赦されたいだけじゃないのか?

 

「……違う」

 

 違わないのは自分が一番よくわかっている。

 今のパトロールをしている理由は、ユメ先輩を見つけたいからというだけじゃない。たまにしているチラシ配りも、暇があったらしているネットでの検索も。

 

「………違う」

 

 あの時言った言葉を謝りたい……それだけじゃない。自分を許したいのだ。ユメ先輩を探している自分に、諦めていない自分に酔っているだけ。

 

「………違う!」

 

 ——そんなこと、自分に許されるはずもないのに。

 私があの時あの選択をした時点で、全ては終わったのだ。

 

 自然に口から漏れた言葉は、いつの間にか叫びになっていた。だが、その言葉に返事をしてくれる人はもう居ない。たった一人の先輩を、ただ感情に流された自分のせいで失った。

 

 直接的な原因は砂嵐だ。自分のせいじゃない。

 そういうのは簡単だろう。ヴァルキューレの人が言っていたように。

 

 しかし、後悔は廻り続ける。自分が居なかったら砂漠には行かなかったのではないか。自分さえ居なければ先輩は今も生きていたのではないか。

 

 だが、私が止まることも許されない。先輩から託されたアビドスを、手放すわけにはいかない。私がいなければ、アビドスを守る人はいなくなってしまう。

 

 鳴り止まない心臓と、浅く乱れる呼吸を無理やり押し込め、足に力を込める。

 後悔は胸に残ったまま——それでも、私は前に進むしかない。

 

 砂漠の夜に、静かに立ち上がる。

 涙はとうに枯れ、代わりに意志だけが、冷たい砂に染み込むように刻まれていった。

 

 

「あと少しでチェックメイトですね……あなたの番ですよ」

「……嫌なところに置くね」

 

 アビドスに広がる廃ビル群。夜闇に紛れるようにして佇む中の一室が、煌々と光を放っていた。

 

「強いね、黒服」

「クックック……こういうのは得意でしてね」

 

 その部屋で、机に向かい合う二人の人影がチェスをしていた。片方はかろうじて人の姿を保った異形、片方は制服を着た少女。

 異様な組み合わせだが、チェスを嗜む姿は妙に似合っていた。

 

「ま、まだ終わらないけどね……そうだ、一つ聞きたいことがある」

「何です?百鬼夜行のことなら……」

「そっちじゃないよ」

 

 ルークをゆっくりと動かした少女——ユメ(羂索)は、ふと思い出したように呟いた。

 

「小鳥遊ホシノはどんな生徒だった?神秘や、戦闘能力を抜いた、素の彼女は」

「……何故そんなことを?」

「いや、少し気になってね」

 

 相変わらずどこか飄々とした態度に、黒服は一瞬見定めるような視線を送った後、少し息をついた。

 

「そうですね……ある意味扱いやすい生徒でしたよ。攻撃的でしたが根は単純。そして生前の梔子ユメに懐いていたため、噂ほどの凶暴性は無かったように感じます。今は過去の妄執にとらわれているようですが」

「……なるほどね、もう一つ質問をしようか。今私が彼女にあったら、小鳥遊ホシノはどんな反応をすると思う?」

「……正気ですか?」

 

 黒服の目が、一瞬揺らいだように感じた。

 

「彼女の“梔子ユメ”への思いと後悔は本物です。偽物と分かれば、まず殺しに来るでしょう……いや、案外違うかもしれませんね。逆に、後悔で動けなくなるかもしれない」

「……へぇ」

 

 クイーンを摘むユメ(羂索)の目が細められる。そんなユメ(羂索)を見て、黒服は呆れたように言った。

 

「私としても、“キヴォトス最高の神秘”と完全に敵対するのは避けたいところです。くれぐれも、無茶はやめておくことですね……チェックメイトです」

「……私の負けかな」

 

 あっさりと負けを認めたユメ(羂索)は、もっていた駒を投げ捨てた。

 一瞬目で追った後、改めて黒服に向き直る。

 

「それじゃ、教えてもらおうか……“百鬼夜行”について」

投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?

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