※百花繚乱編の百物語・怪書の能力に独自解釈が含まれます
——百鬼夜行・某所。
観光を主要産業のひとつとする百鬼夜行では、大小さまざまな店が立ち並び、日ごとに賑わいを見せている。
だがその北方——果てしなく続く大雪原の片隅に、ひとつだけ取り残された廃墟があった。
吹き荒ぶ風の中、その建物の奥からだけぼんやりと灯りが瞬いている。
現地の人間すら滅多なことでは足を踏み入れないその地に、二人の人影が佇んでいた。
そのうちの一人、着物に袖を通した妖艶な美女がゆっくりと顔を上げる。
「良う来てくれたね、シュロ」
「手前をお呼びでしょうか?コクリコ様」
もう一人の人影——シュロと呼ばれた鼠耳の生徒が、頭を上げながら言った。
その様子をコクリコはゆっくりと見やる。
「まず初めに、改めてやけど聞いておきたいことが有る……私達の、
「百鬼夜行を焼き尽くし、怪談を復活させる。そして、手前たちの風流を取り戻すことです!」
シュロのどこか子供っぽさを残す仕草に、コクリコが一瞬微笑ましいものを見る目をした。
だがそれも束の間、次の瞬間には、彼女の表情は再び妖艶で、底知れぬ気配を帯びたものへと戻っていた。
「よう頑張ってるね……シュロ、お前さんに渡したいものがあってな」
「コクリコ様が、手前に?」
思わず疑問を漏らすシュロを前に、コクリコは懐から一冊の古びた本を取り出したを取り出した。それを見たシュロの顔が驚愕に染まる。
「か、怪書……稲生物怪録!?」
「そうや、シュロならこの意味がわかるやろう?」
——怪書・稲生物怪録
大預言者クズノハが作り上げたとされる”
“百物語”を顕現させるためには欠かすことのできない、儀式の要となるといっても過言ではない代物である。
これまで、コクリコに付き従ってきたシュロも、そのことは重々承知していた。だからこそ、眼前にあるその本が、どれほどの意味を持つかもわかっている。
「て、手前がこれを持ってもいいんですかぁ?」
「らしくないやないか。いつもなら、喜んで受け取ってたやろうに」
あたふたとするシュロを見て、コクリコはわずかに微笑みながら言った。
「我はお前さんを、信頼しとるよ」
その言葉を聞いた瞬間、シュロの瞳に一瞬だけ決意の色が宿る。彼女はそっと手を伸ばし、恐る恐る怪書を手に取った。
あまりにも慎重なその様子に、コクリコは堪えきれず笑い声を漏らした。
「大丈夫や、取って食われたりはせえへんから」
「……でも、そんなに変わったところは見えませんねぇ。これで本当に百物語を顕現できるんですか?」
もっと禍々しいものかと思っていたシュロは、思わず疑問を口にした。
何か力が漏れ出しているなどということもなく、ひと目見ただけではただの古ぼけた本にしか見えない。
「そうやろうね。それはまだ、シュロに馴染んどらん」
「じゃ、じゃあ手前には扱えないんじゃ……!」
「そう焦らんでええよ、この怪書を真に扱うには、もっと怪談を理解せんとあかんからね。いずれはシュロにも、使いこなせるようになる」
落ち着いたコクリコの声色に、シュロはほっと安堵したような素振りを見せた。しかし、次のコクリコの言葉に思わず背筋を伸ばすことになる。
「その前に、この怪書について教えとく必要があるやろうね」
「えぇと……怪談と百物語を顕現させるためのものじゃ?」
「それもそうやが、怪書にはそれぞれ“役割”がある。曰く——人の恐怖を映すもの、人そのものを映すもの」
コクリコはそこで一拍置き、妖しい笑みを見せた。
「そしてこの“稲生物怪録”は、人の“欲望”を映すもの、と言えばええかな」
欲望という言葉に、シュロは思わず首を傾げた。
「欲望……?」
「人は誰しも、何かを求めて生きとるもんや。偉うなりたいとか、金持ちになりたいとか……そういう“願い”や“欲”を、それは写し、叶える。——“百物語”としてな」
なおも理解しきれないといった顔をするシュロを、コクリコはふっと睨みつけた。
その瞳のどこか艶やかで冷ややかな光に、シュロは思わず息を呑む。
「それは、持ち主も例外ではない……お前さんが欲に呑まれたら、怪書もまた同じように返す。それを、くれぐれも忘れんようにしいや」
「は、はいっ!」
思わず背筋を伸ばしたシュロを見て、ふっとコクリコは微笑んだ。空気がほぐれたことを感じ、シュロもそっと息をつく。
「それじゃ、シュロ。期待しとるで?我々……
「はいっ!」
元気よく返事ながら出ていったシュロを見て、コクリコは微笑ましい光景を見るような顔をした。
しかし、シュロの足音が聞こえなくなった瞬間、その表情は冷酷な花鳥風月部の長としてのものに戻る。
「あの子も、舞い上がっとるみたいやね……私の予感が、外れ取るとええんやが」
小走りで廊下を駆けるシュロの足音を聞きながら、コクリコはそっと息をついた。
☆
一方、時を同じくして、二人の人影がアビドスの一角で対峙していた。
「それじゃ、教えてもらおうか。“百鬼夜行”について」
黒服は考えるような素振りを見せた後、静かに口を開いた。
「いいでしょう。もっとも、私が知っていることは限られますが。まずあなたに調べてもらいたいことは、百鬼夜行において最も興味深いもの——“百物語”です」
「百物語……蝋燭とかと一緒に怪談を語っていくあれかい?」
呪術の世界に身を置いていた羂索にとって、それは聞き馴染みのある言葉だった。
数々の呪いが生まれる温床であり、古くから畏れられてきたまさしく禁断の遊び。
だが、呪いが存在しない
そして、この世界の根幹を求める黒服が、何故わざわざそれに目を付けたのかということも。
どちらの疑問も、羂索の興味を引くには十分だった。
「そうですね、本来の百物語はあくまで遊戯に過ぎません。ですが、私が欲しているのは、百鬼夜行に伝わる独自のもの。端的に言うならば……噂や怪談
「……私が知っているものとは随分と違うみたいだね」
己の知る“百物語”とは明らかに性質が異なることに、
呪いを生み、呼び寄せる儀式——そうしたものではなく、もっと概念的で、情報のような何かを指している。
そんな
「私が注目しているのはその違いです。百鬼夜行における“百物語”とは、語られる怪談そのものが形を持つ現象……いわゆる、“言葉が現実になる”というものです。もっとも、詳細は言い伝えの域を出ませんが」
「……なるほど」
黒服の語る“百物語”は、“呪い”と酷似している。
この世界には呪力が存在せず、当然ながら呪霊や術式の類も存在しない。そのため羂索は、神秘やそれに準ずる異能について関心を向けていた。
——しかし、ここで話は大きく変わる。
千年もの間、人間と呪力の可能性を追い、その真髄に触れんとした羂索にとって、“怪談”という概念は絶好の材料となる。
恐怖が語られ、共有され、やがて形を持つ。
もしそれが意図的に制御できるのなら、この学園都市は人間という枠を超えた、“生徒”という可能性の実験場になるだろう。
「……どうされましたか?」
「いや、こっちの話だよ。それで——私は何をすればいい?」
笑みが漏れたのを誤魔化すように、
「聞いておいてなんだが、最初に頼んできたのはそっちだからね。頼むからには……何か目的があるんだろう?」
「クックック……その通りです。あなたに……いえ、あなたにしか頼めないことがあります。我々と同じくゲマトリアに属し、我々に持たぬ神秘を持つあなたにしか」
黒服はそう言って、静かに
そして黒服は、ゆっくりと口を開いた。
「かの大預言者クズノハが始まりとされる、“百物語”を顕現させしもの……“怪書”の入手をお願いしたい」
「……怪書?」
——呪いが、再び蘇ろうとしていた。
赤バーマックスになることができました!
今まで応援してくださった皆さんのお陰です!
本当にありがとうございます……!
投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?
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シリアス
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ギャグ