——百鬼夜行・北部
観光を主要産業とする賑やかな中心部とは打って変わり、北部には雪原と農地が広がり、どこかのどかな空気が漂っている。
そんな風景に溶け込むように建つ小さな出店。その店先の椅子に、珍しい客がひとり腰掛けていた。
「久しぶりだねぇ、よそからのお客さんなんて。ご注文は?」
「ありがとうございます……みたらし団子を一つ」
「あいよ!」
お茶と団子を差し出しながら、犬の獣人の店主はにこやかに笑う。
外套を纏った少女は、丁寧に一礼して受け取った。
「しかしわざわざこんなところまでご苦労なこったねぇ。最近はみんな街の方ばっかりでさ」
団子を頬張る少女に、店主は人の良さそうな笑みを浮かべながら話しかけた。対する少女は、まるで仮面越しに言葉を紡ぐような、柔らかな調子で返す。
「地域の伝承や、古い歴史を調べていまして……このあたりに伝わる話を探しに来たんです。何かご存知のものはありませんか?」
「伝統……そうだ、あれがあった」
店主は一瞬考え込むような素振りを見せたが、すぐに思い出したように顔を上げた。
「ここらへんには昔っから伝わる話があってな。この辺じゃ当たり前だから出てこなかった」
「……というと?」
興味深そうに顔を向けた少女を前に、店主はふっと表情を引き締めて語り始めた。
「この辺りでは山菜採りも盛んなんだけどな、そこの山の中でも一箇所だけ“絶対行くな”って言われてる場所があるんだ」
「その場所というのは?」
団子を皿に置き振り返った少女に、店主はいつになく重い声で言った。
「“黄昏の寺院“って場所だ」
「……理由などはわかりますか?」
「まぁ、見たほうが早いかもな。ちょっと待ってな嬢ちゃん」
そう言って店の奥に引っ込んだ店主が持ち出してきたのは、一見何の変哲もない古ぼけた山の写真だった——一見しただけではわからない、ほんの微かな違和感を除いて。
「……写真に写ってる草花が、
植物に限らず生物には死ぬまでの“段階”がある。
だが、この写真に映るものは、その過程すら存在していなかった。ただ“死んだ”という結果だけがそこにある。
「あぁ、普通の木や花は死ぬときは何かしるしを見せるもんだ。だけど、こいつらは枯れたなんてもんじゃない。育ちかけの芽も、若い枝も全部死んでる……俺達はこれを“黄昏に呑まれた”って呼んでる。あの辺りはもうずっとあんな感じだ」
「黄昏……他に知ってることは有りませんか?」
少女がはっきりと興味を示すと、店主は少し考え込むように腕を組んだ。
「そうだな……最近聞いた話なら、“怪異”ってのもある。夜に黄昏の寺院の近くまで行ったやつが化け物に襲われたらしくてな。そいつの話じゃ、近くで“百物語”がどうのこうのって声も聞こえたらしいが……ま、半分は酔っ払いの戯言か、妖怪話の延長みたいなもんだろうよ」
「……いや、参考になりました。ありがとうございます」
食べ終わった団子の串を皿に戻しながら、少女はおもむろに席を立った。それに気づいた店主も会計の準備を始める。
「それでは、こちらもこれで……」
「はい、みたらし団子3本300円!気をつけてな!」
手を降る店主に軽く手を振り返した少女は、店主が見えなくなったのを見てゆっくりと外套を脱いだ。
「思ったより早く情報が手に入ったね……“黄昏の寺院”か。呪いとはまた違うみたいだけど、面白くなってきたじゃないか」
その瞬間、視界の端で何かが蠢いた。すぐに消えたそれを見つめ、少女はやがて小さく笑う。
「ま、すぐに分かるかな」
微かに積もる雪を踏みしめ歩き出す少女——“梔子ユメ”を被った最悪の呪詛師は、邪悪な笑みを浮かべながら呟いた。
☆
「……面倒なことになりましたね」
百鬼夜行北部の中でも、さらに山の奥。誰も立ち寄らない廃屋の中で、一つの人影がゆっくりと蠢いた。
「黄昏の寺院だけならまだしも、怪異まで知られるとは。だから慎重にやれといったのにあの
舌打ちとともに本へ視線を落とす人影――花鳥風月部の一人、アザミは深くため息をついて座り込んだ。その苛立ちに呼応するように、彼女の髪から伸びるヘビがするりと蠢く。
「私の
怪書“稲亭物怪録”の怪異の一つ、“ヒトツメ”を使い
「最悪放置してもいいかもしれませんが、どうも胸騒ぎがしますね……」
何年にもわたり、百鬼夜行北部――“エビス地区”を実質的に管理してきたアザミ。しかし、ヒトツメが映し出す少女は、一見すればこの辺りの生徒と何ら変わらないように見える。
だが、怪芸家としての彼女の勘が告げていた。
あの少女には“何かがある”。
「このまま何も起きなければ、それで良し……ですが。油断というのは、いつの世も命取りになるものです。コクリコ様に余計な手間をおかけするわけにはいきませんしね」
アザミが怪書のページをめくった瞬間――周囲に転がっていた傘がガタガタと震え、まるで命を得たようにアザミのもとへ駆け寄ってきた。
「“幻魎付喪神”今から私が渡す手紙をシュロに預けて来てください」
傘の怪物のような見た目をした怪異が走り去っていく様子を見て、アザミはヘビのような笑みを浮かべ、ゆっくりと呟いた。
「我々花鳥風月部は、風流を追い、風情を愉しむもの。それを邪魔しうるならば……いかなるものにも、容赦はしませんよ」
——ヘビの毒牙が、最悪の呪詛師へと向いた
話の都合上かなり短いものになってしまいました…
投票ありがとうございます!今のところ幕間の案はシリアスとギャグがありますが、どちらを先にみたいですか?
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シリアス
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ギャグ